週刊連載インタビュー「あなたにとってマジックとは?」最終回:殿堂プレイヤー編 前編

更新日 Feature on 2015年 8月 26日

By 瀬尾 亜沙子

 世界中で2千万人を超えるプレイヤーとファンを持つ世界最高の戦略トレーディングカードゲーム『マジック:ザ・ギャザリング』。この記事では、5月末開催の記念すべき「モダンマスターズ・ウィークエンド」から、8月末開催の「世界選手権2015」まで、「あなたにとってマジックとは?」というインタビューをまとめた記事を毎週連載していきます。

 『マジック・オリジン』、この夏発売の新セットでは、5人のプレインズウォーカーが何故プレインズウォーカーになったのかという理由が明かされます。プレイヤーの象徴でもあるプレインズウォーカーにも、それぞれ違った人生背景が隠されているのです。では、「マジックプレイヤーは何故マジックプレイヤーになったのか?」そこにはどんなストーリーが隠されているのでしょう……この連載記事でその謎を明らかにしてみます。

 さまざまな方に「あなたにとってマジックとは?」という質問を投げかけているこの企画。5月から連載してきたこのインタビュー記事もついに最終回です。ラストを飾るのは、プロツアー殿堂入りした日本人プレイヤーたち。6名ぶんを前編と後編の2回に分けて、2日連続でお届けします。

藤田剛史

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2001年のプロツアー・東京で日本人初のプロツアーサンデーに進出し、2007年に日本人初のプロツアー殿堂入り。現在は国内グランプリの生放送で解説者として活躍。通称「ローリー」。

――あなたにとってマジックとは?

藤田:「人生」とか、薄っぺらいこと言うやつが多そうだからなー(笑)。僕にとっては「一番長い間遊んだゲーム」かな。いろいろ遊んで来たけど、一番長いこと熱中したゲーム。マジックやってなかったら、つまらん人生やったやろなと思うね。

――やってなかったら、今ごろ何をしていたと思いますか?

藤田:ただの普通の人ちゃう? マジックやってなかったらこんなに世界中に友達もおらんし。マジックのおかげでできた友達は何人いるかわからへん。普通のサラリーマンが海外行ったり、オリヴィエ・ルーエル(フランスの殿堂プレイヤー)とかとワイワイゲームしたりする機会なんてないやん。

――確かにそうですね。

藤田:若いうちはグランプリが修学旅行みたいなもんで、修学旅行が年4回あったみたいなもんやったね。学校を卒業したら二度とできなくなる修学旅行が、大人になってもできるのがマジック! みんなで宿に泊まってマジックやって調整して、大会出て、勝ったり負けたりして打ち上げで乾杯してメシ食って、友達の部屋に押しかけて夜遅くまで遊んで……修学旅行みたいやん?

――そんな楽しい経験を年に何回もくれるのがマジックですよね。ところで、マジックを始めたのはいつですか?

藤田:『第4版』から。それまではゲーセンで格ゲーとか、パズルの対戦ゲームやってて、大会出たりもしてたけど、行ってたゲーセンの大会の賞品がマジックやってん。そこの店長とかがマジックやってて、遊び仲間が欲しかったらしくて。大会で僕が優勝したらスターターとブースター渡されて、一緒にやりだしたら、あーこれおもろいなぁと。

――まんまとはめられて、そこからずっと登って行くわけですね。

藤田:どんなゲームをやるにしても、一番になりたいから。いくつものゲームを同時にやって全部1位になるのは無理やと思ってたから、今一番おもしろいゲームで1位になりたくて、格ゲーよりもマジックのほうがおもしろくなって、乗り換えた。行けるとこまで行こうと思って、ずっとやってたね。

――1位になったぞって実感は、どこかであったんですか?

藤田:一瞬あったね。2005年のプロツアー・ロンドンだったかな? 僕2位やったんやけど、そのときにみんながドラフトのデッキを使ってフリープレイしてたんよね。はっきりとは覚えてないけど、浅原(晃)君と誰かがやってた。浅原君がぱっとプレイしたのを見て、「今のおかしいな」と思ったんだけど、誰も何も言わへんから、やっぱりおかしくないんかなと。そしたら、大礒(正嗣)がおんなじ指摘をしたんよね。「こうしたほうがいいんちゃう?」って。そのときに、日本人トップの集まりの中で、そのミスに気づいたんは俺と大礒だけなんやなと思って、自分が一番高みに上った瞬間かなと思った。大礒のことは尊敬してたから。

――なるほど。指標は大会成績とかではないんですね。

藤田:大会で優勝したとかは記録であって、自分の中ではマジックに対する習熟度が一番大事。一番うまい人間になりたい。もちろん、一番結果を残す人間にもなりたいけど、僕わりと「勝ちたいんや」入ってしまうから、決勝とかになるとよく負けるんよね。

――そうなんですか。

藤田:だからいつまでたっても優勝できなくて、2位が多かったもん。トップ8くらいまでは大丈夫なんだけど、優勝を意識しだすと、負けるね。優勝したいと思わんとプレイしてて、「とりあえずこのゲーム勝ちたいな」ってやってるうちは勝てるんよ。でも「優勝したい!」と思い出すと、ミスする。

――邪念が入るんですか?

藤田:そう、目的が「勝つ」じゃなくて「負けない」に変わってくるから。正しいプレイをしたら勝てるんやから、そうし続けてればいいんやけど、「優勝したい」って思ったとたん、「これで本当に正しいのか?」って考え始めるんよね。正しいプレイをした結果負けるのはしょうがないんだけど、「優勝したい」だと「負けたくない」になるから、正しいはずのプレイが間違って見えてくるんよね。「これしかないんやけど、でももしこれやって、相手にこうされたら負けるな」ってなると、「じゃあこっちにしとこうかな」って、余計な変なことを考えてもうて、負けるのが多かった。今までの人生で、あと1回勝てば世界選手権のトップ8に入れる、という試合を全部で5回くらいやってるんやけど、全部負けてる。

――そういう弱点を自分で把握していても、ダメなんですか。

藤田:してても無理やね、こればっかりは。だってそのうち1回は2004年のサンフランシスコのときで、2日目終わって2位で、3日目は6回戦やから3勝2敗1分けでよかった。で、勝ち勝ち負けってきて、そっから3連敗。「3回チャンスがあるから余裕やな」って思ってたら全部負けたもん。一番惜しかったのは、相手のライフが4で、自分の場に《弧炎撒き》がいて、ライブラリーが19枚しかなかったってのがあった。何回数え直しても19枚しかない(笑)。3ターンくらい前まで枚数足りてるつもりで、「これは勝った!」と思ってたら計算間違いしてて、それに気づいてからプレイがガタガタになって逆転負けした。それでも勝ってる場やったから、正しいプレイしてたら勝ってたのに、動揺して負けた。

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2004年の世界選手権にて

――なかなか身につまされるお話、ありがとうございます。今はプレイヤーという感じではないですが、今後も大会の解説者としてマジックとはつかず離れずでしょうか?

藤田:プレイはしてるけどね。今はアーケードのほうとか、ちょっと違うゲームやってるから、マジックやってる時間がないってだけで。プレイヤーとしても出たいんやけどな。誰かほかに解説やるやつおらんかなー。プロツアーが日本であったら絶対出たい。アジアでもいいけど。中国とかならありえるよね。

――そうですね。プロツアーで戦っているところをぜひ見たいので、近いところで開催されることを願っています。

中村修平

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現在はペースを落としているが、世界各国の大会に遠征するスタイルで、「Play The Game, See The World」のコンセプトを体現したプレイヤーとして知られる。2011年に日本人2人目のプロツアー殿堂入り。通称「なかしゅー」。

――あなたにとってマジックとは?

中村:僕の場合、「仕事でした」というのが一番正しいのではないかと。

――過去形ですか。そのあたりはおいおいうかがうとしまして、先にマジックを始めたときの話を教えていただけますか?

中村:中学生のころに、パソコンが欲しくて雑誌を買ったら「全米で大人気のカードゲームがある」と書いてあって興味を持ったところからスタートですね。『レジェンド』のころでした。ただ大阪では売ってなかったので少し間が空いて、高校受験が早く終わった人間のまわりではやりだした感じです。

――受験終了組の人たちで遊んでたんですね。

中村:受験組へのヘイトをまきちらしながら教室でやってました。授業はもう終わっていて、実質自習というか、受験勉強やってたんですけど、その中で2人だけカードゲームやってるという。最終的に7、8人くらいにまで増えましたけどね。受験生も1人2人は混ざってたんじゃないかな(笑)。

――それはまずいですね(笑)。

中村:中学から高校までは家で遊ぶくらいだったんですが、浪人のときに大阪の予備校に通って、近所に「アデプト」というカードショップがあったんで、勉強そっちのけでマジックをやっていたら、去年受かっていた滑り止めをもう一度受験するはめに(笑)。そこから道を踏み外しました。

――当時の「アデプト」は強豪たちが集う虎の穴だったんですよね。カジュアルにやってたころはどんなカードが好きでしたか?

中村:《停滞》とか《孤島の聖域》とかが好きでしたね。

――あんまりカジュアルじゃないですね(笑)。

中村:単にそういう、特定の状況に引きこめば勝てる、というのが好きだったんですよね。友達なくす系です(笑)。

――道を踏み外してから世界中を飛び回る生活になるわけですが、一番熱心に世界を巡っていたときの生活ってどんな感じでしたか?

中村:自分が意識して使える時間の8、9割をマジック関連に費やしていたので、「マジックとは何か」に対する答えとして一番正しい表現はやっぱり「仕事」だと思います。僕の中で趣味と仕事の違いは、趣味はつらいときはやめてもいいけど仕事はやめられないってことなので。

――趣味と違ってちょっと休むこともままならないと。もうやめたいと思ったことがあったんですか?

中村:めちゃくちゃありましたよ。なんで行きたくないのに大会出てんだろう?とか。

――プロポイントを稼ぐために各地を回っているときですか? はるばる出かけていって負けると、もうやめたいと思う?

中村:ちょっとそれは違うかな。行かなければならないこと自体に対しては文句を言うんですけど、実際のゲームで勝っても負けても、これがマジックだと納得はしてるんです。

――じゃあ、ゲーム自体は面白いんですか?

中村:最終的には、それを感じなくもなりましたね、勝っても負けても。世間の人と感覚がずれていて自分でもやばいなと思う一例として、こないだグランプリで優勝したので「おめでとう」ってけっこう言われるんですけど、別にどうでもいいんだけどなぁ……と。

――そういうものなんですか。

中村:優勝したからと言って何も起きませんからね。年間でプロポイントが何点必要というライフスタイルだと、大勝ちしても意味がないんですよ。たとえばグランプリで、初日全勝から2日目も全勝して15勝0敗するよりも、2回のグランプリで12勝2敗1分けで2回プロポイントを取ったほうがお得なんです。ゴールに向けてプロポイントを積み重ねられるかどうかが自分の中で大事なので。

――その考え方がほかの人と違う、というのは前に津村(健志)さんから聞いたことがありますね。中村さん、津村さん、八十岡(翔太)さん、齋藤(友晴)さんの4人で世界を旅していたときに、ほかの3人は「世界一になりたい」というのが目標だったけど、中村さんは「上位にずっととどまりたい」と言っていたので、衝突することがあったと。

中村:自分はほかの3人と違って、あまり夢を見てなかったんでしょうね。あの当時の津村や友晴、あとヤソ(八十岡)もなんやかんやけっこうロマンチストですからね。現実的にマジックで生きていくために何が必要かと言うと……スポンサードとかは考えずにですけど、華々しい勝利じゃなくてウィザーズが用意してくれる最高待遇を維持しないとダメなので。

――仕事として現実的に考えると、そうなるんですね。

中村:あの4人で回ってたときは、誰かが日本に帰りたいって言うと、それに合わせて日本に戻って、また2日後には次の国に出発、というのをずっと繰り返してた感じですね。その後、ほかの人の旅券もたくさん一手に扱うようになってきてからは、自分である程度を仕切ることができるようになって、ヨーロッパに行くなら2週連続でグランプリがあるから、全部で3週間滞在しようとか決めてました。やってることはツアコンでしたね。海外旅行ではなくて、大会のために行って帰ってを繰り返しつつ、その中でここだけは譲れないというところだけ観光に行ってました。

――そういうときは、中村さんが宿もとってたんですよね。

中村:そうですね、途中でこれはやばいからほかの人にもどんどんやってもらおうという方向に転換して、最後らへんは自分1人だけとるようになりましたね。1人になってからは好き勝手できるようになったので、旅人っぽくなりました。行きの飛行機と、2か月後の帰りの飛行機だけとって、1人で友達を訪ねてグランプリに出続ける、みたいなこともやってましたね。

――その2か月間は気の向くままに旅する感じですか?

中村:何かあってハマるとちょっと怖いので、2週間くらい先までの行動計画は立てて、行き先に住んでる人に泊めてくれないかお伺いを立てたりはします。今はテクノロジーの進歩で、携帯で宿とか航空券がとれちゃうので、いろいろ楽になりました。昔は航空券を印刷して、なくしたら再発行できなくて大変なことになったりしてたんで。

――今はマジックにかける比重を減らしているんですか?

中村:ちょっと悪い言い方をすると、マジックの中毒性が高すぎたので、現在社会復帰に向けて摂取量を減らしている、みたいな感じですね。やめようとしてもなかなかやめられないのはわかっていて、自分で量を調整している感じです。かつて人生の8、9割使っていたのを、このシーズンは4割くらいに減らしたんですよ。それでも普通の人から見たらマジックにどっふりなのは変わりないですけど、僕としてはこれでも十分減らしていて、自分のスキルを維持するしかできていない状態です。これ以上削ると確実に弱くなるのが自分でもわかります。

――でもグランプリで優勝するくらいには維持できているのはすごいですね。今後もこれくらいのペースで続けるつもりですか?

中村:中毒から脱するリハビリの次の段階として、プロツアーに1年間出ないという計画も考えてたんですけど……次のプロツアー『戦乱のゼンディカー』はヤソの殿堂セレモニーも見たいし、出ると思います。

――マジックとは「仕事でした」という最初の答えでしたが、今後は何になるのでしょうか?

中村:うーん、未定ですね。どれくらいマジックに付き合っていくかはまだ全然考えてなくて、まさに現在検討中です。リハビリののち、マジックをまったく摂取しなくても大丈夫になったら完全にやめて違うことを始める可能性もありますし、途中で自分の能力が落ちているのにイライラして、元に戻る可能性もあります。とりあえずはマジック断ちをしてみてから考えようかなと。

――そのときの状況や気持ちに応じて変えていくということですね。

中村:そうですね。なんやかんやで20年近くマジックしかやってない状況だったので、完全に離れることはできないだろうとも思ってるので(笑)

――マジックを全然やらないと、禁断症状が出たりするんですか?

中村:出ますよ。気がつけば海外旅行の計画を立てていて、なぜか行き先がグランプリがある場所になっているとか(笑)。前も1回、いろいろ言い訳をつけてニュージーランドに行ってしまったりしましたし。マイレージが安いとか、帰りにタイでマッサージを受けたいんだ、とか言いながら。

――大会が旅行の口実なんですね。マジックと関係のない旅行はしないんですか?

中村:プロツアーの航空券がもらえるとそれにかこつけて旅行計画を立てちゃうので、どっちがメインかよくわからないんですよね。1週間はマジックやって残りの1か月半はラスベガスでポーカーやってたりとか……。ただ、去年まではそういうことができたのでマジックとそれ以外の境目があいまいだったんですけど、次のシーズンはシルバーレベルなので、また変わってくると思います。

――そうですか。

中村:でも気がついたらグランプリにいるかも。誘われたりすると行っちゃうし。一番危ないのはチーム戦です。ついこの間もベンスタ(ドラフトの名手として知られるベン・スターク)に「お前が必要なんだ!」とか言われて。アメリカでチーム戦のグランプリがあるんですけど、日本に帰るから組めないって言ったら口げんかになって。で、ベンスタに「シューヘイに断られたから、仕方なく組んだこんなクソチームになっちまったぜ」って言われたんですけど、そのチームメンバーがルイスコ(ChannelFireball総帥のルイス・スコット=ヴァーガス)とイーフロウ(今年殿堂入りしたエリック・フローリッヒ)。いやいや、ええやん、とてつもなく強いやんって(笑)

――なかなかいいエピソードですね。どうやら今後も大会のカバレージで見かけることがたびたびありそうですね。ありがとうございました。

大礒正嗣

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2003年にルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得し、3年ほどの期間に数々の輝かしい戦績を打ち立てる。2012年にプロツアー殿堂入り。現在は第一線を退いている。

――あなたにとってマジックとは?

大礒:あえて「人生」にしときます。ほかの人たちあんまり言いそうじゃないし。

――では、どんなふうに人生に関わってきたか、まずはマジックを始めたころの話を聞かせていただけますか?

大礒:中2くらいのころ「ジャンプ」でマジックが紹介されてて、弟が買ってきたのが最初だったと思います。弟は2歳下なんで、当時小6かな。なんか『第5版』のスターターを買ってきたんだけど、一緒に入ってるルールの小冊子がわからんと。見せられて、「なるほど、わからん」と(笑)。

――英語だったんですか?

大礒:一応日本語だったんですけど、字が小さいうえに『第5版』のときのルールブックって載ってるカードが『第4版』で、「このカード何?」みたいな。当時はネットで検索もできないし、最初は当然違うルールでやってたという。中学校で、すでにやってる人とプレイして初めて、「ああこういうルールなんだ」と。たとえば、土地を毎ターン1枚ずつしか置けないという記述をルールブックで発見できなかったので、初手からまずバーッと全部置いたり(笑)。あとクリーチャーの受けたダメージがターンエンドになくなるって概念もなかったんで、大きいクリーチャーも何ターンかすると死んだり。

――そのルールだと、最初に土地いっぱい引いたほうが強いですね。当時のお気に入りカードは何でしたか?

大礒:最初は黒が好きでしたね。ミラージュ・ブロックあたりのイラストが好きで、黒のカードがカッコよかったので。僕《モリンフェン》が好きなんです。絵がいいし、中二病だったんで、ライフ払う能力もカッコいいなと。ゲーム的にも、「強いけどリスクがある」みたいなのが気に入ってて、今でもそういうカードが好きです。《包囲サイ》みたいな、“ただ強”カード見ると気絶しちゃう(笑)

――昔から、あまり人が使わないようなカードが好きだったんですか?

大礒:そうですね。地元の大会にも、基本的にオリジナルデッキしか持って行かない感じでしたね。大会に出だしたのが、『ウルザズ・サーガ』のあたりだったので、コンボ全盛期だったんですよ。WEBの情報なんてほとんど入ってこないから、《玉虫色のドレイク》に《誘拐》をつけてサクって無限に回すというコンボを自分で思いついて、「うおーいけるやんこれ!!!」ってなったんですけど、デッキが完成したころには「そのデッキ、もう禁止になったよ」って話を聞いてへこみました。

――そういうデッキは1人で考えていたんですか?

大礒:遊び仲間はいましたけど、みんな好き勝手やってたので、デッキを一緒に考えるってのはなかったと思います。行きつけの店にいた大学生の人がけっこうカード貸してくれて、おかげでいろんなデッキを組んで変なコンボをいろいろ試したり、大会に出たりできたので助かってました。

――どんないろんなデッキを試してたんですか?

大礒:当時いろいろコンボしやすかった《繁殖力》とかはめっちゃ好きでした。「トリニティ」とか「ポンザ」とかもけっこうやってましたけど、どれもいわゆるハメゲーなんで、あんままともに戦う気がないんですね(笑)。

――まともに戦わないデッキが好きなんですか?

大礒:コンボデッキは、クリーチャー除去をいっぱい積んでる人に当たれば「ふーん」ってなって、まともにぶつからないぶんいろいろ得するんで。あと、中高のときは家にネット環境があったんですが、「Cheap Magic」や「マジックの定食屋さん」(前者は真木孝一郎氏、後者は中村聡氏による黎明期のマジック情報サイト)を見て、ハットマンこと中村聡さんが変なオリジナルデッキを作って勝ってるのを見て、すごいなーと思ったのもありますね。

――人と同じデッキを使わないのがカッコいいと。

大礒:単純に人と同じデッキを使うのがイヤなので、はやったら全然使わないです。

――一時期はプロプレイヤーとして相当マジックに打ち込んでたと思うのですが、しんどいと思うタイミングはなかったですか?

大礒:マジックがしんどいとは思わなかったですけど、単純に遠征とかの交通費がかかるのがしんどかったですね。そりゃ、食パンも食べますよ。

――食パンですか?

大礒:コガモ(津村健志)が練習用のたまり場に泊まりに来てたときに、腹減ったって言うから「じゃ俺のパンあげるよ」って大事な1枚を渡したら、俺のマヨネーズを……食パンにマヨネーズを塗って焼いて食べるのが好きなんですけど、マヨネーズをびゃーってめっちゃかけだして、「ふざけんなー! 俺のマヨネーズを! 死ねぇー!!」ってブチ切れて(笑)。「俺はいつもちょろっとだけ出して精一杯伸ばして焼いてるのに!!」って(笑)

――そんなこともあったんですか。でもマヨネーズを塗って焼くのはおいしそうですね。

大礒:おいしいですよ。お金があろうがなかろうが、それはやります。

――そんな苦労もして大会に出ていたわけですね。今はほぼマジックを引退されていますが……。

大礒:いや、引退はしてないです。隠居かな?

――引退ではなくて、トーナメントプレイヤーとしてのペースを落とした感じですか。現在のスタンスは?

大礒:プロツアーは都合が合えば行きますけど、去年から殿堂へのサポート制度ができたからというのがでかいですね。あれには感謝してます。

――以前、練習の時間がとれないからあまりプロツアーに行きたくないという話を聞いたことがありますが……。

大礒:そのマイナス面を埋めてくれたのが殿堂報奨、というところはあります(笑)。もちろん、できればちゃんと練習して行きたいんですけど。この前のプロツアーでもまじで練習できてなくて、信じられないようなミスで何ゲームか負けてるんです。もうちょっと準備時間があって、サイドボードがもう少し強ければ、もう1勝くらいできていろいろ変わってたんですけど、それはまあ仕方ないので。

――今やれるペースでやるしかないということですね。

大礒:プロツアーに優勝したい、せめてまたトップ8に入りたいという目標があるので、最近はできるだけ省エネで勝てるように考えてるんですよね。

――省エネですか。

大礒:昔はひたすら試行錯誤で時間かけてやってたんですけど、時間効率がいい人は、先に理論とかを頭で考えて、最初から完成度をある程度高くして練習してるはずなんで、そっちにシフトしたいなと。デッキを作る前に強いカードを探してメタゲームを先に考えるというのは、昔よりしっかりやるようにしてます。昔はとりあえず好きなカードを使ってたけど、それだと時間効率が悪いんで。

――なるほど。

大礒:だからマジックのことは片隅でいつも考えてるような感じですね。プレイするだけが「マジックやる」ってことじゃないと思います。

――マジックは大礒さんの土壌として常にあるということですね。ありがとうございました。

(後編へ続く)

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