今週の候補は、北アメリカにおけるマジックの終焉に関する神話を一段落させてくれるでしょう。カナダはここ3回プロツアーにおいて2人のトップ8を輩出していますし、世界最高のリミテッドプレイヤーの一人という名を揺るぎなきものにしている人物もいます。
アメリカのマジックの死について言うなら、その大動脈にはまだ十分な量の星条旗色の血が流れているようです。TOGITからの4人のプレイヤーは、過去数年においてTOGITのプレイヤーが行ってきたことを続けています――優勝することです。YMGは過去ほどではありませんが、そこからの卒業生の一人は目立った活躍はしていませんが、いまだプロポイントを確保し続けています。そして候補プレイヤーの最後を締めくくるのは、あなたが彼らの冷たくなった指を引き剥がすまではプロポイントを諦めないであろう、いささか気のひける“アメリカのマジックの未来”です。
北アメリカを代表する面々に、あなたの一票を入れてください。投票ページへはこのページの一番下から行けます (プロフィール文責はブライアン・デヴィッド=マーシャル)。
マーレイ・エヴァンス(Murray Evans)
マーレイは10歳の時からこのゲームをプレイしています。彼は若い時にオーレ・ラーデ(Olle Rade)を倒し、その事で以降“砕き屋”と呼ばれることになりました。このカナダ人プレイヤーはここ数年上り調子で、その第一歩はカナダチーム入りでした。彼は世界選手権でトップ8に入り、さらにプロツアー名古屋でもトップ4に入っています――PTに3回挑戦して、2回目のトップ8です。彼は日本において意志の強さを見せ、現在の流行りのピックに逆らう形で、《戦に狂える浪人/Battle-Mad Ronin》や《精神のくぐつ/Psychic Puppetry》をピックする戦術で話題となりました。
2003-2004 プロポイント: 18 (96位) | 名古屋時点でのプロポイント: 32 (31位タイ)
ユージン・ハーヴェイ(Eugene Harvey)
ユージン・ハーヴェイが初めて登場したのは、2001年のアメリカチームの見慣れないメンバーの一人として登場したトーナメント・センターでした。アメリカチームは、その年の世界選手権でのチーム戦のタイトルを獲得します。彼は次の年にはアメリカチームを率いる立場でした。ニュージャージー生まれの彼は進学したCMU(カーネギーメロン大学)において、それまでの強豪や伸び盛りのプレイヤーと共に、「街唯一のゲーム屋(The Only Game in Town)」、略してTOGITと呼ばれている店に来ていました。ユージンが世界中でももっともこのゲームにふさわしい頭脳を持った一人であると考える人は多く、プロツアーの栄冠を獲得していない――ただし、トップ8は3回(2003-2004シーズン初めの2つのイベント――ボストンとニューオリンズ――を含む)入っています――プレイヤーの中では最強でしょう
2003-2004 プロポイント: 60 (7位) | 名古屋時点でのプロポイント: 32 (31位タイ)
リッチ・ホーエン(Rich Hoaen)
ここ3シーズンにおいて、ホーエンのリミテッドにおける最低順位は2002-2003シーズンのシカゴの22位です。それ以降、彼は横浜で8位、アムステルダムで10位、サンディエゴで12位、名古屋で11位に入っています。それに加え、彼はカナダ選手権でのここ3シーズン、リミテッド部門で5-1より悪い成績を残したことがありません。これらの目覚しい活躍により、リッチは世界最高レベルのリミテッドプレイヤーのごく少ないメンバーの一人に数えられています――アントン・ヨンソン(Anton Jonsson)やニコライ・ハーツォグ(Nicolai Herzog)と同じレベルと考えられているわけですね。リッチはリミテッドの腕をMagic Online上で休むことなく磨き続けていて、マウスでカードをクリックする誰よりもドラフトを重ね続けています。
2003-2004 プロポイント: 33 (41位タイ) | 名古屋時点でのプロポイント: 27 (45位タイ)
クレイグ・クレンペルズ(Craig Krempels)
クレイグはニュージャージー一派の世界最高レベルで戦う一連のTOGITのプレイヤーの中でも最も新しい一人です。数シーズン前の、彼の最優秀新人レース――通常は最優秀プロプレイヤーレースの陰に隠れがちです――における、最終的に勝者となった大磯正嗣との戦いは、最近の中でも記憶に残るものでしょう。それ以外、 クレイグはユージン・ハーヴェイを追いかける形で2004年のアメリカ選手権を優勝し、さらに何度も賞金を獲得しています(トップ8に顔を見せないのは不思議なことです)。トップ8に入ったことの無いプレイヤーの中で最強を決めるなら、彼は間違いなくその一人に名を連ねるでしょう。
2003-2004 プロポイント: 25 (64位タイ) | 名古屋時点でのプロポイント: 30 (36位)
オシップ・レベドヴィッチ(Osyp Lebedowicz)
オシップ・レベドヴィッチがプロのマジックのシーンで頭角を現し始めたのは2001-2002シーズンで、最初の2回のプロツアーで17位と36位に入った後、プロツアー大阪でトップ8に名を連ねます。ニュージャージーを拠点とするこのプレイヤーは、次のシーズンのプロツアー・ヴェネチアの決勝でトミ・ワラミーズ(Tomi Walamies)を破っています――おそらくこのゲームにおけるもっともおかしい対戦の組み合わせでしょうね。オシップはユーモアのある行動――様々な変名での挑発的な掲示板の書き込みや「ジョー・ブラックに聞いてみろ(Ask Joe Black)」のコラム、あるいは名古屋で白カードをカットしたときにそれを堂々と破いたこと――とレベルの高いプレイングで知られています。
2003-2004 プロポイント: 38 (33位タイ) | 名古屋時点でのプロポイント: 38 (18位)
ポール・リーツル(Paul Rietzl)
ポールもプロツアーのトップ8の水面下に隠れているプレイヤーですが、賞金獲得圏内には入り続けています。ポールはユア・ムーブ・ゲームズ(Your Move Games)が世界のマジックシーンを席巻したときに、その一員として――「リトル・ダーウィン」のニックネームと共に――名を連ねています。ポールは大学に進むために西部に向かったためにそのニックネームはなくなってしまいましたが、昨年は複数のグランプリでトップ8に入りました(プロツアーの最高順位は神戸での14位です)。彼の履歴には日曜日の戦跡は無いですが、彼は名古屋時点での順位はかなりいい位置です――過去12ヶ月に渡ってその目的を目指し続けている多くのプレイヤーよりも上です。クレンペルズと同様に、ポールの名もトップ8に入ったことの無い最強プレイヤーの一角に上がることでしょう。
2003-2004 プロポイント: 33 (41位タイ) | 名古屋時点でのプロポイント: 33 (27位タイ)
ジョン・ゾンヌ(Jon Sonne)
ジョンは密にプロツアーで賞金を獲得し続けています。プロツアーの日曜に進出したのは、チームSlay Pillage Gerardのメンバーとしてのプロツアー・ボストンだけですが、ハズブロからの小切手は毎回受け取っています。ジョンはプレイヤーとしては慎重派ですが、これはTOGITのチームメイトの多くの影響によるものでしょう。ジョンは2004年の10月にグランプリ・オースチンで優勝し、自分のスタイルにもっとも合った、技術を要求されるチームロチェスターで戦われるプロツアー・アトランタに参戦してきます。
2003-2004 プロポイント: 34 (40位) | 名古屋時点でのプロポイント: 35 (24位タイ)
ガディエル・スライファー(Gadiel Szleifer)
ガディエルは、昨シーズンは最優秀新人を争っていて(しかもいまだにジュニア・スーパーシリーズで戦える年齢です)、現在のプロツアーでの最強のアメリカ人の一人として数えられています。昨シーズンの一連の賞金獲得に続き、2005年のシーズンも北アメリカからは唯一プロツアー・コロンバスのトップ8に入ったプレイヤーとしてスタートしています。さらにプロツアー・シアトルでも、ティム・アトン(Tim Aten)やジョン・ペルチャック(John Pelcak)と組んだチームで、アメリカ人のチームとしては最高順位に入っています。そのチーム(:B)は12月にグランプリ・シカゴを勝ち、早くもプロツアー・アトランタの本命に名乗りを上げています。
2003-2004 プロポイント: 19 (88位タイ) | 名古屋時点でのプロポイント: 33 (27位タイ)