
トーナメントというのは、基本的に実力を競い合うものである。
だが、しかし、それはあくまでも大前提でしかない。
最終的に、勝利を手に入れるプレイヤーには、必ずといっていいほど、「勢い」と呼ばれるものが味方している。
何かのきっかけが、プレイヤーに勝利をもたらし、そしてどんなきっかけが、プレイヤーの手から勝利を奪い去るかわからない。
例えば、準々決勝では惜しくも敗北したものの、最近快進撃を続けている鈴木 貴大。この快進撃は、PTチャールストンでの勝利がきっかけだったといっても過言では無いだろう。
ひとつのきっかけが、ひとりのプレイヤーに長いスパンで勝利を与える。
そして、それは短いスパンでもそうである。
Game 1
最初にその勢いが味方をしていたのは、Thomas Didierjeanであった。
4ターン目に《暗影の蜘蛛/Penumbra Spider》をキャストと、盤面ではリードしたEdel Willyだったが、しかし、その場に並ぶ土地は4枚の《森/Forest》。一方のThomas、3枚の《沼/Swamp》から《フォライアスのトーテム像/Foriysian Totem》をキャスト、続くターンのセットも《沼/Swamp》と同じように見えるが、手札にはしっかりと《山/Mountain》が握られている。
5ターン目に、Edelが恐る恐る確認したライブラリートップは、念願の《山/Mountain》。手札が見事に真っ赤なEdelは安堵のため息を吐き、場に《鉄爪のノスリ乗り/Ironclaw Buzzardiers》を追加する。
だが、この盤面の優位も、Thomasのキャストした1枚のクリーチャーにひっくり返される。
《憤怒スリヴァー/Fury Sliver》。
この、二段攻撃をもつ3/3を前に、Edelの軍勢は完全に攻勢を止められる。
Thomasは、ここに《石炭焚き/Coal Stoker》を追加し、そのマナで《フォライアスのトーテム像/Foriysian Totem》をクリーチャー化して、2体でアタック。
このアタックを《暗影の蜘蛛/Penumbra Spider》を犠牲にして凌ぐEdelだが、2枚目の《山/Mountain》をなかなか引き込めない。《鉄爪のノスリ乗り/Ironclaw Buzzardiers》に飛行を与えてアタックする事しか出来ない。
さらに《顔なしの貪り食い/Faceless Devourer》を場に追加され、非常に厳しくなったEdelだが、ここで待望の《山/Mountain》をドロー。《ぶどう弾/Grapeshot》と、それでストームを稼いだ2枚目の《ぶどう弾/Grapeshot》で、目下の脅威である《憤怒スリヴァー/Fury Sliver》を除去する事に成功する。
しかし、Thomasのプランは完璧であった。
ターンエンドに手札からキャストされたのは、守りの要の蜘蛛トークンへの《堕落の触手/Tendrils of Corruption》。
Thomas 1-0 Edel
Game 2
準々決勝では、勢いに乗ったドローで鈴木を打ち倒したEdel Willy(ブラジル)。
だが、Game 1では、いまひとつかみ合わないドローによって敗北を喫することとなった。
ここで、先攻のEdelは、今回は1ターン目からの《ダークウッドのベイロス/Durkwood Baloth》待機というスタート。《サリッドの殻住まい/Thallid Shell-Dweller》から《サリッドの発芽者/Thallid Germinator》2枚連続キャストと、着々と軍勢を整える。
一方の、Thomasも、《鉄爪のノスリ乗り/Ironclaw Buzzardiers》をキャスト。一旦、この《鉄爪のノスリ乗り/Ironclaw Buzzardiers》は手拍子で《サリッドの発芽者/Thallid Germinator》をブロックしようと試みるが、これはルール上できない。《鉄爪のノスリ乗り/Ironclaw Buzzardiers》に飛行をつけて、アタック。《サリッドの発芽者/Thallid Germinator》のうちの一体を《絞殺の煤/Strangling Soot》で葬り去る。
返しで、Edelは《サリッドの発芽者/Thallid Germinator》でアタックしつつ、《暗影の蜘蛛/Penumbra Spider》で失われた軍勢を補強し続ける。
この環境を支配しているのはテンポだ。ダメージレースを制する事が、環境を制する事と同意だといっても決して大げさではない。
Thomasは、ダメージレースを互角にするためにと、《鉄爪のノスリ乗り/Ironclaw Buzzardiers》に飛行を与えてアタックする。
逢坂 「きっと、《サリッドの発芽者/Thallid Germinator》ブロックできなかったから、《鉄爪のノスリ乗り/Ironclaw Buzzardiers》に制裁を与えたんじゃないですかね。」
会場でテレビ観戦をしていた逢坂 有祐(東京)は、冗談交じりにこう語った。それぐらいに不可解なこのアタック。Thomasは、《暗影の蜘蛛/Penumbra Spider》の、文字通り「蜘蛛能力」を完全に失念していた。Edelは当然《暗影の蜘蛛/Penumbra Spider》でブロック。ここにきて自身のミスに気がついたThomasは"oh..."と小さくつぶやく。

《サリッドの発芽者/Thallid Germinator》は《堕落の触手/Tendrils of Corruption》で除去するが、ミスプレイからの動揺か、勢い余ってタップした土地は、テーブルの上からから床へと。
長い待機期間を終えた《ダークウッドのベイロス/Durkwood Baloth》への回答として、場に《吸血スリヴァー/Vampiric Sliver》と《奈落の守り手/Pit Keeper》を追加したThomasだが、すでに勢いはEdelに味方していた。
《新緑の抱擁/Verdant Embrace》をドロー、そして《暗影の蜘蛛/Penumbra Spider》にエンチャント。
《ダークウッドのベイロス/Durkwood Baloth》をしかたなくダブルブロックし、《暗影の蜘蛛/Penumbra Spider》も《暗殺/Assassinate》で処理したThomasだが、大きくライフを持っていかれる事となった。
ここでThomasの残りライフは6。
Edelは、苗木と蜘蛛、あわせて3体のトークンをレッドゾーンに送り込むと、《狩りの興奮/Thrill of the Hunt》を、まずは緑マナで。そして、白マナで。
Thomas 1-1 Edel
Game 3
ここで一気に「勢い」に乗りたいEdel。
Thomasは3ターン目に《基底スリヴァー/Basal Sliver》、4ターン目も《アーボーグの吸魂魔道士/Urborg Syphon-Mage》を場に送り出す。
一方のEdelは、1ターン目に《明日への探索/Search for Tomorrow》待機という滑り出しから、そのマナを活かし、3ターン目に《胞子撒きのサリッド/Sporesower Thallid》。続いて、《サリッドの発芽者/Thallid Germinator》を場に追加しつつ、ストームを稼いで、《ぶどう弾/Grapeshot》で《アーボーグの吸魂魔道士/Urborg Syphon-Mage》を除去と、完全に勢いに乗っている。
そして、《サリッドの発芽者/Thallid Germinator》に《新緑の抱擁/Verdant Embrace》をエンチャント。この擬似《新緑の魔力/Verdant Force》をGame 1で除去した《暗殺/Assassinate》は、すでに《胞子撒きのサリッド/Sporesower Thallid》に使ってしまっている。
土地までとまってしまったThomasは、くるしまぎれに《基底スリヴァー/Basal Sliver》のマナから《ぬいぐるみ人形/Stuffy Doll》を、キャスト。たしかに、《サリッドの発芽者/Thallid Germinator》への回答とはなっているものの、根本的には《新緑の抱擁/Verdant Embrace》への回答にはなっていない。あふれ出る苗木トークンの前に《ぬいぐるみ人形/Stuffy Doll》は無力である。
Thomasが、Game 1を制した《憤怒スリヴァー/Fury Sliver》を場に出した時には、Edelの場には《パーディック山のドラゴン/Pardic Dragon》が。
Thomas 1-2 Edel

Game 4
Thomasが2ターン目にキャストした《奈落の守り手/Pit Keeper》を《ぶどう弾/Grapeshot》で除去し、《サリッドの発芽者/Thallid Germinator》をキャスト。さらに、《ナントゥーコのシャーマン/Nantuko Shaman》を待機させるという、無駄のない動きのEdel。
土地が3枚で止まってしまったThomasも、まず《ファイレクシアのトーテム像/Phyrexian Totem》をキャストし、《死胞子のサリッド/Deathspore Thallid》を場に追加。さらに《石炭焚き/Coal Stoker》からのマナで《フォライアスのトーテム像/Foriysian Totem》と、なんとか盤面の均衡を保とうとする。
しかし、勢いは完全にEdelのものとなっていた。
待機の終了した《ナントゥーコのシャーマン/Nantuko Shaman》のもたらしたドローが《新緑の抱擁/Verdant Embrace》。これを当然《ナントゥーコのシャーマン/Nantuko Shaman》にエンチャントしてアタック。そして、Thomasには、土地だけではなく、これに対する除去もない。
ロックし、パーマネントを犠牲にしながら、すべての苗木トークンを消費させ、続く自身のアップキープに出てきた苗木も、《死胞子のサリッド/Deathspore Thallid》の能力で除去してからの、渾身の《小悪疫/Smallpox》。
しかし、これも、前のターンに《ダークウッドのベイロス/Durkwood Baloth》を追加していたEdelの前ではただの悪あがきにしかならなかった。
Thomas 1-3 Edel
プロツアーの決勝ラウンドという大舞台。
そこの場に立つという事の緊張感は、横で見ているだけの筆者には計り知れない事であるし、Game 2のThomasのミスプレイを責める事もできるわけがない。緊張からのミスは誰にでも起こりえる事である。
最初の勢いは、間違いなくThomasにあった。
だが、Thomasは自身のミスプレイによって、その勢いを手放し、Edelはそれを手放さなかった。プロツアーを勝ち抜くために必要なのは、実力だけでなく、そういった勝負強さなのではないだろうか。
そして、EdelはPTチャールストンに続いて、自身の2度目のプロツアー決勝へ。