私が無視せざるを得ない5つの要求

更新日 Making Magic on 2019年 2月 25日

By Mark Rosewater

Working in R&D since '95, Mark became Magic head designer in '03. His hobbies: spending time with family, writing about Magic in all mediums, and creating short bios.

 私はソーシャルメディアで活発に活動しており、プレイヤーともよくやりとりをしている。非常によくあるのが、我々にやってほしいことに関するプレイヤーとのやりとりである。私はそういった提案を聞くのが大好きで、その多くは我々に可能であって影響を及ぼすものであるが、私がよく受ける要求の中に、我々がしないであろうもの、少なくともプレイヤーが提案してきた理由ではしないであろうものがあることに先日気がついた。そこで、今日の記事を使って私が受けた提案のいくつかと、なぜそれがマジックの商品の(あるいは私の教訓を広く考える諸君にとってはゲーム一般の)デザインにはふさわしくない理由だと感じたかについて語ろうと思う。今回5つの提案を取り上げるのは、文字数の制限によるものである。

始める前の注意書き:

 今回の前提として、プロとしての(すなわち、ゲームを販売しようとする上での)ゲームデザインについて語っている。単に趣味としてゲームデザインをしており、ゲームデザインを実際の職業にしようと努力しているのでなければ、なんでも好きなことを原動力にすればいい。これから語る、すべきでないこと、というのは商業的に良くないものではあるが、結果(可能な限り良いゲームを作ること)よりも過程(興味深い課題に取り組むこと)に興味があるのであれば楽しい刺激になりうるものである。

なぜゲームをデザインするのか

 すべきでない理由の話をする前に、私がゲームデザインの目標だと思っているものが何かを強調しておこう。狙いとするユーザーにとって最適な経験を作ろうというとき、その経験というのが一体何なのか、そして狙いとしているユーザーというのが一体誰なのかはさまざまな答えがありうる。多くのゲームはプレイヤーが楽しく過ごすせるようにするためにデザインされているが、何かについて考えさせたり何かを感じさせたりするために作られたものもある。そして、ユーザー層というのは人類の(あるいは動物向けゲームデザインなら動物の)どんな部分集合でもありうるのだ。柔軟性の余地は多いにあるが、何にせよ焦点は必要で、その焦点は狙いとするユーザーに最適な経験を作ることであるべきなのである。それでは、私が受けた要求の中で、ゲームデザインの原動力としてはふさわしくないと思われるものについて語っていこう。

要求1:「これを今ならうまくできるということを証明してください」

 これは、我々に、最初には好評を得られなかったことをもう一度してもらいたい、という要求だ。「確かにXはうまくできなかったけれど、今の開発部の技術ならきっと大成功を収められると思います」この要求は、再挑戦がゲームデザインの良い原動力になるという発想に関わるものである。しかし、それはいくつかの理由から正しくないのだ。

 1つ目に、ゲームデザインは過酷なものである。デザインを始めるには、ポジティブな原動力があるべきなのだ。「プレイヤーが気に入ってくれると思うクールなものがあって、それを軸にしたセットを作る方法を見つけたい」あるいは「プレイヤーが一目惚れしてくれるような素晴らしい世界だ。これをどうメカニズム的に具体化できるだろうか」 失敗したものにもう一度挑戦するというのは、欠点を抱えて始めることになる。ポジティブなことから構築するのではなく、ネガティブなことをどう埋め合わせるかを見つけようとしているということなのだ。これはデザインの始点としていいものではない。ポジティブなことを基礎として構築しなければならない。

 2つ目に、その難しい作業をすることには見返りがない。クールな発想に基づくゲームAと、かつて失敗してやり直したい発想に基づくゲームBがあったとする。そして、どちらも成功したとしよう。その場合も、はるかに大きなリスクを取ってゲームBをデザインしたにもかかわらず、ゲームAよりも大きな見返りを得られるわけではない。とはいえ、難しいとわかっていてゲームBに挑んだことによる内部的な満足感が得られることもないのだろうか。そもそも作るゲームすべてに尽力するものであり、その成功はどちらも喜ばしいものである。ゲームBのほうがよく売れるということもないし、さらに気持ちよくなるということもない。ただ、不必要に難しい道を選んだにすぎないのだ。

 3つ目に、商業的に良くない。誰も失敗した映画を作り直さないのには理由がある。ものを売り込むということは過酷なものなのだ。最悪の結果は、人々がそれについてすべてを知る前に見限る理由が含まれてしまうことである。

 ただし、これらの理由があっても、何かをやり直すことができないということではない。重要なのは、それをデザインの始点にしてはならないということである。ここで、信心を例に取ってみよう。『イーブンタイド』で、カードに含まれる色マナ・シンボルに基づく拡大効果を持つ彩色というメカニズムを導入した。うまく行かなかった。市場調査で、このメカニズムは非常に不評だったのだ。良いメカニズムだと確信していた私は悲しかった。何年も経って、『テーロス』のデザイン中に、我々はセットとシナジーを持つメカニズムを探していた。私は、その世界の住人が持つ神々への信仰心がこのセットの元ネタであるギリシャ神話の重要な一面であると感じて、それを再現する方法も探していた。デザイナーの1人(ザック・ヒル/Zac Hill)が、彩色を提案したのだ。

 そのセットに彩色を入れたのは、やり直すためではなく、それが問題解決のために完璧なものだったからである。ふさわしいものに仕上げるために調整する必要があったが、かつて大失敗したものだったので名前も含めて自由に変更することができた。彩色を軸にして作るという目標でデザインを始めていたとしたら、おそらくずっと悪い結果になっていたことだろう。つまり、やり直しがうまくいくのは、それがデザインの原動力になるときではなく、既存のデザインに自然に当てはまるときだということである。

要求2:「斬新ですよね」

 これは先ほどのものの亜種である。大きな違いは、これは過去の過ちを正すことに基づく発想ではなく、本質的に恐ろしく聞こえることをすることに基づくということである。ここで例をあげよう。一月前(これを書いている時点では数日前)、Twitterでマジックのコンテンツ作者(「Good Luck High Five」ポッドキャストのマリア・バーソルディ/Maria Bartholdi)が、久遠の闇を舞台にしたエキスパンションが欲しいと言ったのだ。私は、久遠の闇は次元ではなく様々な次元の間に存在する多元宇宙の結合組織なので難しいだろう、と返信した。そこをエキスパンションの舞台にするのは、出入り口だけを舞台にするようなものだと。これを聞いても、それが魅力的に聞こえることから今すく作ってほしいと多くのプレイヤーが要求したのだ。

 クールに聞こえることと、良いマジックのセットにつながることとは同じではない。例として、久遠の闇に関する発想を取り上げてみよう。まずはじめに、場所が必要である。少なくとも、平地、島、沼、山、森が必要である。柔軟で比喩的に考えることはできるが、それでも具体的な場所が必要なのだ。久遠の闇は場所ではないので、これは難しい。セットにはクリーチャーが必要である。ファイルの過半数は、そのエキスパンションの舞台になるところの住人でなければならない。おそらくエルドラージ以外には、久遠の闇の住人であるクリーチャーは存在しない。仮に何かを作ったとしても、それがどこに存在することを描けばいいのか。

 セットには芳醇さが必要である。プレイヤーが認識できて、なじみ深さを感じられるようなものが必要なのだ。多元宇宙に存在する次元と次元をつなぐ場所でないところにおいて、それは一体何だろうか。その概念そのものが、多くの人にとって理解するのが難しいものなのだ。セットには魔法の呪文が必要である。つまり、魔法を使うクリーチャーが必要で、そのほとんどは色マナに関連付けられている必要がある(あるいは少なくとも、マナ・コストに色マナを使う必要がある)。セットには、メカニズム的な引っかかりが必要である。これは、その世界の芳醇さ、あるいはテーマ的にメカニズムに関連する環境のテーマからくることが多い。久遠の闇にはそのどれも存在しないのだ。

空虚への扉》 アート:Svetlin Velinov

 ここでのポイントは、マジックのセットにはゲームを成立させるために満たすべきことが数多く存在し、概念が斬新に聞こえるというだけの理由で無視することはできない、ということである。素晴らしい物語やクールな映画を作りうるものが、良いマジックのセットを作れるとは限らないのだ。システムをデザインするためには、そのシステムが基本的に必要とするものを把握し、自分の発想がその要求の中で成立するようにすることが必要である。そのため、誰かが「このクールな世界を作って、ただし普段していることは一切しないでくれ」と言ったとしたら、それは私にとっては大工に「家を作ってくれ、ただし普段の道具は使わないでくれ」と言っているようなものなのだ。それでも可能かもしれないが、可能だとしても、それによって最高の成果物が得られることはないだろう。

 繰り返しになるが、私は、人々の興味を惹いたものの本質を掴んでそれにふさわしいところをいつか見つけることができない、と言っているわけではない。久遠の闇に興味を惹かれているプレイヤーは存在する。もしかしたらいつか、それをゲームプレイに反映させるクールな方法を見つけるかもしれない。それが舞台になるとは思わないが、その概念がメカニズムや特定のカードデザインに結びつくかもしれない。ただし、それはセットの良い出発点ではないのだ。

要求3:「これをやったことはないですね」

 この要求は、さまざまな場所から来ることがある。他のゲームの要素を見たことによる場合もあるし、思いついてクールだと感じたことによる場合もあるし、我々がすでにやったことから広げた結果である場合もある。この要求は基本的に、「マジックが何か他のクールなことをしている間に、私はこれを楽しみました。これは新しいものです。やるべきです。」とまとめることができる。

 マジックはクールで新しいことをすべきであり、私はある程度定期的にそうするべきだと思っているが、新しいからというだけで新しいことをするのは良い原動力ではない。比喩を使って、なぜかを説明しよう。マジックの新しい要素を作ることは、道具箱に新しい道具を入れるようなものである。道具はどのように追加されるのか。通常、その道具で、それまで解決できなかった問題を解決できるようになるからである。道具を先に作り、そしてそれで何ができるかを考えるということはしない。そんなことをすれば、まったく役に立たない大量の道具を作ることになる。

 マジックに新しい要素を加えるとき、我々はマジックでできることを進歩させるものを作りたいと考える。「ハンマーしか持っていなければすべてが釘のように見える」という言い回しを聞いたことがあるだろう。これはつまり、視点はそれを見るレンズによって形作られるということである。理解していない道具からデザインを始めれば、その使い方を正当化しようとしているうちにデザインを変な形に歪めてしまうことになりうるのだ。新しい発想の良い使い方は、それを「青天井のデザイン」と呼んでいる、セットの文脈を外れてその発想を掘り下げ、そしてその知識を脇においておいて必要なときが訪れるまで待つ、という方法で掘り下げることである。

 マジックにおけるこの好例が、両面カードである。ウィザーズは「デュエル・マスターズ」(日本向けのトレーディング・カードゲーム)という商品も作っている。「デュエル・マスターズ」では、両面カードが使われていた。開発部は我々が作っている他のゲームにも常々気を配っていたので、両面カードという選択肢があることに気がついていた。最初に考えたのは、「この技術をどうすればマジックに取り入れられるか」ではなく、それを将来の問題への解決の可能性として扱うことだった。

 その問題は、我々が『イニストラード』をデザインしているときに初めて訪れた。私は自分のチームに、狼男問題を解決するという任務を与えた。あるときは人間であり、それ以外のときは狼男である魅力的なカードを作るにはどうしたらいいか。さまざまな提案があったが、その中に、『デュエルマスターズ』のデザインに関わっていたチーム・メンバー(トム・ラピル/Tom LaPille)からのものが両面カードを使ったものだったのだ。最初私は、両面カードは多くの物理的な問題があることから懐疑的だったが、それが問題を解決するための最も有効な手段であるということが示されると、私はそれらの問題にどのように取り組むかを考える気になった。

 両面カードはマジックの武器庫に収められている実用的な道具となったが、その理由の大半は、最初のデザインが充分有機的なものであり、そのおかげで私はそれを印刷に至らしめることができ、そしてユーザーが良い反応を返してきて、それによって後のセットでその使用法を広げていくことができたからである。私がうまくやりとりできていなければ、内部的な圧力の高まりに負けて取り除いていたかもしれないし、なんとか印刷に至らせたとしても、その可能性に満ちたメカニズムを炎上させ(ユーザーを幻滅させ、その再利用を非常に難しくさせ)ていたかもしれない。

 ここでの教訓は、未知を避けるべきだということではなく、もっとも良い使い方をするため、それをうまく制御する方法を理解すべきだということである。一般に、もっとも良い使い方とは、無理やり使うのではなく、最初に使うのにふさわしい場所を探すことから生まれるものなのだ。

要求4:「もう1回、新しいやり方でやりましょう」

 この要求は、ここまでの3つとは少し異なっている。我々がそれまでやったことのないことをしてほしいというのではなく、この要求では、我々がやったことのあることの中から何かをもう一度やり、それを新しいものに当てはめてほしいというのだ。例えば、「新しい『ラヴニカ』を作って、ギルドは変えましょう」というものだ。この要求の裏にあるのは、プレイヤーが我々のやったものをとても気に入り、ちょっとしたひねりを加えてもう一度やってほしいと思っているということである。

 しかし、困ることがある。我々は成功したデザインを関連した発想の起点として使うが、そうする場合の目標の1つは新しいものに独特の独自性をもたせることである。例えば、我々はまた2色の陣営を扱うと思うが、そうするにあたっての我々の目標は、それらの陣営をラヴニカのギルドとは違う雰囲気にするということになるだろう。『ラヴニカ』ブロックそのものが、『インベイジョン』ブロックの多色テーマを元に再発明したものだということを思い出してもらいたい。常に新しいものを作り出し続けるゲームを作る中では、我々がやっていることを過去から影響されていた場合にも新鮮だと感じられるようにするように位置づけることが必要なのである。

風景の変容》 アート:Daniel Ljunggren

 ここでの教訓は、過去は新しい発想のための良い道具になるが、それぞれの発想は基礎から、もっともうまく成立するように組み立てなければならないということを理解しなければならないということである。また、我々は過去とともにあるので、新しい発想がそれ自身の表現を見つける方法に意識を向けなければならない。つまり、プレイヤーが既存のものの新しい姿を欲しいと言ってくる声に耳を傾けるのは良いことだが、その既存のものの中でどの要素を広げて新商品にしてほしいとプレイヤーが考えているのかを理解したいものである。

要求5:「規則を破りましょう」

 主席デザイナーとして私がかなり積極的にしていることの1つが、諸君すべてに、我々がマジックをデザインする上での考え方や構造を共有することである。私は、我々がしていることの理由を理解している知識のあるプレイヤーは、さらにマジックを正しく評価することができるようになると強く確信している。その教育の副次効果が、今日話題にする最後のこの要求である。この要求は、我々のシステムを理解しているプレイヤーからの、そのシステムを破壊してほしいという要求である。「この色は通常Xはしません。Xをさせましょう。」「このクリーチャー・タイプは通常この陣営には属しません。この陣営に1体作りましょう。」「このメカニズムは通常ソーサリーにしかありません。インスタントに作りましょう。」この要求の裏にあることは理解しやすい。通常はできないことをするのは心躍ることだ。しかしながら、単にルールを破るためにルールを破るのは、さまざまな問題を引き起こすことになる。

1.システムを台無しにする

 例えば、カラー・パイというのはフレイバーだけのものではない。カラー・パイはマジックの基本的な基礎であり、5つの色を存在させているものである。カラー・パイを破ればシステム全体が弱くなり、程度がひどくなればゲームに永続的なダメージを与えることになる。人々がそうそうルールを破らないのには理由があるのだ。システム、特にゲームのシステムは重要であり、敬意を持って扱わなければならないのである。

2.情報が混乱する

 それぞれの陣営に異なるクリーチャー・タイプがいるのは、それぞれに独自性を持たせるためである。例外を作り始めると、その情報が曖昧になる。0は何もしないということを意味する。1はするということであり、たった1つの例外でさえもプレイヤーの感じ方は変わってくるのだ。そして、トレーディング・カードゲームでは、プレイヤーが最初に何を目にするかさえ制御できないのである。

3.ゲームプレイを悪化させることにつながる

 あるメカニズムがソーサリーにしか存在しないなら、そうしている理由があるものである。我々は何年もにわたってセットを作ってきており、その選択は非常に整然としたものなのだ。一見すると大したことではないように見えることでも、実際にやってみると、ルールがうまく働かない、直感に反するプレイを生む、デジタルでの実行に問題がある、競技マジックに悪影響を及ぼす、ルール文がカードに収まらない、セット内の他の要素と奇妙な化学反応を見せる、と、ありとあらゆる悪影響が起こりうるのだ。マジックは複雑なゲームであり、多くの相互作用や用法が存在する。何か1つを変えることで問題が生じるのはよくあることなのだ。

 これは、ルールを破ることはありえないという意味ではなく、破る場合には注意深く、どのような影響がゲームにあるのかを考慮してしなければならないということである。

最後の思い

 今日の記事を通して伝えたいことがある。失敗をやり直すことはできる。魅力的なことをすることはできる。それまで手がけたことのなかった発想を掘り下げることはできる。成功を繰り返すことはできる。そして、それまで破ったことのないルールを破ることはできる。しかし、そのどれも、デザインの始点とすべきではない。それらは、個別に精査し、そしてそれにふさわしい場所が来るまでどこかに持っておくべきものなのだ。これらを使うのは、そのゲームにおいて有機的に収まる方法があるからであって、何かを証明したいから、あるいは挑戦として、ではないのだ。

 良いデザインは、システムに必要なものを理解し、そして成功につながるように視点を取ることがすべてである。確かに、未知のものの可能性に身を晒したいものではあるが、それが動機になるべきではない。そのゲームで通常ある方向に進むところで違う方向に動かそうと考えるのは心躍ることだというのはわかっているが、ゲーム・デザイナーであれば、その混沌を構造で制御しなければならないのだ。新しい要素は、すべきでないことをする方向に自分を導くものではなく、自分の目的を強化するものであるようにしなければならない。

 そしてこれが今日のまとめになる。楽しんでもらえたなら幸いである。そしていつもの通り、諸君からの反響を楽しみにしている。メール、各ソーシャルメディア(TwitterTumblrInstagramGoogle+)で(英語で)聞かせてくれたまえ。

 それではまた次回、私が誰を聞く日にお会いしよう。

 その日まで、あなたが終わりなき要求の源であり続けますように。

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