熊の目覚め

更新日 Magic Story on 2014年 9月 17日

By Jennifer Clarke Wilkes

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 もしかしたら君は既にティムール氏族のカン、龍爪のスーラクを目にしているかもしれない。もしかしたら熊を殴りつける彼を。だがティムールは皆が皆、顔面を、熊を拳で殴りつける氏族というわけではない。彼らは深く精神的な人々でもあり、スーラクは野生への恭しい尊敬と、それらと対峙する全くの現実主義という二面性を体現している。

 だがカンの地位は世襲制ではなく、スーラクはその中に生まれたのでもない。彼はかつて、名を上げようとするありふれたティムールの若き戦士だった。ある野生での遭遇が彼の運命を永遠に変えるまでは……

 その若者は暗い洞窟の入り口で躊躇していた。彼は毛皮のフードを顔に引き寄せた。冷たい空気は飢え、薄い顎髭はその噛みつきを守ってくれはしない。洞窟の中に明りは見えず、だが野生の匂いがスーラクの鼻孔を辿り、強く打った。先祖代々の記憶が彼の心に吼えた。

 ある音が暗闇から届いた。音、いや思考だっただろうか? 何かが聞こえたようには思えなかった。だがそれは彼を呼び、招いていた。快適なものではない。怖れを語っている。だがそれはまた、力を囁いていた。

《荒野の後継者》 アート:Winona Nelson

 彼は深呼吸をし、踏み出した。閉ざされた空気には動物の匂いが充満していた。彼は周囲に響き渡るほどの、野生の大いなる心の脈動とともに進んだ。まるで、多くの声が奇妙な調和で詠唱しているように思えた。その歌は音量を増していき、彼を、その毛皮よりもしっかりと包みこんだ。

 打ち鳴らす響きは止まった。突然の光が燃え上がり、彼は両眼を固く塞いだ。声は叫びを上げた。そして静寂があった。

 彼は目を開けた。炎が、どういうわけか、石の床の中央に燃えていた。その炎を燃やす木はなく、橙色と青色にちらついていた。彼の頭上には岩の丸天井が広がっていた。その至る所に、河のように、生物が列を成して描かれていた。いくつかは彼にもわかった。大ヘラジカ、白狼、巨大な熊、隠れ潜むミンクまで。伝説の生物の姿もあった。古のマンモス。その骨が今も氏族の天幕を支える、強大なドラゴン達。更に、生きていたこともない不思議な獣達の姿もあった。スーラクはそれらの名前を知らなかった。動物達は生きているように天井の至る所を走り、その鮮やかな色彩が炎の明りに揺れていた。

 そこには誰の姿もなかった。だがその大広間からは多くの通路が開いており、そして今や奇妙な詠唱が再び始まっていた。見よ、若き者よ。それは言っているようだったが、やはり言葉ではなかった。運命を見よ、野生の後継者よ。

 その律動は彼に沁み入るようだった。まるで夢の中にいるように、彼は石の床の上に仰向けになった。行進の絵が彼の頭上でゆらめいた。一体の巨熊が後脚で立ち、吼えながら天井から踏み出した。それは一瞬前にはなかった小さな人間の姿へと、重い前足を振るった。その人間は武器を持っていなかった。二人は相対し、ぶつかった。そして人間だけが残った。それは両刃の杖を頭上に掲げた。

 幻視は終わった。スーラクの瞼が重くなり、彼は暗闇へと滑り落ちた。

 彼が目覚めた時、洞窟は無人で肌寒かった。入り口から差すかすかな光だけがその闇に立ち入っていた。頭上の全景はほの暗く、生きた気配も無かった。だが彼は今も、その夜の幻視をしっかりと手にしていた。彼は毛皮の外套で身を包むと凍りついた森へと踏み出した。


 成長すると、スーラクはその詠唱の内なるこだまを聞き、その心を導かれるままに向けた。彼は前人未到の地を歩いた。彼は最も荒れ果てた場所を探し求めた。

 彼はある日、雲に隠れた太陽が昇る中、足跡に出くわした。それぞれが若者の腰回りほども大きく、雪に深く刻まれていた。その周囲にまだ不快な臭いが残っていた。獣は近くにいる。

 スーラクは立ち止まり、聞き耳を立てた。当初、雪のさざめきとかすかな風音だけが耳に届いていた。彼はまるで森の中の石積みの道標のように、動くことなく立ち続けた。肩に氷が固まった。

 そして彼はしゃがれて、うめくような音を聞いた。重々しい姿が氷を割り、木の枝を振り払っていた。遠くはない。

 スーラクは手袋を締めた。相当昔に彼の氏族の手に落ちたアブザンの獣のどれかの皮で作られたそれらは、彼の両腕を上腕まで掴んでいた。拳からは狼の鉤爪が突き出ていた。だがそれらではなく、スーラク自身の勇気と力こそが、彼が持つ唯一の武器だった。

 彼は挑戦を叫んだ。その言葉は古のもので、意味は知らなかった。だが囁く者達は言っていた、その言葉はかつて龍が叫んでいたものだと。スーラクはただ、それが憤怒と力に満ちていると知っていた。そして彼は前方へと駆け出した。

熊・トークン アート:Kev Walker

 その熊も、スーラクの前に立ち上がった。そしてその種の言葉で挑戦を叫び、頭を揺さぶって大きく口を開けた。背丈は倍近かった。スーラクは熊の殺到するような攻撃を受け止めきれず、巨大な前足が彼を打った。まるで山そのものに打たれたようだった。彼は宙に舞った。後方へと吹き飛び、一本の木に激突した。肋骨が何本も折れ、衝撃に肺が空になった。彼は雪の中に半ば埋もれ、喘いだ。

 その生物が迫った。地面はその弾む足取りに震えた。スーラクは両脚で立とうと足掻いたものの、遅かった。彼はその猛攻撃を避けることはできないと悟った。代わりに、彼は熊の巨体が突進し、彼をその顎で砕こうとしてきた所を横に飛びのいた。力強い鉤爪の脚が彼の頭部をかすった。苦痛が彼の目と眉に弾け、視界が赤い薄膜で霞んだ。

 スーラクは熊のように首を振るった。彼はよろめきながらも立ち、太い木の幹に寄りかかった。粗い手袋をした片手で顔の血を拭うと、皮膚の破片が垂れ下がっているのを感じた。熊は再度の攻撃のために振り返った。スーラクは木の幹に足をかけた。

 熊は突撃しようと力を溜めた。スーラクは吼えると木に足を叩きつけ、飛びかかった。そして熊へと、斧の一撃のように篭手の拳で殴りつけた。頭を打たれ、熊は雪へと倒れた。

《凶暴な殴打》 アート:Wesley Burt

 熊が立ち上がる前に、スーラクは再び吼えると熊の背中へと飛びかかった。そして片手でその毛深い首元を掴み、もう片方の手で殴りつけた。その獣が首を激しく動かして彼を振り落とそうとする中、彼は繰り返し殴りつけ、その度に一掴みの毛をむしり取った。血が雪の上に散った。そしてついに、彼は手を放して飛びのき、息切れと流血の中、相手と対峙した。

 粗暴な戦士二人は睨み合った。スーラクの残った目は相手の視線を受け止め、そして挑むように返した。熊は頭を低くうなだれ、耳はちぎられ、歯は獰猛な拳によって砕かれていた。ついに熊は視線を落とし、道を開けるように避けた。そして息を吐き、身震いをするとゆっくりと立ち去った。

 敵が視界から去るまで、スーラクは立ったまま勝利の詠唱を叫び続けた。そして彼は膝をついた。


 スーラクはカラキク谷の大宿営地へと戻った。顔の右半分の皮膚がぎざぎざに剥がれ、右目は見えなくなっていた。彼は茶色の毛皮の房と、熊の最初の一撃にて剥がれた一本の鉤爪と、そして数本の壊れた歯を持ち帰ってきた。

 無言のまま、スーラクはその戦利品を氏族の年長者達へと示した。彼らはその贈り物を認め、スーラクへと成人の権利と称号を授けた。二度囁く者が彼の両手に硬石の大槍を持たせ、それを祝福された紐で結んだ。

 癒し手達が彼を連れて行き、その傷を清めた。傷痕は固まり、風にさらされた皮膚に白い骨が露出し、そして右目は冬の日のように曇っていた。彼の顔の右半分に体毛は生えなくなった。だがスーラクは笑顔だった。彼がまとうそれは偉大な戦士の証だった。

 その日から、彼は獲物と敵を狩るべく、氏族の戦士達を率いた。当初、彼に従う戦士達は僅かだったが、スーラクが勝利を手にするたびに戦士達の数もまた増えていった。間もなく、スーラクは龍爪と狩猟の統率者に次ぐ数の戦士達を率いるようになった。


 過酷な冬は、ほんの僅かではあるがその鉤爪を緩めた。春は高い峠へと忍び寄り、各家族はその狩猟場へと散っていった。だが気候が和らぐほどに、氏族の敵も厚かましくなった。スーラクにとって、今年は過去数年よりも悪いものに思えた。他氏族の略奪隊、特に憎むべきスゥルタイが頻繁に宿営地を攻撃し、あるいは獲物を奪っていった。

 ティムールは力で応えた。スーラクと彼の血族達は食糧のための狩りよりも二本足の獲物の追跡に多くの日を費やした。部下達は次第に疲労し、消耗していった。彼らにとってひどく不名誉なことに、先に進めなくなるほど弱り果て、脱落する者も出始めた。

 疲れ果てた一行は追跡を続けた。食糧を容易く手に入れられそうな緩い下り坂を行くも、その地は裸で、通過した多くの足跡に――それと足を持たないものの跡に――汚されていた。スーラクは怒り、猟団を略奪者の追跡に駆り立てた。

 踏み荒らされた伐開地にて、彼らは獲物に追いついた。三人の蛇人、その旗印の下に集う物あさりの巨大な一団と、よろめく死者の長い列。ティムールは飢えと病で死んだ氏族員が、やつれた姿でその中にあるのを見て呪いの言葉を吐いた。

 猟団の数はひどく劣っていた。だがティムールの力はただの頭数によるものではない。野生の憤怒が戦士達の胸に弾け、彼らは敵へと襲いかかった。鉤爪と斧が肉を切り裂いた。敵は卑劣な魔法を放ち毒を吐いた。それでも頑丈な山の民は多くを殺したが、多くが斃れ始めた。

《挑発の咆哮》 アート:Viktor Titov

 スーラクは攻撃を率いていた。彼は囲まれていたことに気付き、槍で突き、拳で打ちつけた。何十体もが彼の周囲で死体となった。いくつもの傷が彼の身体に開いた。だが祖先の中に加わる前に、彼はできる限り多くを倒すつもりでいた。

 突然、一つの咆哮が戦闘の激突を砕いた。地面が震えた。そびえ立つ、毛深い姿が近くの森が突進してきた。その洞窟熊はスゥルタイの戦列へと飛びこみ、やせ衰えたゾンビを引き裂き驚く人間達を放り投げた。それは強引に道をかき分けながら、まっすぐにスーラクへと向かってきていた。そして熊は背を向け、敵のまた別の一団を引き裂き始めた。

 スーラクは笑い、古い挑戦者であり新たな仲間を歓迎した。彼は再び戦いへと加わった。仲間達は一瞬躊躇したものの、更に力を増して戦いに戻った。スゥルタイは恐怖と驚きに後ずさった。多くが戦意を失い、蛇の主を守ることを止めて逃げた。一つになった雄叫びとともに、ティムールは残党を圧倒した。

 戦闘は勝利で終わり、敵は滅びた。彼らの悪臭がすぐにまた山脈を汚すことはないと思われた。スーラクは槍の柄にもたれかかり、荒く息をついた。そして多くの傷の痛みを感じた。

 重くうめくような低い声を背後に聞き、彼は振り返った。強大な熊が手足を広げて地面に横たわり、苦しそうにその頭を動かしていた。スーラクはその脇腹に、スゥルタイ製の刺のある矢の柄を見た。毒の黒い汚れが暗い色の血に混じっていた。

 熊はその両眼をスーラクへと向けた。彼はその中に嘆願を読みとり、やるべき事を理解した。彼はひざまずき、篭手を外し、そして熊の口輪に手を触れた。彼は死者を祖先の下へと送る、古の詠唱を口にした。そして立ち上がり、槍を熊の頭蓋へと突き立てた。


 二度囁く者が、スーラクをティムールの第一の父とする祈願を伝えた。スーラクは両肩に熊皮の外套をかけていた。それはあの、氏族の庇護者の皮を保存したものだった。スーラクは新たな篭手をはめた。それもまた偉大な獣の両手から作られていた。そして彼は先祖代々の龍爪を頭上に掲げた。彼と熊と氏族は、一つのものだった。

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

《龍爪のスーラク》 アート:Jaime Jones

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