どうも、ジェンナです。ライアン・ミラーが今週の物語を書いてくれました。ライアンは基本セット2013デザインチームのメンバーで、《時間人形》は彼がデザインしたカードの1枚です。ライアンはまたKaijudo(『デュエル・マスターズ』海外版)のリードデザイナーでもあります。彼は物語に対して素晴らしい眼識を持っており、この連載に特別出演してくれて私は興奮しています。読んで下さってありがとうございます!



 バズルはふいに目を覚ました。恐慌の叫び声と、駆けてくる靴音が外から聞こえてきた。なんとか起き上がると、彼の周囲の212個の時計が立てる鐘の音とチクタク音に聞き耳を立てた。その音の心地よさに、助けを求める2度目の叫び声が上がるまで彼は何が起こったのかを理解できなかった。

 また外に出たのか。我が創造物は我が願いを無視し続ける!

 彼はそのクリーチャーの青銅の外装に目をやった。それは線条細工の筋を完璧に覆っており、わずかに浮いた錆がその姿をどこか堂々として見せてくれている。彼はその作品全てを彼自身で、勿論、その1本の腕だけで完成させた。彼は過去6年間ずっとわずらっている、ゆっくりと忍び寄る疫病で左腕を失った。その疫病は奇妙な時計職人を村の最下層民へと変えた。この類稀なる技能がなければ、疫病によって雪に覆われた森へと追放され、とうの昔に忘れ去られているだろうと、彼には確信があった。

 おそらくはもっと良いやり方があったのではないか......いや、ただの自己憐憫だ。なんてざまだ、老いぼれめが。

 彼は妻や子を持つという夢を諦め、弟子を指導するという夢さえも捨てていた。彼は自身の仕事に没頭した。その疫病にかかった者は全て死んだというのに、何故この奇妙な細工師だけが生きているのか、村人は誰一人理解できなかった。必然的に時計の注文は完全に途絶えてしまったが、それにもかかわらず彼は仕事を止めることはなく、見事な手製の時計を次から次へと作り続けた。彼の仕事場は銀と青銅の森の中、彼の周囲でカチカチカタコトと稼働音や鐘を鳴らす、不格好な墓所ののように見え始めた。彼は、それらは色鮮やかな鳥達のようだと想像していた。

 だがこれは――これは彼の最高傑作だった。その脚が必要とする何千もの歯車を切り出すために彼はほとんど目が見えなくなっていた。胸郭は最も困難なものだった。巨大な鍵が二つ、身体の前と後に、ばねを巻くために必要だった。ただ一本の腕だけで、彼は2本の鍵を同時に回す方法を考え出していた。腹側の鍵を十分にひねると、その機械仕掛けの腕が生命を持ったように動き出して背中側の鍵をひねる。それを考案するまでに1年かかり、正確に連携できる動きを得るまで更にもう1年かかった。そのことを思い出し、彼は微笑んだ。

時間人形》 アート:Vincent Proce

 そうだ、これこそが彼の最も偉大でとてつもない創造物だ。彼を遠ざけた世界へと、彼の永遠不変の遺産となりうるものだ。だが今それは他者を好み、夜に一人外出して路地の村人達を怖がらせている。彼は鍵を隠し、鎖で繋ぎ、大きな丸石に縛りつけていたのだがそれで十分ではなかったようだ。

 とがめることはできぬ。お前はどこへでも行ってしまうのだ、行けるのであれば。

 時々、彼は目覚めた時に店に奇妙なものがあることに気が付いていた。ここでは用のない物。衛兵の兜、鞍の鐙、一対の木製の入れ歯なんてものまで。よくあるのは、奇妙な鍵が何百本と詰まった黄麻布の小さな袋が、扉の近くに置いてあるというものだった。彼はそれらを元に戻すべきかと思い悩んだことはない。それらの元の持ち主は、彼が触れたものに決して触れようとはしない。彼はただそれらを、部品や道具や削りくずで覆われていない店のわずかな隅に押し込んでおく。そして忘れてしまう。それらは真鍮製なので、彼は全くもって必要としなかった。

 その朝、彼は驚くようなものがあるかと周囲を用心深く見た。彼はぎこちなく作業台へと向かい、お気に入りの椅子にぶつかりかけた。そして身を強張らせて痛ましい声を上げた。そこに猪皮製の覆いの上に未完成の機械仕掛けの腕が置いてあった。

 本当にずいぶんと老いさばらえたな、老いぼれよ。作った覚えもないものを作っているとは。

 彼は用心深くそれに近づき、健全な手をゆっくりと伸ばした、まるでその物体が生命を持って動き出し、彼を掴むのではと想像したかのように。彼はそれに触れてたじろいだが、全く動くことはなかった。このアーティファクトの何かがどこか正しくない。バズルの心に何かが引っかかった。

野生の勘》 アート:Lucas Garciano

 彼は机の隣、梟の時計から物眼鏡のついた革のヘッドバンドを手に取るとそれをはめた。その分厚い水晶を目に当て、彼は目の前の作品を精密に調査し始めた。

 線条細工もなく、切断した角は粗いままで、釘を打ち込んである! そして灰色の鉱物の痕跡が......亜鉛? これは真鍮だ! バルズは真鍮の使用を拒んでいた。それは彼の労力を安っぽく見せびらかす結果になる......少なくとも彼はそう判断していた。

 私が作ったものではない。他の誰かだ。

 彼の思考の矛盾した流れは、何かに気付いたことで遮られた。その腕全体に線が入っていたが、それらはでたらめなように見えた。明らかに故意だが、芸術的な論理には欠けている。その時、彼は角ばった歯と輪になった取っ手を見た。

 鍵。これは鍵を融かして作られたものだ。

 彼はそれをクリーチャーの腕、彼が製造したものの腕と比較し、見つけたくなかった証拠を発見した。その指は真鍮の細かい屑に覆われ、機械油で固まっていた。何十年も、彼は長い一日の仕事の終わりに、同じ油をこすり落としてきた。

 今、どうやら、彼はついに弟子を得たのだった。

 それが意味するものが水へと注がれた乳のように彼の頭を満たし、バズルは目を大きく見開いた。そのクリーチャーはどういうわけか創造主の商いを学び......何を作る? 友か? 軍隊か?

 彼は半狂乱になってそのクリーチャーの胸の鍵を引っ張ったが、まだ寝起きだったために健全な腕も上手く動かなかった。彼は歯を食いしばって再び引き、今度は鍵を抜き取って部屋の向こうへと放り投げると、それは金属音を立てた。恐ろしいことに、そのクリーチャーの腕が動き、背中の鍵を回し始めた。騒々しいクランクの音が哀れな小さい仕事場を満たした。バズルが何かする間もなく、その手が舞い戻って彼の顔面を真正面から殴りつけた。彼が最後に聞いたのは、212個の時計が鐘を鳴らす音だった。朝食の時間だった。

 2日目の朝、バズルは自然に目を覚ました。激しい頭痛が前日の攻撃を彼に思い出させた。彼は必死にあたりを見回し、何処に鍵を投げたかを思い出そうとした。鍵があれば、彼は再び創造物を制御しそれを分解してしまえるだろう。恐ろしい試みを終わらせ、衰えゆく威厳からこの老人をいくらか救うかもしれない。

警備隊長》 アート:Greg Staples

 民兵が外を行進していた。彼は衛視のしゃがれ声の叫びを聞くことができた。彼らは農家を捜索していた。彼の悪戯な金属の子を探していることは疑いなかった。だが民兵達が今日彼を訪問に来ることはないと知っていた。彼の家の扉には真黒な骸骨、疫病の印が描かれており、それは城壁よりも侵入者を防いでくれていた。彼はそれを塗り直す訪問者が年に一度やって来るのを楽しみに待っている自分に気が付いた。

 陽光が屋根の穴から注がれ、彼の視界の片隅に何かをきらめかせた。鍵だ! それは食事用の机の下、この店のあらゆる場所のように道具と金属片に覆われていた。彼は痛みにうめきながら立ち上がり、突然平衡を失った。彼は仕事椅子に倒れ込むと、それ以上転ばぬようにそれを掴んだ。身体を起こした時、心臓が口から飛び出るほどに驚いた。

 切断された頭部が彼を見つめていた。

 彼は衝撃に卒倒した。意識が戻ろうとする中、彼は不可思議な腕に見た金属の特徴に気が付いた。これは機械仕掛けの頭だった。衛兵の兜が頭蓋骨の形を成しており、バズルの物眼鏡が目に、そして鐙と木製の入れ歯が人間の顔の哀れなまがいものの顎にはめられていた。彼は自身の心臓の深く低い音が、彼を取り囲むチクタク音にほとんど同調するのを聞いた。

 お前の子はお前の制御能力を越えて成長した。お前は十分に一人でよく残ってきたものだ、愚かで、哀れな老いぼれよ。

 彼は床にしゃがみこむと鍵へと手を伸ばした時、恐ろしい、だが馴染み深い歯車の回転音を聞いた。そのクリーチャーは心までも得たが、どうも静かに動くという意図はないようだ。バズルは健全な腕で這うと鍵が与えてくれる黄金の契約へと向かった。

 遠くはない。ほんの腕の長さ、手の幅、指の向こうだ。

 指先に鍵の金属の冷たさを感じたその時、そのクリーチャーの腕が彼の首を掴んだ。苦痛が彼の精神を貫き、部屋が回転するように感じた。彼はクリーチャーが鍵へと手を伸ばすのを見た。そして鍵を差し込み、金属機構が稼働する音を聞いた......

 3日目の朝、バズルは目を開けた。彼は一瞬、過去2日間の出来事を忘れた――その精神状態をすぐに羨んだ。彼は作業椅子に座っている自身に気が付いた。首の痛みを感じ、撫でようとするも彼の腕はその要求に応えなかった。

 部屋を一瞥して、彼は何故かを知った。寝台の傍に、彼のかつて動いていた腕が切り離されて置かれていた。そして彼の肩、その場所には数日前に見た金属の腕が取りつけられていた。

 これが、ずっと望んでいたことではなかったのか?

 彼は自身の創造物、金属の身体を見下ろした。製作に6年を費やした身体を。疫病による忍び寄る死を騙し続けてきてくれた身体を。バズルが気づくのは遅すぎた、それは仲間を作っていたのではなかったと。それは軍隊を作っていたのではなかったと。それはただ決めただけだった、それは腐りゆく老いた時計職人と身体を共有しはしないと。

肉屋の包丁》 アート:Jason Felix

 腕が再び動き出した。バズルの精神がいかに止めろと叫ぼうと、彼はそれを制御することはできなかった。彼が創造した、そして今や一つの新たな主人へと仕える手を、バズルは見ていることしかできなかった。

 机は外科手術の道具で散らかっていた。血まみれの骨鋸と巨大な包丁。彼は自身の創造した腕が動くのを見、ばねがその緊張を解放する歌を奏でるのを聞いた。金属の指が包丁を掴み、首の高さに上げられ、背後に掲げられた。

 彼が最後に見たのは、店が彼の周囲で天地逆転する様子だった。彼は頭部の、最後のカチリという音は聞かなかった。その手が新たに空白となった場所へとはめ込む音を。

 そしてついに、彼の創造物は完成した。

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)