新世界秩序

更新日 記事 on 2011年 12月 5日

By Mark Rosewater

Working in R&D since '95, Mark became Magic head designer in '03. His hobbies: spending time with family, writing about Magic in all mediums, and creating short bios.

 

フラッシュバックに関する話を聞きたかった方々には申し訳ないのですが、こちらについては来週お話ししたいと思います。先週、突然次の特集週は今週でなく来週だと告げられたのです。つまり、今週は私の話したいことを何でも話すことができることになったのです。幸いなことに、イーサン/Ethanがその特別記事(リンク先は英語)の中で、私がいつか話したいと思っていたことへの足がかりとなる話題を提供してくれていました。そこで、この自由に使える週を使って、開発部がここ3年(さらにそれから3年間)を費やしてきている、ちょっとしたことについて語りたいと思います。その名も「新世界秩序」です。

今回のコラムでは、私たちが解決しなければならなかった大きな問題、そしてその問題への解決手段、さらにその解決手段がただ問題を解決するだけでなくマジック全体をよりよいものにしていくという現実について語ります。内容は盛りだくさんなので、早速始めることにしましょう。

問題の解決

問題解決の話なので、まず最初にその問題について語るのが適切でしょう。そのために、今から6年前に話を遡らせることにします。しばしば、私たちが大量の数を扱う方法について語っていたと思います。ビジネスをするということには、物事がどう動いているのかを把握することが含まれます。そして6年前、私たちは大きな問題に直面していました。私たちにとってもっとも大切な数字、すなわちマジックをプレイしている人々の数が減り始めていたのです。多くの調査が行われ、その原因が見つかりました。新規プレイヤーが減っているのです。言い換えると、マジックを学ぼうというプレイヤーの数が減っているのです。次の質問は「なぜ?」でした。新規プレイヤーがマジックをプレイしたいと思わなくしている原因は、マジックのどこにあるのでしょうか?

この問題について研究し、原因を見つけ出しました。それは私がしばしば話している、「忍び寄る複雑さ」だったのです。では、このことについて説明したいと思います。

緑の線はマジックの複雑さを表しています。(この図は説明のためのもので、実際の数字を反映しているものではないことを書き添えておきます。)マジックはトレーディング・カードゲームなので、毎年新しいカード、新しいメカニズム、新しい概念、そして新しいテーマが投入されていきます。そうすることでマジックの要素が増えていき、複雑さがゆっくりと忍び寄ってくるのです。

赤の線は基線です。これは、新規プレイヤーがマジックを始めるときの状態を示しています。新規プレイヤーがマジックについて何も知らないという条件は変わらないので、基線が変化することはありません。赤の線と緑の線の間の空間が、開発部の言う「導入障壁」となります。この差が広がれば広がるほど、プレイヤーでない人がプレイヤーになるのは難しくなります。このグラフは問題をよく表していました。忍び寄る複雑さは、導入障壁を高めており、新規プレイヤーがマジックのプレイ法を学ぶのを難しくしていたのです。新規プレイヤーが増えない理由は、マジックを始めるのが段々難しくなっているからだったのです。

開発部はそれがマジックにとっての巨大な問題であり、このまま放置すれば全てのプレイヤーに影響を与えることになるということを理解しました。これは、解決しなければならない問題だったのです。

複雑な問題

これは全て時のらせんブロックの間に発見されました。私たちは状況を鑑み、そして今作っているブロックがまさに史上最も複雑なブロックであるということに気がついたのです。例えば、未来予知では、それまでのマジック史上に存在した名前の付いたキーワード・メカニズムと同数に近いキーワード・メカニズムが存在していました。時のらせんブロックはすでに変更できる状態ではなかったので、次のブロックであるローウィンに焦点を合わせることにしました。

ローウィンでの目標は、カードをより単純にすることでした。そのカードがやることをあらわすルール文章を非常に明瞭なものにする必要があったのです。意図が単純で分かりやすいものになるよう、かなりの時間を費やしました。しかしブロックが完成すると、まだ複雑さの問題を解決できていないということが分かりました。マジックの中で別の場所に動かしただけだったのです。詳しく説明しましょう。

ゲームには3種類の複雑さがあるということが分かってきました。

理解上の複雑さ

この種の複雑さは、カードがすることをプレイヤーが理解するということに関連しています。早い話、プレイヤーはカードを読んで、ゲームにおけるその働きが理解できるかどうか、ということです。これは馬鹿げたことに聞こえるかもしれませんが、マジックの歴史上この種の問題はつきまとってきているのです。その一例として、時のらせんブロックの待機メカニズムを見てみましょう。

遍歴のカゲロウ獣

これは理解してしまえば簡単に思えますが、多くのプレイヤーにとっては大きな障害となるメカニズムの具体例です。デザインチームがこのメカニズムを作ったのは、「マナの代わりに時間を払う」ということがイカした共感できるアイデアだと思えたからなのですが、領域の変更を伴う処理、そして長く複雑なテキストは多くの人々を圧倒してしまったのです。

この種の複雑さは、ローウィンが追求したものでありました。

そして時を経て、理解上の複雑さにはもう一つの側面があることが分かってきました。私が「直感的理解」と呼ぶものの一部です。その一例を挙げましょう。

軽蔑する利己主義者 

軽蔑する利己主義者》はスカージに登場する[7][U]で1/1の変異持ちクリーチャーです。それ自体は混乱を招くものではありません。ただ、多くのプレイヤーが8マナというコストを理解できないのが問題なのです。スカージに詳しくない方のために補足しますと、スカージには「点数で見たマナ・コストを参照する」というテーマがありました。《軽蔑する利己主義者》の点数で見たマナ・コストが大きいことは、そのカードにとっては利点となるのです(戦場に出すのには変異を使えばいいのです)。不幸にして、このテーマはあまり興味をそそるものではなかったので、プレイヤーの多くはこのカードの目的を把握できず、ただ当惑するだけに終わったのでした。

直感的理解とは、プレイヤーが読んだ内容を理解し、受け入れることです。文脈からいって意味が分からない場合、それは本質的に理解できないのと同じであり、混乱させることになります。私はここで、この種のカードを作るべきではない、と言っているわけではなく、一見したときに認識するほど単純なものではないことを強調しているのです。

盤面の複雑さ

これは、ローウィンおよびモーニングタイドの間に頭をもたげてきた問題でありました。この種の複雑さとはカードができることに関わるのではなく、むしろ複数のカードが戦場にあるときの相互作用のありかたに関わります。この問題には、モーニングタイドの社員プレリリースの間に開発部が気がつきました。カジュアル・プレイヤーは1、2回戦やったあとで席を立っていました。よく見ていると、残った者たちも何をすべきかが分からなくなっているようでした。関連し合う相互作用が多すぎたのです。

盤面の複雑さに関するもう一つ重要なポイントは、この種の複雑さが問題になるにはそれほど多くのカードは必要ないということでした。例えば、たった1枚のカードが2〜3個あるはずの選択肢を何十もの選択肢に増やしてしまうようなことも想定されます。

マジックは相互作用のゲームです。この種の複雑さは、あまりに多くの相互作用が存在すると、理解するのに何度も読み返す必要があるようなカードと同じように精神的負荷になるということを明確に示しています。

戦略的複雑さ

この種の複雑さは、自分のカードの最適な使い方を理解することに関したものです。マジックにプレイの深みがある理由の一つが、カードの最適な使い方を決めるにあたって様々な要素が絡むことにあります。カードをプレイできる状況になったらすぐにプレイするのがいいのか、それともより活用できる状況になるまで持っておいた方がいいのか?リソースを犠牲にして長期的なアドバンテージを得るべきはいつなのか?ある特定のドラフト戦略において、そのカードは最適なのか?この種の疑問は、すべてが戦略的複雑さの一例です。

この複雑さは、カードの実用性を最大化することであり、テンポやカード・アドバンテージ(リンク先は英語)を理解することであり、どちらが先に仕掛けるべきか(リンク先は英語)を知ることにあります。この複雑さは、マジックの最奥を理解することにあります。そしてこれこそが、プロ・プレイヤーと平均的なフライデー・ナイト・マジック参加者の違いとなるのです。

一般的知識

しばしば、一般的知識が問題解決の助けになることがあります。今回私たちが得た知識は、導入障壁を低くしなければならない、ということです。これが、あまりにも高くなり過ぎていたのです。マジックにはあらゆる複雑さが詰まっており、そのそれぞれが導入障壁を高めていました。その一方で、マジックには既存のプレイヤーもいます。複雑さを作っているものの多くは、既存のプレイヤーを引き留めるために重要なものに起因しているのです。マジックは常に新しい要素を増やし続けなければなりません。エキスパンションセットには新しいメカニズム、新しいキーワード、新しいテーマ、そして新しい戦略が必要となります。それでは、その両者を幸せにするためには一体どうすれば良いのでしょうか?

その解決策は、トレーディング・カードゲームが常に持っていた道具にあったのです。つまり、レアリティです。経験の浅いプレイヤーを圧倒してしまうことなく、経験を積んだプレイヤーの手にそれを届けるためにはどうしたらいいのか?単純に、それをコモンでなくすればいいのです。新規プレイヤーはブースターを買う数も少ないということが分かっています。つまり、彼らが手にするカードの中でコモンの占める割合がそれだけ高くなるということになります。

ただ、「コモンでなくする」というのは正確ではありません。新世界秩序の背景にある理論は、「コモンに入れるものについては非常に慎重であれ」でした。そこで、どの程度の複雑さが許容できるのか、もう一度線を引き直す必要がありました。コモンにもいくらかの複雑さは許容しましたが、過去よりも少なくしました。言い換えると、複雑さは慎重に取り扱わねばならない資源であったのです。

複雑さの変化を埋め合わせるため、新世界秩序においては高いレアリティ、特にアンコモンでは複雑さを高めてもよいということになったのです。目標は、複雑さを完全になくすことではなく、マジックの中で複雑さのありかを変化させることでした。複雑さのありかを動かすことで、複雑さを減らす必要のある相手には減らし、複雑さを求める経験豊富なプレイヤーには複雑さを与えたままにする、という考え方でした。

複雑さをコモンにおける限られた資源であると考えることで、コモンの作り方が劇的に変化することになりました。たとえば、私は「もしテーマがコモンで見られないなら、それはテーマではない」としばしば言っています。これは、テーマというものは複雑さを含みがちな性質を持つからであり(テーマというものは普段意識しない何かをプレイヤーに意識させるものであることが多い)、従ってコモンで使える複雑さの中のある一定量をそのテーマを扱うために割り振らなければならないということになるからです。

ここでもう一度強調しておきたいのは、コモンにもいくらかの複雑さは許容されるということです。新世界秩序での大きな変化は、開発部はどこでどうやって複雑さを使うかにより意識を払うようになった、ということなのです。コモンのカードを複雑なものにする場合、理由が必要となります。それには何らかの目的が不可欠となります。そして、コモンに入れることのできる複雑さの量には上限があります。各カードが審判され、そして全てのコモン・カードを合わせて審判されることになります。

もう一つ大きな変化は、全ての複雑さが等価ではないという認識でありました。理解上の複雑さや盤面の複雑さは初心者にとって問題でありますが、戦略的複雑さはそうではありません。なぜでしょうか?それは、戦略的複雑さは初心者の目に入らないからです。戦略的複雑さに気付くには、ある程度のゲーム知識が必要となります。つまり、これはコモンの複雑さ制限のほとんどから除外されていたのです。そのための鍵は、理解上の複雑さや盤面の複雑さなしで戦略的複雑さをコモンに入れる方法を探すことにありました。

完全に新しい世界

新世界秩序には、マジックのエキスパンションセットを見るまったく異なった方法が必要でしたが、一旦開発部が考え方を改めてみると、そこにはさらにエキサイティングなものがあったのです。新世界秩序で変化したセットに取り組んでみたところ、さらに面白いということがわかってきました。これは初心者から見て、という話をしているわけではなく、開発部の、つまり長年マジックを遊んできたプレイヤーの目から見て、ということです。なぜでしょうか?単純に言うと、新世界秩序はマジックに明瞭さをもたらしたのです(これに名前を与えたのは、挙動を導くためには言葉が必要だと強く信じているからです。何かについて語ることができなければ、それについて考えることは難しいため、それに言葉を与えることで、開発部の考え方を具体的にすることを助けたのです)。

起こっていることを理解するために、マジックのデザインから離れてデザイン一般の話をしましょう。昨年、私は高名な工業デザイナーのディーター・ラムス/Dieter Ramsの言うデザインの10の原理についての記事を書きました(その1その2(リンク先は英語))。原理その10は、「良いデザインは可能な限りデザインをしない」というものでした。

デザイナーの役割は、どうしても必要なものだけを使うことです。創造物が存続する上で不必要なものがあれば、良いデザイナーはそれを取り除くものです。ゲーム・デザインに関しては、これはそのゲームをする上でどうしても必要なものだけをゲームの要素として残す、ということを意味します。コモンをその本質にまで煮詰めたとき、より明瞭なゲームを作ったのだということに気がつきました。細かなアドバンテージを与えるたくさんの細かな要素に注目するのではなく、有意義な重点に注目することができるようになったのです。

これについて別の考え方もあります。コモンを単純化することで、管理すべきものが大幅に減ったのです。管理するというのは、ゲームに影響を及ぼすこともあり得る要素に注意を払う必要があるということを指します。一般に、管理などというのはゲームに入れたくない要素といえます。様々な情報を記録しておくというのは楽しいことではないものですが、ゲーマーは勝利を追求するためにそれをしています。

プレイヤーは、その行為が楽しいかどうかにかかわらず、ゲームにおいて有利になることならなんでもするものだと以前にも言ってきました。ゲーム・デザイナーの目標は、ゲームにおいて有利になることがゲームにおいて実際に楽しい部分に向かうようにするということなのです。多くの情報を記録することはマジックを楽しいものにすることではないし、不適切な場所にある複雑さは焦点を奪ってしまいます。コモンから複雑さを減らしたことで、焦点を戦闘や呪文といった本来の場所に戻すことができたのです。

それでは退屈になるのではないかと不安に感じた皆さんに、こんな実験をしてみることをお薦めしましょう。まず、普通のクリーチャーとコモンのソーサリーだけのデッキを2つ作ってみてください(これは遠い昔に作られた入門用商品のポータルとよく似ています)。そして同じような技量を持つプレイヤーをもう1人探してきて、そのデッキで対戦してください。やってみると、その対戦は非常に面白いものになることが分かると思います。多くの場合、マジックのあらゆる複雑さに巻き込まれ、マジックの基本の面白さや熟達さを忘れてしまっているものなのです。

それでもなお、平均的なマジックのゲームには驚くべきほどの選択があることに気付くべきです。新世界秩序はマジックの技術を減らすものではありません。新世界秩序は、焦点を凄まじい量のデータを記録することから、正しい判断を下す能力に向けるものだったのです。たとえば、チェスに新しいタイプの駒を4つ追加したり、あるいはチェス盤のサイズを倍にしたりしても、それがより技量的なものにならないのはご理解いただけると思います(そもそも楽しくなるとも思えませんし)。

過去3年間、マジックはかなりの成功を収めてきました。そして開発部は新世界秩序がそれに大きく寄与していると強く信じています。新世界秩序はマジックの本質に再び光を当てることを助けてくれたのです。そして、新世界秩序にはもう一つ大きな影響力があると私は信じています。アーロン/Aaronが基本セット2010の作成にあたってアルファ版に強く影響を受けているのは既にお伝えした通りですが、この商品は私たちを現在の芳醇さに向けさせたものとなりました。私は、新世界秩序、そしてそれによる再評価の流れが、アルファ版を意識するという変化をアーロンにもたらしたのだと信じています。

新世界秩序はマジックにありとあらゆる波紋をもたらしました。もう一つ例を挙げるとすれば、私は、現在のリミテッドで使えるカードを増やすという流れは戦略的複雑さをコモンにもたらす方法を探していたことの成果だと信じています。ある種のデッキで使いやすいが他のデッキでは使えないというカードを作ることで、コモンは新規プレイヤーを惑わすことなく戦略的なダイナミックさを手に入れたのです(戦略的複雑さが高く、理解上の複雑さや盤面の複雑さが低くなっている)。

さまざまな意味で、新世界秩序が開発部にもたらした興奮は、コモンだけでなく、マジック全体を通しての私たちのリソースの使い方を完全に再考させました。何が複雑なのか、そしてどのように複雑なのかを理解することで、マジックのデザインやデベロップのあり方が完全に再構築されたのです。

すべてを一つに

本日の話の本当の教訓は、デザインの全体的なあり方というこのコラムのもう一つの共通のテーマに通じるということにあります。開発部は把握した問題を解決しようとし、そしてマジックの本質を活性化させる方法にたどり着いたのです。ある一部の顧客にとって良いゲームにしようとしたことが、あらゆる顧客にとって良いものに繋がったのです。

今日のコラムに関する反響を募集しています。メール、ツイート(@maro254)、TumblrやGoogle+でも構いません。このコラムのスレッドに返信しても結構です。皆さんがマジックの現状をどう考えているか知りたいと思っています。

それではまた次回、ようやくフラッシュバックについて語るとしましょう。

その日まで、あなたがちょっとした整頓をされますように。