あれから20年も

更新日 Making Magic on 2013年 1月 30日

By Monty Ashley

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 君はマジックが今年で20歳になることを知っていたかい? 本当さ! 今は昔の1993年、ウィザーズ・オブ・ザ・コースト社は世界にマジックを初めて解き放ったんだ。

 だけど、それは夏にならないと起こらないことだ。もし君が今日から正確に20年前に戻り、1993年1月23日にたどり着いたとしたら、今とは違う世界を目の当たりにすることだろう。ワールド・ワイド・ウェブはまだ無かったし、インターネットと言えばFTPサイトとUsenetニュースグループのことだった。ウィザーズ・オブ・ザ・コースト社はRPGの追補冊子を出している小さな出版社だった。

 この原始的な世界における、マジック:ザ・ギャザリングが世界にお目見えする最初のヒントがある。rec.games.frp.miscというニュースグループで、誰かがピーター・アドキンソンにこう尋ねた。

>ピーター、あなたの会社の簡潔な歴史を投稿して頂けませんか?
>私はカジュアルな見地とゲーム・
>ライターとしての立場の両方から興味があるもので。

 ピーター・アドキンソンは1981年までさかのぼって、会社の長い歴史を答えた。君はここでその全文(英語)を読むことができる。しかし、ここでは歴史的に重要な部分だけを紹介する。ピーター・アドキンソン(ウィザーズ・オブ・ザ・コースト社の創設者)は、いかにしてリチャード・ガーフィールド(マジック:ザ・ギャザリングの発案者)と出会ったのか、そしてマジックとトレーディング・カードゲームの概念が発明されたのかを説明したのだった。

 そしてまた今、4つめの奇跡的な出来事が起こった(その当時はその意味が理解できなかったけれど)。rec.games.designへの私の投稿のうちの1つの結果として、私はマイク・デーヴィスという人物からこのゲームについてのメールを受け取った。それは彼の友人、リチャード・ガーフィールドがデザインしたものだった。ゲームの名前はロボラリーと言った。実を言うと、字面がなんか馬鹿っぽいなと思っていた。私は彼に、我々はロールプレイング・ゲームを作っている会社だということ、そして『いつかボードゲーム分野に殴り込む』ことに少し興味があるだけだと丁寧に説明した。彼は幸運にも粘り強く、彼ら二人がリチャードの両親に会うために西海岸に飛んできていたこともあり、最後にはゲームを見てみることと、彼らに会うことを承諾した。まあ、ゲームは単に最高だった。そして即座に、自分より遥かに凄い彼らの知性と創造性に感銘を受けた。我々は彼らに次の夏にそれを出版したいと話した。ただし我々の足元が定まってから(この時点までにTPO(訳注:『The Primal Order』当時手がけていたゲーム、詳しくは前記リンク先の全文を参照)の発売予定日が1991年の冬にまで遅れていた)という条件で。先にこの話のオチを言うと、今日でも無名だと思われる別の会社と共同企業体を組んでTPOを出版しようと働きかけていたけれども、それを出版するのに途方もなく大きな出費が必要なために、このゲームを出版しなかったのだった。

 このミーティングで、私は次のコンベンション(DragonFlight 1991)が近づいていると話した。そして君たちもそれに出席するためにシアトルへ来るべきであると。マイクはアトランタに戻らなければならなかったが、リチャードは「僕は行きますよ」と言った。そしてリチャードは、おそらく気を引くためだと思われるが、「来週じゅうに僕にゲームをデザインして欲しいですか?」と尋ねてきた(!)、お望みとあらば、ゲームの概念を説明して頂ければやりましょう、と。そこで、私は常々、ルールがすぐ覚えられて、楽に持ち運べて(カード「だけ」で遊ぶことができて)、さくさく遊べるファンタジー志向のカードゲームがあれば本当にクールだとは考えていた。コンベンションの巡業を通して売る事が出来るものがあったなら。私は会場にいるお客さんがロビーでたむろしたり、長蛇の列を作るなどで長い時間を過ごしていることに注目していた。そんなゲームを持つことでこういった市場で大変上手く売る事ができるだろうと考えている、と伝えると、彼は言った。「わかりました」

 翌週、リチャードはDragonFlightに参加した。そのとき我々はシアトル・センターの真向かいにあるがらんとした駐車ガレージにいた(ケンが我々と一緒におり、ケンがいくつかの建物にひとっ走り行っていろいろ持ってこれるようにそこに駐車していたのだ)。リチャードは私に、前述の条件に合致するよう考え付いたゲームを説明し、さらにその先も考えていることを話した。そのゲームは、1978年に私がロールプレイング・ゲームを知ったとき以来のたった一つの最も驚嘆に値するゲームのアイデアだった。私は声高になり、吠えて、叫び始めた。なぜなら、ゲームにまったく新しい次元を加えるアイデアを得た瞬間だと私は理解したからだ。そしてそれが適切に実行されれば、億万長者になれる、と。それはまったく新しいゲームではなかったが、新しいゲームの「形態」だった(ついでに言うと、資本を上げることができれば、このゲームをその夏に発売できる。もっと語れればいいのだけど、そのいきさつを君たちはよくご存知だ)。

――ピーター・アドキンソン、rec.games.frp.misc 1993年1月23日


 ピーターがこれを書いたとき、彼はマジックが大きくなることを理解していた。どれくらい大きくなるかまではわからなかったかもしれない。けれども、この時点までのウィザーズ社の話をこう締めくくっている。

 もちろん、私はこのカードゲームの行く末を見ることを強く望んでいる。我々はそいつのビジネスプランをおおかた完成させたので、まもなくそいつのために資金調達を開始できるだろう。もしトントン拍子に進んだなら、この夏はゲーム産業にとって非常に面白いものになるだろう。我々が現在取り掛かっている通りにそこでそいつを発表できたなら、1993年のGenconは私の人生でもっとも面白いイベントになるに違いない。

――ピーター・アドキンソン、rec.games.frp.misc 1993年1月23日


(Tr. Yohei Mori)

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