問われる自信

更新日 Magic Story on 2017年 9月 13日

By R&D Narrative Team

アート:Anna Steinbauer

 ファートリはまさしく二つの物事に秀でていた。

 彼女は騎士であり、語り手でもあった。

 その才能を振るう時には、太陽帝国に仕える他のどの騎士よりも眩しく輝いていた。

 他の何かである必要はなかった。そして確信していた。長年をかけて地位を昇り、備えてきた。今こそ、敬愛する皇帝陛下は戦場詩人の地位を与えて下さるだろうと。

「それ、もう一回見せて」 従弟が囁いた。

 ファートリは鞍袋を開けた。騎士二人に、鋼のぎらつきが一瞥を返した。

 インティは袋を覗きこみ、かすかな笑みを浮かべた。「ぞっとするなあ」

 従弟は腹が立つほどに動じない性格だった。長年をかけて彼の熱意を推し量ってきたファートリは、その短い言葉から彼は月をも超えるほど満足していると推察した。

「不器用に作られたものを使う者は、もっと不器用になる」 ファートリは微笑んだ。彼女らの決定的な勝利は容易いものだった。ただ比類なき戦闘技術と大いに納得のいく提案によるもので、両軍ともに一人の死者もなかった。薄暮の軍団は武器も誇りも失い、船へと撤退していった。

 パチャチュパの入口となっているアーチをくぐり、ファートリは広場を眺めた。随員が数人、今日この後に催される帰還の式典の準備を進めていた。目的をもって行き交う市民が少々、だが広場の大半は無人だった。騎士二人の乗騎、鮮やかな瞳の鉤爪竜だけが彼らの存在を気にしているようだった。ファートリの恐竜が手綱を引き、餌が待つ竜舎へ行きたがった。

 ファートリとインティは太陽海岸における先日の大規模作戦から戻ってきたのだった。軍隊の大半は既に帰還していたが、彼女らの隊は薄暮の軍団との最後の戦いで遅れていた。そしてあらゆる勝者の報いとして、この戦いから多くの戦利品を得ていた。

 インティは片手を挙げ、ファートリは奪った剣を渡した。彼は手首を回転させてその重みを確かめると、彼女へ返した。「君も見たよな、あいつらの神官」

「司祭ね」 ファートリが正した。

「司祭か。そういえば、あの指の爪はおばあ様みたいだったな」

 ファートリは大袈裟に頷き、大きく同意した。「うんうん。裏付けはとれてる。おばあ様は吸血鬼の可能性が高いわ」

 彼女はインティへ向き直り、恐竜の手綱から手を放し、その証拠を数え上げた。

「食欲はない。視線は虚ろ。それにもかかわらず生きていて――」

 インティは得意そうに笑った。ファートリも笑みを返した。

 二人は共に成長してきた。子供の頃には棒を振り回して戦ってきた。太陽帝国の大人が敵と戦うように。

 インティはファートリの肩を叩いた。数人の市民が、その顔に幸福な期待を浮かべて二人へ近づいてきた。

 彼はそれを見て言った。「君の信者のお出ましだ」

 ファートリは彼へと手を振って別れの挨拶とした。

「ファートリ様! おかえりなさいませ!」 近づいてきた一人が声を上げた。

 彼女は微笑み、会釈をした。

 13歳にはならないであろう少女が一人、目を見開き、群集から飛び出すと息を切らして駆け寄ってきた。「戦場詩人さま、帰還の式典で演説をされますか?」

 ファートリはそのように接されるのが嫌だった。その地位はまだ得ていないのだ。

「語りますが、私はまだ戦場詩人ではないのですよ。あなたのお名前は?」

「ウェイタです。この前、春分の祝祭でのお言葉を聞いて……感動して」

「ウェイタ、あなたは詩を書くのですか?」

 少女はうつむいた、明らかにきまりが悪そうに。「まだ、誰かの前では……」

 ファートリは身体を屈め、小さな(だが増えつつある)群集に聞こえないよう語りかけた。「秘密を一つ知りたい?」

 ウェイタは驚いてファートリを見つめた。

 ファートリは心からの笑みを返した。「世界には二種類の詩しかないの。良い詩と、正直な詩。良い詩は賢い詩。凄く頑張れば誰だって賢くなれる。でも正直な詩はその中に魔法があって、他の皆に、あなたが感じていることを感じさせる力がある。これは、とっても強い魔法よ」

 更にファートリは続けた。「もし、あなたの詩をまだ誰かに聞かせたくないと思うなら、良いものを作ろうとしなくていいの。正直に作ればいいの」

 彼女はウィンクをしてみせた。

 そして、ウェイタは顔一杯の笑みを広げた。


 一時間後。帰還の式典が始まり、ファートリは入場の時を辛抱強く待っていた。

 彼女らの任務は小規模ながら、それは侵略者を太陽海岸から追い出した大規模な作戦を締めるものとされていた。この喜ばしい機会を祝すべく皇帝はパチャチュパの全市民へと演説をし、またファートリは詩を語ることを期待されていた。

 戦場詩人の地位は各世代に一人しか与えられない。彼らは物語を守り、出来事や事件を言葉へと織り上げる。その座を得るには、帝国へと比類なき貢献を示さねばならない。彼女のような若者が負うには重すぎる責任、だがファートリは容易く重圧には屈しなかった。

 太陽帝国の全臣民は皇帝を敬っているが、太陽帝国の全臣民は戦場詩人を愛していた。今回はきっと、皇帝から戦場詩人の地位を拝領する前に行う最後の演説となる。そしてファートリは自分がその栄光に浴する存在であることを何よりも証明したがっていた。

 戦場詩人の地位を得るための条件は明文化されているわけではない。だが皇帝からの信頼が深まることは、その宣言はまもなくだという合図に思えた。ファートリはその気配を大気にも感じた、嵐の前に漂う金属味のように。

 ファートリは肩を回し、黴臭い大気を吸い込んだ。彼女が乗る恐竜はそわそわと身動きをし、不安そうに竜舎の暗い影から離れたがっていた。ファートリは恐竜の粗い皮膚に片手を置き、静まるよう念じた。

『まだよ』 彼女はその獣との繋がりを通して、食物の匂いの記憶を送った。

 褒美が待っていると感じ取るや否や、恐竜は身動きを止めた。ファートリはその首を撫でた。獣はその羽毛を波立たせると、冷血動物の無邪気さで落ち着き、ファートリの次の命令を待った。

 演説のためにいつ呼ばれてもおかしくなかった。もはやそれを行うこと自体に不安はなく、満足のいく演説ができるかどうかだけが不安だった。

 竜舎の空気は重く心地が悪かった。

 遠くで、パチャチュパの臣民へと語りかける皇帝の声が響いていた。住民全員が式典に参列しているのだろう。

 もしかしたら、陛下は私の演説の後に宣言されるのかもしれない。私は既に皆からそう呼ばれていて、その地位を手にする資格を満たしている。そう宣言されるのかもしれない。

 人影が竜舎の柱から覗きこみ、ファートリと目を合わせた。彼がまとう神官の印は、この帰還の式典を執り行う一人であることを示していた。そして彼はファートリへと頷いた。

 あなたにはできる、ファートリは自身に繰り返した。恐竜もその興奮を察し、鳴き声を上げた。

 彼女は乗騎の両脇腹を押し、そして鉤爪竜は小屋を離れた。

 太陽は炉のように熱く、群集の歓声はあらゆる恐竜の咆哮よりも耳をつんざいた。

 何千人もの太陽帝国臣民が道をあけ、やって来るファートリへ喝采を上げた。彼らを取り巻く都市は琥珀と真昼の太陽の光に輝いていた。広場に集まった群衆は焼尽の太陽の神殿に向かって皇帝の言葉を聞いていたが、高座へ続く巨大な階段へとファートリの乗騎が駆ける姿に、彼らの全員が向き直って歓声を上げた。

 群衆の間を、ファートリの恐竜は槍のように一直線に駆けた。首長竜も容易く通過できる高いアーチをくぐり、最重量級の棘尾竜にも十分に耐える化粧煉瓦を過ぎた。その前方、焼尽の太陽の神殿の最上階に、皇帝が立つ姿が見えた。その手は歓迎に伸ばされ、そしてこの距離からでも、ファートリには皇帝の顔に広がる笑みが見えた。

 群衆は彼女の名を連呼しはじめた。

 ファートリは晴れやかに微笑み、そして今こそ小道具を取り出す時だと察した。

 彼女が戦利品の剣を高く掲げると、群集は倍もの歓呼で応えた。

 この剣は薄く細く、滑らかに切るのではなく素早く突くために作られたもので、その片面には品のない黒色の薔薇が溶接されていた。こんな汚らわしい技巧を用いる者らが、征服者を自称するとは。

 恐竜が神殿の階段前で立ち止まると、ファートリは剣を高く掲げたまま降りた。

 そして皇帝の姿を見上げ、神殿の階段を昇った。

 その神殿は更に古い神殿の基礎の上に建造されており、それもまた更に古い幾つかの廃墟の上に築かれたものだった。太陽帝国自体もそれと同じだった。この地では、支配者らは絶えず権力を争い、古いものの上に新たなものを建造しては更なる高みを目指すということが最近まで繰り返されていた。かつては川守りがこの大陸を支配していたが、新たな皇帝の統治下、太陽帝国は土地の掌握を確かなものとした。アパゼク・イントリ三世は新たな支配を確立しただけでなく、数年前に彼の母が死去して以来の、帝国を覆う拡大主義の気風を招いた者でもあった。前皇帝は保守的な見てくれの仕事に没頭していたために、新皇帝は太陽帝国に栄光ある新時代をもたらす者であろうとしていた。

 ファートリは前皇帝に謁見したことはなかったが、アパゼク皇帝の決断力は称賛していた。近衛兵団の中で地位を駆け上っていた時、彼女は皇帝の目にとまった。そして長年に渡って献身的に仕えた後、彼女は皇帝が最も信頼する戦術顧問となった。

 階段の頂上で、ファートリは振り返ると薄暮の軍団の剣を眼下の群衆へと示した。彼らは戦利品を見て歓声を上げた。両脇に神官を従えてアパゼク皇帝が近づくと、ファートリは剣を差し出した。

 彼は笑みとともにファートリの肩を叩き、眼下の広場に集まったパチャチュパの民へと呼びかけた。

「民よ! 彼女こそが、太陽海岸の侵略者を鮮やかに阻止した軍団の長である。この者と配下の戦士らは我らが岸から鉄面連合を追い払い、今朝無事に帰還したばかりだ。我が言葉では彼女の勝利と正義を伝えることは叶わぬ。耳を傾け、ファートリの剛勇と美を心に刻みつけよ!」

 群衆は咆哮を上げた。

 ファートリは微笑み、手をしっかりと伸ばし、熟達の落ち着きで掌を下に構えた。群集は静まり、彼女は自身の声を広範囲に大きく伝える呪文を素早く唱えた。

 ただ練習した通りに。あなたならできる。

アート:Anthony Palumbo

 キンジャーリよ、我が声を聞け
 眠りを覚ます時は来た
 貫き賜え、我らが日々に
 闇をもたらす東方の影を

 ティロナーリよ、我が声を聞け
 子らの心を炎で満たし賜え
 我らは曙光となり
 薄暮を焼き尽くす

 三相一体の太陽を頭上に抱き
 祈りを我らが唇に唱え
 誇れる闘士らは恐るべき光にて
 岸辺の異教徒を打ち払う

 鉤爪竜を、鎧尾竜を、襟巻角を駆り
 輝かしき忠告へ乗り出した
 生まれながらに飢え渇く
 強欲なる敵に思い知らせるべく

 悪意の牙、掲げた剣にて
 我らは砂上に相まみえる
 だが影の民は敵うことなく
 恥辱を胸に岸辺を去った

 帰還とともに我らは願う
 忘れるなかれ、この帝国こそ光なり
 薄暮が恐怖で満ちることはない
 太陽は昇るのだから


 群衆は再び喝采を上げた。

 アパゼク皇帝は満足の笑みでファートリを見つめた。

 彼女は感謝を込めて頷いた。

 皇帝は前へ踏み出し、かすかな魔法のもやで高められた声量で告げた。「今日の小さな勝利は、我らが発展の次なる一歩を記すものでもある」

 聴衆は静まった。重要な話が来る。

 陛下は今、私にあの地位を授けて下さるだろうか?

「鉄面連合と薄暮の軍団を東岸から追い出したことで、南方を奪還する備えが整った」 アパゼクは告げた。その語調には統治者としての熟練と征服者の確信があった。「我らが戦士達はかつてない程に高揚している。そして焼尽の太陽の力とともに、薄暮の軍団をこの大地から消し去るであろう!」

 聴衆は喝采し、アパゼクはファートリへと頷いた。彼女の心がわずかに沈んだ。新たな地位の授与を発表する時があったなら、それは今だった筈だ。彼女は別れの挨拶をして背を向け、皇帝に続いて神殿の中へと入っていった。

 彼は他の神官達へと席を外すよう指示し、そして装飾的な外套を脱ぎ去った。

 ファートリは部屋中央の柔らかな席に座った。皇帝はその向かいに座し、笑みを浮かべた。

「ファートリよ、その才を生かしてくれて感謝する。我らが帝国にはそなたの声が必要だ」

「光栄にございます、アパゼク皇帝陛下」

 彼は今も手にしたままの薄暮の軍団の剣へと視線を移した。そしてそれを掲げ、不快そうに鼻へと皺を寄せた。

「派手すぎると思わぬか? このようなもので、大陸全土をどう征服するのであろうな?」

「彼らは牙も用います、陛下」 ファートリは大きな笑みを浮かべた。「彼らにとっては不幸なことに、私達のそれの方が鋭いですが」

「全くだな」

 皇帝はファートリへと笑いかけた。彼女は黙って座ったまま、皇帝が切り出すのを辛抱強く待った。

 アパゼクは彼女が思いもしなかった内容を告げた。

「南方の戦いにそなたを送り出すつもりはないのだ」

 ファートリは失望を顔に出さないよう努めた。

「戦場詩人の地位を得るためには、もう一つ任務をこなさねばならないのですね」 平静な表情を保ちながら、彼女は尋ねた。

 アパゼク皇帝は厳粛にかぶりを振った。「残念であろうというのは判っている」

「残念だなど、とんでもありません」 その手にした鉄のように確固として、彼女は応えた。

「太陽帝国はそなたを必要としているのだ、ここパチャチュパにな。我らが東岸にまたも侵略者が訪れつつあるかもしれぬのだ」

「何か、私が知らない事をご存知なのですか?」

 皇帝は眉をひそめた。「噂に過ぎぬが。とはいえ懸念すべきは鉄面連合と薄暮の軍団の同時攻撃だ。そなたは部隊を率いて海沿いでの駐留を続け、そして我らが軍が来月、南方にて戦う間にあらゆる侵略者を阻止してもらいたい。出発は来週だ」

「かしこまりました、陛下」

 皇帝は言葉を切り、溜息をついた。「母上の教えに従うのは好みではないのだが」

「『街を守り、我等が失ったものを探し続けよ』でしたか」

 アパゼクは頷いた。その口の端にわずかな笑みを浮かんだ。

「完全に失われた都市よりも、空を飛ぶ豹を見つける方がたやすい。ファートリよ、目の前にあるものへ集中することが最善だ。目に見えるもの、聞こえるものを。幽霊を追えばただ堂々巡りとなろう。部隊を準備し、また旅の間に良い詩を書けるようにな」

 心臓が跳ねた。彼女はすっかり考えこんでいたのだった。

 アパゼクは頭を下げ、ファートリもそれを返した。


 一ヶ月後、ファートリは風の噂を耳にした。

 鉄面連合の船が一隻、岸辺に現れたと斥候が報告してきた。すぐさまファートリは乗騎を走らせ、インティと共に密林に入った。

 多くの花が頭上に咲き誇っていた。戦士二人を乗せた鉤爪竜が通過すると、首長竜の群れが道をあけた。

アート:Zack Stella

「岩場の近くで野営しているらしい」 恐竜の足音に負けじと、インティは声を上げた。

 密林を切り裂くように進む中、蔓がファートリの鎧に叩きつけられた。彼女は鞍の上で姿勢を正し、援軍を呼び出す呪文を唱えはじめた。

 自身の内に魔力が灯るのを感じ、胸から小さな合図が発せられた。数秒もすると、そこかしこで二足歩行の恐竜が駆ける足音が聞こえだした。そして瞬く間に、ファートリとインティの背後に恐竜たちが一体また一体と加わった。小型の卵食いに鎧尾竜と襟巻角も加わり、全ての個体が目的をもって、太陽帝国騎士の乗騎にぴったりと寄り添って駆けた。ファートリはその群れへとついて来るよう促し、自らの魔術で彼らをなだめ、危害を加えられることはないと安心させた。

「ファートリ、前に!」 インティは前方、川の三角州が海へと注ぐ空き地を示した。

 鮮やかな赤色の帆が怒れるように青空に突き刺さり、木の籠と物資の大きな山が浜に積まれていた。

 鬱蒼とした密林が砂に接する境のすぐ手前で、二人と群れは急停止した。ファートリとインティは期待と不安を胸に船を見た。

「誰もいない」 インティは声を低くしたまま言った。

 ファートリは頷いた。「辺りの調査に出ているに違いないわね。私はあの備蓄品を壊すからあなたは海賊を浜へ追い立てて、火が見えたら小舟へ向かわせて」

「それが良さそうだ」 インティはそう言い、ファートリを見て頷いた。「気をつけてな」

「あなたも」

 インティは密林の中へ消えていった。ファートリは群れにこのまま待つように指示すると、乗騎を促して砂の上へと向かった。

 恐竜は砂の上を静かに進み、すぐにファートリは積まれた物資のすぐ側まで来た。彼女は腰から一本の瓶を取り出し、刺激臭のする中身を箱にかけた。次に鎧から小さな黒い石を取り出すと、剣の鋼で叩いた。乾燥した木箱に火花が飛び、ほぼ瞬時に着火した。

 ファートリは剣を納めると密林へ駆け、砂浜と密林の境まで戻ると動きを止めた。食料や装備から煙が上がっている様子に驚き、数人の乗組員が姿を現していた。だが逃げ出すには至っていなかった。

 あいつらを浜へ追いかけて。両目に魔法の光を灯し、ファートリは促した。

 密林がざわついた。そして鉄面連合の人間、オーガ、ゴブリンが十人ほど、恐竜たちに追い立てられて叫び声を上げながら砂浜を駆けた。海賊たちはよろめき驚きながら日の光へと飛び出し、だが目の前に上がる炎に驚いて悲鳴を発するだけだった。彼らは捨てばちに駆け寄り、炎を叩いて消しはじめた。

 インティの姿を遠くに見て、ファートリは歯を見せて笑った。口笛で合図をすると、彼はすぐに向かってきた。岸辺に密集した木々とシダによって二人は海賊の視界から隠れており、インティは乗騎を近づけた。

「ここはいい感じ」 ファートリはそう言って、慌てふためいて早くも船に退散しようとしている乗組員を顎で示した。「先へ行って真水を探して。飲み物が欲しいの」

 インティは踵を返し、密林の奥へと向かった。

 ファートリは乗騎を促し、砂浜に沿って速歩で進んだ。

 突然、何かが鉤爪竜の足元を強く引き、ファートリは激しい衝撃とともに森の地面に打ちつけられた。

 ファートリは急ぎ立ち上がりながら、彼女の恐竜を見た。その両足には赤熱した鎖が絡みついていた。傷は鎖に縛られてその熱に焼かれ、恐竜は苦痛に声を上げた。

 鎖の持ち主が視界に入ってくると、ファートリは恐怖に声を失った。

 木の背後から姿を現したのは、途方もなく長身の怪物だった。

アート:Svetlin Velinov

 身体は鍛冶師のそれ、だが動物の頭があった。薄暮の軍団の要塞周囲でしか見たことのない……雄牛? その胸には太い鉄の鎖が巻かれ、身体はまるで炉のように内から輝きを発し、突き出た鼻からは蒸気が絶えず立ち上っていた。

 乗騎を助けようと、ファートリは死にもの狂いで鎖に飛びついた。だが敵は挑戦的な鼻息とともに恐竜の脚から鎖を引いた。その金属が自ら浮き上がり、そして再び放たれると恐竜の首に巻きついた。怪物が鎖を鳴らすとそれは吐き気を催させるような音とともにきつく締まり、恐竜は瞬時に絶命した。

 ファートリは急ぎ立ち上がると武器を抜いた。むかつきを隠す気はなかった――この恐竜とは長年の付き合いだったのだ。これほど残酷な行為をやってのける怪物は、報いを受けねばならない。

「お前の名は?」 彼女は呼びかけた。

 その獣は両手を伸ばした。焼け付く鎖が恐竜の両足から蛇のようにその腕へと戻り、次なる攻撃のために巻きついた。異様な炎が獣の喉に燃え、鼻孔から蒸気が上がった。

「戦慄の海賊、アングラス。不滅の太陽を探し求めている」

 ファートリは大声を上げて笑った。「お前だけじゃなく誰もが求めているわ。愚かな」

 その声には、ファートリには覚えのない訛りがあった。「不滅の太陽は何処にある。言え、言わぬなら殺す」

 右腕から鎖が放たれた。ファートリは避けたが、通過した鎖の熱を顔に感じた。

 ファートリは体勢を立て直すと、剣を構え筋肉を緊張させてアングラスへと駆けた。近づこうと試み、半円形の刃を低く突き出して腱を狙ったが、その海賊は焼け付く熱を発し、接近して戦うのは耐えられないほどだった。彼女は身体を引き、枯葉と泥を蹴り上げながら鎖を避けた。

 次の鎖攻撃が来ると、彼女はぎりぎりで飛びのいた。だが二本目の鎖が放たれて足を引っ掻け、ファートリは勢いよく地面に引き倒されて苦しい声を上げた。

 鎖は白熱し、緻密な鋼のすね当てを通してもそれが感じられた。彼女は身を乗り出し、鎖を壊そうと全力で刃を振るった。アングラスは何ら気にせず前進し、その両目には憤怒の炎があった。

 ファートリはもがいて鎖を解こうとし、そしてありがたいことにそれは緩まった。

 これほどの無情な怒りで戦う海賊はいない。これほど無関心に殺す川守りはいない。そしてこれほど予測不能な薄暮の軍団もいない。調子が狂う上に力を発揮できなかった。この怪物は他のどのような敵とも違っていた。

「ファートリ!」

 ファートリは死に物狂いに辺りを見た。この騒動を耳にして戻ってきたに違いないインティが、密林の木々の先から恐怖とともに見つめ返していた。アングラスは新入りの姿を見ようと顔を向け、その瞬間ファートリは身体を起こすと攻撃すべく駆けた。

 刃を手に固く握り、体重を前に保って脚を低く払い、海賊を転ばせようとした。

 上手くいった――アングラスは衝撃とともに地面に倒れ、立ち上がろうとした時、彼女は刃でその胸に鮮やかな線を切り裂いた。

 牛頭の男は苦痛に吼え、ファートリへと再び鎖を放った。

 彼女は軽やかに両脚を躍動させて体重を移し、身軽かつしなやかにその攻撃を避けた。一つ回避したその勢いのまま体重を乗せ、海賊の顎に鋭い蹴りを入れた。

 アングラスは顔を歪め、ファートリは側で唖然として見守るインティへと呼びかけた。

「インティ! 恐竜を!」

 背後で、インティが逃走のために新たな恐竜を召喚し始めたのを感じた。

 地面のどこかから、一本の赤熱した鎖が放たれたのを見た。彼女は姿勢を低くして脚を払い、体重を移して速度のついた鎖を避けた。片方のすね当てがその過程で落下した。

「後ろ!」 インティが叫んだ。彼女は背後から攻撃される寸前に、落ち葉の積もる地面へと突っ伏した。

 アングラスは再び立ち上がり、牛の顔が許す限りに睨み付けた。

 叫び声、そしてファートリはインティが乗騎の上で強く引かれるのを見た。そして突然、二本目の鎖がむき出しの脚に巻き付き、皮膚が焼けて彼女は悲鳴を上げた。

 不意に実感した。自分と従弟はこのまま死ぬのだろう。

 立ち、敵に対峙しようとしたその時、胸の奥深くで何かが弾けた。

 突然、苦痛は消え、ファートリは自身が分かれはじめるのを感じた。

 視界は毒々しい色と光に弾け、音が耳にうねり、身体が自らばらばらになろうとしていた。それは眩しく温かく、怖いと思いきや世界で最も自然なことのように思えた――色彩と光の奥深くへ頭が入り込むのを感じ、そして、彼女は見た。

 それは、暖かな黄金色に輝く都市だった。

アート:Adam Paquette

 眩しく輝く高層建築と尖塔が空へ伸びていた。見たこともないきらめく金属、そして何よりも、空の雲には脈打つ魔力が川のように流れていた。

 美しかった。

 そして、それは消えた。

 まるで見えざる何かの力がこの密林へ引き戻したかのように、彼女の知覚は瞬時に帰ってきた。先を覗き見た扉のようなものは今や閉ざされ、侵入を拒んでいた。色彩と光、声と雑音の中を全てが再び飛んで、やがて彼女の身体は森の地面に集った。

 心臓が脈打った。そして奇妙な輝きで頭上に浮く、三角形と円形の紋様に彼女の視界が定まった。

 呼吸を整えようとした。

 恐怖が心に生じ、彼女は息をのんだ。

 そして、まだアングラスが目の前にいることを思い出した。

 海賊は唖然と見つめていた。鎖はその腕に戻っており、牛の両目は驚きに見開かれていた。

 インティは呆然として、だが生きており、彼もまたファートリとその頭上に浮く輝く紋様を見つめていた。

 海賊は手を伸ばし、ファートリを指さした。「お前もなのか!」

 ファートリは地面に片手をついて身体を起こそうとした。頭上の印は消えた。彼女はかぶりを振った。

 脈絡も完全な自覚もなく、言葉が口から滴った。「わからない、何が起こったの」

 アングラスは牛の顔で精一杯に笑った。「このくそ忌々しい次元で俺以外に会えるとは! 助け合って脱出しようじゃねえか!」

 インティは恐竜の上で我に返り、素早くファートリの背後へと旋回した。

「ファートリ、立ってくれ!」 インティはそう言って片手を伸ばした。彼女はそれを無視し、驚きのままアングラスを見つめていた。海賊もまた、招くようにファートリへと掌を差し出していた。

 彼女は素早くアングラスを刃で一閃し、インティの乗騎に登った。そして二人はアングラスの苦痛の悲鳴が密林に響く中、逃げた。

 ファートリは内心で今の出来事を反芻したが、それは悪態と混乱の堂々巡りだった。好意的な解釈をする余裕はなかった。息もつけない疑問ばかりだった。

 身体がばらばらになって、色と光があって、幻に掴まれた。でもあの胸糞悪い海賊、アングラスもあれを見た。何で私が力を貸すと思ったのよ、恐竜を殺して、私も殺そうとして。天の優しき太陽よ、肺が解けて無くなって――

 彼女が考えこむ一方で、インティは多くの疑問を言語にした。

「君の身体! 魔法だ! どうやったんだ? こっそり練習してたのか? あの紋様は? 何であの海賊は君が手を貸してくれるって思ったんだ?」

 ファートリの反応は短く、静かで、逸れていた。

「黄金の、都」

「え?」

「インティ……私、見たのだと思う、オラーズカを」


 世界の真実だと思っていた全てが、砕けてしまったように感じた。

 見たこともない奇妙すぎる怪物に攻撃された。それだけでなく自分の身体が消え、そして一瞬、彼女の意識は開いた窓を覗き見て、そして元の世界に引き戻された。

 それはまるで、川に浮く丸太の上に立とうとするようだった。くるくると回転した果てに倒れる子供のようだった。地面が足から離れ、ファートリが現実だと信じていたものはひっくり返ってしまった。

 街に戻る頃には夜が訪れていた。ファートリは皇帝の住居へと直接向かった。

 目にした秘密を明かせる相手からの助言が必要だった。

 衛兵は直ちに彼女を認識し、深く敬意に満ちた一礼で、パチャチュパでも最も高い建物へ入るよう促した。彼らの堅苦しさにファートリは更なる苛立ちを感じた。

 一人の随員がアパゼク皇帝を公式の談話室へと案内してきた。最大の壁を太陽の彫刻が占拠し、石に埋め込まれた琥珀を月光がきらめかせていた。皇帝は変わらず落ち着いているようだった。とはいえ普段見る恐竜の羽飾りの衣ではなく、略式の部屋着をまとっていた。

「ファートリ、このような時間にどうしたのだ?」

 胸の中で心臓が痛いほどに打っていた。「私……見たのです、理解できないものを」

「夢か?」 皇帝は言った。とはいえその苦々しい表情はそう考えていないことを示していた。

「いえ。私自身も信じられないのです、自分の目で見ていなかったとしたら」

 皇帝は口元に手をやり、考えこんだ。「詳しく話してくれ」

 友人同士のように二人は座り、ファートリは可能な限り、あの事件を詳しく語った。

 皇帝はじっと聞き入った。

 皇帝はショコラトルの杯を持って来させ、ファートリの物語に驚くべきものを感じる度にそれを口にした。そして彼女の語りに理解に頷きを何度も返した。

「どのように感じたのだ?」

「まるで、離れることを許されていないように感じました。扉を開けたのですが、吸い戻される前に頭だけで覗き見ることしかできなかったように」

「そなたが離れるのを何かが防いでいる? そしてインティと私だけが、何があったのかを知っていると?」

「その通りでございます、皇帝陛下」

「アパゼクと呼んでくれ、今は皇帝の衣をまとっていないのだから」

 ファートリは疲れた視線を向けた。

 皇帝はかぶりを振り、微笑んだ。「そなたは驚くほどに勇敢であるな、ファートリ」

「畏れながら、皇帝陛下、私自身はそうは思えないのです」

 アパゼク皇帝は杯を置き、思慮深く彼女を見つめた。

「太陽は三つの相で現れる。創造、破壊、そして持続。そなたの才能は最初の二つの恩恵を受けているが、三つ目を探究せねばならぬようだな」

「陛下、それは一体?」

 皇帝は熱くなっているようだった。「母上は強情で古風な人物であった。活動的な手段で権力を維持するよりも、密林に寓話を追う方を好んだ。オラーズカの内に眠る力を求めるために全軍を送り出すのは愚か、それは判っている。とはいえ我らが最も目覚ましい騎士を送り出すことが賢明でないとは思わぬ。特に、運命がその者を選んだとあっては」

「……陛下?」

「そなたが見たものこそ、その地位を得るに相応しいという証拠だ。太陽帝国のファートリ、そなたが見た黄金の都市は失われたオラーズカ以外にありえぬ。旅立ち、その内に眠る力を見つけ、我らが帝国に更なる繁栄をもたらすのだ」

 ファートリは当惑に拳を握りしめた。「ですが、陛下、戦場詩人が探検に赴くことはありません。私は、探検に赴くなど考えたこともございません!」

「行くのだ。故に、戦場詩人は行く」

 ファートリははっとした。皇帝は今、何をほのめかした?

 皇帝は立ち上がり、談話室を横切った。そして壁にかけられた兜を手に取ると、再びファートリへと歩いてきた。

 それは戦場詩人の兜だった。

 ファートリの鼓動が高鳴りだした。

 アパゼクは誇らしく、晴れやかな表情で告げた。「ファートリよ。黄金の都オラーズカの位置を突き止めたなら、戦場詩人の地位はそなたのものだ」

 ファートリは震える息を吐いた。

 ずっと求めていた全ては、現実ではなく神話の地を見つけることにかかっている。

 皇帝は手の中で兜を回した。部屋の灯火が兜の琥珀に反射し、皇帝の表情に暖かな黄金色の斑が映った。

「我らが帝国に新たな時代が訪れる。歴史上、黄金の都を幻視した戦場詩人はかつていなかった」 彼は大きな笑みを見せた。「我が統治は特別なものとなろう」

 ファートリは歯を見せて笑い、立ち上がった。そして肩を正し、皇帝と目を合わせた。「陛下、オラーズカを見つけてみせます。そして太陽帝国の栄光のために、その内なる不滅の太陽を持ち帰りましょう」

 アパゼク皇帝は微笑みを返した。「明日こそ我らが帝国の新たな夜明けである。戦場詩人よ」


 騎士の宿舎は簡素な壁で都市から隔てられている。ここで彼女や他の騎士らは訓練し、食事をし、眠り、都市の防衛を担う。他の連隊は帝国の征服と拡大に専念していたが、ここでの最優先事項は、太陽帝国が既に支配しているものを守ることだった。ファートリはここで、騎士であった愛する両親を見て育った。ここは彼女が知る唯一の我が家であり、その隅々まで記憶していた。今彼女はその小道の一つを滑るように進んでいた。

「ファートリ?」

 太い眉に懸念の皺を寄せ、インティは角の向こうを見た。「何を見たか、陛下に言ったのか?」

 ファートリは頷いた。

 従弟はどうすることもできず、頷き返した。「それは……いいと思う。今は大丈夫?」

 ファートリはかぶりを振って肩をすくめ、感情的な状況を表現しようと一塊の身振りをした。

「大丈夫だし、大丈夫じゃない」 彼女はそう認めた。

 インティは彼女の肩を掴み、戦士らの共用部屋へ連れていった。連隊の皆は数時間前に寝台へ戻り、そこは無人で静かだった。彼はファートリに飲み物を注いでやった。それは濃厚な酸っぱい匂いを放ち、不気味なほどに不透明な乳白色をしていた。それは魂に効くとインティは言うが、ならば良いものなのだろうとファートリは確信した。インティは彼女が少量をすすって呼吸を整えるのを待ち、脚の火傷にあてる湿布を用意した。

「今朝見たあれ、本当なのか? 君が……その……」 インティは片手を頭上で降り、朝に見たあの印を可能な限り表現しようとした。

 ファートリは頷いた。

「黄金の都市を見たわ」 彼女はそこで言葉をのみ、インティを一瞥した。

 彼はファートリの足首に湿布を貼りながら、無表情で視線をやった。「黄金の都市を?」

 ファートリは頬が熱くなるのを感じた。「ええ」

 インティは清潔な包帯を湿布に巻き、座り直し、考えこんだ。やがて彼は自身の沈黙を破った。「それ、黄金の都市だったのか?」

 ファートリは詫びるように首を振ってみせた。「オラーズカがどんな所かは誰も知らない。だから私は、あれがオラーズカなのだと思う」

「なるほどね」

 インティは小さな舌打ちを鳴らした。彼は手にもう一つ包帯を掴んでいた。「陛下は、それを見つけろって?」

「もし私が都市の在処を見つけたなら、戦場詩人の地位を下さるって」

 彼はありありと驚いた。

 そして長い溜息をつき、頷いた。「すごい報酬だ」

「本当にね」

 インティは椅子に座り直した。ファートリは足を延ばして彼の前に座った。彼はファートリの足首から包帯を解き、その下の癒えた皮膚を露わにした。インティの治療魔術はとても秀でていた。

 ファートリは深呼吸をした。「インティ、私はこれほどの責任を負うのは初めて。だから、一人で行きたくはないの」

「一人で行くことはないよ。私とテユーを連れて行ってくれ。安全に辿り着けるさ」

「どうやって辿り着けるかもわからないのに?」 その主張は狼狽を含み、疑問として発せられた。

 インティは心得た視線で肩をすくめた。「川守りが知ってるさ。彼らがあんなに必死に領土を維持してるのは何のためだと思う?」

 ファートリは視線を落とした。「私は今までずっと、戦場詩人になるために訓練してきた。でも現実よりも神話の都市を探すことになるなんて」

「君は、行きたいって思ってる? それともただ成功したら貰える地位が欲しいだけ?」

 その答えは喉に引っかかり、腹の奥での反応に彼女は驚いた。だがそれでも、彼女は思考を声にした。

「黄金の都を見つけたい」

 心臓が震えた。探究者、それは驚くべき概念であり、なりたいものとして考えていた何からも、完全に異質だった。それでも、容易いものではない何かを成すという考えには興奮を覚えた。

「インティ、私でない何かになれるかもしれないなんて、考えたこともなかったのよ。どちらか一つだけじゃないものになりたいの」

「君はもうなってるじゃないか」 インティはそう言って、立ち上がった。「テユーを探して知らせておくよ。朝には恐竜で出よう。案内してくれる川守りを探しに」

 彼は武器庫へ向かおうとしてふと立ち止まり、肩越しに振り返った。

「戦場預言詩人とか?」

 ファートリは少し考えた。「戦場航海詩人とか?」

 インティはその提案を考え、そして反撃した。「……消滅戦場詩人探究隊長?」

「インティ、そんな兜は作ってもらえないわよ」

「まだね」 彼は微笑んで言った。

 インティが去り、ファートリは一人残された。

 怖れていた。興奮していた。これまでで最も手ごわい挑戦に直面していた。

 だからこそ、ファートリは微笑んだ。

 彼女は歩き回り、しばしの後、寝台へ向かった。

 ハンモックに横たわって見上げ、彼女はあの色彩を、光を、音を思い出そうとした。自身の破片の一つ一つが輝いて壊れるのを感じ、自身が消えるのも見ても、一切の恐怖はなかった。むしろ、あの時の高揚を思い出した。彼女は手を胸に置いて目を閉じ、思い起こした。黄金の都の屋根に太陽がどれほど眩しく晴れやかに輝いていたかを、青色の魔力と雲の川がどれほど鮮やかに空を流れていたかを。それは、かつて見た何とも違っていた。

 自分は予見者ではなく、それでも見た。冒険者ではなく、それでも冒険の任務を受けた。これまでファートリは二つのことに長けていたが、どちらも、目の前に広がる運命に繋がっているとは思えなかった。

 ファートリは目を閉じ、急かす心を落ち着かせた。彼女が見た夢は黄金色が散りばめられ、見たこともない場所の色彩で輝いていた。その夢は移ろい、変化し、夢よりもむしろ預言となった。そして彼女は自身を見た、いつの日かなれるであろう自身を。

 彼女は戦士であり、語り手でもあった。

 そして今、探究者だった。

アート:Tyler Jacobson

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)


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