3週前、『カラデシュ』に関する一問一答、つまり最新セットに関する諸君からの質問に答える記事を始めた。素晴らしい質問が大量に寄せられたので、3部作にすることにした(その1その2)。その後、『統率者(2016年版)』のプレビューのために1週空いたが、今週は再び諸君からの質問に答え、締めくくりとする。それでは始めよう。

 機体に(搭乗された状態の)機体で搭乗できるのは奇妙だと思いませんか? 防ぐために機体のルールを修正することは検討しましたか?

 機体が他の機体に搭乗できるということははっきり認識していた。プレイテストの初期に起こったのだ。問題は、それが問題かどうかということだった。こういった問題に直面した場合のいつもの手順どおり、我々はその賛否両論を検討した。

  • 面白い ― 車に電車を「運転」させるのは馬鹿げているが、思わず笑いそうになる。トレーディング・カードゲームのクールなところの1つが、部品を混ぜて組み合わせることだ。つまり、フレイバー的には起こり得ないような組み合わせが発生する可能性があるということである。しかし、ゲームというのは現実に縛られないものであり、鳥が剣を持てるというのは面白いことだ。
  • いいゲームプレイである ― マジックは、発見の瞬間が最も素晴らしいものだ。クリーチャーを1つ目の機体に搭乗させ、その機体をクリーチャーにすれば、さらに大きな機体に搭乗させることができる、というのはまさにその瞬間である。
  • ルール文が短い ― 初期のマジックでは、ゲームプレイよりもフレイバーを優先してカードに文章を増やす傾向にあった。しかし、我々は物事を多少放置するほうが、カード間のシナジーを生み出し、同時に理解しやすくできるということを学んだのだ。機体が他の機体に搭乗できないようにするには、カード上の文章を増やす必要がある。一般に、ルール文を短くできるならそのほうがいいのだ。

  • フレイバーに反する ― マジックはファンタジー世界を作るために尽力している。カード間のズレはどうしても発生するものだが、同じグループのカードの間でのズレは抑えることができる。
  • 芳醇さはゲームプレイの助けになる ― 我々は、常識とルールの動きを一致させるよう尽力している。プレイヤーが持っている知識から一定の結論が導かれるだろうか。現実世界では車は電車を運転できないのだから、搭乗できるようにすると直感に反するので混乱を招くことになりうる。
  • コストの問題 ― 機体が機体に搭乗できるようにすると、機体はいくらか強くなるので、コストにもそれを考慮する必要がある。そうなると、コストが重くなる理由がほとんど理解できないので、機体はクールでないと見られるようになる。

 我々はこの議題に取り組んだ。両方の立場に強い理由があったのだ。最終的には、興味深いことに、ルール文が少ないということが機体で機体に搭乗できることにする理由だった。そうたびたびやりたいことでもなければ発生することでもないが、プレイヤーが思いつくものとしては問題ないと判断したのだ。

 通常のレアリティで再録することもできるのに、なぜMasterpiece Seriesを毎セット入れることにしたんですか?

 一番単純な答えは、「Kaladesh Inventions」を見ることだろう。『カラデシュ』に入っている機械巨人を除いて、他のひとんどのカードはスタンダードには強すぎたり(カードパワーが高い、古いフォーマットでも圧倒的なカードはまず間違いなくスタンダードを歪めることになる。例えば、《太陽の指輪》を新セットに単に投入することはできない)、『カラデシュ』にふさわしくないテーマを扱っていたりする(例えば、メカニズム的に色が意味を持たないセットで《絵描きの召使い》は奇妙である)。そういうことだ。『カラデシュ』に入れることができる再録もあるが(そして実際そうしているものもある)、それらはプレイヤーが再録してほしいと望むカードではないのだ。

 エネルギーが落葉樹になるには何が起こる必要があるんですか?

 用語について最初に一言言っておこう。常磐木メカニズムとは、我々が(ほとんど)すべてのセットで使うメカニズムのことである。飛行、先制攻撃、トランプルが常磐木メカニズムの一例だ。落葉樹メカニズムとは、いつも使うわけではないが必要があればいつでも使えるメカニズムのことである。混成マナ、両面カード、プロテクションが落葉樹メカニズムにあたる。それでは、エネルギーを落葉樹にするには何が必要なのか。

 さて、質問に答えるためにはいくつか説明しなければならないことがある。まず、落葉樹メカニズムは常磐木メカニズムとは全く異なるものだ。常磐木メカニズムは、列記されている。開発部はどのメカニズムが毎セットで使えるほど普通なのかに関してはっきりと決定している。常磐木メカニズムについて変更がある場合、私はそれについての記事を書き、諸君に知らせるのが通例である。何かが常磐木メカニズムかどうかということは客観的なものだ。そして、落葉樹メカニズムかどうかというのは比較的主観的なのだ。

 常磐木でないメカニズムは、どれでも必要に応じて使うことができるのだ。フラッシュバックがあればそのブロックが成立するというなら、フラッシュバックを使うことができる。問題は、メカニズムを新鮮に感じられるようにするための期間があるというだけなのだ。あるメカニズムをブロックAで使い、その直後にブロックBでも使ったとすると、ブロックBでのインパクトは最近使ったばかりだという理由で小さくなる。常磐木メカニズムにちういては、新鮮さは諦めている。飛行はゲームプレイにおいて非常に優秀なので、新鮮に感じられるようにするために使わないで温存する、ということは無理なのだ。

 さて、何かが落葉樹メカニズムかどうか、という今回の質問は、実際はそのメカニズムを再利用するつもりがあるかどうかという質問になる。それが道具としてどれほど実用的か、それともインパクトが重要か。例として混成マナを見てみよう。混成マナは、最初に導入したときは刺激的だった。しかし、すぐにさまざまな重要な機能を果たしてくれるということに気がついたのだ。例えば、我々は『運命再編』で『タルキール覇王譚』と組み合わせられるように3色であり、同時に『タルキール龍紀伝』と組み合わせられるように2色であるカードを作らなければならなかった。混成マナがあることで、通常の道具では達成できなかった方法でこれを達成できたのだ。

 ここから、質問の話に戻ろう。エネルギーに重要なのは実用性なのか、新奇性なのか。両方だ。この質問に答えにくいのはそのためである。使用回数を表すためにカウンターを使っているカードすべて(《鋸刃の矢》など)がエネルギー・カウンターに置き換えられた世界も想像できる。1枚で見ると同じように働くが、その種のカード間のシナジーが作られる。一方で、プレイヤーは新しいシンボルを理解しなければならず、カード間のシナジーが増えることでデベロップ上の問題が起こることもありうる。

 私が想像する限り、今後はエネルギーが重要な役割を果たす場合にはエネルギーを使うだろう。使う頻度が上がっていけば、いつかは問題を解決して落葉樹メカニズムになることになることも想像できる。しかし、それが近いうちに起こるということはないだろう。

 『カラデシュ』のエネルギー・メカニズムは、『ミラディン』のときの計画とどう変わりましたか?

 基本的な機能は同じである。プレイヤーがエネルギー・カウンターを得て、起動のために消費する。デベロップ的には、どうやって組み上げるか、エネルギーの価値基準、最終的に採用した効果の種類、全てが大きく違っている。これは『カラデシュ』のエネルギーはデベロップを経ている一方、『ミラディン』ではデザインの終わりにボツになったことからである。

 『カラデシュ』では飛行を持つ1/1の飛行機械を出す要素が足りないと思います。なぜ青赤の特徴と感じられるようにもっと多くしなかったんですか?

 カラデシュの次元を『マジック・オリジン』で先に見せたことの危険性の1つが、カラデシュという次元がメカニズム的にどのようなものかという先入観を持たせるということである。製造で飛行を持つ1/1の飛行機械・クリーチャー・トークンを作るという実験はしたが、結局のところ飛行機械が正解になる頻度が高すぎ、製造というメカニズムのバランスが崩れてしまうだけだった。我々はこのセットにもっと飛行機械を増やすことを試したが、このセットの他の部分とうまく噛み合わなかったのだ。

 これを解決する方法として、2通りのどちらかを選ぶことになった。セットを変更して飛行機械を増やし、『マジック・オリジン』で見せたものとメカニズム的に近いものにするか、セットを現状のままに保ったうえで『カラデシュ』を『マジック・オリジン』でほのめかしたカラデシュ次元の雰囲気に近いようにする方法を探るか、である。我々はセットの状況を気に入っていたので、カラデシュらしく感じさせるため、さまざまなことをすることに決めた。そして、飛行機械でなくアーティファクト・クリーチャー・トークンを増やすことでも充分近いものにできると判断したのだった。

 操縦士の色として白と赤が選ばれたのはなぜですか?

 初期の搭乗はタップしたクリーチャーのパワーの合計ではなく数を参照していた。例えば、搭乗3は「パワーが合計3になるようにクリーチャーをタップする」ではなく「クリーチャー3体をタップする」であった。そのため、機体は小型クリーチャーやクリーチャー・トークンと相性がよかったのだ。白と赤は最もアグロ寄りの戦略を担当することが多く、従って小型クリーチャーが多い。そのため、初期のアーキタイプを構築するときに機体を担当する色を決めるにあたって、赤白がもっとも筋が通っていたのだ。この決定に従い、クリエイティブ・チームは優秀な操縦士をその2色の人型クリーチャーである人間とドワーフに割り当てたのだ。

 ここからはデベロップ期の話になる。機体は、クリーチャー・トークンとの相性が良すぎるという問題があった(相性が良すぎたため、デベロップは機体のコストをクリーチャー・トークンがあるものとして決めなければならなかった。しかしそうなると、クリーチャー・トークンを使っていない場合には弱くなってしまったのだ)。そして、私は搭乗をパワーを参照するように変更することを提案した。それは『Ham』というコードネームのセットのために試してうまく行っていたことだったのだ。デベロップはその変更を試し、そしてうまく行ったのだ。

 問題は、我々は既に操縦士を機体のアーキタイプである白赤に確立させていたことだった。テーマを変更するかどうかという議論は行われたが、クリエイティブ・チームは既に作業を進めており、この新しい機体とも白赤はうまく働いていたので、このテーマをそのまま白赤に残すことにしたのだった。

 『カラデシュ』では黒に破壊不能のカードが何枚かありますが、これは今後もそうなるんですか?

 開発部では、新セットで再生を使うのを止めると決定した(ルールから削除するわけではないし、再生を持つカードは再生を持つままである)。その代わりとして、「ターン終了時まで破壊不能を得る」を使うことにしたのだ。これが、『カラデシュ』の黒で見られた能力である。

 『カラデシュ』に装備品が2枚しかないのはなぜですか?

 開発部のセットの作り方はこうだ。達成すべき目標がいくつかあり、そのために使えるカードの枚数がX枚である(『カラデシュ』の場合249枚)。『カラデシュ』は、他のセットと同様に、変更できる場所が多い。メカニズム的テーマとフレイバー的テーマが存在する。さまざまなフォーマットのことを考えなければならない。意識すべきプレイヤーの種類もさまざまだ。伝えたい物語があり、その前後のブロックとの間で作るべきシナジーがある。やることは本当に多いのだ。249枚と言うと多く聞こえるかもしれないが、すぐに埋まってしまう。なぜ装備品がこんなに少ないのか、と聞かれたら、場所がない、と答えよう。装備品はこのセットで優先されるものではないのだ。

 装備品のことを意識していなかったわけではない。『カラデシュ』はフレイバー的に装備品があるのが自然な次元である。装備品を扱わないことに決めたのは、他に意識するべきものがあったからである。例えば、機体は装備品と同じようなメカニズム空間を占めており、機体のほうが焦点を当てるべきものだったのだ。なぜ装備品が少ないのか、という問いへの答えは、他のことをすることを選んだから、ということになる。

 『マジック・オリジン』のカラデシュ由来のカードが『カラデシュ』に少ないのはなぜですか?

 『マジック・オリジン』でカラデシュ次元を見せたのは、予告的なものであり、『カラデシュ』に制限をかけるためのものではなかった。我々は再録することもできたが、それは我々が作るセットを、新しく作るカードを使うよりもより良くする場合に限られる。言い換えると、『マジック・オリジン』と『カラデシュ』の間での次元の連続性は重要だが、それは最優先されるものではないのだ。

 なぜ、盤面の複雑さの問題に取り組んでいる中で、エネルギーという把握しなければならない新しいリソースを増やしたのですか?

 新しいメカニズムが存在する(あるいは古いメカニズムを再録する)セットでは、新しく把握するものが増えるものだ。上陸はいつ土地をプレイしたかを把握しなければならない。フラッシュバックはどのフラッシュバック・カードが墓地にあるかを把握しなければならない。複雑さの問題とは、何を把握させるか、その把握がどの程度難しいか、そしてそれがゲームプレイにどんな影響を与えるか、である。

 エネルギーについて見てみよう。把握しなければならないものは2つある。エネルギー・カウンターをいくつ持っているか、と、エネルギー・カウンターを使う必要があるパーマネントは何か、だ。その把握の難しさは、前者は非常に単純で、何か(カウンター、トークン、あるいは数を書いておける場所)を使って把握すればいい。後者は少し複雑だが、それほどではない。もとよりコストを把握しなければならないのだから、能力を起動するときにはそれが必要とするリソース(マナ、生け贄、捨て札、など)は把握する必要があるのだ。

 ここで言っているのは、あくまでも把握するということそのものについてであり、その使い方についての戦略的な把握の話はしていない。レンズ状のデザインについて何度も語ってきた。それは、使う側の理解が深まることで使い方も深まっていくデザインのことである。エネルギーの低いレベルの使い方は、「このオブジェクトはエネルギーがこれだけ必要だ。足りているかな?」という非常に単純なものだ。「全部できるわけじゃないから、このリソースをどう使うと一番いいか」というのは一見すると複雑に見えるが、これはマナで毎ターンやっていることなので、想像するほどの問題ではない。

 一言で言うと、エネルギーは使い方を表面的に理解するのはそう難しくなく、より広い戦略眼が必要なのは考える能力があるときだけなので、非常にレンズ状であるといえる。対照的に、『イニストラードを覆う影』の昂揚は、把握するのがずっと難しく、影響を理解するのも複雑なメカニズムなのだ。

 Masterpiece Seriesは『イニストラードを覆う影』ブロックにありませんでしたが、新しい次元のセットにしかないんですか?

 我々は『戦乱のゼンディカー』に「Zendikar Expeditions」を入れて、反響は上々だった。そこで、我々はこれを今後も行うことにした。問題は、我々が結果を知ったタイミングと、それを反映させられるタイミングとの間のズレが存在するということである。「Kaladesh Inventions」を『カラデシュ』に入れられたのは、ちょっとした奇跡だ。可能な限り早く進んだのだ。『イニストラードを覆う影』にMasterpiece Seriesがなかったのは、入れたくなかったからではなく、作業上不可能だったからである。つまり、Masterpiece Seriesは新しい世界に限られるものではない(そもそも『戦乱のゼンディカー』は再訪セットだ)。

 昨年はジョニー・プレイヤーにとってちょっと残念でした。『カラデシュ』はその逆です。これは意図的ですか、偶然ですか?

 私はよく、我々は振り子を新しい方向に押すことを続けている(吊るした岩が砂の上で揺れているところを想像してもらいたい)、と言っている。物事は中心を挟んで行き来するが、常に違う方向に揺れるようにしているのだ。マジックを新鮮なものに保つための方法の1つが、新しいデザインを最近のデザインと違う方向にすることである。プレイヤーの心理分析も、そういった方向の1つなのだ。

 『マジック・オリジン』の赤青に飛行機械テーマがありましたが、なぜこのどちらの色にも製造がないんですか?

 製造はクリーチャーのメカニズムである。従って、製造はクリーチャーの多い他の3色(順で言えば、白、緑、黒、赤、青)に集中させるほうが筋が通ると判断したのだ。こうすることで可能なデザインの自由度が高まり、使える枠も大きくなる。飛行機械でなく霊気装置を使うと判断したので、『マジック・オリジン』でしたこととは既に離れている。上記の通り、我々は『マジック・オリジン』と『カラデシュ』で描かれたカラデシュ世界に連続性が必要だと考えたが、それは最高のゲームプレイと引き換えにできるようなものではないのだ。

 エネルギーが『カラデシュ』にまさに相応しいとわかったのはいつですか?

 ショーン・メイン/Shawn Mainが『マジック・オリジン』のデザインにかかっていたとき、彼らのカラデシュのためのアイデアから、我々が『カラデシュ』のデザインのために準備できるようにするために私のところにやってきた。このときが、私がカラデシュ次元がどのようなものになるかを理解し始めたときである。そのときから『カラデシュ』の先行デザインが始まるまでに1年ほどの時間があった。その1年の間のどこかで、私は、エネルギーがついに居場所を見つけたのかもしれないと気がついたのだ。

 最初の先行デザイン会議で一番最初に言ったのが、「エネルギーが使えるかどうか調べよう」だったのだ。かなり初期から予感があった。私が『カラデシュ』にまさに相応しいと確信していたエネルギーに先行デザイン・チームが手を付けてからすぐと言ってもいいだろう。

 発明博覧会というテーマは何が元ですか?

 『カラデシュ』のデザイン・チームはデザインの方針として「発明家気分」というものを打ち出していた。クリエイティブ・チームはそれをもとに作業を始めた。発明博覧会がいつ確定したかは覚えていないが、デベロップにファイルを手渡すより前のことだったと思うので、かなり初期ということになる。

 金属術や親和を歴史の闇に葬り去るという決定の理由はなんですか?

 過去のキーワード・メカニズムと同じ働きの、キーワード化されていないカードがあるのはなぜか。その答えは、キーワードを使うことを正当化するためには一定量のカードが必要だということがわかったからである。数枚のカードだけだとキーワードは新規プレイヤーに覚えやすくなるほどの頻度のない単語を覚えることを矯正することになる。「金属術」と書かれたカードが1枚だけあることが有意義なのは、金属術というメカニズムを知っている場合だけなのだ。

 では、なぜ我々はメカニズムを繰り返すのか。マジックが成長するにつれ、我々はさまざまなテーマを取り上げて光を当てる。大抵の場合、ブロックで1つだけだ。その数を増やし、それに注目して名前をつけると、それはセットの特徴になる。これまでにキーワード化されたあらゆるものが無制限になると、新しいセットを作るのはどんどん難しくなる。新しいメカニズムの元になるものそのものは、頻度は低いがそれまでにもやったことがあるものなのがほとんどなのだ。何かがテーマとして扱うのに充分な量存在するようになれば、それに名前をつける。しかし、そうでなければ、そのまま文章で書くのだ。

「そして『その3』たるべし」

 さて、いよいよ「こぼれ話『カラデシュ』」もこれで終わりとなる。質問を送ってくれた諸君に感謝したい。素晴らしいことを質問してくれたのだ。いつもの通り、諸君からのこの記事(あるいはその1その2)についての感想をメール、各ソーシャルメディア(TwitterTumblrGoogle+Instagram)で(英語で)聞かせてくれたまえ。

 それではまた次回、私が語りについて語る日にお会いしよう。

(Tr. YONEMURA "Pao" Kaoru)