ここプロツアー・フィラデルフィア2005では、レッドゾーンに飛び込んでは相手に手札捨てを強いる鼠デッキから、最も世間に知られていた――そして最も予想通りの――アーキタイプの一つである白ウィニーまで、恐ろしいまでの数の《梅澤の十手/Umezawa's Jitte》が振り回されている。噂によれば、現在の世界最強プレイヤーはこの週末忍者を呼び出して、手札に追加のカードを抱えてはでっかいレジェンドをオーナーの手札に戻しまくっているそうな。

しかし、フィーチャーマッチの場所をぶらぶらしてテーブルを見てみると、そのうちの半分はどのテーブルもどのテーブルも同じデッキを使っているように見える……もっともプレイヤーは必ずしもまったく同じデッキを使ってるわけじゃない。
この手の勘違いはありがちなことだ。オランダ-TOGIT連合の面々からフランスの若き精鋭、あるいは多種多彩で熱心な才能を持つ日本人プレイヤーまで、みんな同じカードを回している。件のデッキは《桜族の長老/Sakura-Tribe Elder》や《木霊の手の内/Kodama's Reach》などの典型的マナ加速を持つ緑を基準としたやつだ。彼らはどれもこれも《曇り鏡のメロク/Meloku the Clouded Mirror》や《北の樹の木霊/Kodama of the North Tree》といった伝説の軍団を抱えている。
彼らのデッキは見かけ上たくさんのカードが共通してはいるけど、フィラデルフィアの緑多色デッキはマジックにおける3色とか4色とか5色の複雑で美しいタペストリーをなしている。彼らはデッキ操作やマナ加速を狙いとしつつ、まったく異なった方法論を目指している。それはオデッセイ時代のいとこデッキであるマッドネスとスレッショルドのようなものだ。
緑使いにとって、このフォーマットの制限要因は2種類に分かれる。(白ウィニーに代表される)高速デッキにどう耐えるかということと、新レジェンド・ルールの存在だ。緑使いたちは白ウィニーに対抗すべく様々な手段をとっている。白をタッチして《最後の裁き/Final Judgment》を入れたり、小物の前線を連繋した《氷河の光線/Glacial Ray》でつぶしていったり、あるいは止めようの無い《梅澤の十手》を、実にイライラのたまる《廃院の神主/Empty-Shrine Kannushi》をサイドから入れることで凌いだりしている。
新レジェンド・ルールの目的は、数年前のヴェネチアでビリー・ジェンセン(Billy Jensen)がオシップ・レベドウィッツ(Osyp Lebedowicz)に敗れたときのような状況を防ぐことにある。現在の伝説のクリーチャーは(手札に余るのではなく)互いに対して187クリーチャーのように働き、この手の強烈な軍団を通せるのも緑マナのおかげなわけだ。
除去に対する耐性と1/1の捨てブロックを突破できる能力のおかげで《北の樹の木霊》はフィラデルフィラでは一番人気だし、《曇り鏡のメロク》に関しては言うまでも無い。エクステンデッドのようなより広いフォーマットですら名前の登場する《曇り鏡のメロク》は、青マナの出るデッキなら世の中のどんなデッキに入っていても不思議じゃない。緑を使っているならこれらのカードは全部入るだろうし、相手が緑を使っていたら、そのうちどれかがテーブルの向こう側に出てくるのは間違いないだろう。こんなレジェンド合戦に勝つためには、プレイヤーはこの手を1枚ずつ放り込むか、あるいは《北の樹の木霊》を4枚突っ込んで、この歴代最強の《大喰らいのワーム/Craw Wurm》を先に場に出しつつ、相手の抵抗からすばやく回復できるようにするんだろう。

そして、最後に来る恐るべきものは、《頭蓋骨絞め/Skullclamp》以来の最強装備品だ。「《梅澤の十手》の出ないゲームなら何でも面白いさ」と言ったのはブライアン・キブラー(Brian Kibler)だ。緑プレイヤーにとっては、自分の《梅澤の十手》をどう扱うかとか、相手の《梅澤の十手》とどう戦うかとか、あるいはとにかく《梅澤の十手》とどうかかわっていくかということは、デッキによってまったく違った方針になる。
このトーナメントにおける緑デッキの中で一番わかりやすいのは、オシップ・レベドウィッツ(Osyp Lebedowicz)とその仲間がプレイしているものだろう。オシップのデッキは青緑白で、いささか普通でない攻撃陣を揃えている。これまでに紹介してきた多くのデッキとは異なり、このデッキには《梅澤の十手》一そろいに加えて、《塵を飲み込むもの、放粉痢/Hokori, Dust Drinker》から《狐の守護神/Patron of the Kitsune》までの《緊急時/Time of Need》式道具箱が入っている。しかし、他の緑デッキ使いが注目すべきこのデッキの独特の要素は《明けの星、陽星/Yosei, the Morning Star》だ。オシップのデッキの白の部分がもたらすドラゴンは、敵の《北の樹の木霊》の上を飛び越えつつ、レジェンド・ルール争いに引っかかる可能性もより低くなっている。
世界チャンピオンのジュリエン・ナウテン(Julien Nuijten)のカードには、《最後の裁き》や青タッチしての《曇り鏡のメロク》など、オシップと多くの共通点があるが、彼のデッキの基本の狙いはまったく異なっている。ジュリエンのデッキは《梅澤の十手》で攻撃的に行く代わりに、《けちな贈り物/Gifts Ungiven》から《魂無き蘇生/Soulless Revival》を経由しての《頭蓋の摘出/Cranial Extraction》+《花の神/Hana Kami》式消耗エンジンを搭載している。秘儀カードに《魂無き蘇生》を連繋することで、ジュリアンは相手の手札とライブラリーをずたずたにしていく……そしてこれを何回も何回も繰り返すのだ。さらに、ジュリエンは白をタッチすることで《けちな贈り物》から《天空のもや/Ethereal Haze》+《花の神》+《魂無き蘇生》コンボへつないで、クリーチャーによるダメージを無限に封じることができるようになっている。
これとまったく対照的なのがブライアン・キブラー(Brian Kibler)の蛇デッキだ。ブライアンのデッキはオシップと同様に《梅澤の十手》で殴るタイプだが、《けちな贈り物》をカードアドバンテージを得つつ膠着状態から抜け出すのに使用している。例えば、キブラーが相手の《梅澤の十手》を除去しようと思った場合、《けちな贈り物》を使って《梅澤の十手》と《摩滅/Wear Away》と《山賊の頭、伍堂/Godo, Bandit Warlord》と何かを持ってくればいい。このテクニックでは《山賊の頭、伍堂》はいささか重い《ヴィリジアンのシャーマン/Viridian Shaman》の役割をして、余った《梅澤の十手》を伝説の装備品の除去に回すのだ。
そして緑のもう一方には、石田格やピエール・カナリ(Pierre Canali)といったチャンピオンたちが使っている《春の鼓動/Heartbeat of Spring》型の物がある。第一印象では、両方に恩恵をもたらす《春の鼓動》は緑のはびこる世の中においては相手の爆弾カードを呼び込んでしまう分ろくでもないカードになるはずだが、《春の鼓動》を使う側のプレイヤーはあらかじめ戦略を立てることでこの弱点を補っている。大抵の場合、《春の鼓動》側のプレイヤーはマナが十分たまるまでまってから件のエンチャントを場に出し、同じターンにとんでもない脅威をおいていくようにしている。石田格は《風見明神/Myojin of Seeing Winds》と《夜陰明神/Myojin of Night's Reach》を出しつつ《魂無き蘇生》を押さえている。《春の鼓動》が場に出たら、日本のスーパースターには10枚のカードが手札に入りつつ、相手の手札は空っぽになるのだ。
《春の鼓動》をさらに過激に使うのは最優秀新人レースのトップを走るピエール・カナリだ。フランス人の誰かが《春の鼓動》から大量のマナを浮かせて《星の揺らぎ/Sway of the Stars》を打ったなんて話を聞いても驚くには値しない。このとんでもなく重い呪文は、おまけつき《激動/Upheaval》として働く。《星の揺らぎ》を撃った側のプレイヤーは、マナ・プールに2マナしか無くても《木霊の手の内》から楽々とマナを伸ばしてくるし、8マナとか何とか浮かせようものならターンが終わる頃には相手の側に《明けの星、陽星》がご光臨あそばすのだ。
このトーナメントに参加しているプレイヤーにとっての疑問点は、このデッキがどれだけ速いかと言う事にある。最初でつまずくと、白ウィニーやその他の攻撃的デッキにひどい目に合わされることだろう。そんなわけで、緑デッキには数多くの《師範の占い独楽/Sensei's Divining Top》が積まれることになる。《春の鼓動》を操る面々から《頭蓋の摘出》をぐるぐる回す輩まで、多くのプレイヤーは《師範の占い独楽》を最大限まで積んでいる。これらのプレイヤーは《桜族の長老》や《木霊の手の内》や《緊急時》によるシャフルをフルに活用し、大人気の《森の知恵/Sylvan Library》風1マナアーティファクトの見える先を新鮮なものに変えるのだ。
「このカードの強さのレベルは満足がいくんだけどね……」と言ったのはランディ・ビューラー(Randy Buehler)だ。「ただこのシャフルだけはねぇ。とにかくやたら時間がかかるんだよ」

現実的、あるいは盤面に押し寄せる重圧に対する時間上の制限から、《師範の占い独楽》は緑デッキなら自動的に4枚入る代物というわけではない。実際、世界中のデッキデザイナーの先頭を走っている藤田剛史のレジェンド詰め合わせデッキには、これが2枚しか入っていない。藤田の武器選択は、コントロール側よりはビートダウン側に向いている……彼のデッキには、《山賊の頭、伍堂》で探してくる物だけでも、《梅澤の十手》以外に《龍の牙、辰正/Tatsumasa, the Dragon's Fang》や《今田の旗印/Konda's Banner》(《曇り鏡のメロク》のお供に対する《十字軍/Crusade》でもある)が積まれているし、これにドラゴンやら空民やら蛇やらが入ってくることを考えると、この世界における天才によっても《師範の占い独楽》の入る空間は2枚分しかないようだ。
キブラーにいたっては1枚も入っていない。「デッキのスペース上の問題なんだ」と複数のグランプリを勝っているドラゴン使いは言う。「このブロックのカードはどれもとにかく強いから、できるだけ早く対処しなくちゃいけなくて、そうなると《師範の占い独楽》を回しているような時間は無いんだ……その上、《けちな贈り物》よりも《師範の占い独楽》の方がいい理由が見つからなくてね。膠着状態になったとき、僕は《けちな贈り物》で《桜族の長老》と《清められし者、せし郎/Seshiro the Anointed》と《そう介の召喚術/Sosuke's Summons》と何かを持ってくることで、状況を打開しつつ、デッキに残っている攻撃手段も薄めすぎないようにしなくちゃいけない。蛇エンジンには《師範の占い独楽》を入れてる隙間が無いのさ」
このプロツアーは、鋭いデッキデザインに加えて、このフォーマットに対する知識を問う場所でもある。《師範の占い独楽》同様、緑デッキに《頭蓋の摘出》を入れるかどうかも意見の分かれるところだ。
「プレイヤーはバカな真似をするし、ミスするもんさ」とはオシップ・レベドウィッツの台詞だ。「第1ラウンドで、俺は《北の樹の木霊》を出した。相手も《北の樹の木霊》を持ってたけど、ゲームを長期戦に持ち込もうとして、《頭蓋の摘出》を撃ってきたんだ……宣言は《頭蓋の摘出》さ。コントロール同士なら《頭蓋の摘出》の抜きあいで勝てるだろうと読んだんだろうけど、俺のには入ってなくて失敗さ。俺は6点殴って《明けの星、陽星》を出した。お疲れさんだね」
「《頭蓋の摘出》はいいよ」と反論するのはキブラーだ。「基本的に外し様が無いし、サイドボードの後なら尚更さ」 彼らの対戦では、キブラーは序盤でPTヴェネチアのチャンピオンから2枚の《明けの星、陽星》を引っこ抜き、彼の切り札をつぶした。「《頭蓋の摘出》は場の展開を変えないし、現状の問題を解決してくれるわけじゃないけど、それでも悪くないし、サイドボードとしては強いカードだよ」
そして、この技術を要するライブラリー当てである《頭蓋の摘出》には赤いバージョンがある。藤田を筆頭に多くの日本人が《思考の猛火/Mindblaze》を使っていた。相手の墓地を調べれば、ライブラリーに《桜族の長老》が何枚残っているかは一目瞭然だ。抜け目の無い日本人プレイヤーにとっては、《火炎破/Fireblast》2枚分の可能性はかなりの現実性を帯びている。
トップテーブルの基本戦略をまとめると、まずはライブラリーから(基本地形を探して)マナを加速し、ドローを《師範の占い独楽》で操作し、そこから強烈な――大抵は伝説の――攻め手を出してくる。驚くべきはこれらを一通りやっているプレイヤーが……緑以外にもいることだ。
カイ・ブッダ(Kai Budde)はフィラデルフィアに《旅行者の凧/Journeyer's Kite》入り白黒デッキを持ち込んで、《師範の占い独楽》を操りつつ予想されえた緑デッキを叩き潰し続けた相手の《緊急時》からの伝説の攻撃パターンには《英雄の死/Hero's Demise》などで対抗しつつ、これに《囚われしもの、幽孤羅/Yukora, the Prisoner》を合わせてきた。カイのプレイングを見ていると、そのすばやさと正確さは目を見張るばかりだ。過去の栄光の日々が戻ってきた兆しなんじゃないだろうか。
「彼のプレイングは速いよ」と言うのはビューラーだ。「彼はテストをやってきて、その結果を見せてるんだろう。場当たりでやってるわけでも、過去の才能だけでやってるわけでもない。カイの復活だね」
予想の範囲の環境を6-0の成績で突破した彼は、プロツアーの歴史の中でも最もきらびやかなプレイヤーでもある。彼は日曜日に向けて素晴らしい成績を残しそうだ――もっとも、まずは土曜を抜けなくちゃいけないんだが。