ラヴニカ:灯争大戦――絶体絶命作戦

更新日 Magic Story on 2019年 6月 5日

By Greg Weisman

Greg Weisman is best known as the creator and producer of Gargoyles, and the writer-producer of Young Justice, Star Wars Rebels, and The Spectacular Spider-Man. He's the author of five novels: Rain of the Ghosts, Spirits of Ash and Foam, World of Warcraft: Traveler, World of Warcraft: Traveler - The Spiral Path, and War of the Spark: Ravnica.

 前回の物語:退路なき任務

 以下の物語には、グレッグ・ワイズマン/Greg Weisman著の小説「War of the Spark: Ravnica」(英語)のネタバレが含まれています。

 この物語は年少者には不適切な表現が含まれている可能性があります。


 テヨ、ケイヤ様、ザレック様、ヴラスカ女王、それと私はゴルガリの地下道を行ける所まで進んだ。けどゴルガリとラクドスの本拠地を直接繋ぐ古い道は閉鎖されていた。少し昔だけど、ゴルガリの前ギルドマスターのジャラド・フォド・サーヴォが、生前にリックス・マーディでラクドスの血魔女に殺されたから。だから結局、私達は地表に出てあの灯刈りの化け物と顔を合わせないといけなくなりそうだった。

 けど全然遭遇しなかった。いいことだと思う。

 それだけじゃなくて、丘の上から第10管区広場を見ると、あのポータルはもうそこにはなかった。ジュラ氏や黄金のたてがみさん、ファートリさん達の活躍にゴルガリ団も加わって、沢山のラヴニカ市民を救助していたことも知ってた。ザレック様は標を止めた。さらに、フェイデン氏とカーン氏とサムトさんと悪魔人間オブ・ニクシリスが次元橋を止めることに成功したのも間違いなかった。ベレレン氏が言った六つの任務のうち、三つが成功したってことになる。

 それとも、四つ……

 そこで突然、私以外の全員が足を止めた。

 テヨに尋ねると、何かが変わった、って答えだった。

「何かって何?」

「僕は――」

 答えたのはヴラスカ様だった。「切れた。不滅の太陽が切れたんだよ」

 私ははっとした。「じゃあ、みんな、もう自由に逃げられる。プレインズウォークで……」

「私達は何処にも行かないわよ」とはケイヤ様。

 ザレック様も続けた。「ああ。まだやるべき事がある」

 四つの任務が終わり。残りは二つだけ。あの黒髪の女性、リリアナ・ヴェスの暗殺。それはベレレン氏がテフェリー氏とバラード女史とリードさんと向かった。

 そして私達の任務。絶体絶命作戦。ザレック様いわく、ラヴィニア女史がアゾリウスの代表になってくれて、ディミーアのラザーヴ様も、参加を約束してくれたって。ボロス、イゼット、シミック、オルゾフ、セレズニア、グルール、ゴルガリが確保できて、残るはラクドスだけだった。

 おそるおそる、私はリックス・マーディへ下りていった。そこが怖いわけじゃない。けど、いるべき場所にヒカラがいないのは、私は、まるで……水たまりに溶けるみたいに、消えてしまうんじゃないかって。よくこんな気分になるわけじゃない。私は凄く元気なラット。だいたいはそう。けど、悲しい時とかくじけた時には、うん、誰も私のことは見えない。私自身ですら、ほとんど気付かない。なら、泣いて悲しむ意味なんてある?

 それで何か良くなったりするの?

 けど、今は見てくれる人がいる。テヨとケイヤ様は、それともしかしたらザレック様も、悲しむ私を見てくれる。そしてそうしてくれる様子を、私も見ることができる。自分が、本当に存在するんだって感じる。けどそれはつまり、ヒカラは……

 ともかく、九のギルドが確保できた。残るはひとつ。四つの任務が終わって、残るは二つ。ううん……本当は三つ。最後を忘れちゃだめ。だって、言うなれば、わりと簡単なのが全部終わっても、まだあのドラゴンがいるんだから。

 うん。まだあのドラゴンがいる。


 一人めの軽業師は鋲を打たれた赤い皮装束を着て、尖った釣り針を先端につけたリボンをつけていた。そいつは火の点いた松明六本をすごく上手にお手玉していた。次の軽業師は、人間の頭蓋骨八つを。その次は、炎のついた頭蓋骨を十二個。更にその次はスケルトンで、骨を鋳鉄で強化して、主人である穢すものラクドスを真似するみたいに鋳鉄の角を四本つけていた。そして自分の肋骨の中にある小さな溶鉱炉から猫の頭蓋骨を取り出して操っていた。

 何の予告もなしに、そのスケルトンは燃える小さな頭蓋骨の一つをテヨへ投げつけた。テヨはぎりぎりで白い光の丸い盾を張って、目に当たるのを防いだ。頭蓋骨は盾に跳ね返ってスケルトンの顔面に直撃した。そいつは息をしないしゃがれた笑い声をあげて、テヨは震えた。

 ケイヤ様はテヨを安心させようとした。「こいつら、ただ怖がらせようとしているだけよ」

 テヨはうつむいて低く呟いた。「それは上手くいってますよ」

 スケルトンが囁いた。「それは誤解というものです、ケイヤ様。我々はただ皆様方を楽しませているだけなのですから」

 テヨはそのスケルトンを睨み付けた。「それは上手くいってませんから」

 スケルトンはまた笑った。「おやおや。少なくとも貴方は私を楽しませてくれましたね」

死の歓楽》 アート:David Palumbo

 私達はリックス・マーディへと続く悪魔の前庭、その五百段の階段を下りていった。ワームが掘り進んだ壁に溶岩の脈が流れて、辺り一面に赤黒い光を放っていた。また別の演者が四段か五段ごとにいた。軽業師の次は人形使いで、見慣れてない相手の悪夢を突くような操り人形を持っていた。

 けど私は見慣れてるから。

 前にもこの階段を下りたことがあったし、何度も同じ演技を見た。ヒカラと一緒に。こいつらは古い友達みたいなものだった――けどその事実は、私の一番仲良しの友達は、二度とこの階段を一緒に降りてくれないってことを、逃げられないくらいはっきり示していた。

 やめてよ! どうして、ヒカラがいなくなってもこいつらはここにいるの?

 ヒカラがいなくなっても、どうして私はここにいるの?

 全員を見たと思ったけど、最後の人形使いに私は大声で驚いた。その操り人形は残酷にも、ヒカラの姿にありありと似せてあった。本物の剃刀を持った剃刀魔女。

 ケイヤ様の心が懸念に揺れるのを私は実際に感じた。目が合うと、同じ悲しみがあった。それで悲鳴で、けどそれに寄り添うようでもあって。私は悲しい笑みを浮かべてただ呟いた。「あの人がいない景色は、同じままじゃいられないです」

 何て馬鹿な、当たり前すぎること。でも、他に何て言えばいいの?

 ケイヤ様が、リックス・マーディへ来るにあたってヴラスカ女王の同行を強く望んだのは、ヒカラの死が理由だった。それと、クロールや往時軍の護衛をつけないことを強調したのも。使者のヒカラの死についての説明を(もしくは復讐を)教団が求めたなら、ザレック様とケイヤ様は女王に説明を(もしくは償いを)させるために。

 驚いたことに、ヴラスカ様は拒否しなかった。

 まるで自分の意思を持つみたいに、ヒカラの人形は本物の剃刀をザレック様とヴラスカ様へ投げつけた。刃は小さくて、イゼットとゴルガリのギルドマスターに本気で深刻な怪我をさせるものじゃなかった。けどザレック様は腕に小さな切り傷ができて、女王も顔面を切られて頬にゆっくり細く血が流れた。ケイヤ様はその刃に毒が塗っていないか、すごく心配していた。私がそれは否定してあげた。「刃は清潔です。けどもしここで引き返したら、必ずしも……先に何があるかはわかりませんけれど」

 人形使いが引っ込んで、怪物の檻が出てきた。その上には仮面のデビルが座って、小さな怪物を今にも解放したくてたまらない様子だった。その怪物はすごい見た目で、蜘蛛っぽくて、怒って悲鳴を上げて悶えて、大きさはノドログの子犬くらいしかなかった。けどこの狭苦しい階段なら、子犬くらいの怪物でもかなりの怪我を負わせられる。デビルは笑い声を響かせて、掛け金へ手を伸ばしかけて、檻を開けようと脅していた。その度にテヨはびくっとして、更にデビルは喜んで同じことをした。

 壁には、ぼろぼろの垂れ幕が何百枚も重なって並んでいた。あるものは何百年も前の演者を宣伝していて、ほとんどは他のギルドを馬鹿にしている様子だった。オルゾフとアゾリウスとボロスが一番多くて有名な題材だった。ケイヤ様は一枚の前で立ち止まってじっと見つめた。それは他のと同じくらい古くて、けどケイヤ様自身とザレック様とヴラスカ女王とラヴィニア女史が、それぞれ糸で首を絞められながら、操り人形みたいにぶら下げられてた。首は垂れて、舌が伸びて、四肢はだらんとして、顔は青く膨れていた。四本の首絞め紐みたいな糸を持つその人形遣いは、ヒカラの操り人形の姿で描かれていて、ヒカラその人の糸を操る人形使いは、穢す者本人だった。この先で待ってる歓迎の前触れとしてはいいものじゃなかった。ケイヤ様は息を吸って、吐いて、進んだ。テヨも立ち止まってそれを見た。左の頬がぴくぴく動くのがわかった。私はテヨを前へ進ませて言った。「少なくとも、きみの絵はないよ」

「今はまだ、ですよね」 不安そうな返答だった。

 デビルと怪物を通過すると、火吹きが待っていた。テヨは盾を張る仕草をしたけど、私はその手を止めてあげた。「あいつらが喜ぶだけだよ。よく見て、息を吸いこんだら、急いで通って」

 下り続ける間、ザレック様とヴラスカ女王は慎重に進みながら、けど真剣に、それぞれの暗い思いに深く浸っていた。そのほとんどは、ヒカラについてのことだって私にもわかった。あの人のことを知らないテヨを除いて、私達全員が共通の友人を悼んでいた。ケイヤ様とザレック様ですら、責められることは何もないのに、二人の間にはヒカラの死が暗く横たわっていた。思うに、その一部は、ザレック様がいつもヒカラを遠ざけようとしてたから――本当は心から気にかけてたってことがばれたら、優位には立てないから。けど、何もかも遅すぎた。本当はヒカラのことをすごく気にかけてたって自分で気づいて、そのことを悔やんでいて、そして、いつもヒカラに温かく接してたケイヤ様に、理不尽だってことはわかってるけど怒っている。けど、ザレック様の怒りは、ほとんどは自分に対してだった。

 深く進むほど、大気は熱く濃くなっていった。火吹きのせいだけじゃなくて。曲がった壁の赤い筋はこのあたりでは太く、流れも速くなっていた。燃える溶岩が階段に滴って、靴とか足を傷つけないように気を付けて避けないといけなかった。

 火吹きに代わって一輪車乗りが何人現れた。拷問部屋みたいな装置の上で器用に止まって、数インチずつ前後していた。一輪車のスポークは有刺鉄線で、車輪には棘がついて、座席は斧の刃だった。沢山の乗り手が血を流していた。それぞれが、私達五人を切り裂けるくらいに迫った。一人は私が見えなくて、私は足を切断されかけた。けどこういう大惨事寸前はよくあることだし、私は長いことずっと周囲にすごく、すごく気をつけるように鍛えられてきた。だからこの危険を乗り越えるのは何でもなかった。

 やっと階段を下りきると、そこは祝祭の場だった。二人の巨大なオーガが守っていて、そいつらは自分と同じオーガの頭蓋骨でできた仮面をかぶっていた。ケイヤ様はひるんで、けどオーガは私だけじゃなくてもう四人も全然気にしなかった――まるで四人全員、ただラットが四人いるだけみたいに。だからケイヤ様は無視し返して、広い中庭へ進んだ。その真ん中に割れて落書きされた噴水があって、そこにケンタウルスの石像が置かれていた。ある角度で見れば、その石像はすごく優雅。けど近づいていくと、大鎚で叩かれたみたいに壊れてるのがわかる仕掛けっていうのを私は知ってる。折れた四肢から水滴が落ちて、そしてその水は壊れた噴水から流れ出して、床のひび割れを通って、水蒸気になって昇っていってた。

 上の方で、誰も乗っていない空中ぶらんこが錆びた留め金から下がっていた。おさげ髪の若い綱渡りが一人、黒と赤の道化のレオタードを着て、ぼろぼろの糸の上を何も考えてないみたいに滑っていた。その動きは優雅そのもので、見つめずにはいられなかった。やって来た観客をその人がちらっと見下ろすと、テヨは息をのんだ。その唇と瞼は上下に縫い付けられていたから。

 人間くらいの怪物が入りそうな、空の檻が幾つかあった。そこらじゅうに、ほとんど全部のものに、血しぶきがかかっていた。

 祝祭の場の先、リックス・マーディの豪華な石の建築の前に、頭蓋骨仮面のオーガがもう二人立っていた。最初の二人と同じく、こっちのオーガも私達を全然気にしなかった。それでも、私達の小さな一団は入口で、不吉な赤い光の前で躊躇した。けどヴラスカ女王が「やってやろうじゃないさ」って呟いて、大きすぎる入口をくぐっていった。ザレック様とケイヤ様は視線を交わして続いて、テヨと私もすぐそれを追った。

 リックス・マーディの正面は文字通りに飾りだった。その中は建物じゃない――すごく大きな自然の火山の洞窟。真ん中の大きな溶岩孔から湯気が昇って、自然の煙突から出て、地表へ向かっていた。

 私達全員、汗だくになっていた。砂漠生まれのテヨも肩をすくめて言った。「暑さのせいじゃないです。湿気のせいです」

 石の通路がその溶岩孔と交差していた。鋼のケーブルが天井に行き交って、沢山の錆びた檻とフックを支えていた。そこらじゅう血だまりがあった。同じくヘルハウンドが何匹もうたた寝をしていた。その中にはヒカラの愛犬、ホイップソーもいた。

 あの子も、主人の死を悲しんでいるのだろうか。

 壁には何十もの傷だらけの扉があって、何十もの部屋に繋がっていた。幾つかからは笑い声が響いていた。幾つかからは悲鳴が、ほか多数からその両方が。向かって左、地面の高さの壁に大きな穴が開いていて、純粋な影というか自然じゃない霧でその向こうは隠されていた。穴からは悪臭のする風が緩く流れてきていた。ここには何度も来たことがあるけど、見るたびにぞっとした。

 私はケイヤ様の隣に滑り込んで囁いた。「おかしいです。リックス・マーディはいつも演者で一杯なのに。こんなに人がいないのは見たことありません」

 ケイヤ様は赤く染まった暗がりに目をこらした。ヘルハウンド以外に、そして時々(本物の)鼠が走っていく以外には、一つの魂すらなかった。生者も死者も、私達五人以外は。そして、合図にするみたいに、赤い煙の中に派手な人影が弾けて現れた。

「イクサヴァ様です」 私は小声で教えてあげた。「血魔女の。ラクドス様の腹心です」

 その煙がゆっくり晴れると、イクサヴァ様の姿がはっきりした。背が高くて逞しい女の人で、派手で精巧な仮面をかぶって、そこに本物の悪魔の角二本を飾っていた。きつい胴着が大きな胸とむき出しの腹を見せつけていた。腿まであるブーツをはいて太いベルトには鉄のスパイクを幾つも下げて、全部が血で汚れていた。そして小さな舞台の上に立って、私の仲間四人を傲慢に軽蔑するみたいに見下ろした。この人に私が見えたことは一度もなかった。

 私も、この人を気に入ったことは一度もなかった。

 ケイヤ様、ザレック様、ヴラスカ女王は互いに視線を交わして、そして揃ってお辞儀をした。ザレック様が形式を尊重して口を開いた。「卓越の血魔女、イクサヴァ殿。歓迎に感謝する。貴女の主、穢す者への謁見を願いたい」

 イクサヴァ様は黙って三人を観察して、溶岩孔を見た。泡が立って、けれど何も現れなかった。悪魔も。

「どうやら」 豊かな、低い声でイクサヴァ様は答えた。「穢す者としてはお前達などお断りだそうだ」

 けれどその時、ラクドス様の轟く声が洞窟全体に響いた。「「我らが使者は何処にいる?」」

 ザレック様が睨み付けると、ヴラスカ女王が進み出て、来たる何かへと身構えた。けどヴラスカ女王が口を開くよりも早く、別の声が届いた。「ここにおられます」

 え? どういうこと? ヒカラ?!

 入口へ振り返ると、トミク・ヴロナ氏が、一体のオルゾフのスラルを連れていた。それは布に包まれた屍を運んでいた。

 いや、嫌、そんな、そんなこと、やめて……どうして私にそんなことするの?

 ヴロナ氏はスラルに止まるよう合図をした。そして屍の顔を露わにした。ヒカラの顔を。「ヒカラ殿を、然るべき人々の所へお返し致します」

 私はヒカラの隣へ走った。スラルは大きくて、だからヒカラの姿を見て青白い頬にキスするために、爪先立ちしないといけなかった。本物だった。正直、いいことなのか悪いことなのか、わからなかった。

 イクサヴァ様は短気に咳払いをした、「その剃刀魔女を私の足元へ」

 ヴロナ氏が合図をすると、スラルは従った。私もついて行った。

 イクサヴァ様はヒカラの隣に膝をつくと、覆いを取った。そしてそれを空中に投げると、派手に燃え上がった――派手すぎるくらいに。灰が、私達全員に降り注いだ。

 その血魔女は手を、ヒカラの頭から鮮やかな爪先まで走らせた。妖しく、いやらしいくらいに、愛するみたいに。「何故もっと早く連れて来なかった」

「お許し下さい」 ヴロナ氏は頭を下げた。「地上の状況は少々混乱しておりましたために」

「それは教団の知ったことではない」

「だが、知っておくべきだろう」 ザレック様が毅然と言った。

 イクサヴァ様は立ち上がって、軽蔑するみたいに指を鳴らした。すぐに、もう六人の血魔女が、もう六つの赤い煙とともに現れた。その人達はやることをわかっていて、素早くヒカラを裸にするとぼろ布とベルで飾った。それが終わるとイクサヴァ様が告げた。「お前のスラルで、道化の墓所へヒカラを連れて行け」 そして長くて優雅な指で、あの毒の窓を示した。

 ヴロナ氏はもう二つ手振りをして、スラルはヒカラを持ち上げた。私は警告した方がいいかなって思った。

 けどしなかった。理由は幾つかある。

 血魔女六人の列に挟まれて、ヒカラを腕に抱えたそのスラルはゆっくりと鈍く、窓を通っていった。

 遅れて、私は誰ともなしに言った。「ヴロナさん、あのスラルが嫌いならいいんだけど。きっと、もう会えないから」

 そしてまた一斉に、仲間全員が、スラルの断末魔の絶叫に凍り付いた。ヴロナ氏は怯えたみたいだった。私はどうにか我慢して、肩をすくめた。

 イクサヴァ様が言った。「すぐに戻る。ここにいろ」 そしてヒカラの布を投げた時みたいに炎を弾けさせた。灰がまた降り注いで、けどその血魔女が燃えたとは誰も思っていなかった。

 私はヒカラを想った。笑っていないあの人の顔を見たことはなかった。悲劇を演じていても、その目は笑っていた。二度と。二度とあの目が笑うことはない。二度とあの唇が笑うことはない。友達同士の間に交わされる優しい言葉もない。

『それでこそ、私のラット』

『そりゃあもう』

 全部、もう二度と聞けない。

 ヴロナ氏がザレック様へと話していた。「ラルさんにはラルさんの責務がありましたから。私には私の、です」

 ザレック様が見つめた。「何をしてたんだ、具体的には?」

 ヴロナ氏はケイヤ様をまっすぐに見つめた。「私はオルゾフ組の、真のギルドマスターの右腕です。長いこと、それはテイサ・カルロフ様だと信じておりました。ですが今は、それはケイヤ様であるとはっきり存じております。そのため、我が主の右腕としての務めを果たすべく動いておりました」

 ケイヤ様は微笑んでお礼を言った。そして何かを理解したみたいだった。「トミク、オルゾフ軍を実際に動かしてくれたのはあなただったのね」

「大体のところは、あの巨人ビラーグルです。彼に良い印象を持って頂けたようで」

「あなたが彼を送り込んでくれて、財政を刺激してくれましたから」

 ヴロナ氏は左手を傾げてみせた。それが私の本分ですから、まるでそう言ってるみたいに。

 ちょうどその時、イクサヴァ様が道化の墓所から現れた。両手からはスラルの血がかなり滴っていた。

 今一度、ヴラスカ女王は踏み出して言った。「偉大にして有能なるイクサヴァ。ラヴニカはあなたの力を必要としている。ヒカラが生きていたなら、あなたに掛け合っていただろう。主に――」

 イクサヴァ様は口を挟んだ。「使者ヒカラは、お前達三人を信頼したために死んだ」 そしてヴラスカ様、ザレック様、ケイヤ様を続けて指さした。「一人は裏切り、一人は拒み、一人は単純に守れなかった」

「全てその通りだ」 ザレック様の言葉には、はっきりとした自責の念があった、それと小さくない決意も。「そして保証できることは何もない、この一つを除いては。十のギルドが手を取り合わなければ、ラヴニカは確実に滅びる」

「ならばラクドス教団はラヴニカの墓の上で踊ろう。墓石の上で踊るのは我々の得意技だ」

「そう言うだろうと思った。踊りの上手さもわかっている」 ザレック様は言い返した。「だが死人は踊れないぞ」

「驚くなよ?」

「頼む、聞いて欲しい。ニヴ=ミゼットはニコル・ボーラスを倒すための最後の策を残していった。説明させてくれるなら――」

「「火想者がどう力を得ようとしたかなど、全て知っておるわ!!」」 ラクドスの声がこだました。「「認めぬ!!」」

 イクサヴァ様は危険な笑みを浮かべた。「帰った方がいいと思うね」

「だが――」

「ラクドス様に本当に追い払われる前にな」

 ザレック様、ヴロナ氏、ヴラスカ女王、そしてケイヤ様は全員考えこんだ、状況を変えられるかもしれない何かを、それとも言葉を探すみたいに。けど最終的に、全員が肩を落として、踵を返した。

 テヨが私に向き直って尋ねてきた。「これで終わるんですか? 諦めるんですか?」

 けど本当のところ、私はそれを聞いていなかった。何かの匂いか、何かの音を感じた、誰かを……感じた。そして道化の墓所の入口を見つめていた。後ろで、誰かが驚く声があった。

「お連れさん達、何を急いでるんだい?」 その影から現れて言ったのは、ヒカラだった。

 私は駆け寄って飛びつきたかった。けどただそこに立ったまま、今見ているものが本当に真実って信じていいのかわからなかった。

「ヒカラ?」 尋ねたのはザレック様だった。

「ああ、うん」 肩をすくめてヒカラは答えた。

「死んだんじゃ」 とはヴラスカ女王。

「まあね。淋しかったかい?」

「君が知る以上に……君は大切な友人だった」とはザレック様。

「やめてよ、そういうの恥ずかしいから。本当やめなって! やだよあたしがこんな恥ずかしがるとかさ。感傷的になるなら勝手にやってよ。ひどい見世物だ、けど認めたくないけど好きってやつ、だろ?」

 ヴラスカ女王が言った。「ヒカラ、私はあなたに謝らなければいけない。あなたの信頼を裏切ったことは、本当に済まなかったと思っている」

「あー、本当くだらないことだった。しかも無様に死ぬとか。けどさ、全部どうにかなったじゃん。まあ、まず死なないことには血魔女として生まれ変われはしないってこと。わかる?」

 私は泣いていたと思う。わからない。どっちでもよかった。「血魔女になったの?」 私はちょっとおそるおそる尋ねた。

 けど私の言葉が聞こえなかったザレック様が、自分の質問をした。「絶体絶命作戦に加わるよう、ラクドスを説得できるか?」

「へー、いい名前。でも気にしなくていいよ、あたしが教団代表として出るから。仲間だろ? どんな計画だって行ってやるよ」

「それは駄目だ」 イクサヴァ様が叫んだ、「穢す者ははっきり意思を示したぞ」

「本当に? 一言も聞いてないんだけど」

「その時、お前は死んでいた。怠慢な観客のお前が知るところではない」

「今ならあたしに直接指示してくれるよ」

「その必要はない、それは私の役目だ」

 けど、ヒカラ「様」はイクサヴァへ人差し指を振って見せた。「あんたはボスじゃない。少なくともあたしのボスじゃない。ただの血魔女だ。そしてあたしも今や血魔女だ。思うに、あんたの指示に従う必要はないね、もうあたしより上じゃないんだから。同じ立場だ」

「魔女、もう一度殺してやる!」 イクサヴァ様は飛びかかって、血まみれの両手をヒカラの喉へ伸ばした。

 ヒカラは車輪みたいに側転してそれを避けた。そしてそのまま後ろに回転して、宙返りをした。最後に舞台に着地して、そこで私は歓声を上げた!

 高い所に立つやいなや、ヒカラは両手に幾つも剃刀を取り出して一斉に投げつけた。「かつては剃刀魔女、けどその力は変わらないよ!」

刃の曲芸人》 アート:Dmitry Burmak

 イクサヴァ様は不意をつかれた。手を振って刃のほとんどを受け流したけど、幾つかが皮膚に刺さった。それで襲いかかる速度を緩めはしなかったけど、ヒカラは正確には一人じゃなかった。ザレック様が増幅器を構えて小さめの稲妻をイクサヴァの背中に放った。イクサヴァは悲鳴を上げて膝をついた。

 一体のヘルハウンドが反応したけど、ヒカラが割って入った。「ホイップソー、止めろ。おすわり!」

 ホイップソーは止まったけれど座りはしなかった。脅すみたいにうなって酸の涎を口から垂らして、それは地面に落ちると焼けた。ザレック様はまた構えて、その獣を焼き尽くそうとした。けどヒカラはザレック様を見ることすらしないで、そこをどけって手を振った。ただ、宥めるようにホイップソーへ話し続けた。「ラルのことは気にしないで、大丈夫。イクサヴァもすぐに昔の歌姫に戻るから。おすわり!」

 ホイップソーは座った。

 ヒカラは今もそこにいないラクドスへ呼びかけた。「仲間の手助けをしに行くつもりです。ボスはお気になさらず。宜しいですね?」

 穢すものは黙ったままでいた。

「よし、じゃあ」 ヒカラは笑い声をあげて言った。「一緒に行こうか!」 そして私の方へ、向かってきた。私は両腕を差し出して、抱擁や回転や、この人が喜んでしてくれた昔の物事を待った。

『待ってたよ可愛い子ちゃん、キスをしてよ!』

『それでこそ、あたしののラット』

『そりゃあもう』

 何も、なかった。

 ヒカラは私の隣をすっと通り過ぎていった――私に、全然気づかずに。

 私は……動けなかった。顔を上げると、テヨとケイヤ様が、唖然と、同情するみたいに私を見ていた。目をそむけるしかなかった。けど、全員わかっていた。ヒカラが生き返った何かが、ヒカラを変えてしまった。もう私が見えないように。

 今度こそ本当に、私の前からヒカラはいなくなった……

 けど、今そのこと自体には何の意味もない。私達は四つの強情なギルドを迎え入れた。

 四つを通過、もう残るギルドはない。そして最後の一つは、私のことも一緒に持っていった。


 いずれ、元気を取り戻さなきゃって思ってた。

 だって、ヒカラは生きてるんだから。大切なのはそこ。私のことは見えなくなっても、少なくとも、戻ってきてくれた。でしょ?

 大好きな人が今もこの世界にいて……けど自分はもうそこにはいないってわかる、それよりも悪いことなんて幾つもある。

 広場へ向かう間ずっと、私はヒカラのすぐ隣を歩いていた。

 テヨが言った。「何か、声をかけてあげるべきなんでしょうか?」

「テヨ君が苦しむことはないよ」とはケイヤ様。

 私は聞こえていないふりをした。私はただ決めていた、そう、今だけはヒカラの存在に浸っていようって。

 いずれ、元気を取り戻さなきゃって。

 心のどこかで、ヒカラはまた私を見てくれるって思ってた。

 ただ、時間さえ経てば……

 けど、そうじゃないってこともわかってた。今やヒカラは血魔女。ヒカラ様。そして私は今も誰も気にしないラット。ヒカラは私を見ることなんてない。私みたいなのを見たいなんて思わない。今はもう、私の手の届かない存在。それに、皆が、ヒカラを取り戻すために努力してくれた、少し変わったけど。けど大丈夫。目的地へ向かう会う間ずっと、ヒカラはザレック様とヴラスカ女王をからかっていた。だから、ほとんどヒカラは変わってない。それに少なくとも、私にもまだヒカラの姿が見える。涙が乾きさえすれば。

 うん、元気を取り戻さなきゃいけなかった。


 私達が待つ中、一人また一人と(時々二人また二人と)ギルドパクト庁舎の廃墟へこっそりやって来た――頑張って、あの怪物や黒髪さんに気付かれないように。テヨが私をまだ心配してくれてるのがわかったから、私は微笑んでみせると話を変えた。「大丈夫。始まったら、全部説明してあげるから」

「大体、要点は把握していると思います」

「ん、けど参加してる人はほとんど知らないでしょ」

 テヨは何か言おうとして、けど言い直した。「ありがとう、アレイシャさん。きっとすごく助かると思います。それに……すごく楽しめそうです」

「私のお喋り、好きになってくれた?」

 テヨは顔を赤くした。それを見て私も。だから、私はテヨの腕を殴りつけてやった。

「いたっ」

「痛くなんてないくせに」

「判断するのは僕ですけれど?」

「なーに、甘えん坊さん」

「でも、あなたより年上です」

「大して違わないじゃん」

「ええ、大して違いません」

「私の勝ち!」 そこでテヨに、キスしてあげたくなって、けどすごく変だと思った、だからまた拳で殴ってやった。

「いたっ」

 かなりが集まってきたので、私は説明を始めた。「絶体絶命作戦。火想者の最後の作戦には全十のギルド、ラヴニカの力線、ニヴ=ミゼットの焼け焦げた骨、それとあれが必要」

 私は真鍮でできたドラゴンの頭の模型を指さした――ニヴ=ミゼット様の頭の形のそれが、イゼットのゴブリン、主席薬術師ヴァリヴォートさんに運ばれてくるのを。「あれは火想者の器、ニヴ=ミゼット様の霊を、えっと今いるどこかから呼んだ時に入れるためのもの――たぶん上手くいくって想定で。ま、計画の名前からしてだいたいは想定だよね」

 ヴァリヴォートさんはその器を、ニヴ=ミゼット様の焼け焦げた骨の上にそっと置いた。

「ええと、 A計画はニヴ=ミゼット様にボーラスと戦う力をあげるためのものだった。それは失敗して、結果は見ての通り。B計画は――標ね、こっちもまずいことになった。これはたぶんC計画かな、私が何か忘れてなければ」

「で、あそこにザレック様がレヴェインさんと話してるでしょ。ベレレン氏いわく、力線の達人だって。魔法的な繋がりを持ってるんだって。だからザレック様が、やらなきゃいけないことを説明してる」

 ザレック様とレヴェインさんはかなり小声で話してたので、私達両方とも言葉は聞き取れなかった。けど、ザレック様が黙ると、私も黙った。そしてレヴェインさんは問題について考えに入った……長いこと。その間ずっと全然動かなくて、生きているというより色を塗られた像みたいだった。私達がそれを見つめていると、ヴァリヴォートさんがやって来てテヨの隣に立とうとした。私のことが見えてないのがわかったので、逆側に素早く移った。

 そしてやっと、レヴェインさんが頷いた。「できるかも。力線は次元橋に邪魔されてたけど、それがなくなったから、力線を修復してラヴニカを取り戻すことはできると思う」

「よかった。少なくとも安心できそう」 私はそう言った。「それで私達の役割は、ギルドのお偉いさんが残り全員集まるのを待つことかな」

 ザレック様、ケイヤ様、ヴラスカ女王は既にいて、勿論ヒカラもいた。ラヴィニア女史がその次にやって来た。どうもドビン・バーンはラヴニカから逃げたみたいで、ラヴィニア……様がアゾリウス評議会のギルドマスター代行になったみたい。

 待ちきれないヒカラはこの壊れた会議室を側転で動き回ってた、新しい衣装から下げた革のリボンのベルを鳴らしながら。「凄い!」って私が大きく溜息をつくと、ヒカラは目の前を通り過ぎた。

 でも、大丈夫。大丈夫だって!

 腹音鳴らしはうちの両親と一緒にやって来た。母さんは私に微笑みかけて、もう二人へと私の場所を指差した。二人がテヨの隣の空間に目をこらすと、見えてくれたみたいだった、私はちょっと気持ちを取り直して、テヨに言った。「母さんも、素敵でしょ」

 セレズニア議事会の英雄、イマーラ・タンドリスさんは私の名付け親のボルボと一緒にやって来た。ボルボは仲間だったグルールに、危ない唸り声を少し上げた――特に母さんはボルボのことを、ギルドを移った裏切り者って思ってる。だから私は門なしでいるのかもしれない。グルールに合わないってわけじゃなくて、違うギルドを選んで母さんと離れたくないから、かな。

 だって私、誰かと離れるとか誰かを失う余裕なんてないし。

 それにさ、私グルールで上手くやっていける? それは難しいんじゃないかな。

 テヨが身構えて、戦いを防ぐために盾を張ろうとしているのに気づいた。けど、ここで戦っちゃいけない。私は皆をきつく睨んで言った。「ねえ、今くらい仲良くできないの?」

 四人とも、大して気まずくもなく頷いた。

 次に来たのはシミック連合のヴァニファール主席議長。ヴォレル氏も一緒だった。

 そしてボロス軍のギルドマスター、オレリア様が戦いの熱気そのままに飛び込んできた。

 他の全員が揃ってやっと、ディミーア家のギルドマスターのラザーヴ様が姿を明かした。この人はずっとここに――テヨと私のすぐ隣に――ヴァリヴォートさんの姿に変身して、立っていた。

「ラザーヴ、貴様!」 引きつった危険な声でザレック様が言った。「本物のヴァリヴォートに何をしやがった?」

 ラザーヴ様はだるそうにザレック様を「安心させた」。「お前の有能な主席薬術師は眠っておる。朝には気持ちよく目覚めるであろう――これが成功して、我らのうち誰かが気持ち良い朝を迎えられればの話だがな」

 レヴェインさんが所在なさそうにしていたので、私はテヨを肘で突いた。混乱して、テヨは私を見つめた。「あのエルフを助けてあげて」 私はそう囁いた。

 テヨは頷いて前に踏み出して、言った。「すみません、皆さんそろそろレヴェインさんの所へ集まって頂けますか」

 ケイヤ様がやって来ると、レヴェインさんはオルゾフのギルドマスターに立って欲しい場所を黙って指差した。それはヒカラ、ザレック様、ラヴィニア様、ラザーヴ様、オレリア様、腹音鳴らし、ヴァニファール主席議長、ヴラスカ女王、そしてイマーラさんへと続いた。皆の間には何度か、少し(むしろ馬鹿馬鹿しい)不平とかなりの不信があった。特にラヴィニア様とヴラスカ様は隣同士に配置させられて、あと一歩の所で頭をつき合わせそうだった。けどレヴェインさんは最終的に口を開いて、言い聞かせた。「はっきりさせて。ギルドが全部、一つ一つ、完璧に一斉に揃わない限り、この作戦に成功の見込みはないです。全ての不満は、その大きさに関わらず、置いておいて下さい」 その長さの言葉を喋るだけでもレヴェインさんは目に見えて疲れて、けど効いた。本当すぐに、十のギルドの代表者は少し歪んだ円を描いてレヴェインさんと火想者の骨を取り囲んだ。一緒に来た何人かは――私、テヨ、ボルボ、ヴォレル氏、母さんと父さん――その円のすぐ外に固まって立った。母さんはテヨを頭から足先まで見つめてたみたいだった。そして少しだけ眉をひそめると、疑うみたいな目でこっちを見た。どうも、テヨ・ベラダ君はアリ・ショクタの娘の頼れる友人とは映らなかったみたい。

 それはちょっと癪だし、テヨに傷ついて欲しくもなかったので、私は目をそむけて気付かないふりをした。

「皆さんは、ギルドパクトの古の力線の上に立っています」 注意を引き戻すみたいに、レヴェインさんが言った。

「そのドラゴンの骨を用いて、一体何をしようとしているのですか?」 明らかに疑う口調で、オレリア様が尋ねた。

 レヴェインさんはまた居心地悪そうにした。ザレック様が一歩踏み出して、けどレヴェインさんに睨み付けられてすぐに引っ込んだ。割り当てられた場所から動いちゃいけないみたい。ザレック様はそのまま言った。「我々がここに集まったのは、新たなギルドパクトの体現者としてニヴ=ミゼットを蘇生するためだ」

 どうやら、参列者の半分くらいにとっては初耳だったみたい。

「何だと?」 ヴォレル氏が叫んだ。「どういうことですか?」 ほぼ同時にオレリア様も不機嫌に返答した。それと腹音鳴らしも一緒に吼えた。

 ラヴィニア様も不満そうだった。「ニヴ=ミゼットがまだ生きていた時に、試しましたよね? 一体どういった考えで――」

 ヒカラが言った。「何もなしに絶対絶命作戦って呼ばれてるわけじゃないだろ」

 ザレック様が両手を挙げて言った。「確かに俺達は試し、そして失敗した。だが同じことが適用される。ジェイス・ベレレンはギルドパクトの体現者の力を失ったが、ニコル・ボーラスを倒すためにはその力が必要だ。これが成功したなら、ニヴ=ミゼットはその力とともに蘇り、あの古龍に対抗するはずだ。そして火想者はイゼット団のギルドマスターへと降り、そしてラヴニカ最古の、賢く、尊敬に値する創設者の一体として、十のギルド全てと門なしにも分け隔てなく、公明正大な調停者という新たな役割を果たすだろう。ベレレンよりもいい仕事をしないわけがないのは、誰の目にも明らかだ」

 ラヴィニア様、ヴラスカ様、イマーラさんはその最後の言葉に顔をしかめたけど、他の人達は素直に認めて、幾らか納得した。

 爪先立ちになって、私はテヨの耳に囁いた。「ザレック様が門なしに言及してくれてよかった。お偉いさんたちが集まってギルドの件を話し合う時って、私達いっつも忘れられちゃうんだよ」

 ヒカラは半ば飛び跳ねながら言った。「あたしはギルド総出演に加わるのは初めてだよ。ボスが自分で来るって言い出さなくてよかったかも」

 オレリア様がかぶりを振って冷やかすみたいに言った。「あの悪魔にラヴニカを救う気などありませんから。そのためしもべの一人を送り込んだのです」

 私はもう一度囁いた。「ボロスはラクドスが大っ嫌いなの」

 ヒカラはオレリア様に人差し指を振ってみせた。「全然そういうんじゃないよ。ボスがあたしを送り込んだんじゃない。あたしは全然許可とかなしに自分で来たからね」

 ヴラスカ女王はにやりとした。「ヒカラ、ありていに言えばラクドスに盾突いて来た、だろ」

「その通り!」

 その言葉に、また不満と非難が飛び交った。イマーラさんとヴァニファール主席議長はザレック様に向き直って、教団の名祖たるギルドマスター兼創設者が出席せずに成功の見込みはあるのかって問いつめた。

 オレリア様が言った。「試すことすら実質的に無意味です」

 ザレック様からの怒りの視線を受けて、ヒカラは陽気で反抗的な喋りを元に戻した。「はっきりさせておくよ。ボスはあたしの行動を全面的に支持してる」

 オレリア様が視線をやった。「今もですか?」

「うん。完璧に。しっかり。たぶん」

 ザレック様がそこに口だけを挟んだ、割り当てられた場所を動いてまたレヴェインさんから睨み付けられたくはなかったから。「ともかく、やってみるだけだ。この儀式にかかる時間はほんの……」 そしてレヴェインさんを疑問の表情で見た。

「長くても五分くらい。それできっと大丈夫」

 ケイヤ様が言った。「五分? 時間は貴重、けど作り出す努力をしないわけにはいかない五分ね」

 レヴェインさんは円の全員を見つめた。一人また一人、そして十人が同意に頷いた。何人かは熱く、何人かは決意とともに、何人かは明らかに嫌々。でも、とにかく全員が頷いた。

 熱さからも決意からも嫌々からも程遠く、感情がないみたいにも見えるレヴェインさんが言った。「みんな、深呼吸をして」

 テヨは息を吐いて、深く吸った。

 私はくすくす笑った。「レヴェインさんは円を作ってる人にだけ言ったんだと思うよ」

 テヨは耳まで赤くなった。

「あれー。きみは赤くなるとほんっと可愛いね」

 その赤が更に濃くなった。

「そうそれ!」

 母さんがまた顔をしかめたけど、私は無視を続けた。

 テヨが心を落ち着かせようとしてる間に、レヴェインさんが詠唱を始めた――小さすぎて私には聞こえなかったけど。骨と器の隣、レヴェインさんが立っている場所から、何本もの線が光りはじめた。黒。青。緑。赤。白。そして、突然、その線が一斉に幾つもの方向に弾けて、十人の足元に何重もの円を描いた。

 テヨは大きく目を見開いて、興奮してるみたいにその線をじっと見つめていた。きっと、図形を操るテヨの目には魅力的に映ったんじゃないかな。

 テヨが何に興味があるのかってことが、私もどうしてか気になった。だから気を付けてじっと見ていようとした。参列者全員の足元に二色の円があって、そのどれも違う組み合わせだった。例えばケイヤ様は白と黒の円。そしてケイヤ様の黒い円は、ヴラスカ女王とラザーヴ様とヒカラの同じ円へと黒い線で繋がってた。ヒカラの二つめの円は赤で、それは腹音鳴らし、オレリア様、ザレック様のそれに繋がってた。ザレック様の二つめの円は青で、ラヴィニア様とラザーヴ様とヴァニファール主席議長へ。主席議長の二つめの円は緑で、腹音鳴らしとヴラスカ女王とイマーラさんへ。イマーラさんの二つめの円は白で、ラヴィニア様とオレリア様とケイヤ様へ。見れば見るほど、完璧だって思った。そうでなくてもテヨはすごく気に入ったみたいだった。

 その時には、参列者十一人(レヴェインさんを含んで)は瞑想みたいな状態になっていて、まっすぐに虚空を見つめてた。けど突然、黄金の光が二十一本、何も見てない目から弾けた。

 奇数なのはわかるよね、腹音鳴らしはサイクロプスで、目が一つしかないから。

 絶体絶命作戦は発動した。綺麗な水みたいな、色のないポータルが火想者の器の上に開いた。そして青と赤の細い煙が出てきて昇っていった、まるで門から器を吸い上げているみたいに。骨に火がついて、眩しい黄色と橙色の炎が高く上がった――見ている私達は眩しくて一瞬目がくらむくらいに。手で目を隠して細目で見ると、レヴェインさんが炎に包まれてた。包まれて、けど燃えてはいなかった。叫んでも、悶えても、燃えてもいなかった。その炎は骨から器へ、レヴェインさんへ、そしてギルドの代表者十人を包みこんだ。そしてレヴェインさんと同じく、皆炎に燃やされているような様子はなかった。瞑想したまま、気付いてないみたいだった。

 けど運が悪いことに、気付いた奴がいた。

 最初にそれを見たのは私で、それを指さして炎の轟音に負けないように叫んだ。「大変!」

 その炎が放つ光はどんどん眩しくなって、永遠神の一体がそれに気づいた。名前は思い出せないけど、鳥みたいな頭と一本だけの腕の。そのでっかい怪物はものすごい歩幅で広場を横切って、すぐに庁舎の廃墟に迫ると、今も続いている絶体絶命作戦と、私達全員を見下ろした!

 テヨが、ほとんど反射的に動いてくれた。怪物のすごい大きな拳が振り下ろされると、テヨは両手を掲げて半球型の光を張って、私達十七人全員を守った。拳が叩きつけられると、盾はぎりぎり壊れなかった――そしてテヨは意識が飛びかけたみたいにふらついた。テヨは膝をついて、私は顔面から倒れないように掴んであげた。

「すごいじゃん。もうちょっと頑張って!」

 テヨは痺れたみたいだけど頷いて、また両腕を掲げた。

 次の一撃が叩きつけられた。その力に光の盾が砕けた――けど私達全員から怪物の拳を防いでくれた。テヨは意識をはっきりさせるみたいに首をふった。けどぼうっとして、もう盾を張れそうになかった。次の攻撃は私達全員を叩き潰してしまいそうだった。

 けどテヨはレヴェインさんとギルド代表者十人に必要な時間をくれた。盾に守られて、儀式が終わった。沢山のマナが参列者を通って火想者の骨と器へ流れ込んでいった。黄色と橙色の炎が黄金色に変わって、器の中の青と赤の煙に点いた。その煙は一瞬だけ紫色に燃えて、けど黄金色の炎が他の全部の色を圧倒した。炎は形をとってドラゴンの骨の周りに固まっていって、満たして、骨を、命のある生物に変えていった。

 そして、ニヴ=ミゼット様が蘇った。眩しい黄金の鱗は、その目に輝く光と同じ色だった。胸には十角形が刻まれて――実際には焼きつけられて――黒、青、緑、赤、白の魔力の球が周りをうねっていた、まるで太陽を巡る五つの惑星みたいに。

 テヨの体重を支えたまま、私は言った。「すごい……」

 テヨは口を開く力もなくて、白目をむきかけて、けどその視線がはっと何かを見た。それを追うと、あの神の怪物の拳が私達に叩きつけられようとしていた。

 けどその時、新しい、そしてきっと強くなった火想者様が翼を広げて、怪物へ飛び立った。黄金色の翼は黄金色の光に輝いて、飛び立つ軌跡が見えたかと思うと怪物の拳を手首から切り落とした。それは私達の十フィート後ろに落ちて、床を揺らしたけどそれだけだった。

 朱鷺頭の怪物は一本だけの、先の切れた、ラゾテプの腕をニヴ=ミゼット様に叩きつけた。けどその攻撃を簡単に避けると、ニヴ=ミゼット様は羽ばたいて敵の頭上へ飛んだ。そして口を大きく開けて、上下の歯をこすり合わせて、火花を作って、息に点火した。ものすごい炎の流れが永遠神を包んで、残った肉を燃やしてラゾテプの殻を融かして、融けた金属の雨が私達の十フィート前に落ちて、床を焦がした。

 母さんと父さんは歓声を上げただ。ヴォレル氏はすごく満足そうに唸った。ボルボも同じく。私は微笑んで、テヨは意識が切れないようにこらえているんだと思った。母さんが隣にきて膝をついて、テヨの肩にざらざらした手を置いた。「アレイシャ。この彼氏、やってくれたじゃない」

 今度は、私が赤くなる番だった。「彼氏じゃないよ、友達!」

「この子にはあんたが見えて、あんたを守れるじゃないか」

「私は守ってもらう必要とかないって」

「誰もが時には守ってもらう必要があるんだよ。頻繁じゃなくていいってだけで」

「やめてよ、母さん」

 ちょうどその頃、十一人が瞑想から回復してきた。ザレック様は頭をはっきりさせるために首を振って、顔を上げて……その時、ニヴ=ミゼット様が、落ちた。

 ドラゴンは私達の十フィート左に墜落して、床を揺らした――そして私達全員の希望を砕いた。火想者様はそこに横たわったまま、荒く息をして動くのも大変そうだった。片方の翼が身体の下敷きになって、変な角度に曲がっていた。私はぞっとせずにいられなかった。

 父さんが言った。「これで終わりか? 新たなギルドパクトの体現者の力ってのは、片腕の永遠衆一体とやり合うのに精一杯なのか?」

 ザレック様は呆然として、他の皆は驚くか、怒ってるか、両方だった。不意に、ニヴ=ミゼット様がニコル・ボーラスを倒す力を持ってるなんて考えは、馬鹿らしくて、うん、絶体絶命に思えた。

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)


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