異界の完成 その1
どのセットでも、私はカードを1枚ずつ見て、そしてそのカードなりカード群なりから連想される裏話をしている。今回は『異界月』のカード個別の話をする番なので、時間を無駄にせずに早速始めるとしよう。
《消えゆく光、ブルーナ》と《折れた刃、ギセラ》
よく聞かれる質問の中に、こんなものがある。「伝説のキャラクターが何なのかを知るのは、デザインのどの時点ですか」。答えは、その時によって異なる。先行世界構築の時点で登場人物がわかっていてカードの枠にキャラクターが割り当てられた状態でデザインを始めることもあれば、デザイン中に決まってそのカードを作ってみなければならないこともあれば、デザインの終わった後で決まったためにデベロップがカードをデザインしなければならないこともある。ブルーナとギセラの場合はどうだったのか。
答えは、前者である。この2体の合体する天使はアーティストとの初期世界構築の間に描かれていた。ストーリー担当が思いついてアーティストに描かせたのか、それともアーティストが描いたのを見てストーリー担当が物語に仕上げたのかは知らないが、どちらにせよ『異界月』のデザインが始まる時点では合体した天使を描くということははっきりわかっていたのだ。
確か、最初はブルーナとギセラが肩を並べて戦っている姿が第1面、合体した姿が第2面として作っていたと思う。既に私の最初のプレビュー記事の中で語ったとおり、このデザインに取り組んでいたときに、ケン・ネーグル/Ken Nagleが合体カードというアイデアを閃いたのだ。
合体カードのデザインをするので、我々は天使それぞれをどうデザインすべきかを決めなければならなかった。ブルーナとギセラが違う能力を持ち(ああ、飛行は両方が持っているだろう。天使は飛んでいるものだ)、合体したカード上ではその両方を組み合わせるのだ。白のクリーチャー・キーワードには何があるだろうか。二段攻撃、先制攻撃、飛行、絆魂、警戒、といったあたりが第1色や第2色になる。二段攻撃は少しやりすぎで、飛行は両方が持っている。従って我々は、先制攻撃、絆魂、警戒を分けることになった。
能力は3つだが、我々は2体の天使それぞれの持つ能力の数を揃えたかったので、もう1つ何かが必要になった。「戦場に出たとき」の誘発型能力にしておけば、合体カードが戦場に出ることはないのでブリセラに持たせる必要はない。また、パワーやタフネスの値を揃えて、ブリセラのパワーとタフネスそれぞれが2体の天使のパワーやタフネスを合計した値にしようと考えた(興味深いことに、カードの調整中にずれたことがあった。後で気づいたので訂正されている)。
戦場に出たときの能力として、天使か人間を墓地から戻すというものを思いついた。カラー・パイ的には、伝統的には白は小型クリーチャーだけを戻すものなので多少外れるが、フレイバーが秀逸だったので残すことにした(それに、少なくとも人間は小型クリーチャーが多い)。我々はブルーナのほうを大きくして戦場に出たときの能力を持たせることにした。すなわち、ブルーナは3つのキーワード能力のうち1つだけを持つことになる。我々は、彼女のサイズを活かせる警戒を持たせることにした。
ギセラは多少小さく、先制攻撃と絆魂を持つことになった。2体の天使のうちどちらかには、両方が戦場にある場合に合体させるための変身の文章が必要なので、ギセラの文章を短くすることは重要だった。ブリセラは、2体の天使が持つ合計4つのキーワードと、合計に等しいパワーやタフネスを持つのだ。そして、さらなる魅力を与えるため、ブリセラにもう1つ能力を与えることにした。最初はプロテクション(インスタント)で、そうそう除去できないようにしようと考えたのだが(プロテクションは落葉樹、つまり時々採用することができる能力であるということを思い出してくれたまえ)、最終的にはそれを他の場所に移し(詳しくは後述)、ブリセラの能力を、軽い呪文を事前に防ぐものに変えたのだ。
これはかなりの微調整が必要な類のデザインだが、私は最終的な出来栄えに非常に満足している。
《闇の救済》
リリアナがいて、彼女の屍術が嵐を巻き起こしている。《闇の救済》は、リリアナがゾンビとともに勝利を収めるところを描いたカードとしてデザインされた。重要なのは、この呪文がクリーチャー除去とトークン生成の両方の働きをするようにすることだった。どうすればこの2つを繋ぐことができるだろうか。鍵となったのは、ゾンビをクリーチャー除去に繋げる方法を見つけることだった。
初期の頃、このカードで、ゾンビ1体ごとにクリーチャー1体を対象とし、ターン終了時までそれに-1/-1の修整を与えるというものを試したと思うが、最終的にこれは強力すぎ、ゲームの終盤に唱えた時には他方を潰滅させることもよくあることだった。解決策は、対象を取る部分をゾンビ・トークンと切り離すことだった。トークンがそれぞれ効果を生み出すのではなく、呪文が-N/-Nの効果を生み出すようにすることで、影響を受けるクリーチャーを1体に絞ったのだ。生成するゾンビを増やせば効果は大きくなるが、影響を与えられるクリーチャーが1体だけならいくら強くてもクリーチャー除去にしかならない。大量のゾンビを得た場合にも、除去できるクリーチャーは1体だけなのだ。
《約束された終末、エムラクール》
多くの人々が、エムラクールが一体どのようにイニストラードに現れたのかに興味を示している。物語的にどうなのかはクリエイティブ・チームが素晴らしい描写をしてくれたので問題ではない。ここで言っているのは、我々はいつエムラクールがイニストラードに必要だと決めたのか、である。その答えは、数年前に遡ることになる。開発部は、興味があるなら誰でも好きな話題について5分間のスピーチができる外部ミーティングを行なった。当時クリエイティブ・チームに所属していたアダム・リー/Adam Lee(後にダンジョンズ・アンド・ドラゴンズに異動した)はこの5分を使って、イニストラードの新たな展開についての洒落たアイデアを披露したのだ。
アダムのアイデアは物語ではなくクールな世界の作り方に注目したものだった。我々のゴシック・ホラーの世界を新たな方向に進ませるとどうなるか。他のホラーを取り入れたらどうなるか。アダムのアイデアは、コズミック・ホラーを取り入れるというものだった。何らかの異世界の力が、イニストラードのすべての住人を狂わせ、ゆっくりと変質させていったらどうなるか。この異世界の力というのが既知のものであれば最高だと彼は考えていて、その最有力候補はエムラクールだったのだ。アダムのスピーチは高く評価され、いつの日か実行すべきだと誰もが思ったのだった。
それから1~2年経った。我々はゼンディカーを再訪することにし、エルドラージとゼンディカー人の戦いを行うことにした。3セットと3体の巨人がいるので、各セットを特徴づけるテーマは明確に思えた。我々はまずウラモグのセットからはじめ、そしてコジレックのセットを作り、最後に最大最悪の巨人エムラクールのセットで終えることにした。そして、その後のデザイン中に、3セット・ブロック構造から2セット・ブロック構造への変更がなされたのだった。
この時点で、既にウラモグをテーマとしたセットの構築が始まっていた。一体どうすればいいだろうか。巨人を2体だけにすることはできない。エルドラージは特徴として3体なのだ。2体しかいなければ、ユーザーは3体目がどこなのか疑問に持ち続けることになる。誤りではなくそういうものだとすればどうなるか。エムラクールが他の何処かに誘われたからいないとすればどうか。それが次のブロックで意味を持つとすればどうか。我々は、物語にさらなる連続性を持たせる方法について検討していた。災い転じて福となす、だ。
かつての刺激的な体験から、我々は新エムラクールに必要なものを把握していた。エムラクールは大きくて魅力的で、そして同時にメカニズム的にブロックと関連しているようにしなければならない。我々が最初に気がついたのは、これまでに点数で見たマナ・コストが13のクリーチャーを作ったことがなかったということである。Momir BasicというMagic Onlineのフォーマットはクリーチャーの点数で見たマナ・コストに注目していたので、この欠落はよく話題になっていた。しかし13は非常に大きな数字なので、このカードをいくらか軽く出すための方法をこのカード自身に持たせることにした。
さて。このブロックには既に昂揚メカニズムがあり、プレイヤーは自分の墓地にあるカード・タイプを数えている。これをコスト軽減の方法として使えばどうなるか。また、13を取り上げるなら、エムラクールのサイズを13/13にしたらどうなるか。確かに前回のエムラクールは15/15だったが、13でも充分大きい。《引き裂かれし永劫、エムラクール》は飛行を持っていたので、今回も持たせるのは重要だろう。滅殺とプロテクション(有色の呪文)も持っていた。滅殺を戻すことはないので、トランプルにした。プロテクション(有色の呪文)はプロテクション(インスタント)に置き換わった。
このどちらも弱体化だったので、唱えたときの誘発型能力を強化することにした(エルドラージの巨人には唱えたときの誘発型能力があるものである)。《引き裂かれし永劫、エムラクール》では追加のターンを得た。追加のターンを得ることを調整して、ただ追加のターンを得るだけではなくするとどうだろう。エムラクールが世界の住人を狂気に陥らせるのなら、対戦相手も無事では済まないだろう。我々は《精神隷属器》の「対戦相手1人を対象とし、そのコントロールを得る」能力を使うことにした。これが強力になりすぎないよう、コントロールを奪ったターンの次にその対戦相手にもターンを与えるようにした。こうすれば実質的に追加の1ターンを得ることにはなるが、自分を強化するためではなく相手を攻撃するためのターンということになる。
こうして、この新しいエムラクールができたのだった。
《ファルケンラスの肉裂き》
開発部内で最も議論を呼んだ『異界月』のカードはどれか、と尋ねた時、諸君は《ファルケンラスの肉裂き》を選ぶだろうか。実際、このカードに関する議論は『異界月』の始まるずっと前から続いていたと言える。『アルファ版』に、《灰色熊》というカードがあった。緑1マナ不特定1マナの合計2マナで2/2のバニラだ。開発部は後に、白にも{1}{W}で2/2のバニラを認めた。そして何年もの間、緑と白だけにそれが認められていた。確かに他の色にも2マナ2/2はいたが、それらには必ず何らかの欠点があったのだ。
その後、『イニストラード』で、{1}{B}の2/2バニラが登場した。これはかなりの議論を呼んだ。これは黒に存在していいものかどうか。最終的な結論は、イエスだった。そして、この議論は次の色、すなわち赤に広がった。軽量バニラにおける赤の制限は、常々問題を起こしていた。赤にも{1}{R}で2/2バニラを認めるべきだという意見は多かった。この議論はしばらく続いたが、最終的に『異界月』で結論を見ることになった。その結論とは、可能だというものであった。長年にわたってクリーチャーを作り続けてきたので、クリーチャーのマナ・カーブも向上している。そしてついに赤も《灰色熊》を手に入れたのだ。
これを踏まえて、当然次の質問が出てくることになる。開発部はこれから何年かかけて、青はどうか、という議論をしていくことになるのだろう。
《流電砲撃》と《棚卸し》
私が初めてリード・デザイナーを務めたセットは、『テンペスト』である。そのセットで、私はこのカードを作った。
このカードは、《疫病ネズミ》の性質を直接火力呪文に適用しようとしてデザインしたので、デザイン名は「疫病の稲妻」だった。1枚あるごとに強化されていくのだ。ここで使った方法が、それまでに唱えた枚数を数え(ああ、ルール上は墓地にあるカードだが、大抵の場合墓地にあるのは唱えたものだ。墓地にある枚数を数えるほうが、それまでに唱えた枚数を覚えておくより簡単なのだ)、それぞれのカードが与えるダメージを増加させていくのだ。それから2年後、我々は《焚きつけ》の青版のカード、《蓄積した知識》を作った。
さらにその後、『オデッセイ』において噴出サイクルとしてこのメカニズムを再訪した。結局私は《焚きつけ》メカニズムのファンなので、『イニストラードを覆う影』で前回の『イニストラード』とは異なる墓地を扱う方法が必要になったとき、《焚きつけ》メカニズムを使ってみることを提案したのだ。試してみた結果、他にもやっていることがあってふさわしくないということがわかったので、入れるのをやめた。
しかし、『異界月』のデザインにおいて、少し使えるという決定を下し、一番最初に戻って、《焚きつけ》メカニズムを使った最初の2枚、すなわち《焚きつけ》と《蓄積した知識》を調整することにした。《流電砲撃》と《棚卸し》は、少しだけ調整を受けたものということになる。
まず、《焚きつけ》も《蓄積した知識》も、すべての墓地からカードを数えていた。当時は、部族カードが自分のクリーチャーだけでなくそのタイプのクリーチャー全てに影響を与えていたように、効果のあり方はそういうものだったのだ。年月を重ねて、我々は自分の、それ以外のものだけに影響するようにしたほうがゲームプレイに良い(そして把握しやすい)という認識に到った。つまり、最初の変更点は、この2枚は「自分の」墓地にある枚数だけを数えるようになったということである。
それぞれのカードに、基本的にもう1つの変更が加えられている。《流電砲撃》は、クリーチャーしか狙うことができなくなったという点で《焚きつけ》と異なっている。その一方で、この変更によりコストは{1}{R}から{R}に引き下げられている。《棚卸し》はルール文章は(カード名を除いて)変化していないが、インスタントだったのがソーサリーになっている。この理由は、《蓄積した知識》はエターナル・フォーマットでも使えるほど強力なので、パワーレベルを抑えるためである。
《ギサとゲラルフ》
『イニストラード』ブロックには、ユーザーが求めていたもののほとんどが含まれていたが、全てではない(これについては来週、《爪の群れのウルリッチ》を扱うときに述べる)。含まれていなかったものの1つが、ゾンビ作りの姉弟、ギサとゲラルフのカードであった。ギサは屍術師で、ゲラルフは縫い師だ(屍術師の例がリリアナ、縫い師の例がフランケンシュタイン博士である)。『イニストラード』のフレイバーテキストでギサとゲラルフが登場しており、ユーザー間での人気も高かった。問題は、フレイバーテキストが出来たのは工程のかなり後の方になってからで、最終的に人気が出たキャラクターをカード化することはできなかったのだ(そもそも人気が出ることは事前にはわからなかった)。
後になって、『統率者』の商品で伝説のクリーチャーとして《グール呼びのギサ》や《縫い師、ゲラルフ》を作り、好評だった。もちろん、イニストラードを再訪するとなれば、この2人の新しいカードを作る必要があるのは明らかだった。『イニストラードを覆う影』でこの2人を入れる場所を見つけることはできなかった。物語上で意味のある他の伝説の登場人物がいたのだ。我々は『異界月』に回すことにしたが、やがて自縄自縛に陥った。他にも入れるべきものが多く、2人分の場所は取れなかったのだ。
我々はどちらを諦めるべきか話し合った。ギサとゲラルフ、どちらのほうがユーザーに喜ばれるだろうか。最終的に、我々は間違っていたことに気がついた。なぜ1人を選ばなければならないのか。我々は最終的に2人を1枚のカードに入れた。このカードはゾンビを作る。ギサもゲラルフもゾンビを作る。フレイバー的にふさわしく、またこの2人を1枚のカードで見られるのはクールだ。それに、前回とも違うものになる。ということで、この姉弟は1枚のカードに描かれることになったのだった。
《月への封印》
セットごとに、「重要なシーン」のカードと呼んでいるものがある。物語上の重要な瞬間を描いたカードのことだ。『異界月』の物語の最後を飾るのは、タミヨウがエムラクールをイニストラードの月(《獄庫》は月の欠片であり、月は牢獄として充分使えるのだ)に封印するシーンだ。タミヨウは基本的に青の魔術師(これについてはまたタミヨウのカードの時に触れよう)で、このカードはタミヨウがその魔法を使ってエムラクールを封印するところなので、青のカードである。しかしこの効果は青というわけではない。
何かを無力化するオーラについて議論したが、それでは当たり前すぎるように思えた。これは一大イベントだ。何かもう少し大きくて魅力的なものが必要だった。それでは、何かを月に封印するということをメカニズム的に一体どう再現できるだろうか。青は破壊はしないし、封印は破壊ではない。クリーチャーを追放することはできるが、それはカラー・パイ的に青ではない。青はクリーチャーを盗んだり手札に戻したりはできるが、それはこのシーンに相応しくない。
青はクリーチャーを変化させることができる。変化させて何とかできるだろうか。クリーチャーを何か他のことをするものに変化させて無力化するというのはどうか。他のことをするもの、というのは、何なら月の一部らしいだろうか。我々は様々なアイデアを試し、そしてクリーチャーをマナ発生源に変化させるという結論に到った。クリーチャーがすべての能力を失い、タップして無色マナを出すだけのものになるとしたらどうだろうか。これはカラー・パイ的にはかなりの冒険だが、違反ではない。このカードにもう少し柔軟性を与えるため、我々は最終的に、クリーチャーだけでなく土地やプレインズウォーカーにもエンチャントできるようにした。
こうして、このセットでもっとも奇妙なカードの1枚が出来上がったのだった。
突然の終わり
本日はここまで。『異界月』のデザインの覗き見を楽しんでいただけたなら幸いである。いつもの通り、今日の記事と『異界月』についての諸君からの反響を楽しみにしている。メール、各ソーシャルメディア(Twitter、Tumblr、Google+、Instagram)で(英語で)聞かせてくれたまえ。
それではまた次回、長年私が温め続けた話をする「その2」でお会いしよう。
その日まで、あなた自身の『異界月』の物語があなたとともにありますように。
(Tr. YONEMURA "Pao" Kaoru)