新ファイレクシア急襲 メインストーリー第3話:信じがたい喪失
トンネルは下方へ伸び、新ファイレクシアの中心へと続いていた。取り囲む壁はあまりに素早く過ぎ去ってはっきりと見えず、変質したこの次元のおぞましい驚異と言語に絶する恐怖を隠していた。
エルズペスは貨車にしがみついていた。少しの隆起に衝突しただけで、この敵意に満ちた息苦しい暗闇にひとり投げ出されるとわかっていた。
ミラディン人ではなく他のプレインズウォーカーたちと一緒に乗れば良かった、初めて彼女はそう思った。それならば、気晴らしになるようなことを誰かが言ってくれたかもしれない。だが今は下り坂と暗闇だけがあり、操縦するエルフたちはエルズペス自身と同じくしっかりと掴まっていた。
出発してから急降下と思わずにはいられない事態が始まるまでの間には、会話する時間が少しだけあった。操縦者ふたりは奪われた自分たちの次元についての知識を、救い主となるかもしれない人物へと熱心に伝えたがった。ああ、その称号がどれほど欲しかったことだろう! エルズペスが彼らをよく知らないように、彼らも彼女について多くのことを知ってはいなかった。自分が知られていないというのはありがたい、恥ずかしながらも彼女はそれを認めた。敗北を見られていないのであれば、英雄として目を向けられることはたやすい。
彼女は既に一度ミラディンを失っており、この打ちひしがれた場所はその敗北に対する罰であり報いだった。多元宇宙に同じ運命を被らせるわけにはいかない。それを防ぐためなら死んでも構わないと思った、もしそうしなければならないのであれば。
「狩猟迷宮と外科区画を迂回しています」彼らはそう言っていた。「ありがたいことです。決して見るべきではないものを見ずに済むんですから」
「狩猟迷宮……
「絡み森を覚えていますか。ヴォリンクレックスは大変化の際にその中でも最悪のものを地表下に移して、新たな帝国の種としました」その返答は物思いに沈むようだった。恐らく彼は絡み森で生まれ、自由で活力に満ちたその姿を思い出しながら、再びそうなる日を願っていたのだろう。
その直後に落下が始まってエルフたちは操縦に没頭し、彼女が見る必要のない風景の説明を続けることはできなくなった。叩きつけてくる風に、エルズペスは目を閉じた――どのみち、貨車の中央に座す操舵装置のかすかな金属の輝き以外には何も見えなかった。新ファイレクシアの暗闇はあらゆるものを飲みこみ、大空洞の重力魔法すらも彼女たちの降下を緩めることはなく、命惜しさにしがみつくしかなかった。
そして、ごく少しずつ、勾配は平らになっていった。彼女は目をわずかに開き、だがすぐさま後悔した。
空は、空であったものは、病的に変質した雲の海と化し、果てしなくうねって揺れ動いていた。それは宙に浮かびながらも、どういうわけか内側から腐敗しているように見えた。緑色に輝く液体の――屍気の――池が風景を支配し、同じ色の不気味な光を放っていた。ファイレクシアと化す以前からこの地は危険であり、不用心な存在をアンデッドに変質させていた。今もそうであり、あるいはファイレクシア病を引き起こしている。そして彼女はどちらも選びたくはなかった。
エルズペスは自分の手を見てひるんだ。屍気の光を受けたそれは、まるで腐敗しているかのように黄ばんで見えた。同行者たちの蒼白な顔色は彼女自身のそれを反映していた。この場所にいる限り、自分たちは既に死んでいると言えた。
「ここではあらゆるものが腐敗します」操縦者のひとりが言った。彼は貨車を列の最後に向けるために集中しており、そこでは仲間たちが既に待っていた。「長居して煙を吸い続けたなら、貴女も腐敗してしまいます」
「外科区画よりはましですがね」もうひとりが言い、懸念にその表情を引きつらせた。「あそこでは、泉のどれかに近づいただけでファイレクシア病が進行を始めます。その飛沫を吸うことで。ここの煙は変化させる前に殺しますから」
エルズペスは掴まり棒から指を離して立ち上がり、両手の痺れを払った。「恐ろしいですね」
「それが新ファイレクシアです」一人目の操縦者が言った。「変質させられるものは変質させ、それができなければ殺す。そしてその残骸を自分たちが思う姿に改造するんです」
貨車は減速を続け、今やほぼ止まっていた。他の貨車はそう遠くない前方に集まっており、乗客はそれぞれ装備を確認して降車していた。コスの爆破部隊は屍気の池の間に広がる黒化した地面を長い金属の棒でつつき、この悪夢の中で安全と言える道を探そうとしていた。
「ここからそう遠くないところに、美麗聖堂へ直接通じるはずのトンネルがある」コスの声は重々しいが、深刻ではなかった。
彼は今なおすべての希望を失っていない。ならば決して失うことはないだろう、エルズペスはそう思った。
「すごく簡単に言うのね」ナヒリが貨車から飛び降り、かかとが地面に音を立てた。彼女はありえないほど巧みに屍気を回避していた。ナヒリは金属や石の言葉を知る者であり、今なおこの階層はあらゆる秘密を彼女に語りかけているのかもしれない。心配は無用だろう。ナヒリは躊躇せずコスへと向かっていった。「けどそうはならない、でしょう?」
「ああ。一番近い経路をとれば、スリシック軍の大半を回避できるかもしれない。回避できなければ、奴らはこっちを生け捕りにしようとしてくるだろう。スリシックは破壊者を作り出すために石塚を建てている。そして最強の魔道士は最高の建材だ」
ナヒリは片眉をつり上げた。ケイヤは鼻を鳴らした。彼女は膝から下を紫色の霊体に変えることで屍気という問題を解決していた。「はいはい、私たちはいつだって最高の標的だものね」
「少なくとも、混乱に幾らか乗じることはできそうだ」プレインズウォーカーたちの無表情に迎えられ、コスは恐ろしい笑みを一瞬だけ浮かべてみせた。「七人の族長がドロス窟を支配しているが、奴らが協調したことはない。四人はウラブラスクと運命を共にしている。ロキシス、ゲス、ヴラーン、シェオルドレッドはノーンが統べるファイレクシアへの反乱に軍を貸している。もう三人も気を散らされている可能性が高い。縄張りにしがみつき、裏切りに目を開かせている。目標に辿り着ける公算は大きいが、今すぐ動く必要がある」
「誰にも見られずに動けるのが今なら、今すぐそうするのがいい」魁渡がそう言って貨車から降りた。そのすぐ後にタイヴァーが続いた。彼は空壁地の金属をコインのように指で回しながら、ケイヤへにやりと笑ってみせた。
「こいつは見られるのが好きなようで」魁渡が言った。「称賛には値する、けど理解できない欲求だな」
エルズペスは肩をすくめて荷物を下ろし、仲間たちに加わるために移動した。ここにいるのが、残る攻撃部隊の全員だった。多元宇宙がファイレクシアの黙示録から逃れるための、唯一の希望。勝利しなければならない。
「これを」彼女はそう言い、袋を開けると革紐で繋がれた幾つもの光素の瓶を取り出した。それらの口はコルクで固く栓をされていた。「少しの間、大気中の屍気から守ってくれるはずです」
エルズペスは瓶を配り、全員に行き渡ると自分のそれを飲み干した。光素の味は変わらず生き生きとして清く、柑橘のように爽やかで甘く、飽きることのないものだった。彼女は口元を拭い、顔を上げて皆が同じように飲み下す様子を見た。
ジェイスも光素を飲み干した。だが彼は鋭く息を吐くとその指から瓶が滑り落ち、彼は背後の貨車の上に倒れ込んだ。周囲のミラディン人たちが狼狽の声をあげ、ケイヤがその隣に駆け寄って膝をつくと脈拍を調べた。
少しして彼女は顔をあげ、荒々しい視線を向けた。「脈拍がひどく乱れてる。エルズペス、何をしたの?」
「何も――屍気が何かを阻止していない限りは」エルズペスはケイヤの隣に急いだ。ジェイスは身体を引きつらせた。暴れるというほどではなかったが、動きを制御できていないのは明白だった。「私に見させてください」
メリーラがエルズペスの後についたが、彼女はジェイスを見て足を止めた。「ファイレクシア病ではありません。私も何なのかはわかりませんが」
「光素に人への害はありません」エルズペスは半狂乱で言った。彼女はジェイスに手を伸ばしかけ、だがはっと止めてひるんだ。「苦しんでいます。ひどい痛みに。生きたまま焼かれているかのように。もし上の層にいた時から苦しんでいたなら、私も気付いていたはずです。これは初めてです。倒れた時から始まって……
「我々はここを離れなければいけないのですが」貨車の操縦者のひとりがそう言い、コスを見た。「ドロス窟に来たのはここで降りるためで、それ以上長居する準備はしていません。すみません。その方の魔法の飲み物があったとしても、我々はここを離れなければなりません」
「それは俺たちも同じだ」コスが言った。「その男を上へ送り返すにせよ運んでいくにせよ、動かなければいけない」
「私が運ぼう」タイヴァーが言った。「計画の遂行には彼が必要だ」
「けど酒杯の起動方法を知ってるのはジェイスだけじゃないでしょ」ナヒリはケイヤを一瞥した。「彼女もそれは学んでる。ふたりとも起動はできるのよ」
「私は予備よ。ジェイスができない場合にだけ」ケイヤが言った。
「この状態は十分『できない場合』に見えるけど」
ジェイスがはっと息をのんで身体を起こした。その周囲に青白い光の火花が散り、ケイヤは彼の動きに脇へと叩きつけられた。ジェイスは大きく身をよじり、目の前の無を見つめ、そして無理矢理立ち上がると貨車から飛び降りた。黒化した風景を歩いて渡ろうと決意しているかのように。
屍気の池へと彼が足を踏み入れる直前、タイヴァーが腕を掴んで止めた。「驚かせないでくれたまえ。何があったのだ?」
ジェイスはタイヴァーに顔を向けて見つめたが、真に見つめてはいないようだった。「光素が俺の頭をはっきりさせて、
タイヴァーは顔をしかめ、だがジェイスを放しはしなかった。「彼女? 彼女とは誰だ?」
「ヴラスカさん」その名はまるで彼の内から引きずり出されたかのように、まるで他に何も言うことはできなかったように、最も言いたくなかった名前のように響いた。「ここを降りていって、ひとりで、怯えてる。聞こえる――俺には聞こえるんだ、彼女の悲痛が、どこにいても」
貨車の操縦者たちは席へと移動し、出発の許可を得るようにコスを一瞥した。彼は頷き、操縦者たちは漕ぎはじめた。単純なそれらの装置は暗闇へと彼らを運び、緑色をした屍気の輝きから遠ざけていった。ジェイスは再びタイヴァーを振りほどこうとした。
「行かせてくれ。行かなきゃならないんだ。彼女は俺を必要としてる。助けないと、きっと生きてはいられない」
「俺たちには任務が――」コスが口を開いた。
ジェイスは頭を激しく動かし、その両目はようやく焦点を定めたようだった。「ヴラスカさんが俺を必要としてるんだ」彼は怒りとともに言い、そしてひとつ深呼吸をして自らを落ち着けた。「俺がいなくても先には進めるはずです。俺は彼女を助けに行きます。後で一緒に合流しますから。どうか」
「戦力を分割したなら、それは戦力とは言えない」とタイヴァー。
ジェイスは目を見開いて彼を見た。まるで自分の論理が通じなかったことが信じられないというかのように。彼は先程よりも強い力でタイヴァーを振り払おうとし、この時は成功した。そして振り返ることなく、黒色の荒野へと足を進めた。
「無謀な」コスが呟いた。
「その人を愛しているんです」とエルズペス。「他には何も聞こえていないのです」
「放っておくわけにはいかないわよ」ナヒリが言った。ケイヤと魁渡は彼女へと瞬きをした。彼女はかぶりを振った。「あいつが酒杯を持ってる。もしそれを失ったら、私たちはすべてを失う。ここに来た意味もなくなる。自分たちの家に籠って、自分たちの次元の心配をして、ミラディンの残骸を燃えるままに放っておくのと同じこと」一行はドロス窟を抜ける安全な道を諦め、ジェイスを追いかけた。作戦は、忘れられてはいないまでも彼らの手の内で崩れつつあった。そして遂行へ戻る手段をすぐにでも見つけない限り、完全に砕け散ってしまうだろう。
プレインズウォーカーとミラディン人の集団は、ジェイスの先導に従って進んだ。
「これはかなりまずいですよ」魁渡が呟いた。「俺もまずいことは沢山考えてますが、それでも周りの人たち全員を死なせるようなものじゃない。けどジェイスさんの行動は特別まずいって思います」
それでも彼は仲間たちと共に歩き、振り返りもしなかった。
当初、焼け焦げて屍気が浸み込んだその風景には自分たちだけがいるように見えた。だがやがて戦うものたちの姿が現れだした。それらは生々しく赤い腱と白骨が黒ずんだ金属の外殻にかろうじて抑え込まれており、身体のそこかしこから何本もの肢が突き出し、固い外骨格を割るために設計された粗削りの武器を帯びていた。あるものは小型でプレインズウォーカーたちとそう変わらない体格だが、他は金属と臓物でできたそびえ立つ巨体だった。
彼らのほとんどはドロス窟を思わせる姿で、黒い外殻をまとい周囲の有毒な環境にさらされて爛れていた。そうでないものたちは熱に赤く輝く金属の身体で、敵を切り裂きながら前進していた。ウラブラスクの反乱軍は順調に進んでいた。
そのファイレクシア軍の姿に、エルズペスは胃袋がよじれるのを感じた。それらの中には、ミラディンのために共に戦った者たちの名残があった。ヴィリジアン・エルフの腕、ロクソドンの分厚い胸。それら以外の部位は全く新しく、より不安をあおる姿を作り出していた。自分が見ているものの正体を認識する度に、それを奇妙かつ馴染みない姿に変質させた何かを彼女は目にした。近くで見るのは心が痛んだ。
しばしの間、ファイレクシア人たちは互いとの戦いで手一杯であるように見えた。それらの重々しい足どりが金属の風景をかき乱し、飛沫をあげて屍気の池を横切った。だが戦いのひとつが目と鼻の先で終わった時、エルズペスは何が起こっているかを理解した。彼女は驚きとともにはっとジェイスを見つめた。
「私たちを隠しているのですね」
「奴らが俺たちを見ても、全く見えてはいません。隠しているのではなく、奴らの周囲の環境を完全に変化させています」その声には奮闘がありありと聞き取れた。「これがヴラスカさんへの最短経路です。ずっとひとりで、ひどく怯えてるんです」
巨大で、途方もなく恐ろしい建築物が腐敗の雲から顔を出していた。周囲のすべてと同じように黒化して腐り、生き物のそれであったとは思えないほど巨大な胸骨の「翼」に覆われていた。ケイヤは小さな声で不快を表明した。コスはもっと大きな狼狽を。魁渡はふたりを見て眉を上げた。
「シェオルドレッドの闘技場だ」コスが言った。「あの法務官は自分の楽しみのために、あいつらを戦わせている」
「あいつら?」魁渡はぽかんとして尋ねた。
「ファイレクシア人だ。その闘士かシェオルドレッドの機嫌を損ねた者か、それはどうだっていい。奴らはここに入って、ほとんどが再び出てくることはない。時々、俺たちの仲間も連れて来られる。生け捕りにされてファイレクシアの『賜物』に値しないとみなされた者が」コスはかぶりを振り、一瞬だけ更なる不快感をにじませた。「生きて、変わることなくこの闘技場を出た者はいない。俺は、俺のほとんどは逃げ延びた。けれど俺の一部はそこで戦い続けるのだろう、俺が死ぬまで」
「ヴラスカさん」ジェイスがそう言い、再び駆け出した。ナヒリとケイヤがすぐさま後についた――ナヒリは酒杯を、ケイヤはナヒリを追って。
「彼とともに幻影も移動するなら、新ファイレクシアの軍はすぐにでも私たちを見つけてしまうだろう」タイヴァーが言った。今回、彼の声には不安があった。無言の同意とともに彼と仲間たちはジェイスを追いかけた。闘技場の門は塞がれてはいなかったが、非常に狭く彼らは一列で入らざるを得なかった。ジェイスが先頭、ナヒリとケイヤがその後についた。
足を踏み入れすらしないうちに、他のプレインズウォーカーたちはナヒリの罵り声と金属が地面から剥ぎ取られる音を聞いた。石術師が戦いに身構えたのだ。彼らは視線を交わして駆け出し、足を止めることなく武器を構えた。
エルズペスが門をくぐる直前、魁渡がその腕を掴んだ。「駄目です。ジェイスさんは仲間ですが、こんなのは愚行です。酒杯を取り戻して進み続けないと」
可能な限り平静な表情で、エルズペスは彼を見た。「自分たちを救うための抵抗すらできない戦いに、どんな意味があるでしょうか」
無念を滲ませ、魁渡は手を放した。
エルズペスは入り口へと意識を戻し、シェオルドレッドの闘技場に足を踏み入れた。
内部は広大で、くり抜かれた鉢状の中央部を背もたれのない座席の列また列が高く取り囲んでいた。傾斜はあまりに急なため、熱心な観客は間違いなく一瞬の不注意で高所から転落するだろう。穴だらけの黒い金属の床が鉢の中に広がっており、その中央と周囲には泡立つ屍気の池が見えた。それは恐怖の闘技場と言えた。
そしてその鉢の中に、おびただしい数の酷い傷を負いながら、ヴラスカが立っていた。彼女は胴体に片手をあてて大切な内臓を押さえつけ、その指の間からは血が流れ出ていた。頭部の蛇のような触手は力なく垂れ下がり、ファイレクシア人の包囲網が石化した同類の屍を踏み越えて迫りつつあった。
地面に横たわるのはファイレクシア人の屍だけではなかった。ここに至るまでも、優に十人ほどのミラディン人が殺戮されていた。少なくとも彼らは完成されることなく死した、汚れなく素早く――エルズペスは彼らを見て、そう思わずにはいられなかった。
自らを守る幻影を信じ、ジェイスはヴラスカへとまっすぐに駆けた。ファイレクシア人は今も彼を見ていなかったが、それが永遠に続くはずもない。幽霊のように戦場を通過することと、捕食者と獲物の間に踏み入ることは全く別と言える。エルズペスが剣を抜くと、魁渡も自らのそれを掲げた。タイヴァーは六角形の黒い金属板を取り出して指の間に回した。その素材の内なる力を取り込み、彼の皮膚が新たな組成に波打った。
コスは溜息とともに肩を落とした。「こうなるのか」そして彼は断固とした声で叫んだ。「ミラディンのために!」彼は突撃し、岩の鎧が活性化されて白熱した。コスは駆けながら死者が落とした槍を掴んだ。熱が金属の柄を伝い、それは高熱を発するロッドと化した。
仲間たちもすぐ後についた。ナヒリの刃が死の歌とともに彼女の周囲を渦巻き、振り返ろうとした二体のファイレクシア人を切り伏せた。ケイヤも前に進もうとしたが、燃え立つ目のナヒリが彼女の前に立った。
「駄目。あの馬鹿が死にに行くなら、あなたに頼ることになるのよ。ジェイスもあなたも失ったら私たちは終わり。下がってなさい」
これまで、ケイヤはナヒリを怖れたことなどなかった。だが石術師と目を合わせ、不意にケイヤは鳥肌が立つような、ぞっとする恐怖に押し流されるのを感じた。ケイヤは後ずさり、仲間たちがファイレクシア人と戦う様子を見つめた。
ファイレクシア人はプレインズウォーカーたちの侵入に混乱し、ヴラスカから目をそらしていた。今も彼らには見えないジェイスは、ひたむきにゴルゴンへと走り続けた。魁渡は剣を掲げて装甲の生物からの一撃を防ぎ、灯元が警告音を発し、衝撃に彼はよろめいた。次なる一撃が来る瞬間、タイヴァーが魁渡とその生物の間に割って入り、金属に覆われた背中で攻撃を受け止めてうめいた。
それは表面をへこませただけで、タイヴァーは歯を見せて笑うと自らの武器をその獣へと振るった。その背後で魁渡は首をもたげた。タイヴァーの背中に残されたファイレクシアのぎらつく油が剥がれ、球と化してタイヴァーの頭上に浮かび上がった。
コスは高熱の拳でファイレクシア人たちを殴りつけていった。彼はそれらの鎧のひび割れや関節、無防備な部分を破壊しつつ相手の武器を避けた。ファイレクシア人の一体が――人型生物の死体を十体ほど溶接して作られた、金属のザリガニのような恐ろしい姿――咆哮をあげて甲殻類に似た凶悪な鉤爪で彼を突き刺そうとした。その先端が鎧に突き刺さる直前にコスは受け止め、身体から遠ざけようと力を込めた。
黄金色の光を放つ一撃とともに、エルズペスの剣がその鉤爪を切断した。彼女は攻撃を続けてその獣の首を落とし、コスは笑みを向けた。そして彼は振り返り、その鉤爪を投げつけてまた別の敵の喉元にその棘を突き刺した。相手はまるで滑稽に驚かされたように瞬きをし、そして崩れ落ちて命と動きを止めた。
魁渡が作り出した油の球が不意に加速し、近くのファイレクシア人の目に衝突して弾けた。その巨体は視力を奪われて後ずさり、その隙を利用してタイヴァーの攻撃が命中した。彼は倒れたその身体を蹴りつけ、魁渡へと向き直った。
「いい狙いだ!」
「ずるをしたけどな」魁渡は肩をすくめた。
その間、ナヒリは止まることなく前進を続けた。彼女はうねる金属の雲をまとい、終わりのない破壊をもたらしていた。残るファイレクシア人は彼女に全く敵わず、何人ものプレインズウォーカーたちに対しても力及ばなかった。ナヒリを取り巻くナイフが宙で定位置に戻り、最後の一体が倒れた。ジェイスはようやくヴラスカへと辿り着き、だが彼女は一歩後ずさると、ジェイスを遠ざけるように片腕を伸ばした。
彼は立ち止まり、驚いてヴラスカを見つめた。その両目は今もファイレクシアから自らを隠す魔法に、かすかな青に輝き続けていた。「ヴラスカさん?」傷ついた感情を隠さず、彼は言った。「ヴラスカさん、エルズペスさんが一緒にいます。光素もあります。メリーラさんもいます、ファイレクシア病を治せる人が。傷の手当もできます。ヴラスカさんが思うほど悪くは……
「違う」普段は確固としたその声は空ろで、疲弊していた。「違うんだ、ジェイス。ごめんよ、お前を呼んだこと。そんなつもりはなかった。私らは繋がってて、けどお前は――聞くべきじゃなかった」
ジェイスは瞬きをし、ヴラスカへと一歩近づいた。「え? そんなことはありません。俺を呼ぶのは正しい行動です。もう大丈夫ですよ。ヴラスカさんは助かった――」
「違うんだよ!」失われていたヴラスカの力が、そのただ一語に込められた。彼女はよろめいて肩を落とし、ジェイスを見た。彼女はあるべき姿よりもどこか小さく、どこか
恐怖をありありと浮かべ、ジェイスは彼女を見つめた。メリーラは唇を噛んだ。
「ここからでも感じます」彼女は落ち着いて言った。「その人が必死に自分自身を保っている様子が……
ナヒリが踏み出し、ナイフがそれに続いた。「綺麗な逃げ道がひとつだけあるわよ」その声に一切の感情はなかった。「あなたをあなたとして死なせてあげられるわ」
「彼女に指一本でも触れてみろ、殺してやる」ジェイスは敵意をむき出しにし、ヴラスカから目を離してナヒリを睨みつけた。
ナヒリは足を止め、冷静にジェイスを見た。彼は再びヴラスカへと向き直った。
「お願いです。少なくとも試すことはできます。何か……
「お前は逃げろ」ヴラスカが言った。「お前たち全員だ。今すぐ、作戦を想定通りに進められるうちに。失うものがあるかもしれないって分かってただろ。失うものがあるだろうって。逃げろ。逃げてくれ、ジェイス・ベレレン。振り返ったら駄目だ。頼む。お前を愛しているんだ。お前を愛する私に、お前を殺させないでくれ。行くんだ。多元宇宙を救って、生きてくれ。そうしてくれたなら、私は満足だ」
「貴女を放っては行けません」
「俺たちは行きます」魁渡が言った。「ジェイスさん、それが望みであればヴラスカさんと共に残って構いません。そう選択するのはいいでしょう、けれど酒杯は渡してもらいます」
ナヒリが指を鳴らした。彼女のナイフが前方へ駆け、ジェイスが反応する間もなく背負い袋の紐を切り裂いた。そしてそれが地面に落下する前にケイヤが掴み取り、胸に抱えて退却した。
「皆、そんな簡単に彼女を見捨てるのか?」絶望とともにジェイスは仲間たちを見た。長いこと共に戦ってきた者たちを、あるいはまだほとんど知らない者たちを。「エルズペスさん、あなたは希望の標としてここに来た――」
「皆のために。一度掌握した者を、ファイレクシアは手放しません」
「ジェイス、お願いだ」ヴラスカが言った。「私は終わりなんだ。それを受け入れさせてくれ」彼女は言葉を切り、かすかな笑みを唇に浮かべた。「死ぬ時はひとり、ずっとそれはわかってたからさ」
「ひとりでは死なせません」すぐさまジェイスが言い返した。「死なせません」
「けど私は死に向かってるんだ」
他のプレインズウォーカーたちが闘技場から去ったことに、ふたりは気付きもしなかった。酒杯はケイヤがしっかりと抱えていた。ジェイスもヴラスカも、ふたりだけの世界に没頭していた。
そしてジェイスは足を踏み出し、この時ヴラスカは引き下がらなかった。ジェイスは血に濡れたヴラスカの手をとった。
「目を閉じてください」
ヴラスカは従った。
細い通路をプレインズウォーカーたちは一列で進まざるを得なかった。彼らはジェイスとヴラスカを残し、闘技場から焼け焦げて腐敗した外の風景へと飛び出した。
戦いの只中へとまっすぐに。
闘技場内での戦いは決して静かなどではなかった。彼らは敵に聞かれるかもしれないという事実を考慮することなく殺し、悲鳴をあげ、叫び合っていた。ジェイスを中に置いてきた今、戦場の敵から彼らを隠すものは何もなかった。ファイレクシア人のほとんどはもはや戦場に散らばってはおらず、今や闘技場の外に集合していた。人間ほどの大きさの多脚生物から腱と骨のそびえ立つ構築物まで、様々な姿が幾つもの列をなして並んでいた。
プレインズウォーカーとミラディン人たちは前方を見つめた。ヴラスカを救うための戦いに、彼らは力の多くを消耗していた。タイヴァーを覆う金属には所々に皮膚が現れはじめ、ナヒリを取り巻くナイフは少々速度を緩めていた。
引き返したなら行き止まりになる。そして前進するには戦場を片付ける以外になかった。
エルズペスはコスの手に触れ、その指を掴んだ。できることは何でもしてきた、その事実に安心を見出そうとして。ここで負けるとしても、倒れるとしても、試してきたのだ。
「ミラディンのために?」戦いを受け入れ、彼女は尋ねた。
大男は頷いた。「ミラディンのために!」その咆哮とともに彼らは突撃した。岩に砕ける運命にあろうとも、最後まで戦う波として。
「目を開けていいですよ」ジェイスが言った。
ヴラスカは瞬きとともに辺りを見渡した。闘技場の風景は消え去り、陽光の輝くラヴニカの大通りがそこにあった。頭上の空は滅多にない、雲ひとつない快晴だった。彼女は驚いてジェイスへと振り返り、またも瞬きをした。戦いの様子だけでなく、戦いのための装いもそこにはなかった。彼は午後の散歩にふさわしい服装で、髪は自然に流していた。彼はヴラスカへと手を差し出した。
「ヴラスカさんをファイレクシアから救うことはできないかもしれません。そうであれば、いっそこうしてあと一日だけ一緒に過ごしませんか。俺からの贈り物、受け取ってください」
「ジェイス」ヴラスカは笑いだした。ジェイスは彼女の手をとって引き寄せた。何もかもが素晴らしく、何も間違ってなどいなかった。
この幻影は真に心を奪うようで、彼女はそれが本物だと信じているふりすらできそうだった。ふたりはラヴニカの街路をそぞろ歩き、ギルドの本拠地や素晴らしい美術館を訪れた。彼女はジェイスの肩に頭を預け、共に歩めると思っていた未来を、今よりも少しだけ優しい多元宇宙を夢想した。
この完璧な世界で――ふたりの完璧な世界で――ヴラスカは彼の手を握り締めて囁いた。「ありがとうな。素敵だよ」
「愛しています」
ヴラスカは顔をしかめた。「お前はもう行くんだ。そうしなければ、ファイレクシアが私の心に達したならお前を傷つけてしまう。お願いだ。私たちが持てたかもしれない未来のために、私のためにそうしてくれ」
「いいえ。置いては行けません。ここでならヴラスカさんの心を救うことができます、少なくとも。一緒にいられます、ファイレクシアが触れられない場所で――」ふたりの頭上の空が陰りはじめた。「なあ、ジェイス」ヴラスカは彼の名を呼び、その声は溜息へと変わった。「お前が悔やむことなんてない。お前はずっと、解決法を見つけ出す英雄でいようとした。けど解決法なんてない時もある。もし、もうほんの少しだけ早く来てくれたなら……
もしエルズペスとケイヤが地表からもっと早く辿り着いてくれていたなら。彼女たちを待つことを選ばなかったなら。ミラディン人の宿営地で、ナヒリにつられて議論に参加していなかったなら。
もし。
「手遅れなんかじゃありません」
「いや、手遅れなんだ」彼女はジェイスの頬に触れた。「お前の内にもある。お前も、もうお前じゃない」
「何です?」
「このドロス窟では、屍気の池から空中に油が漂って感染を広めてる。お前も走ってきたんだろう。勇敢で馬鹿な、私の彼氏は」彼女はかぶりを振った。「お前も私と同じように、終わりなんだ」
「ここに辿り着く前に光素を飲んできました。俺には時間があります、俺たちには」
ジェイスは溜息をつき、ヴラスカに近寄った。彼女は身体を寄せ、ふたりの唇が触れ合った。終わりの影の中、最後にもう一度の口付けを。
彼女の唇に嘘の味を感じたその時、何かがジェイスの右掌を貫いた。焼けるような冷たさに、極めて慎重に作り上げた幻影が砕け散り、焼け焦げたファイレクシアの空の下へふたりは戻された。ジェイスは身体を離そうとしたが、ヴラスカは彼をしっかりと掴み、手を放しはしなかった。彼女は何よりも甘美な笑みを見せた。
「ファイレクシアの栄光のために」それは心地良さそうな声だった。
彼女はサソリのような湾曲した尾を生やしており、その先端には棘があった。それが彼を貫き、愛情とともにぎらつく油を注いでいた。ヴラスカは笑い声をあげ、両目を光らせると初めてその死の凝視をジェイスに向けた。彼は燃えるように熱い腕を掲げて顔を覆い、踵を返すと誰よりも自分をよく知るファイレクシア人から逃げ出した。
笑い声に追われて駆け、彼は金属をまとうタイヴァーに横から激突した。そのエルフは入り口から撤退してきており、他の仲間たちもファイレクシア軍の迫り来る猛攻撃から逃れてそこにいた。
ヴラスカは今も笑い続けていた。彼らはここで死に向かっていた。全員が。
ナヒリは歯を食いしばって息の音を立て、巨体の相手にその剣を振るった。「もう終わりよ!」その首筋のガーゼはいつしか剥がれかけており、動きとともにはためいていた。彼女は手を伸ばしてそれを剥ぎ取り、背骨から伸びた奇妙な突起を露わにした。誰かにそれを見られることなど意に介さない様子で、彼女は皆へと向き直った。
「ここで戦っても勝利なんてないわ。動き続けなきゃ作戦は進まない。だからあなたたちは動き続けるのよ。何かに掴まりなさい!」
彼女の魔法は燃え立つ潮のように上昇し、その力が十分な深みに達すると、対流から作り出された陽炎が大気の中に踊った。ナヒリの力は無尽蔵で容赦ないように思えた。表層の物質から丹念に呼び出したナイフが次々と動きを止めて地面に落下し、一方でその手に掴んだ剣が眩しく熱を帯びていった。容赦のない呼びかけに抵抗できず、彼女の周囲で闘技場が歪み、亀裂が走った。
ナヒリの背骨から伸びる骨が開くように広がった。まるでファイレクシア自体から途方もない力を奪い取ることが、恐るべき変質を加速させているかのように。彼女の皮膚がひび割れ、血ではなくもっと赤く燃える、深いところで脈打つものを露わにした。
壊れた戦場を隔てて、ナヒリはジェイスと目を合わせた。彼女自身の両目は今や、火の消えた石炭のように端から端まで真黒だった。「これを無駄にしないで。やるべきことを終わらせなさい」
ナヒリは剣を振り上げた。その瞬間、彼女の姿は伝説から現れたようだった――その瞬間、彼女は次元すら切断できたかもしれない。そして途方もなく大きな、恐るべき一撃で彼女はその通りのことを行った。すべてが暗闇へと落下した。
塵が大気を満たし、屍気に黒ずみ、不可解な輝きに照らされた。少しずつ、それは晴れていった。
エルズペスは上体を起こして咳をした。彼女は胴体から大きな瓦礫を押しのけて両手と膝をつき、半狂乱に皆の姿を探した。身体が磁器の地面に激突した衝撃で背負い袋は潰れており、貴重な光素の残りが地面へと浸みこんで虹色の霧へと消えていった。それを見て、彼女は泣きたいという衝動と戦わねばならなかった。
これまでのところ、光素が大いに役立ってくれたわけではない。敗北するところだったのだ。死ぬところだったのだ――運が良ければ。運が悪ければ、自分たちはファイレクシアの恐ろしい新たな道具と化し、多くの次元に破壊をもたらすことになっただろう。
いや、そのように考えることはできなかった。彼女は奮闘とともに立ち上がり、周囲を見て安堵した。コスが瓦礫の中から這い出てきた。彼は少し唖然とした様子で空を見上げた。「馬鹿か……なんてことを」彼は息を吐いた。
「え?」
彼は指をさした。「見ろ」
彼女は顔を上げた。銀白色の空に巨大な穴が開いていた。暗く粗く、まるで誰かが叩きつけて通り道を開いたかのように。
「彼女が闘技場をそっくり美麗聖堂へと落とした。信じられん」
仲間たちも瓦礫の中から集まってきた。タイヴァーは魁渡に手を貸し、ケイヤはジェイスを支えていた。酒杯の入った袋が自分のそれよりもずっと無事であるのを見て、エルズペスは安堵した。それは今も壊れてはいないようだった。
ナヒリの姿はどこにもなかった。
彼女たちの頭上で、ファイレクシア人たちがその穴から次々と現れ、ただちに彼ら同士の戦いを始めた。それらは落下するのではなく銀色をした空の表面にしがみついた。重力すら虐殺に味方していた。更なるファイレクシア人が壁面から湧き出た。それらは輝く銀と白の殻をまとい、美麗聖堂の住人であると主張していた。
エルズペスは振り向き、恐怖に息をのんだ。仲間たちも彼女の視線を追った。そこに、作り物の地平線に、翼を大きく広げたアトラクサの姿が眩しく輝いていた。その天使は主の領土への黒き侵入者たちと戦っていた。
「行くぞ」コスが言った。「この戦いはエリシュ・ノーンの軍の目をしばらく引きつけてくれるだろう。だが永久にはもたない」
「俺も永久にはもたない」ジェイスがそう言い、片腕を持ち上げた。それはヴラスカの毒を受けて火傷のように爛れ、皮膚が裂けて組織が見えていた。そしてそこには血ではない滑らかな輝きがあった。「光素が進行を緩めるだろうけど、止めてはくれない」
「メリーラ」エルズペスが声をかけた。
小柄なそのミラディン人はかぶりを振った。「治療の間、ジェイスさんは何もできなくなります。そして地表へ連れ帰るすべはありません。ここではできません」
ジェイスに驚いた様子は全くなかった。「ケイヤ、酒杯を返してくれ。このままだと俺は生き延びられない。だから俺が起動させる方がいい」
「それが売り文句にでもなると思った? 正気はどこへ行ったの?」ケイヤはそう言い、守るように袋を抱え込んだ。
「議論は歩きながらでもできる」コスが言った。「祭壇は近い。あの石術師は俺たちを目的へ駆り立ててくれた。その犠牲を無駄にしてはならない」
「ナヒリが俺を救ってくれた世界で生きてるなんて、信じられない」ジェイスが言った。彼は腕を一瞥して口元を歪めた。「けど思うに、信じる必要はなさそうだ」
彼らは移動を開始し、瓦礫の中の小道を進み、そびえ立つノーンの祭壇を目指した。
ジェイスはケイヤへと呟き続け、酒杯の袋を手渡すよう説得を試みていた。やがて表情に嫌気を浮かべ、彼女はジェイスの両腕にそれを押しつけて先へ進み、身体を紫色に閃かせて巨大な瓦礫を通過した。ジェイスはその袋を腰に下げ、そこには喜びも不満もなかった。ヴラスカと自分自身の未来を同時に失った、それは彼の内なる何かを壊してしまったようだった。ジェイスが両目に浮かべる絶望はエルズペスの心を痛めつけ、彼女はその姿を長いこと見てはいられなかった。
仲間の二人を失い――ジェイスを含めれば三人だ――光素もすべて失った。そして新ファイレクシアの中心に囚われ、帰る道は定かではない。
これ以上、失うものは何が残っているというのだろう?
美麗聖堂の燃え立つ空の下、アトラクサの堕落の光の下、彼女たちは進み続けた。