
ドラフト終了後、取材をしつつ各自の構築を見て回っていた。齋藤とMerkel、両者のデッキを見比べた時に、どちらが有利になるのか全く見当がつかなかった。わかっていたのは、この決勝ドラフトが若干協調性に欠けていたことと、齋藤のデッキが黒単であること、そしてMerkelのデッキが《彩色の星/Chromatic Star》《時間の渦/Temporal Eddy》以外の「スペル」を有しない青緑であることだ。
齋藤の黒単は、その利を最大限生かして「色事故」が発生しないのが強みだが、カードパワーに若干の不安が残る。相手が展開に手間取るようなら、一方的なゲームに。というパターンも充分にありうる、テンポに期待のデッキだ。
Merkelのデッキは、青緑+《荊景学院の戦闘魔道士/Thornscape Battlemage》のキッカー用に《彩色の星》散りばめられているといった作りで、《獣群の呼び声/Call of the Herd》もクリーチャーとするとそのほとんどがクリーチャーというデッキ。これは、新しいアーキタイプとなり得るのだろうか?
齋藤の、プロツアー連覇への第1ステージは、ここから始まる。3つ勝てば、念願の個人戦タイトルと、PoYが現実味を帯びてくるのだ。日本選手権・GPシドニーに続いて得たプレーオフのチャンス。プロフィール欄に、もうこれ以上の「~TOP 8」の記録はいらない。
数字でもアルファベットでもない日本語表記。「優勝」の二文字が書き込まれるべきなのだから。
Game 1
両者共にマリガン無し。齋藤が《精神攪乱/Mindstab》を待機。瞬速で飛び出したMerkelの《灰毛皮の熊/Ashcoat Bear》には、瞬速返しで《虚弱/Feebleness》を。
続いて、Merkelが《遍歴のカゲロウ獣/Errant Ephemeron》を待機させ、齋藤が《顔なしの貪り食い/Faceless Devourer》《アンデッドの戦長/Undead Warchief》と展開。Merkelも《灰毛皮の熊》《スクリブのレインジャー/Scryb Ranger》と、呼び出し、常にフルタップの素晴らしいマナカーブでゲームが進んでいく。
Merkelが《機械仕掛けのハイドラ/Clockwork Hydra》を召喚した次に、序盤に仕掛けた《精神攪乱》が発動するが、その頃には《荊景学院の戦闘魔道士》が1枚ポロリと落ちるのみ。ここまでの展開をしていて手札が潤沢なはずも無く、大きなアドバンテージは取れず。《早すぎる埋葬/Premature Burial》で《機械仕掛けのハイドラ》を除去した後は、《ヴェク追われの侵入者/Trespasser il-Vec》でコツコツダメージを積み重ねていった。
しかし、Merkelの《歪んだ爪の変成者/Crookclaw Transmuter》で攻撃力を軽減された挙句に殴り返され、Merkelは変異を追加。一気に時間の無くなった齋藤は、《ファイレクシアのトーテム像/Phyrexian Totem》を含めた全軍での攻撃を試みるが、《スクリブのレインジャー》が《歪んだ爪の変成者》を揺り起こしてブロックに参加。変異の正体が《水深の予見者/Fathom Seer》である事を明かし、ドローを進めるMerkel。
ここで引き込んだのは、《放蕩魔術師/Prodigal Sorcerer》!
齋藤の場には、タフネス1のシャドーが2体。《スクリブのレインジャー》の力で速射砲と化した《放蕩魔術師》が大きく立ちはだかり、先程の戦闘で《ファイレクシアのトーテム像》が浴びたダメージも大きく、齋藤の場にはわずかな土地しかない。
それでも、《ファイレクシアのトーテム像》が動けば、あるいは。というシーンもあったが、土地が止まり、さらに後続もタフネス1ばかり引き続けた齋藤は、Merkelを残ライフ1まで追い込みながらも、投了を余儀なくされた。
齋藤 0-1 Merkel
Game 2
Merkelの《珊瑚のペテン師/Coral Trickster》を《蠢く肉裂き/Drudge Reavers》でキャッチし、Merkelのお株を奪うシステマチックな動きを展開する齋藤。Merkelが攻撃の柱としてプレイした《歪んだ爪の変成者》は《堕落の触手/Tendrils of Corruption》で抑え込み、次々に待機での《肥満死体/Corpulent Corpse》を仕込み始める。
その《肥満死体》の待機が解ける頃、土地を引き続けたMerkelが《遍歴のカゲロウ獣/Errant Ephemeron》を「生」でプレイするが、齋藤のトップデッキは《早すぎる埋葬》! 後は、死体の行進をゴリ押すばかりだった。
齋藤 1-1 Merkel

Game 3
ここまでで、Merkelのデッキの正体がハッキリした。「瞬速」と「変異」のシステムクリーチャーを駆使したアドバンテージデッキだったのだ。
インスタントタイミングで様々な効果を発揮し、クリーチャーを召喚しながら「呪文のように」働き、実質的な1:2交換を繰り返してアドバンテージを獲得し、システムデッキにありがちな「サイズ差による圧殺」という負けパターンを緑がカバーしている形だ。アンコモン以上のカードが多めなので、カードプールに左右される可能性はあるが、非常に理にかなっていて、回していて楽しそうなデッキである。
思い起こせば、同じこの地で行われた2001年のGP神戸。「藤田 剛史(大阪)の秘策」として紹介された"Animal House"なるデッキが、こんなコンセプトだったというのが頭を過ぎった。ブロック構築とブースタードラフトという違いはあるが、10周年を迎えたプロツアー同様、日本でのイベントが刻んだ歴史も重みがあると感じたものだ。
そんな、ちょっとノスタルジックな気分で過去を振り返っていると、会場を一際大きなざわめきが支配した。隣のテーブルで戦っていた津村 健志(広島)の敗戦が報じられたのだ。準決勝での対決を心待ちにしていた戦友の敗戦。負けられないという気持ちが、齋藤にさらに強く湧き上がる。再び、ゲームに戻ろう。
先攻のMerkelがダブルマリガン。普通なら、この差は埋まりきらない。しかし、アドバンテージデッキのMerkelにとって、充分な序盤さえ用意されていれば、後はドローが解決してくれるとばかりに、積極的な展開を見せる。
齋藤が《奈落の守り手/Pit Keeper》で立ち上がると《灰毛皮の熊》で受け、ならばと齋藤が《マナを間引くもの/Mana Skimmer》で1枚きりの《島/Island》を締め付ければ、先に召喚していた《放蕩魔術師》と、第1ゲームで勝負を決めた《スクリブのレインジャー》のコンボが早くも成立。これで《マナを間引くもの》が瞬く間に墓地送りとなり、齋藤に暗雲が立ち込めた。
しかし、今回は《堕落の触手》を持っていた齋藤は、《放蕩魔術師》にこれを打ち込んで事なきを得る。ところが、続くMerkelの行動が《獣群の呼び声/Call of the Herd》。これで、ダブルマリガン分のディスアドバンテージは回収してしまった計算だ。土地は3枚ながら、《スクリブのレインジャー》で実質4マナ叩き出せる。攻めに守りに展開に、何と万能なクリーチャーだろうか。
気が付いたら押し返され始めている齋藤は、恵まれないドローに心を折らず、まずは《鏡の大魔術師/Magus of the Mirror》をプレイ。これで、Merkelはうかつにアタックに行けなくなった。土地を引き始め、《機械仕掛けのハイドラ》《幻影のワーム/Phantom Wurm》と、一撃で決められるだけの戦力を調達にかかるMerkel。齋藤も、ドローは土地ばかりながら《ファイレクシアのトーテム像》の起動に備えてその全てを展開し、Merkelのターンエンドに5点のマナバーンを起こした。
続く齋藤のアップキープ。満を持して《鏡の大魔術師》を贄にライフが反転し、齋藤が18、Merkelが2となり、ますますMerkelは攻撃に行きづらくなった。しかし、場では圧倒的に齋藤が不利。時間を稼いでいる間に、何とかあと2点を削り取る手段を引かなければ、このままゲームが終わりかねない。けれども、ドローは土地ばかり。苦しむ齋藤に対し、変異を並べる事で強烈なプレッシャーを与え続けるMerkel。ここで、齋藤が何も引かなければ、勝負あり。そのドローは―――――
《トリスケラバス/Triskelavus》!!!
しかも、手札全てを展開していた齋藤は、ちょうど9マナを有していたのだ。カウンターされたら仕方ない。齋藤は叫んだ。
齋藤「ノーキャンセル(《取り消し/Cancel》)!!」
Merkel「……Nice,Top deck」
齋藤 2-1 Merkel
Game 4
2枚のレアと豪快なトップデッキで爆勝し、完全に勢いに乗った齋藤。このまま準決勝へ駆け上がるのだと、日本勢の誰もが思ったが、待っていたのはMerkelの完璧なる手札によってもたらされた、完璧な展開による、完璧な勝利だった。
2ターン目 《遍歴のカゲロウ獣》待機
3ターン目 《獣群の呼び声》
4ターン目 同フラッシュバック
5ターン目 変異と《コー追われの物あさり/Looter il-Kor》
6ターン目 《遍歴のカゲロウ獣》が現世に
齋藤に出来た事は、《精神攪乱》でMerkelの手札にわずか1枚残った《獣群のナール/Herd Gnarr》を確認する事ぐらいだった。
齋藤 2-2 Merkel

Game 5
準々決勝からはライブ画像がストリーミング配信されるテレビジョンマッチである。その関係で、シャッフル後に少し待ち時間が入った。
長いラウンドとなった。そもそも、初めてのプロツアーでもちろん初めてのTop8。極度の疲労と緊張感からMerkelが喉の渇きを訴えて、ジャッジがミネラルウォーターを運んでくる一幕も。しばしの小休止。和やかな空気が流れていたその時に、またしても会場を大きなため息が支配した。
鈴木 貴大(東京)までもが、初戦で敗退したのだ。
齋藤 「もう俺だけじゃん! 勝つしかないじゃん!!」
気合とモチベーションは注入された。齋藤自身、勝利へ向けて寸分違わぬ強い意志を、この最終ゲームに向けて充分に解き放った。それは見ている側にも充分伝わってきた。
しかし、それがハンドとドローに直結するかは別問題だった。
序盤こそ互角の展開を見せていた齋藤だったが、Merkel「唯一の」スペルである《時間の渦》が《アンデッドの戦長》に突き刺さると、そこで失ったテンポを取り戻す事は無く、ドローを進めるたびに見え続ける《沼/Swamp》が、Merkelとの埋められない差として、ゲームスコアに記されたのだった。
齋藤 2-3 Merkel
3勝しなければ栄光を手にする事が出来ないプレーオフという場において、日本勢の3選手は共に「平均点」のデッキをドラフトしようという意思が見られた。それは、海外勢とデッキリストを見比べて頂ければ比較対照がしやすいとは思うが、総じて海外勢は「縦のシナジー」を追求したデッキをドラフティングしていた。
集まらなければ弱い。しかし、集まってしまえば「平均点」という相手に対しては圧倒的になる。結果論になるが、プロツアー3日目というのは「タイミングよく6割勝てれば優勝」という不思議な条件がある。3本先取だからだ。半分以上の確率で成立しそうなコンボなら、プロツアー3日目ならばチャレンジする価値があるということだ。
もっとも、これほどの大舞台でギャンブルとも言える作戦を取るのが必ずしも正しいとは言わない。しかし、追われる立場となった日本勢に対し、海外勢は明らかに正攻法以上のストラテジーをもって挑戦してきた。「3-0が狙えるデッキ」を割り切ってドラフト出来るかどうか、プレーオフならではの難しさを改めて再確認したプロツアーではなかっただろうか。
2日目の最終戦。勝たなければ日曜日進出は無いという過酷な条件から、見事に今日この場で戦う権利を得た3人の若き日本人プレイヤー達。もう、すでにくぐり抜けている条件付けなのだ。そう、彼らは「わかっていながら」もたどり着けなかっただけなのだ。
そして、同時に日本が世界に「追いつき追い越される」時が、ついにやってきたのだという印象も持った。結果を残し続ける事が決して「当たり前」の事ではなく、いかに過酷なものなのであるか。それも再認識した3日間だった。このプロツアー神戸は我々に大きな宿題を与えてくれたのだと、前向きに捉えよう。
善戦及ばず、惜しくも敗れた齋藤に対して、決勝ラウンドを日本人ジャッジとして見届けた進藤氏は、こう語っている。
「彼は、カードゲームプレイヤーとして、我々では見えていないものが見えている。いつでも真剣そのもの。だから、結果を残し続けられる」
と。
その気持ちがあれば大丈夫。齋藤も、津村も、鈴木も。今年のトーナメントシーンにおいて、彼らがどれだけ真剣に取り組み、結果を残してきたか。見ている全ての人が認めている事実だ。
さぁ、気持ちを切り替えて。その彼らを倒して勝ち上がった4名のプレイヤーの戦いを、この目にしっかりと焼き付けようではないか。これで終わりではない。まだまだ戦いは続いていくのだから。