ドミナリアへの帰還 第8話

更新日 Magic Story on 2018年 5月 2日

By Martha Wells

Martha Wells has written fantasy novels, short stories, media tie-ins, and non-fiction. Her most recent works are The Harbors of the Sun, part of her Books of the Raksura series, and a science fiction novella from Tor.com, The Murderbot Diaries: All Systems Red.

 チャンドラは次元を渡り、レガーサへと向かった。炎の嵐から再び現実へ踏み出すと、ケラル砦の階段へ続く岩の地面に彼女は立っていた。太陽は山の向こうへと沈みつつあり、近くの火山からの煙が空を橙色と赤の縞模様に変えていた。ドミナリアの寒く陰気な沼からやって来て、骨に浸みる日中の熱気が心地よかった。温かな空気は稲妻の後のような鋭いエネルギーを帯び、深呼吸をするとチャンドラは筋肉の緊張が解れるのを感じた。

》 アート:Sam Burley

 彼女は溜息をつき、顔をぬぐった。ギデオン、そうは見えなかったかもしれないけど、私にも考えがあるの。自分は逃げたのではなかった。

 逃げたのではない、それはニッサも同じだった。そんなふうに、私を置いていかなくなっていいじゃない。ニッサの怒れる顔を思い出し、胸が締め付けられた。一緒に来るかと誘ってくれやしなかった。ニコル・ボーラスの手が伸びたなら、ゼンディカーもかなりの危険にさらされるとはわかっている。その復興に力を貸したいというニッサの切実な気持ちも。けど、二度と会う気もないみたいに言わなくたっていいじゃない。チャンドラは考え、だがそれは子供の怒りと嫉妬のようだものだとはわかっていた。けれどそれは問題の一部に過ぎない。私はもっと強くなって、そして何とかしなければいけない。

 修道院の内部からは、夕時の詠唱の声がこだましていた。ちょうど良い時間だった。修道士らは儀式を終えたら夕食の座につく。完璧な機会だった。

 彼女は静かに階段を登り、暗い玄関へ滑り込み、最初の回廊を進んだ。開けた中庭に着くと、ローブをまとった人影が二つ近づき、チャンドラは急いで石のベンチの背後に身を隠した。見習いの二人は勉学内容と遅れに気をとられていた、チャンドラが修道士長として過ごした短い期間に扱わねばならなかったものを。彼女は二人の足音が消えるまで待ち、そして素早く庭を横切った。

 見つかった所で何も起こらないのかもしれないが、チャンドラはただ自分の計画を話したくはなかった。そして慌てる姿を見られたなら、何かが起こったのだと気付かれ、説明しなければならなくなるだろう……アモンケットでの出来事は、説明どころか思い出したくもなかった。

 ニコル・ボーラスへと真に傷を与えるには、更なる炎の力と、優れた集中と正確さが必要だった。それを得るためには、今よりももっと真の自身へと更に近づかなくてはならない。少なくともケラル砦ではそう教えられた。それを試す機会がこれまで無かっただけだった。だが今、彼女は絶好の機会に出くわしていた。ニッサが去ってすぐ後、チャンドラはドミナリアに強大な紅蓮術師の霊気の痕跡があることに気付いていた。

 ヤヤ・バラードの痕跡かもしれない。

 そのプレインズウォーカーにして炎の魔道士はチャンドラが生まれる以前から姿を見せておらず、ヤヤは死んだのだとケラル砦の誰もが思っていた。けれど今ドミナリアにいるのかもしれない。そして自らを研鑽し、更なる力を得る方法を素早く教えてくれる者がいるとしたら、それはヤヤしかいないはずだった。

 庭の先は砦でも人気の少ない区域となり、無人の廊下を駆けて階段を下るのは容易かった。彼女はその底の暗い部屋に入り、開いた手から小さな火球を放った。それは高い天井に浮かび上がり、内部を照らし出した。

 そこは修道院の宝物庫、だがチャンドラの目的はただ一つだった。彼女は部屋を横切り、ヤヤのゴーグルが安置された台座へと向かった。淡い黄金色の金属はごく僅かに色あせ、だが革紐と留め金は見るからに摩耗していた。ヤヤはこれを取り戻したいはず、それに私がケラル砦から来たって証拠になる。この贈り物があれば、ニコル・ボーラスとの戦いがどれほど大切かを説明して、耳を傾けてもらえるかもしれない。そして、元々所持していた人にそれを返しに行くのだから、これは盗みにはあたらない。

 そのゴーグルに手を伸ばした時、背後から声が届いた。「チャンドラ、何をしているのですか?」

 チャンドラはゴーグルを素早く掴み、それを胸に抱え込んで振り返った。ルチ修道院長が入口から彼女を見つめていた。

 チャンドラは小さく悲鳴を上げた。「違うの!」 この行動を修道院の誰かに見られるとしても、ルチは間違いなく最悪だった。権力を持っているわけではないが、ここで誰よりも長い年月を過ごしてきた古老であり、誰もが尊敬する人物だった。そしてチャンドラが時間を割こうとしない物事をいつも学ばせようとしていた。

 ルチが向かってきた、その表情は何よりも、困惑しているようだった。「何が違うというのですか。ここで何を? 何故それを求めるのですか?」

 チャンドラは修道院長へと言った。「ヤヤ・バラードを見つけたの」

 ルチは目を見開き、驚きに凍り付いた。チャンドラの火明かりが投げかける影に、その顔の皺が更に深く刻まれ、灰色の長い髪は暗みを帯びた。

「ドミナリアにいるみたいなの! 私達、あの後アモンケットに行って――酷いことになった。全員ボーラスに殺されかけて、それだけじゃなくて……」 チャンドラはゴーグルを掲げて見せた。「けれどもしヤヤを見つけられたなら、これを渡して、私が知らなきゃいけない秘密と技を教えて欲しいってお願いできるのよ! そうしなきゃいけないの、修道院長、ニコル・ボーラスと戦うためにもっと力がいるの。そうでなきゃ皆また負けて、私も友達もみんな殺されて、そして――」 チャンドラの手の動きとともに頭上の火球も荒々しく踊り、その動揺を写し出した。「誰も、あいつを止めることなんてできなくなる」

 ルチは溜息をついた。「チャンドラ、あなたにヤヤは必要ありません。お友達の力になることに集中すべきでしょう、彼らがそれほどの危険に陥っているのであれば」

「私に何が要るかなんてわからないくせに!」 チャンドラは叫んだ。ボーラスとの絶望的な戦い、リリアナの側にいるギデオン、ニッサの突然の離脱、あらゆる不満と怖れが一度に弾けた。「一緒にいたわけでもないくせに! そんな教えなんて要らないし欲しくもないの!」

 ルチは苛立ったように言った。「チャンドラ――」

 だがチャンドラは既に背を向けており、かすかな炎に包まれた次の瞬間にはその次元から踏み出した。この時は、何をすべきかを正しく知っていた。


 ヤヤのものと願った消えゆく痕跡を辿り、チャンドラはドミナリアへ舞い戻った。涼しい空気が押し寄せてきた。彼女は小路に立っており、銃眼と閉じた窓の重厚な石造りの建物に囲まれていた。そこから明るい広場へ出ると、簡素な革と控えめな色の衣服をまとった人々が早足で行き来していた。太陽は足元の敷石を温め、だがかまどのようなケラル砦の熱の後では肌寒さすら感じた。ここはベナリアとエローナからは幾らか西方に位置する、新アルガイヴの首都アーギヴィーアだった。

 通行人は皆神経質なようで、多くの人々が食べ物の籠や包み、樽、陶器の壺を運びながら街の奥へと向かっているようだった。誰もが大声で、不安そうな声で話しているようだった。チャンドラはヤギの群れの列をよけて、籠を持った女性にぶつかった。その女性はよろめいて籠が傾き、林檎が敷石に転がった。

「ごめん!」 チャンドラは急いで屈み、それらを拾い上げた。

「大丈夫ですよ」 その女性は膝をついて果物を籠に拾い上げ、そして少し息を切らして笑った。「これが今日起こる最悪の事なら、私達両方とも幸運じゃありませんか?」

 幸いにして群集は恐慌状態というわけではなく、水の流れのようにチャンドラとその女性を避けていった。「何があったの?」チャンドラは尋ねた。街は明らかに何かに備えており、だが誰も彼もが慣れた様子で、秩序だっていて熟練していると言ってもよかった。

「聞いていないんですか?」 その女性は最後の林檎を籠に放り入れ、チャンドラは持ち上げるのを手伝いつつ立ち上がった。

「私、旅をしてここに来たばっかりで」 チャンドラはそう言った。説明としては最良ではなかったが、幸運にもその女性にも詮索する余裕はなかった。

「カー峠にコボルドがまた出たんですよ、あいつらが崇めるドラゴンのプローシュも。街を襲おうとしていて、けれど国家執事のベイルド様が兵団と強い紅蓮術師さんを連れて抑えに向かいました。今回で終わりになるといいんですけど」

「強い紅蓮術師?」 それは頼もしい響きだった。「それって誰なのか、わかる?」

「いえ、名前は聞いていなくて」その女性は籠を腰に吊るした。「もし移動したいなら、急いだ方がいいですよ。兵団が戻るまで城門は閉鎖されますから」

 コボルドの脅威を排除するまでその国家執事が戻らないとしても、どれほどの長さになるかはわからない。チャンドラはすぐに発たねばならなかった。「ありがとう!」 彼女は礼を言い、群集の中に飛び込んでいった。


 門はまだ開いており、街に閉じ込められるのを嫌った多くの旅人や交易商人らが出て行っていた。幾らかの意欲的な商人らはそこに露店を立てており、チャンドラは出発の前に旅装と地図を購入することができた。馬や荷車や徒歩の旅人は全員が北を目指していた。峠のある南へ向かうのはチャンドラだけだった。

 歩きながら、彼女は馬に乗った大人数の軍勢が最近通過した跡を見た。戦いの前に国家執事の兵団に追い付けることを願った。もしヤヤが本当にそこにいるならば、助力を志願できる。ただヤヤに迫ってゴーグルを渡すよりも良い勉強にすらなるだろう。素晴らしい計画、そして上手く行きつつあると彼女は思った。


 だが数日して、チャンドラは少々自信を失いかけてきた。午後遅く、街を取り囲む農村地帯を過ぎると道は次第に上り坂となり、森に覆われた丘へ入った。今、彼女は鬱蒼とした森の中を歩いており、道は街の近くよりもずっと険しくなっていた。少なくとも天候は良いために天幕を張る必要はなかったが、食料が尽きたらどうなるかは心配だった。

 アルガイヴ兵団の足跡は今も残っており、彼らの野営地跡も幾つか見かけた。だが彼らは明らかにチャンドラよりも速く進んでいた。既に戦いに遅れたのではないか、その思いが次第に大きくなっていった。だがそれは問題ではないと自らに言い聞かせた。ヤヤさえ見つけたなら、全ては計画通りにいくのだろうから。

 彼女はとぼとぼと歩き、鞄から最後の果物を取り出そうとして、道の脇に何かが横たわっているのを見かけた。当初彼女はアルガイヴ兵団のごみだと考えた。捨てられたか忘れられた寝具が道の端、木の根元に転がっているのだと。だが数歩近づくと、伸ばされた腕に彼女はそれが死体だとわかった。

 チャンドラは驚き、足を止めた。辺りの鳥の声は黙った。道はそこで曲がって丘の方へ続き、先までは見通せなかった。彼女はその死体へ駆け寄った。それは斥候の軽装鎧をまとう男性で、官服には街で見たアルガイヴの紋章があった。首筋と肩の斧傷から死んでいるのは明らかで、だがその腕に触れると皮膚は少し冷たいだけだった。そう長くは経っていないと彼女は考えた。戦いに間に合わなかったわけではないのかもしれない、そうだとしたら何も聞こえないのは――

 森の中で激しい音が響いた。そう遠くはなかった。「行くわよ」 チャンドラは自身へと呟いた。

 チャンドラは道から木々の間の分厚い土の上へ踏み出した。争いの音がする方角へまっすぐに向かいながら、彼女は二つめの死体を見つけた。また別のアルガイヴ斥候、この者は背中にクロスボウを受けて死んでいた。切りつけ、叩きつける音を追って彼女は進み続けた。上り坂の頂上まで来ると、視界の端で何かが動いた。彼女は止まって目を狭め、それを見ようとした。そして再び動きがあった。「ふん。そこね」

 誰か、もしくは何かが丘の上へと回りこむ道へと倒れた木の幹を押し出していた。チャンドラにはそれは待ち伏せに見えた。

 高くそびえる木々の根元の草むらは深くはなく、だがそこで動いているものが何なのかは判別できなかった。木々をかき分けて低い丘の上へ登り、彼女はようやく見通すことができた。その位置から、コボルド達の姿が見えた。

カー砦のコボルド・トークン アート:Paolo Parente

 少なくとも十体ほどが道の両脇に潜んでおり、小さく痩せた姿が様々な金属や革の鎧と兜をまとい、斧や槍や剣で重武装していた。彼らは恐らくアルガイヴ兵団を足止めして攻撃すべく、道を横切るように障壁を築いていた。おそらくは首領であろうと思しきコボルドが岩の上に立ち、剣を振るって熱心に語っていた。「プローシュ様の栄光のために、アルガイヴ人殺すぞ!」

「プローシュ様の愛を!」 他のコボルドは別の倒木を道の上に引きずりながら返答した。「プローシュ様のために!」

 コボルドの首領はプローシュの素晴らしさをわめき続け、チャンドラはあざ笑った。ドラゴンであるプローシュがコボルドを意に介するわけがなかった、彼らがどれほど美味しいかを除いて。だがコボルドは斥候を不意打ちしたに違いない――こいつらは今すぐにでも国家執事の軍がこの道を戻って来るのを知っている。迷惑極まりなかった。コボルドがいなければ、今すぐにでもヤヤに会えたかもしれないのだ。

 そして更に二体のコボルドが南の森の間から駆けてきた。そして首領へと何かを告げたが、あまりに早口でチャンドラには聞き取れなかった。そしてその首領は振り返って岩から飛び降り、息を鳴らして大きく身振りをした。「アルガイヴ人すぐ来る! 構えろ!」

 コボルド達が隠れ場所へ駆けると、チャンドラも静かにその場を離れた。この待ち伏せを壊してやるつもりだった。

 後ろ向きのまま後ずさり、身体を起こして振り返ると、彼女は背後の丘を登ってきた二体のコボルドを見下ろしていた。一体が叫んだ。「プローシュ様のために、殺せ!」 重々しい斧を掲げ、二体は突撃してきた。

 ええい、畜生。静かに進めて、近くにいるであろうヤヤを感心させる絶好の機会だった。だが騒々しく燃えるやり方で行わなければならなくなった。

 チャンドラはまず火球を一体目のコボルドの胸へと放ち、それは悲鳴を上げて丘を転がり落ちていった。隙をつくように二体目が迫り、彼女の火球はその身体ではなく斧に当たった。斧の柄が燃え尽きて灰になるとそのコボルドは後方へよろめき、チャンドラはすぐさま飛びかかって顔面を蹴った。そのコボルドは宙を舞い、友を追って丘を落ちていった。

「森を燃やさないのよ」 彼女は自らに呟き、木々の間を駆け、コボルド達が待ち伏せを仕掛けている地点を目指した。国家執事の軍は今にも到着するかもしれないのだ。

 クロスボウの矢が足元に刺さった。振り返ると、森の中から三体のコボルドが駆けてきた。続けて放たれたクロスボウの矢を空中で燃やし、更にクロスボウそのものも片付け、コボルド達が道を塞ぐすぐ手前へと駆け出した。

 チャンドラは力を引き出し、間に合わせの障壁へと両手を伸ばした。真中にまっすぐ綺麗な一発を、集中して制御して。そして苦々しい思いがよぎった。それはルチ修道院長がいつも言っていたこと、だが一度として聞き入れたことはなかった。

 彼女は丸太へ向けて激しい炎を放った。それは中心に当たり、三本の幹に炎が叩きつけられた。煙と燃える破片を通して、障壁の先に延びる道が一瞥できた。だが誰かが近づいてくる様子はなかった。アルガイヴ兵団が通れるようにするには、開口部をもっと大きくしなければ。彼女は次の炎を放ち、だがその時何体ものコボルドが叫び声を上げて襲いかかった。

 炎を放って最初の一体を追い払い、彼女は全員を燃やしてやりたい衝動をこらえた。森を燃やすのは避けたかった。近くのアルガイヴ軍だけでなく、ここに生きる全てを危険にさらすことになる。だが再びコボルドが突撃してくると、怒りが燃え上がった。クロスボウの矢が一本、彼女をかすめてシャツの裾を裂いた。注意深く狙いをつけた炎は広範囲に及ぶ爆発と化し、目の前にいた五体程のコボルドが焼けた。

 同時に、砕けた障壁を通ってアルガイヴ兵団が突撃してきた。だが幸運にもチャンドラは北側を向いており、彼らを炎が襲うことはなかった。

 コボルド達は立て直してアルガイヴ兵団と戦おうとしたが、即座に総崩れとなった。チャンドラは道の脇に避け、しばしの間自らに言い聞かせた。自分は完璧に力を制御できていて、爆発は正しい方角に向けられていたと。だがやがてそれを止め、ヤヤが見ていないことだけを願った。

 馬上のアルガイヴ兵団を観察したが、ヤヤらしき人物は見えなかった。軍のもっと奥に、もしかしたら国家執事と共にいるのかもしれない。

 やがてコボルドの生き残り数体は逃げ、チャンドラは壊れた障壁へと向かった。そこではアルガイヴ兵団補給部隊の荷馬車が待っていた。数人の兵士が残骸を片付け始めており、他は今もくすぶる燃えがらにシャベルで土をかぶせていた。

 若い女性が一人、駆けてきて言った。「ベイルド様がお礼を言いたいとの事です」

「ん、わかった」 チャンドラは続き、遂にヤヤに対面できるという思いに少しだけ心臓が跳ねた。

 だが馬を降りて待つ国家執事のもとへ案内されても、ヤヤと思しき人物にはどこにも見当たらなかった。チャンドラはどうにか自制し、苛立ちを見せないようにベイルドの礼儀正しい感謝を受け取った。だが話す機会を得るや否や、彼女は尋ねた。「紅蓮術師を探してるの、皆さんと一緒に旅をしているっていう。その人、ヤヤ・バラードって名前じゃない?」

 ベイルドが言った。「ええ、その方に間違いありません。ですが峠に我々を置いて先に行かれました」

「置いていった?」 チャンドラはかろうじてその言葉に反応した。ここまでの道のりが正しかったこと、ヤヤがここにいたという事実には安堵した。だが今いないというのは酷く残念なことだった。お願い、もうドミナリアにいないってのだけはやめて。

 ベイルドは説明した。「あの方は、ご友人を探してアーギヴィーアへいらしたとの事でいた。そして我々がドラゴンとの戦いに赴くと聞き、助力を申し出て下さったのです」

 ほっとして、チャンドラは尋ねた。「つまり、もっと南へ行ったの?」

 ベイルドは道を指差した。「ヤヴィマヤの森へ、かと思います。カー峠の先、沿岸地域です」

 それはチャンドラの地図にも描かれていた。この道は峠を越えて続き、ヤヴィマヤの島向かいの海岸に沿って伸びていた。「ありがとう! もう行かないと。できるだけ早くあの人に追い付きたいの」

 ベイルドは頷き、補給物資の荷馬車を示した。「あの方を追うのであれば、どうか食料と物資を持っていって頂けますかな。せめてものお礼です」

 チャンドラはその荷馬車へ向かい、そして一つの疑問を口にした。「そういえば国家執事さん、ヤヤが探している友達って誰かわかる?」

「私も存じません」 ベイルドはかぶりを振った。「長いこと姿を見せていなかった者だと仰っていましたがね」


 旅をして五日目、チャンドラは森を抜けて街道の終点を過ぎ、岩がちの峠道とまばらな草むらに入った。沿岸部まで持つ十分な量はあるとアルガイヴの補給隊長は言っていたが、食料の残量には気を配り、小川を横切った際には必ず水袋の中身を補充した。徒歩での旅は考える豊富な時間をくれた。ヤヤに会ったなら何て言おうか、そしてそれを何度も練習した。同時にギデオンや皆を心配する時間と、ニッサを惜しむ時間もくれた。だが自分は成すべきことをしていると確信していた。

 地図によれば、今いるのが最後の峠らしかった。道は更に細く険しくなり、チャンドラはもはや歩いているというよりも登っていた。やがて、彼女は頂上に辿り着いて足を止め、大きく息をついた。峠の底、砂浜から海が広がり、青い空と白い雲の下の水面は穏やかだった。目の前僅か一、二マイル先にはまた別の海岸があり、とても深い木々に覆われていた。海岸はまるで強烈な緑色をした堅固な壁のようだった。それがヤヴィマヤに違いなかった。

》 アート:Jonas De Ro

 小さな山もしくは丘らしきものには霧が漂い、だが峠の見晴らしから何らかが生活しているような様子は見えなかった。海岸沿いには道らしきものも、文明の気配も全くはなかった。憤慨し、彼女は声に出して言った。「ちょっと、どうやって見つけたら――」

 不意に内陸の山腹、巨木の一帯が波打って震え、そして激しく揺れ動いた。まるで子供の玩具が風に遊ばれるように。微風に乗って、チャンドラはかすかな金属音と何かの咆哮を聞いた。

「質問に答えてくれたみたいね」 チャンドラは全速力で峠を下りはじめた。そこで何が起こっているとしても、ヤヤを探し始めるには相応しい場所だった。

 峠の底の入り江に、小さな漁村があった。一人の親切な、だが困惑した漁師が彼女を船で渡してくれた。チャンドラは岸に立ち、そしてヤヴィマヤの内部へ踏み入った。


 海岸近くの森は深いとチャンドラは考えていたが、内陸の木々は巨大で、太い根は螺旋状になって地面からせり上がっていた。葉の茂った梢は陽光を緑色の影へと変え、だがそこかしこに色とりどりの花が咲いていた。幸いにも森の地面のシダ植物は低く、たやすく間を通って歩くことができた。音を追っていくと、彼女は自然のものではなさそうな浅い谷の端へ辿り着いた。それはほぼ円形で、底は巨大な、掘られたばかりのクレーターとなっており、かき乱された土塊に囲まれていた。そしてその掘削を行った者らは今もそこにいた。

 チャンドラは当初、それは鎧をまとった筋骨隆々の巨人なのだと思った。そして独り言を呟いた。「ああ、なるほどね」 一人旅が長すぎたのかもしれない。それらは明らかに自動人形だった。

 それぞれ高さ二十フィート、大きくずんぐりとした頭部に、両手はシャベルとなっていた。チャンドラが見つめる中、それらは掘削を止めてクレーターを登り、森の影へと向かってきた。

 チャンドラは慌て、だがそれらは彼女ではなく別の方向を目指していた。クレーターの先の森に、動くものが見えた。

 強烈な風が吹き抜けたかのように、葉と枝が散った。影の中から、動く樹木のような生物が影の中からその谷へと踏み出した。違う、動く樹木のような生物ではなく、動く樹木。チャンドラは驚きとともに目をみはった。

新緑の魔力》 アート:Viktor Titov

 それらが身体を引き上げると、根の束から土の塊が落ちた。あるものは巨大で、幹は脚のように分かれていた。だがあるものはもっと小型で、下部の枝を動かしながら下生えの中を這い、その様子は巨大な蜘蛛のようだった。

 何が起ころうとしているのか、彼女にはわからなかった――戦いか、睨み合いか、あるいは集会か。そして唐突に一本の木が突進し、チャンドラは思わず悲鳴を上げた。それは近くの自動人形に飛びかかり、引き裂いた。

 金属片が舞い、土に降り注ぐ様をチャンドラは驚きとともに見つめた。他の自動人形が攻撃すべく前進し、怒れる木々が進み出てそれらと組み合った。彼女は本能的にその戦いへと駆け、だが丘の下で急停止した。どちらに味方すべきか定かでなかった。

 偶然でもヤヤの友人と戦うというのは避けたかった――それはとんでもなく不幸なことになってしまう。そして一本の木が戦いから離れ、枝を荒々しく突き出して彼女へと向かってきた。本能的に反応し、チャンドラは炎の稲妻を放った。それは完璧に命中し、枝が燃え上がった。だが炎をまといながらもそれはしつこくチャンドラを狙った。樹皮と枝を燃やしながら、必死に彼女を殺そうとするように。もう一発の炎を当てた瞬間、小型の、人間ほどの自動人形が隣にやって来た。低い声でそれは言った。「気をつけるんだ。少しでも動いたら攻撃してくる」

 更に多くの木々が、まるで怒れる巨大な回転草のように現れ、自動人形の群れへと向かっていった。三体がチャンドラの方角へ急転回し、速度を増しながら近づいてきた。「あれは何なの?」 チャンドラは問い質した。

 その自動人形は身構えた。「動く樹木だ。ムルタニが作り出して送り込んできた」

 それなら、人じゃない。チャンドラはそう思った。彼女は力を引き出すと素早く近づく木々の幹を狙って炎を放った。人でないなら、力を抑えることはない。

 そしてその自動人形は彼女を押しやるように前に出た。チャンドラが慌てて周囲を見ると、今まさに一本の木が動き出してその枝を自分達に叩きつけようとしていた。自動人形はその幹を拳で繰り返し突き、大きな破片が散った。

焦熱の介入》 アート:Adam Paquette

 大型の自動人形の群れへと更に多くの木々が突入し、チャンドラはその背後を取るべく駆けた。二本の木が振り返って彼女へ向かい、チャンドラはそれらを炎で排除した。彼女は高所を見つけて立ち、良い角度を定めて木々の列へと炎の奔流を放った。それらは燃えていることにも気付かない様子で、盲目的に互いを押しやって自動人形へ迫り、延焼させた。

 チャンドラは最後の生き残り数体を吹き飛ばし、平坦な地面へと降りた。やがて、砕けた幹とくすぶる木々の山の中、彼女と生き残った自動人形らだけが立っていた。チャンドラは顔を拭い、手袋を叩いて煤を掃った。辺りを見ると、自分を助けてくれた小型の自動人形がいた。それは掘削場所の端から、倒れた木を押しやっていた。彼女はそこへ駆けていった。

 それは背を伸ばして彼女を見下ろした。そこに至って、チャンドラはそれが自動人形ではないとわかった。頭部と顔は他のものよりもずっと人間に似て、表情があった。それは言った。「手伝ってくれてありがとう」

「どういたしまして。私を襲ってきたのを退治してくれてありがと」 この金属の表情に慣れるのは少し時間がかかるかもしれない、そう彼女は思った。感情を表現しているというのはわかるが、それを読むのは難しかった。「ムルタニっていう誰かがこいつらを送り込んできたって言ったわよね?」 そして遅まきながらチャンドラは思った。そのムルタニというのがヤヤが会いに来た友であるなら、自分の計画は既にしくじっていることになる。

 金属の人物は言った。「ムルタニはエレメンタルだ。酷く消耗した状態から回復の途中で、半ば意識はない。これらの木々を動かして私達を攻撃してきたのは、防衛本能だよ」

 チャンドラは安心した。ほとんど意識のない者にヤヤが会いに来るということはないだろう。「私はチャンドラ。ヤヤ・バラードを探していて、アルガイヴの国家執事さんが教えてくれたの。あの人は長いこと会っていない友達を捜しにヤヴィマヤへ向かったって。それが誰なのか、知らない?」

 金属の人物は首を傾げた。その感情を読むのは難しく、だがどこか皮肉な表情なのではないかとチャンドラは思った。「私はカーン。そして長いこと会っていない友達というのは、私だよ」

「ヤヤはここに――」 チャンドラはそう言いかけて、だがその背後で声がした。「さあて、奇抜な対面になったものだね」

 すぐさまチャンドラは振り返った。そこに立っていたのはルチ修道院長で、赤いローブに革と金属の上着をまとっていた。ドミナリアで何を? それが困惑したチャンドラの最初の疑問だった。いや、ちょっと待って、どうやって、ドミナリアに? 修道院長はプレインズウォーカーじゃない。プレインズウォーカーだとは思っていなかった。「ありえない――どうやって――?」

 ルチは片眉を上げ、そしてチャンドラが腰に下げたヤヤのゴーグルを指差した。「それは、私のなんだがね?」

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)


プレインズウォーカー略歴:チャンドラ・ナラー

プレインズウォーカー略歴:カーン

次元概略:ドミナリア

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