ゲームに必要な10のことその1 & その2

更新日 Making Magic on 2011年 12月 19日

By Mark Rosewater

Working in R&D since '95, Mark became Magic head designer in '03. His hobbies: spending time with family, writing about Magic in all mediums, and creating short bios.

 これは私の娘、レイチェルだ。


 私の上の娘で、現在11歳である(他の2人の子供は双子でアダムとサラといい、ともに7歳だ)。今年、彼女は中学校に進学した。書こうと思えば書ける話はいくらでもあるが、ここで取り上げるのは去年、レイチェルが小学生だったときのことである。

 レイチェルの先生はダレル・ニコルスという男で、レイチェルはニコルス先生と呼んでいた。ニコルス先生は、あらゆる親が望むような先生だった。子供たちを愛し、教えることを愛し、彼の情熱は彼の仕事に惜しみなく注がれていた。たとえば、授業で単純な装置について学ぶ時には、レイチェルの宿題はルーブ・ゴールドバーグ・マシンだった。


 レイチェルにとって第5学年はすばらしい年だった。彼女は学びを楽しみ、ニコルス先生は教えることを楽しんでいた。これがどうゲーム・デザインに関連するのかって? その話までには、もう少し誌面が必要になる。年の初めに、私は「カリキュラム・ナイト」として知られる会合に出向いた。そこでは、生徒の保護者が教師と話し、その年の計画についての説明を受けるのだ。その会合で、ニコルス先生は保護者に教室に来て話して欲しいと言ったのだ。そうすれば、保護者の意見を知ることができるし、教室での内容にも反映できると。

 カリキュラム・ナイトの最期に、私はニコルス先生の下に行って自己紹介をした。私は教室で話すことができるなら是非やりたいと伝えた(公に話すということに関して、私は引っ込み思案ではない)。彼は私に、何の仕事をしているのかと聞いてきたので、私はゲーム・デザイナーだと応えた。「すばらしい!」 彼はちょうど私の助けを必要とする計画に取り組んでいたのだった。

 5年生は、アメリカ独立戦争について学ぶ。このとき、それに関連したゲームを作るのが生徒達の大きな課題となっているのだ。そこで教室に行って、ゲームをデザインすることについて話すことができるだろうか?

 彼は私に、短く説明するようにと頼んできた。5年生は、30分程度の、単一テーマの話になら集中できるものだという。そして、私の解説をA4用紙1枚のハンドアウトにまとめてもらえないかというのだ。可能だろうか?

 もちろん、私はすぐに首肯した。彼の出してきた条件全てを満たすのは簡単ではないが、実際に最も重要なのは、非常に複雑なことを可能な限り単純な方法で表す、ということだと私は気づいていた。ゲーム・デザインの本質を、5年生に説明できるように濃縮しなければならない。その工程の中で、私はいくつかの新しい知見を得ていた。

 学ぶための最善の方法は教えることである、という諺がある。何かについて、初心者に説明できるだけの知識を得るためにはその内容を充分に深くつかんでいなければならない。制限を愛する男である私にとって、この条件はむしろ喜びだった。これから諸君にお見せするのは、子供達に渡したハンドアウトである。これはマジックのデザインに関するコラムなので、なぜこの説明がマジックに適用されると思ったのかについて説明することにしよう。

 この授業について二月ほど考えた後、私は、この内容を完全に実践的なものにすることに決めた。子供たちはそれぞれ自分のゲームを作るのだから、ゲームに必要なものを説明しようと。考えに考え抜いた末、私は9つの要素を見つけ出した。その後、もう1つ気づいたので、10個になったのだ。

ゲームに必要な10のこと by マーク・ローズウォーター

#1) 目標(1つでも複数でも)

 ゲームには目標が必要である。プレイヤーが挑むのは何なのか、そしてどうやったら勝てるのか。

 誰かに新しいゲームについて膝を詰めて説明するとき、最初に説明することは、何をするのか、だ。このゲームの目標は何なのか、そしてどうやったら勝てるのか。ゲーム・デザインの初心者がよく犯す間違いに、ゲームの魅力的なところにばかり注目して、その魅力的なことをなぜプレイヤーが行なうのかというところを見落とすというものがある。

 私には執筆という基礎があるので、物語を語ることにたとえて話すことにしよう。メインとなる登場人物がいて、その存在が何かをしたいと思っている。そのしたいことというのは物語を動かすことだ。目的というのは、ゲームを動かすことだ。1ページにまとめなければならなかったので、この点について深く掘り下げはしなかったが、ここで知っておくべき事は他にも存在する。プレイヤーが、ゲームの目標であることをしようと思わなければならないということだ。

 目標は魅力的でなければならない。言い換えると、目標を目指す行動が楽しげでなければならない(諸君はこれらを満たす方法を見ていくことになる。#8までは納得できないかも知れないが、これはあらゆる面で重要なのだ)。プレイヤーは、そのゲームでやるべきことを楽しそうだと思えるからこそそのゲームをプレイしたいと思うのだ。「針を自分の顔に刺そう」ゲームなんてものがあったとしても、誰もやりたいとは思わないだろう。


 また、この目標はわかりやすく明確でなければならない。もう一つ、デザイン初心者が陥りやすい落とし穴に、目標が不透明なものを作ってしまうというものがある。その場合、プレイヤーはそのために何をすればいいのか分からず右往左往することになってしまうのだ。これはいけない。プレイヤーに充分な自由度を与えるべきではあるが、目標は確実で正確なものでなければならないのだ。プレイヤーが「これで勝ちだっけ?」と聞かなければならないようなゲームは、この視点に欠けていると言えよう。

 マジックはこの条件を完璧に満たしている。目標? 対戦相手を魔法の決闘で倒す――あるいは、ゲーム的に言うなら、相手のライフ総量を20から0に減らすこと、だ。これは楽しそうに聞こえるし、何をすべきかは明白だ。実際、マジックの長所の一つには、目標が明確であるということが挙げられると思っている。

 だがちょっと待って欲しい。ライブラリー切れや毒、あるいはライブラリーの枚数が多いことその他の勝利条件で勝つこともあるじゃないか。――それでいいのだ。まず、基本的な目標は変わらない(他のプレイヤーを魔法の決闘で倒す)。そして、それらの他の勝利条件のこのゲームにしめる割合は非常に、非常に小さい。マジックのように大きく柔軟なゲームには他の勝利条件が存在しうるのだが、それこそが目標が明確であることの証なのである。

#2) ルール

 プレイヤーができること、できないことの一覧が必要である。制限はゲームの重要な要素であり、目標の達成があまりにも簡単であるべきではない。

 ほとんどの物において、デザインとは、それをできる限り簡単にすることである。照明器具をデザインするとしたら、その目標は簡単に点灯したり消灯したりできるようにするということになる。ゲーム(やパズル)のデザインは、物事を達成しにくくすることが必要だという点で独特だと言えるだろう。ゲームの目標を定めたなら、次にすべきことはその目標を達成することに対する障害を置くことになる。


 本質的に、ゲームをプレイすることとは、障害を乗り越えることである。プレイヤーは目標を達成しようとし、ゲームは(そのシステム自体か、あるいは他のプレイヤーを通してかはともかく)それを妨害しようとする。目標を達成することが楽しいのは、そこに困難な障害があるからである。生物学的に言って、何かをするためには動機が必要である。そこで、そのために化学的、あるいは精神的に(どちらも同じだという意見もあるだろう)利益があるようになっている。ゲーム・デザイナーとして、このハードルを作らなければならない。あまりにも簡単にすれば勝利に至る興奮が存在しなくなるが、一方、あまりにも難しくすると誰にも達成できなくなってしまう。

 私のコラムをよく読んでくれている諸君は、私がよく「制限は創造の母」と唱えていることを知っていることだろう。ゲーム・デザインにおいてこれが最も当てはまるのはルールの作成の時である。ゲーム・デザイナーとしてしなければならないことは、諸君の作った制限を乗り越えるためにプレイヤーが創造的にならなければならないようにするということである。設定した目標について、そしてプレイヤーがその目標をどう達成するかということについて充分に考えを巡らし、その上でそこに障害物を設置するのだ。

 楽しめる時間を作るということがこのコラムの本題の一つだとすれば、もう一つは明快であることの重要性ということになる。ルールの機能のうち2つめに重要なのは、プレイヤーが何をできるか、何をできないかということを完全に明確にするということである。曖昧さは人生のいろいろな場所ですばらしい働きを見せるが、ゲームのプレイにおいてはそうではない。ゲームがどう動いているのかを見極めようとするたびに、プレイヤーはゲームから引き離されているのだ(これには例外はあるが、ここでは基本的なことを述べておく)。

 マジックのルールは呪いでもあり祝福でもある。呪いというのは、ルールのせいでこのゲームは入門しにくい物になっているということである。マジックのプレイの仕方を学ぶときに存在する障壁について、何度も何度も語ってきた。一方で、マジックの内側に飛び込んだ諸君にとっては、ルールはすばらしい物に早変わりだ。全ての問題には答えがあり、そこには道理が存在する。

 我々の目標から見ると、マジックのルールは職人芸だ。マジックを作った男リチャード・ガーフィールドは、構造化されてバランスの取れたゲーム・システムを作り上げた。全ての戦略には対抗手段があり、マジックの無限の構造のおかげでプレイヤーはその能力をふるって解決手段を探すとともに対戦相手にとっての新しい困難を作り出すことができるのだ。マジックがプレイヤーを惹きつけている理由の一つに、この奥深い戦略と、複雑な組み合わせと均衡をもたらすルールの構造が存在すると私は信じている。

#3) 相互作用

 ゲームの本質に、他のプレイヤーに影響を及ぼすことを求めるものが必要である。ゲームの中でプレイヤー同士が関わり合うために何ができるだろう?

 プレイヤーは何かを求めるものでなければならない。ゲームにおいては、それを得るためには困難が伴わなければならない。その次に求められることは、みんなが同じゲームをプレイするようにする、ということだ。もっとも単純な方法は、全てのプレイヤーに同じ目標を与え、それぞれが他のプレイヤーにとっての障害になるようにすることである。どうやってそうするにせよ、ゲームにおいてプレイヤーの行動が相互に影響を及ぼすようにすることが大切なのだ。

 これが重要な理由は何かと問われれば、いくつかの理由がある。まず、ゲームをプレイするということの重要な要素に、プレイヤー間のやりとりがある。コンピューターやモバイルの存在によって、ゲームを1人でプレイすることが簡単になった。そんな中で古典的な非電源系ゲームに人気がある理由は、大きな利点、つまり人間同士のやりとりが存在するからである。人間は本質的に社会的な生物である。ゲームをプレイすることは、人々の相互作用をもたらす。相互作用は重要な目標の一つであり、ゲームをデザインする上でそれを強調することは重要なのだ。


 次に、他のプレイヤーを障害として使うことで、リソースを大いに節約できる。たとえばマジックがそうだ。マジックにおいては、もう一人のプレイヤーと知恵比べをさせるという形でプレイヤーを障害として見事に使っている。対戦環境を選ぶことで、どういうゲーム体験がより良いものかという見方を共有しているプレイヤー同士が対戦しやすいようにもなっているのだ。

 開発部が常に意識していることの一つに、マジックにおける相互作用を維持するということがある。これは、コンボ――つまり、ほとんどそのまま勝利につながるような強力な効果を生み出すカードの組み合わせ――に常に注意を払っている理由の一つである。コンボが強力で早すぎたなら、他のプレイヤーが何をしているかに気を払う必要はなくなってしまう。

 マジックにおいて、相互作用を生み出すための強力な道具は2つ、クリーチャーとインスタントである。クリーチャーは対戦相手に行動を求めるという点で相互作用を求めるものである。攻撃されればブロックできるのだ。インスタントは、通常は対戦相手が行動するタイミングでも行動できるようになるという点で相互作用を生み出すものだ。

 マジックの相互作用という意味でもう一つ大きいのは、問題への対策カードである。リチャードは、トレーディング・カードゲームを成立させるために必要なのはあらゆる脅威それぞれに対応する手段が存在することだと理解していた。それによってメタゲームが変遷するたびにデッキが変わっていくというのだ。マジックは変化のゲームであり、そのための重要な部分として、その時点で猛威をふるっている戦略への対策カードをプレイヤーが入れることができるということがあるのだ。

#4) 逆転要素

 出遅れたプレイヤーが追いつける手段が必要である。勝ち目がなくなったゲームはただいらいらするだけのものになってしまう。

 この制限についてのもう一つの考え方に、投資というものがある。ゲームを最大限に活かすには、プレイヤーたちの意思が必要になる。そうしなければ、プレイグループの興味はゲームから離れてしまうだろう。ゲームに集中させるためには? 全てのプレイヤーをゲームに惹きつければいいのだ。

 プレイヤーがゲームから離れる理由の最大のものは、興味を失うことである。その理由として最初に挙げられるのは、勝ち目がないと思うことだ。ゲームの目標を達成することがゲームの目標である。もはやそれができないとなれば(あるいは、できないと思えば)、ゲームの魅力は失われてしまうことだろう。


 そのための古典的な方法は、出遅れているプレイヤーが追いつけるようにする何かをゲーム内に設定するというものがある。たとえば盤面を一変させるようなランダムなイベントが存在する。優勢なプレイヤーには何らかの障害が与えられるかもしれない。あるいはゲームが進行するにつれて得られる点数が大きくなるというものもある。どういう方法であれ、わずかでもプレイヤーに逆転の可能性があるようにすることが重要なのである。

 マジックにおける最大の逆転要素は何か? その答えは、マジックの元々のゲーム・デザインにおける非常に賢い部分、マナ・システムに隠れている。ゆっくりとマナを積み重ねていくので、ゲームの後半になるとより強力なカードを使えるようになる。すばらしいのは、引いたカードは時によって最善の物にもなり、そうでないものにもなるということだ。たとえば、1マナのカードは第1ターンに引けばすばらしいが、10ターン目に引いたらジャマになる。5マナのカードならその逆だ。

 カードはいつ引くかによって価値が変わるので、常に良い引き、悪い引きというものが存在する。それによって、それまで出遅れていたプレイヤーにも劇的な復活のチャンスが与えられるのだ。加えて、次に引くカードは誰にも分からないので、ゲーム中のプレイヤーはいつでも逆転できるようなカードを引くことに期待をかけられるのだ。

#5) 勢い

 ゲームには、終局に向かう性質が必要である。ゲームが終わるような要素を入れなければならない。

 私は、初めてゲームをデザインするゲーム・デザイナーがもっとも犯しやすい問題は、ゲームの長さだと思っている。巧く作られたゲームは、プレイヤーが飽きる前に終わるようになっている。そのためにはどうすればいいか? ゲームに、終わりに向かう性質を持たせればいいのだ。


 そのために、ゲームは放っておくとそれだけで終局に向かうようにすべきである。プレイヤーがゲームを終わらせるべく戦う必要があるようなら、プレイヤーがゲームを終わらせたいと思ったときのうちざっと半分はそこで終わらないということになる。逆に言うと、半分のゲームではプレイヤーにつまらない思いをさせるということだ。

 私の執筆上の師匠の一人は、「ストーリーの長さを最適にするというのは、物語を可能な限り短くして、その上で10%削ることだ」というのが口癖だった。

 ゲームは、終わらせられる限り早く終わらせる必要がある。もう少し遊びたいと思うタイミングで終わらせる方が、もう少し早く終わらせたいと思っても続けるよりもずっといい。もう少し遊びたいと思うようなタイミングで終われば、すぐにもう一度遊ぶことができる。だが、もう少し早く終わらせたいと思っても続くようなゲームは二度とプレイしないだろう。また遊んでもらえるようなゲームを作るには、そのゲームにおいてプレイヤーを終局に向かわせなければならない。

 マジックを例に挙げてみよう。マジックにおいて終局をもたらす要素は何かといえば、呪文の強さが上がり続けると言うことである。マナ・システムによって、ゲームが長引けば長引くほどに強力な呪文を使うことができるようになる。決着をつけられるような強力な呪文を使えるようになれば、そのゲームは終わりだ。このように、マジックにはプレイヤーを終局に向かわせるようなシステムが準備されているのだ。

これで半分だ

 最初はこの記事は1回のコラムで終わらせるつもりだったが、誤解がないように書いてみると2回分の内容になった。近いうちに、後半の5つの内容についても諸君にお伝えしよう。

 それではまた次回、現代のデザインについての話でお会いしよう。

 その日まで、教えることによる学びがあなたとともにありますように。


ゲームに必要な10のこと その2

前回のつづき――


 これは私の娘レイチェルの第5学年の先生、ニコルス先生だ(すばらしい先生だ)。

 今回のこの記事には、ニコルス先生が深く関わっている。なぜなら、彼は私を授業に招き、ゲーム・デザインについての講義をさせてくれたからである。その授業は、南北戦争をテーマにしたゲーム作りだった。私の説明は30分ほどのもので、A4の用紙1枚分でその内容をまとめたテキストを準備しなければならなかった。制限は創造の母である(と私は聞いている)ので、これこそが「ゲーム」、特にマジックを説明するためのすばらしい制約だと思った。私はこの講義を「ゲームに必要な10のこと」と題し、前回のコラムでその前半部分を紹介することができた。つまり、目標、ルール、相互作用、逆転要素、勢い、である。今回はその後半部を紹介していこう。

 本題に入る前に、一言添えておきたいことがある。私がこの2回のコラムで語っていることは、ゲーム・デザイン入門である。ここで言っていることに例外がないわけがない。しかし、芸術の入門クラスでキュビスムを取り上げることはありえないものである。まずルールの存在理由を理解した上ででなければ、そのルールを破ることに意味はない。ここで挙げた10個の条件を満たさないすばらしいゲームは存在するが、最初のゲームを作るのであればここで説明している条件を満たすようにすることを強く推薦しておこう。

 さておき、私のテキストに話を戻そう。前回と同じように、そこに書かれている内容をより深く掘り下げ、それについてマジックがどうなのかについて語っていくことにしよう。

#6) 驚き

 ゲームには、プレイヤーが予想できない要素が必要である。プレイヤーは驚くことを楽しみにしているのだから、想像出来ない要素をゲームの中に入れなければならない。

 私のコラムのテーマの1つに、良いゲーム・デザインのためには何が人間を惹きつけるのかを理解しなければならない、というものがある。人間は、それによって心地よいことが得られるような驚きを好むものである(近いうちに、私が受けたコミュニケーション教育が、私のデザイン上の視点をどう定義づけたかについて語りたいと思う。快楽と驚きは、聴衆を惹きつける上での両輪である。「じゃあ3つめの輪は?」 皮肉なことに、3つめに挙げられるのは完成である。すばらしい記事になることだろう)。


 私が人々が驚きを愛すると信じているのは、人間は何が起こるか分からないと言うことを楽しんでいるからである。知らないことを知るというスリル。ゲームをするということは、心地よい驚きを得る準備が出来たと言うことなのだ。これが、驚きが求められる心理学的な理由である。プレイヤーはそれを楽しむのだ――そして、他にも理由が存在する。

 ゲームに驚きを加えるべき2つめの理由は、プレイの深みと私たちが呼んでいるものである。プレイヤーがゲームを楽しみ続けられるようにするために、ゲームの全貌を把握できないようにしたいと思うものである。プレイヤーが一目で局面を把握して最善手を選べるようであれば、そのゲームはすぐに飽きられてしまう。非公開の情報(ゲームに驚きをもたらすものだ)の存在によって、選択は無限の複雑さを得、そして全貌の把握ははるかに難しくなるわけである。

 また、非公開情報の存在によって、あるプレイヤーは知っているが他のプレイヤーは知らないという状況が作り出され、情報の集約と、ゲームに読みを生み出すものになる。プレイヤーは手がかり(ゲーム内でのプレイヤーの挙動や反応など)をもとに、その非公開情報がどのようなものであるかを推測できる。その推測は、ただ確定付けられた情報よりもずっとゲームを緊張感溢れるものにしてくれるものなのだ。

 3つめの理由は、再度プレイしたくなるかどうかである。驚きを含むゲームというものは、その性質上、同じ展開を繰り返すものにはなりにくく、様々な結果をもたらすものになる。従って、ゲームの展開も多様性を持ち、何度も何度もプレイして楽しめるものになるのだ。

 マジックにおける驚きといえば、まずはライブラリー、そして手札の存在が挙げられる。前者の存在によってあらゆるゲームは異なる展開を見せるようになり、後者の存在によって非公開情報がゲームの間を通して緊張感をもたらしてくれるのだ。もう一つ挙げるなら、無作為性を内在した呪文や効果を挙げることが出来る。イニストラードでその種の呪文や効果を取り上げたのには、未知なるものはホラー・ジャンルの恐怖を盛り上げるのに一役買ってくれると分かったからである。イニストラードにおけるそれらのカードの(我々が行なった調査による)成功は、将来のマジックのセットにおいてそのデザイン空間を使えるようにしてくれたと言えるだろう。

#7) 戦略

 ゲームにおいて、経験を積んだプレイヤーがよりよくプレイできなければならない。ゲームを繰り返して行なおうと思うのは、前のゲームで得た経験を次のゲームに活かしたいからだ。

 何度もプレイしたいと思わせるものには、大きく2つある。一つは展開の多様性であり、もう一つが経験の連続性である。ゲーム1回1回を別々の物として感じさせるのは非常に簡単だが、実際には別々の経験ではない。諸君は「マジックを1243回プレイしたことがある」のか、「マジックをプレイした」のか、どちらが正しいと思うだろうか?


 ゲームによっては、前回の結果の続きとしてゲームを始めるものがある(いわゆるロールプレイング・ゲームなどはその典型である)が、ほとんどのゲームは何らかの初期状態から始まって、そのゲーム中に終わりを迎える。その結果、プレイヤーはそのゲーム単体との関係性を考えるようになるのだ。プレイを重ねれば重ねるほどに、この関係性はゲームの理解へと成熟していく。プレイすればするほど、経験が深まっていくというわけである。

 この経験の成熟は非常に重要であり、ゲーム・デザイナーは自分のゲームにプレイヤーとともに成長する余地(そしてそれはプレイヤーの成長する余地でもある)を持たなければならない。そのための最も単純な方法は、戦略である。そのゲームに、プレイヤーの学び成長する無数の可能性を与えるのだ。それがあれば、プレイヤーは自分の技量が高まり、「レベルアップ」していることを感じ取ってそのゲームを続けてくれることになるだろう。

 ここで「レベルアップ」という単語を使ったが、この「レベル」という概念もまた非常に重要であり、多くのゲームはこの要素を前面に押し出している。良くなるというのはどういうことか? ゲームにおいてそう示されていることであり、多くの場合にはそれによってより多くの道具や資源に接することが出来るようになる。

 マジックはまさにこのジャンルに当てはまる。リチャードは非常に深い戦略要素を持つダイナミックなゲーム・システムを作り上げた。そしてそれにトレーディング・カードゲームという要素と(プレイヤー自身が自分の使いたいゲーム要素をくみ上げるという物だ)、変動し続けるメタゲーム要素(新カードが追加され、古いカードが使用不可能になっていくというフォーマット)が付け加えられて、史上最も複雑な戦略性を持つゲームとなったのだ。

#8) 楽しみ

 プレイヤーがゲームをするのはまず楽しみのためであり、ゲームにはプレイヤーを楽しませる要素が必要だ。プレイして楽しくないゲームなら、誰もプレイしてくれないだろう。

 初めてデザインしたゲーム(出版に達したものではなく、生まれて初めてデザインしたという意味である)をリストアップしてみると、一番見落とされていることが多いのはこのカテゴリーである。一般にゲームをプレイすることそのものが楽しいものなので、これが欠落しているというのは驚くべき事に思えるかも知れない。しかし、経験の浅いデザイナー(や、場合によっては経験豊富なデザイナーであっても)はゲームの細部にこだわりすぎ、ゲームそのものにもっとも必要な点を見落としていることがあるのだ。つまり、「それはおもしろいの?」


 10個の各カテゴリーを通して、楽しみというのはもっとも主観的なものである。ある人が嫌うようなことを楽しむ人もいるが、ゲーム・デザインというのはそうではない。ゲーム・デザインは楽しみという経験を作り出すものであり、それはゲーム・デザイナーが考慮しなければならないものである。プレイテストというのが重要なのはそこである。自分のゲームを見ることで学ぶことは多いが、楽しみというのはそういうものではない。楽しみは、ゲームをすることそのものからもたらされるものであり、つまり、ゲーム・デザインの中にはそのゲームを自分だけでなく他の人、自分のことを知らない人にもプレイしてもらうということが含まれているということなのだ(プレイテストを身内だけにやらせると、個人的な関係を考慮した優しい意見だけが寄せられがちである)。

 これはゲームの最高の試験である。デザイナー自身の誘導なしで、デザイナーのことを知らない人にプレイしてもらうのだ。その後、(デザイナー本人でなく)誰かがそのプレイヤーたちに尋ねる――「もう一度このゲームをやりたいと思う?」 「ああ!」という熱狂的な返事以外が帰ってきたなら、そのゲームは充分楽しいものには仕上がっていないのだ。

 マジックが楽しいのはなぜか? それは、もう、それだけで一本のコラムが書けるような話である。マジックは楽しいのか? もちろんだ。なぜそう言い切れるのか? なぜなら、私はプレイヤーのプレイの仕方を見ることができるからである。プレイヤーがトーナメントで10時間以上も戦った後、彼らは何をするだろうか? マジックをプレイするのだ。ソーシャル・メディア(ツイッターやフェイスブックなど)を見てみてもわかる。マジックのプレイヤーはもっともっとプレイしたいと思っているのだ。マジックを日夜プレイするのが仕事である我々開発部の人間が、余暇に何をしているのかと言われると――マジックをプレイしているのだ。

 一番最初に、(経験豊富なゲーム・デザイナーは)カテゴリーのうち1つを無視してゲームを作ることがある、という話をした。確かにそれは事実だが、それでも無視してはならないカテゴリーが存在する。それが、これだ。ゲームが楽しいものでなければ、1度はともかく2度プレイされることはない。それはゲーム・デザインの絶対の真実なのである。

#9) フレイバー

 メカニズムの他に、ゲームにはイメージが必要だ。何かを表していなければならない。イメージ先行でそれを再現するためにゲームが構築されているものもあれば、メカニズムが先行でそれにフレイバーをあわせているものもある。どちらにせよ、ゲームに物語性や世界観やテーマがあれば、ゲームはより面白いものになる。

 8年前、私はフレイバーの重要性とゲーム・デザインにおける役割についてのコラム(リンク先は英語)を書いた。このコラムでは数多くの注目点を挙げているので、まだ読んでいない諸君は一読してもらいたい。今回は、これとはまた異なった視点からの説明を試みよう。ゲーム・デザイナーはゲームを作るための道具を持っているものであり、その中でもフレイバーというのは最上のものの一つだと考えている。フレイバーが果たすことのできる役割について、これから見ていこう。


 まず、フレイバーによってプレイヤーはあなたのゲームに何らかの意味を見いだしてくれる。イニストラードを例に取ると、セットのデザインは全体としてホラーっぽく感じられるようなフレイバーをメカニズムにまとわせた。私や私のチームがホラーというものを作り上げたわけではないが、すでに存在しているホラーというものを用いることでプレイヤーたちに非常に深いレベルでの何かを伝えてくれるものを作ることが出来た。新しいものを取り入れ、それをなじみあるものにすることができた。ゲーム・デザインというものは、プレイヤーと感情のレベルでつながることであり、そのためにフレイバーは非常に有用な道具なのである。

 だが、それだけではない。あなたのゲームをプレイするに至るまでに存在する最大の障害とは何だろうか? 我々はそれを「参入障壁」と呼んでいる。プレイヤーが初めてそのゲームに触れる時、彼らはそのゲームのやりかたを学ばなければならない。新しいものを学ぶというのは難しいことで、面倒なことである。その途中で白けさせるようなことがあれば、そのゲームは二度とプレイされないに違いない。参入障壁は、マジックの最大の弱点の一つと言えるだろう(マジックを覚えるのは、難しいことで非常に面倒なものだ)。

 フレイバーはこの参入障壁を減らしてくれる。フレイバーがなければ無作為なものにしか思えないルールを説明する助けになってくれるのだ。フレイバーはプレイヤーをある種の考えに向かわせてくれる。フレイバーはプレイヤーを興奮させてくれて、面倒で難しい学びに向かわせてくれるのだ。フレイバーは参入障壁の天敵であり、そして、よく言われるとおり、敵の敵は味方なのだ。

 フレイバーはまた、ゲームの見栄えを整えてくれる。私はゲーム・デザインの重要性について語るのに多くの時を費やしてきたが、ゲームをプレイさせるためには他にも多くの側面が存在する。見栄えという要素はその一つであり、フレイバーはそれを整えてくれるのだ。

 マジックはフレイバーを活用している。ゲーム全体を魔法の戦いと位置づけることで、ゲームが何なのかを定義している。イラストやカード名、フレイバー・テキストは人々を惹きつけるものだ。「私がマジックを始めた時」の話は、大抵がこのゲームの見栄えに一目惚れするところかは始まる。イニストラードが示したとおり、フレイバーはセットやブロックを定義することすらできる。フレイバーは、マジックが非常に効果的に使っているところの強力な道具であると言えよう。

#10) ヒキ

 ゲームをプレイしてもらおうと思うなら、プレイしたいと思うような何かがなければならない。ゲームを売り込むなら、市場に対する「ヒキ」が必要なのだ。

 「その1」で、最初は9のことを並べて、最後に1つ付け足した、ということを説明した。付け加えたものというのが、このカテゴリーである。このカテゴリーを含めなかった理由は、これがゲームを売り込むための物であり、授業に参加している子供達には関係ない話だからである。しかし、考えを重ねていくと、金銭的なものでこそないものの、子供達も自分のゲームを売り込むのだということに思い至った。それらのゲームは、主に他の生徒がどう反応したかに基づいて評価されるのだ。


 このカテゴリーは、ゲームを作ると言うことは芸術などではないということを意味している。ただゲームを作るだけでは意味はなく、それを売り込めなければならないのだ。そのために、ゲーム・デザイナーにはもう一つ憂慮すべき事が存在する。ゲームには、ウリになるものが欲しいのだ。これは様々なものがあり得る。他に存在しないようなメカニズムや、目新しいテーマ、高度な物語性かも知れない。重要なのは、それを見た人が足を止め、それについて知りたいと思わせるような何かがゲームには必要だということなのだ。

 私が初めてハリウッドに着いた時、脚本家になるための最大の関門はいい脚本を書くことだと思っていた。実際にやってみると、いい脚本を書くこと自体は最大の関門ではない(もちろん簡単な話ではないのは当然だが)ことが分かった。最大の関門は、それをふさわしい人の目に触れさせることだった。同じ事がゲームにも言える。どれだけすばらしいゲームでも、プレイしてもらえなければ何の価値もないのだ。

 ゲーム・デザイナーには多くの顔があるが、その中に必ずマーケッターとしての顔が必要である。どうやって自分のゲームを売り込むのかを、デザインの一部として考えなければならない。この要素は非常に重要で、後回しにすることはできない。ゲームを作るだけ作って後で考えることはできないのかと言われると、もしかしたら想像の途中で偶然発見するかも知れないが、それは、食料を買わずに探検を進め、運良く食べられるものを見つけ出せることを祈るようなものである。不可能だとは言わないが、いい結果が得られるとはとても保証できないものだ。

 ヒキを作るにあたっては、単純で、一目で分かるものであることが必要である。ヒキは人々の注意を引くものでなければならず、そのためにはわかりやすいものでなければならない。第一印象は重要なものである。一方、ヒキがすべてを物語ってくれるわけではない。ヒキの役目は、教育するのではなく、気を引くことである。プレイヤーになり得る人に、より深く学ぼうと思わせることが役目なのだ。

 マジックが秀でているところ、そしてトレーディング・カードであるという理由はこれである。どのカードにも大きなイラスト付きの強いフレイバーがにじみ出ている。意味が分からない文章が書かれているゲームではあっても、観客から見て何をしているかはパッと見て取れるのだ。マジックのデザイナーにとって重要なのは、セットごとに異なるヒキを提供し続けることである。

実際の授業で

 私のスピーチは上々だった。まず私は子供達に好きなゲームの名前を聞いて、このコラムでマジックを使ったのと同じように、そのゲームを使って各要素ごとに説明していった。6週間ほどして、授業でゲーム・ナイトが開催され、子供達やその家族が集まって子供達のデザインしたゲームを試すことになった。

 レイチェルは、ゲーム「タブー」を元にしたゲームを作ることにした。


 「タブー」になじみのない諸君のために説明すると、ゲームの目的は、5つの「タブー」言葉を避けながら一つの名詞を当てさせるというものだ。簡単だと思うだろうが、これがそのカードの霊である。


 これらのカードに書かれている単語は全て南北戦争に関するもので、通常のタブーに比べて、(特に家族にとって)少しばかり難易度が高いものになっている。レイチェルはこのゲームでA評価を得た(実際はABCDという評価ではなかったが、まあ、高得点だ)。

 ゲーム・ナイトでは、子供達の作った様々なゲームに振れることができて非常に楽しかった。子供達が私のスピーチを受けて、この10個のカテゴリーをゲーム内に取り入れようとしているのが分かった。


 今日の話はここまでだ。諸君がこの2回に渡ったコラムを通じてゲームデザインの骨格に触れることを楽しんでくれていれば幸いに思う。このコラムのためにニコルス先生の写真を撮りに行った時、彼はまた今年の5年生について話したいと言ってくれた。私はもちろん大歓迎だった。

 それではまた次回、死者の国でお会いしよう。

 その日まで、愛するものを分かち合う喜びがあなたとともにありますように。

(Translated by YONEMURA "Pao" Kaoru)


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