トピカル・ジュース #4

更新日 Making Magic on 2012年 3月 5日

By Mark Rosewater

Working in R&D since '95, Mark became Magic head designer in '03. His hobbies: spending time with family, writing about Magic in all mediums, and creating short bios.

 今回は運命特集――と言われても意味が分からないことだろう。しばしば、こういった自由課題的な特集が組まれることがある。そうなると我々筆者としては、書きたいことを書くことができるわけだ。運命特集だというのだから、運命そのものについて語ろうと思う――そんなことを考えていたら、以前書いた「トピカル・ジュース(リンク先は英語)」というコラムをなかなか書けずにいたことを思い出した。


 そんな遠い昔からは私のコラムを読んでいないという諸君のために、ここで「トピカル・ジュース」というコラムの趣旨について説明しておこう。読者諸君の投票によってマジック関係の話題を1つ、そしてマジックと無関係の話題を1つ取り上げ、それを組み合わせてコラムを書くというものだ。

 トピカル・ジュース #1(リンク先は英語)は、「失敗するのが人間だ」という題で今までに犯したデザイン上の最大の誤り10個と、女性のことを絡めて書いたもので、今まで書いたコラムの中でもお気に入りの一本になった。

 トピカル・ジュース #2(リンク先は英語)には特定の題はついていない。6色目を加えることと、「マーク・ローズウォーターは自分が***キチガイだと認めた」(後者はマジックのユーモアを集めたサイトで流行っていた冗談で、誰かがスレッドを建てたものだ)。掲示板の書き込みに似せたスタイルで書いたので、この記事を読んだ諸君はまるで私が6色目の追加について書いた記事について掲示板で語り合っているところを見ているような気分になるだろう。これは読者諸君を大いに戸惑わせることができた。非常にイカした記事だったが、システムの更新(今となっては更旧というべきか)時にせっかくの書式は失われ、ただ読みにくいだけの記事になってしまった。

 トピカル・ジュース #3(リンク先は英語)は「セッション」という題で、これまでにデザインしたイカしたクリーチャー10傑と、ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズを絡めた話だ。これを書いたのは実に2007年のことになる。

 そして、今こそこのトピカル・ジュース #4を書くべき時だと気づいたのだ。今回は運命特集ということで、読者に話題を決めて貰うのではなく、運命にゆだねようと思う。マジック関連の話題とマジック以外の話題をツイッターの自分のタイムラインから集める。ただし、マジック関連の中にはデザイン関連でないもの(フューチャー・フューチャー・リーグは記事にするのにいい題材だが、実際にFFLでプレイしているザックにゆだねることにしよう)や、すでに記事にしたことがあるものは含まないものとする。その後、各グループから1つずつ話題を無作為に選んでみた。

 マジックの話題は――これだ。

tehCorinthian @maro254 各セットの最高のデザイン、カード・デザインの殿堂、歴史。列記は見てて楽しいよ!

 そして、マジック以外の話題は――。

seanFsmith @maro254 マジック。たとえば手品とか、伝統的な呪術とか。

 最初は話題を選び直そうかとも思った。それは、今までのトピカル・ジュースで何回も特定のカードについて語ってきたからだ。しかし、考えてみると今まで書いたことのない内容でもあるし、それに何より運命にゆだねると言ったのだ。50以上ものセットを通して最高のカードについて語ったことはなかったので、最近10ブロックについてそれぞれ最高のカードを選ぶことにした(モダンで使えるのがちょうどこの10ブロックである)。

 さて、それでは、マジックの最近10個のブロックそれぞれの最高のカードと、マジック――といってもマジック:ザ・ギャザリングではなく魔術のほう――の話を、さて、どうやって絡めていくか。

それを読みたい諸君は、ここから先に進んでくれたまえ

トピカル・ジュース #4 ― 「ピーナツの避け方 その1」

 私が子供の頃、私はマジックが好きだった。マジック:ザ・ギャザリングではない。マジック:ザ・ギャザリングが生まれるより何十年も前の話だ。マジックと言っても一般名詞のマジックだ。鮮やかな衣装に身を包んだ男女が、何もないところから品物を取り出したり、またパッと消して見せたり、手に持っていたものを全く違うものに変えたり、宙に浮かせたり、爆発させたり、そういった魔法のようなことをするあのマジックだ。


 私は完全に虜になって、マジシャンになりたいと思ったのだ(もちろん夢に過ぎない)。マジックのタネを買い、マジック教室に通い、マジックのやり方を学んだ。「ウィズ・キッド」という芸名まで持っていたのだ。十代の頃、子供のパーティで何度も披露したし、田舎のレストランではパートタイムのマジシャンという仕事をしたこともある。

 いや、まあ、仕事と言うには語弊がある。私の友人のスティーブンの仕事であって、私は彼が出られないときの代役だったのだ。何度もやったので、グランド・ラウンドの客の前でマジックを披露する機会には恵まれたといえる。グランド・ラウンドというのは、まだ残っているかどうかも知らないが、「ちびっこギャング」や「ローレル&ハーディ」といった古い白黒映画を上映するようなタイプのファミリー・レストランだった。無料のポップコーンや殻付きのピーナッツが置いてあって、ピーナッツの殻は床に投げ捨てられていた。子供のために提供されていて、子供達のパーティが開かれるときにはマジシャンも必要とされたというわけだ。

 今日のコラムは、私がグランド・ラウンドで披露していたころの話になる。マルコム・グラドウェルの本「天才!」については何度も話してきたが、その中で彼は「誰かが何かにおいて秀でる方法」を明確にしている。その方法は、常に反響を受けながら1万時間過ごすこと、だ。誰もが「1万時間」のほうに注目してしまうあまり、「反響を受けながら」のほうは軽視されがちである。何かをする、というだけでは秀でることはできない。反響を受け、それを参考にしなければならない。1万時間過ごす中で、良くなる方法を学ばなければ意味がないのだ。

 なぜ反響にこだわるのか、それは、グランド・ラウンドでのマジシャンとしての仕事は非常に有用な反響を得ることができたからである。無料で置いてある殻付きのピーナッツ、それこそが私にとっての反響だったのだ。すぐに手の届くところにあるバケツの中に殻付きのピーナッツが入っているとして、マジックに飽きた子供はどうするだろう?

 ピーナッツの殻を投げつけられたことがある諸君がどの程度いるのかは知らないが、子供達が手に手に投げてくれば、痛い。とても痛い。それが、マジック・ショーをできる限りおもしろいものにするための方法を学ぶ原動力になったのだ。

 私の人生観について、しばしば話すことがある。あるところで学んだ技術は、他のところでも使える、というものだ。誕生会で子供達を楽しませることについて学んだことは、それから時を経てマジックのプレイヤーを楽しませることに生きている。そう、私のマジック経験はマジック:ザ・ギャザリングに活かされているのだ。今回と次回に渡り、私は今までに学んだ教訓10個について語り、それらが各ブロックの最高のカードにどうつながっているのかということを語っていこうと思う。話題にするカードは、そのブロックにおいて最高のデザインがなされたカードを私の信念に基づいて選ぶ。単に最高のカードというのでも、最強のカードというのでも、最もフレイバー的に素敵なカードというのでもない。私が選ぶカードは、デザインの結晶だと私が考えているものだ。感想は掲示板やメール、ツイッター、何ででも語ってくれて結構である。なお、順番は時系列で行くことにする。

教訓1:見たことがないようなものを見せよ

 マジシャンには演技がつきものだ。マジシャンには持ちネタというものがある。1回のショーで全てを出し切るわけではないのが普通で、ショーごとに多少の変化を付けることはありうるが、一般には同じマジシャンはいつも同じような舞台を見せることになる。マジシャンのショーは特定の観客にあわせて準備されるものである。たとえば、私の「セット」(マジシャンもコメディアンも同じ言い方をするものだ)は子供、5〜10歳の小さい子供向けにデザインされている。つまり、お誕生会向けにしているのだ。

 この年齢層のいいところは、表面上は信じていないふりをしているとしても(さらに小さい子になると信じていないふりもしない)、マジックに本当に種も仕掛けもないのかどうかが分かっていないというところだ。つまり、度肝を抜くことを見せればすぐに惹きつけられるということである。

 これを利点として活かすためには、こんな方法がある。マジックの多くは「定型」のものである。つまり、トリックを使って何を起こすのか、観客が予想できるということである。たとえば、新聞紙を丸めてコーン状にしてからミルクの入ったピッチャーを手に取れば、それから何をするのかは誰もが想像できる。不思議なことではあっても、度肝を抜くことではない。マジシャンが、観客の見たことのない技を披露する理由はここにある。観客が知っているどのトリックにも関係ないものを手に取ったなら、観客は椅子から身を乗り出し、「それで何をするんだろう?」と思うに違いない。

 マジックの――マジック:ザ・ギャザリングのデザインも同じである。我々がやることのほとんどは「定型」で、マジックにはパターンというものが存在する。《巨大化》や《稲妻》の仲間が新しい環境でどんな姿になっているのか見るのも楽しいことだが、それでは度肝を抜くこととは言えない。想像できるのだ。デザイン・チームは、セットごとに何か今まで誰も見たことがないようなものを提供し、諸君の度肝を抜かなければならない。マジックのショーと同じく、それによってプレイヤーはもっと知りたくなるのだ。「それでどうプレイするんだろう?」ってわけだ。

 マジックのセットと同じように、マジック:ザ・ギャザリングのセットでもほとんどの要素は定型なのだ。ほとんどの部分は観客がすでに知っていることであり、想像できることである。しかし、何か知らないこと、驚きを組み込まなければならない。

 ミラディン・ブロックでの最高デザインのカード、それは――これだ。

白金の天使

 新しいものに価値があるが、大量にあればいいというものではない。賢く使わなければならない。セットに新しいものはそんなに必要ないが、全くないのでは問題だ。金属世界になるということが決まった時点で、金属の天使が必要だと言うことは明白だった。メカニズム的にどうするかはさておいて、イラストはすぐに発注された。《白金の天使》をデザインしたのが誰だったかは忘れてしまったが、このすばらしいアイデアに拍手したい。そのアイデアを聞いたときに、このカードは確定した。そして、プレビューされた時にはプレイヤーの間でも人気が急騰したのだった。

白金の天使》 アート: Brom

 このカードの気に入っているところは、すぐに目を惹くというところだ。一度読めば、実際に使ってみたくなる。これほど度肝を抜くカードは、そうそうあるものではない。

教訓2:楽しめ

 ロザンヌ三部作の1本目の記事(リンク先は英語)で、私は提案の仕方について語った。提案するのに最も必要なものは、情熱である。諸君がそのアイデアで誰かを興奮させたいなら、諸君自身が興奮しなければならない。これは演技についても同じことがいえる。観客を興奮させたければ、自分が率先してそうしなければならないのだ。

 マジックの演技をしたことがない諸君のために、マジックがどれほど構造化されているかについて説明しよう。どのトリックにも特定の方法があって、その同じ方法で行なうのが普通である。目的は、何度も何度もリハーサルを重ねたことを伏せて、全てのことが自然に起こっているかのように見せること(コメディと同じだ――その話もいずれしようと思う)だ。私がやる気を保てたのは、演技を新鮮にするために毎回新しいことを取り入れていたからである。別にマジックのトリックではない。トリックには正確さが必要なのだ。変化させていたのは、観客とのやりとりである。

 マジックの相手を小さな子供にしていたのは、私が子供を大好きだからである。彼らは無垢で、創造的エネルギーに満ちている。子供とやりとりをするのは私にとって楽しいことで、私の演技には大量のやりとりが含まれていた。子供達を絡ませるという決定によってテンションを高め(わりと最初から高いのは、ビデオ・インタビューを見てくれてもわかるだろう)、ショーをより楽しいものにしていくのだ。楽しみというものは感染するもので、平均的な技量でも強烈なものに仕立ててくれる。

 マジック:ザ・ギャザリングのデザインも同じである。セットをまとめたら、基礎をカバーしていることを確認しなければならないが、一方で楽しいものにし上がっているかどうかも確認しなければならない。伝染するような楽しみをもたらす要素を二、三含まなければならない。そのための方法はいくつもあるが、その1つはカード・デザインにもある。

 神河ブロックのカードは、まさにその楽しみを体現しているカードだ。愛さずにはいられないような、そんな魅力に満ちたカードは――これだ。

鏡割りのキキジキ

 このカードは私がデザインしたもので、2つのお気に入りのデザインを組み合わせたものだ。1つは、何かをコピーするというもの。もう一つは、《騙し討ち/Sneak Attack》のような効果――つまりカードが出て何かをして消える、というものだ。何千というカードをデザインしてきたが、《鏡割りのキキジキ》のように本当に楽しかったといえるものはそうそうあるものではない。

鏡割りのキキジキ》 アート: Pete Venters

 デザイナーは自分の成功を振り返り、どうすればもう一度その成功を得られるものかと考えるものだ。しかし、《鏡割りのキキジキ》のようなカードは、自然発生するものである。全てのパーツが集まり、そしてその合計以上のものをもたらす。まさに「ピンとくる」という奴だ。何をどうしてこうなったかは分からないが、この完成品はすばらしいものだと自負している。楽しさをもたらし、マジック:ザ・ギャザリングそのものを高いレベルに導いてくれたのだ。

教訓3:観客の求めるものを与えよ

 マウスコイルと呼ばれるマジックのトリックがある。すでに知っていることとは思うが、これについて説明していこう。マジシャンは無言で演技を行ない、おかしな顔をする。口に手を添えると、小さな紙切れを引っ張り出す。最初は白い小さな布のように見えるが、引っ張れば引っ張るほど出てくる。何メートルも引っ張り出したところで、白かった布がカラフルなものに変わっていく。マジシャンは驚いたそぶりを見せながらも引っ張り出し続け、引っ張られた布は途切れることなく出て来続ける。全て引っ張り出し終わると、15メートルにも及ぶカラフルな布だった。

 子供達はマウスコイルが大好きだ。そうとも! 終わった後でショーについて聞いたら、彼らはまずマウスコイルの話をすることだろう。このコラムの中でタネをばらすつもりはないが、どんな初心者でもすぐに覚えられる、2ドル程度の使い捨てのトリックだと言える。安い、単純な、ちょっとしたトリックだ。では、マウスコイル抜きでショーをしたことがあるか、と聞かれれば――まさか! (トリックを繰り返さないものだというマジシャンの常識に反して)2回マウスコイルをやったこともあるが、今までマウスコイル抜きでやったのは一度たりともない。

 なぜかと問われれば、それが観客の望むものだから、ということになる。マジシャンとしての私の仕事は観客を楽しませることであり、そのためには観客の望むものを理解して提供しなければならないのだ。マジック:ザ・ギャザリングのカードのデザインもまったく同じことが言える。観客の好むものというのは存在し、それを提供し続けるのは私の仕事なのだ。

 ということで、ラヴニカ・ブロックのカードは、この考えをつきつめた――これだ。


 プレイヤーはトークンが好きだ。プレイヤーはカウンターが好きだ。プレイヤーは多いのが好きだ。《倍増の季節/Doubling Season》はそれを提供した(ああ、うん、私は倍増するのが好きだ)。人気が出ることは分かっていたが、どれほど人気が出るかは分からなかった。私は、もっとも再版を望まれているカードがこの《倍増の季節》だと信じている。

《倍増の季節/Doubling Season》 アート: Wayne Reynolds

 これは、新しいデザイン空間を探し求めてできたカードではない。これは既存のデザイン空間を推し進めていった結果できたものだ。《倍増の季節/Doubling Season》は、私にカードの作り方を再考させてくれたカードのなかの1枚である。人気と、将来のデザインに与えた影響を踏まえて、このカードをラヴニカ・ブロックの1枚に選ぶことにした。

教訓4:何かを戻すことは重要である

 マジック・ショーをトリックの品評会だと思いこむことはよくある話だが、その見方では実際のショーを語ることはできない。マジック・ショーは演技である。トリックの選択や順番決めは、全体の演出のために行なわれる。観客は速度や準備や順番は気にも止めないが、マジシャンはそれらを意識しなければならない。バンドが曲目と順番を選ぶのに時間をかけるのと同じく、マジシャンはどういう順番でどうトリックを見せるかを慎重に決めなければならないのだ。

 ショーの統一性を持たせるための最良の方法として、何らかのトリックをショーの後半で続けてみせることで連続性を持たせるというものがある。よくある例を挙げれば、何か消したものを、観客の想像もしていないタイミングでまた出してみせるのだ。マジック・ショーをいくつもやってきて、親近感は安心感につながるということを知った。人々は、起こっていることを分かっていると感じられるので、すでに知っているものに惹かれるものなのだ。前のトリックで使った要素をもう一度使うと、観客は「ああ、そのトリックのことは覚えてるぞ」と思い返すことができ、マジシャンに親近感を持つのだ。

 諸君は、私が記事の中で何度も繰り返しているテーマに気づいているかもしれない。それは、感情の重要性というものだ。娯楽とは、観客の好反応を起こすことが全てである。感情は変化するものだが、そうすることの意味は不変である。マジック:ザ・ギャザリングのデザインも同じだ。同じ理由によって、プレイヤーは何かが戻ってくるのを歓迎するものだ。再録するのは何もデザイン空間を節約することだけが目的ではなく、マジックの観客が見せたのと同じようにプレイヤーたちが喜んでくれることを期待しているのだ。「ああ、そのカードのことは覚えてるぞ」と。

 時のらせんブロックは思い出をテーマとしたブロックなので、私の選んだカードが十選のうちで唯一そのブロックのためにデザインされたカードでなかったとしても、驚くべき事ではないだろう。そのカードとは――これだ。


 このカードを選んだのは奇妙に見えるだろうが、これこそが時のらせんブロック最高のデザインを示していると言える。それは、タイムシフトというものそのものだ。マジック:ザ・ギャザリングのデザインには、常識を覆してマジック:ザ・ギャザリングを新しい世界に導くということが含まれる。タイムシフトはまさにそれで、それまでには想像だにしていなかったことだ。新しいレアリティの導入、古いカードの再録、ブースターパックにおける新しい場所の追加。デザインが、許容される線を引き直した瞬間だった。

《怒りの天使アクローマ/Akroma, Angel of Wrath》 アート: Ron Spears

 もう一つ、このカードがもたらしたのは、戻すことができないと思っていたものの再利用である。《怒りの天使アクローマ/Akroma, Angel of Wrath》は「何百年も昔の」セットにいた伝説のクリーチャーである。彼女が作られた時に(詳しくはこのコラム(リンク先は英語)に書かれている。私は思う存分に反対したのだ)再録の可能性について尋ねられていたとしたら、「ありえない」という答えに大金を賭けていたことだろう。

 しかし、タイムシフトへの反響を見て、15分前に新聞紙のコップに注がれて消えたミルクを戻していたころに引き戻された。観客と共有できる時間を作ったのなら、みんな笑顔にできるはずだと。

教訓5:道化を活かせ

 マジックを演じるときはいつでも、私はユーモアを交えていた。ユーモアの中には、自分自身に向けたものもあった。観客が私を笑えるようにしていたのだ。その理由は、単にショーマンシップから――というわけではない。より重要なことが含まれている。マジックのトリックは、観客の度肝を抜くためにデザインされている。観客が理解できないことをして、さらに言えば、期待の上を行くのだ。そうしたなら、観客よりも一段上に上ることになる。観客にできないことをしているのだ。

 問題は、そうして一段上がってしまうと、観客との距離が遠くなってしまうということだ。観客との距離を近く保ち、つながりを保つことは重要である。コメディは、コメディアンが観客と同じ地平にいることによって成立する。マジックでは、観客を騙すという性質上、どうしても観客よりも一段上に存在することが必要になる。そもそも、観客の知らない内容を知っているからこそ成立しているのだ。

 その埋め合わせとして、私は自分のショーに道化の要素を入れることが重要だと感じていた。「偶然」転んでみせたり、単純なミスをしてそれを笑いの種にしたりするのだ。そうすることで自分を低くし、観客との距離を詰めることができるわけである。

 マジック:ザ・ギャザリングのデザインにも同様の問題がある。デザインにおいても、道化な部分を入れることで観客との距離を詰めるのは重要である。私は自分のデザインした時に、不真面目に取れるようなカードを入れたいと思っている。それによって、作り手も遊んでいるんだと観客に思わせることができるのだ。

 ローウィンのこの1枚は、そういう意味で成功したカードだと思っている。道化っぷりを見せつけてくれたカードは――これだ。

包囲の搭、ドラン

 このカードをデザインしたのは、ローウィンのデザイン・リーダーを勤めたアーロン・フォーサイス/Aaron Forsytheだ。このカードの魅力はその非常に革新的なメカニズムにもあるが、このカードを単なる「いいカード」から「すばらしいカード」にしたのはツリーフォークであることが理由だと信じている。ツリーフォークを選んだのにいろいろな意味があるのはもちろんで、たとえばツリーフォークはローウィンの主要部族の1つであり、ツリーフォークは伝統的にタフネスが大きい。しかし、このメカニズムを持つのが巨人だったならどうだろうか。イカしたカードではあっても、可愛げがないではないか。歩く樹というのはそれだけでかわいらしいもので、だからこそプレイヤーはこのカードに強い親近感を持つのだと思う。

包囲の搭、ドラン》 アート: Mark Zug

 全てのセットに、プレイヤーをほほえませるようなカードが何枚か入っているべきだと私は考えている。マジックのショーでそうだったように、観客が作品に親近感を持つことによって、その繋がりはより強く、より長いものになるのだ。

さよならするのはつらいけど

 そろそろ時間だ。まだ前半のブロックについてしか話せていないので、次回もマジック:ザ・ギャザリングとマジックに関する話を続けさせて貰うことになる。この前半部分を楽しんで貰えたなら幸いだ。

 その日まで、あなたの反応が好意的なものでありますように。

(Translated by YONEMURA "Pao" Kaoru)


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