海神の迷宮 その1

更新日 Magic Story on 2013年 11月 21日

By Jeremiah Isgur

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    オクサスの学者にして闘士にして勇者、ソロンの日誌

 私は故郷であるメレティス郊外の小さな都市から南へと七日間、旅をしてきた。当初はセイレーン海に沿って歩いていたが、この二日間は次第に内陸へと進路をとった。昨日、ファエラの小村にて街道が途切れる所で、私は文明世界を後にした。私は銅貨四枚を、一袋の干し肉と重い黒パンの塊二つと交換した。そこから私は南西に向かって小道を進み、丘陵地帯を目指した。陽が沈む頃、草に覆われた丘の上に立つと、壮大な迷宮が目の前に広がっていた。

平地》 アート:Steven Belledin

 迷宮は私の前に整然と立っていた。南へと延びる谷を完全に埋め、視界の限り遠くの平原まで伸びていた。迷宮の入り口へと続く一本の古い道が、恐ろしいほど正確にまっすぐに、西へと伸びていた。迷宮の入り口そのものは立派な石造りのアーチで、よく手入れされていたが、それが誰の手によるものかはわからなかった。

 路面は所々で砕けてしまっていて、敷石の間からは草が伸びていた。高い垣が一つ、石造りの入り口の南北に伸びていた。それは丘の麓で西へと曲がり、丘陵に沿って地平線まで続いていた。

 オクサスの選ばれし勇者として中に立ち入り、その内に隠された驚異の宝物を見つけ出し、勝利の帰還を果たす。それが私の義務だ。タッサ様の二又槍デケーラが迷宮の中央に眠っていると賢者達は言う。私はそれを見つけるつもりだ。

 私はこの旅のために、七年間鍛えてきた――学者として、闘士として。目の前の試練に向けた準備はできている。知識と訓練と、もっとも肝心な神々への信仰で武装して。鞄には迷宮の地図が描かれた羊皮紙が入っている――かつて私の国の者たちが勇敢にも入り、生きて帰ってきた限りの深くまでが記録されている。

 私は風を避け、丘の中腹にある木の下で野営をした。朝になれば私は迷宮に入り、人生最大の試練を始めるつもりだ。

 持ち物の一覧を書いておく。





革製の背負い袋
火打石
小型ナイフ
雄牛毛の毛布
蜜蝋の蝋燭
迷宮の既知の範囲の地図、羊皮紙製
革紐で綴じた羊皮紙の本。日誌用
羊皮紙を濡らさずに保管するための、油でなめしたアザラシの
毛皮製小袋
羽ペン
青インクの硝子瓶二つ
銀の染料の硝子瓶一つ。通った道に印をつけるため
真珠一つ。タッサ様への捧げ物として火急の際に
小型の鎚
水袋二つ
革製の鞘に入った長ナイフ
イチイ製の曲弓
草を編んだ矢筒と一束の矢
長い歩行杖
袋詰めの干し肉
袋詰めの干し果物
蝋で固めた円形チーズ一つ
重い黒パンの塊二つ


 私は厚布のスカートに短衣を着て、革製のサンダルをはいた。

 衣服の上には軽量の革鎧を着ると、青銅の留め金でとめた。

 これらの装備とともに私は生き延び、戦い、旅を記録し、そして――上手くいけば――途方もない宝と語りつがれる物語を掲げて国へと帰るのだ。

一日目

 今日、夜明けの後すぐに迷宮へと入った。顔を出した太陽が、私の旅を不快ではないものにしてくれた。私はこの日ずっと地図に従って進み、それは非常に正確だとわかった。

 迷宮は人間の男二人分ほどもある高さの、分厚い生け垣で構成されていた。その間の通路は三人が並んで歩けるほどの幅があった。地面はほとんどが緑の草に覆われていた。その日ずっと私は何にも遭遇しなかったのだが、私はこの迷宮が神々自身か、ある種の魔法によって維持されているのだろうと推測するしかなかった。

 私よりも以前にここを探検した何者かの痕跡を通過した――道しるべの石積み、古い焚き火の燃え跡、垣の曲がり角に記された銀の染料、通ってきた道を示すための長い紐。

 太陽は傾いてきた。既に迷宮全体が影に追われており、間もなく暗闇になってこれを書けなくなるだろう。これから夕食をとって寝床を整える。迷宮の中には雨を避ける場所も隠れ場所もない。私は垣の根元にできる限り縮まって、夜の間何者にも遭遇しないことを祈るだけだ。

二日目

 昨晩は断続的に過ぎた。全く眠れなかったようだった。タッサ様、夜明けを迎えられたことを感謝致します。迷宮の地面にむき出しで一日横たわるのは、睡眠どころか恐怖以外の何物でもなかった。一羽のフクロウが頭上を羽ばたくほんのわずかな音や、微風に垣がさらさらと鳴る音にも即座に恐慌となって目が覚める。私は夜の間ずっと長ナイフを手に握り、音を立てずに呼吸するようにしていた。

 先に進まねばならない。迷宮が座す谷は今もほとんどが闇の中だが、睡眠は無用だ。


 その日もずっと地図を追った。道を横切る、心地良い清流に私は辿り着いた。私は思うままに飲み、水袋を満たした。ある角を曲がった時に一羽の野ウサギに出くわして驚いたが、私はそれを夕食にと考えた。だがそれは私が弓を取り出す間もなく、垣の下をくぐって逃げてしまった。そのため私は今夜もまたパンとチーズに、ひとかけの干し肉と干し果物を食べる。今後にもっと注意を払うつもりだ。食糧を補充できるかどうかは生死に関わる。地図が途切れる所に辿り着いてしまったら、進みはかなり遅くなるだろうから。

山師の器具》 アート:Daniel Ljunggren

 私は再び、地面にむき出しで寝るという恐怖に向き合う。この夜は行き止まりの脇道を見つけていたので、そこで野営をするつもりだ。これが良い方策かどうかはわからない。何か極悪なものに発見される可能性は少なくなるだろうが、もしその時には、逃げ場所はないのだ。

三日目

 迷宮は荒れ始め、刈り込みが少なくなってきた。その日、時間が経過するにつれて草は高く伸び、垣は荒れていった。そこかしこ、腰ほどまで伸びた草をかき分けて進んだが、いくつかの道はもつれた枝が垣の外に伸びてほぼ塞がれていた。動物か人かが夜の寝床としたのだろう、草が平らになった場所に私は何度か気付いた。だがそのような生き物がいたとしても、その兆候は何も見ていなかった。

 その日最大の発見は、オクサスの前勇者プラキシテリウスの遺体だった。二年前、彼は国へと戻らず、彼は死んだと私達は推測していた。そして今私はそれを確かめた。彼の持ち物は垣に立てかけられていた。草が高く伸びており、あやうく私は気付かずに彼の横を通り過ぎる所だった。

 その骨から死因はわからないが、彼は今も腐りゆく革鎧に身を包んでいた。有用なものは何も残っていなかったが、目をひく短剣が一振りあった。腐りかけた鞘からそれを抜くと、今もまだ新品のように輝いていた。その刃にはかすかな模様が彫られており、これは神の祝福を受けたものだと私は確信した。

 私は地図の終点にほぼ辿り着いた。明日、未知の領域へと入る。本当の試練がそこから始まるのだ。今夜は深い草むらの中に隠れて、よく眠れればいいのだが。

四日目

 大失敗だ。午前遅く、私は地図に無い道の探検を行った。そして訓練してきた通りに、常に同じ方向へと曲がり、その都度、垣の曲がり角に銀の染料で印をつけ始めた。

 私は見晴らしを得るために垣に登ろうとした。不運にも、垣の枝は私を支えられるほど丈夫ではなく、だがとても密集しており、もつれて突き刺さった。昼食のために小休止した時、私は垣の向こうから引きずるような音と低いうなり声を聞いた。猛獣のもののようだった。私は素早く持ち物を集めると、できる限り静かにそっと去った。だがその生き物はその後数時間、私を追跡し続けた。その鼻を鳴らす音とうなり声がずっと聞こえていた。時には垣の向こう側に、時には背後のどこかに。それはついに私の姿をとらえ、私はそれが熱心な追跡を開始するのを聞いた。

 私はその獣を一度も目にしてはいなかったが、そいつと競争して逃げ切れるとも思えなかった。数度、私はやみくもに迷宮の曲がり角をめがけて矢を射った。焦りながら私は走り、曲がり角を何度も曲がった。その間じゅうずっと、その獣が近くで追跡してくる音を聞きながら。垣から伸びた野生の枝が私の顔と身体をむち打った。突然、私は行き止まりに直面した。この旅が短いもので終わることを怖れ、振り返って戦おうとしたその時、私は垣の一部が崩れて向こう側から日の光が垣間見えることに気が付いた。

 私は崩れかけた垣に入りこみ、向こう側へと身体をくねらせて進んだ。枝と刺が私の衣服と肌を裂いた。背負い袋が枝に引っかかり、あやうく向こう側へ抜ける妨げになる所だった。だが私は全力で抜け出し、走った。曲がり角を何度も曲がった後、立ち止まって獣がいるかどうか耳をすました。しばし聞くことができたのは、自分自身の心臓の鼓動だけで、だがついには……何もなかった。

 私はとにかく、その生き物から逃れられた。多分あれは大きすぎて、崩れた垣を抜けてこられないだろう。

ナイレアの使者》 アート:Sam Burley

 落ち着いた後、私は持ち物を確認した。その時、私は獣から逃れただけでなく、矢筒と干し果物と干し肉の袋をも失っていたことを知った。

 引き返してそれらを探すことはためらわれた。私がすっかり迷ってしまっただけでなく、あの獣はまだどこかにいるのだ。引き返せばそいつに近づくだけだ。それに私は疲れ、打ち身とすり傷だらけだ。大きな怪我こそしていなかったが、迷宮の中で迷って飢え死にするのであれば、それらは何の問題にもならない。

 悲嘆にくれることはできるが、今後のためにインクと紙をいくらか残しておかねばならない。

六日目

 道に迷って二日目。日差しは過酷で水はなくなりかけていた。残っているのはチーズ半分と黒パンが一塊。迷宮の日陰側にいるように努める。日にさらされた肌がひりひりとする。汗だらけで、鎧の下は焼けるように熱い。

 迷宮のこの区域は葉が多く背が高くて密集した垣と、刺だらけの植物が混じったものだった。高さは様々だが、全て頭上まである。

 半日歩く。右に左に曲がるが、出口も脇道も見つからない。吹きさらされ、かつ閉じ込められたような感じ。

 更に悪いことに、この恐ろしい小道の果ては、半日かけた道を戻る以外には、出口ではなく石にはまった扉だった。垣が扉の上にまで伸びていて、他に脇道もなかった。扉の向こうは石造りの階段で、下へ、暗闇へと続いていた。

 その階段を下りるという恐ろしい考えよりも、この熱気の中、熱にあてられて死ぬ危険を冒して来た道を戻る方が、実際のところ私にはより恐ろしいように思えた。

 充分に睡眠を取った後、私は蝋燭を点して暗闇へと挑戦するつもりだ。国の皆が私のために祈ってくれることと、タッサ様の慈悲を願う。さもなくば何もかもを失うだろう。

七日目か八日目

 太陽だ! 神々よ、感謝致します。私はまだ生きている。新鮮な空気、草木の爽やかな匂い。

 地下迷宮で遭遇した恐怖を物語ろうと考えるだけで、手が震える。その匂いは死そのものだった。石壁からはねばつく水がしたたっていた。クモの巣やもっと悪いものが手や顔に引っかかり、背中に滑り込み、鼻や口に入ってきた。人、獣、何か奇妙な生き物の白骨死体が恐ろしい墓のように散らばっていた。鼠、サソリ、蟲、ありとあらゆるおぞましいものが床を覆い、走りまわっては私の足の上で不快な汁を出した。暗闇を歩く中、サンダルではなく長靴があればとこれほど思ったことはない。唯一の明り、蝋燭の小さくはかない炎は最も貴重な宝石のように大切に持っていた。蝋燭が次第に短くなる中、その光は私の破滅までの時間を照らしながら数えているようだった。そして休息しようとそれを吹き消した時、更に酷いことに闇の不浄な生き物全てが私をかすめ、究極の暗闇の中でにじり寄ってくる。私は身体の前で長ナイフを振り回し、それらを押し留める以外には何もできなかった。

迷宮での迷子》 アート:Winona Nelson

 私を天に昇らせてほしいと神々に祈るときもあった。自分自身でこの旅を終わらせることさえ考えた。それでも私は前へと進んだ。ついに別の階段が上へと伸びているのを見つけ、そしてついに外へ出るまで。暗闇の中でぐるりと回り、入ってきた階段へと戻ったのではないかと恐れたが、外に出るとそうではないことがわかった。どれほどの日数、地下にいたのかは定かではなかったが、摂った食糧と水の量から一日か二日だと判断した。

 ここに来て迷宮の様相はまた変わっていた。垣を構成する枝と幹に、蔦が頑強にねじれて絡んでいる。そこかしこで木々が壁を貫いて伸びている。前方に続く道では柳の木が屋根のように完全に覆い、陽光を遮っている。地面は柔らかく、草は生えていたがそれ以上にぬかるんでいた。

 多分これは水がある兆候だろう。私の頭は渇きにぼんやりとしていた。水も矢もなく、食糧はわずか、満足に睡眠もできていない。今も状況は悪かった。だが少なくとも私は地面の上で死のう。足元の下、地獄の闇の中ではなく。

九日目

 神々は嵐を送り込んできた。こんな暴風雨は初めての経験だ。霰が身体に激しくぶつかり、骨が折れるのではと思うほどだった。私はこの果てしない迷宮の中、隠れ場所を求めてあらゆる道を行き、毛布で頭を覆って空から投げ込まれる氷の攻撃を和らげつつ、これを書くために膝の上を濡らさないようにしている。稲妻は四方八方に閃いては枝別れし、それに続いて砕ける雷鳴はあまりに強く、木々を揺らして水滴を落とす。水は迷宮の道を川となって流れている。鎧はびしょ濡れで、水を吸って私はこれを着ているのがやっとだ。震える寒さだ。胃袋は空で、自分自身を食らいたがっているようだ。だが少なくとも、ようやく、私は渇きを癒すことができた。

 だが私は怖れてはいない。むしろ意気揚々としている。稲妻の一閃ごとに私は実際、暗い空の雲間で格闘する神々の姿を見ることができる。彼らは私の頭上で戦っているのだ! 神々は私が正しい道を進んでいることをご存知なのだ。エレボス様とナイレア様は私の旅をここで終わらせようとしているが、タッサ様御自身が私を守って下さっているのだ。

 この嵐が止んだら、前に進もう。この道は私を迷宮の中心へと導いてくれると確信している。


 次週、その2に続く。


(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

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