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小さな蟹が一匹、テフェリーの手を這った。

波――ウルザは何と言っていた?

「どうやら時間切れのようだ」ウルザはそう言い、テフェリーの頭上の虚空を指さした。「向こうに何かが見える」

ドミナリアの破壊者と、ザルファーの破壊者の会話――私はいつもあの輩の影にいるな。そこに見たものは何だっただろうか。

起きろ。この海岸を離れろ。それは忘れろ。瞬きをして、するとそれは消えた。死んだはずが戻ってきたのは恐らくこれで二度目だ――ならばそれに対して何をする?

戦争が迫りつつある。それに対して何をする?

アート:Chase Stone

裸で、孤独に、テフェリーは海岸から内陸へと向かった。

日中は穏やかで温かかった。地平線に垂れ込める雲や霧の間から太陽が輝いていた――かすんだ黄金色にぼやけて。太陽というよりはその記憶、夢の中で見た光のような。

砂が途切れ、頑丈な海浜植物の茂みと砂丘林に変わる場所でテフェリーは立ち止まった。海風は途切れることなくそよいでいた。細かな砂粒が足首をくすぐった。そこには石造りのアーチがひとつ立っていた。どこか異なる場所のものであろうその赤い石材は、計り知れないほどの年月を砂粒に打ち付けられてすり減っていた。アーチの表面の規則正しい凹みは、かつては文字だったのかもしれない。この場所の手がかり、だが今や摩耗しきって何も語ってはいなかった。その先は踏み固められた道が伸び、並ぶ柱と旅人たちがつまずいた根の塊が人の存在を示していた。

テフェリーは石のアーチにもたれかかり、激しく息をついた。一瞬前は何事もなく快適だったというのに、苦痛が彼に押し寄せていた。呼吸が困難だった。まるで何マイルもの距離を走り終えたばかりのように肺が苦しく、圧迫されているように感じた。身体が痛んだ。濡れた布をねじるかのように、芯から末端まで自分自身を絞られたように感じた。

自分は何を知っている?テフェリーは急いでそれを再確認した。

ケイヤとはもはや繋がっていない。霊体ではなく生身、すなわち彼女たちの側に何かが起こり、自分の側もこのようになってしまった。計画通りではなく、説明も不可能。良い状況ではない。戻る努力をしなければならない。

テフェリーは魔力を伸ばし、引き寄せ、慣れたプレインズウォークの動きを試みた。だが何も起こらなかった。身体が引きつり、感覚のない肢が痙攣した。彼は屈みこみ、向きを変え、座った。狼狽の波、吐き気。彼はアーチに頭を預けて海を見つめ、日の光と水面のきらめきに目を狭めた。

もやが水平線にかかっていた。波は穏やかで、打ちつけるというよりは崩れ、海鳥や蟹が走り回る岸を撫でていた。踊るように、狩人と獲物のように。どこか遠い、テフェリーはそう思った。何にも似ていない美しさがあった。

彼は海の上の光を見つめた。そして心に描いた太陽へと手を伸ばし、隠された水平線の下に落とすよう念じた。昼がすぐさま夜へと変わるように。だが時は彼の意志に反応しなかった。テフェリーは手を膝の上に戻した。

「そうか」テフェリーは大きく声に出し、風や鳥や蟹へと語りかけた。「そちらの勝ちだ」


夜になり、テフェリーは眠った。蝉の鳴き声はノコギリのようで、悪夢だった。思い出せないものの、目覚めても続く夢を彼はみた。

クルーグ。傷のように塹壕が走る泥の平原。疫病であばたになった顔が、ドミナリアでも最悪の時代から見つめる。肉、腐敗、そして皮膚の下にワイヤーを走らせた動く死体が爆発跡の縁を飾る。燃えるアルゴスは油に汚れ、エルフも人間も金属の獣に踏み潰される。それらの鋸の音が彼の臼歯を鳴らし、だがそれは夢の外で鳴く蝉の声にすぎない。

目覚めた時に覚えているであろうものは……

ファイレクシア人に突き刺された時の、冷たい圧迫感。包囲下のウルザの塔、その暗い広間――遠い昔のトレイリア、炎に照らされ苦悶の声が響くその場所を思い出させるような。

最も痛むのは……

今の自分がそうしているように、スビラはもはや放浪していないこと。スビ、旅路でいつかまた会おう。


冷たい霧が海から漂い、テフェリーは鳥肌が立つのを感じた。目が覚め、潮が満ちてきているのが見えた。月光の下で暗い銀灰色に輝く波は、今や崩れるのではなく打ち付けていた。

テフェリーは立ち上がった。月はなく、それでも青く淡い光が風景を鋭く照らしていた。奇妙、だが移動しなければ。内陸のもっと温かいところへ。道を辿って。人がいるところには希望がある――人は食し、眠り、笑うのだから。衣服も分けてもらえるだろう、寒さに震えながら彼はそう思った。テフェリーは両腕をこすって温め、内陸へと向かう道を進んだ。砂丘林は最悪の風から彼を守り、進むほどに夜の暖かさは増し、大気は静まっていった。腐った木と干潟、生と死の豊かな匂いがした。

砂丘林を出て、テフェリーは広い樹冠の木々が支配する低木地帯に入った。虫の声と風の音が夜を埋め尽くし、その音はあまりにも単調で、まるで静まり返っているようだった。月ではない光のもやの中、ゆるやかに続く風景が遠くまで見えた。暗い塊が地平線をぼんやりと分割していた――低く古い山々が、何マイルも先にあった。

道は更にはっきりとした。淡い色の砂は月光の下で標のように輝き、一本のリボンのように草原の中を数十ヤード伸びた先で、踏み固められた土へと続いていた。軽い荷車が掘った轍は雨で更に侵食され、だが乾いていた。

テフェリーは屈みこみ、その砂へと手を伸ばした。彼はひとつの古い足跡の上に手を掲げ、ゆっくりと輪を描くように動かし、時に触れると塵から歴史を引き出した。

かつて、人々がここを訪れた。砂丘林の先に伸びる砂浜はかつて幸福な場所であり、多くの家族が穏やかな波の傍で、あるいは波に身を委ねて長い午後に寛いでいた。子供たちは歓声をあげてこの道を駆け下り、赤色のアーチをくぐる時には飛び跳ね、その頂点の要石に手が届くほど大きくなる日を願った。手押し車や手編みの鞄にその日の必需品を満たして親たちが続いた。乾物と冷製の食糧、水、毛布、読書のための本、貝や小魚を捕まえた時のための籠、海辺を歩く物売りたちと交渉するための貨幣。

テフェリーは目を閉じた。もう片方の手で、彼はより大きな輪をひとつ描いた。網をもっと大きく広げ、岩礁と水辺へ投げる。記憶のように、夢のように映像が訪れた。

幅広で長く、明るく塗装された漁船がかつてその岸辺に並んでいた。船乗りのほとんどは午後には獲物とともに海から戻り、もっと内陸の市場へ向かっていた。ある者は恋人や友人と共に浜辺に寛ぎ、またある者はフジツボを剥がし、あるいは優美な船体に新たな塗料を塗っていた。乾燥用の柱には大きな漁網がはためいていた。労働者や船乗りたちの中には休日にそこで昼寝をして過ごす者もいた。逆さにした船の影で、柔らかな雨や網を乾かす濃厚な海の香りの下で。

もう一回転。過去をたぐり寄せる。

ここを訪れる家族は減った。訪れた家族は固まって歩き、親たちの中には古い武器を携えている者もいた――ダガー、あるいは先端を鉄で補強した堅木の杖。船にもはやフジツボは付着しておらず、その塗装も日に焼けて褪せていた。船乗りたちは長いことそれらを海に出しておらず、古い船体はひび割れはじめていた。干された漁網は色が抜け、硬く脆くなっていた。船乗りたちが漁網を使わなくなったのは、必要としなくなったため。船乗りたちの怖れは親たちの怖れ、そしてテフェリーの怖れだった。頭蓋の底でのたうつそれが内なる声として囁いた――海に気をつけろ。夜に気をつけろ。見えないものに気をつけろ。

もう一回転。更に近くへ。

怖れ。現在の虫たちのさざめきが、過去に荒ぶる波と海嘯よりも甲高く恐ろしい悲鳴に混じり合った。大異変。逃げ惑う足音に地面が震え、盛り上がり、傾き、動いた。

もう一回転。

空虚。砂丘に打ち寄せる波に、雨が降り注いだ。

もう一回転。

再びの砂浜。ガラスのように静かな水面。微風が砂丘の草をかき乱し、そして止んだ。

もう一回転。

道の果てで、テフェリーの回想が途切れて絶対の闇が支配する端で、指のような霧が前方を探った。それは丸められ、そして感じられない風にさらわれて消えた。

かつて、道はそれ自身の鼓動をもっていた。海へ向かい、家へ帰る人々の足音。レンならばそれを歌と呼んだのだろうか。彼は立ち上がると呪文を終えた。時間魔法の匂いが消えた。テフェリーは背後を振り返った。道もまた、ひとつの身体。彼が知る、命なき身体。遠くの地平線へ、その先の無へと伸びている。時やあらゆるものから切り離された虚空、天空。

ザルファー。四百年近くを経て、ザルファーに帰ってきたのだ。


ザルファー。

数マイル内陸で、テフェリーが辿ってきた簡素な道は海岸に並行して地平線を横切る幅広の舗装路に合流した。海風が途切れ、夜には昼間の熱が残っていた。背の高い草が路肩に並び、虫の鳴き声が思考をかき消した。

土地勘のないテフェリーは左へと歩きだした。

数時間して夜明けが近づいた頃、荷車とひづめの騒音が彼を目覚めさせた。テフェリーは眠への道を歩みはじめたばかりだったが、今やそれは無理だった。頭痛を抱えて彼は近寄り、分厚い草むらに隠れながら商隊がゆっくりと通過する様を見つめた。

それは十台の荷車が連なる長い列で、牛や水牛といった従順な獣の一団がそれぞれを引いていた。薄出の衣服を重ね着し、あるいは緑や赤といった素朴な色の外套をまとう商隊員たちが、荷車の上の日陰になった腰掛けに座していた。疲れてはいるようだが、彼らの振る舞いは穏やかだった――多くの者がコーヒーや温かな飲み物の杯を手にしていた。恐らく彼らは昼番であり、少し前に起き出して交代した、そうテフェリーは推測した。夜番は帆布で覆われた背の高い荷車で、輸送する商品の箱や袋に囲まれて寝ているのだろう。テフェリーはそのまま待ち、先頭の荷車を見送り、後方に乗る武装した護衛を観察した。何人かは座ったまま眠っており、転げ落ちないよう荷車の支柱に身体を縛り付けていた。護衛たちはテフェリーが覚えているようなアキンジ、兵士階級の者たちではなかった――彼らの鎧は統一されておらず、武器は簡素な鉄製で、染色されていない衣服をまとっていた。恐らくは安い報酬で商隊に雇われた街道の傭兵だろう。

テフェリーの腹が鳴った。震えていると彼は気付いた。空腹で、疲労し、渇き、迷っている――孤独だった。助力が必要だった。信頼してみる必要があった。

テフェリーはもう一台の荷車を見送り、道へと踏み出した。

「やあ」近づいてくる商隊員へとテフェリーは呼びかけ、片手を挙げて振った。

その商隊員は驚き、叫び声でもうひとりの運転者を起こした。その男は飛び上がって両腕を振り回し、同僚のコーヒーを宙へと弾き飛ばした。荷車を引いていた牛たちは動じず、喜んで立ち止まった。先頭の雄牛が鼻を鳴らし、テフェリーへと顔を向け、瞬きをした。

その騒ぎが商隊を停止させた。「止まれ!」「攻撃だ!」といった叫びや悲鳴が荷車の列から上がり、巨大な不協和音とともに護衛たちが持ち場から飛び出した。ある者は身体を縛りつけていた縄をほどきながら向かった。その動きは素早く、一分と経たずにテフェリーは取り囲まれ、槍先を突きつけられた。

「何者だ、裸の男よ?」護衛のひとりがしわがれ声で叫んだ。見たところテフェリーと同年代の女性で、使い込まれてはいるが手入れの行き届いた鎧をまとっていた。修繕された濃い青色の外套には毛皮の襟がついており、彼女がかつて戦団の一員だったことを示していた。ならばこの一隊の隊長なのだろう。他の護衛たちと同じく、彼女もテフェリーの胸に槍を突きつけていた。

「私は旅人です。野盗に襲われました」テフェリーは嘘をついた。「二日前に、海岸近くで。衣服と食糧を奪われ、そのまま死ねと放置されました。どうか――何か分けて頂けないでしょうか」

護衛隊長は緊張を解いた。「野盗か」彼女は仲間たちに武器を下ろすよう指示した。「誰か、着るものを持ってきてやれ。海岸近く?ならばもう心配はいらない、旅人よ――もう困らされることはない。ちょうど昨晩、私たちがその賊の群れを片付けたところだ」

「皆さん方が?」驚きを上手く隠し、テフェリーは尋ねた。護衛のひとりが予備の外套を彼に手渡した。それを着ながら、彼は護衛たちの様子を眺めた。多くの者が四肢や脇腹や頭に包帯を巻いていた。激しい戦いだったのだろう。

「最近の奴らは本当に図々しい」護衛隊長は顔をしかめた。「吊るされた剣の下で人は生きられない――怒り、飢えることになる。犠牲を出す気はない」

「厳しい時代です」テフェリーは頷いた。犠牲を出す気はない?彼女たちにとってはどれほどの時が経ったのだろう――数秒、それとも数年?

護衛隊長はうつむき、表情を引き締め、次の言葉を探した。「生きているお前の仲間は見つけられなかった」直接的な事実。「死体は最後尾の荷車に積んである――キインガルまで連れ帰るつもりだ。お前は私たちと一緒に来て、そこで詳しい話をするのがいいだろう」護衛隊長は頷いた。決定が成され、彼女は短く鋭い口笛を吹いた。仕事に戻れという指示。商隊が動き出すと彼女は歩き始め、テフェリーへとついて来るよう合図した。

テフェリーは外套の前を閉じ、彼女に歩調を合わせた。夜は完全に明け、太陽とともにその日の暑さも上昇していた。

「お前を見たことがある気がする」護衛隊長が言った。「私はイーシェという。どこの出身だ?名前は?」

「セフといいます」テフェリーは再び嘘をついた。「キパムから来ました。よく見る顔でしょう」そして微笑んだ。「おかげでいい商人でいられます――誰でも友達は信用しますから」

「全くだ」

イーシェとテフェリーは黙った。列をなしてゆっくりと進む大型の荷車の隣を、ふたりは落ち着いた足取りで歩いた。

「死人について何も尋ねないのだな」

「死人?」

「お前の仲間たちだ。元は何人いたんだ?」

まずい。その荷車はもう離れており、戻って確認はできなかった。その代わりに、咄嗟に彼はイーシェの記憶から答えを引き出そうと密かに呪文を唱えた。占術呪文は決して得意ではなかった。ゲートウォッチの古参でも、心を読むのはジェイスの役割だった。その人物の内なる領域を、一冊の百科事典であるかのように開く――そのような私的な空間に飛びこむのは、テフェリーにとっては気まずいものだった。誤った糸を引き抜き、人の心という細工箱を解き明かしてしまう危険を伴う。それ以上にそれは間違ったことだと、侵害だとテフェリーは感じていた――だが今は必要性があり、自分は窮地にあり、時間もなかった。

わずかな耳鳴りがした。草が燃える辛辣な匂い。ひとつの悲鳴が槍の穂先に断ち切られる。

「十人です」テフェリーはそう言い、記憶は消えた。

「十人も死んだのか?」イーシェはかぶりを振った。「それは悲惨だ。けれどもう大丈夫だ。私たちと一緒にいるといい」


翌朝、キインガルまで一日のところで商隊は止まった。

「並べ、並べ!」護衛たちが声をあげ、商隊員たちへと道端に列を作るよう促した。「急げ、賊がいるかもしれない」彼らはそう叫び、寝ぼけ眼の商人たちを諭した。

テフェリーは商隊員たちと共に並び、少々ふらつきながらも護衛たちが要求するように直立しようとした。あの悪夢は去ったが、夜はあまりよく眠れていなかった。隣の商隊員が欠伸とともに身を震わせると、彼もつられて欠伸をした。

「朝はいつもこうなんですか?」テフェリーはその商隊員へと尋ねた。

「いえ」彼女はそう言って震えた。この朝は温かく、つまり寒さからではない――恐怖から。。「この無法者たちは信用できません」彼女は早口で囁いた。「私たちの護衛を殺して成り代わって、品物を売り飛ばそうと――」

「静かに」咎めるようにイーシェが言った。その商隊員は驚いてびくりとした。イーシェは彼女とテフェリーを見た。

テフェリーはイーシェの凝視を受け止めた。そこには理解があった。彼女は純粋な憎悪を、認識を浮かべて見つめた。彼の素性を知っているのだ。

「列にいろ、セフ」イーシェがテフェリーに告げた。「それ以上動くな」

テフェリーは頷いて列の只中に立った。これから起こる物事は未だ記されていない――単なる衝突以外に抜け出す方法があるかもしれない。彼は黙ったまま待った。

護衛たちは商隊員に向かい合うように並んで立った。人数は劣るものの完全武装し、イーシェが時間をかけて捕虜たちの調査を終えるのを待っていた。彼女の歩みは堅く、精密だった。

「話を聞いて欲しい」列の端に到達するとイーシェは言った。その澄んで明るい声はただ一本の道を伝わり、朝方の虫の声を圧倒した。「お前たちは私たちに耐えてくれた。こちらからの扱いにもかかわらず良くしてくれた。ここで、もうひとつ博愛を求めたい。お前たちの中に、一匹の蛇がいる」

恐る恐る、商隊員たちは互いに視線を交わした。

「ザルファーは戦争のさなかにある」イーシェは振り返り、商隊員たちの列をゆっくりと引き返した。「何世代にも渡って、私たちは戦争の中を生きてきた。まず蜃気楼戦争、次にケルド戦争。そして今はこうして長い時を待っている。ファイレクシア戦争、ヨーグモスの軍勢からドミナリアを守る戦いの準備だ。私たちの耕地は、都市は、大地は、人々は――長きに渡って戦争に屈してきた」イーシェはひとりの商隊員の前で足を止めた。目を向けることなく、彼女は指をさして尋ねた。「お前。家族を何人失った?」

「三人です、蜃気楼戦争で」恐怖に乾いた喉から、その女性は声を途切れさせた。「母と、祖母と、祖父を」

「ではお前は?」イーシェはその隣の商隊員を指さした。

「二人です。ケルド人の攻撃で。夫と兄を」

「お前は?」

「弟と妹、それと娘二人が、蜃気楼戦争でケアヴェクの軍に。私もテフェムブルーで傷を負いました」

アート:Daarken

イーシェは頷いた。彼女はその商隊員へ手を伸ばすと、しばし感情をこらえた。彼女は相手に額をつけ、彼だけに聞こえる何かを呟いた。そしてその額に口付けをして離れた。彼女は無法者仲間へと振り返り、指をさし、そして再び商隊員たちに向き直った。

「私たちの誰もが悲嘆で繋がれている」イーシェは言った。「私たちは喪失と飢え、そして怖れで繋がれた兄弟姉妹だ。同胞だ」

テフェリーはうつむき、裸足の下の赤土を見た。涙はなかった。自分は泣くべき立場ではない。

「ザルファーだけが、私たちだけが、向けられたすべての刃を止めた」イーシェの声は感情の昂りに震えた。「どれほど多くが死のうとも、敵がどれほど恐ろしくとも」

沈黙。イーシェは槍の石突で固い地面を数度叩いた。落ち着くための、不安な心臓を宥めるための律動。彼女はもう数歩、必要なだけ進み出た――テフェリーへと。

「ひとりだけ」イーシェの声を除いて、あらゆる音がこの温かな朝から消え失せたように思えた。「この中にひとりだけ、その痛みを受けていない者がいる。そいつは逃げ、だが戻ってきた」イーシェは片腕を挙げ、テフェリーを指さした。「その蛇が、テフェリーがこいつだ」

商隊員も護衛たちもその事実に叫び、驚き、騒然とした。秩序は完全に忘れ去られ、商隊員たちがテフェリーから後ずさると護衛たちが踏み出し、武器を抜いた。拳を握り締めて近寄る商隊員もいた。彼らに掴まれてもテフェリーは抵抗せず、ただ両手を挙げてみせた。

「イーシェさん、止めてください」

「断る」彼女は槍を掲げ、力を込め、彼の心臓に向けて突いた。

「止まれ」テフェリーがそう言うと、時は従った。

彼は溜息をついた。自分を拘束する商隊員たちの時も止まっていた。テフェリーは注意深く彼らから身体を外すと、疲れ切って座り込んだ。

「昨日はよく眠れなかったんだ」テフェリーはそう呟いた。「イーシェさん、私の声は聞こえますか?」そう尋ね、顔を上げるとイーシェは完全に停止してはおらず、極めてゆっくりと動いていた。今なお槍を突きながら、テフェリーの声を認識はしなかった。その喉からは低いうめき声が響いていた――引き伸ばされた、殺意の叫び。

「わかりました」テフェリーは身振りをし、指先で緩い弧を描いた。イーシェの突きが速度を上げ、その叫び声も元に近いほどの高さに変わった。テフェリーがそこにいないという情報がようやく目から心に伝わり、彼女の表情に困惑が広がっていった。

「下ですよ」

イーシェはその声を数分遅れて聞いた。困惑は憤怒へと変わり、だが今や彼女はテフェリーを見ていた。遅い時間と戦う彼女をテフェリーは見つめ、槍を防ごうと試み、不格好だが効果的な手刀でその刃を叩き落とした。

「かつて私は、ひとりの商隊員を愛しました」テフェリーは語りかけた。「彼女の名はスビラといいました。初めて会った時、彼女も貴女と同じように、私のことを殺人者だと考えました。ひとりの大馬鹿者だと。彼女は私について様々に考えていましたが、思いやりをくれました。私の話を聞いてくれました」彼は顔を上げた。イーシェではなく空へと、そして涙をこらえた。「私の話など聞いてもらえないのが当然という時に、聞いてくれました。私たちは愛し合い、家族となりました」彼は涙を拭った。「私はザルファーを時の彼方に送りましたが、スビラは何も失いはしませんでした。彼女は旅の中で育ちました、家族がずっとそうしてきたように――彼女にとって、ザルファーはひとつの物語に過ぎなかったのです」彼はたじろいだ。次に言おうとすることは辛く、だが自分自身の声が発するそれを聞く必要があった。

「思うに」続ける言葉は口の中で冷たく、重苦しかった。「彼女への愛は、私が貴女がたに与えた大きな痛みから私を解放してくれたのでしょう。ザルファーに、私たちの故郷に与えた痛みから。彼女は大きな慈悲をもって、私を受け入れてくれました。ですが私を受け入れることは、私への愛は――」テフェリーはかぶりを振った。「ひとつの魂を救うような愛、ですがこれを癒しはしません」テフェリーは赤土に指を差し入れると二掴みほどを持ち上げ、そして指の間から零した。その色は彼の掌を染め、爪の奥深くに入り込んだ。決して取れないような。「責任をとる方法を私が見つける前に、彼女は亡くなりました」

イーシェの槍がようやく狙いを変え、刃がテフェリーに向けられた。距離は1フィートほど。手振りひとつで止められるだろう。危険はない、だが今なおイーシェは戦っていた。テフェリーは譲り受けたローブで掌を拭い、手を伸ばし、槍先を掴んだ。

「私は赦されるべき者ではありません。私は、正しいことを成すだけなのです」彼は槍先を握り締め、掌が切れるに任せた。彼の血が、鮮やかな赤色が腕を流れ下り、肘から滴って土に混じった。彼の中のザルファー、ザルファーの中の彼、そして痛みはその代価。「私はこの地を愛するように、彼女を愛していました。そして次に来たるものを、ザルファーが確かに乗り切れるようにする。これが私の約束です。それが私の、責任をとる方法です」

自分の声に込められた痛みをイーシェは聞き取っているだろうか?ザルファーの破壊者を殺そうという瞬間に囚われながら、未来から来た必死の男が語りかけている、お前の戦いはここでは終わらないのだと。ウルザとのあの経験の名残は彼の内に残っていた――自分たちが泳いだ小さな湖の外にあった暗い影が、今まさにこちらを見ているとしたら。その広大で計り知れない心をこの瞬間に向けているとしたら。ここに割って入り、自分をいずこかへ送り去るつもりだとしたら。

いや、それは後だ。今はまずファイレクシアだ。

「イーシェさん、今からこの呪文を解きます。ですが約束して頂く必要があります、私を行かせて下さると」自分の帰還がザルファーに知れ渡ることは今や不可避だった。自分にできるのは、より大きな権威が探しに来るまでの時間を稼ぐことだけ。この一団は賊とその捕虜の集まりかもしれないが、自分が帰還したという知らせは彼らの罪を帳消しにするほどの嵐をもたらすかもしれない――あるいは彼らが逃走できるほどの騒動が巻き起こるかもしれない。

イーシェのうめき声は今も続いていた。テフェリーは槍先を放して立ち上がり、切れた掌を見つめた。彼はその場から数歩後ずさり、自分を拘束していた商隊員たちやイーシェの槍から十分に離れた。そして両手を掲げ、青く恐ろしい光を呼び起こした。鼻を刺し、首筋の毛を逆立てるほどの荒々しいマナ――むき出しの牙であり、燃え盛る炎の中心であり、いかなる芸術にも結び付けられていない、深く原始的で自然のままの焼け付く力。万が一のため威嚇。

テフェリーは時間の進みを元に戻した。

イーシェは叫びを終え、その憤怒は苦悶へと変化した。彼女は後方によろめき、テフェリーから槍先を引いた。彼は両手から青い力を振り払い、それを大地へと返した。

「感謝します、イーシェさん」

「立ち去れ」イーシェの黒い皮膚は汗に濡れ、テフェリーの魔法に抵抗した際の奮闘から息は荒かった。彼女は息を整えようとし、両腕は震えていた。

テフェリーは掌をイーシェに向けて掲げた。彼女はひるまなかったが、商隊員や護衛の多くは慌てて退散し、荷車の背後に隠れた。

「それ以上は何も聞くつもりはない」イーシェは言った。「立ち去れ」

テフェリーは頷いた。彼はゆっくりと立ち上がり、後ずさった。イーシェは彼を見ていなかった。彼女はテフェリーが座していた場所を、彼が土を掴み上げて乱した地面を見つめていた。

テフェリーは街道をひとり急いで去った。しばしの後、イーシェと商隊は揃って逆の方角へと出発した。


何処かにて

テフェリーは眠り、夢をみた。

出来事が、巨大な鎖のように連綿と続いている。遥か遠い時代、死して久しい炎で鋳造された鎖。あらゆる物事はその鎖に繋がれ、鎖に沿って旅をする。だがその旅は後方へ向かうもので、過去の鎖を見ることはできるが未来の鎖を見ることはできない。自分たちの状況をウルザにこう説明しようとした、テフェリーはそう思い出した。だが現実を明確に表現することは難しかった。最初に灯を捧げる以前であれば、もっと上手く説明できたのかもしれない。

時間と多元宇宙全体という巨大な塊の内に存在する生物のほとんどは、歴史の一瞬を経験あるいは目撃するという贅沢を許されることは決してない。ましてや歴史そのものを掴み、自らの意志に従わせる機会などは。テフェリーは自らの灯を捧げ、そして取り戻した――神にも等しい力を。時は、彼ただひとりのものだった。

何にせよ、この鎖は多くの手で作られており、歴史の適切な瞬間に自分たちの証をそこに刻める者など滅多にいない。鎖を遡るほど、それらの証は薄くなっていく。ならば逆も然り――鎖の新たな先端へ近づくほどに、証は明白になっていく。鎖の輪を鋳造した者の証、繋いだ者の証、あるいは進路を変えた者の証、すべてが鉄のように赤熱してやがて冷えていく。

テフェリーは夢の中、音を立てて自らの中心を通る鎖を見下ろした。痛みはなく、ただ無限に続く一本の線が下へと伸びていた。下へ、下へ、過去の暗闇へ、すべての輪に彼の名が記されていた。


数か月後、ザルファーにて

川の水は澄んで冷たく、小テレムコ山脈から心地良い涼しさを運んでいた。日は陰ったが、広大な平原には昼の熱気が居残っていた。

テフェリーは働いていた。腰まで裸になり、労働者たちの長い列の中間で川の中を歩いた。ズボンを膝上までまくり上げた彼らは、ゆるやかに屈曲した流れの内側を横切るように張られた目の細かい網を共に引いた。最後尾の漁師の先で川床は傾斜し、対岸に向かうにつれて更に深くなり、そこで流れは砂州に絶え間なく切り分けられていた。これが、この日最後の投網だった。

分と時間が混ざり合った。すべての瞬間がひとつになっていた――脚の周りに音をたててうねる水は、力強い川の遠い轟き。穏やかな流れは両手に掴んだ荒縄。他の漁師たちが口ずさむ気取らない歌に合わせ、テフェリーも自らの声を加えた。彼の唇から漏れ出る歌は、同じ荒縄を引く仲間たちの肺から出る空気。皆が穏やかな流れを背負いながら、遠くの川の轟きと柔らかな水音を聞いている。

共有する労働、共有する時。その川には美があった。この単純な作業には、網を引く沢山の腕には、歌をうたう沢山の喉には美があった。冷たく澄んだ川に投げて太った銀色の魚を捕まえるため、何年も前に器用な職人によって作られたこの網を持つ多くの手には、美があった。繊維を引く沢山の手には希望があった。それを縫い合わせた器用な指には希望があった。日焼けした腕は長い間、希望を引き続けてきた。ひとつの網が、途切れることのない長い時間と労力で何百もの生を包み込み、そのすべての果てに命を生み出す。

「造物師さん」隣の労働者が彼に呼びかけた。歌の中、列のそこかしこで小さな会話が続けられていた。その川と同じく、その歌には渦や淀みがあった。「戦争になったら、戦団と一緒に従軍するんですか? それともこの村に留まるんですか?」

「留まるつもりだ」テフェリーは言った。彼はうめき声を上げ、力を込めて網を引っ張り、手繰っていった。「けれど女王の意のままに。陛下の命じる所へ行くよ」

「貴方はここの魚みたいに生きていますね。私は戦争になったら、姉たちと共にアキンジに参加するつもりです」

テフェリーは彼女を見た。まだ若く、鮮やかに塗られた肩には力強さがあった。この労働で得た力で槍を振るい、弓を引くのだろう。

「お姉さんは何人いるんだい?」

「三人です。ニーマ、ケイニ、アマナといいます」

「では貴女の名は?」

「オヤナといいます。そして造物師さんが誰なのか、知っています。口数は少ないですけれど、話さなくてもわかります。もっと話すべきです」

テフェリーは微笑んだ。もっと話をしろという提案は彼女の優しさであり、だが十分に話してきたと彼は感じていた。黙り続けることは賢明であり、悔悟でもあった。

「他の人たちは、隠れるために貴方はこの村に来たと言っています。貴方は街で唾を吐かれ、罵声を浴びせられたとケイニが言っていました。あの上品な人たちがそんなことをするなんて想像できません、けれど街の上品な人たちは口を閉じて話すって、ケイニはそんなことも言っていました」

テフェリーはうめいた。全く気付いていなかった。

「女王様が備えを始めた時、姉のニーマはもうマギータ大将軍に仕えていました。ケイニとアマナと私はここに残らなければいけませんでした。そしてこうして働いてきました」彼女は自分の前の網を手繰った。「そして私たち全員が戦える年齢になり、この仕事が力をつけてくれました」オヤナは背筋を伸ばし、身体をひねった。「ザルファーが戻ったなら、私は前線に向かいます。そしてドミナリアのすべてに見せつけてやるんです。私たちが何者で、敵が何者かを」

テフェリーは身をかがめてもうひと引きし、網を巻き取ろうとした。

「ザルファーはいつでも戦えます」今やオヤナは確固とした声で話し、辺りの労働者たちも彼女に注目を向けていた。「私はいつでも戦えます。私の兄弟姉妹も。ファイレクシア人が私たちに勝つ見込みなんてありません」

他の労働者たちも同意を呟き、あるいは低く声を轟かせ、それらが川のせせらぎ音とともに立ち昇った。

「だから、何も黙っている必要はないんです」オヤナは「造物師」へと言った。「貴方はザルファーの父です。私たちの教義を作ってくれた人です。私たちの土地を貴方が動かしたんです。だから、口を開いて話してください、テフェリーさん」

テフェリーはただ網を掴んでは引き、何も言わずにいた。オヤナの視線を、労働者たち全員の視線を感じながら働き続けた。沈みゆく太陽と、脚を包む水が更に冷えていくのを感じながら。何人かの凝視の内には揺らめく憤怒があったが、多くの視線は好奇心を宿し、威厳があって危険で珍しい生物であるかのように彼を見つめていた。

「何です?」オヤナが尋ねた。オヤナが尋ねた。他の労働者たちは熱心な作業を再開していたが、オヤナはまだ戻っていなかった。彼女はテフェリーを見つめて返答を待っていた。その問いかけは彼の声を聞いたからなのか、それとも声が――長いこと黙っていた声が――川の流れにかき消されてしまったからなのか、それを彼は訝しんだ。

「誰も備えなどできていない」テフェリーは自らへと繰り返した。「誰もあれを止めることはできない。勇敢な者であろうとも」

オヤナは後ずさった。彼女は眉をひそめ、テフェリーを上から下まで見つめてかぶりを振った。彼女は離れた。

テフェリーは作業を再開した。

下流で魚が踊り、跳ねた。川は屈曲して背の高い草や幅広の木々を、大地や地平線を取り込んでいった。遠くの山々は夕日の光を受け止め、尾根は一日の終わりに抵抗して明るく燃え上がり、谷は近づく夜の中で既に暗くなっていた。上空の雲は、豊かで暖かな夏の色調を縞模様に描いていた。夏の盛り、空に雲はなかった。そして空の先には無があった。何も見えない天空が、その先のあらゆる恐怖からこの地を隠していた。

顔を上げると、テフェリーに見えるのは空の先にある虚無だけだった。まるで塗料の薄い層の下に見えるむき出しの石のように――それを覆い隠す作業がまだ終わっていないかのように。彼は微笑んだ。ここは故郷。


薄暮の中をテフェリーと漁師たちは村に戻った。長い漁網を丸め、まるで大蛇の屍のように肩に乗せて。彼らはまた獲物と、道を照らす松明を手にしていた。会話はまばらだった――日暮れとともに昼間の疲労が彼らに追いつき、全員の心は食事や帰宅や休息に向けられていた。

その村は大地に溶け込んでおり、煉瓦の家々や草の生い茂る屋根を備えた長く低い共同体の建物が整然と並んでいた。穀物倉、窯、燻し小屋、冷蔵室、皮なめし工場、厩舎――ここは地域一帯に住む農夫や漁師、猟師、馬丁にとっての中心地であり、十マイルほど西にある街に付属するような存在でもあった。その中にあって、ひとつの小さく低いドーム状の寺院だけが他の建物よりも際立っていた――教義の間。草地に溶け込む他の建物や家々とは異なり、教義の間は目につくよう建てられていた。村の中央に位置するそれは魔法がもつ五つの教義を、ザルファーを導く信仰と哲学を奉じる簡素な寺院であり、その教義に身を捧げてザルファーを旅するあらゆる者に休息の場所を与えていた。

アート:Ilse Gort

テフェリーはその建物に素早く入り、入り口に置かれた煉瓦造りの槽で足を洗った。簡素な一枚の布地が玄関とドーム内の空間とを仕切っており、外から入ってくる光や音を遮っていた。そこに漂う濃厚で微かに甘い香をテフェリーは吸い込んだ。教義の間の中央、マナの泉にはザルファーの源木が燻されていた。彼は目を閉じた。畏敬。痛みが和ぐ一瞬。満たされることすら長く忘れていた空ろな肺と心臓が、今一度満たされる。彼は足を乾かして布地をくぐり、本堂に入った。

ドームの下の部屋は五角形をしており、それぞれの面が魔法の五色のひとつを表していた。入り口の反対側は暗い壁で、簡素な扉が取り付けられていた――その先には教義の信徒たちが居住する質素な部屋が並んでいた。低い長椅子が、部屋の中央に置かれたものを取り囲むよう円形に配置されていた――浅く大きな石鉢の中、源木の小さな塊がくすぶっていた。鉢から放たれるかすかな熱だけに照らされ、ドームの下の空間はマナの泉の外側へ遥かに大きく広がっているように感じられた。

テフェリーは静かにゆっくりと動き、入り口すぐ左にある自分の場所へと向かった。彼は造物師の教義の弧の前で立ち止まり、膝をついて鉢の縁を掴み、自らの額にあてた。マナの響きが彼に伝わり、温かく馴染みある感覚が泉から沸き上がって石鉢の底に集まった。彼の下のどこかに、周囲のどこかに、彼を通して、一本の力線があった。

「ケイヤ」テフェリーは囁き声で呼びかけた。「私の声は聞こえるか?」

返答はなかった。炭が弾けた――源木の薪が崩れた。

「私はテフェリー・アコサ。失われ忘れられた者たちを見守り続けると誓った。ニアンビの父でありスビラの夫。私は――」テフェリーは朗唱を中断した。部屋の反対側から物音と人の気配がした。鉢の縁からその先を見ると、ひとりの若い侍祭がそっと後ろ手に扉を閉じていた。白い無地のローブは、彼女が護民官の教義の一員であると示していた。志の高い治療師であり、この村に辿り着いたばかりのテフェリーに付き添ってくれていた。事情を知るためではなく、彼が身を誤ってしまわないように。

「エディア」テフェリーはその侍祭に挨拶した。

「造物師様」エディアは小声で言った。この教義の間で大きな声を発したなら、叫んだように響く。「戻られたのですね。今日はいかがでしたか?」

「良い一日だったよ」テフェリーは立ち上がった。「割り当てには十分に足りる量が採れた――農芸師は不満を言うかもしれないが、女王の要望に応えつつ交易に回せる分も残るだろう」

エディアが頷いた。「キパムの兵士さんが探しに来ていました」

「いつだ?」

「川へ向かわれてすぐ後です。ここにいると思ったのだそうです」

「何のために私を探していたと?」

「戦争です」エディアは両掌を上向きに広げた。それ以上を言う必要はない。女王がザルファー全土に動員令を敷き、五人の高位魔術師とマギータ将軍が合意に至ったなら、ザルファーは戦時体制に入る。ひとつの完璧な器官、論理的にして冷静な国家、自らの力を証明しようとする人々、救われるべき次元。清く整い、記される時を待つ神話。記念広場の空の台座は英雄の彫像を、むき出しの壁は偉大なる戦いのモザイク画を待っている。

あの路地。あの街。むせび泣くあの少年。血と、死体と、そのすべてを覆う炎と、生ける鋼のエンジン。

「その人たちには、造物師さんは川へ向かったと伝えました。そして夕方には戻るだろうと」

「礼儀にかなっているな」テフェリーは顔をしかめた。

エディアは少しだけ頭を下げた。小さな仕草だが、それは大きな敬意を意味していた。

「私はまず身体を洗って、それから食事をしなければ」テフェリーは彼女の横を過ぎ、小さな自室へと向かった。「その兵士たちに伝えてくれ、私はここにいると。それだけだ。ありがとう」彼は手を振ってエディアを退出させた。その若き侍祭を見送ることはしなかった――食事と着替え、そして休む時間が必要だった。エディアが彼らを連れて戻ってきたなら、それらは一切保証されないかもしれないのだ。


「兵士たち」は極めて控え目な表現だった。テフェリーが予想していたのは、ある程度古参のアスカーリの後を、母親の後を追うアヒルの子のように一握りのアキンジが続いているというものだった。だが教義の間の本堂から踏み出た彼を出迎えた一団は、むしろ戦争評議会の面々に近かった。濃青のローブと丹念になめされた鎧をまとう、筋骨隆々とした十人程のシダーが彼を待っていた。背は高く、剣を今にも抜こうと構え、両肩には豊かな毛皮が飾られ両目には鋼の輝きがあった。シダーたちは指導者を取り囲んでいた。その将校は輝く銀色の鎧に身を包み、赤い羽飾りのある兜を小脇に抱えていた。

「プレインズウォーカー・テフェリー」両腕を大きく広げ、その将軍が声を轟かせた。「このろくでなしめ、ようやく探し当てたぞ!」

「今はただのテフェリー・アコサだよ。ジャバーリー」テフェリーは安心に小さな笑みを浮かべた。女王は処刑人を送り込んできたのかもしれないが、少なくとも彼は友だった。「ずいぶんと久しぶりだな」

「そうか?」抱擁を交わしながら、ジャバーリーは尋ねた。彼はテフェリーの背中を叩き、抱きしめ、そして離れると掌でテフェリーの後頭部に触れた。「お前はそうかもしれないな」そして自分の頭部を指さした。「だが私にとっては違う。少し白髪は増えたが、お前ほど多くはないぞ」ジャバーリーは再び笑い声をあげてテフェリーを解放した。「お前は戻ってきたが、ドミナリアはどこだ?今も海岸の先には何もないと船乗りは言っている。そして霧の山へ登ったレインジャーも戻ってはこない」

「ザルファーはまだそのままなんだ。本当に申し訳ない」

「やめてくれ。もう謝罪など不要だ。お前の悔悟の旅の話は聞いている。辛い旅だっただろう」彼は部下たちに手を振って離れ、テフェリーを教義の間から連れ出した。「常に我々の一歩先をゆく、偉大な托鉢僧。元気を出せ。お前はザルファーの大魔道士であり、ザルファーはお前を必要としているのだから」

「ウェズナ女王は私を処刑するだろう」

「ああ、そうだな」ジャバーリーは頷いた。「だがそれはお前がザルファーを助けてからだ」

「けれどそれができるかどうか。自分自身すら助けられるかもわからないんだ」

「どういう意味だ?」

「どうやってここに辿り着いたかもわからないんだ。辿り着けるはずがなかった。ザルファーは……」 テフェリーは片手を虚空に振り、言葉を探した。「失われた。孤立している。君の言う通り、海岸の先には何もない」

ジャバーリーは腕を組んで深くうつむき、その言葉を考えた。そして眉をひそめて前へ数歩進み、テフェリーへとついて来るよう手招きをした。

テフェリーとジャバーリーは共にアスカーリたちと教義の間から離れた。村は賑やかで、歌や笑い声や幸せな喧騒に包まれていた。テフェリーが思ったように漁獲は豊富で、戦争のための税を差し出してなお祝祭を行えるほど十分だった。

「知っておいてほしいことがある」ジャバーリーは小声で言った。「我がアスカーリたちが知っているのは、新兵を召集して君を女王のところへ連れていくという任務だけだ。だが彼らはその理由を知らない」

「ほう?」

「外から来た者はお前だけではない」

「え?」

「ザルファーはそこまで孤立しているわけではないのだ。古き友よ、君の力を借りたいことがある。私とともにアクーへ行き、君と同じような放浪者に会って欲しい」

「アクー」古い記憶がよみがえった。柱が林立する平原と墳墓、古の都アクー。それはかつてウーゼルクの広大な湿地であった湯気の立つ沼の上に浮いている。「ケアヴェクではなく?」

「違う。堂々とした物腰の女性だ。ケアヴェクと同じように琥珀に閉じ込めたが、彼女はその前に」ジャバーリーは再びテフェリーへと手を伸ばし、次の言葉を強調しながら彼の胸に軽く触れた。「君のことを尋ねていた」

堂々とした物腰の女性。心当たりは沢山あった。ケイヤあるいはサヒーリが何らかの手段を用いて虚空を渡り、ザルファーに辿り着いたのだろうか?この場所の外ではどれほどの時間が経っている?ここと外では時の流れが違う、テフェリーは今やそれをよくわかっていた。彼女たちは時空錨を再建したのかもしれない。カーンを見つけたのかもしれない。あるいは別のプレインズウォーカーを自分のように送り出したのかもしれない、ただし自分たち両方を連れ戻せる方法で。

「その女性の外見を教えてくれ」

「若い、けれど髪は白い。細い剣に上質な黄金色の鎧をまとっていた。伝承師たち曰く、マダラ人に似ているらしい。それと――」彼はテフェリーの背後、兵士たちのひとりへと口笛で合図して手招いた。その兵士は布に包まれた何かを持って駆けてきた。そして頭を下げると、その布をテフェリーとジャバーリーに差し出した。

テフェリーはその包みを受け取った。布を解いて現れたのは、鍔広の上質な帽子だった。光沢のある金色と緑色に塗られ、軽いながらも頑丈で防御と装飾が調和していた。

「変わった帽子だが、旅には適している」ジャバーリーが言った。

「放浪に適しているな」テフェリーは呟いた。その女性の姿がはっきりとわかった。ただの放浪者ではない――あの放浪者。もうひとりのプレインズウォーカーが、ここザルファーに。ケイヤでもサヒーリでもない、だが知り合いが自分を探しにやって来た。

「発つのはいつだ?」テフェリーは尋ねた。

「明日だ。急がねばならない。女王は既にアクーに到着し、大魔道士を待っているのだからな」

「明日」テフェリーは繰り返した。明日にはアクーへと出発し、放浪者に会って彼女からの伝言を聞く。この感情は何だろうか?希望、テフェリーはそう実感した。だが希望は一瞬だけで、真実が冷たく囁いた――嬉しい知らせだが、良いものではない。ザルファーが再び多元宇宙に繋がった、すなわち今や危険にさらされているかもしれないのだ。


翌朝。ジャバーリー配下のシダーたちは夜明け前に目覚め、物資を積みこんで個々の荷物を準備した。そして太陽が朝もやを焼き払う頃、一握りの新兵たちが――ようやく成人して戦団に入る者たちが――加わった。テフェリーは彼らとともに合流し、背後には村人たちがいた。漁師たちは夜明け前に川へ向かっており、少数の老人や陸の職人たちだけが彼らを見送りに来ていた。

旅路は長いものになりそうだった。メテンダ平原を横断し、ザルファー北部を縁取る岩の高地へ向かう。若い頃、テフェリーはテレムコ山脈の巨大な峰に繋がる道を通ったことがあった。だが今回自分たちが辿る道は海岸に沿って西に方向転換し、南に戻る前にブレウシ湾の岸を横切るのだろうと推測した。その道の終点は、キパムの光から遠く離れたウーゼルク沼に隠された墳墓都市アクー。

「造物師さん?」

テフェリーは地面からエディアへと顔を上げた。マナの泉にいたあの侍祭が、布の束を持って近づいてきた。

「これは、造物師さんが持っておくべきだと思いました」エディアは少しだけ顔をしかめ、その布をテフェリーへと差し出した。

「これは何だい?」柔らかなその束を受け取り、テフェリーは尋ねた。広げるとそれは一着のローブだった。

「昔の造物師さんのローブです。ずっと昔の。洗ってありますし、虫やネズミの食い跡も縫いました。造物師さんの地位に相応しいものです。古い様式ですが――」彼女はそこで肩をすくめた。「だからこそ」

テフェリーは微笑んだ。「ありがとう、エディア」

「私は教義に仕えて生きます」落ち着いた声で彼女は言った。そしてお辞儀をして背筋を伸ばし、胸の前に両手を置き、テフェリーを見てはいなかった。

「エディア、私には娘がいてね」ローブを小さく巻きながら、テフェリーは優しく言った。「あの子もかつては君くらいの歳だった」

「はい?」

「まだ言いたいことがありそうだと思ってね」

エディアは頷いた。

テフェリーはローブを背負い袋にしまい込み、エディアに必要な時間を与えた。

「ザルファーが戻るということは、戦争が始まるということですよね。本当に始まる。待つのも、訓練も終わる。『孤独のザルファー』は終わり、本当の世界に戻るのですよね」

「その通りだ」

エディアは横に視線をやり、誰も聞いていないことを確かめた。皆、ささやかな会話にふけっていた――老人たちは成長した孫を見送り、熱心な新兵はジャバーリーのアスカーリに自分たちの力を見せていた。ジャバーリーは従者たちと話していた。その只中、誰にも聞かれずに会話ができそうだった。

「ザルファーが世界に戻ることが戦争の始まりを意味するなら、本当に戦争が始まるなら、それは良いことなのでしょうか」エディアは早口で、一息で放した。まるで口に入れざるを得なかった不味い薬を吐き出すかのように。「今の不確かな状態は確かに良くはありませんが、それでも平和です――蜃気楼戦争とケルド戦争はあらゆる家族から誰かを奪いました。そしてそれは人と人との戦争でした、貴方や私のような」彼女はテフェリーへと顔を上げた。「私はケルド戦争で孤児になりました。護民官の教義に仕えているのは、戦争に沢山のものを奪われたからです。皆、ファイレクシアとの戦争はひとつの試練みたいに考えている気がします。大きな試験、自分たちの力と、太陽が昇る場所をドミナリアに見せつけるためのものだと。あまりに沢山のものを失ってきたから、他に失うものがあるなんて想像できていないのだと思います。奪うものが何も残っていなくても、戦争は何かを奪ってゆく。それを忘れてしまったのだと思います」

テフェリーは手を伸ばしてエディアをそっと促し、他の者たちから少し遠ざけた。新兵たちは最後の別れを告げ、シダーたちは列を作り始めていた。

「この戦争は何を奪うのでしょうか」エディアは囁き声で続けた。「不安でたまらないんです――負けたなら破滅します、ですが勝ったならどうなるのでしょうか?」彼女はシダーや新兵たちへと身振りをした。「ザルファーは剣を研いで長い時を待ち続けてきました。ファイレクシアを打倒した時、私たちは戦争しか知らないと気付くのでしょうか」

テフェリーは何も言わなかった。

「私たちは、どうすればいいのでしょうか。私は」

「テフェリー!」列の先頭でジャバーリーが声をあげ、手を振った。「またこっそり逃げようとするなよ、プレインズウォーカー。斥候たちの訓練に使ってやるからな!」

テフェリーは手を振り返し、背負い袋を閉じた。エディアは動かなかった。彼女は待っているのだ、テフェリーが未だ見出していないその回答を。彼はその代わりに、自身の娘ニアンビに思いを巡らせた。

かつで、ニアンビがまだほんの子供でありスビラが旅に出ていた頃、自宅の庭で自分たちは遊んでいた。笑い声をあげ、自由に、そして何も怖れることなくニアンビは駆け出した。彼女はテフェリーが警告する前につまずき、そして彼は咄嗟に、無意識に、娘が転ぶ途中でその時を止めた。

彼は娘の周囲を歩き、彼女を解放したならどうなるか、凍り付いたその瞬間から拾い集めることができるあらゆる可能性を吟味した。もし望むなら、このまま永遠に娘の時を止めておくこともできた――そして心のどこかで彼はそれを望んだ。このまま安全に、世界から遠ざけて――だがその暗き考えを彼は振り払った。彼の決断は、転倒と救助の中間だった――娘を受け止めた。

今、ザルファーをそのように受け止めることはできない。だがここに、共にいることはできる。

「大きすぎるものというのがある。誰にも、私ですら何をしようと止められないほどの」

「止められるのでは。貴方よりも大きいものなんてないでしょう。私たちを守るために、世界から切り離したくらいです。私たちを、ザルファーを守るために」

「できないんだよ」テフェリーはかぶりを振った。

「ですが!」

「私は昔の私とはもう違うんだよ。私は…… もっと大きな、もっと小さなものになった。昔とは違う存在なんだ」彼は道を見つめた。アクーとその先へ通じる道。「エディア、聞いて欲しい。私は長いことここから離れていて、まだ戻ってきたばかりだが、これだけは言える――ザルファーにあるのは戦争だけではない。私たちは戦うだけではない。私たちにはもっと多くのものがあった。戦争だけの存在ではなかったんだ。来たるものを止めることはできないが、その後に起こることとはやり合える」テフェリーは兵士たちを、新兵たちを、そして大地を示した。「確かに、大いなる恐怖が近づいている。だが恐怖が恐怖として残り続けるのは、それを抱き続けると選択した時だけだ」

「よくわかりません」

「私たちは運命に縛られてはいない。私たちを縛るのは過去だけだ。ずっと戦ってきたわけではないし、ずっと孤独だったわけでもない」

エディアは返答しようと指を立て、だが止めた。彼女は自らを落ち着かせた。「貴方が目的地に辿り着くことを願っています」彼女はそう言い、そしてテフェリーの返答を待たず、早足で村へと戻っていった。テフェリーは彼女を引き止めようとはせず、熱心な新兵たちを押しのけて去る彼女をただ見つめていた。雲のように白いそのローブが人混みの中へと消えた。

ニアンビが転んだあの時、自分は何を考えただろうか?どれほど自己反省をしたところで、ザルファーは取り戻せない。確かに、幾らかの自己反省で自分を取り戻せはしたが、どれほど反省したところで自らの行いを修復はできないと知っただけだった。ザルファーを取り戻すというのは決して簡単にいくものではない。ザルファーは地図上の名前というだけではない。それは国家であり、人々であり、歴史であり、未来であり、彼には決して制御できないものだった。どれほど願ったとしても、自分の力だけでは決して救えないもの。果たしてそれは良い親と言えるだろうか?子供が自分を最も必要としている時に、そばにいる以外何もできないと知っているのは。自分はザルファーを不当に扱ったが、今は共に立つことができる。転びそうになった時にどうするかを教え、その後に立ち上がったなら手を差し伸べることができる。

「テフェリー!」

「ジャバーリー!」テフェリーは叫び返した。そして一瞬だけ待ち、指で唇に触れ、それを額にあててから手を心臓の上に置いた。古い仕草。この地が与えてくれたものに、教えてくれたものに感謝するための。

テフェリーは兵士や若者たちとともに出発し、アクーへの長い道を進んでいった。


数週間後、アクーにて

アクーへの旅路は長いものではないが、危険を伴っていた。だがジャバーリーとその兵士たちは――テフェリーの助力もあって――誰ひとり失うことなく道の終点へと辿り着いた。都に近づくと、入浴や食事をする暇もなく、使者たちがテフェリーとジャバーリーを迎えにやって来た。

アクーの広間は温かく荘厳だった。壁には女王のためにタペストリーが掛けられ、滑らかな床には毛足の長い絨毯が敷かれ、火鉢が置かれて源木や上質な香木が焚かれていた。アクーは墳墓の都ではあるかもしれないが、拒絶される場所ではなかった。その装飾は生者と死者両方のためのものだった――ザルファーの王族はここに弔われ、女王は霊感や安らぎを、霊的な導きを求めてここを訪れていた。厳粛さは恐怖ではなく尊敬の証だった。平和を、人々の知恵をよりよく伝えるために。

とはいえ、都全体にその平和が広がっているわけではなかった。琥珀の墓所、最強の魔法によって古の暗き秘密が隠されているその場所は、ザルファーの祖先が伝える最も古く強力な知恵は、不穏なエネルギーに満ちていた。多めの松明や光を放つ石が、回廊全体に居座る執拗な影を追い払うために並べられていた。琥珀の墓所でもザルファーの最も危険な脅威が監視されている、最大のドーム内では特にそうだった。

テフェリーとジャバーリーは使者たちの後について曲がりくねった回廊を進み、アクーの中心区域から女王が待つ琥珀の墓所へ向かった。アクーの街路では、高い壁に囲まれた狭い曲がり角のすべてで女王の衛兵が二人組で警戒しており、しばしば造物師や、鎧を着た護民官の司祭がどうしたことか彼らに随伴していた。

「平時の展開ではないな?」敬礼する司祭ふたりの横を過ぎながら、テフェリーはジャバーリーへと囁いた。

「全く違うな」ジャバーリーは呟き声で答えた。「墓所で何かあったに違いない」

「女王は私の処刑のために留まっているのかもしれないな」テフェリーが言った。「冗談であって、そう願っているわけじゃないぞ。はっきり言っておくが」

ジャバーリーはうめいたが笑いはせず、足を速めた。

テフェリーとジャバーリーが琥珀の墓所へ辿り着くと、その入り口は兵士と司祭たちで混雑していた。彼らは武器を抜いており、ある者はふたりの方を、またある者は中を向いていた。将校がふたり、上位のアスカーリが囁き声で議論を交わし合っていた。その声は荒く、広々とした廊下に不明瞭に響いていた。

「アスカーリよ」確固とした、だが叫びではない大声でジャバーリーが言った。その声はあらゆる音を切り裂いた。「何があった?女王陛下はご無事なのか?」

シダーたちは口論を止め、揃ってジャバーリーへと向き直った。

「ケアヴェクが逃走しました」アスカーリの片方が答えた。彼女は落ち着いてはいたが、その厳しい顔つきは懸念で更にやつれていた。「牢が砕けたのです。将軍は負傷しましたが容態は安定しています」

「それはいつだ?」テフェリーが尋ねた。

「長くて一時間前というところです」額の汗をぬぐい、そのアスカーリが言った。

「マギータ将軍が一時間前に負傷した?」驚きに声をあげ、ジャバーリーが尋ねた。

「我々はそれを発見しただけなのです」ジャバーリーを宥めるように、そのアスカーリは片手を挙げた。「将軍はケアヴェクの牢が砕けた際に負傷しました。重傷ですが、致命傷ではありません」

「通してくれ」テフェリーが命令した。喋っている場合ではない。

衛兵たちは道をあけた。テフェリーはジャバーリーを引き連れて琥珀の墓所の主室に入った。広大で暗いドーム状の部屋。燭台が一定の間隔で壁に取り付けられ、その奥深くで薄暗い光が輝いていた。そこには何もなく、だがかつて何があったかはすぐにわかった――琥珀の牢。

その部屋は古く、伝説は暗い起源を囁いている。ザルファーの祖先たちは封じておくべき存在を封じるため、あえて闇の魔法と儀式を用いた。そしてドームの頂点から警報として機能する防護の振り子を吊り下げた。ザルファーの学者たちはそれらの歴史を、神話や希望的な空想だと一蹴している。だが墓所の主室を訪れた数少ない者はすべて、その部屋には確かに気力を奪う何かがあることを否定できないのだった。ひとつの静寂がドーム状の室内を覆い、劇場のように反響させていた。鈍く磨かれた振り子が震えたなら破滅が訪れる、その深く確かな感覚があった。

テフェリーは恐怖とともに見た――その振り子は鎖を切断され、光沢のある床に落下していた。先端は床に突き刺さり、太い鎖は大蛇の屍のようにとぐろを巻いていた。鏡のように磨き上げられたその床もまた砕けていた。暗い色の液体が――マギータ将軍の血、テフェリーはそう推測した――振り子の傍に溜まっており、それを拭きとろうとする兵士数人に抵抗していた。

ウェズナ女王は部屋の端に立ち、ローブをまとう人物ふたりと話し合っていた。空の青、そして漆黒のローブ。三人目、白色をまとう人物が脇に立ち、落ちた振り子と粉々になった地面を空しく調べていた。ローブの三人をテフェリーは知らなかったが、各教義の指導者であることはわかった。そして女王は見間違えるはずもなかった。数世紀前に見てから、ほんの十歳ほどしか歳をとっていなかった。

「女王陛下」ジャバーリーが声をあげ、女王が振り向くと素早く頭を下げた。「御容赦願います、我々は只今到着し――」

「三百六十年」ウェズナ女王はそう言い、テフェリーへと歩きだした。それは叫びではなく宣誓であり、彼女の声はドームに反響した。「三百六十年が経とうとも、あれらに対抗するのは今なお我らです」女王は続けた。「ファイレクシアは我らが国境を脅かし、ケアヴェクは逃走し、マギータ将軍は負傷しました」彼女は数歩離れた所で立ち止まり、教義の指導者三人がそれに続いた。「そして貴方が、我らがもとに帰還しました。貴方の行為を正当かつ十分に評価できるほどに大きな罰はありません――今ここで貴方の死刑判決を下すべきではない理由を述べなさい」

「私を殺したなら、奴らが勝利するでしょう」

女王は息を吸い、吐き、そして頷いた。

「シダー・ジャバーリー」テフェリーから目を放すことなく、ウェズナ女王は老いた将校に告げた。「標柱地区に護民官の治療所があり、将軍はそこで療養中です。会いに行きなさい。将軍が回復するまでは、貴方に軍を率いて頂きます」

「かしこまりました、女王陛下」ジャバーリーは頷いた。床に靴音を響かせ、彼は急いで立ち去った。

ウェズナ女王は向きを変え、落ちた振り子へ向かった。手を背中に組んで考え込むように。彼女は教義の魔道士三人の前で立ち止まり、テフェリーに背を向けた。

「貴方は私に呼び出されたのではありません」女王はテフェリーに向けて言った。「今はまだ貴方の罪に――大きかろうと小さかろうと――裁きを下すことはできません。ですが、私にも矜持というものはあります」女王は振り返り、テフェリーを見つめた。「私が貴方をここに呼び出したのではありません」

「彼女はどちらに?」テフェリーは尋ねた。

女王はローブの中に手を入れ、掌に収まるほどの琥珀を取り出し、テフェリーに向かって投げた。琥珀の牢は磨かれた石の床に跳ね、転がり、テフェリーの足元で止まった。

テフェリーは屈み、親指と人差し指に挟んで拾い上げた。そしてそれを光にかざして中の人物を見つめた。小さな、時を止められた姿。おそらくプレインズウォークの直後、攻撃途中の戦士。目を狭めると、決意から困惑へと変わりつつある彼女の表情が見えた――険しさが弱まり、何かを問いかけるように口をあけ、驚きに目を見開いている。

放浪者。

「見終わったなら、床に起きなさい」女王が言った。

テフェリーは従った。彼は琥珀の牢を床にそっと置き、後退した。

ウェズナ女王が指を鳴らし、すると白色をまとう教義の指導者が進み出た。難解で地味な呪文をその男が呟くと、牢が輝きはじめた。

「大魔道士殿、もう一歩下がって頂けますか」立ち昇る光とその先のテフェリーを見て、彼はそう言った。

琥珀の牢が火花とともに裂ける中、テフェリーはその言葉に従った。彼は目を覆い、顔をそむけた瞬間、鋭い爆発音とともに牢が砕けた。そして間をおかず、放浪者が剣を振り終える短く鋭い息の音と、驚きの声が続いた。

放浪者は気がつき、構えと警戒を解いて荒く息をついた。その落ち着きは揺らいでいたが、乱れてはいなかった。

「放浪者さん!」両掌を挙げて見せ、テフェリーは叫んだ。「私だ」

「テフェリーさん!?」放浪者は大声で叫んだ。彼女は速やかに周囲を見つめ、身構えた。「ここは何処です?私はどれほど閉じ込められていたのですか?」

「ザルファーのアクーです」女王が返答した。「貴女が訪れてから一か月になります」

「一か月?」放浪者は女王の言葉を繰り返した。そして剣を下ろし、自分だけに見える何かを探すように女王の前の空間を見つめた。「ありえません――テフェリーさんが姿を消したのは、ほんの数日前です!」

「錨が壊れたんだ」テフェリーは考えこんだ。壊れた、それはどのように?セラのパワーストーン――ひとつの次元に値する可能性が自分を通して流れ込み、酒杯に何か影響を及ぼしたのかもしれない。それが弾けた後に自分とウルザが行ったあの空間――そのすべての可能性が何処かへ向わざるを得なかった、何かしがみつくものを見つけるために。偶然、運命、あるいはそのふたつの何らかの組み合わせ。

「余裕は一日すらないかもしれません」放浪者が囁き、その姿がちらついて揺らいだ。この次元への掌握を失いかけているのだ。

「それはどのような意味ですか?」ウェズナ女王が尋ねた。

「新ファイレクシアの侵略が迫っています」放浪者は女王を、そしてテフェリーを見た。「私たちの攻撃部隊は、あの次元で散り散りになってしまいました。ニッサさんも何処かへ――もう手遅れかもしれません。あれらを止められるとは思えません」

冷たい一瞬が過ぎた。テフェリーは後ずさり、よろめき、床に座り込んだ。彼は頭を抱えた。墓所の中、彼の周囲はすぐさま行動に移った。女王は教義の指導者三人に命令を叫び、すると彼らは使者や武官たちを送り出すと指揮のために急いで出発していった。放浪者はテフェリーの隣に屈みこみ、ウルザの塔での戦いや新ファイレクシアへの急襲、そこに伸びる樹、絶望的な作戦について語った。だが彼女の声は次第に途切れ、その姿も不確かに揺らめいた。不安定な灯に引かれ、彼女は消え去った。

あるいはそれは、このドーム状の部屋がなす神秘的な音響効果だったのかもしれない。あるいは無意識に彼が唱えた慰めの呪文だったのかもしれない。そのすべてが脇に消え、重すぎる上着のように滑り落ちた。ジャバーリーの声が記憶の中にこだました。もう謝罪など不要だ。テフェリーは顔から両手を離し、掌を見つめた。あの日から何度も手を洗いはしたが、それらは今もザルファーの赤土で染まっていた。この大地は決して洗い流せない。ザルファーから切り離されることは二度とない。

年月に耐えてきた、イーシェ。

勇敢に危険を見据える、オヤナ。

平和な未来を築こうと願う、エディア。

彼が愛した、彼を愛してくれた、スビラ。

彼が愛する、彼を愛してくれている、ニアンビ。

共に立つ、五つの教義の父、国家の父、ザルファー。

「まだ手遅れではない」テフェリーの顔に獰猛な笑みが広がった。ファイレクシア人は多元宇宙を探索し、目覚めさせたのだ。機械の心が怖れというものを学ぶであろう何かを。テフェリーが、自分が示してやろう。ザルファーに日は昇るということを。