彼らの謀り
ファートリ、カラデシュにて
ファートリは表情が緩むのを抑えきれなかった。
彼女は見たこともない街へ降り立った。大気は故郷と同じく湿潤、だが他には何一つ似通ったところはなかった。その街には創造性と才覚が響き渡っており、ファートリは建築物や装置や……そのほか色々なものと、それを作り出した人々に驚嘆した。中に入って乗れる球体! 荷物を運ぶ小さな金属の生き物! 市場を散策すると、知らない香辛料の匂いが漂い、空には不思議な青色の流れが川のように揺れていた。人々の足取りは速く、喋りは更に速く、市場の店にはファートリが故郷で見た何にも似ていない美しい発明品が詰め込まれていた。様々な種族の人々がいた――人間に近いけれどもっと小柄な人々、長身の青い肌の人々(両手にそれぞれ六本の指がある!)、そして皮膚の下に眩しい青の光が流れる、石炭のような身体の人々。ファートリはその全員を見逃さないようにと心を躍らせた。
持参した食料はどれも旅に耐えられず(それらはイクサランとこの地の間、不可解な空間のどこかで塵へと崩れて食べられなくなった)、彼女は持ち込んだ琥珀の欠片を風変りな見た目の貨幣と交換した。それらは歩くと鞄の中で音を立て、これほど忙しなく圧倒的な場所で夜を過ごすことができる宿を見つけられるだろうかと彼女は訝しんだ。
街を歩いていると、ファートリは数度奇異の目を向けられた。だがその視線はどれも、彼女の精巧な鎧を褒める言葉へと即座に変わった。
「凄い職人技ですね! 誰がこれを作ったんですか?」 彼らはそう尋ねてきた。ファートリは嬉しく微笑み、答えた。「よくわかりません!」
近くの商人へと旅人向けの賑やかな場所を尋ねると、街の中央の開けた屋外広場を教えられた。彼女はすぐに、人々が集まって舞台を見上げる催し物の場へ辿り着いた。それは広場から高く持ち上げられており、脇には大きな天幕があった。
舞台を見つめる人々の中に、紙の束と筆記用具を持つ一団を彼女は発見した。自分と同じような目的の人々、そう察してファートリは彼らの隣に座ると、持参した紙と黒鉛を取り出した。
一人の人物が舞台に登場した。その皮膚は石炭のように黒く、深い割れ目からその下に渦巻く青色の光が覗いていた。その散りゆく不思議な身体を、華やかな絹の衣服が優美に包んでいた。その人物が手を振ると群集は喝采を上げ、筆記具を持った人々は書き取りながら質問を浴びせ、ファートリはその流れを必死で追いかけた。その人物は観衆へ静まるように示し、そして舞台の隅で布をかぶせられた何かへと大仰な身振りをした。
「ようこそ、お目が高い皆様がた!」
その声は軽やかで喜びに溢れており、ファートリの周囲の群衆は一斉に注目した。
「皆様の多くと同じように、わたくしも自らの存在を皆様がたの生活を向上させることに尽くしてきました。与えられた時間を最大限に活用し、生きていることの輝かしい興奮を祝す、それが霊基体の文化です。あらゆるものに終わりがあります。ですが、その終わりというものが、速やかにそれを迎えるわたくし達にとってより安らぎあるものとなるなら、どうでしょうか?」
その人物(「霊基体」?)は布を引き、その下に隠していた華麗な黄金色の箱を露わにした。聴衆はざわめいた。
「これは霊気調節器。霊気を使用する装置のエネルギーを調整するためのものではなく、霊気でできた人々のためのものです。消散に伴う不快な兆候を和らげる医療機器であり、霊気循環への移行を今よりも尊厳ある、そして安らかなものとするでしょう!」
聴衆は熱狂的に拍手をし、ファートリの両脇の人々は熱心に記録をとった。
ファートリは圧倒された。発明家が説明した内容を理解しようと脳はひどく混乱したが、その科学と共感との融合には驚嘆した。質問したかった。どういうふうに機能するんですか? 霊気循環って何ですか? 私はつい先刻に皆さんのことを知ったばかりなのですが、その装置はその皆さんにとってどれほど革新的なんですか? ファートリは袖口を誰かに引かれるのを感じ、振り返ると、自分と同じほどの年齢の女性が見つめていた。
懸念するような表情を浮かべ、その女性はファートリへ近寄ると尋ねた。「このあたりの人ですか?」
ファートリはかぶりを振った。「いいえ! 私……別の街から来ました」
その女性の両目が揺れ動いた。彼女は更に近寄った。「別の次元の街から?」
「プレインズウォーカーなんですか!」 ファートリは笑みを浮かべ、興奮に問いかけた。
「ここじゃ駄目!」 その女性は警戒する身振りでファートリを黙らせ、舞台の前から彼女を連れ出した。
二人は共に群集の中を進んだが、少々難しかった――その女性は絶えず呼び止められ、サインを求められていた――そして二人は近くの公園へ向かった。幾つもの巨大な彫像があずま屋を仕切るように並んでおり、それらの大胆な姿勢はその人物が成し遂げた偉業を表現しているのだろうとファートリは推測した。
「邪魔をしてごめんなさい」 その女性は言った。「サヒーリっていいます。あなたが着てるもの、見たこともないくらい綺麗で――だからプレインズウォーカーなのかなって」
ファートリは答えた。「お会いできて光栄です、サヒーリさん。ファートリです。故郷から出てくるのは初めてなんです。ここは何て呼ばれているんですか?」
「この次元はカラデシュ、この街はギラプールっていいます。良い時に来ましたね。あなたはどこから?」
ファートリは少し考え、ベンチに腰かけた。頭上の空を駆ける希薄な青色がずっと気になっていた。「私のいた大陸はイクサラン、なので次元の名前もそれだと思います」
「イクサラン。初めて聞きます!」 サヒーリは微笑んだ。「どんな所なんですか?」
ファートリは考えた。自分の故郷を、それを見たことのない相手へとどう表現すれば良いだろう?
あるじゃない、私が知る唯一無二の方法が。
そこは太陽のように眩しき地。
光に満ちる大気、
生命に満ちる黒土。
果てない風景を果てない木々が覆い、
民の歌には恐竜が応える地。
サヒーリの両目が好奇心に見開かれた。「恐竜って?」
ファートリは眉をひそめた。「鱗の? それとも羽毛のですか?」
サヒーリはきょとんとして彼女を見つめ返した。
「小さいのは膝くらい、大きいものは建物くらいある生き物です。ここにはいないんですか?」
「いないです。でも作ってみたい!」 サヒーリは歯を見せて笑い、ファートリの手を引いて立たせた。「工房へ来て、恐竜について教えて下さい! 新作の計画を立てていた所なんです!」
ファートリはそれに身を任せ、微笑んで返答した。「私でいいんですか?」
「もちろんです! よく知ってる人じゃなきゃ。私、恐竜のそれこそ全てを把握しないと!」
ファートリの心が躍った。
自分は必要とされる場所にやって来たのだ。
プレインズウォーカー二人は賑やかに、サヒーリの工房へ向かった。
そしてファートリは故郷について語った。
アングラス
それは、ほとんど彼が覚えていたそのままだった。
道は埃っぽくも広く、彼が生まれる前から続く商店が点在していた。そこは時が止まったような場所、ほとんど変化していないことがアングラスには嬉しかった。
彼の鋳造所からは細い煙が一筋上がっていた。外に向けられた飾り窓には、営業中であることを示すずんぐりとした文字が手書きで記されていた。その建物は街の片隅の小屋程度のものだったが、それは街の片隅の、彼の小屋だった。鉄や様々な金属がその外に山と積まれ、幾つもの道具と武器がそれぞれ正しい順で棚から下げられていた。
中から金属音と水の沸騰音が聞こえ、アングラスは耳をぴくりと動かした。
彼は近づき、その一歩ごとに鎖が音を立てた。
戸口で頭をぶつけないよう僅かに屈み(それを何度も忘れてできた衝突跡が今も木材に残っていた)、作業中の鍛冶師を見て止まった。
二人のミノタウルスが金床から顔を上げた。彼女らの母親と同じく長身だった。二人とも大きな革の前かけをまとい、角には未婚の女性が身に着ける宝石が飾られていた。
二人の目が大きく見開かれた。右の一人が衝撃に鼻を鳴らした。もう一人は驚きに耳を高く立てた。
右の一人が空気の匂いをかぎ、こみ上げる感情に震えた。「お父さん?」
アングラスの涙がその皮膚に触れ、蒸気が穏やかな音を立てた。彼は微笑んだ。
「ルミ、ジャミラ。今帰ったぞ」
ヴラスカ
その感覚を忘れかけていたほど、久遠の闇を渡るのは久しぶりだった。次元間ポータルが閉じてすぐに旅立つと、イクサランからの出発と同じように、彼女は即座にラヴニカの自室に立っていた。
我が家の匂いがした。果てしないような喜びがあった。
そしてすぐにお気に入りの椅子へ向かうと、出発した時に読みかけのままだった歴史書を取り上げた。間には新たな手紙が挟まれていた。
そこには「瞑想次元」とだけ、見覚えのある優雅な筆跡で書かれていた。
ヴラスカはにやりとした。彼女は気分よく上着を脱ぎ、汗に汚れた衣服を着替えはじめた――急ぐ必要は全くないのだが。そして本を取り上げ、本棚へと向かった。それを正しい位置に戻すと、彼女の両目は長いこと読んでいない一冊の背表紙へと浮遊した。少し考えこんだ後、彼女はそれを取り出すとどこかぼんやりとしながら椅子の隣の卓に置いた。
もちろん、これを読むのはあのドラゴンと会ってから。
出発の準備を澄ませ、彼女は大気の黒い裂け目を通ってあの瞑想次元へ向かった。
ニコル・ボーラスが待っていた。
着地した場所は、魔法の柵に囲まれた見覚えのある浅い水面だった。最初に訪れた時の開錠の呪文を完璧に作動させると、その柵は消えた。
彼女がドラゴンを見つめると、それは視線を返した。
ヴラスカは言った。「お前の依頼をこなしてきたよ。自分で見るといい」
そして、ドラゴンはその通りにした。
ニコル・ボーラスは彼女の心の隅々までも調査した、つぶさに、彼女がそれを感じられるほどに。ドラゴンはイクサランにおける彼女の記憶をそれぞれ詳細に見て、瞬き一つの間に全てを再現した。その感覚にヴラスカはひるんだ。まるで自分の内をこすり磨かれているようだった。
まるでそれが壁画であるように記憶全てを見られながら、彼女も自身の内を見つめた。気にしなかった。成し遂げたものへの誇りがあった。
一人で川を上った旅路を思い出し……
勇敢にも川に飛び込み、都を駆け……
オラーズカを蹂躙するスフィンクスを見つめ……
そして不滅の太陽の上に立ち、そのスフィンクスを――何十人もの他の敵と共に――黄金へと変えた。
ヴラスカはその全てを昼の明るさのようにはっきりと覚えていた。ニコル・ボーラスへと見せつけられることは喜ばしかった。
そして不意に、その感覚は消え去った。ドラゴンは精神から離れ、同時に彼女は相手の純粋な喜びを見た。
ニコル・ボーラスはまさに、満面の笑みを浮かべていた。
そして喜びに鉤爪の手を握りしめた。
「よくやった、ヴラスカよ。おぬしの忠節は報われるであろう」
再び心が自分だけのものとなり、ヴラスカは頭を下げた。何かがポケットに入る重さを感じた。
「贈り物だ、誠実なるしもべよ。そなたは望む通りの王国を得るであろう」
「信頼してくれてありがとうよ」
「こちらこそ。将来、また共に働きたいと是非に願うぞ」
「私に接触する方法はわかるだろ」 ヴラスカは玄人の笑みとともに返答した。
ニコル・ボーラスは手を振った。話は終わりという合図だった。ヴラスカは出発した。
その会合はほんの数分で終わった。ヴラスカはラヴニカの自宅へ戻り、どこか……途方に暮れた。
ボーラスは満足し、それでも彼女は気が付くと考えていた。あいつは何か重要なことを見逃しているのでは……それとも何かを見逃しているのは自分自身? 落ち着かなく、とはいえ何も思い出せなかった、見逃しているような何かを……もしくはそれが何故なのかを。
ヴラスカはその感情を振り払った。あのドラゴンは望むものを手に入れて、自分も望むものを手に入れたのだから! 彼女はポケットに手を入れ、小さな紙片を取り出した。
『あの者は独りだけで、ここに幽閉されておる』 それはニコル・ボーラスの先だっての伝言と同じ、うねるような筆跡だった。『ギルドマスター・ヴラスカに幸いあれ』 伝言の下に記されていた場所は、人影もまばらな街の片隅だった。あの汚れ者に相応しい邪悪な手段でやり合うにはうってつけの場所だった。
ヴラスカは微笑み、台所へ向かった。今夜は全くもって楽しいものになるだろう。そして出発の前に身形と気分を整えるべきだろうと考えた。仕事も数時間は待ってくれるだろう。
彼女は布で顔を拭い、ストーブに薬缶を置き、本棚から取り出した回想録を開いて熟考した。ジャラドを石にする前に何と言ってやろうか?
ジェイス
不滅の太陽が消え、ヴラスカがプレインズウォークするまでジェイスは不可視呪文で姿を消していた。そして太陽が消えた瞬間、見知った顔が幾つも天井から落ちてきた。彼らが口論し、立腹しながら立ち去る間、ジェイスは完璧に隠れたまま見つめていた。
マルコムと短パンは今も上階にいた。ジェイスはマルコムへ接触し(明らかに信頼できる方だ)、彼に短い伝言を送った。上でマルコムがはっとするのを感じた。
『船長は無事です、けど遠くへ行きました』 ジェイスは注意深く言葉を選んで思考した。『俺はしばらく離れます、けど皆に伝えて下さい、俺にとって皆がどれだけ大切だったかを』
『ジェイス、お前はずっと仲間だよ』 低く優しい声がジェイスの心に響いた。『お前は素晴らしい海賊だった』
『海賊じゃなくなるなんて誰が言いました?』 ジェイスはにやりとしながら考えた。『達者にくたばれ、マルコム』
『お前もな、ジェイス』
ジェイスは接続を切り、マルコムが出発するのを感じた。その心は次第に遠くへと離れていった。
彼は他の人物が一人また一人とアゾールの間を去るのを見つめ、ようやく今一度可視状態に戻った。
ドミナリアへ向かわなければならないのはわかっていた。だがそこで彼は考えた。
イクサランの夕刻の大気が聖域に流れこんでいた。沈みゆく太陽の中、夜鳥と恐竜の声が昆虫の羽音と共にこだました。
心が浮遊した。コーヒーと本の約束。それを思うと、まるで風に渦巻く落ち葉のようにジェイスの内が揺れた。船長の頼もしい声と揺るぎない自愛を覚えていた、生まれ持った賜物がいかに恐ろしいものであっても(やがて、相対する者はその重荷を感じるのだ)彼女は同胞のためならどのようなことも厭わないだろう、そしてラヴニカの存在を守るために自らの一部を捧げた。
凄い人、だった。
そしてその人は、俺のことも、そう思ってくれた。
ジェイスは自らへと微笑み、周囲を見た。聖域は美しい部屋だった、天井に大穴が開いていようとも。イクサランは不思議で馬鹿騒ぎに満ちて、素晴らしい場所だった。いつの日か、ヴラスカと共に戻ってこられればと彼は願った。「喧嘩腰」号の仲間に再会しよう。必要があるかはわからないけれど、もう何度か略奪へ行こう。けれどそれはまた後だ。アゾールのように責任を放棄したくはなかった。
ジェイスは自分の身体を見下ろした。
この日焼けは本物だった。すり傷、血豆ができた両手、そして筋肉……筋肉! 全て自分のものだった。人生で初めて得た身体が誇らしかった。これを失うわけにはいかない。ギデオンが力を貸してくれるだろう――かなり長いこと、自分に運動の習慣をつけさせようとしていたのだから。
一つの思考がジェイスの内なる熱狂を止めた。ゲートウォッチに再会した時、何て言えばいいんだ?
ジェイスは焦りだした。誰かヴラスカを知っているだろうか? 何かの真っ只中にいたら? もうどこか別の場所へ旅立っていて合流できず、ラヴニカのことを伝えられなかったら? イニストラード、カラデシュ、ゼンディカーへ戻っていたとしたら? ウギンと会っていたとしたら? 俺は一体ウギンに何て言えばいい? 『お久しぶりです。貴方のお友達なんですが、そうです、千年も会われていない方です。彼は酷くまずいことをしたため、とある島にいます。それと、ボーラスをイクサランへ誘って閉じ込めるために俺を寄せ餌に使いましたよね、違いますか? タルキールで何があったんですか? 貴方がやってきたことは実際、全てニコル・ボーラスを倒すためのものなんですか? だとしたら、もう少しこちらに歩み寄ってくれませんか?』
ジェイスは自身がとてつもなく矮小に感じた。その疑問はどれも、今や自分にとって役には立たない。この焦りは自分の家を何ら守ってはくれない。それらの疑問を脇によけるべく、彼は選択した。ラヴニカが最優先だ。自分はギルドパクトではあるが、同時にそれ以上の存在だった。ジェイスの口元がわずかに緩んだ。俺は計略家、とある海賊船長にあのドラゴンを妨害させるような者。それこそが自分なのだ。
アゾールの間は今や闇の中だった。彼方の密林に小さな光が踊り、梢は月光に照らされていた。
これ以上遅れることはできなかった。
プレインズウォークというのは手際を要するものだった。それは不確かな技術で、目的地は、通常は以前行ったことのある場所に限られる。そして大抵、新たな次元への旅は見知ったプレインズウォーカーを目標にすることで可能となる。ドミナリアにいる友人と合流すべく、ジェイスはまずリリアナの所へ向かおうと思い立ったが、そこで躊躇いがあった。彼女へと抱く今の感情は、全くもって愛情の類ではなかった。むしろ倦怠があった。自分達二人の、無気力で古く不安な繋がりは優しさよりもずっと恐怖に近いもののように感じた。彼女について考えるほどに不安になり、そのため彼は別の友人に集中した。
ギデオンの鮮やかで眩しい善性が、多元宇宙を探照灯のように照らしていた。ジェイスはそれに狙いをつけた。
ジェイスは自身の物質的肉体が揺らいで消えるのを感じ、そして霊気の中へ踏み出した。迎える音と光は馴染みあるものだった。
だが何かがおかしかった。
ドミナリアにおけるギデオンの位置は動いていた――通常の歩行や何かに騎乗する速度ではなく、移動する何かの手段としてはどんなものよりも速かった。
何でそんなふうに動いてるんだ?
正しく狙いをつけなければいけないとわかり、彼は緊張した。
ジェイスは霊気の中で進路を正し、目標をギデオンの現在地へと定めたまま、対象の移動速度を素早く計算した。彼は両腕を脇につけ、ギデオンがどうやら乗っているらしい何かの速度に追い付くべく、絶えず進路を調整した。そしてドミナリアの覆いが近づくのを感じた。
もちろん、目的地は見えなかった。だが自分が狙うものの大きさと形状はだいたい把握した。ジェイスが驚いたのは、ギデオンがどうやら凄まじい速度で移動しているということだった。彼は息をのみ、自身の進路を今一度修正した。一体あいつは何に乗っているんだ?
もし正しく着地できなかったら、固い物質内に出てしてしまうか、その目の前に出て激突してしまうことになる。ジェイスはそれをよく心得ていた。
脳の内、移動と軌道調整に集中していない部分は悪態を大合唱していた。自分の語彙がこれほど増加したことをヴラスカは誇るだろう、彼はかすかにそう思った。
霊気の向こうに彼は目標であるギデオンを感じ取った。そして実体化しない程に速度を落としつつ集中した。
ジェイスが力強く霊気から踏み出すと、すぐ目の前に壁があった。彼は長く息を吐き、そして新たな次元の空気を吸った。
最初に耳に届いたのは木の軋み音、そして何かの機械の滑らかな作動音だった。
彼はわずかにねばつく何かの上に着地したことに気付き、そして誰が近くにいるのか顔を上げた。
その部屋は混雑しており、全員が彼を見つめていた。
ジェイスは息を整え、きまりが悪そうに会釈をした。
「こんにちは。すみません、こんなふうに到着するとは全然思っていなくて」 彼は息をついた。「皆さんの速さから、軌道を調整しないといけませんでした」 そしてジェイスは四肢の怠さを振り払い、笑った。「って! 動くものの上にプレインズウォークしたのは初めてなんだけど……これ、俺達は何に乗っているんですか? 何で動いているんですか? どれだけ速いんですか?」 息もつかずに質問を口にしながら、彼は曖昧に周囲を指さした。
辺りの人々の顔を見たが、ジェイスにわかることは何もなかった。だが金属を鳴らす素早い足音が耳に届いた。近くの扉からギデオンが滑り込み、驚きに目を見開いて立ちすくんだ。その表情に感激が溢れた。自分が生きていたことを知って、涙が出るほどに喜んでくれる人物。これこそが友人だった。
ジェイスは意気揚々と笑顔を見せた。「ギデオン! 俺は死んでなんかいないぞ!」
ギデオンはジェイスを抱擁しようと急ぎ、だがその部屋にいた一人が不意に行く手を遮った。七十歳程の女性。厚い赤色のローブをまとい、銀色の髪は緩くまとめられ、縮れた数本の編み髪が遊んでいた。その女性はジェイスを上から下まで、どこか楽しそうな笑みを口の端に浮かべて見た。そして肩越しにギデオンを振り返り、眉をつり上げた。
「何だね、この本の虫は?」
杯の中で揺れるショコラトルを見つめながら、アパゼク皇帝は微笑んだ。遠征隊を運ぶ巨大草食恐竜の震える一歩ごとにその液体は片側から溢れかけ、杯の縁にぐらつくが次の一歩とともに重力に従う。恐竜の歩みが刻む律動は、鈍くも確固とした太鼓の音のように、皇帝アパゼク三世の心に響いていた。
だが川守りが先にオラーズカの領有を主張したなら? 皇帝はふと訝しんだが、すぐに彼らの決断力のなさを思い出した。容易いことだ。
オラーズカへ向かうべく、皇帝の台座は太陽帝国でも最も頑健なアルティサウルスの背に固定されていた。アパゼク皇帝はこの旅を大いに楽しんでいた。王族として、宮廷から離れる理由や機会は滅多になかった。王族の行軍用の台座は長く使われておらず埃をかぶっていた。ファートリの帰還、そして彼女が連れ帰った恐竜は、旅に用いるべくその台座を清めよという命令を下す理由をくれた。
ファートリは平和的協定を進言したが、決定するのは自分だった。彼は直ちに最強の騎士の一部隊を送りこんで都を掃除させ、今や太陽帝国の名のもとにそれを手にする道の途上にあった。
その任務は滞りなく進行した。都は無人だった。川守りは逆らおうとすらしなかった。
目の前に広がる木々の梢、その更に上へとオラーズカの黄金の尖塔が伸びていた。それらは針のように空を突き、宝石のように午後の太陽にきらめいていた。その光景にアパゼク皇帝は驚嘆し、未来の詩人らはこの風景をどのように描写するのだろうかと考えた。自分は言葉に長けているわけではない。彼には、母親にできなかったことを成し遂げたという満足だけがあった。
今や辺りにもオラーズカがその姿を見せていた。都に入ると、木々は果てのない黄金の柱へと道をあけた。建物は頭上の空高くにそびえ、アパゼク皇帝は祖先がいかにしてこれほど高いものを作り上げたのかと驚嘆した。皇帝のアルティサウルスですら、大通りへ続くアーチをたやすく通り抜けた。
幾らかの助力とともに、アパゼク皇帝は台座から降り立った。行進は中央神殿前で止まり、何百人もの騎士が隊列を成して皇帝の到着を待っていた。一人の神官が羽毛の外套を彼の肩にかけ、琥珀の錫杖を手に持たせた。
アパゼクは外套の内に、祖先の重みを感じた。自分まで連なってきた、途切れることのない繋がりの存在。それを感じるとともに、失われていたものを取り戻したことへの果てしない誇りが溢れた。彼は臣民へと振り向き、微笑んだ。
「再び、オラーズカは我らがものとなった。太陽の三相は眩しく輝き、太陽帝国の征服の新時代が始まる。イクサランは我らのもの……やがてはトレゾンも」
(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)
Magic Storyは2018年4月、『ドミナリア』から再開の予定です。
マジック:ザ・ギャザリング 物語チーム
- 著者:アリソン・ルース/Alison Luhrs、ケリー・ディグス/Kelly Digges
- 編集:グレッグ・ルーベン/Gregg Luben
『イクサラン』ストーリー構成
- ジェームズ・ワイアット/James Wyatt(主席クリエイティブ)
- クリス・レトアール/Chris L'etoile
- ダグ・ベイアー/Doug Beyer
Special Thanks
- ジェンナ:ヘランド/Jenna Helland
- ケン・トループ/Ken Troop