最後の日

更新日 Magic Story on 2013年 6月 14日

By Colin Kawakami

Colin Kawakami has worked in the game industry for nearly twenty years. A complex and dangerous man, Colin is held in dark regard because of his haunted, mysterious past.

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概念泥棒

「炉火の泉」学院はラヴニカ最高峰の名門学校の一つであり、広範囲で良質のカリキュラムで知られている。そして何よりも、授業料は無料なのだった。どんな種族でも身分でも、あらゆる子供達が奨学金を利用することができる。そしてそれは各世代の最も輝かしい知性にのみ授与される。「炉火の泉」はギルドの幼年学校ではない。入学許可は熱狂ではなく確固たる行動によって得られる。そして学問に打ち込まない生徒は、学院に長くはいられない。

 だがその日、夏休み前の終業式の日にはよくある事だが、子供達は少々浮足立っていた。

 リリックは彫刻が並ぶ校庭の隅、石造りのベンチに座っていた。そして輝きが溢れる炉火の泉の周りで何百人もの子供達が踊るのを見ていた。彼らのほとんどは手製のギルド装束を身につけていた。先輩達が秩序を叫ぶ中、年少の生徒達は広い池へと色鮮やかな飾りを打ち出していた。「炉火の泉」で教鞭をとって五年目、この祭りの日は最初の時と同じように胸を刺す。いや、最初以上に。心臓が一つ鼓動を打つごとに、胸の中で切り裂かれるようだった。もし今夜、計画通りにいかなかったら、来年ここに戻って来ることは叶わないだろう。

「エル先生! エル先生!」 リリックは深呼吸をして振り返った。「エル先生! プレゼント! これ、先生にあげる!」 スクリージス、彼が受け持つ儀礼史クラスで学ぶゴブリンだった。彼女は右手に丸めた紙を握り、左手で弟の手を引いて走ってきた。

 彼女の弟はアゾリウスの軽騎兵の衣装をまとい、色を塗った厚紙製の兜を目深にかぶっていた。彼は鼻をつまんでいた。「泉にいくのはやだよ!」 彼は兜を脱いだ。

「いいわよ、遊んでらっしゃい」 スクリージスが弟を行かせると、彼は群衆の中に消えた。その後ろ姿へと彼女は声をかけた。「濡らさないのよ!」 彼女は黒い襟飾りのついた白いドレスをまとっていたが、感嘆のしどころはその髪型で、橙色の髪がオルゾフ貴族の頭飾りの形に固められていた。

「これ、先生のために作ったの!」 彼女はまっすぐに拳を突き出し、リリックへと丸めた紙を差し出した。彼はそれを受け取り、教師流の注意深さで開いた。それは彼の教室の絵だったが、天井は可笑しいほど高く、そしてリリック自身は眼鏡をかけたグルールの巨人として描かれており、背をかがめて丸太サイズの白墨で黒板を指していた。リリックは声をあげて笑った。

 スクリージスは得意そうに笑ったが、リリックが絵を巻き直すと素早く眼をそらした。

「ありがとう、スクリージス。よく似ているよ。額に入れて僕の教務室に飾ろう」 彼は鞄を開けてその中に絵を入れた。硬い仕切りの中に、曲がらないように。

「夏休みは何をするんですか、エル先生?」

「一日か二日だけちょっと出かけて、そしたら戻ってきて残りの夏を過ごすよ。暑くなりすぎないうちにできるだけ庭の手入れをして、来年の授業について考えるよ。つまらないもんさ」

「どこへ行くんですか?」

「ん?」

「一日か二日どこかへ行くって」 スクリージスは首をかしげて率直に彼をうかがった。彼女はゴブリンの割に、その年齢の割に背が高かった。

 リリックは鞄を閉じて金具をはめると、聞き取れないほど小さな音がして封がされた。イゼット製のその鞄は袋とポケットが内容物を覆うように保護し、強く押された時は裏打ちが硬くなる。彼が所持している二番目に高価な品物だった。リリックは立ち上がるとスクリージスの肩をぽんぽんと叩いた。

「楽しんでくれ、スクリージス。夏休みもね」

 数時間後。リリックはイスメリ管区へと降りつつあるゼッペリドの乗用バックルから夕陽を見ていた。彼を含むその飛行生物の乗客のほとんどは西向きの横木に立っていた。足元から覆われてゆくように。ラヴニカ全土に夕暮れが訪れつつある。リリックは、乗客が皆同じ風景を見ているのだと一瞬考えた。


 ゼッペリドが停泊すると、リリックは遊歩道へと歩きだした。店は窓を閉め、明りが点され、夜が街路へと少しずつ沁み渡っていった。彼はここイスメリで育った。そして建物の様子が変わってゆくほどに、次第に馴染み深さを感じるようになっていった。ダンスホールの外に肉団子売りの荷車が止まっており、ラクドスの用心棒が二人、刺青を比べ合っていた。幾つか先の街区では、三人のならず者が恐鳥を挑発していた。それは立ち上がって青銅の嘴で一人をつつき、彼は地面に転げた。第十二街区の角でリリックはそっと立ち止ると、ゆっくりと円を描いて向きを変えた。彼はここで初めて女の子と口付けを交わしたのだった。マレーナ、幅広の口と大きな瞳はどこか蛙を思い出す。だがその記憶は今も暖かく、輝いていた。眩暈を感じた。ここは故郷。

 リリックは公衆浴場を見つけて入り、着替えた。学院の紋章が縫い付けられた上着をイゼット製鞄に仕舞い、侵入用の外套を取り出した。リリックは鏡へと自画自賛し、十一から秒読みを開始した。ゼロで、彼の映し身はほぼ透き通るように消えた。

 街路でその行動をしたなら、結構な混乱をもたらした筈だ。そしてリリックは、もし観測者が見たならば適当に選んだのだろうと考えるような建物へと入った。彼はかつてこの正確な場所を知らなかったが、彼が仕事をしてきたその他の活動拠点と外見はまったく同一だった。何も特別なことはないように見えた。外の扉に鍵がはかかっておらず、玄関に入ると、リリックは侵入用外套のポケットから手を出した。

 彼の撚り糸。それは長い靴紐か飾り紐か。近づいて見る程に、それは平凡に見える。見るのをやめるまで。彼はそれを腰の周りに巻きつけると、部屋の扉の模様の中にあるサインを人差し指でなぞった。ドアノブが消え去り、扉は逆側へと開いた。

 彼はその借家の食卓を通り過ぎると、台所で立ち止まった。誰もいない部屋に向けて彼は言った。「ただいま、迎えはどこ?」

 空気が冷たさを帯び、飾り棚の上の隠し小部屋から、一体の眼魔が現れた。それは降りると食器棚に立ち、テーブルへと飛び移った。


 ついに。計画を立てて過ごした苦悶の夜、過ぎ去った日々の緊張と不安、全てが今解決する。リリックは前へと進み出た。その生物は彼の肩に手を置き、彼をじっと見た。塩の匂いがした。

 常にそこにいたかのように、記憶の護り手の声はタイル張りの床から部屋へと響いた。蓄えられていた台所の雑音が集まり、収束し、疑問へと変化した。

「ナゾ、持ッテキタカ?」

「いや」 リリックは答えた。「持ってきてない」 暗黒の魔法が彼の皮膚に刺さった。護り手の詮索から彼を守ろうと、撚り糸がざわめき、生きているように掌で身悶えした。彼は悪寒をこらえた。

「持ッテコナイ、ナゼ?」 質問が繰り出された。食器棚の皿が鳴った。「コナイ」の声は、乳歯がカップに落とされたような音だった。リリックは背を伸ばし、眼魔は後ろ脚を曲げて座った。

「謎は解けた。僕が解いた」

 ぞっとするような沈黙、そして護り手は無感情に笑った。「行ケ、コウサクイン」

 安堵が彼を満たした。気付かれてはいない。部屋の角、箒があった場所には今や狭い下り階段があった。

 その底。ディミーアの通訳者が扉を背にして座り、砂の壁を操作していた。無数の記憶にて築かれたその壁は、過去の出来事をあらゆる視点から呼び起こす。リリックは疼きを感じ、そして無感情になった。その壁を前にした時はいつもそうだった。彼の要素がいくらか、突然失われた。彼は人形だった、人形の世界で、機械仕掛けの生命の芝居を演じていた。この記憶は僕のじゃない。リリックは自身に言い聞かせた。それでもなお、砂の壁越しに人形の家の中を見ると、通訳者がいた。

 リリックは一つ咳をした。砂に終わりのない模様と印を描く手が速度を落とし、止まり、椅子が回転した。彼はリリックが覚えているよりも小さかった――ただ痩せただけでなく、縮んでいた。通訳者の眼がゆっくりと焦点をなし、そして驚きに見開かれた。

「リリック? いつ以来だ? 今まで......」 通訳者の声は小さくなり、彼はつまずき立ち上がった。二人はぎこちなく抱擁を交わした。

「やあ、父さん」 リリックは言った。「本当に久しぶり」

 活動拠点の外で父に会ったのは、リリックがディミーアの記録者に上がった時が最後だった。儀式はダスクマントルの中庭にて、彼の父とギルド魔道士だけが出席して行われた。魔道士はラザーヴの肖像が押されたコインをリリックの撚り糸に通し、両端に封をした。空虚の円のシンボル。最高階級の工作員だけが撚り糸をそのような形に使用することができる。それは教えられて身につく才能ではなかった。息子は地底街の奥で簿記係のような骨折り仕事に決してつかなくても良いと、父は満足に涙を流していた。リリックはラヴニカの地上を、人目に触れることなく歩ける。ディミーアが導くままに都市の未来を作り上げる。そして彼が何者なのかを誰も決して知ることはない。

 だけど今夜からは違う。七日前、リリックは彼の記録者を務めた魔道士と会った。父親以外で彼を覚えている可能性のある唯一の人物だった。リリックは虚ろになった彼を、ディンローヴァの柱に置き去りにした。

 リリックは心からの想いに微笑み、優しく言った。「仕事を見せてよ、父さん」

「何? ふ、もちろんだ!」 彼の父親は再び壁に向き合い、その記憶を引き出した。「各ギルドは暗黙の迷路を走る用意をしている。私達はできる限り刺激することなく収集している......ああ、見ろ!」 砂の中、一つの映像が遠いアーチ越しに見えた。ニヴ=ミゼットがラヴニカの模型を前に研究している。壁がゆらめき、リリックも知るイゼットの魔道士が映った。ラル・ザレック、崩壊した建物に爪を立てるエレメンタルを見て笑っていた。

「ラザーヴ様は、ディミーアがその報酬を手にしなければならぬと信じておられる」 父は壁の様子に興奮していた。「だが何か違うものがいる。こいつだ、この男もまた重要だ。だがどうやって......」 青いフードをかぶった人物が途方に暮れているのが見えた。リリックにとってはとても見慣れた様子だった。彼は撚り糸を両手に持って父親へと一歩踏み出し、目を閉じた。

 父はどれほど多くの精神を盗んできたのだろう、ただこの壁に積むためだけに、秘密の知恵を消し去ってきたのだろう?

 当初、それはとても異様な類の感情を呼び起こした。彼はラヴニカの集団意識を平らに延ばし自由自在に、彼の思うどのような姿にも成形できた。暗き無名、彼はその着想に惚れ込んでいた。別人であるような感覚、だがそれは終わった。彼の父が最後になるだろう。完全な最後。そして明日には、彼はもはやディミーアではない。

 それはとても繊細で単純な事だった。リリックは撚り糸をゆっくりと親指の下に通すと、一つまた一つと絵文字が続けざまに弾け出た。壁には風景が震えながら流れては消え去っていった。父親の手は再び下ろされていた。彼は振り返り、顔をしかめた。

「すみません、工作員様......貴方のお名前を忘れてしまいました。預入に来られたのですか?」

 リリックは数回瞬きをし、ようやく喋ることができた。「既に預入は済んでいます。もう行かねばなりません、急いでいますので」

 通訳者は頷いて何か言おうと口を開いたが、言葉が出て来ることはなかった。彼は口を閉じて肩をすくめ、再び砂の壁の前に座った。

 街路に戻るとリリックは図書館へと向かい、それから小路へと入り込んだ。街区のこの区域を訪れた事はほとんどなかった。彼はポケットから撚り紐を取り出すと、尾行されているのではという突然の恐怖に負け、振り返って一瞥した。そこには誰もいなかった。


 彼は撚り糸を目の前に掲げ、通されたコインを引き抜くと、それらが揺らめいて消えるまでを見ていた。やがて撚り糸は彼の手の中、ただの糸になったように見えた。もしかしたらそれは上着のほつれかもしれない。彼は今、一介の教師だった。高い衣服を買う余裕はない。「炉火の泉」学院に戻ったなら彼はそれを庭に埋め、石を置いて、その上にシダを植えるのだろう。

 そして彼はスクリージスが描いてくれた絵を、教室の壁に飾るのだろう。


(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

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