ドミナリアへの帰還 第3話

更新日 Magic Story on 2018年 3月 28日

By Martha Wells

Martha Wells has written fantasy novels, short stories, media tie-ins, and non-fiction. Her most recent works are The Harbors of the Sun, part of her Books of the Raksura series, and a science fiction novella from Tor.com, The Murderbot Diaries: All Systems Red.

 それは一昼夜かかったが、ジーヴァが請け負ったその通りに、作業を開始した翌朝にジョイラは浜辺に立ってあの偉大な飛翔艦ウェザーライト号の残骸を目にしていた。

 彼女らはボガーダンの海岸、両脇をむき出しの岩に守られた広い砂浜の入り江にいた。砂丘の上に平坦な草地が広がり、今そこにウェザーライト号が横たわっていた。幾らか内陸では、なだらかな溶岩平原から暗い色をした火山の峰がそびえていた。

 残っていたのは飛翔艦の骨組みである長さ二百フィート近くのスラン鋼、そして重く巨大なエンジン回りだけだった。船体と内装は海で腐りはてたか、これを海の底へやった戦いによって破壊されていた。ジョイラの機械梟が残骸の上を飛び、その目を通して上空から見せてくれていた。どうやら想定よりも状態は悪そうだった。ジョイラは首飾りに触れ、船の核部分が想定以上に傷ついていた場合には別の選択肢があることを確認した。

アート:Kev Walker

 マーフォークと人間からなる引き上げ隊が苦労して残骸を水上に引き上げた。ジョイラの潜水船が今収められているトレイリアの補給船がウェザーライト号をこの安全な入り江まで曳航し、彼らはその残骸を引き上げ、修復作業を始められるよう平らな地面へと横たえた。補給船は今湾外に投錨しており、引き上げ隊はウェザーライト号近くに野営を設置していた。今日の午後早くには一斉に作業が始められそうだった。入り江に錨を下ろすもう一隻の船はジョイラ個人の船であり、ずっと小さく形状は一般的な帆船のようだが、それは潜水船と同じく素晴らしい機械技術を備えていた。

 残るは乗組員だけ、ジョイラはそう思った。カーン、ヴェンセール、他の皆が懐かしかった。少なくともテフェリーの居場所は知っている、だが手伝ってくれるよう説得できるかどうかはわからなかった。それとジョダーも。ジョイラは顔をしかめた。彼を数に入れて良いか否か。ウルザの最期となる強力な呪文がファイレクシアの侵略を完全に終わらせてから長い時が経ち、ドミナリアはずいぶんと癒えた。けれど決して癒えないものもある。

 だがそれは問題ではなかった。何が起ころうとも、常にそうしてきたようにジョイラはやりようを見つけるつもりだった。そしてそれがすぐに変わるとは思っていなかった。とても重要なことなのだから。

 風が髪を揺らし、セラ教会が送り込んできた天使が砂の上に降り立った。名前はティアナ、申し分なく好意的な様相ながらも、ジョイラは彼女の内に幾らかの悲しみを悟っていた。だが今見るその姿は、ずっと生き生きして見えた。事実、明確に光を放っていた。文字通りに。興味深くジョイラは尋ねた。「それって光ろうとしているんですか? それとも何か問題がありました?」

 ティアナは夢中の表情を浮かべ、問いかけが聞こえていないようだった。「この形……」 天使はむき出しになったウェザーライト号の柱を示した。「あの絵にあった、ジェラードの刃の形。信じられない! どうしてすぐに気づかなかったのかしら……」

 その様子を探り、ジョイラは指摘した。「ティアナさん、光るだけじゃなくて、笑っていますね」

 ティアナは不意に我に返り、視線を落とした。「ああ、この光はすみません。それに私が笑っているのは前に見ましたよね」

「でも、前とは違う笑顔でしたよ」 暗闇に生きてきた者が初めて太陽を見た時のようにではなく。今その笑顔には、周囲の誰もを引きつけるような何かがあった。まるで重力を持つように。心配そうにジョイラは目を狭めた。「それに、泣いていますよ」

 ティアナは白い袖で顔をこすった。「違う、違うんです、泣いてなんか……今日は空気が埃っぽくて、皆さんどうして泣いていないんですか」

 朝早くに雨が降り、砂は今も湿っていて、柔らかな風には海の塩気があるだけだった。ジョイラは手を伸ばしてティアナの顎を持ち上げ、穏やかに尋ねた。「どうして泣いているんですか?」

「本当にわからないんです」 ティアナは深呼吸をし、一歩下がり、顔を拭った。「どうしてなのかわかりません、でも今はもう大丈夫です」

 ジョイラにもわからなかった。彼女はティアナから頭上にそびえる金属の骨組みを見上げた。無関係とは考えられなかった。

 ティアナは引き上げの開始前に現れ、自分は守護天使だと自己紹介していた。だが特定の何かを守護しているのではなく、そのため教会からはるばる遣わされた使者ということになった。今、ティアナは飛翔艦から懸命に目を背けようとしているようだった、まるで内気な恋人が愛する相手を明かされたくないように。ティアナはウェザーライト号に反応しているに違いない、ジョイラはそう考えた。ほとんど骨しか残っていなくとも、古いウェザーライト号の何かが今もその内にあるのだ。「来てください」 ジョイラは言った。「パワーストーンを見てみましょう」


 船体の残骸であるスラン鋼の骨組みの中、ハディと引き上げ人員が二人に加わった。トレイリアの工匠はハディ一人だが、他も熟練の技師や学者であり、ほとんどがベナリアとジャムーラの出身だった。主任金属工のティエンはハディの隣に立ち、また彼女はこの事業で二番目に大切な部品を所持していた。かの樹木のエレメンタル、モリモからジョイラが譲り受けた新たな船体の種を。ひとたび技術者らがスラン鋼金属の骨格を修復し終えたなら、それはウェザーライト号の船体へと成長する手筈だった。だがエンジンや他の機構も動かせるようにしなければいけない。魔法的なものとそうでないもの、そして見る限り、何もかもがかなりの作業量を必要としていた。

 だが、何よりも重要な部品はエンジンの奥底、金属の枠の中に収められていた。パワーストーン。

「ええ、ありますね」 ハディの声に自信は無かった。

「ですが良い兆候ですよ」 爪先立ちでその涙型のクリスタルを見て、ティエンが付け加えた。「そうではありませんか?」

 ジョイラも確信はできなかった。その不活性状態のパワーストーンはウルザによって作られたもので、崩壊したセラの聖域がその内に閉じ込められていた。それこそが、ティアナがここへ遣わされた理由だった。その石は教会にとっての聖遺物であり、そのため彼らは天使の同席を求めた。その再生を見届け、もしも機能しないなら教会へと持ち帰るために。石が壊れているかエネルギーを失っていたとしても、ジョイラには代替案があった。だがそれはできれば使わずにいたかった。

 ジョイラはその古の石を信じていた。あるいは多少の刺激が必要だろうか。彼女はティアナへと尋ねた。「どう思います?」

 ティアナは身をのり出してそれを観察し、思いにふけるように眉をひそめた。「無傷です。枠にしっかりはめ込まれたままで、起動装置もまだ付属しています。これほど状態が良いというのは驚くべきことです」

 ハディとティエンは驚きに彼女を一瞥した。ティエンが言った。「天使が機械について学んでいたとは思いませんでした」

「学んでないですよ!」 ティアナは早口で言って、まるで炎が弾けるように枠から下がった。「詳しい所は本当に何もわかりませんよ!」

「そうですか?」 ジョイラは眉をつり上げた。ティアナがウェザーライト号に反応するのはこれが二度目だった。まるで長く会っていない友達のように。

 ティアナは不安そうな表情を浮かべた。「機械がわかるとは思いません。今まで、機械については何も知りませんでした。けれど……ただ今はよくわかるみたいなんです」

 ハディとティエンは興味とともに彼女を見つめた。ジョイラが口を開いた。「これはセラの石です。もしかしたら、それがあなたに反応しているのかもしれません」

 ティアナは再びゆっくりと身をのり出した。今回は渋々ではなく、むしろ照れるように。「やってみます」 彼女は少しの間その石をじっと見つめ、そして両手を合わせて頭を下げた。

 ジョイラはその様子を見つめ、気が付くと周囲の全員が息を止めていた。しばしの間何も起こらず、そしてティアナの姿に内なる光が満ちた。ジョイラはパワーストーンの中に動きを感じた、それが再び命を灯す瞬間を。まるで何か強大な存在が自分達の只中に現れたかのようだった。

 その石が輝きはじめると全員が息をのみ、そして歓声を上げた。ティアナは一歩下がり、目を見開いた。彼女も成功を予想していなかったのは明らかだった。

 祝福の言葉が飛び交う中、ジョイラは湾曲した桁の影へとティアナを連れ出した。「ごめんなさい、あなたのような天使に会うのは初めてだと思いました」

「天使らしい自信が欠けているってことですか?」 ティアナは顔をしかめた。「それは長い話になるんです」

 直観と、注意深い観察に基づいた計算からジョイラは心を決めた。「これからも力を貸して頂けませんか?」

 ティアナは少し肩をすくめ、砂の塊を蹴り上げた。「そうですね、何かできるとは思えません。けれど手助けはできるかもしれません。何処かへ使いに行くとかですか?」

「いいえ、私が乗組員を集めに行っている間、復元を監督して皆を守って欲しいんです」 ティアナは無言になり、ジョイラは微笑んだ。「いかがですか?」

 ティアナはエンジンへと顔を向けた。技術者らが既に復元計画を話し合っていた。ティアナにはウェザーライト号との親和性がある、それは想定外だった。かすれたような声でティアナは尋ねた。「どうして私が?」

「素質があるからです。私は見ました。それにあなたは天使ですから、信頼できるってわかります」 ジョイラは目を合わせた。「どうお考えですか?」

 ティアナはゆっくりと息を吐き出した。「ええ、できると思います」


 乗組員集めは長い旅になると思われたが、ジョイラはそのために計画を立てて準備をしていた。ウェザーライト号の復活のために。

 補給船を後にし、彼女は帆船をまずジャムーラ沿岸、スークアタの都市へと向けた。先だっての調査から、目当ての人物が見つかるかもしれない場所だった。そして捜索のため、彼女は街の巨大な市場へ向かった。そこでは広いテラスのある白い石造りの建築物が高く立ち並び、まるで人工的な谷を形成していた。倉庫、商店、商会の事務所、そしてこの街へ仕事でやって来た人々に寝床や食事や歓楽を提供する食堂や宿。

 高い椰子の木が並び、大きな植木鉢には花咲く低木が育ち、あらゆる広場を噴水が飾っていた。ジョイラの梟と同じような機械仕掛けのオウムと猿が、露店の品物を守っていた。ここにはドミナリア中の人々が集い、だが住人のほとんどは北ジャムーラの褐色の肌と黒い髪、もしくはフェメレフや今は亡きザルファーの血筋を示すもっと濃い肌の色をしていた。暑い午後の時間で、多くの商人とその客、そして多くの労働者が仕事を休止して幾つもの喫茶や酒場の天幕に集い、茶や蜂蜜漬けのイチジクを楽しんでいた。目的の人物がすぐに見つからなければ、自分もそうしようかとジョイラは考えた。

 彼女は広場への階段を昇った。幾つもの噴水、そして事務所と商店からなる大きな建物の壁に作られた滝から水が流れ落ちていた。人々は店の天幕下に座し、もしくは上層の二つのテラスに大きく開いたアーチの玄関口からから出入りしていた。ジョイラは立ち止まり、どの階から調べようかと考え、その時不意に頭上から悲鳴が上がった。

 広場と店の誰もが顔を向け、もしくは驚いて動きを止めた。二階層上の入口から人々が逃げ出し、階段へと駆けるのをジョイラは見た。

 彼女は上階のテラスへ向かうと、必死に逃げようとしてその端から転落しかけた老人を掴まえた。「何があったんですか?」その老人を立たせながら彼女は尋ねた。

「陰謀団だよ! 陰謀団の密偵がサリーン商業会の倉庫に!」

 彼女はその老人を押しやると入口へ駆けた。中に入るとすぐ、商会の広い中庭の敷石に二人のジャムーラ人が倒れていた。恐怖の叫びと人々が駆けてくる方角から、戦いは商会の屋根の上で起こっているらしかった。ジョイラは肩にとまる機械梟に触れ、囁いた。「見てきて」

 それは一つ鳴き、まっすぐに飛び立つと円を描いて商会の上空へと飛んでいった。

 ジョイラは注意を庭と使い魔の視界とに分割した。商会の屋上にはテラスがあり、更に高い建物のバルコニーが頭上に見えた。平坦な石のテラスで一人の女性が剣を振るい、身を隠すように砂漠の遊牧民のローブをまとう五人ほどの人影と戦っていた。その周囲には、邪な汚れのある暗黒の魔術が霧のように漂っていた。女性剣士は暗い色の肌に黒髪を編んでまとめ、金属と革の鎧をまとっていた。突き出してきた槍を剣で払うと、その動きを用いて身体をひねり、相手の首をとらえた。それが倒れると、彼女は残る敵へと叫んだ。「これで終わり?」

 一人の男が怒りに吼え、フードを脱いで青白い顔と青黒い傷跡のついた剃髪を露わにした。陰謀団の司祭。この男が狂気の魔術を用いて作り出した幻影で、一帯の人々は逃げ出した。だがその女性に対しては明らかに通用していないようだった。

 胸元への一閃でまた別の陰謀団員を退けると、司祭は死の呪文を放った。黒い球が女性の胸に当たるも、彼女はそれを無視した。

 梟が視界の焦点を合わせた。その司祭はまた別の致死的な呪文を唱え、それが当たるとジョイラは女性の周囲にかすかに輝く黄金色の光を見た。盾じゃない、ジョイラはそう考えて笑みを浮かべた。それは以前にも見たことのある、魔術への抵抗力だった。

アート:Magali Villeneuve

 探していた相手が見つかった。ジョイラは梟を呼び戻すと階段を昇っていった。

 テラスに着くと、その女性は最後に残った信奉者の胸に剣を突き刺していた。そのローブで剣を拭うと、数人の衛兵が近くの入口から駆けてきた。一人が叫んだ。「シャナ・シッセイ! 何があった?」

「見ての通りだよ」 その女性、シャナが返答した。「陰謀団の工作員。商隊の経路地図を盗もうとしたんだ、船とキャラバンを襲えるようにね。元々あいつらはオタリアの何処にでもいる泥棒だったってみんな忘れてるけどさ」 ジョイラが近づく中、彼女はそう付け加えた。

「ええ、忘れてしまった」 ジョイラは頷いた。「あの悪魔、ベルゼンロックは世界の歴史を書き換えたがっている。二万年前、原始のドラゴンの凋落にまで遡って、あらゆる悪の背後の存在になろうとしている」

 シャナは剣を収めた。「歴史に詳しいんだね」

 確かにジョイラは自分の歴史をよく知っていた、何せ大きく関わってきたのだから。「貴女には魔法が通用しないんですね。司祭の狂気の魔術が効いていませんでした」

 シャナは肩をすくめ、思慮深く彼女を見つめた。「そういう血筋なんで」

「わかります。貴女の先人、シッセイ艦長を知っています。その剣をお持ちですね」

 シャナは黙り、ジョイラを見つめた。入口とバルコニーから衛兵と見物人が集まり、だがその騒音は不意に消え去った。この瞬間、ここにいるのは彼女とジョイラだけだった。この時代の真の歴史として記されるべき対面。シャナはそっと尋ねた。「あなたは?」

 彼女は微笑んだ。「ジョイラといいます。貴女を探して来ました」


 二人は低階層の酒場へ撤退し、天幕の下の絨毯に腰を下ろした。街路と広場の活動はゆっくりと元に戻っていった。

 シャナが尋ねた。「どうやって私を見つけたんです?」

「貴女の家系を辿ってきました、そして貴女の従兄弟の一人がこの街にいるって教えてくれたんです、陰謀団の密偵の噂を追っていると」 ジョイラはワインを口にした。「彼らは会いたいと言っていましたよ」

 シャナは杯を脇に置いた。「私も。けど、私はずっと先祖について聞かされて生きてきたんです。もう無いザルファーも。過去の影の下に生きるのはもう飽きました。だから、自分の遺産を利用してやろうって決めたんです」 彼女は微笑んだ。「聞きたいことが沢山ありますよ」

 シャナが同意してくれるなら、昔話をする時間は豊富に持てるだろう。ジョイラは言った。「答えることはできます、けれどまず私の質問を聞いて頂けますか。ウェザーライト号に乗り込む気はありますか?」

 シャナは笑った。「それが今もあるなら、勿論考えます」 そしてジョイラの表情を見て、シャナは真剣に答えた。「先祖の先例にならうのは光栄なことだと思います、シッセイが乗り込んだように。もしウェザーライト号があるのなら」

 ジョイラは杯を掲げた。「それでは、貴女を乗組員に加えることを光栄に思います」


 エローナへと船出してベナリア市へ近づく頃には、ジョイラは正しい選択をしたとますます確信していた。シャナはシッセイの生まれ変わりではないが、当時の彼女によく似ていた。ジョイラにとっては苦痛に感じるほどに。二人は星空の下、甲板で話し込んで長い夜を過ごした。そして埋もれていた記憶が掘り起こされた。ジョイラはシャナを仲間にできて嬉しかったが、それ以上にシッセイを思った。

 ジェラード船長と遠く繋がるダニサ・キャパシェンについても、彼女は同じ成功を期待していた。だがダニサの回答は短くも決定的だった。

「できません」

 暖かく心地良い朝遅く、彼女らはキャパシェン邸の庭園に座っていた。木々では鳥が歌い、灰色の石壁は街の喧騒からその庭を守っていた。「できない?」 ジョイラは繰り返した。彼女は驚きと狼狽に眉を上げるシャナを一瞥した。ダニサを見ると、その表情は穏やかで不動だった。まるで昼食を検討しているかのように。「私が身分を偽っているとお考えですか?」

「いいえ、ジョイラさんですよね」 落ち着いたままダニサは答え、シャナへと頷いた。「そしてそちらも、かつてのシッセイ艦長の肖像によく似ていらっしゃいます。貴女がたの身元を疑うわけではありません」

 ダニサはジェラードに似てはいなかった、戦士としての装いを除いては。髪は後ろへ撫でつけられ、兜が合うように両側頭部は剃られ、顔は日に焼けて歴戦の兵のようだった。彼女はベナリアの騎士だとジョイラは知っていたが、ダニサも有名な先人の足跡を辿りたがるだろうと考えていた。

アート:Chris Rallis

「では何故?」 シャナが尋ねた。彼女は大きな石造りの邸宅を示した。ダニサは二人に会うために馬屋から入って来ており、その剣と盾は広間へと続く両開きの扉の向こうに置かれていた。「戦いを怖れての事じゃないのは判りますけれど」

「私はベナリアの騎士です。この地を守ると誓いました」

 ジョイラはウェザーライト号でも最も高名な船長二人の後裔を乗せたかった。それは新たな旅を始める最高の方法に思え、そしてシャナと会った後では、その思いは正しかったと確信していた。キャパシェンが必要だった。「ウェザーライト号は常に戦いの中心にありました。そして今は陰謀団のドミナリア支配を挫く戦いに赴く時です。私たちと共に来てくれれば、ベナリア一国だけを守ること以上のことができます」

「長い目で見ればそうですが」 冷静なまま、ダニサは頷いた。その心は完全に決まっているような口調、だがジョイラは彼女を乗組員に加えたいという想いを強めるだけだった。「陰謀団は至る所で郊外の街や村を襲っています。もし同行すれば、世界の裏側で陰謀団と戦うことになるでしょう。私はここで、故郷のために戦いたいのです」

「わかりました」 ジョイラは椅子に背を預け、諦めに息をついた。議論の余地はなかった。シャナを一瞥すると、彼女は負けを認める小さな身振りをした。

 ダニサは頷き、立ち上がった。「私は持ち場へ戻ります。望む限りここに滞在して下さい、お二方はいつでも歓迎致します」

 ダニサが邸宅へ戻ると、シャナが言った。「さて、どうします? 他に心当たりは?」

「いえ」 ジョイラは憤慨に卓を叩きたかったが、そうはしなかった。ダニサは正当な理由で断ったのだ。「考えていたのはあの人だけで――」

 一人の若者が邸宅から慌てた様子で出てくると、目を見開いて二人を見つめ、卓へと駆けてきた。彼は息を切らして言った。「僕じゃ駄目ですか?」

 ジョイラは既にシャナと共に身構えていたが、攻撃が来るわけではないと察した。若者は乱れた茶色の髪に、ダニサによく似た風貌をしていた。「君は?」 シャナが尋ねた。

「キャパシェンです。ラフ・キャパシェン。話は聞いてました。姉上の代わりに行かせて下さい!」

 ジョイラは腕を組んだ。これは予想外だった。「あなたが?」

 シャナは彼を見て眉をひそめた。「君、幾つ?」

 背筋を伸ばし、少年は言った。「魔道士の訓練を受けられる年齢です。僕、飛び級で全部の試験を通過して先生に素質を驚かれた程です」

「つまり最近は十二、三歳で魔道士の訓練をするの?」シャナが懐疑的に尋ねた。

 ラフは顎を上げた。「トレイリアのジョダー先生が直々に言ってました、僕はこれまで会った中でも最高に凄い生徒だって」

 ここまでは、ジョイラは少々楽しく感じていた。だが線を引く時だった。「ジョダーはそんなこと言いません」

 ラフは大胆に振る舞おうとしたが、額に懸念の皺を寄せた。「え、ジョダー先生をご存知なんですか?」

「ええ」 ジョイラは腕を組んだ。「ファイレクシアの侵略よりも前からね」

「え。姉上は貴女があのジョイラさんだって、けど……」 ラフは目に見えて意気消沈した。「そうです。ジョダー先生にそう言われたわけじゃないですが、それでも僕はこれでも実力ある魔道士なんです!」

 ジョイラはかぶりを振って背を向けた。だが彼女とシャナが邸宅へ向かおうとすると、ジョイラは魔力を感じた。

 ラフにとっては幸運なことに、彼女はそれが幻影であって攻撃ではないと察した。庭園は消え、不意に彼女とシャナは空の只中に立っていた。周囲で雲が流れていた。遠くに、元のウェザーライト号が空を横切った。マストと船体の形状は完全に正しくはなかったが、確かな技だとわかった。シャナの能力を思い出し、彼女は尋ねた。「これは見える?」

「あるのはわかります、けれど屋敷と庭が透けて見えますね」 シャナはラフへと思慮深い一瞥を送った。「彼は使えそうですか?」

アート:John Stanko

 ジョイラは溜息をつき、客観的にラフの能力を査定した。「悪くはないわ」 そう言い、ラフへと振り返った。「ずいぶん厚かましい事をしてくれたじゃない」

 身振り一つでその幻影は消えた。ラフは真剣な声で言った。「これ以上の迷惑はかけません。僕は力になれます。それと、嘘をついてすみませんでした。僕、ただ、本当に、連れて行って欲しいんです」

 眉をひそめ、ジョイラはこの少年について考えた。問題はダニサが明らかに考えを変える気がないことで、つまりラフは唯一残る選択肢だった。「ちょっと考えさせて」 彼女はそう言ってシャナと共に数歩離れた。二人はテラスに近い柳の木の下へ向かった。「どう思う?」 声を低くしたまま彼女は尋ねた。

 シャナは率直に言った。「私が戦い始めた歳より若そうですね、あの子は」

「そうね」 ジョイラは頷いた。「けどあの子が乗組員になることに異論は?」

 シャナは真剣に考え、眉をひそめて。「いえ。熱意はあるし、心は確かなようだし、技術もあるみたい。ただ……この旅はきっと危険で、あの子がそれを理解しているかどうかですね」

 自分達は今直面しているものを理解できているのだろうか、実のところジョイラはそれすら定かでなかった。自分はとても長く生き、ゆえに多くを見送ってきた。そのため、ラフのような若い者が自身が死ぬ可能性を考えたことがあるのか、それを想像するのは困難だった。だが乗組員にキャパシェンの一員を加えるのは正しいように思えた。必要に思えた。「陰謀団がいる限り安全な所なんてない。ここで彼らと戦って死ぬことだってありうるのだし」

「その通り」 シャナは少しだけ肩をすくめた。「あの子が使えるって思うなら、喜んで一緒に働きますよ」

 ジョイラは頷き、ラフへと向き直った。「一緒に来たいなら、急いで荷物をまとめなさい。長い旅路になるんだから」


 帆船がボガーダンの入り江に入ったのは朝のことだった。ジョイラはシャナとラフと共に甲板に立ち、望遠鏡を通してじれったく海岸を見つめていた。やがてそれを下ろし、よく知る姿が砂丘の上に立つ様子を自らの目で確認した。

 船体は優美に湾曲し、船尾のマストは後方へ伸びていた。手すりと舷窓のガラスが眩しく輝いていた。船は地面にまっすぐに座しており、つまり一部は既に目覚めて自らを支えていると思われた。ウェザーライト号は形となり、船出を待っていた。

 喜びにジョイラは笑みを浮かべた。全てが計画した通りに、時間通りに進んでいた。

 宿営は撤去され、作業員らは小型のボートを用いて残る道具と装備を補給船に乗せていた。帆船が海岸に近づくと、彼らは手を振って歓声を上げた。

 シャナは腕を伸ばし、片腕でジョイラを抱擁した。「信じられない!」

 ラフは興奮に飛び跳ねたいのをこらえていた。「天使がいます! あれがティアナさんですか? どうして吸血鬼と一緒に?」

 ジョイラとシャナは岸へ顔を向け、そこで待つ人影を見つめた。「何と一緒に?」 ジョイラは当惑して尋ねた。これは計画にはなかった。


 三人が波間を歩いて砂浜へ上陸すると、ティアナとその吸血鬼が出迎えた。

 ジョイラが言った。「ティアナさん、お待たせしました。全て順調だったようですね」 そして彼女はその吸血鬼へと頷いた。明らかに吸血鬼、だがベナリア騎士の装いをまとい、誰も彼を警戒する様子はなかった。「何か報告があるようですが?」

 ティアナは翼を畳み、頭をかいた。「そうなんです。こちらはアルヴァード」

 アルヴァードは両膝をつき、ジョイラへと剣の柄を掲げた。「ジョイラ船長、御側にて仕えることを誓います」その様子に嘘偽りはないように思えた。

「わかりました」 ジョイラは眉をひそめ、ティアナを見た。

「長い話になるんです」

「今はその時間は無さそう」 ジョイラは上着から時計を取り出した。「そろそろ――」

 突風一つと金色の光とともに、黄金のたてがみのアジャニが岸に姿を現した。彼はウェザーライト号を満足した表情で見上げた。

「――友達が到着するので」 ジョイラは微笑んだ。「さあ、準備は整いましたね」

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)


次元概略:ドミナリア

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