革命の始まり

更新日 Magic Story on 2017年 1月 2日

By Nik Davidson, Kelly Digges, and Kimberly J. Kreines

 前回の物語:躍進

 テゼレットは力を求め、大領事の座に就いた。そして今やギラプール市そのものを掌握している。だがその暴虐に抵抗すべく立ち上がる者がいる。改革派の発明家らは霊気拠点への攻撃を計画している。その勝利は彼らの発明を――そして反逆を活気づけるものとなるだろう。

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 ギラプールは絶えず自らを再発明してきた。建築物は常に取り壊され、更に強いものへと、高いものへと、優れた材料で、優れた技術で再建される。ほぼあらゆる区画、あらゆる広場がこの数年内にある程度の修復と修繕を受けてきた。この街に歴史と感傷にひたる余地はほぼ存在しない。この街のほぼ全域で、建設と労働の匂いをはらむ塵が舞っている。古木や錆びた真鍮の匂いが立ち込める時代などなかった。腐食の存在する余地は僅かだった。

 だがそういった場所は存在した。影の濃すぎる狭い路地に、修復許可が下りることのない地点に、ほとんどの者が単に習慣から迂回する区域に。チャンドラ・ナラーは母の背中のすぐ後を追い、そのような忘れられた小道の一つへ入った。髪はフードで深く隠し、両目はすぐ前の両足だけをしっかりと見つめながら。

秘密の中庭》 アート:Jung Park

「この場所は何十年もこのままね」 ピア・ナラーの声は柔らかく平坦だった。「ずっと霊基体の家族のものだった。手をつけずにね。キラン……一緒に来たことがあるの。昔の事」

 チャンドラは顔を上げなかった。「お母さん、どうしてここに?」

「ゴンティは領事府の巡回路からこの場所を外し続けている。私達がやるべき事に共感してくれる人々がここで見つかる筈」 ピアは人目につかない出入り口を見上げると機械油、煙、香辛料の匂いを深呼吸した。蝶番がなめらかに動いて扉はたやすく開き、音と光の洪水が路地に溢れ出た。

 クラブの中に踏み入るとチャンドラはフードを脱いだ。クッションが置かれた小さな椅子が低い丸テーブルを取り囲み、二十ほどのそれが半円形に配置されて膝の高さほどの小さな舞台を取り囲んでいた。それぞれの卓には色鮮やかなランプが置かれ、それを囲んであらゆる類の人々があらゆる類の会話を囁き交わしていた。

 舞台の上では控えめな光の中、弓奏楽器の演者が注目を集めるためというよりは雰囲気の一部として静かに音楽を奏でていた。ピアは入場すると彼へと腕を振って二本の指を上げ、楽師は理解したように頷いた。

「周りをご覧なさい、チャンドラ」 ピアは微笑みかけた。「ここに集まっているのはギラプールでも最高の発明家、操縦士、思想家。博覧会で何が起こったのかをここで気に病みながら、ただ動くきっかけになってくれるものを待っている。天性の反逆者たち、でも私達に必要なのは本当に動くこと」

 チャンドラは頷いた。「つまり、ここでちょっと演説をするつもりってこと? ここの皆をちょっと怒らせて? いいんじゃない」

「実はね、私の話を聞かせたことがあるの。改革派の長とその色々をね。それでも決めかねている。だから何か違うものが必要なの。チャンドラ、あなたにそれをお願いしたいのよ」

 チャンドラは言葉を発しかけたが、何も出てこなかった。彼女は口を閉じ、開き、また試みた。「お母さん、それは……いわゆる『感激の演説』みたいなのは私の柄じゃないの、本当に。そもそも何を言ったらいいの? みんな私の事なんて知らないんだし」

「それは違うわ。みんな知っている。あなたがここで私達のために何をしてくれたか、どこから来たのかも」 ピアは再び演奏者に手を振った。彼は歌を終え、僅かな拍手に小さく頭を下げて舞台を降りた。「ただ、どう感じるかを伝えればいい。彼らにも動く理由はもう十分にある。ただ、その炎を煽ってくれる存在が必要なだけ」

「ん、でも……」 クラブのあらゆる顔が自分へと向けられたのを見て、チャンドラは動きを止めた。希望、落胆、怒り、無感情。だがチャンドラを認識し、ほとんどの者は僅かだが微笑んでいた。「そうね。炎を煽る。やってやろうじゃない」 注意深く舞台へ上がりながら、彼女は自らに呟きかけた。

「どうも。私は、ん、皆もう知ってると思うけど。チャンドラ・ナラー。ピア・ナラーの娘です」 一瞬。「ん……キランの娘です」 そして言葉が詰まりそうになったが、目の前の群集の呟きと頷きに、彼女は息を吸った。

「お父さんのこと、知ってる人もいるかな」 更なる頷き。「みんなの中には……私よりもよく知ってる人もいると思う。お父さんのどんなことを知ってる? 違うの! みんなはお父さんを知ってても、私はそうじゃないの。みんなはお父さんと一緒に働いて、話して、笑って、でも私はできなかった。あいつらが私からお父さんを奪った。お母さんからも奪った。そしてお母さんが戦うって決めても、みんなはただ……何もしなかったって。あいつらはお母さんからお父さんを奪った、だからお母さんは戦う。だけどみんなは? まだ戦ってない。お母さん一人に戦わせてる、何故なら、まだ奪われ足りないからよ」

 群集が僅かにざわついた。気分を害したらしき者もいたが、誰も立ち去ろうとはしなかった。チャンドラは続けた。「そうね、あいつらは何もかもを奪った。みんなの作品を、努力を、道具を、全部。あいつらは全部奪った、そういう奴らだから。それでもみんなはここに座って飲み食いして、愚痴を言いながら何もしてない。あいつらは何を奪ったの? まだ奪われる何が残ってるの?」

 その言葉は震えて途切れた。彼女は睨み付けた――視線とゴーグルのレンズの静かな海。憤慨、もしくは無感情。「……忘れてちょうだい。じゃあね」 彼女は呟いた。

 人々は席から立ち上がり、議論を始めた。チャンドラは足音を鳴らして舞台から降りた。「ごめんなさい、お母さん。私が話すんじゃなかった……」

 ピアは微笑み、娘の肩に手を置いた。「シーッ。見てごらんなさい」

 怒り狂った若い女性が宙を指差し、チャンドラへと向かってきた。「そうね、お父さんの事は悪かった。でも何をしろっていうの? あいつらは私の船を奪った。私が戦う唯一の手段を。私にはあれしかなかった。私に戦って欲しいっていうの? 一体どうやって?」

 チャンドラは拳を握りしめた。「私、は――!」 ピアは静かに手を娘の背中に触れた。彼女は歯の音を立てて顎を閉じ、首筋の毛が逆立つのを感じた。

 群集はその女性に同意の不平を呟いた。「わしは道具を持って行かれた。仕事場はすっからかんじゃ」 老いたドワーフが口を開いた。

「あの発生器に三年を費やしたのに! あれと、設計図と、試作品も! もう何も残っていやしない!」

 出資者らは立ち上がり、彼ら同士で頷き合い、不平をぶちまけた。火花は素早く広がり、すぐにでもクラブは暴徒と化して街路へ弾け出ようとしていた。出資者らはほとんどがチャンドラのことなど忘れていた。彼女は少々躊躇し、母の背中に隠れた。

「で、あの……どうするの?」

「これは……」 ピアの声はかき消えた。「あら。意外な展開が」

 途方もなく贅沢に着飾った霊基体が一人、武装した衛兵に挟まれてするりと控室から現れた。その人物が片手を振るとほぼ瞬時に群集は静まり、怒りは怖れの冷気にかき消された。

 その霊基体は小声で、ほとんど囁き声で告げた。「皆様、どうぞお静かに。そのような振る舞いは宜しくありませんな。皆様もご存知の通り、ここは平穏と成功を約束された場。常でしたら、揉め事を起こす方には退出して頂くのですが」 霊基体はピアへと向き直り、その両目が瞬間的にほの暗くひらめいた。「とはいえ、私も皆様の不平に同意しない訳でもありません。時にはそこに価値もあるというもの。そして私からは良い話を提供できそうです。どうぞ、こちらへ」 そしてピアとチャンドラ、数人の出資者らへ、奥の部屋へついて来るよう合図した。同時に衛兵らが出口の前に踏み出し、その両手は武器に添えられた――抜いてはいなかったが、言わんとすることは明白だった。チャンドラはピアを見て、「劇的に」立ち去るべきかと無言で尋ねた。母はかぶりを振った。

 羊のように従順に、チャンドラも他の者らもその霊基体について従業員区画へと向かった。衛兵の一人が執務室の華麗な内装に隠されたスイッチを操作すると、幅の狭い扉が勢いよく開き、通路と下り階段が姿を現した。特に説明もなく、その霊基体が先頭を進んだ。

 隠し通路は狭かったが、小型の霊気灯でしっかりと照らされていた――空気は温かく、地下通路というものから連想する湿って古いものではなかった。そして幾つもの異なる料理の匂いが入り混じっていた。

「尋ねたら間違いなく後悔するだろうけど、何処へ連れてくの?」 操縦士が締め紐を弄びながら、幾らかの疑念とともに狭い壁を見つめた。

「お判りになりませんか? 最も安全な場所で、ギラプールで最も固く守られたお方との会談に向かっております。更なる混乱を未然に防ぐであろう合意を行うために」

「ゴンティの所ってこと」 それは質問ではなかった。

 チャンドラは凍り付いた。「え? え、待って、嘘。前にゴンティは私達を売ったじゃないの。帰るわよ」 彼女は輝く拳を挙げた。「必要とあらば自分で出口は作るわ」

 先頭の霊基体はいぶかしげに振り返った。「この狭く可燃性の通路で紅蓮術を使わないで頂きたい。そこまで悲観するものではありません。それに、もう到着です。異論はゴンティ様に直接お伝え下さい」 そして扉を押し開くと、絢爛たる執務室が現れた。顔の前で指を組み、一体の霊基体が長机の先に座していた。

「遅かったな。我らにとって時は極めて価値あるものだ。座るがよい」

 数人は動いたが、チャンドラは入口をまたがなかった。「私達を領事府に売っておいて、何か言うことがあるっていうの?」

「霊気を賢覧されたし! 先見の明の無さで人間を諫めるというのは稀なことだ。私はお前達を突き動かしたのだ。周到かつ慎重な計画を密かに立ててきた、だが決定的に重要なものが足りぬ。そしてお前達がここに、決定的な行動を起こそうとしている。座ってはくれまいか?」 ゴンティは無人の椅子を示した。ピアは既にその隣に座っていた。

「私の理解が確かであれば」 指を組みながらゴンティは続けた。「お前達には道具もない。船もない。霊気もない。領事府に対抗する武器となりうるものは何もかも奪われている」

 ゴンティは背後へと合図した。一人の衛兵が幅広の扉を開け、きらめく貯蔵庫の中を見せた。「幸運にも、領事府の手を貴重品から遠ざけておく事については、私には少々の経験がある」

アート:Darek Zabrocki

 ゴンティは立ち上がり、丁重にお辞儀をした。「ギラプール最大規模の禁制品収集者として、お前達が暴動を起こすために必要なものがここにある」 そしてピアへと頷いた。「提供しよう……公的奉仕の精神でな」

「気取らないでくれる?」 チャンドラが言った。「あんたの要求は?」

 ゴンティの両目が冬の星のようにきらめいた。「それは我々が互いにとってどれほど有用かに左右されるであろうな。いかがかね?」


アート:Chris Rahn

 霊気拠点の制御室。スラムは精巧な小型ペンチを噛みながら、傾いた窓の外を見た。眼下の構台と作業用通路が工場を縦横に走る霊気管の輝きに照らされていた。あるエルフは以前彼に、霊気拠点はギラプールの脈打つ心臓だと表現した。芝居がかった表現、だが例えとしてはとても的確だった。

 観察する中、輝く管の一本が点滅して暗くなった。

「第十二分岐点にて圧力低下」 部下の声がした。

 技術者の声色は穏やかだったが、制御室は神経質にざわつき動いた。それは今夕に「故障した」四箇所目の分岐点であり、スラム自身が目撃した二箇所目でもあった。

「第十三と第九へ迂回」 スラムは言った。「今のところ修理命令はなし」

 保全部隊が最初の二箇所の故障を直すべく送られ、よくある程度の不具合だと判断していた。だが一時間前、ある領事府の衛兵がスラム宅の扉を叩いた。拠点に何らかの問題が起きており、主席技術者である彼を必要としている。解明するように――。そのため彼はターメリックが香る温かなミルクの杯を飲みつつ寝台に向かうのではなく、ここでペンチをくわえながら破損や妨害活動の兆候を探しているのだった。

 霊気供給は退屈な仕事の筈だった。この拠点の技師らは都市の霊気供給を管理し、必要とされている地点へと流していた。領事府の施設が最優先、そして様々な住民の必要に応じて。理想的には、霊気は公平に配分され誰もが幸せになれるというものだった。発明博覧会会場の建設が始まると「優先度の低い住民」への分配は領事府のそれに対して減らされ、そして不平が――スラムと市民の不平が――呟かれるようになった。だがあくまでこれは有事対応、彼はそう疑念を払おうとしてきた。間違いなく、ただ一時的なものだと。

 戒厳令が発令されてからというもの、「有事対応」が日常と化した。いや、もっと悪いことに「公的」なものとなった。領事府直々の指導で住人は霊気を受け取れるかどうかが決められ、受け取れる場合であっても通常より減らされていた。代わりに、霊気拠点の建設官らは領事府施設への供給量を増やすよう命令されていた。

「上級建設官殿」 助手のラジニが背後から声をかけた。

「んむ?」

「カンバール領事がお会いしたいと、こちらに」

 不具合を対処するために一人の領事が寝台から引きずり出されることなどない。何か別の用件だった。

 スラムはペンチを噛むのを止めて熟考し、口に咥えたまま振り返った。

 そこにはカンバールがいた――あのカンバール領事が――鋭い両目で、浮遊する霊気装置の随員を伴っていた。樟脳と白檀の濃い香りが部屋に流れ込んだ。上着をそれに浸してきたに違いない。領事は、人間としては小柄な方であったがそれでもスラムを見下ろし、そして明白な喜びを見せた。

「りょーじ」 ペンチをくわえたままスラムは言った。

 カンバールの口髭が満足げに歪められた。

 考え事をする際に何かを噛み続けるのは彼の最悪の癖だ、スラムの上官達は絶えずそう言っていた。素人的で非衛生的、そして粗野、部署と道具の両方への無礼だと。今や彼は上級建設官となり、かつての上官のほとんどは幸福に引退したか今も中央での技術職に就いている。数人は彼へと報告を行う立場となっている。

 カンバール、配分の領事はそういった上官の中でも、今もスラムに命令を下せる唯一の人物だった。スラムのこの男を嫌悪し、同様にカンバールの方では明白に彼を軽蔑していた。

「上級建設官、このような夜間勤務に携わっているとはな」

 スラムは口からペンチを抜いた。

「不具合です。私こそ配分の領事殿が夜間勤務の監督者に話をして頂くためにわざわざおいで下さるとは思っておりませんでした、このような物言いをお許し頂ければとは思いますが」

「緊急事態だ。君がここにいて話せるのは好都合だ」

 彼は制御室の内壁を身振りで示した。霊気流量計が街の様々な箇所への配分量を表示している。ギラプール住民のそれはかすかな光、もしくは消えていた。領事府設備は明るく輝いていた。

「今朝早くのことだ。霊気塔からの配分命令が来ただろう。だが無視された」

「無視などしておりません。私は熟読し、誤りに違いないと結論づけました。そして問い合わせを送りました。正しい命令を受け取りましたら直ちに――」

「上級建設官、誤りなどではない。大領事様が直々に命令書に署名された」

 スラムは鼻を鳴らさずにはいられなかった。

「お言葉ですが、領事、実際にその命令書をお読みになられましたか? 一週間に渡って都市全体の霊気貯蔵を枯渇させる量をずっと、無期限でとは。明らかに誤りです」

「そうではない、上級建設官。命令だ」

 自分達は心から相いれない存在、スラムは経験からそれを知っていた。

 だが彼は続けた。「領事。都市のほぼ全域への流れを切断する必要があります。他の公的設備からもです。私にその権限は――」

「必要な調整を行う件については君の専門知識に委ねる。権限を委任する」

 そう、この不快極まりないろくでなしは立場で劣る自分を苛め、無法な命令に従わせようとしているのだ。

「カンバール殿、それはできません。職務放棄も同然です」

「上級建設官、君に下された命令だ。実行するか、他の誰かが実行するかだ」

「書面を」 スラムは返答した。「書面で頂けますか。領事殿の署名付きで」

 カンバールはしばし彼を睨みつけた、無言で、口髭が歪んだ。

 制御室が鳴動した。

「何だ――」

「第九分岐点で爆発!」 建設官の一人が叫んだ。

「何だと!」 スラムは叫んで窓へと向き直った。青く眩しい飛沫が夜を照らし出し、そして消えた。「報告を!」

 建設官らは技術的詳細をまくし立てた。圧力の急降下、迂回案、そして損害の広がり具合。

「スラム、何が起こっている?」

「お逃げ下さい。今すぐに」

 カンバールは両目を見開いた。

「配分の件は後ほど。今はこの拠点を守るのが先決です」

 当然だった。

 領事は踵を返し、随員とともに階段上へと姿を消した――屋上に飛空船があるのだろう。よし。

 制御室が再び震え、この時は爆発の青い閃光が部屋全体を照らし出した。近かった。二十三か?

「第二十三分岐にて爆発!」

 まだ続くのか、スラムは思った。

 制御室は更に騒々しくなった。警報が鳴り響いた。建設官らは修繕部隊を送り出し、流れを迂回させた。警備部隊は複数件の侵入を報告してきた。

 スラムは再びペンチを口にくわえ、耳をそば立てた。この攻撃の全容を把握しようとした。第九と第二十三。致命的ではない。かなりの規模の爆発だったが、修繕は間違いなく可能だ。拠点の運行を停止させる意図だとしたら、改革派は幸先の悪い……

 いや?

 拠点を妨害する目的でならば、第九と第二十三は憎たらしい選択だった。重要な設備を何一つ傷つけることなく、壁に大穴をあけるには絶好の場所。

「切断しろ」 ペンチをくわえたまま彼は言った。「完全封鎖!」

「完全封鎖」 了承が返ってきた。

 霊気吸入窃盗の可能性がある。そして爆発は施設の衛兵を引きつける陽動であり、その間に吸入役が可能な限り多くの霊気を吸い上げる。そうだとしたら、建設官らが設備のほぼ全域からどれほど簡単に霊気を切断できるかについて、彼らは過小評価している。

 スラムは設備の警備責任者である同僚ドワーフ、カイラーシュへと向き直った。そして口からペンチを放した。

「警備隊長、あの爆発で警備が突破された可能性がある」

「そう思います」 彼女は頷いた。

 建設官の一人、髪を短く刈ったヴィダルケンが席から振り返った。

「切断命令が反応しません。給送が今も開いたままです」

「そんなことが?」 別の建設官が、訓練課程を終えたばかりの若い人間男性が尋ねた。

 スラムは両目を閉じ、拠点の設計図を思い描いた。時折夢に出て来るほどに彼はそれを熟知していた。

「可能だ。何者かが無理矢理開けば」

「どうやってです? 隔壁は霊気管内部にあるのでは?」 その若者が尋ねた。訓練を終えたばかりの子らでもスラムとほぼ同等に設計図を知っているが、その仕事までは知らなかった。

「霊基体はどれだけ息を止めていられる?」 スラムが尋ねた。

「彼らは息をしな――」

「そうだ」 スラムは頷いた。一年前、一度だけ彼は生きた霊基体を霊気管の中で捕えたことがあった。彼らの頑強さは驚くほどだった。「ポンプを切れ。すぐに!」

 これは更に思い切った手段だった。再始動には一時間程度を要するだろう。だが今は思い切った手段こそが妥当と思われた。

 建設官らが了承を叫んだ。ポンプの緻密な、絶えない振動が弱まって消えた。だが別の音があった、金属的な悲鳴と低く長い脈動。戦闘か?

「警備はどうなっている?」

「侵入されました」 カイラーシュが返答した。「それ以上はわかりません。どうやってか、通信用飛行機械が奪われました。連絡は徒歩頼りです」

 彼の部下とカイラーシュが一連の報告を伝え、議論と戦闘音が混じり合った。

「振動武器らしきものを――」

「切断確認、迂回――」

「――自動機械が反逆を――」

「防護扉が反応しません!」

「――あんな機械は見たことが――」

「――火炎放射器を持っているようには見えませんでしたが、火が――」

「――霊気管から這い出て――」

「扉破りだ! 守りを固めろ!」

 スラムは窓の外を見つめた。南側の昇降台に何らかの装置を組み立てる動きが見えた。光が閃き、そしてくぐもった衝突音が一度、二度――

 バリスタの矢ほどもある組み合い鉤が二つ、制御室の窓を破って飛び込んできた。スラムはかろうじて避け、建設官らは身を隠した。

 鉤のケーブルが引かれ、三本の鋭い爪が壁を掴むと素早く甲高い機械音と共にめり込んだ。数フィート離れて、二本目の鉤が同じ動きをした。

 スラムは近くの鉤を掴み、取り外そうとペンチを構えた。だがその鉤は突き刺すような衝撃を発した。それは彼の指を痺れさせただけでなく、更なる改竄を思い留まらせるのに十分な威力だった。

 大きな回転音。スラムは危険を承知で窓の外を覗きこんだ。

 暗闇の中から、二本のケーブルの間に下げられた小型のゴンドラが彼へ向かって迫ってきた。中には十人ほどの改革派が、スラムの見たこともない武器や道具を振り回していた。

 制御室の安全扉が攻撃に屈し、更なる改革派がなだれ込んだ。背後には改竄された領事府の警備自動機械がいた。カイラーシュとその部下らが戦いを始めた。

 ゴンドラが制御室の壁に激突し、改革派らが突入してきた。すぐにスラム配下の建設官は一対二で圧倒され、そして彼は一対三だった。改革派の多くが彼を知っていた。霊気の流れを家々から切断して現在の危機を招いた者として知っていた。彼らの怒りは当然だとスラムもわかっていた。

 ゴンドラから現れた改革派の一人が進み出てゴーグルを外した――威信をまとう中年女性。スラムは闘技場でその姿を見ていた。

 彼は背筋を正した。

「ピア・ナラー。お前がこれを?」

 彼女は声をあげて笑った。だがそこに悪意はなかった。

「誰でもないわよ。でもあなたは私達のものを持っている。私達はただ取り戻しに来ただけ」

 彼は改革派でごった返す、破壊された制御室を見た。

「ナラー」 先程よりも小声で彼は返答した。「私の部下は兵士ではない。そして私も知っている、お前達の中に……私達に憤慨している者がいる事は。この……近頃の配分の件で」

「そうね」 彼女は言った。「悪いようにはしません。私が保証します」

「ならば、降伏しよう」 スラムは告げた。「霊気拠点はお前達のものだ」

 今のところは。


 霊気拠点を領事府軍から力ずくで奪うにはどれほどの時間がかかるものだろう? ラシュミには定かでなく、だが改革派の攻撃部隊が出発してもう数時間になる。いつ戻ってきても良い頃だった、勝利したにしろそうでないにしろ。どのみち、この飛空船を完成させるためにラシュミとミタルに残された時間は僅かだった。

 洞窟のような倉庫の明かりは暗く、備蓄霊気を使って照らされているだけだった――それもまもなく枯渇してしまうだろう、霊気拠点を手にしない限りは。それに、領事府の航空監視網の注意を引きつけてしまう。

 広大な暗い空間の中央には、倉庫自体とほぼ同等の大きさの飛空船が座していた。テゼレットの破滅号。

アート:Christine Choi

 その飛空船は改革派の計画における次の一歩だった。拠点を維持し、霊気を用いてその船を始動し、テゼレットの破滅号を飛ばして領事府霊気塔へ攻撃を仕掛ける。改革派はあの極悪非道の男を打ち倒し、同時に次元橋を破壊するつもりだった。

 次元橋。彼らは――プレインズウォーカー、サヒーリがラシュミへ紹介した者達は、ラシュミの物質転送器をそう呼んだ。その名を、呪いの言葉のように。その名が口にされる度に、部屋中に不安のさざ波が広がった。彼らはテゼレットがラシュミの発明品を入手したことで振りまくかもしれない暴虐と惨事を囁き合った。その度に更に恐ろしい筋書が語られた。

 だからこそ彼女はここにいた。飛空船の建造を手伝ったことで次元橋の破壊に繋がるのであれば、自身が作り出したものがあの世界に、外の世界にもたらすであろう脅威を止められるかもしれない。

 そして終わらせよう。道具を手放して発明を止めよう。危害を成すために何かを作るのはこれが最後。

 エンジン窓の上にミタルが掲げた灯の柔らかな輝きの中、ラシュミはレンチをひねってコンデンサを固定した。一回転ごとに、これが最後という感覚が内臓をよじるようだった。ボルトがもう三本。

「……この分野に興味が無いのでしたら、別の計画もあります。もっと理論的なものが」 ミタルの声がラシュミの意識を突いた。自分達が次に探究したい研究について、彼は作業の間ずっと喋り続けていた。プレインズウォーカー達の話を聞いて、二人は物質転送器の研究を放棄すると約束した。そしてそれを耳にして以来、ミタルは新たな研究計画を見つけることに専念していた。「時間の経過に伴う霊気の漸進という概念はほとんど研究されていません。この分野には大きな一歩を記せると思います。いかがでしょう?」

「できるかも」 ラシュミは曖昧に呟き、友人の真剣な両目を見上げた。最も困難なのは、彼を一人にしていくことだった。だが彼女は新たな道を見つけたかった、危害と破壊に繋がらない道を。ここから去る以外の選択肢はなかった。「ミタル、いいレンチ一式はある?」

「どの型ですか?」 要望に応えようと彼は近くの作業台へ向き直った、いつものように。「角度のあるのが良いですか?」

「いえ、違うの、私じゃないの。自分のを持っているのか、ってこと」

「あっ」 ミタルが困惑に首を傾げた。「あなたのを使っていました」 彼は咳払いをした。「今終わりますので」

「いいの」 ラシュミは早口で言った。「そのまま使ってて」 そのレンチはミタルにあげよう。道具は全部あげよう。自分がいなくなった後にそれらを使ってくれる手として、彼以上の存在はないだろうから。

 ボルトをもう一本。

 ラシュミは取り付け台の先へと手を伸ばし、そしてその手が震えはじめた。自身を落ち着かせようとした、今はそんな場合ではないと。だが震えているのは手ではなかった。振動は足元の床から来ていた。やがて、まるで移住する巨人の群れが倉庫脇を駆け抜けているのかと思う程に激しくなった。改革派が戻ってきたのだ。

「拠点を手に入れたぞ!」 叫び声が天井まで届いた。深いうめき音とともに、巨大な扉が横に開いた。

「やったんですね!」 ミタルの両目が尊敬に見開かれた。彼は改革派の思想をラシュミが称賛するほどの情熱と決意とともに受け入れていた。彼女は頷き、笑顔を作った。

「皆さん!」 ピア・ナラーの声が飛空船の反対側から響いた。「皆さん、集まって下さい」

 ミタルはラシュミを見て、願った。「行って。これを終わらせたら私もすぐ行くから」 彼女はそう告げた。

 だがミタルは躊躇した。

「勝利を手にしたのです!」 ピアの叫びに更なる歓声が上がった。

 ラシュミは彼の目に火花を見た。行きたがっているのだ。「行って」 そう励ますのは、別れを言うよりもずっと簡単だった。そして皆の前に呼ばれるよりも早く、そっと立ち去るつもりでいた。完成式典に出て欲しいとサヒーリに言われていたが、そうするわけにはいかなかった。完成の時は、立ち去る時だった。

「場所をとっておきますね」 ミタルは微笑み、飛空船の船首へ急いだ。ラシュミは片手を挙げ、無言で別れの挨拶とした。

 倉庫の向こう側でピアは話し続けていた。「今日、私達を抑えつけていた者と対峙しました。そして見せつけました、私達の方が強いのだと」 勝利の咆哮。「ですが戦いは終わっていません。始まったばかりなのです。拠点で得たもので、次に進むのです」

「テゼレットを倒せ!」 誰かが叫んだ。更なる声が響いた、感傷を込めてレンチを最後に一ひねりし、ラシュミは作業を終わらせた。本当に、これで最後。そう感じた。

「テゼレットはここにいるべきでない存在です」 ピアが改革派へ続けていた。「あの男は巧みに権力を得た嘘吐きのいかさま師です。支配させてはならない暴君です。あの男を打ち倒すのは私達です!」

 耳をつんざく返答。

「あなたが倒して」 ラシュミは囁き、エンジン窓を閉めた。テゼレットの破滅号は完成したのだ。

 そして、スカートの端で黄金の線条細工から機械油と埃を拭い取った。「元気でね」 最後に一度だけ抱きしめ、彼女は立ち去ろうとした。だがすぐに足を止めた。ハッチの上の何かが目にとまった。彼女は立ち止まり、近寄り、目を細めて見た。汚れの層を拭われたことで、金属の彫り込みが見えていた。二つの文字が、芸術的な手腕で刻まれていた。「K.N.」と。

 ラシュミの息が止まった。キラン・ナラー。そうに違いなかった。ピアのかつての夫、そして遠い昔にこの船を設計した発明家。ラシュミはその掘り込みに指を滑らせ、残った機械油と埃を優しく拭った。彼の創造物に待ち受ける運命を気遣うように。こんな事に使わせてごめんなさい、彼女はその文字に指を押し当てた。自分が作ったものが何かに危害を与える、それを目にしてどう感じるかはわかります。

 霊気のエネルギーがその金線から沸き上がり、鮮やかな青い輝きのうねりがラシュミの視界を飲みこんだ。心臓が跳ねた。この感覚を知っていた。何よりも素晴らしい感覚を。以前に一度だけ感じたことがあった、発明博物館にてアヴァーティ・ヴィアの試作型霊気精製装置をじっと見ていた時に。展示には「触らないでください」とあったが、そうせずにはいられなかった。金属細工に指を滑らせ、次の瞬間、その内に込められていた発明家の精神に洗われた。

 それと同じような、心の投影だった。作品に魂を込めた発明家は創造物の内にその小さな欠片を残す。この金属を最初に形作ったキランの手が、この設計を考えたキランの精神が、そして今やキランの真髄が、創造物に流れていた。

 ラシュミはその心に浸った。飛行への愛。都市の空高く舞い上がる。誰も止めることはできない。創造への、かつて誰も作ったことのない何かを作り出すことへの情熱。限界に迫り、危険をものともしない熱意。そしてもっと大きなもの、ラシュミが予想していなかったもの。創造の自由を守るという熱い想い。革新を抑えつけようとする者へと立ち上がる、彼がとても大切にしている発明の魂を守るために。

 それは息を止めていたかのようで、心臓が止まっていたかのようで、そして感覚が急激に戻り、ラシュミはよろめきながら飛空船を離れた。うねる青色の残像が目に残っており、彼女はふらついた。二本の腕が彼女を受け止めた。「皆が呼んでいますよ」 ミタルだった。「舞台に上がって欲しいそうです」

 ラシュミは断るべく声を出そうとしたが、まだ感覚が泳いだままで心は揺れていた。ミタルが彼女の手を引いて船首を曲がり、舞台に上がるよう促した。

 ピアが歓迎の手を差し伸べた。「そして皆さん、最先端の霊気科学者、ラシュミさんが私達の飛空船を手がけて下さっています」 歓声が一斉に上がると、ピアはラシュミの肩に腕を回した。「ラシュミさんは私達の想像を超えた苦難を経てきました。テゼレット自身に捕われ、そして自ら脱出を試みたのです」 力づける叫び。「この船であの男に破滅をもたらす。ラシュミさんにはその権利があります」 そしてピアは輝く霊気の真鍮瓶をラシュミに手渡した。「一緒に戦わせて下さい。あの怪物に最期を!」

「終わらせろ!」「暴君を倒せ!」「テゼレットに破滅を!」 幾つもの叫びにラシュミの目が群集へ引き寄せられた。とても多くの顔が、海のように果てしなく続き、全員が自分を見つめていた。ラシュミは彼らを見つめ返した、改革派。だがその瞬間、彼女が目にしたのはそれではなかった。目にしたのは発明家だった。この一人一人が、発明の精神を信じているからこそここにいるのだ。キランから感じたものと同じ精神を。それは今も彼女の内で脈動していた、熱く、鮮やかに。

 この飛空船には、この革命には、目で見ている以上のものがある。自身の恐怖に負ける所だった。これのすべてが破壊のためだけにあると自分は思い込んでいた。これ以上の過ちはできない。

「さあ」 ピアが促した。

 ラシュミはわずかに進み出た。汗ばむ手から滑り落ちないよう、霊気瓶を強く握りしめて。「こんにちは」 その声はかすれて、冷たく乾いた空間の中に小さく響いた。もっと大声を出そうとした。「あの」 誰も反応しなかった。彼女は咳払いをした。「この船の完成を宣言するよう、ピアさんに頼まれました。ですが、まずは新しい名前が必要だと考えています」

 皆は居心地悪そうに身動きをし、囁き合った。ピアはラシュミの目を見て、大きく微笑みかけ、その目で願った。やるべきことを、どうか。

 これこそ、私がやるべきことだった。

「テゼレットの破滅号、というのは」 ラシュミは続けた。「良い響きです、特に私にとっては。これは本心です」 少しの乾いた含み笑いが上がった。「そして的確です。私達がやるべきことです、あの怪物の支配を終わらせる。そして私達は終わらせます、きっと」

 まばらな叫び声が上がった。

「ですが私達が皆ここにいる理由は、最終的に目指すのはテゼレットの破滅ではありません。何にせよ正確ではありません。私達がここにいるのは戦うためでも、打ち倒すためでも、破壊するためでもありません。そうするのは、それが必要だからです。守るために必要だからです。けれど守ることこそ、私達が真に求めること。私達はこの都市を守るために、その魂を守るためにいるのです――発明の魂を。危機に瀕しているものを。私達は発明家です。創造し、建造し、この世界に捧げるのです。世界から奪うのではなく」

 散り散りに同意の叫びが、ラシュミの言葉を繰り返した。

「心の奥深くでは、私達は誰もが自らの本質を心得ています。ですが思い出すために、この船を設計した人物の事を考えましょう。偉大なる発明家キラン・ナラーを」 部屋のあらゆる目が一斉に、ラシュミの隣に立つ女性に向けられた。ラシュミはピアが隣で背筋を正すのを感じた。「キランさん程に発明の精神を体現していた者はいません。あの方は創造のために生きました。自由に表現する権利は誰にでもあると信じていました。そしてこの船を破壊のためでなく、発見のために建造しました。この全てが終わったなら、あの怪物を打ち倒したなら、勝利したなら、キランさんの船が希望のために飛び立つこと。それが私の何よりも大きな望みです。船はあの方の魂を運ぶでしょう、発明の魂を世界の隅々にまで。そのために私はこの飛空船、キランの真意号を完成させました」 ラシュミは霊気瓶を頭上高くに掲げた。「私達が、私達であることを忘れないために」 そして船首でその瓶を割ると、神秘的な青い物質が黄金色の金属にきらめいた。

 歓声が爆発した。ラシュミの両目は涙に滲んでいた。ピアが彼女の肩を抱きしめた。「ありがとう。本当にありがとう」 彼女はラシュミの手をとり、弾ける歓声へ向けて挙げた。

「発明の魂に!」 群集から一つの声が上がった。ラシュミはその声の主がわかった。ミタルが拳を宙に掲げていた。互いの目が合った。彼女は友へと微笑みかけ、別れなど言う必要はないと知った。私達は発明家、時間的霊気抽象作用という新分野の研究者。そしてテゼレットにもう何も奪わせはしない。

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)


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