ドミナリアへの帰還 第5話

更新日 Magic Story on 2018年 4月 11日

By Martha Wells

Martha Wells has written fantasy novels, short stories, media tie-ins, and non-fiction. Her most recent works are The Harbors of the Sun, part of her Books of the Raksura series, and a science fiction novella from Tor.com, The Murderbot Diaries: All Systems Red.

「待ち合わせに応じて頂き、感謝致します」 アジャニが言った。

 ジョイラは首を傾げた。「以前にお聞きしましたが、プレインズウォーカーに力を貸して欲しいとの事でしたよね」 彼らはウェザーライト号の真新しい艦橋に立っていた。それは船尾からせり上がって伸びており、壁には取り囲むように並ぶ幾つもの大きな窓が、ボガーダンの眩しい朝の空や作業員の宿営、そして眼下の砂浜と入り江を広々と映していた。艦橋下の甲板ではティアナとアルヴァードがシャナとラフに手を貸し、残る物資を積み込んで下部甲板へと格納していた。

 アジャニの突然の出現は少々の混乱を引き起こした。魔法に長けた者であっても、白い毛皮をまとって筋骨隆々とした隻眼の猫人が不意に大気から出現するのを見れば驚くものだ。幸運にも、作業員のほとんどは既に帰路の補給船に乗り込んでおり、ジョイラは浜辺に残るハディやティエンらに別れの挨拶をしていた所でその出現に遭遇した。

 以前にアジャニと会ったのは一度だけ、それも短い時間のことだった。彼は自分がプレインズウォーカーであると告げて助力を求めてきた。二人はここで再会する手筈をとり、だがジョイラは完成したウェザーライト号を自ら存分に把握すべく、十分に余裕をもって到着するつもりでいた。航行操作盤の滑らかで真新しい木の表面を撫でたい、艦橋後方の階段を下りて復元されたエンジンを吟味し、迷路のような船室と船倉を探検したい気持ちで一杯だったが、今は会話に集中する必要があった。モリモの種は全く異なりながらも悩ましいほど馴染みある姿へと、飛翔艦の骨格を包んでいた。

「ええ、彼らと合流しなければなりません」 アジャニは明らかに自らの懸念に心を占拠され、ジョイラの散漫さに気付いていないようだった。それが何かはともかく、触れたくはないような様子だった。「ですがまず、お聞きしなければならない事があります――カーンというプレインズウォーカーがファイレクシアで発見され、救出されたことはご存知でしょうか? そしてドミナリアへ戻ってきている事については?」

「いいえ! 私は全く――それは本当なのですか?」 衝撃と安堵の波に彼女の心臓が跳ねた。アジャニは穏やかに頷いた。ジョイラは顔をそむけて両手で覆い、感情のうねりを隠した。主の突然の動揺を察して機械梟が肩に降り立ち、心配するように鳴いた。大丈夫、そう告げると機械梟は再び階段のハッチを通ってウェザーライト号の外へ出ていった。そしてカーンの居場所を尋ねるべく、彼女は深呼吸をしてアジャニへと向き直った。アジャニの風貌は人のそれとは著しく異なり、感情を読むのは困難だった。だがその視線はありありと狼狽を語っていた。代わりに彼女は尋ねた。「何か悪いことがあったのですか? カーンは損傷を?」

「損傷ではありません」 アジャニは続けるのを躊躇った。「ヴェンセールというプレインズウォーカーのことはご存知ですか?」

「ええ」 ジョイラはそこに張りつめたものを悟り、嫌な予感を抱いた。「お願いです、何があったのかだけを教えて下さい」

 アジャニは息を吐き出した。「カーンを救うために、ヴェンセールは灯を与えました。そして……助かりませんでした」

遥かなる記憶》 アート:Karl Kopinski

 ジョイラはコンパス台まで離れ、片手を髪に走らせた。信じたくはなかった、だがヴェンセールがそのような行いを成す人物であることは確かだった。カーンについて安堵した直後に、これは身を砕く程悲しい知らせだった。出会った時、彼はまだラフと大差ない年齢だった。良い友人で、けれどヴェンセールはそれ以上の感情を抱いてくれていた。アジャニに背を向けたまま、ジョイラは尋ねた。「それでカーンは私へ会いに来ないのでしょうか?」

 アジャニはかぶりを振った。「わかりません。ですが……それは自然な感情のように思えます」

 見つけ出さなければ。カーンも友であり、ヴェンセールへの哀悼は同じものだった。彼女は目を拭った。先に確認すべき事項はまだある。彼女は尋ねた。「ではファイレクシアは?」

「一つの次元が完全に陥落しました。ですが彼らはそこから出ることは叶いません。他の次元に何ら危険はないと思われます」 アジャニは安心させるような確信で告げた。

 他にも尋ねたかったが、甲板からティアナが呼ぶ声が聞こえた。ウェザーライト号は船出の準備を整え、彼女ももう待ちたくはなかった。来たる仕事はありがたい気晴らしになるだろう。彼女は操作盤に手を走らせ、しっかりと立ち、告げた。「知らせて頂いてありがとうございます。容易い役割ではなかったでしょう。それではご友人との合流に向かいましょう。宜しいですか?」

 アジャニは頷いた。その穏やかな表情は、ジョイラの笑顔の空虚さと、一人にして欲しいという願いをはっきりと認識していた。


 ベナリア市への門は壮麗なものだった。ベナリアの魔法的なステンドグラスで築かれ、明るい曙光に輝いていた。高さは優に四階以上、そびえ立つ灰色の石壁に支えられ、その頂上には尖塔とアーチが並んでいた。中へ入る道を塞がれていなければ、ギデオンはその美しさをもっと堪能できた筈だった。路上では十人ほどの戦天使が彼らだけでなく、それを迂回しようとする商隊の荷馬車や他の旅人らまでも足止めしていた。

アート:Jonas De Ro

 ギデオンは馬の背から降りようともしなかった。背後にはリリアナと、レイルの騎兵らが続いていた。皮肉的な口調になるのは構わず、彼は天使らへと尋ねた。「何か問題がありましたか?」

 先頭の天使が答えた。「私は黎明をもたらす者ライラ、セラの天使軍の司令官です。貴方のお仲間からは死の匂いがします。街へ入ることはなりません」

「失礼だこと」 リリアナは嫌気を隠さず呟いた。

 ギデオンは落ち着こうと深呼吸をした。今は争う時ではなかった、特に志を同じくするであろう相手とは。「我々はベナリア兵とともに旅をしてきました。ご覧になられていると思いますが」

 ライラはそれを遮った。「其方と騎兵らは歓迎しましょう。ですがその屍術師は立ち去りなさい」

 ギデオンはそのような気分ではなかった。馬上での道のりは長く、レイル配下のエイヴンが先日の戦いについて先に報告していることは把握していた。「その『屍術師』は悪魔殺しです。彼女は既に三体の悪魔を殺害し、カリゴにおける陰謀団を討伐する力となりました。そして私達はベルゼンロックを倒すためにここへ来たのです」

 憤激とともにリリアナは声を上げた。「どうして誰もかもに計画を喋るの? もう少し小さな声で叫んで頂けないかしら? あなたの声を聞いた陰謀団員がそのあたりにいないとも限らないのよ」

 ギデオンは歯を食いしばった。「全員に喋ってなどいない。この方はセラ教会の司令官だ」 彼は力強い意思ともに言った。「君の契約相手にも翼はあっただろう」

「あら、下手な当てこすりはおやめなさい。それに、だからといってその天使様が信頼できる理由にはならないわ。そんなに単純で、どうやって今まで生き延びて来られたのかしら?」

 ギデオンは肩越しに振り返って言った。「カリゴで教会の軍は私達を信頼してくれた。そして君個人の問題を解決する助けになってくれただろう。信頼を返すというのがせめてもの――」

 リリアナは辛辣に言い返した。「せめてものじゃないわよ!」

「――それに既にわかっているだろう、ベルゼンロックは私達のことを把握していると!」

 ライラは片眉を上げ、ギデオンからリリアナとその背後へと視線を映した。彼らを迂回するようにティアゴが馬を駆ってやって来ると、彼は折り畳まれた書簡を差し出した。「黎明の司令官殿、カリゴの戦天使レイル様からの書状になります。屍術師リリアナについて、御自ら保証して下さっています」

 ライラはその書簡を受け取り、開いた。彼女はティアゴへと尋ねた。「カリゴからずっと、この調子で来たのですか?」

 ティアゴは溜息をついた。「そうです、司令官殿。毎回です」

 ライラは書簡に目を通した。しばしの後、彼女は不承不承認めた。「わかりました。市へ入って結構です」

 声色に多くの皮肉を込め、リリアナは口を開いた。「あら、どうもありが――」 だが翼の強い羽ばたき一つとともに、ライラは宙へ飛び立った。他の天使らも続き、巻き起こった風がギデオンの髪を揺らして馬を慌てさせた。

 リリアナが不作法な文句を呟く中、ギデオンは問題が解決してただ安堵していた。彼はティアゴへと向き直った。「どこか高い所へ行く必要がある、塔の頂上へ。何処かいい場所はあるか?」

 ティアゴは返答した。「それでしたら、大丈夫です」


 そこかしこに白い戦旗がはためく中を彼らは進んでいった。広場には、黄金色の板金鎧をまとったベナリア勇士の彫像が並んでいた。沼地で過ごした後では、活気ある都市を馬で移動するのは気分の良いものだった。そこは賑やかで精力的、とても多くの人間やエイヴンが文明的な衣服をまとい、せわしなく行き来していた。兵士と騎士、そして巨体の翼馬までもが街路を引かれ、だがベナリア市の防衛は明らかに堅固で、包囲下にはなかった。今のところは、ギデオンは内心そう付け加えた。この都市や周辺に賑わう街や村がカリゴと同じ状態になるのを見たくはなかった。

アート:James Paick

 ティアゴは彼らのために、ベナリア駐屯部隊の信号塔の頂上での待ち合わせ許可をとった。そこは天使とエイヴンにとっての便利な着地地点でもあった。友人を待っている、ギデオンはそう告げただけだったが、翼を持つ種族の行き来に慣れているためか、その要請は珍しいものではないようにティアゴは感じた。ギデオンが礼を告げると彼は言った。「とんでもありません、カリゴでのお返しにはとても足りないほどです。ギデオンさん、リリアナさん、どうかお元気で」

 ギデオンはリリアナを一瞥し、ティアゴの言葉をどう受け取ったかを見ようとした。だが彼女は既に背を向けていた。そして昇降段近くの石のベンチに腰を下ろした。ここまでの旅の間、ギデオンは彼女をずっと心配していた。兄の件についてはあれ以来一言もなく、そしてジョスの最期の言葉を自分が聞いてしまったことを彼女が気付いているか否かもわからなかった。鎖のヴェールは彼女を蝕み、体力を奪い、だがほとんど即座にベナリアへと発たねばならなかった。

 隣に座ると、リリアナは口を開いた。「さて、どうしてアジャニは高い場所で待ち合わせを指定したのかしら」

 ギデオンは壁に背をもたれ、まだ痛む肩を休めた。「わからない。きっと正当な理由があるのだろう」

 リリアナは言い返した。「きっと勿体ぶった理由よ」

 待ち時間は長く、リリアナは眠気を催していた。やがてギデオンは空から小さな金色の何かが飛来するのを見て、伝令だと察し立ち上がった。それが胸壁に着地すると、小さな機械の梟だとわかった。「随分複雑な魔法と技術ね」 リリアナは欠伸とともにそう言い、立ち上がった。

「つまり、あれもか」 ギデオンの言葉に、巨大な飛翔艦が二人へ向かって降下してきた。

アート:Tyler Jacobson

 二人がウェザーライト号に乗船し、階段を昇って広々とした艦橋に入るとすぐに議論が始まった。舵輪とコンパス台が立つ前方区画からは、ほぼ全ての窓を通してベナリア市の壮大な眺めが見えた。ジョイラ船長、シャナ・シッセイ、ラフ・キャパシェンの紹介もそこそこに、アジャニはギデオンへと尋ねた。「他の三人はどうした? どうして一緒じゃないんだ?」 そしてギデオンは長くも気まずい説明を始めた。

 リリアナは立ったまま、歯軋りとともに我慢の限り耐えていた。長く埋もれていたヴェス家令嬢としての記憶が、それはとても不作法で無礼な態度だと告げていた。ギデオンは明らかに落ち着いてそこに立ったまま、普段通りの鬱陶しさで説明していた。少なくとも彼女の兄については一切の言及を避け、単純に陰謀団の軍勢を打ち負かす唯一の手段としてカリゴのリッチを眠りにつかせたと聞こえるように告げていた。リリアナは安堵し、ジョスに関してはアジャニも同情してくれるかもしれないとまで思った、だがそのような考えは我慢がならなかった。アジャニから哀れみを受けるなど、到底耐えられるものではなかった。

 そして、虚無。かつてジョスが言及したそれは、今も彼女の骨を凍えさせていた。あれはどういう意味なのだろうか?

 アジャニは悲嘆とともに言った。「それを怖れていた。今の私達はボーラスを倒す方法など知るよしもない。君達はアモンケットへ行くべきではなかった」

 リリアナは我慢の限界だった。腰に下げた鎖のヴェールは重りのように感じ、あの戦いから随分経ちながらも今なお彼女の体力を吸い取っていた。誰かに怒りをぶつけたかった、そしてアジャニはギデオンよりもずっと適切な相手に思えた。氷のような自制とともに、彼女は言った。「いいかげん悲しむのはやめて話を聞いてくれないかしら? 少なくとも座らせて欲しいのだけど。わかるでしょう、ギデオンはまだ傷が治っていないの。あなたは気にしないかもしれないけれど、私だって本調子じゃないのよ」

 若き魔道士ラフが彼らに座席を示そうとしたが、アジャニは悲しみの視線をリリアナへと向けた。「大半は屍術師の君が引き起こしたことだな。君と契約相手の悪魔が――」

「リリアナ、止めてくれ」 ギデオンが割って入った。「アジャニさん、決定したのは私です。そして結果も受け入れています」

 アジャニはギデオンへ向き直った。その視線には憤激があり、それでも声色は苛立ちながらも穏やかさを保っていった。「結果を受け入れることは大切だが、アモンケットは既に傷を負い、それを直す術はない」

「その点については、返す言葉もありません」 ギデオンはそう言った。リリアナは怒りに沸騰し、だが少なくともギデオンの攻撃的な穏やかさはアジャニへ向けられていた。あるいは自分達は怒りよりも悲しみから、そのまま石になってしまうまで立っていられるのかもしれない。悪い考えではないとリリアナは感じ、どうすればそれができるかを真剣に考えはじめた、少なくともアジャニが黙り続ける間は。ギデオンは続けた。「ですがアモンケットで敗北したのは、リリアナが悪魔との契約に縛られていたためです。ベルゼンロックを倒せたならば、彼女は自由に力を使えてニコル・ボーラスと戦えるでしょう」

 アジャニは引き下がらなかった。「私の話を聞くんだ、そしてここで時間を無駄にしないことだ」

「ベルゼンロックを退治するのが時間の無駄だっていうの?」 リリアナは思わず叫んだ。

「そういう意味ではない」 アジャニは言った。その余裕ある態度に、リリアナの我慢は小枝のように折れた。

「あいつがカリゴに何をしたのか、見てもいないくせに! 私の知る何もかもが、壊されて、泥に埋もれて腐ってしまった。止めないといけないのよ――止めないと――」 そこで不意に彼女は悟った、言うつもり以上のことを言ってしまったと、感情をひどく露わにしてしまったと。初対面の乗組員らが彼女を同情的に見つめていた。特にシャナは頷いていた、まるで心から理解したように。その何もかもが酷く不愉快だった。リリアナは腕を組んで顎を上げ、大胆に言い放った。「あなたのために戦う前に、契約から解放されないといけないの、アジャニ、単純なことよ」

悪魔の契約》 アート:Aleksi Briclot

 それには返答せず、アジャニは見える片目で彼女の様子をただ見つめていた。ギデオンが言った。「アジャニさん、戦いは続けます。ですがまずはベルゼンロックを倒さねばなりません」

 アジャニは静かにギデオンを見つめ、そしてその視線を再びリリアナへ動かした。自分は屈せず、怒りと苦しみをまとっているように見えると彼女はわかっていた。そして普段通りの冷笑を保とうとしたが、それができているかどうかは定かでなかった。

 だが結論に達したらしかった。やがて、アジャニは口を開いた。「わかった。だがここでの力にはなれない。私はボーラスとの戦いに加わってくれるプレインズウォーカーをもっと見つけねばならない」

 ギデオンは躊躇しなかった。「なるべく急いで加わります」

 アジャニは苦々しく、だが丁寧に頷いた。「気をつけてくれ」

 そして背を向けると、取り囲むように黄金の影が形を成した。まるで背の高い草原を歩いていくかのように。鼓動一つの後に、アジャニはこの次元を離れ、姿を消した。

 ラフは無人となったその場所へと手を振った。「お元気で、お会いできて嬉しかったです。全く訳のわからない部外者の前で訳のわからないプレインズウォーカー同士の口論がしたい時には、いつでも来て下さいね」

「ラフ、やめなさい」 シャナが肘で少年を突いた。

 ギデオンは息を吐き、ジョイラへと向き直った。「申し訳ありませんでした、皆さんの艦橋で口論をしてしまって。アジャニさんは私達を連れて行くつもりだったのでしょう。もしすぐに立ち去った方が良いのでしたら――」

「それには及びません」 ジョイラの穏やかさの下には確固としたものがあった。「アジャニさんにはご自身の計画があるのだと思います。ですが私がこの船を復元したのは、陰謀団と戦うという唯一の目的のためです。ベルゼンロックを倒すことは素晴らしい最初の一歩です。お二方を歓迎致します」

「どうして?」 リリアナは努めて声色を非難ではなく問いかけのように保った。助力の申し出を拒みたくはなく、この明らかに快適な飛翔艦を後にしたくもなかった。だが再び弄ばれるつもりはなかった。「どうしてベルゼンロックを殺そうって思ってるの?」

 ジョイラはわずかに微笑んだ。「私はプレインズウォーカーではありません。ここは私の故郷、それを守りたいという思いがあります。ファイレクシアの侵略前からずっとこうしてきました」 それは興味深い言葉だった。リリアナは両眉を上げ、ジョイラは付け加えた。「私は見た目より年をとっているんです」

 肩をすくめて、シャナが言った。「陰謀団がどんな姿をしていようと、私は戦いますよ。ベルゼンロックを排除すれば、ずっと簡単になるでしょう」

 ラフが手を振った。「僕は新入りです。今日から加わったばっかりです、本当に。まだお会いしていない人もいますよ、けどティアナさんはセラの天使ですし、アルヴァードさんは……ええとアルヴァードさんは、けどきっとベルゼンロックを倒したいはずです」

 リリアナはそれらの言葉に何ら欺きを感じず、そして自らも欺きの天才として、真実だろうと感じた。心の一部では新たな仲間を望んでいなかった。自分一人だけで、家族についての怒りと苦痛を自由に発散したかった。だが自分だけでベルゼンロックを殺すことは叶わないとわかっているだけでなく、ドミナリアに到着した時よりもずっと痛烈にそれを感じていた。ギデオンを一瞥すると、彼は口を開いた。「理由は異なれど、私達の目的は皆同じです。腰を据えて互いにどう力になれるかを話し合いましょう」

 ジョイラが一同の先頭に立って階段を下り、艦橋から下部甲板の船室へ入った。そこは会議用の卓が置かれた広い部屋で、横長の窓が空と眼下の都市を見せていた。二人はまた天使のティアナと対面した。リリアナがこれまでに遭遇した他の天使よりも謙虚に見えた。そしてアルヴァードはどうやら、改心した吸血鬼のようだった。

 全員が腰を下ろすと、リリアナが切り出した。「私達は協力し合わないような馬鹿じゃないけれど、新しい計画が必要ね。プレインズウォーカー仲間が離脱してしまって、私が前に考えたのは駄目になってしまったの」

 相変らず、見当違いの楽天家であるギデオンが言った。「チャンドラは連れ戻せるとは思う……見つけられれば、だが」

 呆れたように、リリアナは返答した。「あの子がまだドミナリアにいたとしても、要塞に攻め込むにはあの子では力不足よ。ニッサがいなければ、腕力も足りないし」 そして不満そうな身振りをしてみせた。「それでもベルゼンロックを倒す方法を何か見つけないといけない」

「情報が必要です」 ジョイラは両手の指を組み合わせた。「長年要塞を監視してきましたが、わかった一つのことは、防衛体制は常に変化し、ベルゼンロックの気まぐれで出入り口が作り変えられるということです」

アート:Jonas De Ro

 リリアナは顔をしかめた。状況は思っていたより悪かった。

 だがシャナが言った。「陰謀団上層部の工作員を掴まえるべきです。そいつらは個人的にベルゼンロックに報告して、今の要塞の構造や罠の場所、中に入る最良の方法を知っている筈ですから」 彼女はティアナを見た。「ここに捕まっていたりしない? 天使に探す手伝いをしてもらえない?」

 ティアナは考えたが、疑わしい表情を見せた。「天使はベナリア市中で彼らを探し出して殺害しています。生きている者が見つかるとは思えません」

 吸血鬼アルヴァードは黙って聞いていたが、ここで口を開いた。「ティアナの言う通りです。陰謀団の工作員が拠点を持たない場所がドミナリアにあるとしたら、ベナリア市だけです。どこか他の場所へ見つけに行くべきでしょう」

 ラフが熱狂的に立ち上がった。「それでしたら心当たりがあります。前にトレイリア西部にいた時、アカデミーに陰謀団の工作員がいるって噂が流れてました。ウェザーライト号の速さなら遠くありません。日が沈む前には到着できて、そこで工作員が捕まってれば――」

 自らの感情とは裏腹に、この一連の建設的な議論はリリアナの気分を明るくした。同時に、速く快適に旅をするというのは、徒歩や馬や小舟で遥かにじれったく進むよりも理想的だった。彼女は言った。「捕まっていなくとも、隠れているのを見つけ出せるかもしれないわね」

「いい案だな」 ギデオンが頷いた。

 ジョイラは卓の一同を眺めた。「では決定ですね。まずはトレイリア西部まで」


 わずか半日後には、彼らはトレイリア西部まで間もなくの所にいた。リリアナは皆と共に甲板へ出ていた。快適な船室の一つにある寝台で寝る機会もあり、アンデッドのクロコダイルに食い尽くされるような気分とは程遠い時を過ごすことができた。

 彼らは目を見張るほど青い海の上空を進み、今や岩礁や砂洲に取り囲まれた諸島が迫っていた。それらは低木の森に覆われ、最大の島の岸には急傾斜の赤煉瓦屋根に白壁の建物と塔が組み合わさった、トレイリア魔道士アカデミーが鎮座していた。一本の高い塔にはアストロラーベによく似た、だがおそらく異なる巨大な装置が取り付けられていた。それは明らかにウェザーライト号やジョイラの機械梟、ラフが所持する工学装置と同じ類の魔法的機能を持つものだった。

アート:Jonas De Ro

 最も高い塔にウェザーライト号が横付けされる頃には、重鎮らしき人々が幅広のバルコニーに出て彼らを待っていた。ウェザーライト号で着く所の良い点は、誰かを殺さずとも、話をしたいお偉いさんに目を向けてもらえること。そうリリアナは思った。

 出迎えた人々の顔が判別できるまで近づくと、ジョイラが気を張りつめるのをリリアナは感じた。彼女は尋ねた。「何か問題でも?」

「いえ」 ジョイラの声には後悔と忍耐が混じり合っていた。「ただ、昔の恋人が……今日はいないと思ったのだけど」

「あいつらは無駄に厄介なのよね」 リリアナは認めた。「勝手にいなくなって、何処へ行くかも言わないで、計画を全部台無しにしてくれる」

 ギデオンの声がした。その会話が聞こえていたとリリアナは思っていなかった。「そんな事はないだろう。ジェイスは決して――」

「あなたには聞いていないの」 リリアナは素早く言い放ってその言葉を遮った。自分の恋愛に関して、ギデオンにだけは口を挟まれたくはなかった。実際、ギデオンの助言などは何があっても求めたくはなかった。


 彼らはウェザーライト号の防衛のため、ティアナとアルヴァードを甲板に残した。ティアナは長槍を手にし、アルヴァードの牙が消えゆく夕日にぎらついた。ギデオンにとっては心強い用心だった。どんな陰謀団の工作員が船を盗もうと乗り込んでも、この飛翔艦を狙うべきではなかったと思い知るだろう。石造りの広いバルコニーへと、ギデオンは最後に梯子を降りた。強い海風に青いローブをはためかせ、トレイリアの学者の一団が彼らを待っていた、その先頭にいるのは厳しい表情をした一人の老人と、茶色のたてがみのような髪をした妙に若々しい外見の魔道士。どちらがジョイラのかつての恋人か、ギデオンは何ら悩む必要はなかった。

アート:Yongjae Choi

 その若い魔道士が歩み出た。落ち着きと冷静をまとい、彼は言った。「ジョイラか」

 僅かな皮肉を表情に浮かべ、ジョイラは首を傾げた。「ジョダー」

 ラフが焦るように割って入り、年長の男性を紹介した。「こちら、反復の学部長、ナバン先生です」

 ナバンは会釈をした。「このようにおいで下さるとは、どういったご用件ですかな?」

 その男性の口調は、非常に忙しい状況で重要な仕事を邪魔されたと告げていた。とても宜しくない、ギデオンはそう思ったが気にする余裕はなかった。自分達の任務も急を要するのだ。

 ジョイラが説明した。「陰謀団の工作員から情報が必要になったのです。アカデミーでも彼らを捜し出せなかったとラフから聞きました」

 ナバンはラフを非難するように眉を上げ、だがジョダーは考え込む表情を浮かべた。そして彼は言った。「少し待っていてくれないか」

 彼とナバンが離れて話し合う間、ジョイラとシャナに向けてギデオンはそっと尋ねた。「どう思います?」

 ジョイラは不確かに学部長を見つめた。「陰謀団の工作員の件、ラフは正しかったみたいね」

 シャナの視線は他の学者へと向けられていた。「厄介事があるみたいですね。皆さん神経質で、慌てています」

 彼らが見つめる中、ナバンはジョダーの議論に渋々了解したらしかった。ジョダーが戻ってきて告げた。「どれほど力になれるかはわからないが、見てほしいものがある」


 ギデオンは腕を組んで立ち、リリアナが次の板に座って呪文を唱えるのを見つめていた。この屍は若い女性で、生徒を示す青と白のローブをまとっていた。呪文がかかり、変色しつつある屍の皮膚に紫色の光が激しく走った。その両目が開かれて身体を起こし、その視線はリリアナを見つめていた。彼女は言った。「おかえり。あなたが見たものを教えなさい」

 彼らがいるのはアカデミーの特別実験室の一つだった。ここでは危険な魔法実験や、特殊な魔法装置の試験が行われる。実験室は大型の塔の上部を占拠しているが、今のところ彼らに見えているのはこの大実験室だけだった。広く、天井は高く、たっぷりと空間がとられ、細長い窓は金属で封じられて魔法で防護されていた。日没が近づいて窓から差す光は暗くなり、輝く水晶球が工匠製の小さな台とともに宙に浮いていた。床に横たわっているのは九体の屍、全員がアカデミーの生徒と職員だった。それは厳めしい光景だった。彼らの大半は若く、その凍り付いた表情から、苦痛のうちに死んだと思われた。

アート:Josu Hernaiz

 ラフは部屋に置かれた卓の向こうで、殺害された人々が手にしていた魔法装置を調べていた。ジョダーはジョイラとシャナと共に数歩離れて立ち、小声で二人の質問に答えていた。彼は言った。「彼らが発見された階段は書庫と三つの異なる研究塔へ続いている。侵入者がどこを目指していたのかはわからない」

「何の物音もしなかったの?」 驚きに眉をひそめ、ジョイラが尋ねた。

「全く何も」 ジョダーは答えた。彼は死体を一瞥し、その額には明らかに悲しみから皺が刻まれていた。「順を追って出来事を辿ろうとしているが、とても短時間のうちに起こったとみていい」

 屍がリリアナへと囁いた。「床が水になって、沈んだ。息ができなかった。水の中に蛇がいた、小さい頃に外の岩場で見た、それが来て――」

 リリアナはじれったく唇を歪めた。「ええ。ええ。でも誰か見なかった? 覚えている顔は?」

「ない、蛇が――」

 リリアナはその額を軽く叩いた。「それならいいわ。戻りなさい」 屍が再び動かなくなると、リリアナは立ち上がった。「あちこちに狂気の魔術がかけられていたみたい」 彼女はそっけなく言った。「陰謀団の司祭に違いないけど、犠牲者は誰も、呪文を唱えた相手は見ていないわ」

 シャナは腕を組んでおり、眉をひそめた。「何か違うね」

 リリアナは肩をすくめた。「屍から聞き取り調査をしろって事しか言われなかったわよ」

「いや、そうじゃなくて」 シャナは振り払うように手を動かした。「全体の状況。私はジャムーラの街で陰謀団の工作員を狩ってきたけど、あいつらはこんな風には動かない。もっとずっと巧妙。そうじゃなきゃいけないからさ」

 不思議そうに、ラフは卓上の装置から顔を上げた。「陰謀団の工作員って、狂戦士みたいなのだと思ってました」

「冷酷漢や他の戦士は確かにそう」 シャナは彼へ向けて言った。「けど工作員は溶け込まなくちゃいけない。その場所に入り込むために、もしくは探りたい相手へ近づくためにね」 そして彼女は並ぶ死体を示した。「一回の行動でこの全員を殺すってのはあいつらならやりそうだけど、いくらなんでも目立ちすぎてる。書庫か研究室に入るのに失敗したのか……そして今アカデミー全体が警戒している」

 その推測は正しいとギデオンは思ったが、リリアナは納得していないようだった。彼女は言った。「それとも、かなり馬鹿な工作員だったか。陰謀団員はものすごく賢い奴らってわけじゃない、わかるでしょ」

「だとしたらまだ見つかっていないのはおかしくないですか?」 ジョイラが反論した。

 ギデオンは再び屍を見た。シャナは正しい道筋にいると彼は確信していた。「では貴女は、これは陽動だと考えている。だが何からの?」

 ジョイラはジョダーへ顔を向けた。「アカデミーに何か他の騒ぎはなかった?」 共に問題解決へ向かうにあたって、二人は概して互いの存在に折り合いをつけているように見えた。リリアナとジェイスもそうであって欲しい、ギデオンはふとそう願う自身に気が付いた。

「いや、アカデミー全体が警戒体制にある。それに他の島にも警告を送った」 ジョダーの表情は苦々しかった。「あるいはこれは、アカデミーの別区画から注意を逸らすためのものか」

 シャナは並べられた死体に沿って歩いた。「この死体が見つかった後、何があったかを詳しく教えて頂けますか? ここまでどのように進んだのかを」

 ジョダーは考え、口を開いた。「治療師らが呼ばれて、回復の見込みはないことが確かめられた。同時に、書庫は入念に調査されて確認された……ある種の封印は損なわれていないと。犠牲者らは呪文によって殺害されたと治療師らが判断し、死体は調査のためにこの実験室へ運び込まれた」

 シャナは振り返り、片眉を上げた。「運び込まれた、それは誰にですか?」

「治療師の助手と、何人かの生徒……」 ジョダーは言葉を切り、目を狭めた。

 ジョイラは微笑んだ。「それよ。ラフ、扉を塞いできてくれる?」

 ギデオンは剣を抜いた。「捜索だな」 目的となる人物が近くにいて、この厳重な塔のどこかに閉じこもっているらしい。その事実に彼は内心安堵した。だが気をつけねばならない。その陰謀団の工作員は今や失うものなど何もないのだ。

アート:Seb McKinnon

 ラフが塔の入口へ急ぎ、重厚な彫刻の扉に背をつけた。「つまり、何がわかったんですか?」

 リリアナは苛立つ身振りをした。「工作員の狙いは最初からこの場所だったのよ」

 ギデオンは研究塔の奥へ続く広い廊下へ踏み出した。休憩室は開けており、影の中には誰も潜んでいなかった。「工作員がこの皆を殺害したのは、調査のために運び込まれるのを狙ってのことだ。運ぶには少なくとも一体につき二人が必要で、ここまで多くの犠牲者を――」

 ジョダーの表情は険しくなった。彼はギデオンの隣にやって来て言った。「手伝ってくれた生徒を確認するのは無理です。何人が入って何人が出ていったかは把握できません」

「工作員がここで狙うものに何か心当たりはある?」 ジョイラは階段へ向かうと上を覗き込み、ギデオンもその隣で同じようにした。頭上には六階あり、それぞれ吹き抜けの上に踊り場とバルコニーが伸びていた。その螺旋階段は柱ではなく魔法で支えられ、踊り場にだけ壁が触れていた。塔は複雑で、外から見たよりも中は広いようだった。それを降りてくるまでは、長く困難な捜索が予想された。

 ジョダーは気短な身振りをした。「かなりの数の装置だけでなく、作りかけのものもここには収められている。どれも――」

「古代のアーティファクトは?」 リリアナが彼らの背後にやって来た。「ベルゼンロックだもの。あいつは平凡な工匠の新作装置なんて興味ないわ、欲しがるのは自分の強さと地位を保証してくれる何か古いものよ」

「その通りですよ」 ラフが外へ続く扉から声を上げた。「そいつ、ありとあらゆる肩書を欲しがってるんですから! 『陰謀団の永遠総帥』『アーボーグの王』『荒廃の王』『漆黒の手の主』……」

 階段の影を見上げながら、ジョイラはラフへと黙るよう身振りをした。「ええ。あいつはドミナリアの歴史のあらゆる動乱に関わろうとしている。あらゆる古の惨害に。そしてその主張を裏付けそうなアーティファクトを集めている」

 ギデオンにもその可能性は高いように聞こえた。彼は尋ねた。「特に古い、もしくは有名なアーティファクトはここにありますか? もしくは両方が」

 ジョダーは眉をひそめて考えた。「あるように思います。来て下さい」

 ジョダーは彼らを率いて階段を昇り、三階からバルコニーへ出て廊下を通った。それは広い円形の部屋へ続いており、影の深みの中へと高い棚が並んでいた。全員が中へ入ると、ギデオンはジョダーへ尋ねた。「出入り口はここだけですか?」

 ジョダーは同意を示し、ギデオンは入口で防御の構えをとった。シャナが剣を抜いてギデオンの横に立ち、ジョダーは棚へと歩いて一つの箱を下ろした。彼は小声で罵倒し、ジョイラへと空の中身を見せた。「無い」

「私達の考えは正しかったってことね」 ジョイラの声はどこか満足したようだった。

 リリアナが前へ出てその空の箱を覗きこんだ。「何が入っていたの?」

 ジョダーが返答するよりも早く、シャナが言った。「静かに」 彼女は首を傾げ、耳を澄ました。「誰かがいます」

 ギデオンはかすかな足音を聞いた。彼は声を上げた。「隠れているのは誰だ、出て来い」

 沈黙は続き、ごくわずかな空気の変化に、ここに誰かが潜んでいることが次第に明らかになっていった。そして隅の書棚から衣ずれの音がし、生徒のローブをまとう青年が影から踏み出した。「すみません、先生。ここで勉強をしていました。アロンジ教授の下で工匠術を学んでいます、トムといいます」

 ギデオンは両眉を上げた。謝罪としては、何かが欠けていた。だが年少の生徒というのはこういうものかもしれない。だがジョイラはもっと疑い深かった。「今日、大実験室に殺人被害者の死体が沢山あるのよ? ずいぶん勉強熱心ね」

 ジョダーは冷たく言った。「君はここに来ていい生徒ではないな」

 トムは悔やむ表情で前へと踏み出した。「ごめんなさい。その死体を運ぶ手伝いをしたんです。治療師さんの一人が、もっと手が必要って言って、僕はここに留まって、そしてこの本を読みはじめたんです」 彼は熱心な笑みを浮かべた。「夢中になってました。この塔に来るのは初めてだったんです」

 この若者は全くもって潔白に見えた、ラフがまるで顔色一つ変えない物あさりに見えるほどに。ギデオンは再びこの少年を信じたい欲求にかられたが、考えた。もし自分が陰謀団の工作員だったなら、間違いなくこのように姿を現すだろう。

 ジョダーは納得していないようだった。ジョイラはトムを、獲物に飛びかからんとする鷹のように見つめた。彼女は言った。「トム、ではあなたが今持っているものは何? それは工匠の装置じゃないの?」

アート:Matt Stewart

 トムは真面目な表情を見せた。「そうです。皆が殺された時に床に転がっていたのを見つけました」 彼は踏み出し、その装置を掲げた。「治療師さん達に言おうとしたんですが――」 死魔術の黒い球が宙に現れ、ジョダーめがけて放たれた。

 まるで瞬間移動したかのように、ジョイラが即座に動いた。不意にジョダーの目の前に出ると、彼女は迫りくる魔法球へと指をひらめかせた。目の前の大気が硬くなったかのように魔法球が当たり、まるでガラスの玩具のように砕けた。その破片はトムへと跳ね返った。

 ギデオンは叫びとともに駆け、だがリリアナの方が速かった。皮膚の刻印を燃え上がらせ、紫色の稲妻がその両手から走った。トムはそれを胸で受け、後ずさった。だがその間にも彼は自らの呪文を唱え、リリアナを黒い雲で包んだ。彼女は息をのみ、よろめいた。

 間髪おかずに次の雲がギデオンへと流れ、だが防護の呪文を剣に輝かせて彼はその雲をトムへ跳ね返した。即座にシャナが飛び込み、身体に金色のきらめきを散らしながら相手の胸を狙った。彼女がトムを床に打ち倒すと、ギデオンが進み出てその手から魔法装置を蹴り飛ばした。

 不意にトムの抵抗が止まり、その身体が硬直した。

 ギデオンが見ると、ジョダーが隣に立って片手を挙げていた。「これで彼は動けない」

 ギデオンはシャナへ手を貸して立たせ、共に下がった。ジョダーが再び身振りをすると、トムの身体が床から持ち上がった。「先程の実験室まで運ぼう、そこで話を聞く」

 彼は動けなくなった少年を外へ連れ出し、ジョイラとシャナが追った。ギデオンは立ち止まり、リリアナへと尋ねた。「大丈夫か? 何かが当たったようだったが」

 リリアナの肌は血色を失い、額には汗の粒が浮いていた。だがその唇には普段通りの冷笑が見えた。「大丈夫よ。下等な狂気の魔術なんて、私にほとんど効かないわ」

 ギデオンは躊躇したが、聞かねばならなかった。「お兄さんを……見たのか?」

 リリアナは彼を睨み付け、だがその眼光は消えて彼女は顔をそむけた。「あいつ、狙うなら他の誰かを選びなさいよ。今、ずっとお兄様の姿が見えてるの」 そして再びギデオンを睨み付けた。「これは弱音なんかじゃないわ。もし誰かに言ったら――」

 ギデオンは溜息をついた。「ああ、わかっている。その時は私の四肢をもぎ取って、言語に絶する拷問をしてくれたっていい。さて、陰謀団の工作員が何を喋るか聞きに行こう」


 大実験室に戻ると、工作員の自白を聞くにあたってジョダーはナバンと他の学部長へ向けて知らせを送った。情報を聞き出すべく彼らが様々な魔法的手段を講じる間、ジョイラはジョダーと会話する機会を得た。その表情は不明瞭で、だがアカデミーの警備責任を彼が感じていると察する程には彼のことをよく知っていた。ジョイラは言った。「自分で生徒全員を確認することはできないもの」

「九人が死んだ。次はもっと多いかもしれない」 彼はジョイラを見た。ここで再会して初めて、真に彼女をしっかりと見つめたようだった。「ここに留まって手を貸してくれないか。君と友人のシッセイがいれば、香辛料諸島の陰謀団員を一人残らず見つけられるだろう」

 ジョイラは顎が緊張するのを感じた。「彼女はシッセイじゃなくてシャナ。それに私には私の計画があるのよ」

 表情をしかめ、ジョダーはリリアナとギデオンを顎で示した。「あのプレインズウォーカー達の力になるためか。彼らが君を利用していないとでも?」

 ジョイラの頭に血が昇った。彼がこのように自分を怒らせるやり方が好きではなかった、こんなにも素早く。そして自分が怒らせたと思っていない、その様子も好きではなかった。彼女は言った。「私は色々と知られているけど、彼らがそんな愚直な理由で加わってきたとは思っていません!」

 二人が互いに目を背けたところで、ラフがやって来た。「ジョイラ船長、僕、力になれるかもしれない呪文を使えます」 ナバン学部長が鋭く睨みつける中、彼は部屋を見渡した。「僕が知っていたらいけない呪文なんですが、必要なものだと思います。相手の脳から、特定の思考を引き出すんです。それを、誰かが質問した時に唱えたなら――」

 ナバンは部屋を大股で横切った。「その呪文は正当な理由から禁止されている。危険であり、その存在すら上級の魔道士だけが知るものだ」

アート:Ryan Alexander Lee

 ジョダーは眉をひそめた。「どこでそれを学んだ?」

 ラフは躊躇し、驚くジョダーから怒るナバンへと視線を映した。「う、僕は上級魔道士くらいに色々知ってまして、勉強もすごく進んでて――」

「ラフ」 ジョイラは鋭く言った。教師二人に睨み付けられ、ラフは悪い癖が出てしまっていた。「ウェザーライト号に乗っていたいの? ここに置いていってもいいのよ」

「すみません、すみません!」 ラフは慌てて言った。「まだ読んじゃいけない本を覗き見したんです。一回だけです」彼はナバンの表情を伺うように見た。「ごめんなさい」

 怒りのまま、ナバンは大実験室を出ていった。ジョダーの遮る声を無視し、ジョイラは言った。「それはともかく、実際にできるの?」

「やってみます」

 ジョイラは彼を見つめた。今の彼は信頼できる、そう言えた。「なら、試してみなさい」

「私は止めはしない」 ジョダーは冷たく言い、立ち去った。

 近くに立って、リリアナは目を丸くして言った。「あら、あの人は気にくわないみたいね」 そしてギデオンへと付け加えた。「黙りはしないわよ。それと肘打ちをやめてくれない? マンモスに体当たりされてるみたいなの」


 ウェザーライト号が停泊する塔の頂上へと続く階段を昇ったのは、夜も遅くだった。手すりにティアナが立っている姿を見て、ギデオンは安堵した。「どうでした?」 ティアナが声をかけた。

「工作員を捕まえたよ」 シャナが応えた。「それに必要な情報も手に入れた」

「それは良かったです。アルヴァードが夕食を作っています」 ティアナが返答した。

 リリアナは唇を歪め、ギデオンに向けて言った。「吸血鬼が夕食を作る、ですって」

 その言葉に彼は短く笑った。長く困難な一日だったが、今や少なくとも計画を立てるために必要なものは手に入れた。

 アルヴァードが食事の準備をする間、彼らは艦橋下の船室にて大きな卓を囲み、ラフの呪文が明らかにした情報を精査した。ギデオンはジョイラの記録をめくって見たが、彼らの質問に対して呪文が引き出した回答は途切れ途切れの断片で、全てを把握するには幾らかの時間を要した。彼は見慣れない名前で指を止め、尋ねた。「黒き剣。これは何です?」

「有名な魔法の武器です」 ジョイラが説明した。彼女はギデオンの向かいに座り、温めたワインの杯を手にしていた。「とある古龍を殺害したものだとか」

 それは励みになる情報だった。ギデオンは尋ねた。「その古龍とは?」

「ピルー、だったと思います」 彼の隣に腰を下ろし、シャナが言った。

「聞いたことのない名前だ」

 シャナは首をわずかに傾げた。「確かです」

 リリアナはその先を読もうと頁をめくった。「つまりその黒き剣でベルゼンロックを殺せるのね」

アート:Chris Rahn

「容易く」 ジョイラが言った。「けどその剣は死魔術で作られた『魂呑み』、殺した相手の生命力を奪うもの」

 リリアナは明らかに策を巡らせていた。「魂呑みこそ求めていたものよ。ベルゼンロックみたいな悪魔を殺すためのもの」 そして彼女は付け加えた。「その古龍の生命力を既に吸収しているなら、ベルゼンロックを殺せる十分な力があってもおかしくないわ」

 彼女がその剣を使用したいと願うこと自体にはギデオンは驚かなかった。彼女が振るう類の武器に思えた。だが関わりたくはなかった。彼は断固として言った。「魂呑みは私達が用いるべきものじゃない、例えどんな状況下でも」 リリアナは視線を彼へと動かしたが、その言葉を無視した。

「でもそれは要塞に収められています」 シャナが指摘した。「使おうと使うまいと、中に入らなくてはいけません」

 ギデオンを睨みつけたまま、リリアナはワインを口にした。「陰謀団員や司祭全員を石にでもできたなら、簡単なのだけど。うるさい人達を石にしてやりたいって今朝考えていたばかり」

 ラフは彼女へと歯を見せて笑った。「つまり、時間を止めるみたいにですか? できればの話ですが」

 ジョイラは微笑んだ、まるで秘密をこれから明かそうというかのように。「確かに私達には無理です。でも私、ちょうどそれができる時間の魔道士を知っています」

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)


プレインズウォーカー略歴:リリアナ・ヴェス

プレインズウォーカー略歴:ギデオン・ジュラ

プレインズウォーカー略歴:黄金のたてがみのアジャニ

次元概略:ドミナリア

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