マルコフ荘園の謎

更新日 Magic Story on 2016年 3月 30日

By James Wyatt

James Wyatt joined Magic’s creative team in 2014 after more than 14 years working on Dungeons & Dragons. He has written five novels and dozens of D&D sourcebooks.

 前回の物語:

 ジェイスはイニストラードを訪れていた。エルドラージを何千年もの昔にゼンディカー世界へと封じ込めた三人のプレインズウォーカーの一人、ソリン・マルコフを探すために。リリアナ・ヴェスの不吉な警告にもかかわらず、彼はその吸血鬼のプレインズウォーカーの祖先の故郷、マルコフ家の荘園へと向かった。リリアナの助けはなく、追う手掛かりも他になく、彼はソリンの所在をほのめかすかもしれないと知る唯一の場所、そこへと続く狭い道にいる。


 マルコフ荘園は引き裂かれ、切り開かれて視界に広がっていた。まるで解剖された動物が板の上に貼り付けにされているかのように。尖塔、広間、支壁、小塔はその基礎から引きちぎられ、離れた邸宅を中心に奇妙な角度でぶら下がっていた。

 ジェイスは山腹から突き出した長いアーチ橋の突端に立っていた。眼下には急な崖が落ち込んで霧の中へと消えていた。前方には、かつては橋の続きだったものが虚空をまたぐまばらな飛び石と化して、荘園の入口へと続いていた。

「ソリンはここにはいないだろうな」 彼は独り呟いた。

 突然、彼はその場所のかつての姿に違いないものを見た――畏敬すら覚える建築物、高い断崖の先端に止まるハゲワシのような、複雑に装飾された尖塔と欄干。その規模に彼は息をのんだ……ただの邸宅ではなく、城。宮殿。

 そしてその幻視は消え去った、まるで幻影のように。顔をしかめて彼は精神を広げ、その映像を自身の心に送り込ませた何らかの思考を探した。付近には何もいなかった、少なくとも彼が察知できた者は。彼は常に自身の精神に張り巡らせている防護を増強し、城の実物を見晴らした。

 ソリンがこれを? 彼は訝しんだ。彼は祖先の家にとりわけ歓迎されていない、リリアナはそう示唆していた。何にせよ、その荒廃の純粋な規模にジェイスは圧倒された。リリアナの警告をもっと真面目に受け取っておくべきだっただろうか、この旅の中でそう思い返すのは初めてではなかった。

 行かないと。彼はそう思ったが、同時にそれが彼を引き寄せていた。浮遊する石には法則が現れては消え、その城の破片は何らかの知性ある精神によって配置されたとほのめかし、この途方もない破壊の背後には何らかの意味があると示していた。これは謎だ、解かれるのを待っている謎。彼はそう思った。

 無論、その謎が提示した最初の挑戦は、いかにして邸宅に辿り着くかというものだった。飛び石の危なっかしい小道は決して彼を安心感で満たすものではなかった。無論、ゼンディカーの面晶体をよじ登ってきた経験を持つ彼にとって、その足場はかつてほど困惑させられるものではなかった。

 彼は精神を伸ばし、最も近い石を突いた。わずかに動いた。自身の全体重をかけるほど強く押すことはできなかったが、この最初の検査は安心できる結果をもたらした。力をもう少し遠くへと伸ばし、二つめの石を押すとごくわずかに上下した。三つめの石は完全に不動とわかった。とはいえ自分の念動力は距離を増すごとに弱まると彼は知っていた。

 これが危険なことに疑いの余地はない。だがこのような城は、重力の法則が誘導綱ほどでしかないゼンディカーですら見たことのないものだった。謎が、自分を解けと言っている。

 彼は橋の突端から踏み出し、宙に浮かぶ石に片足を乗せた。それは予想よりも大きく沈み、彼は両腕を振るって釣り合いをとった。彼はもう片方の足を石に乗せ、そして重心を低くした。大丈夫だ、いける。彼は思った。

 彼は次の石へと踏み出し、そして次へ、その次へ。一歩、また一歩と。

 そしてついに彼は再び堅固な橋の上に立った。前方の城はそのまま厳めしく、彼へとそびえていた。ジェイスはフードを引き揚げ、しばし不確かな気持ちになった。果たして何が固い石で何が幻影だったのか――それとも幻視か、ともかく何でも。

 彼はうずくまると自身の心で再び周囲を感じ、何らかの存在が自身の感覚に干渉していたのかどうかを探った。それでも何もなかった。幻視は消え去った。

 一歩一歩、石から石へ、そしてようやくジェイスは裂け目を渡り終えた。

 急いでここを離れることにならなければいいが。彼は思った。

 頭上にのしかかるのはそびえ立つアーチの門で、ジェイス六人分ほどの高さがあった。それを取り囲むようにぎっしりと群がっているのは骸骨、ハッグ、狼、悪魔、そして名を言うことすらはばかられるもの。そしてその全てに影を投げかけるのは、巨大な吸血鬼の男性――始祖マルコフ、この邸宅の名となった者だと彼は推察した。その両側で彼に流し目を送るのは、同じほども巨大な頭蓋骨。その白っぽい石は本物の骨なのかどうか、ジェイスには判じかねた。

 彼はアーチの道へと踏み出し、そして石の壁が彼を抱え込んだ。

凶兆の廃墟》 アート:Adam Paquette

 俺の足音は頭上はるか高い壁に何度も跳ね返って、長い廊下にこだましている。誰かが俺を追っているのか? 俺は足を止め、何者かの思考を探して耳を澄ました。その音は続いた――石の上の足音ではなく、俺の鼓動が。柔らかく小さな打ち鳴らし音が、次第にそうでないものへと。

 当然だ。吸血鬼――考えれば当たり前だ、彼らには何らかの魔法があるのだろう、生きた者がその広間に入ってきたなら知らせるような。まるで晩餐を告げる鈴のように。

 速すぎる。深呼吸をしろ、ジェイス。鼓動を静めろ。

 明かりが要る。俺は手を広げてその上に青い光を乗せ、集中し、足元を照らしつつあまりに遠くから俺の存在を察知させない程の大きさにした。廊下の両側では、まるで風が吹き付けているかのようにタペストリーがゆらゆらと動いていた。だが俺は何も感じなかった。俺は精神力でそのタペストリーを脇に押しやった。その背後にあったのはただの壁だけだった――また幻影か。

 まるで存在しない風に運ばれたかのように、かすかな音が俺の耳に届いた――笑い声、会話、もしかしたら音楽。耳障りな音で弱々しい律動を刻んでいる。この場所が無人でないなんてありえるのだろうか? 俺は死者の霊の声を聞いているという方がずっとありそうだ。この場所とその幽霊の声を。

 広間の端に着くと音は止んだ。まるで俺が宴会の只中に踏み入って、全員がはっと振り返って俺を見ているかのようだった。だが冷たい石の壁だけが俺に視線を返した。

「何故ここに来た?」 声が沈黙を破った。俺の声だ――俺が喋ったのか? 口は閉じていて、そしていかに自分の喉が乾いているかを実感した。だけど俺はそこで自問自答を始めた……

 どうして俺はここに来たんだ? 彼女が来るなと警告したから? 危険だと言ったから? 死を直視しながらも生還し、それを語るためか?

「死にたかったのか?」

 自分がそう言ったのではないとわかっている。もう一度俺は自分の思考に触れ、その言葉の背後にある心を探った。だが避けられた。

 近頃この広間に足を踏み入れた一人目の生者は俺ではない。俺はまるで記憶のようにそれを見ている――だが誰の記憶だ? この城のか? もしかしたら声はその記憶の一部なのかもしれない。そいつはそこに立ち、怯え、膝を震わせ、何かを掴んだ――一冊の書物、それを胸に抱えて、見上げたのは……わからない。何かが……ここに。

 扉が一つわずかに開かれていて、その者の震える視線が引き寄せられた。何てことだ、この場所は怒り狂っている! 何かが俺の知覚に警告し、心を圧迫し、でも俺には見つけられない。そしてどうやらそれを止められない。俺はさっきその扉を見逃した、それに気づいたのは……誰かが、何かが、俺にそうして欲しかったからなのか。

 幽霊か? イニストラードの霊の一体が城の壁をすり抜けてきたとしても、俺にそれがわかるのか? その精神を探知したのか否かはわからなかった。まだそれを試す機会はなかった。もし幽霊を見ることがあったら、やる羽目になるかもしれないが。

 俺は罠へ入り込もうとしているのだろうか。だけど俺は階段を上って扉を押し、するとそれは金属質の悲鳴を上げて勢いよく開いた。

……逃げないと……

 その言葉が不意に俺の心に弾けた。俺が考えたのではなかった。またも俺は心への侵入の兆候は何も察知できなかった――俺の防護はいつになく強くしているというのに。この場所の何かの音の錯覚か? それとも古から生きる吸血鬼のプレインズウォーカーの心は、俺が入り込んだり抵抗したりできないほどに強いのか? リリアナは正しかったのかもしれない。

……殺される……

 思考の、記憶の切れ端。何者かの記憶。もしかしたら俺が玄関口で見た生者の――それともそいつの幽霊の。背筋に冷たい震えが走った。わけがわからなすぎた。俺は無視した。

 俺の鼓動と足音はこの狭い廊下に大きく響いていた。石の壁を照らし出す俺の明かりは眩しすぎるように思えた。それを弱めると、暗闇が近くに迫るのを感じた。

「何故ここに来た?」俺の声は不快で、うるさすぎる。そうだ。俺の声だ。自分に話している。

手掛かり・トークン アート:Cliff Childs

 仮説1:何かが俺の記憶に干渉している。

 仮説2:実は俺は夢をみている。奇妙に曖昧な状況の中、説明もなく次々と場面が流れていくような。

 どうやってそこに辿り着いたのかは覚えていない。俺は今や城の奥深く、大広間の中にいた。風が音を立てて吹き抜けていた。辺りでは石と石がこすれて軋みながら、建築物の巨大な破片がゆっくりと動いていた。何本ものそびえる柱に支えられた、かつては巨大な丸天井だったものは瓦礫の浮遊する場と化していた。手、顔、身体がその石から突き出ていた。それらが何十と、囚われて呆然として石に包まれていた。

「何があったんだ?」 誰かが叫んだ。俺ははっと止まり、影の中へと下がって精神を周囲に投げかけ、その声の源を見つけようとした。だが沢山の声の喧騒は次第に増して、何十もの、悲鳴が生々しい苦痛と憤怒と混じり合って、そして険しい瞳をした白い顔が垣間見えて――『仕返しを……』

 そして石のような静寂の中に終わった。

 俺は振り向き、そして口を開いて牙をむき出しにした吸血鬼と目が合った。飛び上がるほど驚いてから、その吸血鬼は死んで壁に埋められていると脳が告げた。厄介な。

 全員が吸血鬼だった。推測するにこの場所を作り上げたマルコフの一族だろう。彼らは死しても著しく人間離れしていた。やせ衰えた顔、くぼんだ眼窩、突き出た牙、獰猛な容貌――醜悪だった。俺の近くの一体は高級そうな木枠の額に囲まれて、その下には黄金の銘板がついていた。ただその壁全体は逆さまになっていて、銘板は俺の頭上よりもずっと高くにあって読むことはできなかった。額の端からはぼろぼろになった画布が垂れ下がっていた。吸血鬼の牙に気をつけながらその布を持ち上げると、古の肖像画の残骸が現れて、消えかけた絵の中から二つの赤い目が俺を見つめていた。俺はその布地から手を放して――

 石の吸血鬼がまばたきをしなかったか?

 俺は後ずさったが、突然周囲の手が全て俺を掴んでいた。俺は悲鳴を上げて吸血鬼の掌握の中で抵抗したが、強すぎた。俺はそいつらの熱い息の中に飢えを感じたが、そいつらは待ち――そしてその父祖が近づいてきた。あれがそうに違いない。エドガー・マルコフ、イニストラードの吸血鬼全ての祖……

 違う。これは今起こっている事じゃない。俺を掴んだ手は壁から飛び出た動かない石で、吸血鬼の父祖が近づいてくるのはただの記憶だった。死んだ男の記憶だった。

 それはその男の霊に違いない、もしくはこの場所に居残った、そいつの心の精神的残響のようなもの。もしかしたらその霊が俺の心に入り込み、その思考を俺に見せつけたのかもしれない。それとも、もしかしたら俺自身の感受性がそのさまよう思考を拾い上げたのだろうか。それとも、繰り返すが、俺は夢をみているのかもしれない。

 俺は歩いている。何処へ向かっているかは知らない。そしてこれが来た道かどうかも覚えていない。仮説1――そう、俺はそう考えた。

 ここには吸血鬼の死体がとても沢山ある。リリアナが言った通りだった――もし俺がもっと早くにここへ来ていたら、こいつらは俺を引き裂いていただろう。俺が経験したらしき記憶の男に、それが起こったのだろうか。

 ある狭い部屋で、俺は自分の顔が石の中に埋まっているのを見た。俺の容貌には恐怖が貼りついていた。

 違う、あの男の顔だ。髭面で空ろな目。入口からいた男。吸血鬼に囲まれたただ一人の人間。馬鹿な奴、ここで何をしていたんだ?

 そいつは一冊の本を掴んでいた。

 石の手がその本を守るように胸に抱えていた。それは青い革で装丁され、赤と緑の絹の紐で閉じられていた。ここには場違いだった――この城にというだけでなく、この次元に。

 白い顔、月のように輝くそれが、俺に近づいた。彼女が「謎の石」と呼ぶ何かについての理論を俺に説明しながら、薄紫色の瞳が興奮に熱を帯びていた。彼女が俺の心に触れているのか? 俺は彼女の心に手を伸ばし――そこにはいなかった、当たり前だ。俺は再び周囲を感じ、侵入者を探した――何かが俺の意識の端に隠れているのか?

 またあの男の記憶だ。その本を書いたのは――日誌だ――彼女だった。男は彼女の正体をたぶん知らず、理解もできなかったかもしれない。神河という世界に住むムーンフォーク。プレインズウォーカー。彼女の記述を紐解くにはもう少し時間が要りそうだ。

 俺は本の最後から頁をめくり、空白を経て、そして最新の記述を開いた――だがこれは神河の丹精な文書ではなかった。それは違う手によって書かれていた。おそらくはこの男、ジェンリクが――引き継がれて最初にその名前が書かれていた。彼女がこの日誌を預けてこの男をこの場所へと送り込んだ時に。

 死へと送り込んだ時に。

 吸血鬼の饗宴の音が城の中を漂ってきて、俺は引っ込んだ隅に身を縮めた。のろい律動と耳障りな笑い声。出られない。奴らは俺がここにいると知りながら俺を弄んでいる。鼠の穴へと忍び寄る猫のように、俺が姿を見せるのを待っている。

 これは厄介だった。俺はあの男の記憶から何かを学べるかもしれないが、その恐怖を感じたくはなかった。惨めな絶望を感じたくはなかった。俺の心臓は休まらず、次第に音量を増していた、少なくとも俺の耳には。

 俺はここで何をしている?

「ソリンを探してるんでしょ」 リリアナが言った。彼女の声はこの場所には大きすぎた。「死を探してるんでしょ」

「これを探してる」 俺は日誌を掲げて彼女に言った。だが彼女はここにはいなかった。何故彼女がここにいると?

 良くない流れだ。リリアナは俺の――俺の心の中のものだった。何者かが俺の心の彼女を覗き見て、その声を俺に対して使った。どうやってこんな事が?

 仮説2、俺は夢をみている。それがますますありえてきた。今すぐ目覚めなければ。

「行きなさいよ」 リリアナが言った。行こう。

 俺は出られない。

 派手な赤い絨毯の引かれた階段を上り、来た道を戻り、俺はその上の扉を押し開けた。吼えたける風が吹き荒れ、俺を包み、何もかもが回転した。腕を虚空に振りながら、俺はその下の霧深い深淵を凝視した。確実に落ちる寸前で俺の手は扉の脇柱を掴んで引き戻した。

 これは来た道じゃない。どう見ても。

 何かが俺の記憶に干渉している。階段を降りて大広間へ向かった記憶を思い出して――もしかしたらそれはジェンリクの記憶でもあったのかもしれない。自分の記憶とそいつの記憶、どれがどれなのか。ふるい分けが必要そうで、だがその時間はないように思えた。

 面白い。この見たところ無人の城で、どうして俺はこんなに急かされているように感じるんだ? また確認しても――別の精神は見つけられない、だがこの切迫感は強まるばかりだ。この場所の何か奇妙な効果というだけなのだろう、更なる研究の価値がある……いつか別の時に。

 吸血鬼が飾られた壁に、巨大な両開きの扉が少し開いていた。俺はここを通ってきたんだろうか? 中は礼拝堂のような空間だった。ある彫刻、城の玄関にあった塔と同類の浮彫が一つの壁を完全に占領していた。その壁に刻まれて、またも吸血鬼の長がその場面の中心に立っていた。ただこの時彼は人ならざる吸血者というよりはもっと人間に近く見えるように思えた。他の者達は周囲に立ち――ある者は壁に刻まれ、ある者は外の大広間で見たかつて生きていた吸血鬼のように壁から半ば現れ、そしてある者は俺に背を向けて離れて立っていた。彼らの装いが貴族のようで、だがその姿勢には飢えがあった。何十人もが祭壇を取り囲んでいた。そこには一体の天使が束縛されて横たわり、縄に抵抗しながら、そして主が一本のナイフを握って彼女の血管を切り裂こうと狙いを定めていた。

 何らかの儀式の中で天使の血を飲む――それは何かおぞましい物事の処方のように思えた。もし本当にエドガー・マルコフがイニストラード最初の吸血鬼なのだとしたら、そしてナイフを握っているのがそいつだとしたら、俺はこの次元の吸血鬼種族の誕生を見届けているのだろうか。

 ナイフがひらめき、輝く銀色の血が天使の首筋から噴き出した。十二人が宴へと迫った――最初にエドガーが、その血を銀の杯に受け止めて飲んだ。天使からゆっくりと生命が流れ出し、この罪深い加害者達の中に新たな生命が根付く様を、俺は見ていることしかできなかった。

 頬をぬぐい、十二人の一人が肩越しに俺を見た。彼女は俺に加われと招いているのか、それとも次に俺の血を飲もうと考えているのか。どちらにせよ、俺はよろめきながらその部屋を離れた。最後に一度振り返り、吸血鬼たちがその不動の姿勢に戻っているのを確かめた。

 行かないと。でも出られない。

 俺の足はまた別の広間へと向けられた。そこには見覚えがあった。

「何故ここにいる?」 俺はまたもその言葉を耳にした。リリアナの声か? いや、その言葉を発して俺のひび割れた唇が痛んだ。

「これを取りに来た」 俺は再び声を出した、その本を示して。

「その本の何がそこまで重要なんだ?」

 わからない。俺は本を広げ、頁をめくって答えを探した。

熟読》 アート:Magali Villeneuve

 天使の顔が俺を見つめ返していた。吸血鬼達の儀式を邪魔しなかった俺を裁こうというのか? 馬鹿か、彼女は本に描かれた絵だ。あれは――ただの幻影、幻視、もしくはこの場所に流れる記憶だ。古い、とても古い記憶。

 その絵の隣には別の素描があり、一本の奇妙な、ねじ曲がった石を示していた。俺もこの地に来てから何度か見たことがあった。その素描は図のようで、この日誌の著者はこの石を監視しているのだろうかと俺は思った。その内には魔法があり、マナの流れを操っていた。

 だが俺はその頁の記述に困惑した。それは天使、アヴァシンについてだった。まるでその言葉の重みを強調するかのように、客観的かつ注意深く文字は記されていた。ソリンが彼女を創造した。ソリンはイニストラードの人間を守りたいと願った、吸血鬼が彼らの血を吸い尽くしてしまわぬように。イニストラードの清純と善の化身は一人の吸血鬼のプレインズウォーカーによって製造された、強大な捕食者と無力な獲物との均衡を維持するために。

 天使。リリアナは天使について言及していた、俺を攻撃してきた狼男よりもたちが悪いと。俺はそれを、リリアナのいつもの嫌味な言及のひとつだと受け取った。リリアナは常に天使を嫌っていた。だがこの記述は別の何かを推測していた。

「天使は狂ってしまった」 俺の乾いた喉が発した声が広間にこだました。

 ソリン・マルコフがアヴァシンを創造した。アヴァシンが天使を統べた。天使が人類へと敵対した。そして何者かがマルコフの屋敷を粉々にした。

 仮説1:ソリンが荒れ狂い、祖先の家を破壊して天使の創造物をイニストラードの人々へと敵対させた。

 仮説2:何者かがソリンに敵対し、彼の祖先の家を破壊して天使の創造物をイニストラードの人々へと敵対させた。

 どちらの仮説もいささか恐ろしいものだった。だが両方ともソリンのゼンディカーでの不在を説明できるように思われた。そして両方とも、ソリンを探すためには天使が手掛かりと示していた。そしてこの本は天使の狂気を探究している。それを閉じて胸に抱え、俺は誰ともなく言った。「これがソリンを見つける助けになってくれるだろう」

 ここから出たならすぐに。

 次の広間には見覚えがあり、どこへ向かうべきかがわかった。城の中心から一歩また一歩と離れていくごとに、それは完全にはっきりとした。この場所は精神的な残滓で満ちていて、最近と古の記憶の切れ端だらけだ。ジェンリクは日誌を持ってこの城を訪れ、だが吸血鬼が彼を捕えて食おうとして、何者かが城を引き裂いて吸血鬼を――そして哀れなジェンリクを――壁の中に捕えた。

 入口まで戻ってきて、俺は最後に一度だけ振り返った。

 とても、とても暗かった。そしてその暗闇の中に俺は飢えを、欲望の存在を感じた。だが精神はなかった。俺は心を伸ばして……全く何も感じなかった。虚空だけがあった。

 俺はその暗闇へと背を向け、浮遊する玄関を通り過ぎ、そしてマルコフ家の荘園から立ち去った。

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)


イニストラードを覆う影 物語アーカイブ

プレインズウォーカー略歴:ジェイス・ベレレン

次元概略:イニストラード

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