名声

更新日 Daily Deck on 2012年 7月 30日

By Mark Rosewater

Working in R&D since '95, Mark became Magic head designer in '03. His hobbies: spending time with family, writing about Magic in all mediums, and creating short bios.

 サンディエゴ・コミックコンだ。私は休憩時間に、コミック・パネルに目を向けた(年来、サンディエゴ・コミックコンの中心は変化してきているが、それでもコミックに関する第一のコンベンションであることには変わりない)。30分前に席について、待っている間にiPadを取り出した。中にはいくらでも時間つぶしのできる道具が入っている。10分ほどしたころ、一人の男性が近づいてきて、私に目を向けて立ち止まった。「ああ! お邪魔するつもりはなかったんですが、握手してもらえますか?」

 私は立ち上がり、彼の手を握った。「あこがれてました。あなたの作品が大好きです。これからも頑張って下さい」

 それだけ言うと彼は歩き出したが、数歩進んだところで立ち止まり、そして振り向くと言ってきた。「一緒に写真を撮らせてもらっていいですか? 友達がびっくりすると思うんで」

「もちろん」

 私は答えた。

 彼に私の隣に座ってもらい、そして写真を撮るように言った。彼は写真を撮った後、私に再び感謝の言葉を述べてから、足取りも軽く去って行った。私は再び腰を下ろし、iPadに目を向け直す。それからしばらくして、彼がまだ私のほうに目を向けているのに気がついた。30秒ほども経ってから、彼は口を開いた。「......ところで、あなたはどなたですか?」

 私の仕事にはいろいろな一面があるが、ここでは今まで語ったことのない話をしよう。私は、有名人だ。ここで慌てて添えておきたいのは、私の名声は非常に狭い範囲のものだということである。私は井の中の蛙だ。冗談で「パートタイム有名人」なんていうこともある。ある状況では、私は握手やサイン、写真撮影を求められることがあるが、外に出るのには特に問題はない。特に注目を集めずに買い物をすることもできる(超有名人というわけではないという証拠になるだろう)。世界のほとんどの人にとって、私は何者でもない存在だ。だが、ごく一部の人にとっては、私は何らかの存在なのだ。

 今日この話をするのは、なかなか人の持っていない面白い観点を持っているからである。私に少しばかりの名声があるというだけではなく、私はかつて「フルタイム有名人」とふれあう機会の多い業界に属していたのだ。今日のコラムでは、有名人とはなんなのかを実際に有名人と、あるいは有名人として触れあってきた経験から語ろうと思う。諸君が、有名であることの意味について何らかの知見を得られれば幸いである。

 大学時代、私は「自由な存在/Uncontrolled Substance」という即興劇の一座を立ち上げた(即興劇とは、観客のアイデアに基づいて作られたシーンを演ずるというものだ)、その一座の中には、スチュワート・ウィンター/Stewart Winterという男がいた。スチュワートは即興劇をするのは初めてだったが、コメディの経験は豊富だった。彼はコメディのシーンを書いていたし、大学新聞にマンガを載せていたし、ボストンのコメディ・クラブでスタンダップ・コメディを演じていた(忘れている諸君のために添えておこう。私はボストン大学に通っていたのだ)。スチュワートはスタンダップに非常に興奮しており、一座のメンバーにもやってみるように強く勧めていた。

 私は学校の一番近くにあるコメディ・クラブでのオープン・マイク・ナイト(訳注:飛び入り参加可能なライブショー)に行き、そこで非常に好評を得た。私はコメディを書き慣れていたし、ステージの演技も十分理解していた。必要なのは持ちネタだと判断して、私は「恋人と別れる残り45個の方法」(ポール・サイモンの歌のタイトルは「恋人と別れる50の方法/50 Ways to Leave Your Lover」だが、そのうちの5つしか歌の中で語られていない)、「スターシップ・エンタープライズの平均的クルーが苛立つ10個のこと」「クリスマス・スペシャル――サンタが馬鹿な証拠15個」などを準備した。

 少しばかりの成功の後、スチュワートは私に(ハーバードのある)ケンブリッジのキャッチ・ア・ライジング・スター(訳注:そういう名前のコメディ・クラブ群)に行くことを勧めてくれた。スチュワート曰く、それはボストンにおける聖地だと。もしキャッチ・ア・ライジング・スターのオープン・マイク・ナイトで実力を示せれば、ボストンでスタンダップ・コメディをやっていくことができると。それを聞いて興奮して、私は次の月曜の晩に行き、そして、言ってみればまあ、挑戦したのだ。

 私の出番は最後から2番目だったが、反響をもらえるくらいには好評だった。それから何週間か、朝早く行って仕事をこなしていた。やがて、うまく時間を作ることができるようになった。今は、オープン・マイク・ナイトというものは新人が実力を試す場所であると同時に、すでにキャリアを積んだ人が新ネタを試す場所であると言うことも理解している。我々新人が芸をするとき、ボストンのプロから観察されていたのだ。

 ある夜、出番を終えた私に、常連の一人が話しかけてきた。その人物がどれほど大物であるか、当時の私は知らなかった。知っていたのは、その人物がボストンのコミック・コミュニティで尊敬を得ているプロだということだけだった。彼の名前は、ルイス・CK/Louis C.K.(リンク先は英語)と言った。

 ルイスはすごかった。彼は私のやったことを気に入り、私に非常に実践的なアドバイスをくれた。彼は私のやっているいいところ悪いところを指摘してくれた。私の問題点を解決してくれるのではなく、私自身が解決できるように問題点を明確にしてくれたのだ。彼のアドバイスはそれから何週間も続いた。

 ルイスはコメディ世界の住人だった。彼は自分の芸だけでなく、他の人の芸を研究するのにも時間を費やしていた。彼の洞察はうっとりするほどに正確だった。彼は私の芸について、私自身が気付いていないことまで知っていた。そして、そのコーチの間ずっと、彼は前向きで協力的だった。私は、最高のショーをこなしてルイスにそう報告に行ったときのことを覚えている。私の短いスタンダップ・コメディのキャリアにおいて、これがハイライトだったと思っている。

 ルイス・CKから得た教訓は、基本的には、スパイダーマンのスタン・リーが第一話で描いた話と同じことだ。「強大な力を持つ者は、強大な責任がある」。有名人であるということには、その名声をくれたものへの恩返しが含まれる。このコラムを書いている大きな理由には、私がゲーム・デザイナーとして得た自分の教訓を共有したいというものがあるのだ。ルイスが、私がスタンダップの入り口に立つのを助けてくれたのと同じように、私も諸君にゲーム・デザイナーになるための初歩を伝えようと思っているわけである。これが責任というものだ。

 私には妹が一人いる。アリス/Alysseという名前で、彼女には2人の子供がいる。下の子の名前はジョシュ/Josh、9歳の男の子だ。最近、ジョシュはマジックを始めた。彼は何かに興味を持つと、インターネットを使って可能な限りの情報を読みあさる。マジックは、特にインターネット上では、限りなく深く入り組んだ迷路のようなものだが、ジョシュは一日目でかなりの量の文章を読んだ。何時間も読んだ後で、彼は私の妹(彼の母親)が本を読んでいる居間にやってきて、「ねえ。マークおじさんを好きな人もいるみたいだし、嫌いな人もいるみたいだよ」と言ったという。


 これと同じことはよく起こっている。仕事に飽きた友人や家族が私の名前をググり、そして没入するのだ。やがては、まあ大抵はすぐに、私のことを強く嫌っている人の発言に行き当たる。そして、次に私に会ったときに「知ってる? あんた......」と、私に関する評判を語ってくれるのだ。読んだものを繰り返していくうちに、語り手は私のことを擁護してくれる。私はどうすればいい? 彼らはその言っていることをどう言っている? そもそも、私のことを知っているのだろうか?

 私は、理解するのに何年もかかったことを説明しなければならない。名声にはいい面もあれば悪い面もある。そう、敬愛を集めることもあるが、悪意の的になることもあるのだ。名声の副次効果のひとつには、人の言いたいことの的になるというものがある。言われることの多くは不正確だが、中には完全に正しいこともある。根拠がないものもあれば、誇張されたものもあるが、暴力的なまでに誠実なものもあるのだ。有名人になると言うことは、あらゆることの的になるということである。それを止めることも制御することもできはしないのだ。

 問題を強調するために、私は良いことも悪いことも含め、人々の言っていることを読むという努力をした。私は自分の名前をググることを恥だと思っていない(なぜかインターネットはパブリックなものでなくプライベートなものだと思われているので、私はそれを読むことができるのだ)。ここで得た教訓は、面の皮を厚くしろということだ。私は、友人や家族を激怒させるようなものをスルーすることを学んだ。そしてなにより、私は、私を攻撃するものも含む、あらゆる情報は重要だということを認識するに至った。全ての発言には意図があり、その文章の影に潜む意図を読み取ることにしたのだ。

 5年前、私自分のランナーとしての経験をコラムに書いた(リンク先は英語)。製作アシスタントとも呼ばれるその立場は、ハリウッドのヒエラルキーの下層に位置している。基本的に、走り回って言われたことをなんでもやるという仕事だ。ある夜、私はエンプティ・ネスト/Empty Nestというショーのランナーで、空港まで行ってその週のショーのためのゲスト、フィル・ハートマン/Phil Hartmanというコメディアンを呼んでくるという仕事を命ぜられた。

 この話を理解してもらうために、いくつかランナーの生活について説明しておきたい。ランナーの生活は、ひたすら頭を下げて言われたことをこなすだけだ。一度(ランナーとしての仕事中に)「目立ちすぎだ」と怒鳴られたことがある。「お前が仕事してるのに人が気付いているじゃないか」と。そう、透明じゃなかったから怒られたのだ。一般に、ランナーというものが評価されることはない。役者は意識しなくても(ほとんどは意識しないものだが、まあそれは別の話だ)、ランナーには気を払わないものだ。ランナーが毎日役者の食事を運び、毎晩台本を運んでいても、彼らはランナーの名前すら覚えはしない。

 これを取り上げたのは、フィル・ハートマンとの関係で起こったことだけが当時の話の中で評価されたものだからだ。ハリウッド時代、多くの俳優と接触した。フィル・ハートマンはその中でも最高の役者だったと言える。まずもって、彼は私を下僕でなく人間として扱った。移動中からホテルに行くまで、彼はショーについての私の意見を聞き、自分の参考になるようにと私からの意見を求めてきた。ランナーとしての生活中、それまでそんなことは一度としてなかったのだと強調しておこう。

 フィル・ハートマンは私を無視しなかっただけでなく、私と誠実な関係を築いてくれた。後日に会ったときは、彼は私のところで立ち止まり、短い挨拶や会話を交わしたのだ。そのショーのどの役者もそんなことはしなかった。毎日会っているのにだ。フィル・ハートマンの歴史について知らない諸君のために添えると、後年、彼は彼の奥さんに撃ち殺された。フィル・ハートマンの死は、有名人の死の中で多分2番目にショックだった出来事だ(1番はこの後話す)。人間がこうして死ぬことは嫌なものだが、出会った中でもっとも好人物な有名人だったのだからなおのことである。

 フィル・ハートマンから得た教訓は、有名人には選択が存在するということだ。名声を使って人々から離れることもできれば、人々の上に立つこともできるし、人々と接することもできるのだ。フィル・ハートマンに触発されて、私はその後者を選んだわけである。

 私は、誰かが私に近づいてきて話しかけ、あるいはサインや写真を頼んでくるのを誇らしく思っている。私は日々、自分の好きなことをしているが、それはファンの諸君が時間やお金をマジックのために費やしてくれているからだ。私はファンと語り合うのが大好きだ。サインもするし、写真撮影にも応じる。恐れないでくれ。私はフィル・ハートマンの先例に倣って生きたいと思っている。私と触れあった全てのファンが、「マローって好人物だな」と思ってくれるようにしたい。だから、私は触れあいたいのだ。ただし礼儀だけは守ってくれたまえ。

 何年も昔、私は妻のローラ/Lora、まだ赤ん坊の娘レイチェル/Rachel(レイチェルは今12歳だ。つまりこの話はそれぐらい前のことである)と一緒に飛行機で帰宅しているところだった。ローラとレイチェルは通路の向こうで、私はセス/Sethとマリソル/Marisolという若いカップルの隣に座っていた。私たちは言葉を交わし、そのカップルが新婚で、新婚旅行のためにシアトルに向かっているのだということを聞いた。結婚式についての話をする中で、私自身の結婚式の話をしたのだ(その内容は以前コラムにも書いている(リンク先は英語))。


 私の結婚式はゲームを題材としたものだったので、会話の流れで私がゲーム会社に勤めているという話になった。彼らは私のデザインしたゲームについて尋ねてきたので、私はマジックだと答えた。彼らは「ええっ!? マジックやってるよ!」と言うのだ。そこで私はマジックのデザイナーの一人であると明かし(当時はまだ首席デザイナーになる何年も前である)、新郎は私が誰であるか気付いたようだった。彼は私の記事を色々と読んでいたのだ(当時、私はデュエリスト誌の編集長であり、毎号いくつものコラムを書いていた)。

 マジック・ファンのカップルが新婚旅行に向かう途中の飛行機の中で出会ったなら、何をすれば良い? その新婚旅行を可能な限り思い出に残るものにしようと思うだろう。空港からまっすぐ彼らをウィザーズに連れて行き、ローラとレイチェルと一緒に案内した(一応言っておくと、ローラは当時ウィザーズの社員であり、レイチェルは、うん、とても可愛かったのだ)。何枚かの写真を撮り、その新婚の2人を送り出したのだった。しばらく経ってから、その新郎から手紙が届いた(当時はメールでなく手紙だったのだ)。その手紙には、ウィザーズを案内されたのは新婚旅行の中でもいい思い出になった、と記されていた。

 ここでの教訓は、有名人であるということには、時々それを示すことが含まれるということである。出会った相手全ての休みにいい思い出を作ってやることはできないが、可能ならそうしたいと思っている。こういったことをすること、そしてカードのデザインに関係ない素晴らしい時間を作り出すことが私の仕事の活力となっているのだ。

 ランナーとしての仕事の1つに、パッケージを運ぶというものがあった。映画スタジオは町中に散在しており、その中を歩き回ってパッケージを運ぶのにはひどい時間がかかった。しかし、多くのスタジオがあり、そのほとんどは非常に大きかったので、地理に詳しかったとは言えない。

 ある日、私はワーナー・ブラザーズに封筒を届けに行った。多分台本だったと思う。私のボスからの指示書には、33番ビルに行けと書かれていた。不幸にして、私は33番ビルの場所を知らなかった。こういう場合、私は大抵パズルのように考えを組み立て、存在する情報から答えを探せるかどうか考えることにしていた。

 ビル番号の付け方はそう明白なものではなかったので、私はスタジオの地図に向かった。地図はそうわかりやすいものではなかったので、私は地図と実際の街路を見比べる必要があった。やがて、私はそこらに立っている人を見付けて話しかけた。「すいません。道に迷っちゃいまして......33番ビルってどこだかご存じですか?」

 私は地図を見てもわからなくなっていたので、自力でなんとかしようと考え、地図を片付けて質問した相手に目を向ける。私が尋ねた相手は、クリント・イーストウッド/Clint Eastwoodだった。

 頭の中はもう、「うわ、クリント・イーストウッドだ」で一杯だった。そしてやがて、彼が私に答えていることに気がついた。クリント・イーストウッドが私に――そう、私に、33番ビルへの道を教えてくれたのだ。私は再び地図を見て、そして彼にその地図で示してくれないかと頼んだ。

 クリント・イーストウッドは再び説明してくれた。今度は地図の上で道なりにだ。説明を終えた彼に、私は「ありがとうございました」と言った。彼は「どういたしまして」と、あのクリント・イーストウッドの微笑みを残して立ち去ったのだ。

 ここでの教訓は、私にとって重要なものだ。人々は有名人を崇め奉りたがるもので、彼らが我々とは別の人類であるかのように考えがちだが、それは彼らもまた人間であるということを忘れた考え方だ。私がクリント・イーストウッドとの遭遇を、言ってみれば楽しんだのは、スターとしてではなく人間としてのクリント・イーストウッドと話ができたと感じたからである。

 これは、私がどうしてこういった記事やソーシャルメディアで話をしているかという理由だと信じている。私は私自身をプレイヤーから離れた特別な存在にはしたくない。私は諸君と同じ存在だと思ってもらいたいのだ。私は、マジックを愛しているからそれに関わっている。私はマジックのコミュニティを高く評価し、私の人生に関わりがあると理解している。マジックは私にとってただのカードの束ではないのだ。

 私自身の名声と取り組むに際して、私は自分の大切なものに価値を加えたいと思っている。私はコミュニティに付加価値を与える存在でありたい。諸君から離れたくはないし、むしろ接しやすい存在でありたい。これが、私がソーシャルメディアを使う理由だ。私に送られてきたメッセージ全てを読む理由だ。だから、どんな手段であれ私に連絡することをためらわないで欲しい。私は可能な限り多くの諸君と話をしたいと思っているのだ。

 私の友人や家族は私の名声が非常に面白いものだと理解した。たとえば、熱烈なマジック・プレイヤーに会って私のことを知っていると言うと、そのプレイヤーはすごい反応を示すというのだ。私の母などは、マジック・プレイヤーに私の母親だと自己紹介するのを楽しんでいる。親であることの楽しみは、子供に誇りを持てることなのだからいいことだろう。もし、私の母と会うことがあったら、私が子供の頃にゲームをするのを助けてくれてありがとうと伝えて欲しい。

 知らない人にもっとも強く印象づけるのは何だと思う? 私は、私のことを知らない人としばしば話をする。マジックについて聞いたこともないとして(まあ多くの人は知らないものだ)、誰でも聞いて興奮するような話と言えば何だろう? それは、ウィキペディアに私のページがある(リンク先は英語)、ということだ。今日、最低限の有名人と言える条件になっていると言えるだろう。たとえば私はウィキペディアでは「有名なユダヤ系アメリカ人」として挙げられている(ウィキペディアにページがあって、ユダヤ人で、アメリカ人だからだ)。

 これを取り上げたのは、名声の面白い面に触れるためである。人にぱっと覚えてもらえるのは素晴らしいことだ。諸君に会うことで興奮してもらえるなら素晴らしいことだ。実際、ウィキペディアにページがあるのはすごいことだ。名声を得るというのはただの重しではない。たくさんの良い面があり、私自身もそれで楽しんでいるのだ。

 百聞は一見にしかず、ここで1枚の写真を紹介しよう.


 そう、これはジム・ヘンソン/Jim Henson(リンク先は英語)だ。ランナー時代、私は「テレビの45年/Forty-Five Years of Television」という特番で仕事をしたことがある。その特番では、テレビの歴史を取り上げていた。その紹介をしていたのは何人かのスターで、その中にはカーミットやミス・ピギーも名を連ねていた。

 カーミットが入っているので、特番のプロデューサーはセットにカメラマンを呼んだ。みんなが子供を呼び、カーミットと記念撮影をさせた。私はカメラマンに、カーミットは写真に入らなくてもいいからジム・ヘンソンと写真が撮りたいと言ったのだ。

 知っての通り、ジム・ヘンソンは私のアイドルの1人だ(そして、彼の死が有名人の死の中でもっともショックだった出来事で、私はそれを受け入れるのに1時間かかった)。私は彼に会うことに興奮していたが、数分間話すことができた。その時、私は彼に1つの質問をした。その質問とは一体何か? 映画「素晴らしき哉、人生!/It's a Wonderful Life」にはアーニー/Ernieというタクシー・ドライバーとバート/Bertという警官、2人のコメディ・キャラがいろ。マペットの名前は彼らから取ったのか、というものだ。ジム・ヘンソンは、今までにも何度も尋ねられたことだと前置きして、意識的にそうしたわけではないが、無意識に関係があったかも知れないと認めた。

 ジム・ヘンソンとの会話は私の人生においてもっとも興奮した時間の一つだ。死ぬまで忘れない、大切な思い出だ。ここでの教訓は、有名人と会って興奮するのは私だけでなく、私と会って興奮する人もいるということだ。私はジム・ヘンソンではないが、私に会った人がおおよそにおいて非常に興奮することは理解している。私はその興奮を台無しにしたくはない。

 最後に、名声のもっとも恥ずかしい話をしよう。私が恥ずかしいとか謙虚とか言っても似合わないと思われているのはわかっている。それでも、私にもそういう話がないわけではないのだ。ほんの少しはあるのだ。うん。ということで、この最後の話は、今から2年前のことである。

 しばしば、我々はメイク・ア・ウィッシュ(リンク先は英語)のようなプログラムによる訪問者を受け入れる。知らない諸君のために説明すると、病気の子供の願いを叶える助けをするというものだ。私は単にその訪問を助けると言うだけでなく、ホストを務めるのだ。受け入れから送り出しまで、私が案内する。この仕事の中には、イベントの企画を助け、訪問を最大限実りあるものにするということが含まれる。連絡係によく尋ねるのは、その訪れる子供が本当にやりたいことを見付けられているのかである。可能な限り思い出深いものにすることが目標で、そして私は今まで学んできた限りにおいて、望みを知るための最善の方法はその本人に直接聞くことである。

 私はその家族と働いている人に、その少年の望みについて聞いたかどうか尋ねてみた。「ええ。あの子の望みはたった一つ、あなたに会いたいんですって」

 私はその病気について、娘のレイチェルが幼い頃に聞いていた(別コラム(リンク先は英語)参照)。レイチェルはもう快復したが、一時期は命に関わる腎臓病を抱えた娘と生活しなければならなかったのだ。娘を失うこと以上の恐怖は人生において存在したことがない。つまり、私は病気の子供に過敏になっているのだ。

 その子供は、願いを叶える機会を得た。彼は何でも願うことができた。メイク・ア・ウィッシュは大統領や映画スターとの面会を果たしたこともあることは知っている。巨大イベントを開き、人々を巻き込むこともできる。その根底にあるのは、子供の夢を大きくするというものだ。そこで、その願いが「ボクはウィザーズ・オブ・ザ・コーストに行ってマーク・ローズウォーターに会いたいんだ」というものだったので、私には非常に強烈に感じられたのだ。

 名声の一部であるゲーム・デザイナーになるための道がいつ定まったのか、わからなかった。書くのは好きだし、聴衆と交流するのも好きだが、名声というのは目標ではない。正直に言って、パートタイム有名人であることは非常に楽しい。有名人の気分を味わいながら、その不利益は避けられるのだ。しかし、そこに理解しがたい何かがのしかかってきた。

 magicthegathering.comの立ち上げについて話したとき(リンク先は英語)、私は、コミュニケーションの授業で人々は考えでなく人間とつながるのだということを学んだ、と書いた。人間と何かをつなげる場合、そのものを擬人化しなければならない。これを踏まえて、私はマジックの一つの顔になっているので、人がマジックと交流したいときに私を代理として、マジックの代わりに選ぶのだ。

 私はマジックそのものになっていた。非常に責任が重大だ。幸いにして、もし世界の何かが私だとしたら、それは確かにマジックだろう。私の人生にこれ以上の幸せを与えてくれたものはない。夢の仕事をくれたし、妻や多くの友人ともマジックを介して出会えた。子供を育てているのもそうだし、世界のためになっていると強く信じている。私はマジックの顔であることを誇りに思い、マジックの擬人化として振る舞うのだ。

 非常に責任は重大だが、誠心誠意取り組んできたものだ。

    名声の話

 このコラムではゲーム・デザインについての話はしてきたが、ゲーム・デザイナーであるための話はそれほどしてきていない。諸君の興味がその愛するマジックのでき方に向いているからである。そのことが、ゲームを作る人にスポットライトを当てる。それを望む会社も望まない会社もあるが、ウィザーズ・オブ・ザ・コーストでは、ゲーム(あるいはメタゲーム)とゲームのでき方に関連があると判断したのだ。

 我々は、セットを吐き出す秘密のブラックボックスになりたくはない。諸君に情報を受け取ってもらえば、それによって諸君のマジック経験がより良いものになることを強く信じている。これの副次効果が、名声だ。私がこの話を書くのはそういう理由だ(ついでに私が有名人に会ったときの面白い話を書いたわけだ)。マジックのデザインがどういうものかと問われれば、こういった名声はその一部だと答えよう。

 今回のコラムはいつもと違うものだったことは自覚しているが、諸君が楽しんでくれたなら幸いである。今回のコラムに関する感想を、メールTwitterTumblr、 or Google+などでどんどん寄せて欲しい。

 それではまた次回、スタンダードの話をする日にお会いしよう。

 その日まで、私と会ったら挨拶があなたとともにありますように。


(Tr. YONEMURA "Pao" Kaoru)


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