隠し財産の元帳
前回の物語:不自然淘汰の原則
この物語は年少の読者には不適切な描写を含んでいる可能性があります。
日付:ダゾの15日
場所:クローバー高層住宅街
徴税状況の概要
徴税名簿掲載人数:360名
- 給与から規定の30%全額を納付した者:259名
- 債務契約と共に一部を納付した者:87名(詳細は債務元帳を参照)
- 公開鞭打ち刑及び年季奉公を選択した者:13名
- 公然と納付を拒否した者:1名 規定によりこの者及び同居家族の資産は没収され、係争中の支払補填に充てられる。
徴税の週計
- 貨幣 21,890ジノ
- 債務契約 7,503ジノ
- 差し押さえ 4,401ジノ(見積り評価額は下記参照)
差し押さえ 品目1 貨幣の鎖、銀製。69ジノ相当。個数3
差し押さえ 品目2 オルゾフの魔除け、水晶の日輪付きラピスラズリ製。155ジノ相当。個数1
差し押さえ 品目3 スラルの仮面、黄金製。109ジノ相当。個数7
公認徴税人として働き始めて三週間になる。けれど父の保証とは裏腹に、全く簡単などではなかった。今日は特にひどかった。だから私はこれを今、元帳に書いている。どうせ誰も読みはしないし、誰もわからないだろうから、思ったことを書き留めておく。
今日は初めて納付を拒否された。問題の市民が抗議していわく、新たな規定の30%は多すぎると。思い出せる限りずっと10%だったと。私は穏やかに説明した、今も10%は10%だと――最初の10%は防衛と戦略に用いられ、次の10%は公的奉仕と設備に、そして最後の10%はケイヤ様と貴人方に貴重な時間を費やして頂く補填としてオルゾヴァへ送られる。けれどその男は聞く耳を持たなかった。私は必要に応じて残りの20%を補填する手段を提案したが、するとその男はギルドを罵倒し始めた。ギルドマスターであろうと俺の懐に手を伸ばすのをやめろ、何かされる前にな、というような。
挑発と悪口は大目に見ても、ケイヤ様への露骨な罵倒を無視することはできなかった。彼を取り押さえようと動くと、その男は両目を凶暴なコウモリのように引きつらせて襲いかかってきた。そして素手で私の黄金の鎧を叩いたが、やがて血で赤く染まった。私はあらかじめ武装していたので杖を用いて足元をすくった。男はよろめいて地面に倒れ、重く苦しい息をついた。そして私を睨み付けてきた、振りかかろうとしている罰はまるで全て私が悪いとでも言いたいかのように。
支払を拒否したのは向こうの方。私は自分の仕事をしただけ。
日付:ダゾの24日
場所:成功の団地
徴税状況の概要
徴税名簿掲載人数:292名
- 給与から規定の30%全額を納付した者:120名
- 債務契約と共に一部を納付した者:127名(詳細は債務元帳を参照)
- 公開鞭打ち刑及び年季奉公を選択した者:37名
- 公然と納付を拒否した者:8名 規定によりこの者及び同居家族の資産は没収され、係争中の支払補填に充てられる。
徴税の週計
- 貨幣 6,890ジノ
- 債務契約 37,503ジノ
- 差し押さえ 8,143ジノ(見積り評価額は下記参照)
差し押さえ 品目1 真鍮製の棘付きナックル、37ジノ相当。個数3
差し押さえ 品目2 小型の吊り香炉、銀製に黄金の縁取りあり。155ジノ相当。個数12
差し押さえ 品目3 通信用耳覆い、ディミーア製。109ジノ相当。個数1
今日、夕食の後、徴税から隠し取った金額を父へ渡した。五百ジノ近く。父は見開いた目をガラスのようにきらめかせ、そこに黄金の反射光が見えるほどだった。父は滲んだ涙が零れる前にそれを拭うと、私を強く抱きしめた。
「先週よりも二百ジノも多いじゃないか! それでこそ私の娘だ!」 そして父は私の耳をつねった。先細りつつある家計に貢献できたことを誇らしく思った。近頃は厳しかった、オルゾヴァへの徴税行の前から。
数年前、一連の投資の失敗によって父の相続財産はほとんど消えてしまった。父は祖先の霊が死後も固執する莫大な財産から借金を求めた。事業の失敗を認めることは父にとっては屈辱であり、私達も全員、免罪の日や決算前日には軽蔑の視線を向けられるのだろうと思われた。けれど父は、債務を負うよりももっと悪い状態で戻ってきた。父が持ち帰ったのは真実だった。家族の資産など無いと。祖先の資産は幽霊議員の宝物庫に固く繋がれていたため、彼らが塵へと帰した際に、その資産もまた消えてしまったのだと。我が家のご先祖様たちはそれでもずっと裕福なふりをしていたけれど、実際には自分達用にほんの数百万ジノがあるだけで、一部ですら貸すことなどできないと。
私は憤慨したけれど、父は私よりもずっとよく理解していた。私達にとっても、外面を保つことは重要かつ高くつくものだった。噂が貴人方へ届く可能性があるため、使用人を三人から減らすことはできなかった。司教である父は唯一彼らと時折同席するけれど、貴人方の影の中に立つことは多くの者が待ち望む特権だった。私達の社会的地位を落とす危険は冒せないため、家族全員が力を貸すことになった。徴税が私のそれとなった。
「お前ならできると思っていた」 父はそう言って、その金を深い懐へと押し込んだ。「もっと気楽にやっていいと言わなかったかな?」
こちらで一ジノ、あちらで一ジノ。元帳を誤魔化す。徴税人なら誰もがやっている。
私だけができなかった。父が私へこの職を勧めたのもそれが理由だった。正当に働いて、正当に隠し取る。父は笑いながらそう言っていた。けれど人々から金を取ることに喜びはなかった、それが私の家族にとって必要であっても。何故ならそういった家族は私達ほど富んではいないのだから。そのため私は肉魔道士の助手という副業に就いた。スラルを作るのは魅力的な仕事ではないけれど、稼ぎは良くて私はそれに長けていた。もし両親に知られたら、縁を切られてしまうだろう――私達の地位から見て肉の魔術はとても卑しい。それ以上に、もしご先祖様に知られたなら……それは考えたくもない。
毎週、私は手にした額の半分を父に渡した。もう半分は徴税で困窮した市民を援助した。多くのことはできなかったけれど、心の内では、同じことをしている徴税人がもっといると信じた。
日付:プラーツの11日
場所:貴人街 南部区画
徴税状況の概要
徴税名簿掲載人数:402名
- 給与から規定の40%全額を納付した者:34名
- 債務契約と共に一部を納付した者:339名(詳細は債務元帳を参照)
- 公開鞭打ち刑及び年季奉公を選択した者:34名
- 公然と納付を拒否した者:29名 規定によりこの者及び同居家族の資産は没収され、係争中の支払補填に充てられる。
徴税の週計
- 貨幣 1,890ジノ
- 債務契約 68,667ジノ
- 差し押さえ 22,852ジノ(見積り評価額は下記参照)
差し押さえ 品目1 導き石、魔法付き 67ジノ相当。個数4
差し押さえ 品目2 印章、汚れあり。55ジノ相当。個数2
差し押さえ 品目3 人間の血1クォート、殺菌済み。109ジノ相当。個数12
父はとても不機嫌な様子で帰宅した。一攫千金の目論見がまたも失敗したらしかった。片脚の様子は酷いもので、ねじれた青灰色のスラルの肉が同化していた。気付かれないように近づいて肉魔術をかけようとしたけれど、父は怒り狂って家中を荒々しく闊歩した。その足の裏に貼り付いたスラルの仮面が石の床に強く叩きつけられて、母の骨董品棚から陶器の人形が転げ落ちた。父はセレズニア議事会を罵った。草食いの、葉っぱを着て洗脳された狂信者だと、この手で倒してやると。その間ずっと、父のポケットの穴からは銅貨が転げ落ち続けていた。どうやらイゼットの機械とワームが関わっているらしいとわかった。気になったけれど、詮索はしなかった。
父がああなった時は、無視するのが一番なのだ。
今日、肉魔道士ジャレクの所で働いていた時、興味深い出来事があった。私が忙しく屍を精製していると、懺悔室から彼の声が聞こえてきた。
「お黙りなさい。もはや嘆願は無意味です」
一人の女性が助命を願っていた。珍しいことではなかった。あらゆる借り手がそうしてきた。けれどその女性は言った。「ヴィトゥ=ガジーの弱点を知っています。少し調教師に確認する必要がありますが、きちんと償います。負債は全額清算できます!」
とても気になった。私は扱っていた屍を荒々しく落とし、更には扉に向かう途中でひざ関節の山を崩しかけた。懺悔室を覗き見ると、小奇麗なセレズニアのローブをまとった女性がいた。囁くようにさらさらと鳴る薄い生地。けれどその女性の物腰は性急で粗野、そこに私は驚いた。子供の頃、私は内心セレズニア議事会に入りたいと思っていた。その道と「贈り物」の力を学びたいと思っていた。その願いが根付く前に父がそれを閉ざしたため、彼らについて多くを学ぶ機会はなかった。けれど一つだけ知っていた――オルゾフ組から借金などをする議事会員はいない。つまり、この女性は間諜なのだろう。恐らくはディミーアの。
ジャレクは無慈悲に、懺悔室の隅に密かに潜ませたルーンを起動した。魔法がその指先から発せられた。当初はぼんやりとした黒い煙の触手が、すぐにダガーのように尖った。彼は負債人を頭から爪先まで剥いで、切り終わるや否や、その霊が彷徨い出て天井へと向かった。それが逃げる前に彼は呪文を唱えて祈祷書へと束縛し、今日刈り取った他の霊と共に壁に並ぶよう命令した。十三体。繁忙期だった。
ジャレクは私を呼んだ。五つ数えて、私は扉から覗き込んでなどいなかったかのように駆けこんだ。そして懺悔室から屍を引きずり出し、服を剥ぎ、腐敗を止める香油で清めた。次に図解を見て、切り取るべき形状を確かめた。宝庫のスラルの注文が入っていた。重量六トンの四足獣を作り上げるのは手際を要する肉のパズルで、必要となる人型生物の屍は通常四十を下らない。けれど私は独学で三十三でできた。こつは、念には念を入れて測ること……大きな秘密ではないけれど、驚くほど沢山の魔道士が特に計算もせずに魔法を唱え始めるのだ。私なら残った肉の切れ端から完全なスラルをもう一体作り上げられる。
けれど画用木炭でそのスラルの輪郭を描き始めながらも、私の両目は床の中央に小さく畳まれたセレズニアのローブが気になっていた。
そんな宜しくない考えが消えるよう、私は祖先の霊へと祈った。
私が今日連れている小型飛行スラルの一体が鳴き、私とそのローブを交互に見つめた。まるで私が何を考えているか知っているように。
「そんなつもりは……」 私はスラルへと言い返した。そのローブを手に入れるのは不適当に思われた。それは今やオルゾヴァのもの、没収資産として元帳に書き込むべきものでしかない。
差し押さえ 品目12,542 セレズニアのローブ、絹製。68ジノ相当。個数1
その記述を見逃す者はいない。私はそのローブを鞄に押し込んだ。
もしかしたら、隠し取るのも悪くないのかもしれない。
ここまでを読み返して思うに、父を印象悪く書いてきたかもしれない。けれど全てにおいて父は素晴らしい人だった。裕福だった頃、父はしばしば芸術へと資金援助をして、正餐の間の窓に掲げる祖先のステンドグラスを依頼していた。また父は幾つかの小さな事業に投資していた。その一つは呪文鍵生成器の製造で、それはラヴニカの警備業界を一変させた。そして私については聖者のように忍耐強く理解を示してくれた。子供の頃、私は少しだけ反抗的な所があった……自分が何者なのか、何に属するべきかを見極めようとしていた頃。ある時、私が髪を虹色に染めても(もちろん緑以外の……父はその色を家の中では決して許さなかった)父は全く動じず、一緒に聖堂を歩いてくれた。母は社交クラブの淑女仲間に見られるのが気まずくて、十歩背後で縮こまっていたにもかかわらず。あの威圧的な聖堂のアーチの下では私の存在は矮小で、けれど父の隣で、あの笑みと共に歩いたなら、まるで巨人になったようにも思えた。父は想像できる限りの方法で私を支えてくれた。だから、父のために私の内なる願い一つを否定するのは何でもなかった。
父を通して、自分のギルドには善が満ちているとわかった。だから私はオルゾフで満足だった。
日付:プラーツの26日
場所:贖罪の場
徴税状況の概要
暴動発生のため徴税は一時保留。状況鎮圧のために派遣兵が第10管区から投入されている。
不意に午後が自由となり、明日も仕事に戻れそうもなかった。市民は次の徴税がすぐに来ることを嬉しく思うわけはなく、私も鎧の隅々から血をこそげ取ることに疲れてしまった。
父は今後の事業のために桟橋の親方と会いに、母は社交クラブへ出ていた。そのため今日家にいるのは私だけだと思っていた。
寝台の下に隠したセレズニアのローブを思い出すまで長くはかからなかった。それを着てみようと思った、ただどんな感じかを確かめようと。それは凄くぴったりで、長くまとってきた鎧に比べると、まるで雲をまとっているかのようだった。葉の金線細工が腕を走るのを、うねる蔓で髪をまとめるのを、果実と花をそこに差すのを想像した。居間に降りて身を翻し、ヴィトゥ=ガジーを見立てて母の堂々とした骨董棚の前でお辞儀をした。私は踊った、まるであの世界樹の葉を鳴らす風になったかのように――まるで自由になったかのように。人々が骨肉にしようと働いた資産を奪うことから、そして彼らの実際の骨肉を奪うことから。
そして玄関扉が音を立てて閉じられた。父が戻ってきたのだ。沼のような悪臭から判断して、仕事の話は芳しくなかったのだろう。急いでこの不実なローブを脱ごうとしたけれど、背中の紐はきつく縛られていた。どうすることもできず、私は影の中に隠れた。父はウイスキーの木箱を駄目にされたとわめき散らしながら急ぎ入ってきて、濡れた外套を脱ぎ捨てた。黒い羊毛はごみだらけだった。
「ミリー!」 まだ自室にいると思ったのだろう、父は大声で私を呼んだ。「ミリー! 来なさい!」
そしてその両目がようやく部屋の暗闇に慣れ、私の姿を見た。
父がこれほど狂乱した様を見たことはなかった。その声は垂木を震わせ、塵を降らせた。この家でセレズニアのローブをまとうとは? 私は勘当されるだろう。そのため私は言い訳を急いだ、あらゆる言い訳を。
「お父様、私、情報を入手したんです、ヴィトゥ=ガジーに弱点があるっていう」 言いよどんで、けれど私は続けた。「潜入して、この眼で確かめるつもりなんです。それを手に入れられたなら、セレズニアの全てが私達に慈悲を請うでしょう!」
「どこでそんな情報を手に入れた?」 父は目を狭め、不機嫌に言った。「徴税人の仕事で聞くものとは思えない。お前の上役に話をしよう」
私はまだ湿気の多い父のシャツを掴み、かくなる上は肉魔術の件を白状しなければならないと覚悟した。「上の人からではありません。私が間諜から自分の耳で聞きました」
「だが何処でだ?」
「その間諜は命乞いをしていました、魂を確保される寸前に。私……空き時間にとある肉魔道士の下で働いているんです」
父の苦々しい顔を宥めるのは容易でなかった。私は言い訳をするのではなく、繰り返し反抗してみせた。父の信頼を取り戻すには、納得させなければいけない。
「お父様、その情報が私達を底知れない富で祝福してくれると考えたからこそ、私はこの恥ずかしいぼろ布を纏っているのです。お父様とお母様がどれほど自らの幸福を諦めて私に向けてきてくれたか、心に染みてわかっています。セレズニアの弱点について耳にした時、私はただ、いかにしてそれをオルゾフ組の繁栄に繋げるかということだけを考えました。徴税人として私は威圧と戦い方を学びました。お父様は私に、家族の利益のために組織を操る方法を教えて下さいました。お願いです。行かせて下さい」
父の両目が、態度が和らいだ。筋肉から緊張が解け、抱擁のために両腕が広げられた。
私は父の心に果報の種を植えたのだ。そしてこのローブをまとった私を父は、もはや裏切り者ではなく、家族の繁栄を取り戻す後継者として見ていた。
怖いのは果たしてどちらの目線なのか、私にはわからなかった。
日付:モコシュの7日
場所:入会者居住区域
本当に来てしまった。セレズニアの新入会員説明会。
そして私は本物の日誌を手に入れた。祝福を倍掛けされた椰子葉の紙製、パルプには小さな黄色の花が押し当てられている。頁は脆くめくりづらい厚さで、所々は能動的にインクを弾くようだった……けれど美しくて、自分のもので、隠す必要もなかった。実際、長老たちは必要に応じて自分の感情を書き記すことを積極的に奨励していた。
私達の組には三百人強がいた。割り当てられた新人部屋で一緒になったのはダニカ、カズ、ヴァシル。カズとヴァシルは門なしだった。ダニカはアゾリウスの拘引者として働いていたけれど、ウドゼク暴動の殺戮とその後の戒厳令の後、ノイローゼになって視界を変える必要があると決めたとのことだった。私達の新人部屋はもう四つに続いていて、それが一本の支枝を形成して、その枝が太い幹へ、更に根のような機構へ繋がっている。けれどその先の話を私は聞いていなかった。丁度そのあたりから、私達三百人全員の脇臭が鼻に襲いかかってきていた、まるで強烈に卑猥な言葉のように。
私達は果実と香油の暖かな浴槽で身を清めた上で、清潔なローブに着替えていた。最初は極上の香りを放っていたけれど、植物性のそれはどうやら私達の汗腺が発する汗と悪臭には何の効力もないらしかった。新入会員の一人が不平を言おうと苦々しく手を挙げた。
長老はその臭いを「自然のオーラ」の一部と呼び、すぐに慣れると保証した。
ダニカが小さな薬瓶を回してくれて、私達はそれぞれ香油の一滴を鼻の下につけた。そして座り直すと祈りの教えへと真剣に耳を澄ました。
日付:モコシュの12日
場所:議事会の集会所
これを書くのには気まずさすらあるけれど、早くも家が恋しかった。確かにオルゾフ組にはオルゾフ組の問題があるけれど、衛生については申し分ないし、紙をじっと見つめただけで粉々に崩れたりしない。そして人生でこれほど通貨というものの有難みを実感したことはなかった。例えば昨日。初めて集団的祝福へ参列するように言われたのだけれど、安物のローブではなくもっと綺麗なものを着て出なければいけないとすぐに思った。一週間近く着続けた服はもうみすぼらしくて、けれど入会者居住区域から歩いて行ける距離に服屋はなかった。外出用のローブを作る仕立屋が幾つかあるだけだった。
美しく滑らかな絹地に金糸の刺繍がされたローブを見つけて、それが欲しいと思った。ポケットから財布が自ら飛び出したように思えたほどだった。素晴らしい、驚異的な一着だった。良い投資者がいれば、この仕事からどれほどの利益が得られるだろうかと考えずにはいられなかった。負債人を何人か雇って、針仕事を全て任せる。一年目には自分だけでも利益を三倍にできるだろう。品を増やして、ブリキ通りに店舗を買って、もっと投資者を得て、それから……
……けれどそれはセレズニアの流儀じゃない。悪いことに、その仕立屋はローブを銅製の湯沸かしかバンドゥ磨きの枝切り鋏以外とは交換しないと言った。バンドゥ磨きの枝切り鋏というのが一体何なのかわからなかったので、銅の湯沸かしの方が簡単だろうと判断した。金属工の所へ行ったら、湯沸かしには靴下が四足欲しいと言われた。近隣唯一の毛糸織りは白狼の毛三ポンドを欲しがった(それを何に使うのかはあえて詮索しなかった)。年老いた狼乗りが子狼を交換に出したがっていたので、私はその狼を(……子狼ではなく)拝借した。毛を毛糸織りに渡して靴下を金属工に。私は物々交換に没頭して、けれど朝の時間ほとんどを勉強ではなく走り回って過ごしてしまい、ついでに言わせてもらえば、私の「自然のオーラ」はすさまじく熟していた。
集団的祝福への参加前に時間は無さそうだったので、仕立屋へと戻る前に身体を綺麗にした。扉を叩くと女性店主が応えたので、私はその目の前に湯沸かしを掲げた。綺麗に磨かれたそれに、私は誇りの笑みを抑えられなかった。「あのローブと交換したいの。お願い」
女性は最高に親切な笑みを浮かべて言った。「けれど、もう湯沸かしは手に入れてしまったんです」 その家の中で、ほんの二十分程前に別の客と交換したという湯沸かしが音を立てていた。頭痛がした。心も痛んだ。
新人部屋に戻ると、ダニカが私の惨状を見てショールをかけてくれたので、ローブの見た目はすっかり違うものになった。私達は祝福に遅刻したため、シャーマンが気付かないよう後方に座った。詠唱の三時間目には落ち着かなくなり、椰子葉紙の手紙を回しはじめた。私はダニカへと、明日一緒にヴィトゥ=ガジーへ行かないかと尋ねた。彼女は私よりも先に議事会に馴染んだようで、そのため手を借りられればと思った。ダニカは同意してくれて、手紙は返ってくると同時にパルプの塊へと消えた。私達は何とか笑いをこらえた。
ヴィトゥ=ガジーの弱点を見つける機会は僅かなのはわかっていた。父の失望が待っていることも。家族の財産は取り戻せないかもしれないけれど、少なくとも努力したことは伝えられると思った。それに父の誕生日が近づいたなら、彼はすぐにこの馬鹿げた計画を何もかも全て忘れてしまうかもしれない。オルゾフ組では、誕生日をコインの首飾りで祝う。そして毎年、父が多大な時間を費やして取り入ろうとしてきた貴人方は惜しみ無く富を浴びせてくれるだろう。勿論、上の人達にとってその首飾りは些細ながらくたに過ぎない。けれどその気前の良さが私達一家を何か月も、あるいは一年も保ってくれる。
思い返すと、子供の頃は誕生日に貰えるお金はただ楽しいお金で、父が紐からコインを切り落とし、積み上げるのを手伝ったものだった。指定された通り、父はその半額を教会に寄付した。けれどもう半分はわずかな賭け金が資産となるのを夢見て、ドローマッドのレースに費やした。父はいつも私を連れて行ってくれた。私は膝の上に乗せられ、けれど父が興奮して立ち上がる度にそこから落ちた――勝ちを喜ぶことも、負けを罵ることもあった。後者の方がずっと多かった。
年を経るごとに、父は懐を空にして帰宅することが多くなった。あと少しだったのにな、と大きな笑みを広げながら。そしてやがて、私が物欲しそうな目で見ていると、父は私の耳をつねって、最後の一枚を耳の裏に見つけて驚いてみせたのだった。
そろそろ四時間が過ぎようとしている。もうお尻の感覚がない。ああ、心から家が恋しい。
日付:モコシュの13日
場所:入会者居住区域
今日は成長の呪文を学んだ。部屋の仲間は四人とも「贈り物」を見出したようで、種を逞しい茎にまで成長させることができていた。私は、何か起こって欲しいと祖先の霊に祈ることで時間を費やしていた。長老が瞑想から戻ってきて、私の哀れな素焼きの鉢にただ土が満たされているのを見る前に、何でもいいから起こってと。
「ヴィトゥ=ガジーの詠唱を試した?」 心配から額に皺を寄せて、ヴァシルが尋ねてきた。
私はかぶりを振った。昨日の朝は湯沸かしを追いかけて過ごしたので、練習する時間が持てなかったのだった。ヴァシルは詠唱を一通り教えてくれ、自分でも試してみると、何かが土の下でうごめいた。けれど種が芽吹くことはなかった。それを掘り出して掌に載せると、丸々とした白い種は震えて、茶色に萎れた。
「大丈夫だよ」 新しい種を鉢に押し込みながら、カズが言った。「芽吹きの祈りは誰にでもできることだから」 そして私を小突いた。「簡単すぎるから新入りにも教えないんだ。詠唱するまでもないって」 そしてカズが指先で渦を描くと、緑の光球が集まってその手の中で魔力が脈打ち、彼の鉢へと散った。彼の多肉植物は即座に倍の大きさへと成長した。
私は同じことを試みて、そして自分の土へ振りかけると、三本の芽が現れた。私は一瞬喜び勇んで、けれどそれらは先程の種と同じく萎れてしまった。
部屋の全員が手詰まりになると、支枝の何人かが助けに入ってくれた。そちらも失敗すると、魔法の授業を免除された太幹の一人が助言をしてくれた。けれどどれも駄目で、長老はいつ戻ってきてもおかしくなかった。もしかしたら私は、あまりに死に触れ過ぎてきたために何かを成長させられないのかもしれない。
それでもダニカは私を見捨てなかった。長老が来る直前まで、私と一緒に詠唱してくれた。そして最後の最後に、私と鉢を取り換えた。
「良くできていますね」 長老は私にそう言って、葉を摘まんでそのしなやかさを確かめた。「大変宜しい」 だが次にダニカへと向かい、萎れた芽を見て眉をひそめた。「君もいつかは贈り物を見出すだろう。だが今日はこの後、瞑想の補修をして過ごしてもらいたい」
後に、何故そこまでしてくれたのかとダニカに尋ねてみた。私が心からヴィトゥ=ガジーを訪れたいと思っていることを知っていて、一緒に行くのが無理ならばせめて一人だけでも、そう彼女は言ってくれた。私はどう言えばいいかわからず、ただ彼女の気前の良さと無私の心に、そして手を差し伸べてくれた皆の優しさへ頭を下げた。
一人で議事会堂へ向かうと、その前に立つまでもなく、巨大な世界樹に圧倒された。個人としてそれを見るのはほろ苦くもあった。完璧すぎて、穏やかすぎて、有機的な建築が取り囲むようにうねって、まるで石ではなく煙の粒でできているかのようだった。明日には手ぶらで帰らなければならない、そして父の失望に直面するのだとわかっていた。けれど何かが太腿でうなり、その感情は流れ去った。手を伸ばすと、ローブに今まで気づかなかったポケットがあった。事実、ポケットがあるとは思っていなかった。中に手を入れると、魔力の糸が散って消えた。ポケットは不意に重くなり、ローブを引いた。
誰も見ていないことを確かめると、私はそれをポケットから取り出した。一つのアーティファクトが入っていた……セレズニア製の。手の内で脈打つそれをヴィトゥ=ガジーへと掲げた時、驚くべき真実がわかった。この巨木はイゼット団のとある魔道士長による攻撃から復活したのだけれど、修復は表面的なものに過ぎないらしかった。樹皮の下に、この世界樹の脆さを見ることができた。ストレスのひび割れが枝に走り、隠された支柱がかろうじてその重量を支えていた。綿密に計算された攻撃一つで、全構造が倒されてしまうだろう、今度こそ完璧に。
このアーティファクトはオルゾフにとって百万に値するだろう。数千万にも。あるいはもっと。私の一家は絶望から引き上げられて、父が私に抱く誇りは太陽のように眩しく輝くだろう。
日付:モコシュの14日
場所:寝室
昨日の夕刻、私ははるばる議事会から家へ急いだ。自分の発見を父へ伝えたくてたまらず、汗だくで息を切らして玄関扉をくぐった。そして私が口を開くよりも早く、父は私の惨状を一瞥し、召使を呼んで香りの良い石鹸と入浴を用意させ、見苦しくない衣服を出させ、オルゾフらしい食事を作らせた。そしてようやく、父は私からの知らせに耳を傾けた。それだけでなく母に社交クラブから戻るよう知らせを送った。母は家に着くと、私を上から下まで褒めそやしては髪から木の枝と果実の茎を摘み上げた、まるで母狼が子の毛皮を整えるように。
「寂しかったのですよ、ミリー」 母が私の名を、歌のように口にするのが初めてだった。母がこれまで私に向けてきたあらゆる当惑は消えて無くなっていた。「あなたがいない家は別物のようで。お父様はひたすら、会う人会う人に自分の娘の勇敢さを自慢していましたのよ」
牛肉と肉汁の匂いが漂ってきた。麦のフレークと干し果物だけで一週間を過ごした後では、全身から涎が出るようだった。そちらが気になって仕方なかったけれど、母は私の顎に手を添えて顔を向けさせた。
「わかっていますよ、あなたのセレズニア旅行はただの企みだったと。子供の頃からあのギルドに憧れていたでしょう、母親は知っているものなのですよ。お父様には、これを見つけたとだけ言いなさい」 母は一つのアーティファクトを手渡してくれた――柔らかな白い光を放つ、繊細な黄金の冠。「ヴィトゥ=ガジーの広間でくすねてきたと言いなさい、素晴らしいお話を考えてね。それで今は、あの人の富への空想を満足させられるでしょうから」
母はそう言ったけれど、私はもっと大きな秘密を晩餐に明かしたくてたまらなかった。ご先祖様の霊ですら加わって、今の私達には豪奢すぎる美味な饗宴の上ですねた。私は自分の経験を語り、父は私のあらゆる言葉に身をのり出した。ひどい紙や物々交換で過ごした朝のことを語ると、父は声をあげて笑った。母は誇らしく目尻に皺を浮かべながら微笑んでいた。そこに私が見たのは、家族が既に持つとても豊かな財産だった。懐の中のコインではなく、それぞれの心に抱く互いへの愛情がそれだった。私は議事会での友人のこともまた思った。あの短い時間でできた深い繋がりを。とても捨てようとは思わない繋がりを。
話がヴィトゥ=ガジーに至った時、私は心を変えた。あの樹の弱点については話さないでおこうと思った、家族が真の財産を共有するために。代わりに私は母が渡してくれたあのアーティファクトを見せた。
「収斂の冠? ミリー、何という宝物だ!」 父は声を上げ、そして私を抱き寄せた。母と私は密かに陰険な笑みを交わした。
「お父様のためです。誇って頂きたくて」
「ああミリー、私はいつだって誇らしいよ。そして世界中のどんな宝物だって、お前以上に愛することのできる物などあるものか!」
セレズニアの日誌はこれで最後になるだろう。父にこれを見てほしくはない。とはいえこの紙は取っておいても数か月ももたないだろう。何せ、私の涙が頁をくしゃくしゃにしてしまうから。
日付:モコシュの29日
場所:貴人街 北部区画
徴税状況の概要
徴税名簿掲載人数:614名
- 給与から規定の18%全額を納付した者:551名
- 債務契約と共に一部を納付した者:65名(詳細は債務元帳を参照)
- 公開鞭打ち刑及び年季奉公を選択した者:65名
- 公然と納付を拒否した者:0名
徴税の週計
- 貨幣 68,417ジノ
- 債務契約 3,670ジノ
- 差し押さえ 2,852ジノ(見積り評価額は下記参照)
差し押さえ 品目1 魔法のルーン、67ジノ相当 個数3
差し押さえ 品目2 印章、激しい汚れあり 75ジノ相当。個数1
差し押さえ 品目3 コウモリの糞の細口瓶。205ジノ相当。個数12
私は仕事に戻った。状況は幾らか良くなった。幸運にも、私は最悪の暴動を逃れていた。街路には平和が取り戻されて、オルゾフ組はとても良心的な18%の徴税で合意していた。この一か月、鎧から血を洗い流すこともしていない。
先週、父の誕生日だった。予想通りに父は小さな宝物を、コインの首飾りを持ち帰った。けれど最高の贈り物は、私からのそれだと言ってくれた。
「これは魔法のお金の木」 素焼きの鉢を見せて私は言った。父は若木を見て眉をひそめた。家に緑のものを入れたことで叫ばれそうになった時、私は土の中に指を入れて一枚の金貨を取り出した。
父の目が輝いた。
「昨日、差し押さえからくすねたの。毎晩、一枚のコインを実らせるのよ」
以来、父はその木を健気に世話している――水をやり、十分な日光に当て、誰も聞いていないと思う時には話しかけすらしていた。そして毎晩、父が眠りにつくと、朝の短い時間まで肉魔術の仕事に出る前、私は土の中に一枚の金貨を隠すのだ。
このほんの僅かな緑が家にあることで、私は静穏と希望に満たされた。今のところは、生活に加えることを父が許した一本の若木に過ぎないかもしれない。けれどすぐにそれは鉢から根を広げていくのだろう。そしてやがて、私も同じように。
(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)