あれが見える? 夜の空高く浮かぶ赤い点を。破壊の前兆。この狂気の世界で、君が頼りにできるものは多くない。だけど僕は一つ確信している、その赤い点は僕にまっすぐ向かってきているって。

 僕は苦痛の使者だ。数えきれない戦いを生き延びてきたし、何世代もの人々が塵のように消えるのを見てきたし、猛き王達が歴史の中に倒れるのを観察してきた。僕は拷問を受け、呪われてきた......それでも生き延びてきた。僕は、大抵の者が膝をつき絶望にむせび泣くようなことを経験してきた。そう、僕は耐えてきた。

 そう遠くない昔、大門の虐殺のさなか、僕は啓示を受けた。僕は雨の中の戦場の、血とぬかるみ深くに膝まで浸かっていた。何時間にも渡って、人間とけだもの達が激しい戦闘の中で暴れ回っていた。雷鳴が僕の周辺でとどろき、苦痛と憤怒の叫び声はほとんどかき消された。突然、僕は抵抗できないほどの不公平さに圧倒された。もし僕に口があったなら、天へと叫んでいただろう。「ばかげてる! 全部、無駄な不条理じゃないか?」

 その瞬間、黄金の刃が僕の胴を貫いた。喉もとに輝く刃を見下ろしながら、僕はこの狂気の世界で、心を打つ一瞬のひらめきの中にいた。突然、僕は知った。僕は苦しむために造られたの?

ぬいぐるみ人形》 アート:David Rapoza

 重い足取りで高台へと向かった後、僕は答えを見つけるための探究に着手した。僕は著名な学問アカデミーの偉大な魔術師達を探し求めた。僕は飾り気のない塔に住む修道士達へと、その秘密の知識を分けてくれないかと懇願した。僕は生命そのものの創造ついて議論する賢人達の足元にひざまずいた。だけど、自己の存在について憂う一体の人形に答えをくれる者は誰もいなかった。ただ次の疑問が生まれ、そして必然的に、彼ら個人の野望のために僕を繋ぎ止めようとするだけだった。

 しばらくの間、僕は目的を探して裏道や脇道をさまよった。小さな家の窓から見える、幸福そうな田舎の一家の姿は僕を絶望のらせんへと巻き込んだ。僕は世界でたった一人なんだろうか? そうだ、あらゆる所に他の人々がいるのを見たけれど、誰も僕に関わることはできないって時々感じるんだ。まるで僕は他の誰かと本当に繋がれないように、見えない障壁があるみたいだった。ずっとあるのは痛みだけ。結局、誰かがいつも傷つく。そして僕が罪の意識を持つ時、僕は周りに地獄をもたらす。

 何ヶ月か前、僕は盗賊にさらわれて邪悪な玩具職人に売られた。そいつは殺された人達の霊に取り憑かれた、熊のぬいぐるみの軍隊を従えていた。ついに! 僕は同じような仲間達の中に入って、もう魔術師のひどい気まぐれで追放されはしないと信じた。だけど悲しいかな、熊のぬいぐるみ達は僕ほどの弾力を持っていなくて、村人達との最初の戦いで燃やされてしまった。村人達は玩具職人を逮捕して、僕は道端に投げておかれた。すり切れた僕自身が残された。

霧鴉》 アート:John Avon

 僕がまた独りで出発すると、カラスが僕をあざ笑った。お前はその年になってまだそんなふうに自問自答するのか、僕は僕の全部分を合わせたもの以上の存在だろうか? 間違いなく、僕はただの黄麻布と綿以上の本質を持っている。ずっと受けてきた苦痛によって、僕は何かもっとすごいものになれないの?

 すぐに、急ぐ蹄の音が地面を揺らした。遊牧民のキャラバンが視界に飛び込んできた。彼らの持つぼろぼろの旗印は、今やその敵の手に渡った王国の最後の名残だ。僕は拾い上げられて呪師の荷物に入れられた。天に向かって怒りたい気分だった。もし僕に拳があったなら、空へと突き上げていただろう。僕に自由意思はないの? ああ、自滅的な性癖という条件のもとでは、そんな問いはあらゆる哲学的問答の中でも最も小さい実りしかもたらさない一行だということは実証済みだった。

栄光の騎士》 アート:Peter Mohrbacher

 今や、僕は遊牧民の強力な呪師の随員だ。彼女は、時代をまたぎ国境を変えるような、支配を求める大規模な戦争をくぐり抜けてきた一人だ。今夜僕達は騎士の軍勢との戦いに突入し、彼女は名高い十字軍へと対抗する。僕は戦場を一望する尾根で彼を見ることができた。彼の大きな兜は、空に稲妻が光ると銀色に閃いた。その誉れ高さにもかかわらず、彼は赤い点が一瞬ごとにより大きく輝いていくことに気付いていなかった。

 生命はひたすら前へと突き進み、僕は終わらない道をぶらつき歩く。周りで猛り狂う戦いをよそに、僕は一瞬立ち止まり思案した。もし僕に背骨があったなら、僕は顔を、破壊の標に向けて突き上げるだろう。僕の運命は復讐の労役、そしてそれを受け入れることは一番簡単な道。結局のところ、僕は知っているんだ。何が僕の上に落ちてくるのか、そして一瞬のうちに戦いは終わるだろうってことを。

シヴ山の隕石》 アート:Chippy

 とにかく、聖戦士には終わりを。僕? ありふれた一日だ。ありふれた隕石、生きる意味になんて全然近づけていない。


(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)