前回の物語:結束という難問

 以下の物語には、グレッグ・ワイズマン/Greg Weisman著の小説「War of the Spark: Ravnica」(英語)のネタバレが含まれています。

 この物語は年少者には不適切な表現が含まれている可能性があります。


 自分の役割として私が想定していたのは、悪いドラゴン直属のギルドマスターが支配するアゾリウス評議会へ向かう道を探すこと。それと謎の変身ギルドマスター、ラザーヴのディミーア家との接触方法を見つけてあげることだった。

 けどザレック様とベレレン氏はケイヤ様に仕事を割り当てた。強情な四つのギルド、ゴルガリ団とラクドス教団とグルール一族とセレズニア議事会を、絶体絶命作戦のために連れて来て欲しいって。

 その作戦が何なのかはわからないけど……

 二人いわく、ケイヤ様はよそから来た人だから、ザレック様が自分で行くよりも負担が少ないし、ザレック様ほど疑われずに済む。けどギルドマスターとして、相手ギルドの重要人物への謁見を要求できる権限があるし、少なくともそれが認められる立場だ、とのこと。

 でも上手くいくかどうか、ケイヤ様は気乗りしてないのがわかった。だから私は近寄って、受けた方がいいって囁いた。「私、手助けできます。グルールとセレズニアと――」 ラクドス、とも言いかけたけどやめた。ヒカラが死んで、私はあの教団への伝手をもう持っていなかった。だから気まずく締めた。「うん、グルールとセレズニアは」

 最初の目的地はセレズニアになりそうだった。ケイヤ様は四つの中でそこが一番簡単にいくことを期待していた。もちろん、テヨと私も一緒だった。

 今「もちろん」とは言ったけど、こんなに自然とそうなったのは変な話だった。数時間前から、すっかり私達はケイヤ様の忠実な側近になっていた。

 それとニッサ・レヴェインさんが一緒について来た。セレズニアの高名なエルフでギルドマスター代行、イマーラ・タンドリスさんと気が合うだろうって、ベレレン氏が期待してのことだった。

 不運にも、イマーラさんとの謁見はなかなか難しいことがわかった。手始めからして、ロナスとかいう神のゾンビがかなりの数の怪物を率いて、皆が集まっていたアゾリウス評議会本拠地に向かってきていた。そいつはボーラスの厄介な抵抗勢力を一度に始末するつもりで、私達はそれを避けないといけなかった。

 けどこういう時に役に立つのが私。ケイヤ様には言ったけど、私はラヴニカのほとんどの隠し通路を知っているから、この小さな四人組の先頭を走った。アモンケットからの侵略者が知るわけがない通路や裏道や近道を。

 レヴェインさんはすごく無口で、全然喋らないって言ってもよかった。けど私達の進む速さに感心したみたいで、少しだけ喋ってくれた。「街をよく知っているのね」って、私のすぐ後ろのケイヤ様へ。ケイヤ様は自分がそう言われたって思ったみたいだけど、返答はしなかった。私も個人的な理由から返答はしなかった。

 私達は一つの、避けられそうにない永遠衆の群れに出くわした。どうも次なる犠牲者を探しているみたいだった。テヨが盾を張って、その後ろからレヴェインさんが古い樺の木にお願いすると、それはすぐに枝を何本も伸ばして、永遠衆それぞれのラゾテプの頭蓋骨を脳まで突き刺した。そいつらは逃げる間もなかった。すごく素早い攻撃で、怪物どもがきちんと死んで地面に倒れるまでほんのニ、三秒しかかからなかった。

 議事会はすごく守りを固めていた。それと歓迎されてないってこともわかった。レーデヴの衛兵と射手の長い列が道を塞いでいた。交渉に来たってのに、誰も私達を通してくれそうになかった。特にレヴェインさんは、ギルドの一番の敵みたいに見られてた。この人がヴィトゥ=ガジーを目覚めさせたからあの世界樹が動き出して、けど折られて、死にかけたって結果になったから。

 ヴィトゥ=ガジーが第10管区広場まで動いたのはそれでだったの! レヴェインさんは見た目よりもずっとすごい人だってわかった。すごい人なんだろうって思ってたけど、それ以上に。

 私も、私にしかできないことから――少なくとも、私にしかできなさそうなことから――始めるのが良さそうだって判断した。私が自慢できることは前に言った通り。私はレーデヴの列をくぐり抜けて不用心な衛兵の二人の間を走った。遠くまで急ぐ必要はなかった。

 もう姿は見えていた。私の名付け親、生命の誓約の守り手、セレズニアの槍使いボルボ。以前はグルールに所属していたケンタウルスで、私の両親の親友だった。けどセレズニアに惹かれて十年くらい前にギルドを変えた。そのことでグルールとは、永遠ではないって思いたい亀裂ができたけど、私にとってはありがたかった。槍使いボルボはいつも私をセレズニアに入れたがってた。グルールは私にぴったりのギルドじゃないってはっきり信じてた――おかげでうちの両親との仲は良くなくなったけど。私は門なしのまま、けどボルボとはずっと親しいままでいた――更にそれでボルボと私の父さんの仲はもっと良くなくなったけど。そして今、力を貸してもらいたくて私は声を上げた。「おやじさん!」

 振り返ると、ボルボの厳めしい(グルールっぽい)顔がぱっと明るくなった! 「アレイシャ! こんな時に出歩くんじゃない、今は危ないだろう」

「私は誰より安全だよ? 誰よりも」

「ああ、そうだったな」

「お願いがあるの、おやじさん」

「何でも聞こう」

「一緒に来て、オルゾフの新しいギルドマスターに会って欲しいの。お願い」

 不満そうなうめき声。

「私の友達なの」

 ボルボは片方の眉をひそめて考えた。「ふむ、じゃあ乗れ」

「いいの?」

 ボルボは答えず、けど身体を低くして私を背中に乗せてくれた、まるで子供の頃にそうしてくれたみたいに。私は嬉しくってくすくす笑った、まるで今も子供みたいに。そしてボルボはレーデヴの列へ急いだ。

 テヨが声を上げていた。「アレイシャさん、どこですか?」

 レヴェインさんが尋ねた。「誰?」

 面倒なことになる前に、私は呼びかけた。「こっちだよ!」

 テヨとケイヤ様は顔を上げて、私がケンタウルスの背に乗ってレーデヴの隊列の後ろからやって来るのを見た。ケイヤ様はびっくりしたみたいだった。レーデヴの衛兵は道をあけて頭を下げて、ケンタウルスを通した。

 私はもったいぶって言った。「ケイヤ様、テヨ・ベラダ、それと……レヴェインさん。紹介致します、こちら私の名付け親、槍使いのボルボ」

 ケンタウルスはケイヤ様とテヨに向かってお辞儀をしたけど、レヴェインさんにはそうしないように気を付けた。レヴェインさんは黙ったまま見つめていて、ずっとすごく居心地悪そうにしていた。

 そして、私はいつものお喋りを始めてしまった。「ボルボは前はグルール一族にいたの、セレズニアに入る前に。私の両親の親友で、名付け親になってくれたの。でさ、うちの親にとっては、子供の名付け親に誰を選ぶかってなったら当然の選択だったんだけど、でも父さんは、思うにずっと私とボルボの関係にちょっと嫉妬してたんじゃないかなって。ボルボはそれでグルールを離れたってわけじゃなくて、呼ばれたんだよね。私もそういうのあるからわかるんだ、本気でグルールを離れてセレズニアに入りたくなる。時々それが私の道だって思う時があるくらい。けどそうなったらなったで私はなんかすごく優柔不断で――」

 槍使いボルボは咳払いをしていった。「アレイシャ」

「え、私まためちゃくちゃ喋ってた?」

「気持ちはわかる。だが今はやるべき事があるのだろう」 そしてボルボはケイヤ様とテヨへ向き直った。「我らがアレイシャを気にかけてくれる者の話は、誰であろうと喜んで聞こう」

 またも、レヴェインさんが近寄って囁いた。「アレイシャって?」

 「アレイシャ」とは私、ラットのこと。ケイヤ様はそう返答しようとした。けど私が笑って首を振ると、ケイヤ様は逆にレヴェインさんを見つめた。その人はというと、私を見つめていながらその先を見つめていた、まるで私がそこにいないように。

 そしてその時――「はっ!」って感じに――ケイヤ様は理解した。レヴェインさんに私の姿は基本的に見えてないってことに。ケイヤ様が、私達の最近のやり取りについて思い返しているのがわかった(追加すると、私はケイヤ様の思考の要点がちょっとだけ読めた)。ザレック様の私への反応を、むしろ無反応を。テヨが私達を皆に紹介した時、全員が私とテヨの名前を一つに受け取ったことを。ケイヤ様は理解し始めた、私はある意味見えない存在だって。テヨ、ボルボ、ケイヤ様自身以外には。私の父さんにすら見えないって。

 だから私は言った。「正確には、見えないってわけじゃないんです。後で説明します」

 それは秘密を打ち明けるみたいだった。今や、私は精神体とか霊みたいな存在なんじゃってケイヤ様は思い始めてて、けど確信もしていない。ケイヤ様はベレレン氏みたいな精神魔道士と、大声のテレパスや本物そっくりの精神的幻影には慣れてるけど、私がレヴェインさんに同じようなことをしてるんじゃないかって訝しんでた。

 もちろん、違うよ。そんな事できないって!

「そのエルフには帰ってもらおう」 ボルボの声に、ケイヤ様ははっと我に返った。ボルボはレヴェインさんをすごい軽蔑する目で睨み付けた。「そのエルフは駄目だ。だが他はイマーラ・タンドリス様のもとへ連れて行こう」

 ケイヤ様は反論しようとした。実際、レヴェインさんはイマーラさんに気に入られるための秘密兵器だったのだから。

 けどレヴェインさんはもう引き返していた、どこか安心したみたいに。「私、喋るのは下手だから。二人でケンタウルスさんと行って。私はギデオンの所へ戻る」

 数秒のうちに、レヴェインさんはいなくなった。

 私は前のめりになって囁いた。「おやじさん、今のはすごく失礼だよ」

「アレイシャ……」

「すごく失礼」

 ボルボは低くぶつぶつ呟いた。「うむ……悪かった」

「いいよ、許してあげる」 すごく満足して私は言った。

 ボルボは何かよくわからないことを呟いた。けど同時に、少しだけ微笑まずにはいられなかったのがわかった。

 私は沢山の人を動かせる力を持ってるわけじゃない。だから、たぶん時々ちょっとだけ悪用したくなる。別にいいでしょ?


 セレズニアの奥へ向かいながら、テヨの両目が大きく開かれていくのが止まらない様子を私は見つめた。この子がいた砂漠の世界、ゴバカンでこんなのは見たことないんだと思った。ラヴニカの全てにテヨは驚いているみたいで、その様子はすごく可愛いらしかった。

 思うに、私達はこの世界を時々、当たり前のものだって受け取ってる――誰か他の目を通して見るまで。だから私は門なしのままでいるのかもしれない。おやじさんの目を通してセレズニアを見る時は、母さんの目を通してグルールを見る時は、ヒカラの目を通してラクドスを見る時は……見た時は、いつも、新しくて面白くてすごくいいものに映る……映った。

 何にせよ、ボルボは私を背中に乗せたまま、ケイヤ様とテヨをイマーラさんに謁見させるために向かっていた。ぴかぴかの花崗岩の廊下には射手と兵士が並んでいて、全員が葉や尖った草みたいなので飾った鎧を着ていた。種族はエルフが多かった。ボルボの姿を見ると、全員が軽くお辞儀をした。全員がケイヤ様とテヨを、少し危ないものみたいに見た。もちろん、誰も私には視線すらくれなかった。二人の巨大なロクソドンが斧を持って守るアーチをくぐると、またテヨが大きく目を見開いた。

 ゴバカンにロクソドンはいないんだろうね。

 そのロクソドンはボルボへ頷いて、ケイヤ様とテヨを睨み付けて、ラットのことは全く気にしなかった。

 ケイヤ様がテヨの表情を察して、近寄って囁いた。それでやっとこの子はわかり始めたみたいだった。「そのケンタウルスとあなたと、私だけにラットが見えるのよ。どうしてか、あの子は他の皆には見えていない。父親にすら」

 テヨの感情を読むのは難しくなかった。ありえない、けど全部に説明がつく! って。

 テヨが私をじっと見つめていた。だから私は歯を見せて笑ってみせて、おやじさんの背中から滑り降りて新しい友達二人の間に入った。私自身から、できる限りの説明をしてあげたいって思った。「見えないわけじゃなくて、私は、意味がないの。鼠。小さな鼠。それを見ても、目をそむける。気付かなかったふりをする。忘れようと思って、そう思ったことまで一緒に忘れる。心が、存在を拒否する」

「意味がないなんて、そんなわけない」 ケイヤ様はきっぱりと言った。

「ケイヤ様、そう言って下さるのはとても嬉しいです。けど私はそうなんです」

 テヨが言った。「魔法、ですよね」

「たぶんね」 肩をすくめて微笑んで、私はそう返答した。でももしかしたら本当に微笑んではいなかったかもしれない。「生まれ持った魔法。私がそこにいるって聞かされて、集中しないと多くの人には見えない。父さんは上手だけど、私が近くにいるって気付かせないといけない。昨日まで、自分の力だけでいつも私が見えてたのは三人だけだった。母さんと、ボルボと、ヒカラ」

 ケイヤ様は頷いた。「それで、ヒカラが死んだって聞かされた時に、あれほど辛そうにしていたのね」

 私はきっぱりとかぶりを振った。「いえ。……ん、それはあるかもしれません。けど辛かった理由のほとんどは、ヒカラは凄くクールで素晴らしい人だったから。でも確かに、辛かったんだと思います、私が見える人が一人減ってしまって。もちろん、今はケイヤ様とテヨがいますけど」

 二人はそれぞれ私の手をとって、安心させるみたいに握りしめてくれた。

 そこで私達は角を曲がった。そして休眠状態にあるギルドマスター、ドライアドのトロスターニの前に立つイマーラ・タンドリスさんに対面した。トロスターニは一つの幹から三体が伸びていて、中央のドライアド、シィム様は眠っていた。もう二人はお互いに顔をそむけていた。左、オーバ様は激しく泣いていた。右、セス様は怒ったみたいに腕を組んでいた。

 ボルボは低くお辞儀をした。ケンタウルスがそうする姿はいつ見ても面白いって思う。「タンドリス様。オルゾフ組のギルドマスター、ケイヤ様についてはご存知かと思います。共におりますのが随員のテヨ・ベラダと、我が名付け子のアレイシャ・ショクタ、こちらは未だ門なしではありますが」

 イマーラさんは目を狭めて、私の姿を探した。「アレイシャさんはどちらに?」

 私は笑って手を振って見せた。「ここです!」

 イマーラさんは二度瞬きをした。「もう一度、お願いできますか」

「ここです、テヨとケイヤ様の間」

 ボルボも手助けをしてくれた。「彼女はそこの二人の間におります」

「ああ!」 イマーラさんは不意に顔をほころばせた。「ようこそ。こんなに難しいことでなければどれほど良かったか。あなたのお顔が見えて声が聞けて本当に良かった」

「毎回、初めて会うみたいになるからですよ。実際、毎日私を見てたら、両方とも嫌になってきますから」

「そんな事はないと心から思います」

 私はもう一度肩をすくめた。「五分も話したらわかりますよ。けど、そのためにここに来たんじゃないんです」

 重々しく溜息をついて、イマーラさんはケイヤ様へと真剣な目を向けた。「ここにいらした理由はわかっております」

「イマーラさん、ご理解下さい。我々はギルドを結束させねばなりません。ラヴニカを救うために、ラルはひとつの計画をニヴから委ねられていました。ですがそれは十のギルド全てが手を携えなくては機能しません」

「そしてそれは、十のギルド全てが手を携えても機能しないかもしれない。違いますか?」

 ケイヤ様は返答しなかった。けど沈黙は雄弁って言うよね。

「ケイヤさん。ご存知の通り、ラル・ザレックとニヴ=ミゼットは自分達の計画を、作戦を、青写真を心から愛しています。そしてそのひとつひとつがギルドに、ラヴニカに、セレズニアに純然たる災害をもたらしてきたことも」

「ですが今回は――」

「イゼットは常に自分達の計画に名称を付けています。名付け、定義し、制限しない限り彼らにとっては何も現実とはなりません。そのため私達とは違うのです。ラルは今回のそれを何と呼んでいるのですか?」

 ケイヤ様は躊躇した、むしろ気まずそうに。けど背筋を伸ばしてはっきりとした声で言った。「絶体絶命作戦、です」

 イマーラさんは吹き出しかけた。けどしっかり微笑んで首を横に振った。私がすごく馬鹿なことをやった時に、母さんがそうするみたいに。

 けどケイヤ様はそれを予想してたみたいだった。「どう響くかはわかります。ですが絶望的な時には絶望的なものを選ぶということです。ボーラスを倒すために、プレインズウォーカーとギルドは結束しなければなりません」

「それを否定はしません、ケイヤさん」

「でしたら――」

 イマーラさんは再びそれを遮った。そういうのはよく見てきた。無礼に見えないようなやり方をよく知っている人だった。イマーラさんは滑り込むみたいに声を大きくしていった。ケイヤ様の言葉の間に、草の葉が敷石の間から伸びるみたいに。「申し訳ありません、ですがセレズニア内でも統一には程遠い現状なのです。ヴィトゥ=ガジーを失う前から状況は悪いものでした。ですが今……」

 その言葉がかき消える前に私は動いて、おやじさんの隣に急いだ。そして屈んでもらうと、その耳へ囁いた。

 背筋を伸ばして、ボルボは咳払いをすると言った。「イマーラ様、ヴィトゥ=ガジーを破壊に追いやったのはボーラスの下僕です」

「ええ」 ケイヤ様が続けた。「その通りです。そしてボーラスが破滅に追いやった世界はここが最初ではありません。二人のプレインズウォーカー、スカラ次元のビビアン・リードとアモンケット次元のサムトが伝えてくれました、ボーラスによってそれぞれの故郷が破滅したと。スカラは完全に滅び、アモンケットでは僅かな生存者が苦しんでいます、ええ、ボーラスの怪物がその世界の残骸を蹂躙し続ける中でです。事実、私の故郷の災いも、ボーラスの仕業によるものではと思っています。イマーラさん、過ちを犯さないでください。あのドラゴンはラヴニカの全てを、多元宇宙の全てでなくとも、墓所に変えてしまいます」

 不意に、鋭い声を上げてシィム様が目覚めた。

 もう二体がそちらへ向き直った。イマーラさんは言葉を失って、ボルボは低く頭を下げた。

 テヨはかなり混乱したみたいで、私は隣に急ぐと説明した。「あれはドライアドのトロスターニ。セレズニアの本当のギルドマスターで、パルン、えっと、創設者のマット・セレズニアの声を伝えてる。真ん中がシィム様、調和のドライアド。何か月も眠ってて、反応がなかったけどたった今目覚めた」

「ですね」 テヨの声に皮肉っぽさは微塵もなかった、「最後は少しわかります」

「左がオーバ様、生命のドライアド。右はセス様、秩序のドライアド。シィム様が黙っちゃって、もう二人は対立して、ギルドの意思決定ができなくなってた。でトロスターニの……不在っていうのかな、その間にタンドリスさんがセレズニアをまとめようと頑張ってた」

 シィム様の叫びは大きく、鋭くなって、そして止んだ。全員が息をひそめて待った。そして、シィム様が喋った――もしくは喋ったみたいだった――言葉が私達の心に直接うねった、まるでそよ風が木々の葉を撫でるみたいに。

『姉妹よ、風の歌を聞いていました』 調和のドライアドが秩序のドライアドへ向き直った。『セス。ボーラスの秩序は墓所の秩序です。貴女は自らの片割れと対立してきました、それでも貴女の片割れなのです。その終焉を真に望むのですか? あらゆる生命の終焉を見たいと望むのですか?』

 その言葉に勇気づけられてみたいに、オーバ様もセス様へ呼びかけた。『秩序は生命へと真に繋がるもの。それで十分ではないのですか?』

 セス様はもう二体から顔をそむけて、しばらく黙ったままでいた。そして空を見上げた。喜ぶ以外の様々な感情があったみたいだった。

 けどやがて、セス様は頷いた。『トロスターニは今一度調和します。これはマット・セレズニアの意思です。議事会は他ギルドと手を携え、ニコル・ボーラスを打倒します』

 一つは解決。あと三つ。


「何かが変わったみたいです」 テヨが言った。

「ええ」 ケイヤ様が頷いた。「私も感じる。きっとラルが標を切るのに成功したんだわ」

「プレインズウォーカーはまだ来られるんですか?」 私はそう尋ねた。

「ええ。けどここに引かれることはない。呼びかけに応えて来ることはない」

「それっていい事なんですか?」

「きっと。あのドラゴンを倒すには十分な戦力があるし。ともかくやってみるくらいはね」

 私はケイヤ様の肩を軽く殴りつけた。「ちょっと、期待してるんですから!」

 何を考えてるの、ギルドマスターを殴るとか!

「うっ」

 すごく気まずくなって、私は駆け出すと叫んだ。「こっちですよ!」

 そんな私をケイヤ様は黙らせようとした。

 何に浮かれてたかわからないけど、それでも私は立ち止まってケイヤ様に視線を向けた。「誰も私の声は聞こえないですよ。誰も聞きたがらないから。それはそれとして、スカルグはもうすぐです。着いたら、私に話ができるようにしてくれれば大丈夫です」

「ラットさんの声が聞こえない、なんてことはないと思います」 テヨがそう言った。そしてはっと身体をこわばらせた、私を傷つけたんじゃないかって思って。

 本当に優しい子なんだから!

 何にせよ、自分の状態をわかってもらっておいた方が話が早い。ちょっとくらくらするのは、思うにさっきケイヤ様を殴っちゃったのと目を動かし過ぎたせいかな。「ほとんどの人に私の声は聞こえない。けど母さんは、アリ・ショクタっていうんだけど、聞ける。父さんも、集中すれば。腹音鳴らしさんも同じ。あの人、私のことを可愛いって思ってくれてて。だって私は可愛いラットだもん!」そして笑うと、私の声は地下道の曲がった壁にこだました。頭がくらくらした。私が私の声に慣れてるのは当たり前、だって私はいつも私だけだった。わかる? けどテヨとケイヤ様に私の笑い声が聞こえて、そのこだまが聞こえるなんて、本当に魔法そのものだった。これほど長い時間を、私のことが見える誰かと一緒に過ごした記憶はなかった。すごく小さい頃に母さんと一緒にいたくらい。ヒカラですら、こんなふうに一日ずっと一緒にいたことはなかった。

 テヨが私を見つめていた。私、ちょっと赤くなったんじゃないかな、だってテヨがそうだったから。きっとなんだか困って恥ずかしくて、みたいな。

 私はそれに気づいてないふりをして、先へ進んだ。私達は下水道を進んでた、まるで、そう、鼠みたいに! 暗くて湿って狭くて、砂漠育ちのテヨは汗を滴らせてた。ちょっとかわいそうって思った。やがて長い煉瓦トンネルの終点に着くと、私は鉄の扉の前に膝をついて、鍵を開けた。

 その速さにケイヤ様は感心してくれたみたいだった。「本当に上手なのね。私よりも。私だってそこそこ慣れてるのに」

 私、また、びっくりした!

 こんなことってある?

「やめて下さい」 すごく強がって、私は言った。「私、六歳の時にこれを覚えたんです。私がそこにいるって誰もわからないなら、誰も鍵を開けてなんてくれませんから」 そして勢いをつけて扉を開けると、すぐに覚えのある、怒った叫びと武器のぶつかり合う音が聞こえてきた。

 私は次のトンネルへ走った。テヨとケイヤ様は頑張ってついて来た。

 この最後のトンネルは再会の地スカルグへまっすぐ通じている。大昔の宮殿がクレーターみたいな残骸になった、巨大な地下の遊び場。すぐに状況を把握して、私は間に入らないといけないってわかった。三、四十人のグルール戦士が取り囲んで見守る中、ガン・ショクタがサイクロプスの腹音鳴らしと戦っていた。幾つもの斧が私達の頭上を飛び交ってた。一つは私の頭皮すぐ上をかすめた。

 小さくってよかった。背を屈める必要すらないんだもん。

 テヨは反射的に三角の盾を張って、また別の斧が跳ね返った。ケイヤ様は幽体になると、三本目の斧がそこを素通りして後ろの壁に深々と突き刺さった。新しい友達二人がしばらく自分の身を守れることを確認して、私は家へ戻った。


「母さん!」 私は声を上げた。

「アレイシャ、ねえ。叫ばなくたって大丈夫!」

「グルールの戦士は叫ぶものでしょ!」

「戦いではね。母親にそんなことはしなくていいよ」 母さんはそう言って私を小突いて、そして引き寄せると固く抱きしめた。母さんの抱擁は熊並みに強くて、けど私はこれが大好きだった。「ずいぶん長いこと出かけてたじゃない。寂しかったんだからね、信じるか信じないかは別として」

「信じないよ!」 私は大声で言って笑った。

 母さんはもう一度私を小突いた。

「来て欲しいの。父さんと腹音鳴らしが殺し合ってる」

 母さんはあくびをする真似をした。「またなの?」

「うん。でも今回は、私の新しい友達の話を聞かせないといけない」

「新しいお友達ができたの?」 その声には、母さん自身の期待と願いがあった。

「私の――うん。二人も。けど……ヒカラが死んだ」

「知ってるよ、アレイシャ。話は聞いた。すごく残念だよ。あの人の殺しの技は最高だったし、あんたにとってはいい友達だった。素晴らしい友達だった」

 少しの間、私達は黙ったままでいた。

 そして私は母さんの手を掴んで連れ出した。「来て、母さん!」


 スカルグに近づくと、父さんの怒号がトンネルに響くのが聞こえた。「幽霊暗殺者よ、腹音鳴らしに殺されたいのか! あいつはお前とあの嵐魔道士のせいで落ちぶれたとわかってるのか!」

「それはわかっています」 ケイヤ様の言葉は慎重で、そして辛辣に続けた。「それはともかく、テヨと私はあなたの命を救いましたよね。それでなくとも、私達はあなたの――」

 ケイヤ様が私の名前を言うよりも早く、ガン・ショクタは吼えた。「俺の……油断は俺の失態だ。助けられた、それはわかっている。だがお前の顔を見ることが愉快なわけがあるか、腹音鳴らし以上にな。こんな最悪の時に来るとはどういうつもりだ」

「私達も同じく、望んでここに来たわけではありません。ですがガン・ショクタ、他にないのです。腹音鳴らしさん、他に選択肢はありません。私達にはグルールが必要なのです――」

 けどその頃には私達が近くまで辿り着いて、母さんは父さんへと嬉しそうに、けど焦った様子で呼びかけた。「ガン! アレイシャが戻ってきたよ!」

 ガン・ショクタは振り返った。「ここに? どこだ?」

 母さんは腕で私を抱きかかえて進み出た。母さんはすごく背が高くて私よりずっと逞しい。だから熊並みの抱擁をしなくたって、母さんの存在はだいたいにおいて私を圧倒する。更に母さんは完全武装だった。剣と斧を一本ずつ、長いダガーを二本、そしてベルトみたいに鉄の鎖を腰に巻いていて、私の背骨に当たってちくちくした。けど私達は同じ黒髪で、笑い顔も同じだって聞かされた。母さんは父さんへ応えた。「ここだよ!」

 かがり火の周りの全員の目がアリ・ショクタへ注がれた。

 ガン・ショクタは目を狭めた。「声を出してくれ、アレイシャ!」

「ここだって、父さん!」

「ガン、私の腕の中だよ」

 そしてガン・ショクタは微笑んだ。「ああ、そこか」

 腹音鳴らしも私の姿を認めて、取り巻きの何人かも頷いた。けどだいたいは自分達を良く見せるためにふりをしてるだけだった。

 私は父さんとサイクロプスに、精一杯かしこまった態度と言葉で告げた。「偉大なる腹音鳴らし。伝説に名高いガン・ショクタ。あなたがたは氏族を一つにまとめ、他のギルドと手を携えねばなりません。さもなくば、私達全員にとっての終わりが訪れるでしょう」

 ガン・ショクタは怒って、腹音鳴らしを指さした。「俺はずっとそう言ってる! けどこの馬鹿石頭は聞こうとしやしない」

 腹音鳴らしは前のめりになって、大きな手を差し出してきた。私は母さんの腕から抜け出してその上に乗って、掴んでもらった。実際私はすっぽり隠れるくらいだった。

 テヨが無意識に一歩踏み出すのが見えた、守ってくれる必要なんてないのに。

 私、今の嬉しいって思った……変かな? 私は守ってもらう必要とかないじゃん、腹音鳴らしからは。そもそも、ほとんどの事からは守ってもらう必要なんてない。けど……

 ケイヤ様がテヨの肩に手を置いて、何か囁いて止めさせた。

 サイクロプスが私を持ち上げると、私はその大きな(垢だらけの)耳に直接囁いた。「本当に大切なことなの。グルールが、ラヴニカ全てが、あなたの腕にかかってる」

 腹音鳴らしは乱暴にかぶりを振った。

 私は口を両手で覆ってもう一度囁いた。そして頬にキスをしてあげた。

 腹音鳴らしはちょっと赤くなった。ほんと、このお爺ちゃんをおだてて乗せるのなんて簡単なんだから……

 二つ解決。あと二つ。


「頼む、いいかげんにしてくれ」 ザレック様が合流して、私達三人は揃ってコロズダへ入っていた。「俺は六十六分間かけて標のエネルギーを吸ってきたんだ。くたくたなんだよ。君らの遊びに付き合ってる余裕なんてない。空想のお友達とは」

「遊びじゃないわよ」 ケイヤ様が言い返した。「ラットは空想じゃないし、その大層な心を開きなさい、ラル。不可視呪文を全く知らないわけじゃないでしょうし」

「ああ、もしそいつが不可視呪文を使ってるなら、止めるように言ってくれ」

「そんな単純じゃないのよ。彼女のは……先天的なもので。自分で制御はできない」

 私は言った。「上手くいくかどうかわかりませんけど、でも……ザレック様の頭を、私が立っている所へきちんと向けられれば」 テヨとケイヤ様が私の話を聞く一方で、私はザレック様を見つめていた。ザレック様は今も、二人が自分をからかってるって思っていた。そして二人の貧相な「いたずら」に参った様子だった。

「やってみる価値はあるわね」 ケイヤ様はそう言って、何の前触れもなしに幽体になるとザレック様の身体をまっすぐ抜けていった。かなりびっくりすることだったと思う。

「おいこら、ケイヤ、一体何を――」

 背後から、ケイヤ様は文字通りザレック様の顔を、実体に戻った手で掴んだ。そしてしっかりと……私の方を向けた。

 私は手を振ってみせた。「こんにちは!」

 ザレック様の口が唖然と開かれた。この子はどこから来た? 心がそんなふうに言ってるのがなんとなくわかった。

「一応説明しますと、生まれはグルール一族です。けど門なしです。アレイシャ・ショクタっていいます、けどラットって呼んで下さい。皆そう呼ぶので、いや、皆じゃないです。両親と名付け親、けど私を知ってる他の全員はラットって呼びます。ヒカラもそうでした。残念です、けどザレック様もそうですよね。私知ってますよ、ザレック様はヒカラの事なんて気にしてないふりをしてましたけど、本当は友情を大切にしてたって。すごく情に厚い人でした、そう思いませんか? それとすごく楽しい人で、いつも私を笑わせてくれました。そうしようとしてくれる人もそもそも少ないですけれど」

 私の姿と声を認識し続けるには集中していないといけなくて、つまり、すぐに私を見失いそうになるってこと。私がこんなふうにわめき散らす理由、これで説明できるんじゃないかな。

 仲のいい相手だったら、そうでもないけどね?

「怒らないで下さいね。ヒカラが頼んできたんですし、私はあの人のために何だってしてあげてた。本当に何でも。ザレック様に私は見えないだろうってヒカラは考えました。うん、本当は見えて欲しいって願ってくれたと思います。けどすぐにわかりました、見えてないって。元々ラクドス様がヒカラに言ったんです、監視を怠るな、って。でもザレック様はいつもヒカラをまいてた。だから私が頼まれることになったんです。それはザレック様の間違いでしたね。だから私、ずっと追ってたんです。ザレック様が行く所はほとんど全部」

 私はザレック様からケイヤ様へ視線を移した。「だから私驚いたんです、ケイヤ様が私に気付きすらしなくて、自然と見てくれたことに」

 ケイヤ様はザレック様から手を離して、私の前にやって来た。「今日初めてあなたを見た時、どこか見覚えがあるように感じたのよ。街のどこかで見たような。けど私は余所者だから、沢山の地元民を見てるけどそれぞれ心に留めてるわけじゃない。相手が敵でない限りは」

「それに、私が見えるはずはないなんてことはケイヤ様は知らなかった。だから何か言ったことすらなかったんですよね。こんにちは、ってすら言ってませんよね!」

「そうね。そこはごめんなさい」

「ん、それはいいんですよ」 ケイヤ様の抑揚をちょっと真似して厚かましそうに私は言った。そしてケイヤ様の両手を取った。

 話に追い付こうと、ザレック様が割って入った。「じゃあ、君は俺を追っていたのか、ヒカラに会ってからずっと?」

「時々です。ヒカラが一緒にいる時に私は必要なかったですし。けど近くにいるようにしてました。ヒカラが追い払われても、ザレック様の足跡を辿って報告できるように」

 ザレック様は、私が言ってることの裏の意味まで全部理解したみたいだった。ケイヤ様はそれを見てちょっとにやっとした。ザレック様の集中が切れて、また私の姿が見えなくなった。

 テヨが気付いて言った。「ラットさんはまだケイヤさんの隣です」

 ザレック様は集中して――見つけた! 「残念だし済まないと思う、君のことがきちんと見えないのは」

「いつもの事ですから。それに、ザレック様は結構すごいって思います。母さんが言ってました、私が生まれてから父さんがしっかり見られるようになるまで三か月かかったって。ザレック様はすごく即座にわかってくれた。きっと、ご自分で思うよりも新しいことを受け入れやすいんだと思います」

「ああ、俺は新しい物事に対する偏見とかは全然持っていない、と思う」

「そうじゃなくて、そうでありたいって思ってるんですよ。けどそれを信じてなくて、でもその自分こそが自分。変なことじゃないですよ?」

 ザレック様は口をぽかんと開けてたことに気付いたみたいで、それを閉じた。

 ケイヤ様はにやにやしたまま言った。「足を止めてる余裕はないわよ。進まなきゃ」

 ケイヤ様の先導で、私達は地下深く、腐敗の迷宮コロズダへ向かっていた。その名前の通り、私達は円を描いて進んでいた。同心円の道が、ゴルガリ団の縄張りの深く深くへ続いていた。私はギルドマスターの二人に先を行かせて、けどもし間違った方角へ行ったなら正しい道を教える構えでいた。私は何度も何度もこの菌類の低木林を探検してきて、謎を解いたのはもうずいぶんと昔のことだった。

 私達は――というか三人は、だってもちろん誰も私には気付かないのだから――逆さ砦ペヴナーをくぐってコロズダへの立ち入りを許された。根元が天井にくっついてる逆さまの城。ザレック様は砦で見張るクロール兵の攻撃に身構えていた。けどあの昆虫人間クロールの戦士は特に何もせず、迷路に入る私達を(繰り返すけど、三人を)見つめていた。

 中心に近づいてくと、敵どころか誰も待ち構えていないことがわかった。つまり、私達(三人)が来るのは予想されてたってこと。それとも、罠に誘い込まれたってことか、両方かもしれない。

 私達全員が待ち伏せがないかと辺りをよく見た。ザレック様は背中に背負った蓄積器を確認した。私が忍び寄って目盛りを確認すると、最大量を数パーセント超えていた。標のエネルギーを吸収するのはすごく大変だったことがわかった。

 ザレック様は速度を上げて、ケイヤ様を追い越すと大きな円形の演技場に入った。石の座席が何列も並んでいて、全部が柔らかくてふわふわした苔で覆われていた。

 ヴラスカ様の配下、往時軍のリッチ、ゴルガリの死者の女魔術師が私達を(三人を)出迎えた。「ようこそ、ザレック殿。ケイヤ殿。ゴルガリ団は皆様をスヴォグトースへ歓迎致します」 その声はまるで枯葉が墓石の上を吹かれていくみたいだった。

 ザレック様はそのリッチの名前が思い出せないようで、だから私が近寄って囁いた。「ストーレフ」

 ザレック様は薄く微笑んだ。私には心の言葉がわかった。『ありがたいよ、ラット』

「お気になさらず」

 幾らか形式ばってザレック様は言った。「感謝致します、ストーレフ殿」 ザレック様が名前を知っていたことに、その人は少し驚いたみたいだった。もしかしたら少し喜んだかもしれない。そしてもう一度、ザレック様ははっきりとした思考を発した――この時は、さっきよりも真剣に。『ありがとう、ラット』

 私は少しくすくす笑った。

「今は災難の時です」 ケイヤ様が言った。「マジレク殿にお会いしたいのですが」 マジレク氏はクロールの長で、ヴラスカ様の右腕を務めていた。次のギルドマスターの最有力候補だった。

 ストーレフ夫人は溜息をついて頷いた。「こちらへ」

 私達はそのリッチの後ろについて円形演技場を横切るとスヴォグトースへ入った。ゴルガリ団の隠れた本拠地。昔は高くそびえ立っていたオルゾフの大聖堂だったのが、何世紀か前に陥没孔が開いてここまで落ちた。オルゾフはこれを放棄して、ゴルガリ団が占拠して自分達のものにした。

 ストーレフ夫人は私達を洞窟みたいな所に連れてきた。彫像の間、だって。真ん中に石の通路が伸びていて、その両脇に石像が並んでいた。ただし、石像は本物の石像じゃない。犠牲者。ヴラスカ様の犠牲者。イスペリア様と同じように、全員が石にされていた。けど控えめな驚きの表情だったイスペリア様とは違って、ここの石像それぞれは最期の恐怖をとらえていた。死をもたらすゴルゴンの凝視から身を守ろうとして両手を伸ばして、けど手遅れで。

 その通路の終点に何人かが集まっていた。ヴラスカ様の――もしくは、ヴラスカ女王と言うべきなのかな――巨大な石の玉座を取り囲んで。興味深いのは、その誰も実際にそこに座っていないってことだった。まだ誰もヴラスカ女王からギルドマスターの地位を奪っていないから? それとも玉座そのものが恐ろしいから? 女王の敵の死骸でできていて、石にされる寸前の姿勢で永久にそこに織り込まれているから?

 近づくと、マジレク氏がそのゴルガリ団の大物の中にいないのがわかった。

 ストーレフ夫人が小さくお辞儀をして、ザレック様、ケイヤ様、テヨ(もちろん、私は除く)はその人達に紹介された。クロール戦士の重鎮アズドマス氏、デヴカリンを率いるマトカのアイゾーニさん、トロールのヴァロルズ氏、エルフのシャーマンのセヴリヤさん。

「マジレクはどうした?」 ザレック様が尋ねた。

 アズドマス氏は喉でしばらく鳴き声を出してから答えた。そこには暗い怒りがあった。「マジレクもボーラスの協力者だった。ヴラスカ女王が出発前に暴露した」

「ヴラスカが暴露した?」

「そうです」 ストーレフ夫人が、枯葉の声で答えた。「ヴラスカは往時軍を解放し、我々を苦しめるマジレクを引き渡して下さいました」

「奴には群れを裏切った究極の報いを受けさせた」 アズドマス氏がきっぱりとそう締めた。

 ケイヤ様は一人一人へ視線を動かしていった。アズドマス氏からストーレフ夫人へ、アイゾーニさん、セヴリヤさん、そして巨体の茸皮トロール、ヴァロルズ氏を見上げて目を合わせた。それぞれの実力を量っているみたいだった――そしてもし必要なら、一人一人を倒せるかどうかを。「お尋ねしても宜しいかどうかわかりませんが……新たなギルドマスターはどなたになるのでしょうか? 私達がお会いしたいのはその方なのです」

 全員が剣呑な視線を交わした。その仕草そのものが、ストーレフ夫人の言葉よりも早く回答を告げていた。「この三人それぞれが――私を除きまして――ヴラスカの玉座を欲しております」

「ヴラスカの玉座はヴラスカのものだよ」

 全員が一斉に振り返った。人影が一つ現れるのが見えた。ゆっくりと輪郭からそこに――プレインズウォークしてきたんだと思った。

 ヴラスカ女王、その人だった。

 その姿がはっきりすると、ザレック様は思い出したように片手を掲げて両目を隠した。ケイヤ様も同じく。私はテヨの手を上げさせて、自分もそうした。私はヴラスカ女王のことは気に入ってるけど、テヨの方がもっと好きだから――そしてこの子に彫像の間を飾って欲しくはなかった。

 片手を挙げたまま、ザレック様は蓄積器を起動した。ケイヤ様は片方の長ナイフを抜いた。二人とも自分達を裏切ったゴルゴンの首を取る構えでいた。

 ヴラスカ女王はその二人を無視して、ゴルガリの人たちへ呼びかけた。「私の玉座に挑みたいって者がいるのかい?」

 ストーレフ夫人、アズドマス氏、ヴァロルズ氏、セヴリヤさんはすぐさま頭を下げて、声を合わせて言った。「とんでもございません、女王陛下」 マトカのアイゾーニさんは嬉しそうには見えなかったけど、頭を下げると他の人から半秒遅れて同じことを言った。

 ザレック様は危険を顧みずヴラスカ女王に視線をやって、私と同じものを見た。その目は輝いていなくて、つまり誰かを石にする魔法は使っていないってことだった。少し安心したけど、その気になればすぐにその力を使えるってことは私達両方がわかっていた。そしてヴラスカ女王には他の技も、他の武器もあった。例えば、ベルトから下げたカットラスとか。

「ずいぶんな格好だな」 苦々しい声色を軽蔑っぽく響かせしようとしながら、ザレック様が言った。「どういうつもりだ、海賊か?」

 え、なに、海賊の女王って! すごい素敵じゃない!

 ヴラスカ女王はザレック様を無視したまま私達を追い抜いて、恐怖でできた玉座に腰を下ろした。

「あなたがラヴニカに戻ってきていたなんて」 冷静にケイヤ様が言った。「本当に驚いたわ……」

「度肝を抜かれたな」 ザレック様が正した。

「あの標が切られたっていうのに、かい?」 ヴラスカ女王の口調は、まるでかつての友達を、仲間を怒らせようとしてるみたいだった。

 その言葉にザレック様は熱くなったみたいに身構えた。逆立った髪に静電気を散らして、脅すみたいな低い声で尋ねた。「どっちだ? お前はボーラスが既に倒されたと考えたのか――それとも既に勝った、とか」


 ヴラスカ女王は私達を連れてゴルガリの地下道を進んでいた。元友人が二人、ザレック様とケイヤ様がすぐ後ろにいて、片方は自分を感電死させる、片方は自分を刺し殺す構えだってことはきちんと認識しながら。

 実際、ザレック様はヴラスカ女王の背中へ向けて呟いた。「もし振り返って俺を見てみろ、こっちは躊躇しない」

 正直我慢できない状況だったから、私はケイヤ様の隣に走ると囁いた。「知ってますか? ヒカラはヴラスカ女王をすごく気に入ってたんです。大目に見てあげることはできないんですか? ええと、二人はどうしてヴラスカ女王が戻ってきたって思うんですか?」

 大切なのはそこじゃなかったけど、ケイヤ様は言った。「わからない。聞いてみるわ」

「何を聞くって?」 ヴラスカ女王が肩越しに低い声を出した。

「私の友人、ラットはあなたが戻ってきた理由を知りたがっている。ヒカラがあなたを友人として見ていたから、あなたを信用したがっている。本当にそうなら、私も今一度あなたを信用してもいいかもしれない……」

 そんなふうに言っても、いい答えはもらえそうになかった。そしてその通り、ヴラスカ女王はその質問と意見を無視した。少なくとも無視しようとした。私は女王の前に走ってその表情を探った――もしかしたら大まかな考えがわからないかと思って。ヴラスカ女王ははっきりと葛藤していた。けど私には確実に感じた、この人は私達を、ラヴニカを、そしてゴルガリを……助けたいと心から思っている。

 女王が戻ってきた時、アズドマス氏が素早くラヴニカの現状を伝えていた。ヴラスカ女王もその内容以上の知識は持っていなくて、驚いてもいなかった。あ、ベレレン氏がギルドパクトの体現者の力を失ったことについては別だった。それを聞いて、ヴラスカ女王は警戒を解いて安心したように見えた、少なくとも私には。あの人のヴラスカ様への複雑な気持ちが報われたんじゃないかって思った。

 アズドマス氏はそれと、ゴルガリや門なしや他ギルドの市民が街の様々な隠れ場所から動けなくなっていて、あのドラゴンの永遠衆に脅かされてるって伝えた。

 ヴラスカ女王は助力を申し出たけど、ザレック様は即座に拒否した。ケイヤ様も拒否しようとして、けどけど私が間に入る感じに言った。「ゴルガリが必要なんですよね! ヴラスカ様がゴルガリを支配してる、だったらそんなに問題はないはずです」

「あの人を信用はできない」

「でも、ヴラスカ様が必要なんですよね」

「あなたはあの場にいなかった。知らないのよ。もしあの人が――」

「知ってます。よく知ってます、信じて下さい、知ってます」

「だったら、私が――」

「だったら、試してみればいいじゃないですか。信用できる人物だって証明する機会をあげるんです。もしくは、信用できない人物だって」

 そしてケイヤ様は大きく溜息をついてヴラスカ女王へ向き直って、助力を受け入れた。そしてザレック様がまた抵抗すると、ケイヤ様はそこを無理矢理、嫌がる所を了承させた。

 そういうわけで今やギルドマスター三人と私、それとテヨ、アズドマス氏、ストーレフ夫人は地下の水路と下水道をてくてく歩いて、ある救出任務に向かった。

 ヴラスカ女王が巨大な鉄格子の下で立ち止まった。そして後ろを向かないようにしながら片手で合図をした。ちょっと見ただけでも、ザレック様が即座に攻撃してくるかもしれないから。

 アズドマス氏が近づいて格子を引っぱった。鉄が石にこすれる音がトンネルにこだました。

 上の方から低い声が届いた。「そこに誰かいるのか?」

 ザレック様は、女王への不信を一瞬忘れて踏み出した。「黄金のたてがみか?」 囁き声にしてはちょっと大きかった。

 その通り、黄金のたてがみさんが上から顔を出した。「ザレックか?」 そしてすぐにイゼット団のギルドマスターを認識すると、ちょっと焦った様子で言った。「私は何人かのプレインズウォーカーと共に、市民を誘導して避難させている。だが永遠衆が後ろにいる。集団が六つか七つだ。かれこれ一時間ほど、この古い教会の中に閉じ込められている。建物は完全に包囲されている。永遠衆は私達の灯に引き寄せられていて立ち去ろうとはしない。戦慄衆をぎりぎり押し留めてはいるが、負け戦だ。カジが灯を刈られた、一体の永遠衆の拳が壁を突き抜けて手首を掴まれて」

 ヴラスカ女王がザレック様の隣に来て言った。「ここを通って逃げられる」

 黄金のたてがみさんが見える方の目を狭めて言った。「貴女がヴラスカだな。ジェイス君が待っている、貴女が姿を見せてくれるのを。彼は貴女のことを信じている」

 ヴラスカ女王は顔しかめて、けど言った。「全員をこっちへ下ろしな。ゴルガリ団が守ってやる。私の言葉に嘘はない」

 ザレック様は大きく鼻を鳴らして、けどなんとか何も言わずにいた。

 音もなく、黄金のたてがみさんの顔が見えなくなった。一分が過ぎた。二分。女王とザレック様は困ったみたいに視線を交わした。私も上に登って手助けできないかと思った所で、黄金のたてがみさんが降りてきた。そして怖がることなくゴルゴンに近づいて言った。「名乗っておりませんでした。ゲートウォッチの一員、黄金のたてがみのアジャニと申します」 そして手を差し出した。

 ヴラスカ様は分厚い毛皮の手を握って、黄金のたてがみさんは滑らかな手を握り返した。「ゴルガリの縄張りへよく来てくれた、黄金のたてがみのアジャニ。ここでなら安全だ」

 猫さんは頷いて微笑んだ。そしてトンネルの天井へ向かって言った。「下ろしていいぞ!」

 一人また一人、ラヴニカ市民が――ほとんどは子供が――黄金のたてがみさん、アズドマス氏、ケイヤ様、テヨ、ヴラスカ女王の腕へと下ろされていった。もちろん、私も手伝いたかった。けど私がずっと立っていても、誰も私に子供を渡してくれなかった。だから邪魔にならないように離れて立っていようとしたの。わかる?

 ザレック様も慎重に、離れて立っていた。ヴラスカ女王はエルフの小さな女の子を手渡されて――五歳か六歳くらい――その子はゴルゴンの胸に顔を埋めて、恐怖と悲しみに泣きじゃくってた。女王は驚いたようで、けどその子をしっかり抱きしめていた。

 上から音が聞こえてきた。声がした。「扉が破られた!」

 市民が全員下りると、続いてあの会談で見かけたプレインズウォーカーが二人下りてきた。黄金のたてがみさんが素早く紹介してくれた。ムー・ヤンリンさんとジアン・ヤングー君。後者が声を上げた。「来い、モーウー!」

 子犬が一匹、ヤングー君の腕に飛び込んだ。評議会で見た犬よりずっと小さかった。

 犬、二匹いたの?

 ヤングー君がその犬を地下道の地面に下ろすと、大きくなりはじめて、飼い主と同じくらい背の高い、三本の尻尾の犬になった。私が前に見た姿。

 うっひゃあ、私もあの魔法の犬欲しい!

 黄金のたてがみさんが尋ねた。「ファートリは?」

「ここです!」 下りながらファートリさんが声を上げた。「私で最後ですが、敵はすぐ背後です!」 その言葉の通りに、ラゾテプに覆われた手と腕が上から伸ばされて、一瞬前までファートリさんがいた所をさらった。

 その手は上の暗闇へと消えて、永遠衆三体の顔が現れた。それらも向かってきたけど、順番を守らないで争うみたいに下りてこようとしたせいで遅くなった。

 その遅れがヴラスカ女王に必要な時間をくれた。ザレック様の怒りに触れないように天井を見つめながら、力を引き出して――それが目の奥に湧き上がるのを私は見つめた。ヴラスカ女王は、まだ泣き続けるエルフの子供を胸に引き寄せて片手でその目を覆った。そして怪物三体が入口に迫ると、その三体を順番に強烈に見つめて、全員を石に変えた。三体が固まるその音はすごく確かな感じで、結果、ファートリさんを追う永遠衆を止めただけじゃなくて、上の教会から降りる唯一の道をいい感じに塞いだ。

 ストーレフ夫人が女王に近づいて何かを囁いた。女王はそれを聞いて、ザレック様へ向き直った、そちらはというと、一歩後ずさった――けど相手を感電死させはしなかった(私にとっては、いいことに見えた)。それはもしかしたら、女王の目がもう光っていなかった、つまりもう直接の敵じゃないってことだったからかもしれない。腕の中にまだ小さく泣き続けるエルフの子供を抱いてたからかもしれない。それとも、ひょっとしたら――本当にひょっとしたら――以前は持っていた、けど失ってしまった信頼をほんの少し、取り戻せたからなのかもしれない。

「街の全域で、ゴルガリ団はあらゆるラヴニカ市民へと避難のために地下道を解放する。私らはボーラスの軍と戦って、命を守るよ」そして、幾らか皮肉っぽく、付け加えた。「礼はいらないよ」

 ザレック様は何も言わなかった。

 三つが解決、残りは一つ。

 ケイヤ様が言った。「ありがとう。それではもう一つ、お願いしたい事があります……」

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)