月を超えて その1
『異界月』プレビュー特集第1週へようこそ。今回の記事では、このセットのデザイン・チームを紹介し、このセットのメカニズム1つとその印刷に到るまでの経緯について語り、そして新カードをお目にかける。楽しんでいただければ幸いである。それでははじめよう。
『異界月』に棲まう者共
ケン・ネーグル/Ken Nagle(リード・デザイナー)
デザイン・チームが結成される前に、私は、誰がどのデザイン・チームに所属すべきかを考えるため、デザイナーのマネージメントをするマーク・ゴットリーブ/Mark Gottliebと話し合っていた。その話し合いの最初にゴットリーブが言ったのが、『異界月』は難しいものになるだろう、ということだった。『イニストラードを覆う影』は謎モノだったので、『異界月』はその問題を解決しなければならない。
デザインが「難しい」という話が出たら、私が考える結論はいつも同じ――ケンを投入しよう、となる。ケンは第1回グレート・デザイナー・サーチの優勝者として、何年も前に開発部の一員となった。彼はインターンからチーム・メンバー、そしてチーム・リーダーを経てベテランのデザイナーとなり、今や私にとって頼れるデザイナーになっている。このデザインには多くの難関があったが、私には、ケンならそれらを解決してくれるとわかっていたのだ。
ケリー・ディグス/Kelly Digges
私がケリーのことを知ったのは、彼に昼飯を誘われたときだった。ケリーはイベントでカバレージを担当してきていて、ウィザーズで職を得たいと思っていたのだ。彼は私を昼食に誘い、ウィザーズに入る方法についてのアドバイスを求めてきた。楽しい食事が終わり、私はケリーにアドバイスをして戻ったのだ。彼はその後、ウェブサイトで働き、パートタイムのエディターとなった。年を経て、ケリーは社内で様々な職を経験した。DailyMTGの編集長や、フルタイムでマジックのエディターを務めたこともある。
数年前、ケリーはクリエイティブ・チームに配属され、マジックのウェブサイトに載せる短い物語の監修や、カードのコンセプト設定、世界観設定に携わった。ケリーは『異界月』ではクリエイティブ代理を務めた。既に言ったとおり、このセットには解決しなければならない謎や物語が大量にあるので、ケリーはメカニズムが物語や世界を正しく反映しているようにするためにこのチームに所属しているのだ。そして、これから見ていくとおり、ケリーは素晴らしい仕事をしてくれたのだ。
ブライアン・ホーレー/Bryan Hawley
ブライアンの開発部でのキャリアは、マジックではなく日本向けTCGのデュエル・マスターズから始まった。やがて、マジックのデベロップの枠が空き、ブライアンはマジックを手掛けるようになった。ブライアンには様々な職務があるが、その中でも最大のものは「マジック・デュエルズ」のコンテント・リードである。その中には、カード・セットをデザインすることや、その他デュエルズで用いるカード内容を監修することが含まれる。
また、ブライアンはフューチャー・フューチャー・リーグ(将来のカード・セットのバランスが正しくなるように、およそ1年先のスタンダードをプレイする、社内のプレイテスト・グループ)において最も活発なデベロッパーの1人でもある。『異界月』はブライアンにとって初めてとなる通常のエキスパンションのデザイン・チームである(数週間前に話題にしたが、彼は『エターナルマスターズ』のデザイン・チームに参加していた)。しかし、彼の仕事ぶりを見るとそうは思えないだろう。ブライアンも、このチームに多大な貢献をしていたのだ。
ベン・ヘイズ/Ben Hayes
確か、このデザイン・チームの公式なデベロップ代理はベンであった。私はベンといくつものデザイン・チームをともにする栄光に浴してきた。定義上彼はデベロッパーだが、彼のデザイン能力は特に秀でたものなのだ。彼はいずれデザイン・チームを率いることになるだろう。ベンはデザイン能力を持ったデベロッパーなので、カジュアル的のみならず競技的な意味で何がカードを上手く働かせるかについて良い視点を持っているのだ。
ショーン・メイン/Shawn Main
ショーンはもう1人の中核デザイナーとしてデザイン・チームに所属している(そう、第2回グレート・デザイナー・サーチには説明が必要だったのだ)。ショーンには変数を見て、そしてその変数を調整するための他の誰も思いつかないような独創的な方法を見つけ出す人並み外れた能力がある。そして、『異界月』には『イニストラードを覆う影』が残したことを引き継ぎ、同時にエムラクールの影響を導入しなければならないというデリケートな役目が存在するのだ。ショーンのデザイン能力は今年の後半にも再び発揮されることになる。彼は私とともに、『カラデシュ』のリード・デザイナーを務めたのだ。
マーク・ローズウォーター/Mark Rosewater
私はこのチームには半分だけ所属している。文字通りだ。2ブロック構造へ移行したことの効果の1つとして、年に3つだったエキスパンションが4つになった(私は基本セットのデザインには関わっていなかったのだ)。この問題を解決するため、私は小型セットには半分だけ関与するようにした。通常、デザイン・チームは週に2回会議を行うので、私はそのうち1回だけ参加していた。私はチームの直面している課題と、それにどう取り組んでいるかを把握するために必要なだけは参加できるようにしたのだ。それと、数枚のカードはデザインした。
「カードができたら大好きになる」
今日の話の始まりは、1996年に遡る。私は当時の主席デザイナーのジョエル・ミック/Joel Mickに、奇妙なサプリメント商品のリード・デザイナーになるように伝えられた。銀枠で、イベントでは使えないカードになるという。やりたいことならなんでもやってよい、ということはつまり黒枠セットが通常使うデザイン空間を使わないということになる。その商品というのは、もちろん、後の『Unglued』だ。
当時の私のモットーは、「普通のマジックにできないことをする」だった。そのため、私はマジックの制作に関わる様々な人と会合を持ち、「マジックに通常許されていないことは何か」と尋ねていった。
ある日、私はCAPS、レイアウトと印刷の両方を担当する、カードを物理的に作るグループの人たちと会合を持った。通常あまり関わりを持つ相手ではないのだが、私はどこで例外を作れるかを知りたくて、そしてレイアウトは探すべき場所だと思われたのだ。
レイアウト上の規則のうちで破れるものは何か考えてもらった。ダン・ゲロン/Dan Gelon(『Unglued』のカードの画像的なレイアウトを扱っていた人物)は、こう言ったのだ。
「1つありますよ。カードに枠は必要ないんです。カードの縁まで全部アートを入れることができます。そのためには特殊な切断手法が必要になりますが、このセットではもうその手法を使っています。そして、カード1枚からはみ出して他のカードに繋がることもできます。例えば、クリーチャーの半分が1枚のカードに描かれていて、残り半分は別のカードに描かれている、というのは可能です。印刷シートでその2枚のカードが物理的に並ぶようにすればいいんです。そうすれば、プレイヤーがその2枚を手に入れて、並べてクリーチャーの全体にすることができます」
そのグループは他にもいくつもの提案をしてきたが、アートをカードの縁まで描き、他のカードに繋ぐというアイデアは私を魅了した。1つ目のアイデアを実際に形にしたものが、《Free-for-All》と《I'm Rubber, You're Glue》の2枚のカードである。
《Free-for-All》では、レプラコーンとピンクの象が戦っている。レプラコーンは強く殴られ、カードの外にはじき出されているのだ。そして、《I'm Rubber, You're Glue》がそのはじき出された先である。
しかし、この《Free-for-All》と《I'm Rubber, You're Glue》は単に画像だけの冗談だった。私はこの技法を用いて、何かメカニズム的に独特のことをする方法を探すことにした。プレイする上で影響を及ぼす形で、2枚のカードに渡るアートが必要なのはなぜかと自問した。しばらく考えてから、1つの答えが閃いたのだ。その2枚のカードを組み合わせて1枚の巨大なカードにしたらどうだろうか。
私は巨大カードについてあらゆる可能性を検討した。その2枚を組み合わせて戦場に置きたいので、パーマネントでなければならない。土地はダメだ。つまり、アーティファクトか、クリーチャーか、エンチャントになる(当時はカード・タイプとしてのプレインズウォーカーはまだ存在していなかった)。どれを選ぶにしても、2枚のカードが必要な理由を説明しなければならない。そこで思いついたのが、大きなクリーチャーを作るというアイデアだった。ただちょっと大きいだけではなく、ありえないほどに大きいものだ。それなら、2枚のカードが必要な理由としては適切だろう。
それまで作った中で最大のクリーチャーは12/12だった。そこで、私は次のレベルにするため、2桁ではなく3桁にしようと決定した。そして、100/100なら、巨大カードでなければ収まりきらないと感じさせるだけの充分な大きさだと判断したのだ。コストは黒マナ15個(巨大カードなら通常入らないようなコストを持たせることもできたのだ)。当時、我々はトランプルを入門レベルの商品には入れないようにしていた。そして、奇妙なことに『Unglued』は入門レベルに位置づけられていたのだ。そのクリーチャーはブロックされにくくするために少しばかり長い文章を持つことになった。言ってみれば超威迫で、ブロックするには3体のクリーチャーが必要だったのだ。
最後に私が出したのは、アートの指示だった。それまでマジック史上最大だったクリーチャー2体、《Polar Kraken》と《ファイレクシアン・ドレッドノート》をイヤリングとしてつけるというものだ。そして、《Polar Kraken》のフレイバー・テキストのパロディで、このクリーチャーがどれほど大きいかを示す長いフレイバー・テキストを書いたのだった。その後になって、ビル・ローズから、100/100でなく99/99にするようにという連絡があった。理由は知らないが、おそらく3桁のクリーチャーを将来のために温存しておきたかったのだろう。こうして出来たのが、《B.F.M. 》である。
各セットごとに、我々は市場調査を行っている。『Unglued』の市場調査において、セット内でもっとも評価が高かったカード(複数枚だが)は圧倒的に《B.F.M. 》だった。将来的に再び扱うべきことだということはわかっていたのだ。
簡単なこと、と、ハ・ナ・ク・ソなこと
《B.F.M. 》から『Unglued 2』(発売に至らなかった銀枠セット)で生まれたのが分割カードだが、今日の話題はカード複数枚に渡るカードのほうである。次の(発売された)銀枠セット『Unhinged』に話を移そう。私は2枚のカードを組み合わせて有利になる新しい方法を考えていた。浮かんだアイデアから出来たのが《S.N.O.T.》である(今はじめて気づいたことだが、カードを組み合わせる銀枠カードはどちらも頭文字をカード名にしていた)。
《S.N.O.T.》はいくらか異なる方法でこの問題に挑んだ。《B.F.M. 》のように左右それぞれがあるのではなく、《S.N.O.T.》同士をくっつける、しかも1度だけでなく何度もくっつけるようにデザインされていた。視覚的には、アートが左右両方にはみ出ていて、それぞれが繋がるようになっていた。《B.F.M. 》と違い、《S.N.O.T.》は1枚だけでも使うことができる。しかし、カードを引いてから《S.N.O.T.》につけられるので、時間とともに成長していくことになるのだ。パワーやタフネスはその枚数の2乗なので、指数関数的に巨大化していくことになる(コピーを使うと、《S.N.O.T.》はありえないようなサイズになるということを耳にしている)。望むなら何枚でもつけられるのだ。この部品扱いの考え方は後にもう一度出てくることになる。
一方その頃日本では
既に話題に出したとおり、ウィザーズ開発部は第2のトレーディング・カードゲーム「デュエル・マスターズ」も手がけていた。「デュエル・マスターズ」にはマジックのような競技的な問題は存在しなかったので、新奇なことをメインのセットで試すことができたのだ。《B.F.M. 》に触発されて、「デュエル・マスターズ」のデザイン・チームは組み合わせて大型カードにするカードを作った。違いは、2枚にはとどまらなかったことである。
『シャドウムーア』に到らず
しばしば、我々は《B.F.M. 》型のクリーチャーを黒枠マジックの世界に投入するというアイデアを持ちだしていた。採用できなかった理由は、半分のカードがどういうものなのかという部分にルール上の問題があったからである。銀枠セットではいくらか適当だったが、イベント規定には曖昧な部分はそれほど多くないのだ。
例えば、《B.F.M. 》の左側の点数で見たマナ・コストは何点か。カードのコストを参照して15点なのか、それとも左側にはマナ・コストが描かれていないので0点なのか。《S.N.O.T.》によって、また新しい考え方が生まれた。複数のカードが単体で存在できて、そのあとでくっつく場合どうなるのか。これは『シャドウムーア』のデザイン中に検討されたことである。
我々はこの概念を「結合/link」と呼んでいた。アイデアは単純だった。2/2で飛行を持つクリーチャーがいるとする。3/3でトランプルを持つクリーチャーもいるとする。結合の考え方は。この2体のクリーチャーがともに成長して、両方のすべての要素を持つ大型クリーチャーを作ることができる、というものだ。この場合は5/5で飛行とトランプルを持つことになる。両クリーチャーとも単体で存在できるので、半分のカードがどうなるのかという《B.F.M. (Big Furry Monster) 》の問題は解決できた。『シャドウムーア』には混成テーマがあったので、この混ぜあわせるというアイデアもテーマ的に繋がりがあるように感じられたのだ。
『シャドウムーア』には多くのメカニズムが保留されていて、結合には大きなルール上の問題が残されていることが早期にわかったので、私はそれを中止することにした。この話の最後の重要な部分は、『シャドウムーア』がケン・ネーグルが初めて所属したデザイン・チームだったということである。結合をやめると私が決めたとき、誰よりも腹を立てたのはケンだったのだ。
温故知新
何年も経って、ケンは『新たなるファイレクシア』のリード・デザイナーを務めていた。これは『ミラディンの傷跡』ブロックの第3セットで、もともと住んでいたミラディン人と侵略してきたファイレクシア人との戦争の結果を描く必要があった(ネタバレ:ファイレクシアが勝った)。ファイレクシア側にはものを改造させて変化させるというフレイバーがあったので、ケンは結合を採用するのに最高の機会だと考えた。
ケンはデザインの極めて初期に結合を持ち込み、デザイン工程のほとんどの期間においてそれと格闘していた。結合は、言うは易く行うは難しの典型例だった。プレイテスターに基本的な説明をしたところ、カードをプレイする上では何も問題はなかった。問題は、そのカードがルールとどう相互作用するか、そして効果的に説明するための明瞭なテンプレートがあるかどうかだった。
ケン率いる『新たなるファイレクシア』のデザイン・チームはあらゆる問題に取り組み、結合は何度もの繰り返しを経ることになった。問題が大きくなるように思えても、ケンは結合を成立させる方法を探していた。デヴァインの一番最後、セットがデベロップ側に引き渡される直前になって、マジック開発部上席ディレクターにして『新たなるファイレクシア』リード・デベロッパーだったアーロン・フォーサイス/Aaron Forsytheが介入し、結合をボツにしてファイレクシア・マナと入れ替えたのだった。アーロンは結合の魅力を理解していたが、セットに残すには解決されていない問題が多すぎたのだ。
両面音楽
いよいよ『異界月』のデザインの話になる。ケン率いるデザイン・チームは、エムラクールの生命への影響を表す方法を探すことに取り組んでいた。加えて、これはイニストラードを舞台にしたエキスパンションなので、両面カードの扱いについても決める必要があった。起こったことを正確に知っているわけではないが、私がこれを題材に映画を作るならこんなシーンを描くことになるだろう。
『イニストラードを覆う影』ブロックに向けての世界構築中に、誰かが、エムラクールが次元に現れた影響の1つとしてアヴァシンの天使2体が融合するというアイデアを思いつく。アーティストの1人がイラストを描く。このシーンではケンが手に持っているのだ。ケンがそのイラストを注視するところからシーンが始まる。彼の頭にズームして、回想シーンに入ることになる。その前の週に、デザイン・チームは、エムラクールが世界に与えた影響を表すために両面カードを使うことにしようと決めていたのだ。その次のシーンで、遠い昔、ウィザーズに入るよりも前のケンが、嬉しそうに《B.F.M. (Big Furry Monster) 》をプレイしている。次のシーンは、私が『シャドウムーア』のデザイン・チームに向かって結合カードをボツにすると告げているところだ。そして、アーロンがケンに、『新たなるファイレクシア』から結合を取り除くという決定を告げるシーンに続く。カメラは現在に戻り、『異界月』のデザイン会議中のケンが映しだされる。ケンは立ち上がり、天井からの光が輝いてケンを照らす。「できるぞ!」と、ケンの叫び声。
それぞれのカードを個別にプレイできるようにした場合、両方が戦場にある場合にどうなるのか、という問題への回答は、2枚のカードからなるカードを作って、その組み合わさったカードは裏面にだけ存在するようにすればよかったのだ。両面カード、というのがパズルを解くのに必要な欠片だったのである。
今日のプレビュー・カードは、この合体カードの1種である。「合体」とは、この「半分2つがくっついたものに変身する」メカニズムのことである。このセットに存在する合体カードは、わずか3種だけなのだ。
それでは、《夜深の死体あさり》と《墓ネズミ》をご覧あれ。
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そしてこの2枚が合体して《騒がしい徒党》になるのだ。
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デザイン・チームはすぐに合体カードに惚れ込んだが、開発部全体を納得させるにはいくらかの時間がかかった。我々は合体カードを3種に決めるまでに様々な数を試してみた。2枚だけでなくそれ以上の枚数による合体カードまで試したのだ。しかし、我々は第一歩をゆっくりと踏み出すべきだという決定を下した。合体がうまくいったら、将来のデザイン・チームがそのメカニズムを使った新しいことを考えることができるのだ。
『異界月』の入り
今日のプレビューでは、メカニズム1つしか紹介できなかった。今後、その2ではこのセットに存在する残り2つのメカニズムやその他のテーマについて語ることになる。いつもの通り、諸君からの反響を楽しみにしている。メール、各ソーシャルメディア(Twitter、Tumblr、Google+、Instagram)で(英語で)聞かせてくれたまえ。
それではまた次回、その2でお会いしよう。
その日まで、2枚のカードを1枚にする繋がりをあなたが知りますように。
(Tr. YONEMURA "Pao" Kaoru)