
「昔、ハマってましたよ!」
「…なつかしいなぁ」
「え、まだ続いてるんだ!?」
おそらく、マジックの「元プレイヤー」という方は日本国内だけでも相当数存在するのではないだろうか。私の知己の場合に関して言うなら、古い時代のプレイヤーであればあるほど、このアメリカ産トレーディングカードゲームがことのほか息の長い商品となったことに驚く者が多い。
たとえば進学、たとえば就職、たとえば転勤、たとえば結婚。
ライフスタイルの移り変わりにあわせて余暇を楽しむホビーも変わる、というのはごくごく自然なことだろう。新しい趣味ができて離れていってしまうということだって、やはり自然な話である。
マジック:ザ・ギャザリング生誕から13年。生まれたばかりの赤ん坊だって中学校に通うようになってしまうだけの月日が流れ、日本選手権という大会も11回目を迎えることになった。こうしてみると、実に多くのファンに支えられてきたゲームであり、イベントである。
おそらく、このイベント取材記事を読んでくださっている方の中にも、マジックをしばらくプレイしていないという方が少なからずいらっしゃることだろう。また、しばらく離れていたものの、なんらかのキッカケで戻ってきた…なんていう方もいるかもしれない。13年も歴史があるゲームなのだ、色々ないほうがおかしい。
ここで登場する偉大なプレイヤーも、マジック:ザ・ギャザリングとは少し距離をおきながら接するようになった一人である。
■大記録の更新
藤田 憲一32歳。
彼は黎明の時代に二つのリミテッド戦グランプリで戴冠し、主にコラムの執筆というかたちでマジック:ザ・ギャザリングというゲームの普及につとめてきた功労者である。彼は日本代表メンバーとして世界選手権を戦った経験もあり、参加権をえること自体が困難をきわめた時代のプロツアーシーンで日本勢を先導した先駆者なのだ。
また、藤田は多くの仲間たちに慕われてきたという稀有な人格者でもある。彼自身が音頭をとったわけでもないのに、フジケン組なる巨大なチームが出来あがってしまったという伝説的な逸話でも知られるレジェンド・プレイヤーだ。
さらに脱線だが、どちらかというと強面で巨漢の藤田だが、実のところ「イジられるタイプ」の愛すべきキャラクターであったりもする。もう一人の御大、真木 孝一郎との掛け合い漫才などではいつも突っ込まれる側になる。
閑話休題。
マジック:ザ・ギャザリングというゲームが年輪を重ねてきたのと同じように、藤田 憲一というスタープレイヤーを取り巻く景色も少しずつ変わっていった。このゲームと出会ったときは大学生であったはずの彼も、いまやゲーム・プロデューサーとして超のつく多忙の日々。必然的にマジックとの付き合い方もかわった。
いわゆるバリバリのトーナメントプレイヤーとは言えないスタンスをとっている彼は似たような境遇の仲間たちと新商品の発売ごとにワイワイとドラフトするくらいの時間しかマジックに割くことができない。
そんな藤田が、ギチギチでパンパンのスケジュールをなんとかやりくりして日本選手権の会場へとやってきた。彼は日本で唯一無二の「日本選手権全大会出場」という記録を保持しており、その鉄人記録が今日「11年連続」へと塗り替えられたのだ。
日本選手権を迎えるにあたっての意気込みを聞くと、
「ぜんぜん練習なんて出来てねぇし」
と、肩をすくめる藤田。しかし、そんな中でも日本選手権にだけは参加しようという彼の熱意は確かなものであるし、そもそも「練習不足」をコメントするのは勝利への執着心を失っていない現れだろう。
昔とった杵柄、という言葉があるが、ひとたびコツとルールさえ習得してしまえばいつだって帰って来られるのがマジックの素晴らしい魅力のひとつ。
はたして、久々に勝負の舞台へとやってきた藤田 憲一はどんな一日を送ったのか!?
それをダイジェスト気味にお届けしよう。
■初日スタンダード
Round 1 : 藤田 憲一vs. 石井 隼人(スネーク)

大切な仲間たちのサポートを受けられるということ。そして、そんな仲間たちとの旧交を温める機会だということも、藤田 憲一にとっては参戦の大きなモチベーションとなっているようだ。
本日、藤田がスタンダードラウンドで手にするのは1998年度の日本代表でのチームメイトだった黒田 正城による完全プロデュースの逸品。黒田自身が社会人として多忙な日々を送っているにもかかわらず、「会場にさえ来てくれたら75枚まるまる用意するから、とにかく来るだけは来て!」という彼の友情によって…今まさに藤田 憲一は大阪製のシークレットテクを手にしているのだ。
その名を「リアル・ジャパニメイター」。いわゆる「ソーラーフレア」のようなコントロールとのハイブリッドではなく、ガチガチの一本釣りデッキである。
そんな藤田が一回戦で対戦したのは最近注目の「蛇」デッキ。《オーランのバイパー/Ohran Viper》が核となったコールドスナップ参入後ならではの新しいアーキタイプで、《そう介の召喚術/Sosuke's Summons》やらで量産された蛇が《清められし者、せし郎/Seshiro the Anointed》によって一億《知恵の蛇/Ophidian》火の玉大作戦という動きもする青緑。
藤田がここでどんな戦いを見せてくれるか注目が集まったが、
藤田 「とにかく痛いんだよなぁ…」
とにかく《すべてを護るもの、母聖樹/Boseiju, Who Shelters All》を引きすぎてしまい、ライフが減りすぎてしまい死亡。これがただの《沼/Swamp》だったならなぁ、と思いながらの黒星スタートとなってしまった。
マッチスコア:1-2
通算:0-1
第2回戦フューチャーマッチで同じアーキタイプを使用した藤田 修が登場しているので、「リアル・ジャパニメイター」の詳しい内容と動きが気になる方はそちらをご参照あれ。
Round 2 : 藤田 憲一 vs. 入谷 健一(ボア)

黒星発進となってしまった藤田が第2戦で戦った相手は「ボア」。これは《石の雨/Stone Rain》、《破砕/Demolish》、《未達の目/Eye of Nowhere》、《燎原の火/Wildfire》といったソーサリー呪文で盤面にプレッシャーを、とくにマナベースを攻撃するというアーキタイプだ。フィニッシャーとして採用されているのが、デッキ名にもなっているマグニボアこと《猛烈に食うもの/Magnivore》。
太古の昔から一本釣り漁法で勝負するリアニメイターにとって天敵ともいえる魔法、すなわちバウンス呪文を相当数搭載しているのが気になるところで、実際に1本目を入谷が先勝している。やはり4《ブーメラン/Boomerang》&4《未達の目/Eye of Nowhere》という8枚体制は厳しいかもしれない。
しかしながら、ここで藤田は1/1《思考の急使/Thought Courier》と1/1《溺れたルサルカ/Drowned Rusalka》がビートダウンするというマニアックな展開から《夜の星、黒瘴/Kokusho, the Evening Star》を《御霊の足跡/Footsteps of the Goryo》で釣り上げてのフィニッシュで2本目を獲得。
続く3本目のゲームでは入谷が《ブーメラン/Boomerang》3枚と《未達の目/Eye of Nowhere》1枚を連打して藤田のマナの伸びを阻害するという立ち上がりを見せたが、藤田は《留まらぬ発想/Ideas Unbound》や《思考の急使/Thought Courier》によってライブラリーを掘り進んで打開策を模索。一方の入谷が《猛烈に食うもの/Magnivore》を召喚してのビートダウンでダメージレースをスタートさせるが、ここで藤田が鮮やかな手さばきを見せた。
まずは、《御霊の足跡/Footsteps of the Goryo》で《変幻の大男/Protean Hulk》をリアニメイト。ターン終了時に墓地へと落ちていく際に能力が誘発され、ここで藤田はライブラリーから《潮の星、京河/Keiga, the Tide Star》を場に送り込むことになる。白眉なる蒼龍の登場により、盤面は静かな睨みあいとなる。
さらに、ここで藤田は2枚目の《御霊の足跡》で《変幻の大男》を再度釣り上げ、これが墓地に落ちた際に青《ルサルカ》1匹と《思考の急使》2体を調達。これは《変幻の大男》ならではの現象で、そのルールテキストが「場から墓地に置かれたとき、あなたのライブラリーから点数で見たマナ・コストの合計が6以下になるようにクリーチャー・カードを好きな枚数探し、それらを場に出す」となっているためだ。実際に藤田がそうしたように、頭数がほしい場合などは小粒軍団をバラバラと並べることもできるのだ。
かくて、多数のクリーチャーを前にして身動きが取れなくなった《猛烈に食うもの》を尻目に、藤田は淡々と《思考の急使》を起動し、墓地へ送り込んだ《精神を刻むもの/Mindslicer》を《ゾンビ化/Zombify》する。
入谷の続くドローステップ中に藤田はこの黒いクリーチャーを《溺れたルサルカ/Drowned Rusalka》によって生贄にささげ、その誘発型能力によって手札を完全に破壊した。
こうなってしまえば、あとは《潮の星、京河》を《溺れたルサルカ》で自殺させて《猛烈に食うもの》のコントロールを奪い取るだけという仕上げのモードとなり、ここで入谷が白旗をあげた。
手札破壊からのあざやかな勝利。
稀代の黒魔道士・藤田 憲一がさすがの技を見せてくれた一幕だった。
マッチスコア:2-1
勝利 通算:1-1
Round 3 : 藤田 憲一 vs. 小金 克好(イゼットコントロール)
青赤というと「ウルザ=トロン」系のデッキを連想してしまいがちなところだが、いわゆるコテコテの青赤パーミッションとして「イゼットコントロール」というデッキも存在している。青いカウンター呪文にドロー加速、そして火力。フィニッシャーには神河物語より《潮の星、京河/Keiga, the Tide Star》や《曇り鏡のメロク/Meloku the Clouded Mirror》などを迎えるという陣容である。
しかしながら、しっかりと《すべてを護るもの、母聖樹/Boseiju, Who Shelters All》を搭載している藤田のデッキはソーサリー呪文をカウンター不可能な悪魔のスペルに変えてしまうのだ。
ここでもブランクを感じさせない堅実なプレイを披露して藤田が勝利。これによって、見事な勝ち越しで最初のドラフトを迎えることになった。
マッチスコア:2-1
勝利 通算:2-1
■初日ドラフト RGD

辛口で知られる「世界最強最速」の森 勝洋が「オレの次にプレイがうまい!」と絶賛する森田 雅彦(大阪)を上家にむかえてのドラフトとなった藤田。
かつての日本最強のリミテッダーは《脳崩し/Brainspoil》からラヴニカをスタートし、赤と白の優良カードをしっかりと集めるという流れになった。ギルドパクトでも赤白黒を意識した《亡霊の首領/Revenant Patriarch》ファーストピックから動き出すが、《軟体電極獣/Gelectrode》などが流れてくるのを受けて赤白+青or黒に路線転換。結局、ディセンションは《大笑いの炎/Cackling Flames》からスタートしてアゾリウス(青白)系のカードの流れがよかったため、赤白青という色に落ち着いた。
藤田 「取りたいと思ってた印鑑やら(お帰り)ランドやらを拾うタイミングがなかったな。まあ、2マナ域が充実しているから、そこからなんとかしたいところだけど、うまくいくかどうかは疑問だな。正直、なかったことにしてほしいドラフトだ…」
ちなみに、マナベース安定のためのパーツがかけていたからかもしれないが、藤田のサイドボードには《軍の要塞、サンホーム/Sunhome, Fortress of the Legion》が控えていたりもする。
Round 4 : 藤田 憲一 vs. オオムラ タカシ
注目のドラフトラウンド緒戦だったが、
2ターン目の《シラナの岩礁渡り/Silhana Ledgewalker》に3ターン目の《腐れ蔦の外套/Moldervine Cloak》という必殺パターンをお見舞いされてしまう藤田。
「これって、構築でも強いですからね」と相手はニコリ。こちらはゲンナリ。
それでも、《鞭尾のモロク/Whiptail Moloch》の場に出てきたときのデメリット能力、いわゆる「自爆FTK」3点ダメージの対象に自陣の《鉱岩流液獣/Petrahydrox》を選択してバウンスに置き換えてみるというテクニックを見せたりした藤田だが、その《鞭尾のモロク》がキッチリ《ヴィダルケンの放逐者/Vedalken Dismisser》でライブラリーに送り返されてしまって戦線がガラあきになってしまったり。
藤田 「…うーん、ボコボコだな」
さわやかな若い力の前に屈してしまう藤田。
マッチスコア:1-2
敗北 通算:2-2
Round 5 : 藤田 憲一 vs. ヤマシタ ダイスケ
藤田 「…とりあえず、充実してるはずの2マナ域からゲームをはじめたいとこだな」
《アゾリウスのギルド魔道士/Azorius Guildmage》、《アゾリウスの一番翼/Azorius First-Wing》、《雷楽のラッパ吹き/Thundersong Trumpeter》といったラインナップである。2マナの優良クリーチャーたちからのスタートで活路を見出したい藤田だった。特に《アゾリウスのギルド魔道士/Azorius Guildmage》は驚異的なパフォーマンスを見せてくれることも多い。
なんとかかんとか、藤田は《雷楽のラッパ吹き/Thundersong Trumpeter》によってゲームを膠着させてみたりするものの、山下がプレイした《不眠の晒し台/Pillory of the Sleepless》による着実なクロックがその身を蝕む。
第2ゲームでは《驚愕ルーン/Runeboggle》、《棄却/Overrule》、《巻き込み/Convolute》という3枚のカウンター呪文を綺麗にプレイして好ゲームを演出し、さすがの老獪さで見せてもらった。…が、ここでもやはり主力となる《議事会の乗馬兵/Conclave Equenaut》に《不眠の晒し台/Pillory of the Sleepless》を張り付けられてしまい、これに生命線を絶たれてしまった。
マッチスコア:0-2
敗北 通算:2-3
Round 6 : 藤田 憲一 vs. イカワ ヨシヒコ
藤田 「(お帰り)ランドや印鑑をピックするタイミングが中々なかったから、まあ、これもこれで自己責任なんだけどな…」
青マナがそろわない第1ゲーム。
白マナがそろわない第2ゲーム。
マッチスコア:0-2
敗北 通算:2-4
かくて、やや不本意なかたちで鉄人・藤田 憲一の2006年度日本選手権は幕となってしまった。
藤田 「なんといっても練習不足。黒田や元・高校チャンプの林君に提供してもらったデッキのおかげでスタンダードは何とかなったけど、いかんせんドラフトがな。まあ、来年がもしもあれば、もうちょっと頑張るか」
実際のところドローが悪かったという不運によるところも大きかったように見受けられたが、ストイックに自分の技量と練習不足とを口にした姿から一流の競技者としての矜持が感ぜられた。彼を取りまく環境、マジックとの付き合い方は変わったのかもしれないが、その毅然たるたたずまいは競技シーンの最前線を牽引していたころを髣髴とさせるものだった。
苦笑いを浮かべながらトーナメントを棄権した藤田だったが、初日最終ラウンドまで黒田 正城や浅原 晃といった友人たちの奮闘ぶりを最後まで見届け、それから共に夜の街に消えていった。
聞くところによると、気のおけない仲間同士で深夜までゲームセンターで大騒ぎしていたそうである。