世界選手権2015への「オリジン・ストーリー」:北米編4

更新日 Feature on 2015年 8月 26日

By Mike Rosenberg

Mike Rosenberg is a writer and gamer and has been part of the Magic text coverage team since 2011. He joined Wizards as organized play’s content specialist in June 2014.

編集より

 マジック:ザ・ギャザリング世界選手権2015が、8月27日・28日・30日の日程で、アメリカ合衆国・ワシントン州シアトルにて「PAX Prime」と併催されます。

 本大会に先立ち、参加選手全24名それぞれのはじまりの物語、「オリジン・ストーリー」を選手への取材をもとに英語記事として制作、数回に分けて翻訳を掲載いたします。

 本日は、アメリカの誇る強豪を訪ねます。プロツアー殿堂入りを決めてタイトル獲得に燃える名手、着実にプロ・ポイントを積み重ねて頂点に近づきつつあるダークホース2人。名誉のため、家族のため、その想いの「オリジン」はどこにあったのでしょうか?


エリック・フローリッヒ/Eric Froehlichの「オリジン・ストーリー」

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招待事由:北アメリカ地域プロ・ポイント上位

 その戦いに多くのものが懸かっているとき、そこに関わる情熱あるプレイヤーたちの感情は高まることだろう。たとえ懸かっているものが賞品でなくとも、いやむしろ、「自分こそがベスト・プレイヤーだ」という誇りを懸けて、プレイヤーたちは燃え上がるものなのだ。

 エリック・フローリッヒは、マジック・プレイヤーとしての歴が長いにも関わらず、このゲームを最初に教わったときのことをはっきりと覚えているという。彼はある年にまるでジェットコースターのような1年を過ごし、その間はずっと感情が高ぶっていた。だが彼は、またあるシーズンの初めに感情をコントロールする新しい術を見出し、その態度は大きく変わった。ときに勝負のゆくえがわからなくなるトップ・レベルでの戦いに勝つために、友人や第三者のアドバイスを求めるようになったのだ。

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エリック・フローリッヒ/Eric Froehlich

「マジックを初めて経験したのは、1994年の秋だった」と、フローリッヒは懐かしむように振り返った。「小学5年生のころクラスの友だちがマジックについて話していて、自分も父に頼んで地元のコミック店に行き『リバイズド』のスターター・キットを買った(中にはスターター・デッキがふたつ入っていて、それから当時の最新セットのパックが6個と基本土地の束も入っていた)。ルール・ブックは当時10歳の自分にはあまりに難しく、父が代わりに読んでルールを教えてくれた」

「5年生のころは休み時間のたびにマジックをプレイして過ごしたが、6年生になるとマジックに興味を持ち続けたのは自分を含めて数人になってしまった。そこで自分は地元の大会へ行き、プレイヤーたちと競い合い、裏をかき合うのを心から楽しんだ」

 早くもプレインズウォーカーの灯を点したフローリッヒが、すぐに競技的な楽しみ方をするようになるのは驚くことではないだろう。

「プロ・レベルのイベントに初めて出たのは、グランプリ自体が開催され始めたばかりのころだった」と、フローリッヒは振り返る。「1997年にワシントンでも行われて、それは家から遠くなかったんだ。初日は『ミラージュ』と『ビジョンズ』のシールドで、自分もなんとか2日目に進出できた。そして、そこで初めてロチェスタードラフトを味わったんだ。自分はこのフォーマットがすごく気に入って、トップ8目指して奮闘した。運悪く家族の移動が遅れて、初めてのプロツアー(ジュニア部門)には間に合わなかったけれど、灯はしっかりと点ったよ」

「1999年、自分の『オリジン』となる大会へ連れて行ってくれたのは父だった。そこで219人ものプレイヤーが集まったプロツアー予選を制し(当時では聞いたこともないような人数だった)、プロツアー・ロンドン1999でプロツアー・デビューを迎えた。そのときのことは、お気に入りのゲームで世界最大の舞台に立ったことに興奮していたことくらいしか覚えていないな。たしか開幕から1勝1敗1分となった後に続けて勝ち、2日目へ進出した(1999年当時、プロツアーは1日7回戦で行われていた)。引き続きリミテッドのプロツアーの権利を獲得する、という目標は果たせて、自分としては満足のいく結果が出せた。それから、構築でのプロツアーにも参戦した」

 フローリッヒには、マジックから離れる時間はほとんどなかった。親友も良い思い出も、そのすべてがマジックとともにあった。

 そして2014-2015年プレミア・プレイ・シーズン。フローリッヒはプロツアー『運命再編』でのトップ8入賞など、各プロツアーで続けざまに安定した成績を残し、同時に友人でありチームメイトでもあるルイス・スコット=ヴァーガス/Luis Scott-Vargasとポール・チェオン/Paul Cheonとともに自身初のグランプリ優勝を成し遂げた。

 調子の悪いスタートと向き合い変化した精神面。それに続く勝利により、フローリッヒはマジックとより深く関わるようになった。今では「ChannelFireball」の連載ライターにもなり、マーシャル・サトクリフ/Marshall Sutcliffeとともに「Constructed Resources」というポッドキャストも行っている。そしてこれらの活動はすべて、彼がプロツアー『マジック・オリジン』にて感情の大きな波と向き合った際に実を結んだ。フローリッヒは開幕3連敗を喫し、2014-2015年度プレイヤー・オブ・ザ・イヤーのタイトルを逃す危機に陥った。しかしその後彼は連戦連勝を続け、11勝4敗1分けで19位という結果を出したのだ。

 最終的には、友人のマイク・シグリスト/Mike Sigristがプロツアー決勝まで進出したことで接戦に敗れ、フローリッヒはプレイヤー・オブ・ザ・イヤーの座を逃した。だがそれでも、その週末には彼にとって大きな出来事がふたつあった。ひとつは、日曜日にも会場へ行く理由ができたおかげで、長年夢見ていたプロツアーの解説ができたこと。そして、積み重ねてきた功績とマジックへの新しいアプローチが認められ、2015年度殿堂顕彰を受ける3人のプレイヤーのひとりに選ばれたことだ。

 フローリッヒは過去にも世界選手権に出場した経験はあるが、トロフィーの獲得には至っていない。今、彼はマジック最高のタイトルを獲得するチャンスを再び得た。ひとつだけ確かなことがある――フローリッヒにとって、この戦いは賞金ではなく誇りを懸けたものなのだ。


セス・マンフィールド/Seth Manfieldの「オリジン・ストーリー」

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招待事由:プロ・ポイント上位

 長年にわたりグランプリ・レベルでひそかに結果を残してきたセス・マンフィールドは、2014-2015年プレミア・プレイ・シーズンまでプロツアーの高みへ登ったことがなかった。チームでの懸命な練習がついに実を結び、プロツアー『運命再編』でのトップ8入賞という飛躍を果たすと、マンフィールドは早くもその年のプレイヤー・オブ・ザ・イヤー候補となったのだった。タイトルこそ逃したものの、彼は安定した成績を収め早い段階でプロ・プレイヤーズ・クラブの「プラチナ」レベルを確定させ、世界選手権2015の「プロ・ポイント上位」枠のひとつを占めるだけのポイントを稼ぎ出したのだ。

 プラチナ・プロとして、「TCGPlayer.com」のライターとして、マンフィールドはフルタイムでマジックと関わることになった。彼を支えるものは、このゲームにおける自身の力と知恵、そして最近生まれた娘を含む家族だ。

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セス・マンフィールド/Seth Manfield

「私がマジックを始めたのは小学4年生のとき、『プレーンシフト』が発売されたころだったかな」と、マンフィールドは当時を思い出す。「初めて開けたパックに入っていたカードは、《死の爆弾》くらしか覚えていないな。そのときはそれが最高にクールで強いと思ったんだ。当時は友だちとルールも不正確なままカジュアルにマジックを楽しんで、カードを集めていった。何歳かの誕生日に、私は友だちを誕生会に呼んでブースター・ボックスをたくさん買い、それからマジックをテーマにしたバースデー・ケーキも用意した。そうしたらなんと、その誕生会の話を聞きつけたウィザーズ・オブ・ザ・コーストが、無料でブースター・ボックスを送ってくれたんだ! 私たちはそれらを使って5回も6回もドラフトをした。最高の1日だったよ」

「認定イベントに出始めたのは、『ミラディン』ブロックになってからだった。ドラフトのイベントに出て、勝つことができた。友だちとそれぞれの家でマジックをするのも続けていて、だんだんマジックが上手くなっていってルールも覚えていった。やがて参加できるイベントに片っ端から出ていくうちに、もっと強い人と戦ってもっと上手くなりたい、という欲求が抑えられなくなった。そして14歳のとき、日本で行われるプロツアーに向けたプロツアー予選で優勝した。でも母が行くことを許してくれなくて、それはもうがっかりしたよ。私はその気持ちをジュニア・スーパー・シリーズ/Junior Super Seriesにぶつけて、奨学金を稼いでいった。プロツアーの舞台で戦う日はきっと来る、と信じてプレイを続けた」

 マンフィールドの想いは間違っていなかった。それからわずか数年後、彼はプロツアーへの旅を実現した。

「初めてのプロツアーは2007年、スイスのジュネーヴで行われたものだった」と、マンフィールドは振り返る。「まだ16歳だったから、母を安心させるために叔父と叔母、それからいとこにも付き添ってもらった。家族はジュネーヴ観光を楽しみにしていたけれど、私が興味を持っているのは戦いのみだった。マジックの大会に行くプレイヤーにはよくあることだよね。そのプロツアーは、私が経験した唯一のリミテッド個人戦での大会だった(フォーマットは『時のらせん』ブロックのリミテッドだ)。プロツアーは実りのあるイベントだった。たくさんのプレイヤーと知り合えたし、年齢が若くて最初は舐めてかかってきた相手からもプレイングを誉められた」

「津村健志のトップ8入賞をかけた戦いを近くで観戦したことを覚えているよ。彼のプレイを見て、もっと練習して上手くなろうと思えたんだ。それから2007年には、グランプリ初優勝もできた。16歳という若い年齢でも成功できたんだ、プロツアー・レベルの戦いでもきっとうまくいく、と私は感じた」

 マンフィールドのグランプリ初戴冠は、グランプリ・デイトナビーチ2007でのことだった。そしてもちろん、これで終わりではない。マンフィールドはやがて様々なフォーマットで自身の力を証明し、グランプリ・カンザスシティ2013、グランプリ・オタワ2014とグランプリ優勝トロフィーを持ち帰った。これらをきっかけに彼の成績は上向き、2014-2015年プレミア・プレイ・シーズンには自身最大の成功を収めるのだった。

 長年のゲーマーとして、プロのマジック・プレイヤーとして、そして今は父として、マンフィールドはマジック最高の舞台へ上がる。長年にわたるグランプリ・レベルの成功、そして今はプロツアーでの成功も加わり彼はここまでやって来た。この戦いで、マンフィールドはさらなる飛躍を遂げるだろうか?


スティーヴ・ルービン/Steve Rubinの「オリジン・ストーリー」

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招待事由:プロ・ポイント上位

 世界選手権2015のダークホースと言うべきは、間違いなくスティーヴ・ルービンだろう。マジックのカバレージを見る人の多くが、彼のことを知らないかもしれない。だが彼は紛れも無く(世界選手権に出場するプレイヤーの多くと同様に)プロツアー出場経験のあるプレイヤーであり、その名前をどこかで見たことがあるはずだ。

 スティーヴ・ルービンのプレイ歴は長く、アメリカ東海岸のマジック・シーンではよくその名前を各地の大会で残していた。そして2014-2015年プレミア・プレイ・シーズンにおいては、各プロツアーでひそかに結果を残していたのだ。プロツアー・トップ8入賞はまだ果たせていないものの、手堅い成績を収め続けたルービンはプロツアーに出場し続け、プロ・プレイヤーズ・クラブの「プラチナ」レベルを達成するに至った。

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スティーヴ・ルービン/Steve Rubin

 そのシーズンは、プロツアー・シーンでのルービンの地位を固める1年となった。そしてそれは、小学生のころに家族とともにマジックを始めた彼にとって、長く焦がれたときであった。

「6歳のときに、学校が終わったある日マジックと出会いました。『ウルザズ・サーガ』ブロックのころでしたね。3つ年上の兄スコット/Scottとその友だちのアーロン/Aaronと一緒に始めました」と、ルービンは当時を思い出す。「ルールがよくわからなかったけれど、それでも僕たちは学校が終わるとそこら中でマジックをプレイしました。それから父のリッチ/Richが、僕たち兄弟がリュックサックにマジックのカードを入れて家に帰ってくるのを見て、そのゲームに興味を持つようになりました。僕たちは父に知っている限りのことを教えましたが、まだまだ若く自身もボードゲームをよく楽しむ父は、自分で正確なルールを学んでいきました。すぐに『教える側』が父に代わり、スコットと僕は父からルールを教わって一緒に遊ぶようになりました。父はピッツバーグの地域内で行われるプレリリースやその他の店舗大会に、僕たちを連れて行ってくれました。やがて彼自身が競技プレイヤーとなりプロツアー予選(PTQ)へ参加するようになりましたが、僕たちは――特に僕は――まだ幼く、そうはなりませんでした」

「そんな僕が初めて経験したビッグ・イベントは、グランプリ・ピッツバーグ2003です。フォーマットは『オンスロート』ブロックのチーム・リミテッドだったので、スコットと父とチームを組んで参戦しました。僕たちは散々にやられましたが、初めてのグランプリは楽しかったです。これをきっかけに本当のマジック愛が芽生え、僕たちの生活にマジックが『エンチャント』されました。その後もプレリリースに行ってカジュアルにマジックを楽しみながら、ときにPTQへ、またジュニア・スーパー・シリーズ(JSS)へ参加して僕の幼少期は過ぎていきましたが、ピッツバーグのことは忘れませんでした。父と兄はやがてマジックから離れていきましたが、僕は逆にどんどん夢中になっていきました。何よりもマジックがしたくなり、一日中デッキを考え、プレイし、記事を読み、そして毎晩マジックのことを考えながら眠りにつきました」

「転機が訪れたのは、高校生のときでした。地元の店で出会ったカーネギーメロン大学の学生、ゾハール・バガット/Zohar Bhagatが、マジックをやりに大学へ来ないかと誘ってくれたんです。彼はチーム・ドラフトや大会に向けた練習をするプレイヤーを探していて、僕に見込みがあると言ってくれました。カーネギーメロン大学で練習をするようになって、僕はプレイヤーとして大きく伸び始めました。そしてマジック熱はさらに加熱していきました。中でも僕は、チーム・ドラフトに熱を上げました。みんながチームに欲しがり、他のチームにはあげたくないと思われるプレイヤーになりたかったんです。大学でのマジックで、様々な人と友だちになれました。その友だちと一緒にイベントに出場するため、ピッツバーグの外へ旅をするようになりました。グランプリ、PTQ、『StarCityGames.com Open Series』、あらゆるイベントに参加していきました。それは7年も前のことですが、今でも僕はカーネギーメロン大学でマジックをプレイし、大学の仲間たちとイベントに参加しています」

「最初のプロツアーは、プロツアー『ギルド門侵犯』でした」と、ルービンは続けて振り返る。「それ以前にも本当に多くのPTQへ参加していた(プレインズウォーカー・ポイントのページによると35回を超えていました)僕にとって、ついに掴みとったプロツアーの権利は嬉しいなんてもんじゃありませんでした。プロツアーに向けた練習は、クレイグ・ウェスコー/Craig Wescoeやアダム・ヤーチック/Adam Yurchick、アリ・ラックス/Ari Laxによる新しいチームで行いました。そのチームでの練習は厳しいものでした。もちろんマジックをするのは大好きなのですが、そこでの練習はまるで仕事のように感じるほどでした。そのシーズンは思うように練習に時間が取れず、他のチーム・メンバーが使うデッキを僕だけ選択しませんでした。僕のデッキを使うのは自分だけになり不安でいっぱいでしたが、そのプロツアー自体は思い切って戦うことができ、9勝2敗で折り返すと10勝6敗で大会を終えました。あまりに厳しい戦いに、僕の心はジェットコースターのように上下しましたが、終わってみればまた招待を受けたいと思いました。そして何より、まだまだマジックをやりたいと」

 その言葉通り、ルービンはマジックをプレイするペースを一切緩めなかった。昨年のグランプリ・シカゴ2014では自身初のグランプリ・トップ8入賞を果たし、プロツアー『タルキール覇王譚』への招待を得た。そしてそこから、シーズン中のプロツアーすべてに出場した。安定した結果を重ねた彼は、プロツアーからプロツアーへと権利を獲得し続け、3度続けて好成績を残すと来期のプラチナ・レベルを確定させた。そして今、ルービンは「PAX Prime」で行われる世界最高の舞台に立つプレイヤーのひとりとなった。

 果たして、今大会でダークホースがその名をマジックの歴史へ刻むことになるだろうか?

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