海神の迷宮 その2

更新日 Magic Story on 2013年 11月 29日

By Jeremiah Isgur

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    ――オクサスの学者にして闘士にして勇者、ソロンの日誌

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十日目

 迷宮は、辺りが腐敗してきているように見えた。地面はぬかるんで沼のようになってきた。そこかしこによどんだ水たまりを渡って通らざるをえず、歩みは遅く、張りつめたものになった。沼は毒と悪意に満ちた生き物だらけだった。蛙の鳴き声が一日中、私の連れになっていた。そして膝ほどある深さの沼を渡った時、大蛇の牙による確実かつ苦しい死から私はかろうじて逃れた。長ナイフを手に持っていたことだけが救いだった。

エレボスの使者》 アート:Steven Belledin

 迷宮そのものは草がはびこり、崩れていた。木々は倒れて腐り、壁には多くの穴があいていた。障害物だらけだった。注意深く流砂や有毒の植物、蛇を避けて通る必要があった。歩行杖を持っていて良かったと思う。

 あいにく、食糧は尽きかけていた。空腹で疲労してきた。迷宮内に実る果実を食べようとしたが、毒があり苦かった。その恐ろしい風貌と毒から、殺した蛇を食べるのはためらわれた。大きなカワネズミを見かけたが、矢はなく、狩ることはできなかった。食糧を補充できなければ私はこの迷宮の中で死ぬ。そして矢がなくては、狩りが成功する見込みは低い。

 太陽が壁の向こうに沈んだ。私は頭からつま先までずぶ濡れで、凍えそうだ。沼の中央に草が生えて乾いた小山を見つけていたので、今夜はそこで火をおこして衣服と鎧を乾かそう。

 私はまた、プラキシテリウスの遺体から手に入れた魔法の短剣の先で矢じりを作ろうと考えている。黒いトネリコの木から切ったまっすぐな堅木と、地面で見つけた水鳥の羽根もある。

 神々の御声により、炎が蛇や獣や更に悪いものを引き寄せないことを祈る。

十一日目

 タッサ様、魔法の短剣を授けて下さって感謝致します。私は矢じりを作ることができました! 昨夜作った矢で私は助かった、少なくともしばらくの間は。食糧を得たのだ。

 今日、最後に残ったチーズとパンを食べた後、迷宮の角を曲がると、まさに私の目の前で一頭の雄ジカが立ち、葉を食んでいた。私は自作の矢をつがえ、躊躇することなく放った。それは正確だった。傷を負った動物の血痕を数分間追うと、それは小路に横たわって濁った眼で浅く息をしていた。ナイフでとどめを刺すと、地面に血が溢れた。

つややかな雄鹿》 アート:Steven Belledin

 持って行くには相当大きすぎたので、持ち運べる限りの大きさに解体して素早くその場を離れた。その死体が望まぬ注意を惹くことを恐れて。幸運にも私は矢を回収することができた。この矢は祝福されている。そのことに深く感謝を捧げます。

 今夜、肉を調理するために再び火をおこすつもりだ。できる限り長く保存するために。死はまた一度防がれた。目的地に近づくごとに、私はそれを見るために生きようとしなければならない。

十二日目

 体力が回復し、私は進んだ。この旅は想定していたものよりはるかに長くなった。だがその中心を見つけたとしても、どうやって生きて帰るというのだろう。それは不可能な務めのように思える、だが私は肉体的にも精神的にも鍛えてきた。だから、いつの日か成し遂げるつもりだ。

 迷宮はまたも様相を変えた。一日中さまよって、迷宮は乾燥し岩がちになってきた。湿地を後にし、草地というよりも砂漠に近い区域へと突入した。植生は落葉樹から針葉樹へと変化し、そして――驚いたことに――私は古の石造りの壁に遭遇した。地面は岩と砂で、気候は乾燥していた。

 石壁は私の頭上高くまであった。綺麗に切り出された石塊で構成され、抜け目なく漆喰で固められており、登るための手がかりは見あたらなかった。私はまさに、峡谷の中にいた。毒の生物が徘徊する沼を渡ることを恐れる必要はなくなったが、かつてないほどに閉所への恐怖を感じた。

 しかし、私には腐りかけた肉の数片以外に食糧は残されていない。背中に、軽くなった背負い袋があるだけだ。汗と沼の汚水で濡れた衣服の悪臭を取り除くことさえできていれば。

十三日目

 やった! 壁が破損して崩れている部分にたどり着いた。上に登り、その位置から私は迷宮の中央と思しき場所への道を地図に書き入れることができた。あまりの近さに、にわかに信じられないほどだ。一時間もしないうちに中央へと辿り着くだろう。壁の頂上から私は迷宮全体を見渡した。そしてそれが真にどれほど広大かを知って仰天した。

 東は、恐らくは海から来た霧に覆われて隠れていた。私は中心とそこで私を待つ宝物を見つけ、来た方角である西からこの迷宮を脱出するつもりだ。

 とはいえあの恐ろしい地下を回避する道を見つけられればいいのだが……


 羽根ペンを持っていられないほど、手が震えている。私はきっと、迷宮の究極の試練を通過したのだ――一体のミノタウルスを退治したのだ。

ミノタウルスの頭蓋断ち》 アート:Steven Belledin

 私はそいつに遭遇した。いやむしろ、そいつは私に遭遇した。とりわけよじれた壁の区域で。恐ろしい獣だった。巨大だった。騒々しく、荒い鼻息を立てていた。持っている斧は巨大で――その重さだけでも私の身体を両断してしまうだろう。それはとても近くにいた。私は本能的に長ナイフを抜いた、とはいえ本来であれば私は怖れのあまり動けなくなってしまっていただろう。

 そいつが私を殺すべく斧を振り上げた時、私はその武器を落とせないかと願って素早くそいつの前腕を切りつけた。その傷はしかし、獣にとってはひっかいた程度で、私は振り下ろされる斧をかろうじて避けた。その攻撃は石を真二つに割った。

 私はきびすを返し、来た道を走ったが、その怪物から逃げおおせることはできないとすぐに確信した。あいつは迷宮生まれで、私は客だ。そのため私は唯一の希望にすがった。

 私はナイフを落とし、弓を取り出した。ミノタウルスの轟く足音が背後に近づいていた。矢をつがえ、正真正銘、ただ一本の矢を、放つために振り返った。

 その怪物は私から僅か数歩しか離れていなかった。私は後ろによろめいて、地面から突き出た石に踵をつまずかせ、尻餅をついた。神々よ、私は間違いなく死ぬと思いました。怪物が私にとどめを刺そうと目の前に迫った時、私は息を止めて矢を放った。

 矢は怪物の喉にまっすぐに突き刺さり、暴力的な沈黙でその荒々しい鼻息を立ち切った。ミノタウルスは斧を落とし、傷を掴むと、その太い指の間からは血が吹き出した。腕を伸ばせば届くほどの距離で、そいつは膝をついた。そいつの熱い息のにおいを嗅ぐことまでできた。そのどんよりと濁った団子のような眼球がぐるりと回り、どうと倒れ伏した。その獣が死ぬまで、血が岩の間の砂を浸していた。

 達成感があったが、この力強い生物の死にどこか悲しみも感じた。一息つくと、私は迷宮の中央を目指した。そこでなにが待ち受けているのかという期待とともに。


 ついに。私は迷宮の中心へと辿り着いた。それは広く開けた正方形の部屋で、アーチ型の出入り口がそれぞれの側面にあって、迷宮へと続いていた。中央には大きな円形の泉があった。私は水を見つけたことに喜んだが、すぐにそれは淡水でなく海水だとわかった。これは地下の海を通じて東の海へと繋がるブルーホールだろう。

 水面の遥か下の深みに、何かがちらちらと発光しているのが見えた。それを持ち帰るべく私が遣わされた、その神器だろう。タッサ様の二叉槍、デケーラ。

 その穴の深みで生き物が泳いでいるのも見えた、そしてそれらは私を呼んでいた。タッサ様の使者ナイアードに違いない。彼女らの元へ行かねばならない、私の目的の物を回収する手助けをしてもらうために。

 私は真珠を水の穴へと落とし、祈りを捧げた。そして鎧と衣服を脱ぎ、背負い袋を置いた。身につけたのはベルトに差したナイフと日誌を守る防水の小袋だけだ。私は心も、肉体も、魂も備えた。

 次に何が起こるのかはわからない、だがこの深みへと飛び込まねばならないことはわかる――我が信仰の最後の試練だ。


》 アート:Raoul Vitale

 今がいつなのか、自分が何処にいるのかもわからない。私は今朝この岸辺で目を覚ました、海の深みから打ちあげられて。私の身体は輝く幾何学的な模様で覆われていた。

 私はブルーホールへと頭から飛び込み、下へ、下へと泳いだ。かつてないほど深くへ、だが二叉槍は常に少し遠くにあるように思われた。私は息が続かなくなり、生きて水面へと戻るには遠すぎると知って、運命を恐れるのではなく受け入れることを選んだ。その時だった、ナイアード達が隠れ場所から現れて私を囲んだ。彼女らの心地よい声は空気の泡となって私の身体をそっくり包んだ。

 今も全ては夢だったのだろうかと思う。真実を物語ることができるかどうかさえ定かではない。水のニンフ達は地下の海の暗黒から私を引っぱっていった。彼女らの魔法の、冷たく青い輝きが唯一の光だった。ついに、どの程度の時間が経ったのかはわからないが、私達はセイレーン海に入った、そして彼女らはごく僅かな光しか差さない深みへと私を連れていった。見たこともない、巨大な生き物達が目の前を通りすぎていったが、そのどれも私達に襲いかかっては来なかった。

 合わせて、再び言うがどれほどの時間が経ったのかはわからない。タッサ様御自身が近づいて来られた。あのお方の細長い鰭は荘厳に、あちらこちらに波打っていた。ナイアード達は下がり、私だけをタッサ様の前に残していった。神は泡を割って中に泳いで来られて、私と目を合わせた。そして話された! タッサ様の御言葉を私は理解できなかったが、その意味するものは私の精神を貫いたように思えた――時は長く、人の命は夜を過ぎる影のようなもの。昨日のことは即座に失われる、陽光の中の塵のように。来たる明日こそ、我々というはかない命の唯一の使命。

 タッサ様は私に向けてその細長い指を伸ばされると、私の身体全体に光の模様を描き、鋭い爪でそれを私の皮膚へと刻印した。そして唐突に、タッサ様は暗い深みへと戻られ、まるで夢であったかのように消えた。私が思い出せるのはそこまでだ。

 私はタッサ様御自身に身を任せ、神は私を裸の、新たな姿で乾いた地へと送り返してくださった。

タッサの二叉槍》 アート:Yeong-Hao Han

 今になって私は悟った、デケーラを手に入れるなどという試みは常に徒労に終わると。それを所有できるなどと誰が考えよう? それを使いこなせると思うだろうか? 運命を形作るのは私達自身だという時に、何故、一つの物に希望を込めるのだろう?

 迷宮の試練は私を永遠に変えた。私は神に祝福されたのだ。私は国へと帰り、偉大なる戦士として讃えられるだろう。だが私が手に入れた真の贈り物は、我々自身の偉大なる未来を形作るための知恵だ――我々の知識の体系へと捧げられるものだ。


(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

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