殺戮遊戯
マリッタは音を立てて扉を閉め、横木を乱暴に下ろした。それはしっかりした音を立て、彼女の家の扉を封鎖して外のラクドス教団員から彼らを守ってくれる。そのギルドはパレード中であり、街路は鎖を引きずる音、狂気の高笑い、身の毛のよだつようなカーニバルの行進に巻き込まれた者達が上げる苦悶の叫び、それらの恐ろしい不協和音で満たされていた。
マリッタは膝をつき、壁に寄りかかって子供二人を抱き寄せようと腕を伸ばした。彼女は怖がる子供達へと宥めの言葉を囁き、彼らを安心させようとした。足を踏み鳴らして家の前を過ぎてゆく怪物達からはもう安全だと。
気が狂った笑みを浮かべた群衆が行進を続けていた。家々、商店、寺院、行政の施設さえラクドスの先陣が近づくにつれ扉を閉めて鍵をかけた。その行進は恐るべき長さで、ラクドスギルドの者達ほとんど全員から成り立っていた。
血染めのパレードのまっただ中、カーニバルには刃の竹馬乗り、鎖の空中曲芸師、ボディーピアスだらけの空中ぶらんこ乗り、その他恐ろしい光景が勢揃いしていた。
殺戮遊戯の開始が告げられたこの日、ラクドス教団員全員が凶悪な笑みを浮かべており、錯乱したかのように幸福そうだった。ラクドスの三つのリングが「殺戮遊戯」で闘争を行うと発表されていた。その報酬は、近頃空白域となった縄張り。
殺戮遊戯は長く続けば続くほどラクドスギルドを消耗させる、勝者が血まみれになって勝利を得るまで。殺戮遊戯は生命と四肢を綱渡りさせることでもあるため、教団員でも僅かな者だけがその開催を望む。彼らは片意地になってその生命を危険にさらす。彼らの悪魔的指導者への献身ではなく、遊戯が織りなす壮観な光景のために。
ダルクスは四年の間、棘打ちとして殺戮遊戯のチャンピオンの座に就いていた。そのゲームは年に一度行われているわけではないこともあり、彼は七つの殺戮遊戯の勝者だったが、昨年に虐殺少女のリングから現れた成り上がり者、ヴィルディカによってその地位を追われてしまった。背が高く筋張った人間の女性で、彼女はダルクスのとどめの一撃を極めて俊敏に避け、彼の鎚の致命的な一振りは優雅な回し蹴りをするヴィルディカの刃付きのブーツに捕えられただけだった。ダルクスは自身が負かされたこと、ヴィルディカがその年の殺戮遊戯のチャンピオンに戴冠したことを知った。
ダルクスの前のリングマスターは実に稀なことに、ラクドスへと忠誠を捧げたストロコという名のゴブリンだった。ストロコは棘打ちとしてダルクスを上手く利用していた。彼はストロコにとって恩恵となる些細な平和を維持し、ストロコのもっと先の目標である混乱をもたらした。だが負かされた後、ダルクスはストロコにとって無価値となった。殺戮遊戯の饗宴の只中、彼は多大な嘲りとともにダルクスを侮辱した。ダルクスは激怒し、素早く立ち上がると饗宴のテーブルを蹴り倒して飲食物をあたりに撒き散らした。彼はストロコのリングのエンブレムが入った上着を引きちぎり、地面に投げつけてから荒々しく出て行った。
彼は自身のリングを始めることになった。
《ラクドスの首謀者》 アート:Jason Felix
彼は孤独にテントを去った。多くの者がダルクスの粗悪な態度に気色ばんだが、ストロコのリングから出ていく彼を追うほど怒っていたものはいなかった。数週間かかったものの、彼は自身の成り上がりリングを成長させていった。ダルクスは縄張りを巡って戦い、祝祭の場から遠すぎない適地を確保した。
ついに、殺戮遊戯が再びやって来た。ダルクスは今やマリッタの家の扉を過ぎ、彼を取り囲むリングの構成員とともに行進している。彼はその幅広の肩に自身のエンブレムの入った上着を身に付けている。肩からは彼の地位を示す鎖をぶら下げ、その大きな輪が彼のただでさえがっしりとした体格を強調し、見る者を威嚇している。さらに彼は棘付きの鎚を片方の肩に乗せ、もう片方の手には彼のリングの嘆願者に繋がる鎖を握り率いていた。
ダルクスは棘打ち、彼のリングの団員達の前に高くそびえる穴だらけの巨人かもしれない。だが彼はまたビジネスに向いた頭を持っていると気付いていた。ストロコの侮辱にはひどく腹が立ったが、同時に得るものも大きかった。教団員の間には混沌と軽薄さが蔓延しているが、全員の成功のためにそれを注意深く取り仕切る役割を持つ、より高い地位の者がいる。計画し、資金を調達し、ラクドス自身を喜ばせるためにカーニバルを続けることはリングマスターの手に委ねられている。リングマスターは皆知っている、姿を表さないまでも、ラクドスはこれらの遊戯を興味深く見守っていると。
だからこそ、ダルクスは望んだ。殺戮遊戯にて彼ら自身を証明し、自分のリングが隆盛することを。
つい数週間前、彼は虐殺少女からヴィルディカを引き抜いていた。今彼女はダルクスの隣を、誇らしげに顔を高く上げて歩いている。彼女はぴったりとして短く切った衣服を身につけ、その華奢な姿にはピアスが並んでいた。やって来てからわずか数週間、ヴィルディカはリング内において価値ある仲間であり腹心であることを証明してきた、そしてダルクスは彼女へと恋をしていることを知った。
《逸脱者の歓び》 アート:Michael C. Hayes
リングマスターとして、ダルクスは自身が競争することを渋々断念し、その代わりにヴィルディカを彼のリングの代表として殺戮遊戯へと送り出すことにした。この年は観客として過ごす、そう考えて彼は苛立った。だが彼はそれがベストだと知ってもいた。彼は今、闘技場の外での仕事を通じてギルドマスター・ラクドスからの承認を得ていた。
祝祭会場へと至る巨大で高いアーチ天井に近づくにつれ、彼はその向こうに血の滝らしきものを見た。獣、人間、ケンタウルス、そしてマーフォークさえも、前座に巻き込まれた全てが今や殺戮遊戯へとラクドスの信奉者達を歓迎していた。ダルクスはリングを引き連れて叫びと嘲りの中会場へと入り、彼はその逞しい拳で棘付きの鎚を握りしめ、頭上に高く掲げた。
殺戮遊戯そのものは最も強い意志を持つ者達だけのものだが、それは無数の観衆を引きつけていた。彼らは素早く退散できるように、そして彼ら自身が突然ゲームの慰みものになることを恐れて散り散りに会場の端に立っていた。彼らは皆その恐ろしいゲームを見物しにやって来た、まるで自分達が演じるかのように。そして彼らは決して失望はしない。
《ラクドスの激怒犬》 アート:Ryan Barger
ダルクスは駐留地として選んだ区画にリングを導き、団員へと指図してテントを設置する場所へ杭を打たせた。ひとたび行進が完了し、様々なリングが設置されたなら、ラヴニカに闇が降りる。移動遊園地はおびただしい篝火に照らされ、普段は騒々しく耳触りなギルドは翌日のゲームに備え、多少静かになる。
他の団員が皆去り、ダルクスとヴィルディカだけが共に炎の隣に座っていた。ダルクスは棘付きの鎚を鋭く研ぎ、彼らの夕食であった獲物の残された死体へと振り下ろしてその鋭さを確かめた。ヴィルディカはブーツを脱いで彼の隣にもたれかかり、ぼんやりとしながらその指で棘を突いて流れ出る血を見ていた。
「虐殺少女を思い出すか?」 ダルクスは砥石の一打ちの間に尋ねた。純粋に好奇心からだった。彼女は望んで彼の下へと加わったが、彼女らは何年もの間親しかったとダルクスは知っていた。「あの女とリング、両方の意味でだ」
感情を見せず、ヴィルディカは答えた。「滅多にないよ」 そして一瞬の間の後、彼女は付け加えた。「あたしがあんたのリングに入ったのは、あの人はもうあたしをゲームの戦闘員、戦利品としてしか見ていないってわかったから。あたしはあの人の周りで行進する戦利品であって、一緒にカーニバルを楽しむ仲間じゃないって」 彼女の話す言葉には、怒りと悲しみの混じった感情が潜んでいた。
ダルクスは彼女の、その予想外の返答について考えた。リングマスターにとって、殺戮遊戯の勝者の手をとって彼らを高座に上げるのは普通のことだった。ストロコは何年にも渡ってそうしてきたが、ダルクスはそれらの時間を楽しんでいた。彼は祝福され、名を知られ、望むものは何でも手に入った――ストロコ以外との親密さを除いて。ああ、確かに彼には流血のカーニバルとサーカスを楽しむ仲間がいて、彼は決して多くを望んだことはなかった。だが今彼には豊富な時間があった、自分は何者だったかと熟考し、そして今と比較するための。
「明日の戦いの準備はいいか?」 事実、ダルクスは戦いの中にいたいという気持ちを今も隠せなかった。
ヴィルディカの鋭い笑い声がリングのテントの向こうまで響いた。「他のリングの棘打ちを見たことある? 惨めなものだから。リネーアが何年も仕込んできたエルザダルト、あのデカブツだって。あいつは全然仕上がってもいないから、心配せずに倒してあげる。今回は全然遊びじゃないから」 彼女は人差し指を素早く三回棘に刺し、湧き出て掌へと流れ落ちる血をじっと見つめた。
《殺戮遊戯》 アート:Steve Prescott
ダルクスは頷いた。彼は何年もの間、勝利を完璧に確信して同じ思いを抱いていた。最後に勝利を確信した時でさえもそうだった、少なくともヴィルディカが皆を驚愕させるまでは。
「あたしにどんだけ賭ける?」 彼女の声からは明らかな好奇心が伺えた。リングマスター達は常にゲームを介して互いに賭けをする。それは金であったり、人員であったり、誓約であったりする。
「誰よりも多く賭けてやるよ」 ダルクスは彼の闘士達とゲームへの出場者全員に賭けていたが、彼はリングの備蓄品の大半をヴィルディカへと賭けていた。彼の金銭係にとっては全く喜ばしくないことに。
ヴィルディカは今一度指先を突き刺し、血に濡れた拳を握り締めた。彼女は笑顔を見せてくれた。明日、ゲームはついに始まる。
(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)