自己の本質

更新日 Magic Story on 2014年 1月 24日

By Adam Lee

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テーロスにて知性ある定命の者が死したなら、

その者はエイスリオス神、河の渡し守の手引きにて死の国へと去る。

彼らは死の国の神エレボスの監視下、昼も夜もないこの永遠の灰色の領域に住まう。

だが何世紀ものうちに、死の国の多くの住人達が逃亡し、生者達の陽光の世界へと戻ってきた。

彼らは「蘇りし者」と呼ばれている。

――「観察と形而上学」より


ある死者が死の国から逃亡したなら、

その者は全ての自己を失って顔を持たない「蘇りし者」と化す。

だが「魂」から物理的肉体を切り離すこの過程において、幻霊もまた創造される。

一体の幻霊は自己を失った幽かな体現だが、肉体無しには彼らは力を持たない。

蘇りし者とは異なり、幻霊は失ったものについての意識を持たない。

蘇りし者とそこから別れた幻霊は決して一つに戻ることも、互いの存在を知ることもない。

――「観察と形而上学」より


「自己とは何なのでしょうか? 私達を私達たらしめているものは何なのでしょうか?」 ペリソフィアの声に、そよ風の音と鳥の囀りが重なった。「我らとは皆、何なのでしょう?」

 生徒達が木製の長椅子に座り、彼女を半円形に囲んでいた。ペリソフィアは彼らの前に立っていた。この日は好天で、この瞬間、戦争への恐ろしい不安は消え去り、それに代わって学びと発見への魅惑だけがあった。ペリソフィアは若々しい彼らの表情にはっきりとそれを見て、感動が湧き上がるのを感じた。彼女は驚き、そして深い愛情を持って教え子たちを見ながら、その感動が花開き、ゆっくりと薄れていくにまかせた。彼女は生徒達が成長して力を伸ばしてくれればと、この狂気と迷信の時代において、論理と理性と科学の松明を掲げ続けてくれればと願っていた。

「例えば、狼に育てられたレオニンの子について考えてみましょう。彼女の自己は里親の文化に影響されて変化しています。彼女はレオニンなのか狼なのか、それとも他の何かなのでしょうか」

アート:Raymond Swanland

「彼女はまだレオニンです、けれど身ぶりや行動は狼のそれだと思います」 前半分ははっきりと、だが後半は自信なさげにキーリオスが言った。

「つまり、彼の物理的肉体が自己を定義する。貴方はそう言うのですね」 ペリソフィアは片眉を上げて言った。「ですが、彼女の心はどうなのでしょう?」

 サーミアが言った。「彼女の心は狼のそれよりも知的ではないでしょうか? 彼の理解力は狼より優れています、だから彼女は常に狼とは異質のはずです。彼女はレオニンです」

 生徒達は次々といずれかの答えを口にし始めた。誰かが言った、「レオニンだよ、絶対」。また誰かが言った、「違う、彼女の心は狼だ。そして僕らが何者なのかを第一に決めるのは心だ。だから彼女は狼だ」

 ペリソフィアが口を開いた。「静かに、静かに。いつも問題に答えるのを急ぎすぎですよ。少しの間、その謎の中でゆっくりと考えて、そこから生まれてくるものを見るのです。常に私達はとても知りたがり、分類したがってはそのものを真に見ることなく次へ進みたがります。今はただその中にいましょう。知りたいという欲求は脇において、知りたいとは思わずにただ問題を観察しましょう」

 生徒達は腰かけた。知りたいという願望、だがそれを無視してただ考えること、という内面的な戦いをする彼らを、ペリソフィアは見守った。人々の中には不合理な衝動がある。特にいわゆる哲学者達は、回答を急いでは神秘というものを葬り、それを真実として広める。セテッサ人は弓で、アクロス人は剣で。メレティス人はその心で。それぞれの都市国家がそれぞれの方法で真実を葬っている。

 ライトーが言った。「狼でもレオニンでもありません。もし、自己とは『私達が何者なのか』ということで、それは自分自身によってのみ知ることができるのなら、その答えは外部の観察者が与えることのできるものではありません。現状では与えることはできません」

「面白いですね」 ペリソフィアは言った。「つまり、『自己』は外部の者によっては定義されないと? 私達の自己は私達自身の所有物だと?」

 ライトーは他の生徒達が見る中、少し考えて言った。「はい、そう思います」

「では、そこから進みましょう。もし他の誰かが――個人でも、集団でも――貴方の真の自己を定義できないとしたら、貴方は貴方自身を定義することができますか? それとも、貴方も貴方の自己がわからないでしょうか?」

 メリアが手を挙げ、ペリソフィアは頷いた。メリアが言った、「フェーロスは述べています、自己とはその者であり続ける状態だと、時間が経っても同じままであるものだと」

「それはうわべだけの理論です」 ペリソフィアは答えた、「ですが、もう少し掘り下げることには興味がありますね。貴女は自身を定義できますか? 貴女の自己は知識の塊ですか、それとも何か全く違うものですか?」

 太陽は空高くへと移動し、天頂へと向かっていた。微かに吹くそよ風が噴水の音と離れた市場の喧騒を運んでくる。人々は公会広場をそぞろ歩き、パンと料理の匂いが大気へと広がり始め、正午の休息が近いことを告げていた。ペリソフィアは深呼吸をして、辺りに満ちる生気を吸いこんだ。そして目を開けて今この時の光と、印象と、動きを堪能した。素晴らしい眺めだった。平和の中、緊張と心配と騒乱にさらされない人々は善くあろうとしている。彼女は微笑みかけて通り過ぎる人々の中に、善性と正義とを感じることができた。彼らはその技術に誇りを持ち、頑健な建造物を建築し、身体によいパンを作る。彼らの作品はその喜びを伝え、映し出している。彼女はまた、迫りくる嵐を感じることができた。あらゆる生者の魂にモーギスの種が潜み、爆発してその者を乗っ取るのをただじっと待っている。その自覚のみが、モーギスのもたらす暗黒を引き留め、あるいは完全に消してしまえるのかもしれない。

 彼女は一人の生徒が疑問を浮かび上がらせるのを感じた。

「ペリソフィア先生」 サーミアが言った。「蘇りし者と幻霊の場合はどうなんでしょうか? 彼らの自己は破壊されていると言います。それは、彼らの自己は何かの物体の類で存在していて、さもなければ消し去ってしまえるものだと暗示していませんか」

アート:Seb McKinnon

「ああ、貴女はデカティアの『観察』を読んだのですね。では、それについて見てみましょう」

 ペリソフィアは空を見上げた。彼らがいる広場の多柱式屋根は、増しつつある太陽の熱を遮ってくれる。だがペリソフィアは時々太陽と空を注視する人物だと知られていた。彼女は暇そうなときやぼんやりしている時でさえも常に耳をそば立てて注意している、生徒たちはそのことをすぐに学んだ。彼らは空腹の猫がミルクの皿を待つように、教師が話し出すのを待った。

 そして、彼女は言った。「鍋で湯が沸騰するのを見たことはありますか? 水は破壊され、永遠に失われると言う者もいるかもしれません。もし、ずっと近づいて見たならば、水は破壊されるのではなく蒸気になることが明らかになります。蘇りし者と幻霊は自己を持つことができないように見えるでしょう。狼と同じく、彼らは人間の理性の下に沈み、粗末な記憶の塊によって行動しています。レオニンの子とは違い、彼らは自分自身を認識することはできません」

「マターティオスの物語を思い出します、自分自身に会ったっていう」 サーリスが言った。

アート:Winona Nelson

 ペリソフィアは笑った。「本当にそうですね。あれは彼の、自身への圧倒的な心酔が完全な姿となって現れたものです。自分自身の心と意志が持つ力への教訓としましょう。ですがサーリス、それを同列に考えるのはお気をつけなさい。マターティオスは自身を知ったのではなく、自身に会っただけなのです。マターティオスは自分自身に会った後も、以前と変わらずただ無知のままです。そしてその出会いは彼に、自己の性質について何も教えませんでした」

「では、自己の性質とは何なのですか?」 ライトーが尋ねた。

 太陽は天頂に達した。ペリソフィアは手を伸ばし、書物と杖を集めた。生徒達は授業が終わりに近いことを知っていた。彼女は生徒達を見て、微笑んだ。

「それは、私からは言えないものです。私からは教えられないものです。もしかしたら、私達は誰もそれを知ることはできないものなのかもしれません。自己というものは過去にも、未来にも存在しません。それはただ、瞬間の中にあるものです。今この瞬間に。そして貴方がたはこの瞬間の建築者です。行動、言動、行い、その全てが貴方がたの自己を語っています。ですが究極的には、それは心にとらえられないように思えるかもしれません。最も偉大な謎の一つです。そして、自分の自己とはどんなものだろうかと、意識しようとするその瞬間ごとの貴方によるものです」


アート:Wesley Burt

 身体は眠っていたが、ペリソフィアははっきりと目覚めていた。

「私の都市はいかがですか?」 虚空にエファラ神の声が響いた。

「メレティスは善き心に満ちております。人々は貴女様の為に働いております、その意識が無くとも。彼らが織り成すものは力強く、堅固です」 ペリソフィアは星の海に漂う場の、一本の樹の下に座っていた。

「戦がやって来ます。暴君が我らと貴女達の世界を隔てる敷居を引き裂き、人々の心に最悪をもたらすでしょう。ペリソフィア、貴女は人類の内に増大する恐れの潮流を食い止めるために多くを行ってきました。ですが貴女の務めは始まったばかりにすぎません」

 ペリソフィアは風のない虚空の世界、その内なる光に葉が揺らめくのを見た。彼女は振り返り、神と向き合ってその瞳を見つめた。

「今際の息まで、私は人々の心と魂を向上させる言葉のみを語りましょう。それ以上に何かできましょうか?」


(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

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