墓所の鎧

更新日 Magic Story on 2013年 7月 12日

By Ari Levitch

Ari spent a few years as the herald of Dukos, the star-eating cosmic squid, before becoming a high school history teacher. Now that he has been inducted into the cabal of Magic creative writers, his parents are finally proud of him.

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 その日は異常な暑さだった。この地の夏は穏やかなものではないが、その過酷な熱気はこの日、いつになく早く始まっていた。熱気は城壁の黒色岩から目に見えて立ち昇り、歩哨たちは銃眼が投げかける小さな影の区画にしがみついた。朝には大抵、城主の息子ボリコ・ガーヴィッシュが城の狭間胸壁に姿を現していた。ここでは彼は紛れもない主、様々な敵に対する防御の要だった。彼の命令の元、どのような軍勢も未だ城壁に侵入していなかった。

 こんな日、こんな気候では、あえてこの城を攻撃しようと考える軍勢はいないだろうと、ボリコは城の墓所、太陽から身を隠せる地下室で熱気から逃れようとした。下りて行くとそこは涼しく、暗く、いつの日か騎士になりたいと願う彼の若い心を働かせるに適していた。ボリコはランタンを掲げていた、それはゆらめく小さな炎を不気味にうねるような影へと投げかけていた。その影の一つ一つが、彼がもう片方の手に握りしめた木製の剣で切り捨てられるべき不浄な怪物のようだった。彼は迫りくる暗黒を拭い去る、孤独な聖騎士だった。そして墓所の隅々までが、少年の英雄的な手腕によって安全に守られているのだった。

アート:Wesley Burt

「勇敢なるボリコ」 彼は試しに言ってみた。「大胆なるボリコ」 いつかそうなるだろう。やがて彼は探索の果てに墓のない小室へとやって来た。そこでは空の鎧だけが歩哨として立っていた。鎧そのものはボリコにとって何ら新しいものではなかった。だがこの一つの鎧だけが墓所に立っている、それを彼はいつも妙に思っていた。

 その鎧はボリコの前に迫るようだった。その前に立ち、ボリコは畏敬の念に打たれた。ここで、鍛え上げられた鋼に、彼の大望が形を成していた。複雑に組み合わさった板金からなる、この鎧一式は申し分のない職人技だった。その上には幅広の羽毛飾りの付いた堂々とした兜が乗っていた。戦場のどこからでも見ることができるだろうと彼は想像した。彼はその空の面頬の中を覗きこんだ、暗黒の分厚い深淵は何故か、自分を見返しているように思えた。ゆっくりと、彼は手のランタンを持ち上げた。ゆらめく光が鎧の上に踊り、板金の表面に蜘蛛のような影を作り出した。

 面頬の後ろの暗闇は頑固だった。

「勇気がおありですな、ボリコ様」 声が壁に反響した。

 ボリコは慌てて振り返り、ランタンを落としかけた。剣を握りしめた手が震え、彼の目は見開かれた。断固とした勇気だと彼は後に評しただろう。「誰?」

 暗闇から人影が現れた。ランタンの光に浮かび上がったその姿形に、ボリコは彼の正体がわかった。丸い肩。曲がった背。まっすぐに立てば背は高いのだろうと、父が言っていたのを聞いたことがあった。グワロは、父のお気に入りの楽士だった。疑わしいところがあったとしても、その楽士の短く、燃えたような髭は間違えようもなかった。楽器を手に持っていない彼と今ここで会うというのは、ボリコは奇妙なことのように思えた。

「お許し下さい、若き主様」 グワロは続けた。「貴方様のように、私もここへと下りてきたのです、容赦ない太陽からのしばし逃れるために。驚かせてしまったのであれば、申し訳ございません」

 ほっとして、そして自分が怯えている様子を見せていたと気がつき、ボスコは気を取り直して姿勢を正した。「こんにちは、グワロ」

 グワロは頷いて踏み出し、ボリコの隣に立った。共に、彼らは鎧の一式を惚れ惚れと眺めた。「先にも申しましたが、勇気がおありですな」 グワロは言った。

 ボリコは笑って謙遜しようと気を引き締めはしたが、どちらも言葉には出さなかった。「僕は墓所の暗闇なんて怖くありません」

「そういう意味ではないのですよ」 背の曲がった楽士は立ったまま鎧を凝視し、すり切れた髭を指で梳きながら考えた。彼は少年の方を向いた。「これの物語を聞いたことはおありですかな?」

「もちろんです。兄上から聞いたことがあります、これは竜殺しのレオールの鎧だと。彼はドラゴンの炎の中も悠々と歩いたと」

「確かに物語ですな。しかし兄上殿には申し訳ないのですが、その話ではないのです」

 神秘が明かされる、真実が示される。その期待は興奮となってボリコの顔に明白に表れた。グワロにとっても少年のその様子は大いに激励となった。彼は熟練の語り手の声で始めた。「過ぎ去った古の日々、勇士の王と女王たちがこの地の王国を築いた時代――」

「闘争の時代」

「そう、まさに。そして御存知の通り、その時代、この地はあらゆる類の邪悪に包囲されておりました。王と女王たちは邪悪を食い止めるべく一続きの城を建造しました。この城もその一つでした。死者を蘇らせ生者へと迫る、強大な屍術使いに対する守りのために築かれました。ご先祖様方は邪悪な魔術師と、数多の戦いを繰り広げてきました。ですが奴らはしばしば戦場で勝利をおさめ、その魔術師は常に虜囚を逃れてきました。そのまま時は過ぎ、騎士達は戦場での栄光に満足し、人々は幸福にも護られておりました」

 グワロはランタンをボリコから受け取り、素早く指で覆って明りを抑えた。「ですが勿論、満足と幸福は屍術使いの望むところではありません。彼の野望は残酷に膨れ上がり、神秘の術は邪悪に進化しました」

アート:Maciej Kuciara

「ある日のこと――今日のような暑い日でした――一人の斥候が報告してきました、それまでのどんなものとも違う、死者の軍隊を見たと。それは城壁を乗り越え、王国の領地を不毛と帰すに十分な軍勢で、更には進軍するにつれその数を増やしていました。ですが城主と夫人はその斥候の警告を跳ねのけました。『我々は奴らと戦いにて対峙し、そして騎馬の蹄の下に踏み潰し、そして槍の穂先に突き刺してくれる!』 彼らは騎士を集めるよう命令しました」

 ボリコは木の剣の柄を握り締めた、まるで彼自身もその騎士達に加わったかのように。

アート: Tyler Jacobson

 グワロは続けた。「次の日、旗印をはためかせ、鎧を輝かせ、城の騎士達は不死者の軍勢との戦争へと進軍を開始しました。彼らは、斥候が報告した通りの軍勢と対峙しました」

「城では、城主の娘と息子が防衛のために残っておりました」

「待って! 戦いはどうなったんですか?」 ボリコが声を上げた。

 グワロは手を挙げて少年を黙らせ、続けた。「姉弟は不動の姿勢で胸壁の上に立ち、勝利の合図を、もしくは両親の帰還を待っていました。やがて合図が届きましたが、それは彼らの望んでいたものではありませんでした。乗り手を乗せた馬が全速力で城門へと駆けてきたのです」

「何があったんです? 斥候ですか?」

「それは、彼女が馬上から伝えた言葉は、投石器から放たれた石のように城壁上の姉弟へと届きました。『城主様方は戦死されました』 斥候は息を整えながら伝えました。『屍術士の軍勢は間もなくやって来ます』 近づきつつある死者達のように厳しい顔で、姉弟は城壁から離れました。護衛達が二人へと駆け寄りました、守りを固めるために。ですがそんな二人の耳に届く言葉がある筈もございません。彼らは意に介さず、ですが無言で武器庫へと向かいました。姉と弟、新たな城主達は彼らの鎧一式を見にまとい、馬にまたがりました。彼らの命令で城門は上げられ、二人の騎士は出陣したのです」

 ボリコは目を見開いた。「二人は自分で不死者の軍と戦いに行ったんですか?」

「そう、彼らのやり方で。何年も前、姉弟は約束を交わしておりました。もし父母が戦場で倒れたならば、その復讐を果たすと。共に二人は荒野を進みました、その間ずっと、不在の間に城はきっと踏み荒らされ、住人達は不死者の兵士と化してしまうだろうと知りながら。ですが二日間駆け、ついに二人は探し求めていたものを見つけました。彼らの目の前にはかつては偉大であった寺院の廃墟が、不道徳な目的のために使われておりました」 グワロはそう言って、墓所の暗黒の中へと下がった。彼の姿は暗闇の中、曖昧な黒い影となった。

「屍術使いの住処だ!」

「その通りです、ボリコ様。穢された寺院の中から、屍術使いは死者達に命じておりました。そして寺院の中にこそ、姉弟の探し求める復讐があったのでしょう」

「二人は腐った木の大扉へと近づきました。その上には誰のものともわからぬ、切断された多くの首が留められておりました。多くは腐り果てており、それらの目は遠い昔に屍肉食らいの鳥に啄ばまれておりました。姉弟は手甲をはめた手で扉を押しました。古い蝶番が一つ音を立てると、首たちが一斉に動き出したのです」 語り手の声は低くなった。「それらは声を合わせてささやき始めたのです!」 彼が発した「ささやき」の言葉に、ボリコは何かが脊髄を這い上ってくるように感じた。「弟は立ったまま動けなくなりました。目のない顔が彼を見ているようでした。首からの視線は、血を凍らすようでした」

「弟が恐怖に捕らわれるのを姉は見ましたが、彼女は剣を手に、扉を押し開きました。復讐の炎に彼女の心臓は熱くなり、鎮められはしませんでした。契約が姉を進ませました、弟を入り口に残したまま。そして」 グワノはそこで指を鳴らした。「姉の姿はやがて見えなくなりました」

 ボリコは予想通りに非難の声を挙げた。「臆病だ! ただの臆病者だ!」

「ああ、ですが、暗黒の術は決して単純なものではないのですよ、勇敢なるボリコ様。その真髄とは、堕落させることです」 楽士は奇妙な角度に指を曲げた。「それは生者から生命力を吸い取り、私達が愛する者の姿をねじ曲げてしまうのです」

「そして、弟は待ちました。何時間もです。やがて彼は鋼が石を叩く音を聞きました――鎧を着た足音を。つかの間、彼の血を凍らせていた氷は融け、そして姉がよろよろと向かってくるのが見えました。彼は駆け寄りました。光が彼女の鎧を照らすと、血が見えました。剣が――姉の剣が――背中から、腹部へと刺さって突き出ておりました。その刃は彼女の胸当てに開いた穴から突き出ており、彼女の腕ほどもある長さで身体から伸びておりました。その刃は赤く染まり、残酷な舌となって地面へと垂れておりました」

アート: Seb McKinnon

「弟は自分の肩に姉の腕をかけ、姉を支えて彼女を寺院の外へと連れ出そうとしました。ですがこの時、姉は動くことを拒否しました。彼女は立ったまま、弟の瞳をじっと見つめました。彼が見つめ返すと、姉の瞳は顔色と同じ、濁った白い色をしておりました。姉は負傷していたと彼はわかりましたが、それだけではありませんでした。姉は背中に手を伸ばし、剣の柄を掴んだのです」 グワロはボリコから木剣を受け取り、その場面を演じてみせた。「彼女はそれを引き、すると刃が後ろに動き始めました。彼女はもう片方の手で刃を握り、両手を使って剣を引き抜こうとしました。鎧を着た身体から刃が抜かれてゆくごとに、鋼と鋼がこすれる軋み音がしました」

「やがて刃が抜かれました。血まみれの剣を血まみれの手に握り、姉の姿は不死の怪物のそれでした」

「言葉なく、姉は剣で襲いかかりました」 グワロが木剣で突こうとすると、ボスコは後ろに飛びのいた。「弟は貴方様ほど幸運ではありませんでした、剣先が彼の兜の下、喉元を突いたのです。弟の意識は暗闇となり、ですが全てが静まる前に、彼は声を聞きました。姉のものと、何か全く別のものとをです。『契約』と」

「弟が起き上がり、半ばぼんやりとしながらも、兜の面頬の狭い隙間から辺りを見ました。姉がいた様子はありませんでしたが、彼はすぐ背後に、ああ何と、身体を丸めて倒れた男の屍を目にしました。恐る恐る、弟はその屍を転がして何者なのかを確かめました。そして彼は知ったのです、自分自身を見下ろしていることに。首の傷から血が流れ、羊毛の肌着に滲み出ていました。そして真紅の髭のように広がっておりました」

「弟は自分の命なき死体を見ましたが、うろたえはしませんでした。むしろ気分は穏やかであり、もはや恐怖はありませんでした。彼は自分の鎧を、関節を見て気が付きました。鎧の下にあるはずの身体がなかったのです。そして自分の指を動かすと、手甲は彼の命令に従いました。彼は鎧を着込んでいたのですが、どういうわけかそこに身体はなかったのです。それは、そこに置いてきたのです」

「でもどうやって……どうやって彼の霊は鎧に入ったんですか? お姉さんみたいにならなかったのはどうしてですか? さっぱりわかりません」 ボリコが言った。

「もしかしたら」 グワロは微笑んだ。「ボリコ様、私は物語を語るだけですが、勇気ある魂がそのような状況をもたらしたのかもしれませんな」

「とはいえ、ここはこの物語において最も議論となっている所です。弟の臆病さが姉を殺した、と主張する者もおります。姉が弟を殺すべく戻ってきた時、彼女は屍術士の支配下にあったと彼らは言います。ですが死の一撃を繰り出した時、姉は残った意志の一片をもって何かある種の、護りの魔法を使用したのだと、弟が彼女のような存在となるのを防ぐために」

「だけど、あなたが信じてる話は違うんでしょう」

「ええ。私は、契約が弟の魂を守ったのだと信じております。契約はそれ自身がとても強力な魔法であり、純粋な目的に突き動かされるものです。おわかりでしょう、弟はもはや恐怖に捕らわれることなく、寺院に入って行きました。彼は多くの不死者を切り払い、立ちはだかる不浄の獣を切り捨てて進みました。屍術使いの魔法は弟の魂を揺さぶることはできず、一撃のもとに、弟は屍術使いの首をその身体から切り落としました」

「契約は果たされた!」

「契約は果たされました。弟が帰還すると、城では不死者の軍勢が全て倒れておりました。物言わず、彼は墓所へと下りました。まさにこの墓所へ、横たわり眠るために」

「ですが火急の時には、弟は再び目覚め家族を守るのです」

アート:Izzy

 ボリコは畏敬のこもった瞳で板金鎧の一揃えを見上げた。そして彼はグワロへと向き直った。「お姉さんはどうなったんですか?」

「確かなことを知る者はおりません。ですがこの鎧の隣に空いた場所は彼女のためのものだと、彼女が戻ってきた時のためのものなのだと」 木剣で、語り部は空の小室を指し示した。

 石の床を歩く足音が墓所に響いた。

「誰?」 少年は呼びかけた。妹が暗闇の中、彼らを追いかけてきたのだろうと半ば予想しながら。

「ボリコ様ですか?」 洞窟のような墓所に、荒々しい怒鳴り声が響いた。ボリコはそれが武芸の師、クレイのものだとすぐにわかった。

「そうです」 ボリコが言った。

「来て下さい、稽古に遅刻ですぞ。正しい剣の振り方を学ぶお時間です」

 ボリコは鎧の一揃えを最後にもう一度見て、師の後に続いた。グワロを墓所の冷気の中に残し、二人は地上へと続く階段を上っていった。「ごめんなさい、クレイ先生。グワロがあの鎧についての物語を教えてくれていたんです」

「む? 悪魔に鍛え上げられ、天使に祝福されたというあの鎧の話ですかな? 由緒あるものですぞ」


(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)


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