グランプリ仙台プレイバック

更新日 Event Coverage on 2004年 3月 19日

By Keita Mori

東北地方でマジック・ザ・ギャザリングのプレミアイベントが開催されるのは三回目のことで、そのすべてが仙台での大会ということになる。そんなわけだから、今やここ仙台も日本のマジック・イベントの一大拠点となったと言っても良いだろう。そう、横浜や京都とならぶ定番開催地の仲間入りをはたしたのだ。

せっかくの機会でもあるわけだから、大会がはじまるまでの時間に、過去2大会のグランプリ仙台を皆さんと振り返ってみよう。

グランプリ東北'99

1999年9月11、12日。当時は日本のイベントがサイドボード・オンラインで取材されることもなく、Event Coverageの過去ログには優勝者である東野将幸の簡単なプロフィールと大会風景をおさめた写真が数点残されているだけだ。使用されていたセットは数々の禁止カードを世に送り出したことで今や伝説となっているウルザ・ブロックで、フォーマットはドラフトだ。ちなみに、グランプリどころか、この頃はアジア選手権(APAC)のイベント取材さえ行われていないという時代である。

ところで、この大会は「グランプリ仙台」ではなく「グランプリ東北」と銘打たれており、これは「これまで東京と大阪という二大拠点を中心にまわっていた日本のマジック・イベントが各地方へと進出していくのだ」ということを高らかに宣言するという意味合いが強かったからこそのネーミングだったそうだ。たしかに、このイベントの直後、10月末に開催された福岡でのグランプリも「グランプリ九州」という具合に地方名でクレジットされており、印象的だ。

そんな具合でプレミア・イベントが各地に進出していったことからもわかるように、この頃からウィザーズ社は日本のトーナメント・マジックに対して特に大きなエネルギーを注ぐようになったといえるだろう。このグランプリの翌年からは日本国内で開催されるプロツアーが恒例のものとなり、国内でのプレミアイベント自体がそれまでほど特別なものではなくなっていく・・・というまさに過渡期のイベントがグランプリ東北だったのだ。

ちなみに、当時の日本のトーナメント・マジックがどんな風であったかといえば、東西を代表する二つのチームがシーンをリードしていたことが第一に挙げられる。そして、大阪の「チーム宗男」の東野将幸と東京の「チーム・ジョン」の百瀬和之という二大チームのポイントゲッターがこのグランプリ東北の決勝戦で見えることとなったのだ。そして、東野将幸が日本王者に次ぐ二つ目のタイトルを見事につかみとっている。東野がドラフトしたのはほとんど赤単色という構成にタッチで《不実/Treachery》や《眠りの印形/Sigil of Sleep》を加えるという内容のデッキだった。

ところで、グランプリ東北の少し前に開催されたアジア選手権の決勝戦でも「チーム・ジョン」対「チーム宗男」によるマッチアップが実現しており、そこでは「ジョン」の森雅也の《適者生存/Survival of the Fittest》が「宗男」の藤田修の「赤茶単」を下している。ちなみに、東野と百瀬もそのアジア選手権でベスト8入りを果たしており、この頃は彼らが実にプレイヤーとして充実していた時期だったといえるだろう。

ともあれ、かつてのトーナメント・マジックといえば東京渋谷のDCIトーナメントセンターこそが日本のシンボルだったわけだが、西の聖地Adeptもそれに並ぶブランドとして確立されてきた時期だった。

グランプリ仙台'01

2001年12月15、16日。仙台で行われた二度目のグランプリで採用されたフォーマットはエクステンデッドだった。当時はオデッセイが最新セットで、アイスエイジブロックの強力なカードやらが禁止される前の環境で、累加アップキープコストを要求する《Illusions of Glandeur》を対戦相手に《寄付/Donate》で押し付ける2枚コンボを中核とする青赤の「Trix」デッキでKai Buddeがプロツアー・ニューオリンズに優勝したところからメタゲームの食物連鎖がはじまったシーズンだ。ちなみに、この一年前のエクステンデッドイベントであるグランプリ京都でも藤田剛史の《ネクロポーテンス/Necropotence》入り「Trix」デッキ(ネクロドネイト)が優勝している。

この第二回グランプリ仙台が開催されたのは日本のトーナメント・マジックがひとつのピークをむかえていた時期であり、シーズンの開幕戦でもあったグランプリ神戸では参加者数1350名という大記録がうちたてられたばかりのことだった。この記録は3年後のグランプリ・マドリードで塗り替えられてしまうことになるが、やはりこの時期の国内のマジックシーンの盛況ぶりは実に印象的なものだった。

ところで、このグランプリを振り返る上で欠かせないトピックが「記録的豪雪」だろう。仙台市内では20センチ近い積雪があったというほどで、交通機関の麻痺によって来場を断念せざるをえなかったプレイヤーも少なくなかったという。ともあれ、このイベントに教訓を得てのことか、これ以降は冬に北国でプレミアイベントが開かれることはなくなった(今までのところ)。

そんな白銀のグランプリ仙台で優勝を飾ったのが・・・現在の浅原連合の母体となった「八王子組」の若手プレイヤーである荒堀和明だ。荒堀がプレイしていたのは浅原晃デザインの「Zombie Go」(Zombie Prison)デッキで、これは《冬の宝珠/Winter Orb》と《対立/Opposition》による「プリズン」的なロック要素を内包しつつ、《ゴブリンの太守スクイー/Squee, Goblin Nabob》や《Krovikan Horror》による墓地アドバンテージを《ゾンビの横行/Zombie Infestation》に繋げるというプランも備えたものだった。

アンチ「Trix」デッキの代表格としてこのシーズンをにぎわすことになる「Miracle Grow」をいち早く採用したアメリカの Mike Long(プロツアー・パリ王者)、メインデッキに《変異種/Morphling》を投入するというスタイルの「Trix」デッキを確立した立役者である森勝洋と平林和哉・・・という三人の強敵を決勝ラウンドで次々になぎ倒し、荒堀は日本で二人目のアマチュア・チャンピオンという栄誉を勝ち取った。

静岡で山田屋耕平、ここ仙台で荒堀和明という具合に二大会連続でのグランプリ・アマチュア優勝ということとなったわけだから、第二回グランプリ仙台は新しい世代の台頭が強く印象付けられた時期のことだったとも言えるだろう。

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