ザスリッドのゴルゴン
どうも、ジェンナです。基本的に、毎週新しいカードと新しい物語を探検するというのが私達の計画です。ガラクについての話をもっと読みたい、という意見を皆さんからとても沢山頂きました。そういうわけで私達は彼の物語の続きをまもなくお送りするつもりです。ですが今日はシャンダラー次元、テューン国境地帯の山地に焦点を当てようと思います。読んで下さってありがとうございます!
国境の東では、私は慈悲深きセントスと呼ばれている。国境の西では、有徳なるセントスと呼ばれている。東と西が出会う場所では、私はただの男だ。国境地帯の山地奥深くの小屋で独り、修行に身を置く男だ。26歳の、生まれた時から戦争に身を置いてきた古兵だ。
私の生まれた街アン・カラスまでは東に一時間。とても古い街だ、敷石の間の砂粒は、その揺籃期に建てられた寺院の残滓であるほどに。そこでは両親が、妻が、称賛者の軍勢が私の帰還を喜ばしく迎えるであろう。彼らは有徳なるセントス、テューンの全ての者へと栄光をもたらした兵士を敬慕する。
だが慈悲深きセントス、争いに引き裂かれた地にて比類なき慈悲をもって戦争を終わらせた兵士の名を叫ぶ者達は? 古代よりの寺院が立ち並ぶ、東の彼らの都市は? 彼らはその年経た太陽王、不自然なほどの長命と知恵を持つ男を助命したことにより私を祝福した。彼らの語り部は私を女神の子と呼ぶ。私を産む時に死にかけた母は、そのような戯言を聞いて笑った。
晴れ渡った日には、濃青色の海を背負ったアン・カラスの伝説的な丸屋根を遠くに眺めることができる。だが今は寒く霧深い夜、開けた窓から見えるのは影だけだ。好きこのんでだが、私の世界はただ四つの物に限られている。寝台。空の机。この指にはめた指輪。そして一瓶の毒。
指輪は漂う岩にて、争いの日々が終わった時に手に入れたものだ。私があの男を処刑しなかった日だ。毒はアン・カラスが東の災難を祝した日に手に入れた。もし私が徳のために飲めば、西の地平線の偉大なる都市の名のもとに自分自身を終わらせる。もし慈悲のために飲めば、今や焼け焦げた石の塊と化した東の都市のために自分自身を終わらせる。君は、私の心とその惨状との間を直接繋ぐことはできないだろう。だが国境地帯では、私はただの男でしかない。私独りが背負う重荷だ。
それゆえに私はこの瓶を長命の王へと、古の寺院へと、栄光を見放した男の物語へと掲げよう。だが私は忘れ去るためにこれを飲むだろう。そして喜ばしい暗黒が訪れるだろう。
小屋の木製の扉が突風に開け放たれ、その衝撃は暗黒にまどろんでいたセントスを引っ張り起こした。空の毒瓶が机の上で傾き、壁にぶつかって割れた。開いた扉から秋の落葉とともに突風が再び舞い込むと、彼は椅子へとよろめいて起きた。黒鼠が数体敷居を越えてやって来て、壁沿いの藁の寝床の後ろに隠れた。
壁の松明はまだ燃えており、まだ夜半だった。だがいつもの夜だろうか? セントスは寒さを防ぐべく扉を閉めに向かい、その時空き地の隅に何かを目にした。彼は小屋を出て、よろよろとそれに近づいた。彫像? 月光に白く輝きながら、その彫像は生きている時そのままの修行僧の姿をしていた。だが修行僧の初老の姿には恐怖が彫られていた。石工が聖者を表現するには奇妙な方法だ、セントスは思った。
この小屋は主要な建物から孤立している。以前そこに彫像などなかった、それは確かだ。この小屋へと続く曲がりくねった細道を、僧侶達はいかにしてそのような重いものを運んできたのだろう? 彼は横になり眠るために小屋へとよろめき戻った。だが鼠は? 壊れた瓶は? 真夜中は過ぎたのか? 生よりも死を選択した者として、その思考はあまりに陳腐なもののように思えた。
《貪欲なるネズミ》 アート:Carl Critchlow
小屋に戻ると、彼は一人ではないことに気付いたが、その瞬間冷たい刃が喉に押し当てられた。「動くな」 女性の声が警告した。僧院の下の村に住む少女のような若い声だった。「お前が、慈悲深きセントスか?」 テューン人のものでも、だが東方のものでもないアクセントで彼女は言った。シャンダラーは広大で、彼女が何処の出身であろうと、セントスには馴染みなかった。
「違う」 彼は扉の近くの松明が映し出す、女性の影を壁に見ることができた。彼女は彼よりわずかに背が低いだけだった。だが彼もとりわけ背が高いというわけではない。
「ならば、お前は何者だ?」 彼女は尋ねた。
「死んでいないセントスだ」 彼は言った。彼女は刃を彼の背中、肩甲骨と脊椎の間に突き刺した。彼はかろうじて叫び声を押さえ込んだ。女一人に殺されなどしない、とは何とばかげた仮定だろうか。
「何者だ?」 彼女は問いただした。
「セントスだ」 彼はどうにか言った。刃はまだ背中に刺さっていた。下腹部をかきむしるような感覚に、彼はつかの間恐慌を感じた。刃を身体から抜きたかった。それを彼女の喉に突き刺したかった。
「漂う岩で起こったことを教えろ。お前が戦争を終わらせた日だ」
《公開処刑》 アート:Anthony Palumbo
「私は、人を殺さなかった」 セントスは歯を食いしばりながら言った。痛みは身体に残った弱さでしかない。彼女は刃をねじり、彼は皮膚の裂け目から温かな血が噴き出すのを感じた。彼女は戦士の精神を理解していない。一度彼女を憎んでしまえば、痛みは無意味となる。
「説明しろ、死んでいないセントス」 彼女は不満そうに囁いた。
「彼らは処刑台に銀髪の男を連れてきた。アン・カラスの街路の放浪者のように見えた」 セントスは言った。「それが偽りの王だとは誰も言わなかった」
「では何故、そいつを助けた?」 彼女は尋ねた。
何故。全くもって何故だ? 今重みを感じるこの指輪のために。何故だ? 彼はこの指輪を差し出し命乞いをした。何故だ? 手桶一杯の血と地面に転がる首よりは、可愛い我が妻に指輪を。その方が良いだろうと思ったからだ。
「答えるのに拷問がいるか?」 彼女は東の生き残りではない。東の者ならば、銀髪の男を偽りの王と呼んだ時点で彼を殺していただろう。
彼女は刃を抜き、今度は脊椎の右に突き立てた。だが怒りが胸中を温め、痛みは消え去った。彼女の首をこの手でひねるまで、忘却は待つことができるだろう。彼は身体を回転させようとしたが、彼女が掴む手は鉄のように固かった。想像していたよりも遥かに強く、彼女は彼を机へと打ち倒し、その顔を毒瓶の壊れた欠片にこすりつけた。
「お前は私が必要なものを持っている」 彼女はとてつもない力で彼の頭を押し付けた。机の厚板がその圧力に音を立てたと感じるほどだった。「何故そいつを助けた?」
「その処刑台にいたのは私だったかもしれないからだ。私の息子だったかもしれない。あの悲惨な戦争の最中にいた誰でも。慈悲とは関係なく私はそうした」 それは彼が以前何度も語ってきた嘘で、よどみなく唇から出た。彼女は私が生きたいと願っている、そう考えている。だから私を信じるだろう。
《隊長の号令》 アート:Greg Staples
「彼らの降伏を利用する、それはお前の秘密の計画だったのか?」 彼女は尋ねた。「武器を捨てさせて喉を切り裂くと?」
「違う。私の上官は誰も意図していなかった利点を見つけた」 それは嘘ではなかったが、その言葉を口にするのは舌の上に小石が乗っているようだった。私の心とその惨状との間に直接の繋がりはない。
「ならば、彼らの言うことは真実なのだろう。お前は有徳の男だ」 通常、誰かが彼をそう呼ぶ時には敬意を抱いているものだった。だが彼女の口調には尊敬も畏敬もなかった。
「満足か?」 セントスは尋ねた。まだ彼女を憎みながら、まだ背中の刃に動じずに、まだ壁に映る彼女の影を見ながら。
「満足?」 彼女はあざけり笑った。「私は呪われている。あるデーモンが支払いを要求している。有徳なる者の目をよこせと」
彼女がフードを脱ぐと、その髪のもだえる束が露わになるとともに、影の姿が一変した。ゴルゴン。一睨みで人を石と化してしまう力を持つザスリッドの怪物。嫌悪感が沸き上がり、セントスは彼女の力に対抗しながら後ずさった。もし彼女の顔を一瞥でもしたなら、空き地のあの修行僧と同じ運命を辿るだろう。私の運命を止めてくれるとは、何と親切な者だろうか。
《ザスリッドのゴルゴン》 アート:Chase Stone
「石の目では駄目だ」 彼女は囁いた。「劣る者の目は役立たずだ。お前の目は私を救ってくれるはず」 彼女が手を緩めたその瞬間、セントスはガラスの欠片を握り、身体をひねるとそれを彼女の心臓へと突き立てた。
破片を引き抜く前に、黒い蛇がその傷から溢れ出た。彼は毒蛇の洪水から逃げようともがき、足を滑らせて転んだ。蛇は彼に殺到し、その毒牙を食い込ませると血に毒を放った。死に物狂いに、セントスはのたうち転がりながら扉へと這った。彼の周りでは、ゴルゴンの凝視を受けた蛇が石と化していた。彼が敷居へとにじり進む中、牙をその皮膚に深く食い込ませたまま、蛇達は彼に重くのしかかっていった。
ゴルゴンの足がセントスの首を強打し、彼を石化した蛇の巣へと押さえつけた。
「何故死なない? お前は人間ではないのか?」 ゴルゴンは彼の傍にかがむと、肩がねじれる音が聞こえるほどの力で彼の手を引っ張った。「この指輪は? どこで手に入れた?」
漂う岩で、不自然な長命と知恵を持つ偽りの王から。彼は自由と引き換えに同じものを私に差し出した。彼の嘘を私は信じていなかった。だが私はどちらにせよ、小さな装身具と引き換えに彼へと自由を与えた。
《ザスリッドの指輪》 アート:Erica Yang
彼女は刃でセントスの指を切り落とすと、指輪を手に入れた。
「絶えない命をもたらす指輪」 彼女はつぶやいた。「はるか昔に失われた。でもここに? テューンに?」
指輪を失い、毒が彼の心臓を捕えた。傷からは血が惜しげもなく流れ出した。扉がまるで数マイルの彼方にあるように思え、彼は呼吸しようともがいた。逃げても無駄だ。その代わりに、彼は首をひねるとゴルゴンの顔を凝視した。彼女は怒号を上げ、まだ肉のままのうちに彼の目を手に入れようとナイフを振り下ろした。だが彼は刃の先端が顔面の石に当たる音を聞いた。そして喜ばしい暗黒が訪れた。
(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)